とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

02章

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第二章『Break the Ice』


日付は数日さかのぼる。


冬本番と言わんばかりの毎日が続いていた。
空中に浮かぶ飛行船の大型ディスプレイは、天気予報はこの冬一番の寒波が来ていると伝えいる。
幸い太平洋岸にある学園都市はほとんど雪は降らないのだが、内陸にあるせいも手伝って北風が強い。
雲ひとつない青空だったが、むしろそれが冷たさを強調しているように感じる。

そんな寒空の下、公園のベンチには一人の少女が座っていた。

周りを見渡しても、人影はまったくない。
暖かい時期ならば、公園で遊んでいる小学生もいただろうが、こんな寒い日にわざわざ外で遊ぼうなどと考えもしないようだ。
この公園を通学路にしているのか、通り過ぎる人は少しばかりいたものの、
みなコートに身を縮こまらせながら、ベンチに座る少女に目もくれずに、目的地に向かって足早に通り過ぎていく。

時たま吹く強い北風が、彼女の茶色の髪の毛を乱す。
ポケットに突っこんだ手を外に出して髪の乱れを治すことも嫌なくらいに冷たい風だった。
乾燥した冷たい風は肌を容赦なくたたき、表面から体温と水分を奪っていく。
ボロ雑巾のようにグチャグチャになった、普段の気品あふれる雰囲気とは正反対の姿の彼女は、
もし誰かが見ていれば、痛々しく感じたに違いない。


だが、彼女はボロボロの姿になっていたとしても、ここを動こうとはしない。

彼がやってくるのを待っているから。
待ち合わせではなく、彼が通り過ぎるのをただ待っているだけ。


ここは彼の通学路。彼が通り過ぎる確率が最も高い場所だ。
その淡い期待のみが、この場から動かず、寒さに打ち勝つだけの力を彼女に与えていた。


しかし、もうすぐ日没という時間になっていた。
(今日は、来ないのかな…)
徐々に弱くなっていく日の光に比例して、彼女の期待も薄らいでいく。


彼女にとって、彼を待つ事は日課となっていた。
彼に会えなかった日など、珍しいものではなかった。むしろ会えた日の方が少ないのかもしれない。
高校からの帰りに寄道したとか、風邪を引いて学校を休んでいるとか…いくらでも、その理由は考えられる。
というより、学園都市にすらいない可能性もあった。

彼は、誰かに助けを求められるとすぐに助けに行く。助けを求められずとも、厄介ごとに首を突っ込んでいく。
かくいう彼女も、彼に助けられたことがあった。
彼を好きになったのも、助けられたことがきっかけだった。むしろ、そんな彼だからこそ好きになれたのだと思う。


だからこそ、言えなかった。どこにも行かないで、と。
彼の行動を抑えることはしたくなかった。だから、明日会うという約束すら出来なかった。


彼女の出来ることは、ただ彼を待つ事のみなのだ。


冷たくなっていく空気と、暗くなっていく日の光は、心をネガティブに変えていく。
それを感じた彼女は、諦めてベンチを立とうとした。
今日はもう来ないだろうと。



不意に頬に温かいものを感じた。
熱いではなく、温かいそれは、冷え切っていて感覚もわずかになった彼女の心をほんの少しだけ溶かす。

最初、何かわからなかったその感触は、温かい飲み物の入った缶とわかった。
自分の頬に、それを押し当てられたのだと認識すると、彼女はそちらの方を向いた。

「よっ!御坂!!寒いのにこんなところで何やっているんだ?」

振り向いた先には、一人の少年が立っていた。
髪の毛をツンツンに立たせている彼は、美琴のよく知る人物だった。

「な、なによ!びっくりするじゃない!!」

怒るような口調で、美琴は彼を責める。
この寒空の元、ずっと待っていた人物が現れたというのに、彼女はいつものように素直じゃない態度をしてしまった。
すでに、半年近くもこんな態度をとってしまった彼女は、それを変えるきっかけがつかめずズルズルときてしまった。
急に態度を変えれば、鈍感な彼も何かを察するだろう。
マンガで幼なじみに告白できないヒロインが出てきたりするが、多分それと似た心境なのだと美琴は思う。
たった、半年くらいのつきあいではあるものの、何年も前から彼と知り合いだったように錯覚するくらい、
彼は美琴の世界の中に深く入り込んでいた。

