とある乙女の恋文Day
事の始まりは、白井黒子の一言だった。
「ラブレタ―の日?」
「ええ、そうですわ。ご存知ありませんでした?」
「ご存知も何も、それが5月23日といったい何の関係があるのよ。
まさか、アンタが今日即席で作ったとか言わないわよね?」
美琴は嘆息を洩らしつつ、同僚の白井黒子の方へ目を遣る。
普段から美琴に対する変態行動(ムネを揉んだり、下着をテレポ―トさせたりなど)の
多いこの後輩ならやりかねないと判定されたようだ。
「違いますわよ、お姉様。ラブレタ―は恋文(こいぶみ)とも言うでしょう?
その語呂合わせから出来たらしいんですの。」
「ああ、なるほどね……しかし今時、ラブレタ―なんて贈るヤツいるのかしら?
科学技術最先端の学園都市よ?ホログラムで告白っていうんならわかるけど…。」
「嫌ですわ、お姉様!ここにいるじゃありませんの……黒子は、黒子は、今日こそ
日頃募る想いをお姉様に伝えるべく、400字詰め原稿用紙に換算して20枚にも
なるラブレタ―を仕上げましたのよ。
さあ、黒子の熱いヴェ―ゼと共にこの手紙を――って、ごぶぅっ!?」
白井が束になった手紙を差し出そうとした瞬間、美琴の愛ある電撃が手紙もろとも白井に直撃し、白井の努力むなしく手紙は真っ黒に焼失したのだ。
「く~ろ~こ~?私への愛を綴る手紙を書く前に、一度反省文を書いてきてもらえるかしら?テ―マは『変態行動とその被害について』ってね!」
「ひどいですわ!黒子はただ自分に正直に生きているだけですの!
自分らしく、己の信念に従って行動しているだけですわ!」
「自分の変態行動をカッコイイセリフでくくるんじゃないっ!!」
再び美琴の電撃が白井を襲い、今度こそ白井は床とキスするはめになった。
「はぁ……不幸だ。」
ところ変わって、例の故障自販機近くのベンチでは、上条当麻が古典の宿題プリントの束と睨めっこしながら盛大に溜息を吐いていた。
『お馬鹿な上条ちゃんは、どうやら中学生レベルの基本からなっていないようなので、
先生の愛ある手作り古典プリントをプレゼントするのです!期限は明後日までですから、ちゃんとやって来て下さいね。』
と担任の月詠小萌に懲役50年相当の刑を本日宣告されたのだ。
「こんなの俺一人で絶対終わるわけないよなぁ……いったいどうすれば……
やっぱ素直に御坂に頭を下げるしかないか?」
(アイツ、何だかんだいって面倒見が良い方だしな…まあ多少文句は言われるだろうけど、
ここはストレ―トに頼みますか)
思い立ったが吉日、と上条は携帯を取り出し、電話帳を開こうとしたちょうどその時――
「アンタ、こんなとこで宿題なんかやってはかどるの?既に注意散漫じゃない。」
タイミングを狙ったかのように、御坂美琴が上条の目の前に立っていた。
「御坂っ!?お前、何でここに…。」
「い、いちゃ悪いっていうの?べ、別に私が用あるのはアンタじゃなくて自販機なんだからいてもおかしくないでしょ!」
本当は今日がラブレタ―の日ということを白井に聞いて、なんとなく上条の姿を探してここに来てしまったのだが、まさか本人にそんなことを言うわけにはいかない。
「いや、別に悪いなんて一言もいってないだろうが。むしろ呼び出す手間が省けて、上条さんは助かりましたよ。」
「よ、呼び出すってアンタが私をっ!?(ま、まさか告白……とか)」
「ああ。実は古典の宿題が大量に出ちゃってさ……悪いんだけど、お前に手伝って欲しくてって、何でパチパチいってるんでしょうか御坂さん!」
「アンタが無神経なこと言うからよ……」
(ま、どうせそんなことだろうとは思ったけどさ……ちょっとは乙女の気持ちを酌みなさいよね……)
はあと美琴は深い溜息を吐いて電撃をしまい、上条に向き直った。
「……んで、宿題は?」
「へ……?」
「へ?じゃないわよ。宿題やるんでしょ!」
「て、手伝ってくれるんでせうか?(てっきり電撃の槍をお見舞いされるかと
思ったんだけどな)」
「さっきからそう言ってるじゃない!早くプリント貸しなさいよ。」
「マジか!?ありがとうございます!上条さんはこの恩を一生忘れません!」
(まあ…何にせよコイツは私を頼ろうとしてくれたわけだし。
今日のところはそれで良しとするか……)
宿題を開始してから30分後、早くも上条のプリントの束の半分は片付いていた。
「いや~さすが御坂!徹夜しても終わらないと思ってたのに、ここまで進むなんて!」
「今やった半分は助動詞の接続とか、文法事項の確認だけだからよ。
問題は次の読解プリントね。題材が『蜻蛉日記』っていうのがちょっと面倒だし。」
「『蜻蛉日記』って何だっけ?御坂でも手強い作品なのか?」
「『蜻蛉日記』は藤原道綱の母が作者で、夫の兼家との結婚生活の苦悩や息子の道綱について主に書かれている日記ね。作者は、本朝三美人の1人に数えられた程の美人でもあるわ。
まあ私にとっては別に手強くはないけど、アンタにはちょっと難しいかも。
主語がとりにくい作品だから、内容をごっちゃにしやすいのよね。」
「そ、そうなのか。えっと上条さんはどうすればいいんでせうか……?」
「ん~…こういうのは、簡単に登場人物とか作者の考え方とかを押さえた方が
やりやすいかも。誰から説明して欲しい?」
「じゃあ、まず作者の『道綱の母』って人で。」
「彼女は……そうね、一言でいえば『ごめんなさいが言えない女性』かしら?
