とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

015

最終更新:

NwQ12Pw0Fw

- view
だれでも歓迎! 編集

ひとしずくのなみだ



「いやー、すいません、御坂様!」
「遅い!」
 美琴はビリビリと電気を飛ばして、遅れてやって来たツンツン頭を睨む。
「ちょっと色々不幸でして……」
 力なく笑って誤魔化そうとしてか、上条は困り顔で頭を掻いている。
「まったく。いい加減にしなさいよね、その遅刻癖」
「………申し訳ありません」
 美琴がちょっと皮肉ってみると、これ以上ないくらいにしゅんとしている。
 心なしか髪の毛のツンツンも萎れているように見えた。
「ま、いいわ。さっさと行くわよ!アンタ、行きたいところある?」
 手に持っていたパンフレットを開き、美琴は何処に行こうかと逡巡する。
(前もって行きたいところの目星は付けといたけど……どっから行こうかな)
「んー。そうだな、御坂の行きたい所に付き合うつもりだったから特に考えてねぇけど」
 そう言う上条は、あんまり興味がなさそうだ。
(私に合わせてくれるのは嬉しいんだけど。せめて、もうちょっと興味持っても良いじゃないのよ)
 美琴は少し頬を膨らませて、上条を睨む。上条は飄々として、どこ吹く風といった様子だった。
「じゃ、私の行きたい所ならどこでも付き合ってくれる、っていうのかしら?」
「あー、いいぜ。あんまり金使うところは勘弁な」
 どこまでも主体性のない上条に、美琴は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
(アンタが乗り気じゃないなら……困らせてやるわ!)
 美琴はパンフレットをパラパラとめくると、目的のページを開く。
 やけにポップに描かれた特集ページを上条に見せた。
「じゃぁ、ここ。一緒に行ってくれるのかしら?」
「…………ちょ、み、み、御坂さん?本気でございますか?」
 興味なさげだった上条が、一気に慌てふためく。
 美琴の開いたページには、『カップルにオススメ!!』とデカデカと書かれていた。
 そのページで扱われているのは、男女ペアで行けばサービスが受けられるといった類のお店である。
「上条さんとしてはさすがに恥ずかしいというか、なんというかですね?」
「冗談よ。まさかそんなに照れるとは思わなかったわねー」
「………ふ、不幸だ」
 美琴は溜息をついて意気消沈している上条の顔を見る。想像通りの展開に思わずニヤニヤしてしまう。
(苛めるのもこれくらいにしてあげましょうか)
 美琴は再びパンフレットのページをめくって違うページを開いた。
「はい。とりあえず、ココに行くわよ。」
 パンフレットを上条に押し付け、ずんずんと歩く。上条は、相変わらず『不幸だ』と呟きながら、美琴の後に続いた。