あまりにも深く入り込んだために、現状維持でも良い気がしてしまう。
何かを変えることで良い方向に進むかもしれないが、悪い方に向かうこともある。

結局、美琴は彼との関係が壊れてしまうのが怖いのだ。
怖いからこそ、何も変わらなくていいと思ってしまう。たとえ、自己嫌悪に陥ったとしても。

「悪りぃー悪りぃーほら!」

謝りながら、上条は美琴の頬に当てていた温かい缶を差し出す。
缶コーヒーだった。

「あ、ありがとう…」

美琴は照れながらお礼を言い、その缶コーヒーを素直に手に取った。
保温ケースから取り出して少し経っているのだろうのだろうそれは、
少し冷めていたが、冷え切った美琴を温めるには十分なくらいの温度であった。
その温かさは、なんとなく上条の体温のように感じられて心地よかった。

これはおそらく美琴のために買ったものではない。この近くに飲み物を買えるところは目の前にある自販機しかない。
さすがに、そこで買ったのならば美琴も気がつくはずだ。
どこかのコンビニで自分のために買った缶コーヒーを美琴に渡したのだろう。
でも、それでも、美琴はうれしかった。

「つーか、お前はこんな寒い中、何やってんだ?我慢大会か何かか?」
「そんなわけないじゃない!べ、別になんだっていいでしょ」

そう言うと、美琴は上条に突っかかる。
こういうときに、電撃を押さえることが出来るようになったのは、ちょっとした成長かもしれない。
手をグーにして上条を叩こうとした美琴から、ガードするように彼は、

「や、やめろよ!悩んでいる風だったから声かけたのに…」
「…っつ!!悩んでなんかない…」

美琴の動きが止まる。
彼は軽口を叩きながらも、自分のことのちゃんと見てくれているのだ。
そのことに少しうれしくなるが、心配してくれた上条を返り討ちにしている自分に心底嫌気がさしてくる。

「まぁ、悩みがあるなら相談しろよ。俺じゃあ何の力にもなれねーかもしれないが、じゃあな」

上条は、悩みがないならそれでよしと、自分の寮の方へ足を向ける。
美琴は思う。ここで「じゃあ、私と付き合って」と言えたらどれだけ楽かと。
実際、彼女にとって最大の悩みであるわけだし。

しかし、死んでもそんなことの言えない彼女は、せっかく会った彼を帰さないために必死で思いを巡らせた。

「…あるのよ…………」
「ん?」
「……進路のこと考えてたのよ。明日、調査票の提出だから」

それは実際に、昼間悩んでいたことだった。
受験まで約一年となった二年生には、今までのような漠然とした進路ではなく、具体的な高校名を挙げるように指示されていた。

美琴が常盤台中学を志望したのは、小学校の先生の薦めがあったからだった。
自分の能力を伸ばしてくれるのは常盤台しかないと。
幼かった彼女は何の疑いもなく、それに従って受験をすることにした。
実際に、レベル5になることが出来たし、成績も申し分ないとこまで伸ばすことが出来た。

しかし今回は違う。
学園都市の高校はそれぞれ特色があり、将来行っていきたいことに適したところを選ばなければならない。
もちろん成績の優劣はあるものの、最難関校に入ればいいというものではない。
例えば、将来考古学者になりたい人間が、ランクが上だからといって物理学系の高校に行っても意味がない。
結局、成績の優劣というのは、自分の可能性を広げるものでしかないのだ。

美琴は、将来の選択と同義な志望校について、色々悩んでいたのである。


「お前なら、どこでもいけそうな気がするけどなー長点上機学園とか霧ヶ丘女学院でも余裕じゃないか?」

帰りかけていた足を再び美琴の方に向け直した上条が答える。
上条と少しでも長く話がしたいという願いは叶ったようで、美琴の表情が少しゆるむ。

「どこにでもいけるから、悩むってのものなのよ。
 高校進学って将来に大きく関わるから、おいそれと決められなくてね」
「贅沢な悩みですこと。まぁ、お前のなりたいものに一番近い学校を書けばいいんじゃね?」

お気楽な彼の言葉だったが、美琴は彼の言った「なりたいもの」というところに引っかかる。
いや、そのことは分かっていた。なりたいものを書けばいいと言うことは。
しかし、それを言った人物が違っていた。
常盤台の教師や生徒が言ったときには気付かなかった。
上条が言ったからこそ気付いたのだ。