プライドが高くて気が強めっていうのもあって、なかなか素直になれないタイプ。
まあ、あちこちでフラグを立てまくって浮気する兼家も悪いんだけどね。
日記には、無神経で強引で浮気する兼家への恨みごとが結構書かれてるんだけど、
それでも作者は心の中では兼家が好きみたい。」
「そっか…昔って一夫多妻制だもんなあ。作者もそんなフラグ男が夫じゃ苦労するよな。」
「……それはアンタにも言えることだけどね。」
「ん?なんか言ったか?」
「な、何でもないわよっ!つ、次は道綱の説明するわよ!」
「お、おう……(御坂のヤツ、何で急に赤くなってるんだ?)」
それから二時間後、美琴の的確な説明と上条自身の努力により宿題はなんとか終わった。
「いや~何のトラブルもなく終わるなんて奇跡に近いぜ。ほんと助かったよ、御坂。」
「美琴センセ―にかかれば、宿題なんてちょろいわよ。ま、アンタも結構頑張ったしね。」
美琴は柔らかく微笑んでそう言うと、肩こりをとるように頭上で手を組んで背筋を伸ばす。
「今度なんかお礼するから、希望あったらメ―ルで言ってくれ。」
「別にいいわよ、お礼なんて。アンタには私の方が大きな借りがあるんだし。」
「でもせっかくの休日の数時間潰したわけですし、上条さんとしては何か恩返し
したいんですよ。」
「ん~……じゃあ、私から1つ宿題を出すからそれをやって来て。
期限は特に決めないからさ。」
そう言うと、美琴はシャ―ペンでメモ用紙に何かを書き始めた。
「これでよし!……この和歌の現代語訳が宿題よ。いいわね?」
「でもそれって別にお前にメリットなくないか?」
「いいの!とにかく忘れないでやってよ?」
美琴は頬を上気させながら何度か上条に念を押すと、常盤台の寮へ帰って行った。
美琴から渡されたメモ用紙には
『青柳の
張らろ川門に汝を待つと
清水は汲まず 立ち処平すも』
とだけ記されていた。
そもそも古典の基礎ができてないという理由で宿題を出されたほど、古典が苦手の上条には、英語並みにちんぷんかんぷんであり、正確な読み方すらわからなかった。
(どうしたもんかなぁ……美琴に出された宿題を美琴本人に訊くわけにもいかねえし…。
明後日あたり小萌先生に訊いてみるか)
この選択が後々の不幸に繋がることを上条はまだ知らなかった。
翌々日。上条は、美琴の協力によって無事完成した宿題を、朝礼後に小萌に提出した。
「やればできるじゃないですか、上条ちゃん!先生はすごく嬉しいのです!」
「そ、それはやった甲斐がありましたよ…(実際はほぼ御坂に手伝ってもらったんだが)
それで先生、ひとつ質問があるんですけど…いいですかね?」
「何でしょう?先生は今とても嬉しいので、何でも答えちゃいますよ~。」
「えっと、この和歌の現代語訳を教えて欲しいんです。」
上条は美琴から受け取ったメモ用紙を小萌に渡す。
「ふむふむ……これは万葉集に収められている恋の歌ですねえ。」
「恋の歌……これがですか?」
「ですよ。解釈は分かれるところなんですけど、先生が気に入ってる訳は、
『青々とした柳が芽吹く川の渡し場で、水を汲むふりをしながら、
あなたが来るのを待っている。足元の土を、そわそわと平らに踏みならしながら』
ですかね。つまり『べ、別にアンタを待っているわけじゃないんだから!』
というツンデレな女の子の恋文ですよ。昔は恋文といったら和歌ですし。」
「そういえば一昨日は恋文の日でしたねぇ」と小萌は呟く。
(ま、待てよ……じゃあ御坂がわざわざこの和歌を宿題にしたってことは、この和歌に
託した気持ちがあったってことで…小萌先生の解釈が正しいなら、御坂の今までの
行動ってひょっとして……)
「どうしたんですか―?顔が赤いですよ、上条ちゃん。」
(ど、どうすればいいんだ……この展開は色んな意味でヤバい!というかマズい!
相手はビリビリ中学生だってわかってんのに、
御坂がすっごく可愛く思えてきちまったじゃね―か……)
「上条ちゃん…もしかして今の和歌、一昨日女の子に貰ったとかですか?」
「っ!?い、いや天にまします我らの父に誓って、そんなことは断じてないですよ!
モテない上条さんが、そんなの女の子から頂くわけないじゃないですか。」
「上条ちゃん……この宿題もその女の子に手伝って貰ったんじゃないんですか?」
「うっ…た、確かに手伝って貰いましたが恋文なんて別に…」
「先生に嘘ついてもムダです!上条ちゃんには数学と英語と古典トリプル宿題を
出してあげます!…今回は愛のないムチですから、容赦はしませんからね。」
「ふ、不幸だああああああああ―――っ!!!」
だがまあ、不幸中の幸いという言葉もあるようで。
翌日、御坂美琴の出した宿題に、上条当麻は『デ―ト』という形をもって解答し、
その日は仲良く寄り添う二人が街中で目撃されたとか。