「これは一体なんなんでせうか?」
「………思ってたより、でかいわね」
 美琴たちの目の前には、特大のパフェがそびえたっている。
 少なくとも2人で食べるようなものではなさそうではあるが、美琴にとって背に腹は変えられない『理由』があった。
「で、美琴せんせーは、その手に握られてるカエルの為にやったと?」
「う、うるさいわね!限定品なのよ!」
 美琴の手にはその『理由』が握られている。
 女の子らしい小さな手に収まった限定版ケロヨンぬいぐるみは、にこやかに微笑んでいた。
(これ…なかなか良い生地使ってるわね。肌触りがすごくいい) 
 ケロヨンを抱きしめる美琴の顔には、幸せそうな笑みが浮かんでいた。
「残すのはもったいねぇぞ?食いきれるのか?」
 上条は『自分だけの現実』にトリップしている美琴を無視しつつ、目の前のパフェを引きつった顔で見ている。
「ア、アンタが頑張ればいいんでしょうが!男でしょ!」
「理不尽!?ちくしょう、インデックスならこれくらい一発なんだろうけどな」
 そんな憎まれ口を言いながら、美琴はスプーンをパフェに突き刺して一口ほおばる。
 パフェの向こう側ではしかめっ面をした上条が、同じようにスプーンを咥えていた。
「………あ、あれ?」
「おい、ちょっと待て………こ、こいつは」
 しかめっ面だった上条の顔にも、驚愕の表情が貼り付いている。
「ね、ねぇ………私の舌が変なわけじゃないわよね?」
「お前が言いたい事と俺が言いたい事が一緒だと良いんだけどな」
 スプーンをパフェに運び、もう一口食べる。
 うん。間違いない。このパフェはとんでもなく………
「う、うめぇぇっ!?な、なんだっこりゃぁ!?」
「うん、すっごい美味しい!」
 美琴たちは我先にと争うようにパフェを食べ進めていく。さっきまで気が進まなかったのが嘘のようだ。
 生クリームにしつこさはなく、ほどよい甘さが口いっぱいに広がる。
 所々に挟まれる柑橘類の甘酸っぱさが、クリームやアイスの甘さを程よく引き立てる。
「なぁ、ここはお嬢様御用達の店なのか?」
「ううん、初めて来た。今度から贔屓にしようかな」
 喋ってる間も、2人の食べる手は止まらない。
 昔、『やめられない、止まらない』なんて謳い文句のCMがあったが、目の前のそれはまさにその通りだ。
「あ」
「っ!!」
 食べ進めて削ったパフェの中から大きなイチゴが出てくる。学園都市でも噂の『白イチゴ』だった。
「え……」
「いただいたっ!」
 美琴が戸惑っている間に、大きなイチゴは上条のスプーンの上にあった。
「はっはっはー。戦争なのだよ、御坂くん」
「ううっ」
 美琴は悔しさに下唇を噛む。
(私のイチゴが……)
 悩ましげな表情で、上条の前にあるイチゴをじっと見つめる。
「……なんだ、そんなに悲しそうな顔すんなのよ」
「だって」
「分かったよ。ほら」
 少しだけ躊躇うような顔をした後、上条は手に持ったスプーンを自身とは逆方向に突き出す。
 当然、その上にはイチゴが乗っている。
 その魅力的な塊の乗ったスプーンは、美琴の方に向けられていることになる。
(こ、これは………もしかして……)
「ほら、御坂、口開けろって」
「え、あ、あ、え、ええっ!?」
(もしかしてじゃない。これは、夢にまでみ………てない!見てないんだから!)
 美琴はブンブンと首を振ってみる。少しだけ頬を染めた上条は相変わらずスプーンを突き出していた。
「早くしろって、こっちだって恥ずかしいんだ」 
(ああっ!夢なら覚めないで!)
 美琴は目をぎゅっと閉じると恐る恐る口を開く。
「あ、あ、あーん」
 上条のスプーンが美琴の口の中に入る。緊張しすぎて動けない。
「御坂さん?口、閉じてくれませんか?」
「あむ……」
 上条に言われるがままに口を閉じる。
(いたい)
 ちょっと勢いが良すぎたせいか、スプーンが前歯にあたって痛かった。
「………お前な。わざとやってんのか?次は口開けてくんねぇとスプーン出せねぇんだけど」
「っ!ふんふむんむ!!」
「何言ってんのか分かんねぇし。お前はあれか?スプーンごと食べるんですか?」
「んなわけないでしょうが!」
 スプーンを食べるだなんて、そんな某アニメのキャラみたいなことは流石にしない。
 思いっきり赤面する美琴をよそに、上条は以外にも落ち着いた様子だった。
(こっちは『あーん』をやって、『間接キス』に緊張してるっていうのに、アイツは……)
「で、味はどうだったよ?」
「……かん……わよ」
「な、なんて言いました?」
 美琴は顔に血が集まるのを感じ、今にも漏電しそうなのを必死に我慢した。
「………わかんなかったわよ」
 上条に、自分の想い人にあんなことされたら、味どころじゃない。
「いや、そりゃねぇですよ、美琴せんせー!せっかくの白イチゴが……不幸だ」
「………アンタが」
「はい?」
「アンタが悪いんでしょうがぁぁぁぁぁぁ!!」
 あんまりの物言いに、上条に向けて雷撃の槍を飛ばす。
 どうせ打ち消される事は分かっているが、納得はできない。
「り、理不尽だぁぁ………ぁ、あれ?」
「あ………」
 美琴の放った電撃は打ち消される事はなかった。上条が黒焦げになる事もなかった。
 その代わりに、さっきまでテーブルの中心にそびえたっていた巨大なパフェが器ごと真っ黒になっていた。
「………ごめん」
「いや、俺も言い過ぎた……わりぃ」