美琴は薄っぺらい鞄の中から進路希望調査票とシャーペンを取り出すと、おもむろに書き入れた。

「ねぇ、こういうのはどう?」

沈んだはずの夕日がまた昇ってきたかのように顔を真っ赤にしながら、
でも、それを気付かれないように、いたずらっぽい笑みを浮かべて、その調査票を上条向ける。

「み、御坂さん?これって…」

そこには、上条の高校の名前が書いてあった。

「そう、アンタの学校よ」
「えーっと、それは…わたくしめのことをいじめたいとか下僕にしたいとか…うわっ!」

美琴は、体中をビクつかせながら聞いてきた上条に、電撃の槍を飛ばす。
すかさず、彼は右手を突き出し電撃を打ち消した。

「そ、そうよ。毎日、退屈させないから…ふっふっふっ」

言葉だけを聞いたら意味深だが、手にまとう電流がそれをすべてぶち壊していた。
不敵な笑みを浮かべながら、美琴は上条に迫る。
もう一発お見舞いしてやろうかと思ったが、

「まぁ、いいわ。遅いし今日は終わりにしましょ。来年が楽しみだわ」

と言って、電撃の槍を収めた。

美琴は正直安心していた。
もし、上条の高校を書いたことで、彼が変に勘ぐってもらっては困るのだ。
こんなことで、自分たちの関係が壊れて欲しくない。
もし壊れるのなら、ちゃんとした告白でもして壊れてほしい。
なのである意味、美琴の予想通りの展開だった。
鈍感な彼なら、自分の気持ちに気付くまいと。

「じゃ!楽しみにしててね~」

踵を返し、常盤台の寮に帰る美琴の後ろから、「不幸だー」と言う声が響いてくる。

彼のその言葉は、どんなシリアスなものでもコメディーに変えてくれる不思議なものだ。
彼との関係はコメディーでいいのだ。
今はそれで満足しなくては、その関係ですら消し飛んでしまうだろう。

彼の言葉を脳の中でリフレインさせながら、美琴は笑顔を浮かべながら寮への道を歩いていく。


手に握られていたコーヒーは、まだほのかな温かさを保っていた。
美琴はおもむろにプルタブをあけると、それを一口口の中に含ませる。

上条からもらったコーヒーは、少し苦かった。



数日後、常盤台で事件が起きた。
いや、すでに事件は起きていたのだから、発覚したというのが正しいのかもしれない。

職員室前の掲示板――いつもは行事予定などが張り出される――には人だかりが出来ていた。
たまたま通りがかった美琴は、何だろう?と思ってそこに近づいてみる。
ここからではよく見えないな、と思っていると、美琴の姿を確認した生徒が、モーゼの奇跡のように、次々と道を空けていった。
果たして、掲示板のすぐ前まで来ることまでできた美琴は、そこに張り出されている掲示を見て目を疑う。

『御坂美琴を下記の高校へ体験入学させるものとする』

簡潔な文章とともに、期間やその他も諸々が書かれている。
そして、体験入学先として書かれているのは、上条の通っている高校だった。

「御坂様。体験入学とは?このような制度ありまして?これはどういった理由でしょう?」
「この高校、恥ずかしながら存じ上げませんわね。さぞ、立派な学校なのでしょう?」

周りから一斉に質問やら感想などが投げかかられる。
掲示には必要最低限のことしか書かれておらず、特に理由がない書かれていないのが大きいのであろう。
彼女たちが美琴を質問するのは当然のことだと思う。
当の美琴ですら、例の調査票を提出してしまったことが関係しているとは分かっているのだが、
なぜ体験入学になったかということまでは推し量ることは出来ずにいた。
そもそも教師陣から事前に一切連絡もなかったわけだし。


彼女たちからの質問責めを「なんでだろうね?」と適当にあしらっていると、近くにいる一人の生徒から言葉が投げられた。
他のの生徒の教えてほしいという口調ではなく、強い語気を込めたものだった。
「御坂様!私、たとえ相手が御坂様でも、負けませんから!!」
怒りの満ちた言葉を発した後、その声の主は集団から一目散に走り去っていった。

「何でしょうね?あれは?」と美琴の周りに集まった生徒達が口々に言い合っている。
今まであまり関わりを持ったことない生徒だったが、しかし美琴はなぜか悪寒を感じてしまった。
思わぬ出来事に、質問の嵐がやんでいると、美琴のよく知る声が響く。

「お姉様ぁー!!どうかいたしました?」
「く、黒子!!」

駆け寄ってきたのは、いつものようにお姉様大好きオーラ全開の白井黒子であった。
そしてやはりいつものように、美琴に抱きつく白井であったが、美琴の「離れろー」の言葉とともに手の力を緩め、
みんなが注目していた掲示板の方に目を向ける。