 あれから2人で店員さんに謝り倒し、どうにか許しをもらってお店を後にした。
 その後、美琴たちは賑わっている大通りを歩いている。
「なぁ、御坂」
「………なによ」
 美琴はさっきの事を思い出す。熱い頬をおさめる事も出来ず、悶々としている。
「なんかこれ、文化祭っぽくなくないか?」
「う、うっさいわね!一端覧祭のイベントの一つなんだからいいのよ」
 上条は納得しきれていないような、怪訝そうな顔をする。
(確かに文化祭っぽくはないけど……)
「なんというか、普通のデートみたいで上条さんはとても恥ずかしいのですが」
「でででで、でーと!?」
「うおぉぉお!?み、御坂!電気出てる!」
「うううう……」
 美琴は身体から漏れる電撃をなんとか抑え込もうとする。気を抜けば『ふにゃぁぁぁ』と飛んでしまいそうだ。
 上条が慌てて美琴の頭に右手を置くと、辺りに散っていた電撃が収まる。
「悪かった!!上条さんが悪かったです!」
「べ、別に、悪くなんてないわよ!」
 美琴は顔を真っ赤にしたまま、ブンブンと顔を振る。
「……あれ?てっきり『デート』とか言ったから怒ってるのかと思ったのですが?」
「怒ってない。怒ってないというか………むしろ、嬉しかったというか……」
 なんだか妙に大人しい美琴に、上条は首をひねる。
(普段なら『なに言ってんじゃコラァァァ!!』とか言ってしまうのに)
 美琴はゴクリと唾を飲むと、少しだけ勇気を振り絞る。
「アンタと、なら………デートでもいい」
「み、みさかさん?」
「あーもうっ!うるさい!次行くわよ、次!」
 美琴は上条を置いてズンズンと歩く。
(無理!ぜったいむり!)
 美琴は両手で熱くなった頬を触る。少し冷たい手が心地よかった。

「次は、ここですか?」
「そーよ?何か文句でも?」
 美琴は何にも言わせない!と言った顔で上条を見ている。否、睨んでいる。
 訪れたのはとある学校にある一室。その扉の前には『うらない』と書かれている。
「『占い』って……学生の出しもんだろ?」
「馬鹿ね、ここは学園都市よ?そういう能力者がやってるんだから信憑性もあるでしょ?」
 美琴は上条の手を引いて扉を開ける。仰々しく飾られた部屋はそれっぽい雰囲気を醸し出していた。
「なかなか凝ってるわね……」
 美琴は辺りをキョロキョロとしながら占い師のいる場所へと向かう。
 上条はそれに従わず、後ろでぼけっと立っていた。
「ちょっと、アンタは……来ないの?」
「この右手が邪魔になるかもしれねぇからな……外で待ってるよ」
「あ……」
 美琴が引きとめようとするも、上条は気付かずに部屋を出てしまった。
「…………ばか」
 美琴は閉じられた扉を思い切り睨んで呟く。
(人の気も知らないで……)
 男女で一緒に占いに行くのだから少しくらい『勘づいて』欲しかった。
(ま、あの鈍感バカに期待したのが間違いだったのかな)
 美琴はめげそうになる自分を奮い立たせようと頬をパチンと叩いた。
 さっきは火照って大変だった頬も、今ではすっかり冷え切っている。
「そこのアナタ……」
「っひゃぅ!?」
 急に声をかけられて、美琴は身体を震わせる。
 声のした方向をみると、覆面をした占い師の学生がいた。
「聞きたい事はだいたいわかっちゃったけど………聞く?」
「…………」
 美琴は下唇を噛む。さっきのやり取りを見られていた事に気づき、急に恥ずかしくなる。
「どうする?私から見ればあんまり良い結果ではないかも。まぁ、悪くもないけどね」
(どうしよう)
 手がじっとりと濡れている。『進展なんかないわね』とでも言われれば、どうなるか分かったもんじゃない。
 なまじ『能力による占い』であるだけに、笑って吹き飛ばす事もできそうにない。
(……………)
 美琴はギュッと手を握ると、くるりと踵を返した。
「聞いていかないのね?」
「はい。怖いのもあるけど………やっぱり、自分でなんとかします」
「そう、いい心がけだとは思うよ」
 美琴はゆっくりと扉の方に向かい、ノブに手をかけた。
「ひとつだけ。これは占い師としてじゃなくて、1人の女の子として、貴女の先輩としてのアドバイスだけど……」
 美琴は扉に手をかけたまま振り向く。占い師は覆面をとって立ちあがっていた。
「多分、素直になれずに困ってるんだとは思う」
「…………」
 美琴は何も答えられなかった。目の前の女子高生くらいの占い師は切なそうな顔していた。
「でもね。自分に言い訳をし続けるのは良くないわ。それに、前に進む勇気も大切ね」
「………でも、そんなの……」
(怖いじゃないですか)
 美琴の想いは口から出る事はなかった。言ってしまえば、恐怖を自覚してしまいそうだから。
「うん、そうね。でも、やらない後悔よりも、やって後悔する方がいいと思うの」
 占い師は遠い目で、扉の前に居る美琴を見ていた。
 いや、目線こそ美琴の方にあるものの、その目は扉の向こうの何かを見ていた。
(あぁ、そうか)
 美琴はそんな占い師の表情を見て、全てを理解する。
 『私から見ればあんまり良い結果ではないかも』という言葉も、切なそうな顔も、今の目も。
 その全てが物語っていた。今の美琴だから気付く事の出来た、目の前の女の子の気持ち。
(この人も、アイツに惹かれてたんだ……)
 何をきっかけにしたのかは分からないが、この女の子も、上条に惚れるような事があったのだろう。
 そして、何かをきっかけにその気持ちを諦める事があったのだろう。
 その上で、自分にアドバイスをくれている。
(………な、なんでよ)
 占い師の女の子の目から、一粒だけ涙が零れおちた。たった一粒でも、すごく意味のある涙だった。
「………私には辿れない道も、貴女なら進める。だから……」
「…………はい」
 美琴は自らの頬に何かが流れるのを感じた。
「あれ……?」
 占い師の女の子に続くように、美琴の目からも1粒の涙が零れた。
「ふふふ。これ以上は、言わなくても大丈夫そうね………がんばって」
「はい………ありがとう、ございます」
 占い師の女の子が浮かべた優しげな顔は、美琴にとって大きな励みとなるものだった。

 それから上条と合流したものの、いまいち回る事も出来ずに日は沈み始めた。
「そろそろ門限か?」
「そう、ね」
 上条は急に歯切れの悪くなった美琴に眉をひそめつつ、送っていくぞと声をかける。
「あんまり回れなかったわね……」
「まぁ、いいじゃねぇか。まだ日はあるんだぜ?」
 しょんぼりとする美琴の肩を上条がぽんと叩く。
 それでも、美琴の元気は戻りそうにない。
「今日しかなかったの」
「うん?」
「今日しかなかったのよ。こうやってゆっくり見て回れる日は……」
 美琴は『仕方ないんだけどね』と続け、上条に微笑みかける。
「ど、どういうことだよ?」
「私立校は新入生募集にかけてるからさ。レベル5の私は、やっぱりお手伝いしなきゃいけないのよ」
 美琴は少しだけ涙ぐんでいる。
「そ、そんな大切な日に、俺と一緒でよかったのかよ?」
「うん。アンタと一緒にいたかったの」
 美琴は優しく微笑む。さっきの占い師の女の子の気持ちにも、応えなければいけない。
「ホントはね、一端覧祭もただの言い訳でしかないの。ただ、アンタと一緒に遊びたかっただけ」
「御坂…………」
 美琴は上条に背を向けると、2、3歩歩く。
「大好きな上条当麻って人間と、デートしたかっただけ」
「…………」
 振り向いた美琴の目は潤んでいた。精一杯振り絞った想いが、溢れだしそうだった。
「………だから、出来れば、何でもないデートをアンタとしたい。恋人になれなくても、一緒に遊んで笑いたいの」
 美琴はにっこりと笑った。表情こそ微笑みであったが、その頬には涙が伝っている。
「ダメ………かな?」
(図々しいとは思うけど………後悔は、してない)
 上条の表情からは何も読みとれなかった。
「ダメじゃねぇよ……………」
「え?」
「ダメじゃねぇ。俺も………お前と、もっと仲良くなりてぇ」
「…………」
(な、何を言ってんのよ)
 美琴は上条が何を言っているのかが分からなかった。
 それでも、不思議と心が暖かになるのだけは、感じた。
「まだ恋人とか、好きとかは分かんねぇんだけどな。それでも、お前と、仲良くなりたいとは思う」
「うん………うん」
 美琴は何も言えなかった。何も出来なかった。ただ精一杯、精一杯の笑顔で、上条に笑いかけるだけしか出来なかった。