「お姉様、こ、これは…ぐぅぅうぅーおのれー類人猿めーー!」

白井の目には嫉妬の炎が宿り、ツインテールの髪の毛はメドゥーサのごとく踊っている。
周りの生徒達は、その姿にヒィっと恐怖の声を漏らした。
美琴は、事態をややこしくしないためにも、

「黒子!ちょっとこっちにきなさい」

と強引に手を引っ張って、掲示板前の人だかりから離脱する。
あっという間の出来事に、彼女たちはポカーンと言う表情で脱力し、誰も二人を追ってこようとはしなかった。


周りに誰もいないことを確認し、美琴は、

「ちょっと、黒子。あんまり騒がないでくれる!?」

と、宥めた。
一方白井は、少しは冷静になったが、未だ興奮冷めやらぬという感じで美琴に突っかかってくる。

「ど、どうして、お姉様が類人猿の高校に体験入学されますの?」
「し、知らないわよーいきなり、あんな掲示が張り出されたんだから!」
「でも、心当たりぐらいはございませんの?」
「あーそれなら、進路調査用紙に、アイツの高校書いたくらいかな…」
「それは十分な理由ですわ。そもそも、お姉様は常盤台のエースとしての自覚が…うだうだ…」

説教モードになった白井に、美琴はつくづく嫌気がさしてくる。
これはいつまで続くのだろうと思っていたが、意外なことにも、

「ま、いいですわ。せいぜい楽しんできてくださいな」

と、すんなり終了した。美琴は疑問に思って聞いてみる。

「あれ?黒子、しつこくないのね?」
「いえ、お姉様とあの殿方が一緒にいることは、黒子には耐え難いことではございますが……
 学校が決めてしまったこと。覆せないのなら、いっそ近づけた方がよいこともございますの」
「ん?よくわかんないんだけど」
「離れていると、殿方のある一面だけを見てしまうもの。その一面だけで好きと思ってしまうこともよくありますの。
 でも、近づくと色々なところが見えてしまって、百年の恋も冷めてしまう…成田離婚なんてよく聞きますし。
 その時は、お姉様をなぐさめるのは、わたくしの務めでございますのーーーぐふふふーーー」
「べ、別に好きとかじゃ……って黒子-!くっつくなーー!!」

美琴は不敵な笑みを浮かべながら抱きついてきた白井に、遠慮なく電撃を放ち強引に離れた。
しかし、白井の言葉を受けて美琴はふと思った。
前例のないこの体験入学は、実は美琴を諦めさせるための策ではないかと。

白井の言葉の『上条』の部分を、『高校』に入れ替えれば案外しっくりとくる。

上条の高校は、上位の学校ではない。むしろ下から数えた方が早いだろう。
また、掲示板の前に集まっていた生徒達が言ったように何か学力以外の部分で有名というわけでもない。
美琴も、上条と知り合うことがなければ、一生その存在を認知することはなかっただろう。

そのような高校を美琴は希望したのだ。

もしそこへの進学を教師陣が望んでいなかった場合、彼らは当然諦めさせようとする。
――大抵は、生徒があまりにも上位の学校を望んだときにおこるものなのだが。
通常は諦めさせるに、説得するなり、保護者を呼びだすなりするだろう。

しかし、ここは超能力者が闊歩する学園都市だ。
もし、生徒が反抗してきたら?
まだ、理性を残していたなら対抗は出来るだろうが――
――自律を失ったら?RSPK症候群になったら?

特に今回の発端はレベル5の御坂美琴だ。
能力を暴走させたら、誰にも止められないことくらい容易に予想はつく。

暴走させないにしても、能力開発に悪影響を及ぼしたら責任問題に発展することもあるだろう。



そんな危険物の御坂美琴を「自発的」に他の学校へ進学させるべく
体験入学という方法を採った。と、想像できた。


何か誤った情報で美琴が踊らされているのなら、
体験入学で現実を知ればすぐにでも志望校を変えるだろうし、
それで変えなくても、まだ時間もあることだし他の方法を試す。
また、体験入学によって、志望理由が判明する可能性も高い。それを役立てれば、対策も立てやすいだろう。
そう言った意味でも、最初の方策として体験入学をさせるのはうまい方法だと思う。


しかし、そこまで分かった上でも、美琴は思う。
先生達は、上条当麻という人間を知らない。
危険を顧みず、見返りを求めることもなく他人を助けるその強い姿を。

そんな彼と同じ学校に通いたい。
彼と一緒に同じ道を歩みたい。

この想いは先生達がどのような策を弄しようが、曲がることはないと信じている。



だから、美琴は決心する。

絶対、彼の学校に進学すると。


To be Continued...


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