 それから数日後、2人の関係は少しだけ縮んだものの、特に変わりなく一端覧祭の最終日を迎えている。
 美琴は常盤台中学総出で行う演劇に主演していた。全て女の子で演じる、学園都市版宝塚のような舞台だ。
 淡い恋物語は、クライマックスを迎えている。最後に、主演の2人が愛を確かめ合う場面で幕が引かれる。
 舞台袖で控える美琴の視線は、舞台で演技をする男役のクラスメイトではなく、演劇を見ている観客の一人の注がれている。
(アイツ……ちゃんと見てくれてるかな)
 ドキドキと高鳴る胸を押さえつけ、美琴は最後の出番を果たしに舞台へと飛び出す。
 音楽のテンポが早くなり、物語は最終章へと向かう。
「私は、貴女が愛おしくて、夜も眠れません。どうか、この手を取っていただけませんか?」
 目の前で男役のクラスメイトが膝をつき、右手を差し伸べてくる。
 この手をとって、その想いに応えて物語は終幕する。観客が静まり返るのがわかる。
 美琴は男役のクラスメイトから少しだけ距離をとり、大きく息を吸い込んだ。
「すいません!その気持ちには、応えられません!」
 その場にいた全ての人間の顔に驚きの表情が浮かぶ。
 膝をついているクラスメイトは、驚愕で口をあんぐりと開けていた。
「私が好きなのは―――」
(前に、進むんだから!)
 美琴は極上の笑みで想い人の名前を叫び、客席に居るそいつに熱い視線を送る。
 全ての人間の目線が、上条へと突き刺さる。
「…………えぇ!?」
 上条は現状を把握しきれず、混乱した顔でキョロキョロとしている。
 周りから集まる色んな想いのこもった視線に耐えきれず、上条は駆けだした。
 美琴は満足したようにその場に座り込む。
「……絶対に、捕まえてやるんだから」
 美琴の独白は、大荒れの会場の中で誰に聞かれる事もなかった。

 後日談。
 常盤台中学全員どころか、そのとき来ていた観客全員の前で盛大な告白をした美琴は、あれから上条に会えていない。
(まったく、アイツ、何処に行ったのよ)
 美琴はあてもなく第7学区を彷徨っている。
 あちこちから送られる野次馬的視線にももう慣れてしまった。
(あーあ、こっちはこんなに神経すり減らしてるっていうのにな……)
 はぁ、と大きく溜息をつく。あんな告白をしたら当然のように学園都市中の噂になってしまっている。
 その噂も都市伝説というものではなく、映像として残されてしまっているのだ。
 その映像がネット上に流れるのに時間がかかるはずもなく、美琴も初めのうちはその能力で抹殺していた。
 しかし、消せば消すほど増えるそれに、美琴が根をあげるのにもまた時間はかからなかった。
「あー、もう!ムカつく!!」
 美琴は道の端に転がっていたサッカーボールを蹴りとばす。
 勢いよく飛んで行った白黒のそれは、華麗に宙を舞い、近くにいたツンツン頭に激突した。
「いてぇっ!?な、なんだ?」
 ツンツン頭こと上条は、頭に直撃してきた物体を確認すると、辺りを見回して犯人を探している。
「っ!!ア、アンタ、何してんのよ!」
「げっ!?みさかっ!」
 美琴は上条に駆け寄ると、逃げないように左手を掴む。
「な、なんでせうか?ビリビリなら勘弁して下さい!」
「なっ!?それじゃぁ私がビリビリしかしてないみたいじゃない!」
「……………」
 上条の目が、気まずそうに右に流れる。そんな上条の態度に、思わず電撃を放ちそうになるが、なんとか一歩踏みとどまる。
(ダメ。ここで電撃とかしたら………)
 下唇を噛み、深呼吸をひとつする。
 できるだけ心臓をおちつかせて、繋いだ手に優しく力を込めてみる。
 電撃が来ると思ったのだろうか、上条の身体が一瞬強張るものの、やんわりとその力が抜けていく。
「ねぇ………」
「なんだよ」
 相変わらず目を合わせようとしない上条の横顔をじっと見たまま、美琴は続ける。
「1つ、聞いてもいい?」
「…………何で逃げたのか、だろ?」
「わかったん、だ」
「まぁ、な。っつうか、あんな事の後じゃ、それしかねぇだろ?」
 上条はゆっくりと顔の向きを美琴へと向ける。その目は珍しく弱々しかった。
(なんて顔すんのよ………)
 これじゃ、怒れないじゃない。美琴は高ぶりかけていた感情の潮が一気に下がるのを感じる。
 美琴は目を伏せると、握りっぱなしだった手をほどく。
(コイツにこんな顔させんなら、あんなこと言うんじゃなかった……)
 美琴は自分の気持ちを宣言した先日の事を思い出す。
(コイツに、こんな顔させるつもりじゃなかったのに……)
 美琴はだらん、と右手を垂らす。さっきとは異なった感情が、身体を埋めていく。
 上条に逃げられたときにも溢れなかった想いが溢れだす。
(私は………何をやってるんだろ)
 馬鹿みたい、と美琴は呟く。上条にも聞こえないほどの小さな声で。
 自嘲気味に微笑んでみる。ぎこちないその顔は、上条にはどう映っているだろうか。
 目を伏せたままの美琴には、わからない。
 溢れる感情は留まる事を知らず、涙となって頬を伝う。
 零れおちた一滴の涙は、美琴の顎から離れる。
(わたし………もう、無理だよ………)
 美琴の感情のこもった『ひとしずくのなみだ』は、渇いた地面に吸い込まれるかのように落ちていく。
 それでも、その涙は、地面に吸い込まれる事はなかった。
 想いの結晶は、上条の右手に落ちる。狙ったわけでもなく、ただ偶然に、『幻想殺し』の宿る手に。
「御坂ッ!!」
 上条の手が、美琴の手を掴む。最初は荒らしく、すぐに慌てたように柔らかくなった。
「あ、わ、わりぃ、御坂」
「…………何よ?」
(なによ、今更……)
 美琴は、キッと上条を睨む。上条の顔は、さっきとは違った美琴の好いた、彼の顔だった。
「俺もお前に、言っとく事がある」
 上条は深呼吸をすると、美琴の目を真っすぐに見た。
「まず最初に、逃げた理由な。あれ、お前が嫌いだったからじゃねぇ」
「………」
「でも、あんなけ注目されて気持ち悪かったってのもあるけどよ。それも建前だよ」
 上条は自己嫌悪気味に笑う。自分の言葉にも、嫌気がさしている様な顔だ。
「なんつうかさ、中途半端な気持ちで、回答を出したくなかったんだ。自分の気持ちを整理してから、きっちりとした答えをな」
「そう、なんだ………」
 美琴は少し、ほんの少しだけ、身を固くする。
(まって………まだ、心の準備が………)
 聞きたくないような、聞きたいような、複雑に入り混じった感情に、美琴の顔が歪む。
 上条が息を吸うのが見える。その口が開く。
「ここ何日かでさ、気づいたんだよ………」 
 とっさに、美琴は後ずさる。現状から逃げるかのように。上条の答えを聞かないように。
 上条は握っていた手を引き、逃げようとする美琴の身体を引き寄せると、その震える身体を抱きしめる。
「……………俺さ」
「……うん」
「お前の事がさ」
「……うん」
「好きだ」
「っ!?………うん」
「わりぃな、待たせちまってよ」
 美琴はだらんと下げていた腕を上条の背にまわすと、ぎゅっと抱きしめた。
 美琴の想いは、幻想として消える事はなく、温かい腕の中で、ゆっくりと花開いた。


ウィキ募集バナー