とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

03章

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第三章『火曜日~Celui qui apporte la guerre~』


冬は日が昇るのが遅い。
いつもよりかなり早い時間に起床した少女は、わずかに白み出した空を窓越しに眺めながら、ベッドから這い出す。
それと同時に、目覚まし代わりにセットした携帯電話が震えだした。
ビクッっと体をこわばらせた少女は、次の瞬間慌てて携帯電話を操作し、その震えを止めた。
そして、目覚ましもなく起きられたことで、自分がいかに楽しみにしているのかを知ることになる。

布団の外の空気はあまりにも冷たかった。
いつもだったら、「あと五分」などと言っているに違いない。
しかし、遠足の日のように、いやそれ以上に興奮している彼女は、何の苦もなく布団から出ることが出来た。

ルームメイトに気付かれないよう静かに、見苦しくない程度に身支度を調えていく。
彼女を起こしてしまうと、何かと面倒になりそうだった。
もちろん、安眠を妨害して悪いという気持ちもあるのだが。

最後に短パンを穿こうとしたところで、後ろから声がしてきた。
「お姉様~~」
慌てて後ろを振り向くと、ルームメイトは枕を抱きながらよだれを垂らしている。
どうやら、寝言であったらしい。

(まったく、どんな夢を見てるのよ)

驚かされたことに苛ついたというより、
よだれを垂らしながら自分が出てくる夢というのを想像して、薄ら寒い気持ちになったという感じだ。
今すぐたたき起こして夢を終わらせてしまいたいが、
当然面倒なことが起こる可能性もあるので、見て見ぬふりをしておいた。

そもそも、夢を見ているということは眠りが浅いということ。
変に長居してしまっては起きる可能性もある。少女は静かに自室を去った。


美琴が向かう先は、寮の共同キッチン。寮生が共同で使っている調理スペースである。
普段は、寮で食事が供されるために、ここを使うものは少ない。
しかし、クリスマスやバレンタインなどのイベントのときには、予約が必要なほど生徒達で賑わう。
あとは、休みの日などにお出かけするとき、お弁当を作ったりするくらいだろうか。
一応、家庭科の課題を行うために設置されたスペースという名目があるのだが、その目的で使用されることは滅多にない。
しかし、その名目のおかげで、設備としては申し分ないほどに充実していた。

美琴は、厨房のコックから鍵を受け取り共同キッチンに向かう。
(そういえば、昨日、寮監の機嫌悪かったなぁーここの使用許可も中々出してくれなかったし…)
共同キッチンを使うには、あらかじめ寮監の許可がいる。
といっても、普段なら特に何も聞かれずに許可が出る。
料理も出来ない箱入り娘になってしまわないようにと、料理をすることは推奨されている節がある。
なので、寮監の許可といっても、どちらかいうと管理上の側面が強い。
しかし昨日は、学食はほとんど利用されていないとか、体験入学先の生徒と親睦を深めるためとか、
色々な理由を並べても許可がもらえず、なんとか粘って利用できることになったのである。

(寮監、また振られたか?ま、考えたって仕方ないわ。とにかくがんばろう)

と思っていると、廊下を走ってきた少女とぶつかった。

「み、御坂様。おはようございます」
「あーおはよう。どうしたの?慌てて」
「い、いえ。なんでもありません。失礼します」

少女はそういうと、音を立てないように小走りで去っていく。
こんな起床時間前に、隠れるように何をしているのだろうと疑問に思ったが、
あまり時間もないことだし、とキッチンへ入り料理を始めた。



寮の共同キッチンには、鼻歌でも聞こえてきそうな雰囲気で満たされていた。
ご飯の炊ける良いにおい、ハンバーグの焼ける音、色とりどりの野菜サラダ。
それらすべてが、この空間を形作っている。
その中心にいるのは、恋する乙女、御坂美琴。

目の前に置かれたゲコ太のお弁当箱。彼女の宝物だ。
そこに、一品一品丁寧に詰めていく。
彼の喜ぶ顔を想像しながら。このお弁当は、彼のために作ったものだった。

もちろん、彼に素直に渡すわけではない。
そんなことが出来たら、とっくの昔に告白できている。


美琴は少し前のことを想う。
それは、彼女が上条への恋心に気付いたとき。
あの時は、すぐにでも告白できると思っていた。
でも、告白しようと決意したときに限って、彼に会うことが出来なかった。
いつもの公園に行っても、彼がよく利用するスーパーへ行っても、彼には会えなかった。
携帯電話で会う約束を取り付けようとしても、そういうときに限って彼の携帯は圏外だった。
電話口から聞こえる無味乾燥なアナウンスに何度怒りを覚えたことか。
果ては、イギリスにいるだの、ロシアに行っただの…

そのくせ、不意を突いたように会ってしまう。
心の準備が出来てないのに、告白できるはずもない。

彼女はいつの間にか告白することが出来なくなっていた。

彼への想いがなくなったわけでは決してない。むしろ、強くなっている。
しかし、強くなった分生まれてきた感情もある。そう、恐怖。
告白して断られたら?
それを考えるだけで、行動不能に陥ってしまう。
拒絶されるくらいなら、今のままでいいじゃないかと考えてしまう。
逃げているというのは分かっている。逃げてるだけでは、好転することがないのも分かっている。

だから、この体験入学はチャンスだと思えた。
彼と同じ学校、同じ教室、同じ空気。
それは、何かを変えてくれると感じた。何かを変える力を与えてくれると信じた。


このお弁当も、彼と一緒に食べるために作った。
昨日のことから考えても、美琴は一緒に食べたいとは素直に言えない。
だから、レシピ研究という名目を作った。
上条のことを好きであろうと思われる、姫神という少女が使った方策に乗っかろうと考えた。
それならば、上条も素直に自分のお弁当を食べてくれるだろう。
ちょっとずるいとは思ったが、彼と一緒にお昼を食べるにはこれ方法しかないと思われた。


「お姉様。ここにいらっしゃったのですか…」
急にキッチンの扉が開いたと思ったら、美琴のルームメイトが眠い目をこすりながら立っていた。
料理に夢中で気付かなかったが、すでに起床時間を過ぎていたようだ。
「おはよう。黒子」
「おはようございます。んん?こ、これは!!」
先ほどまで眠そうにしていた白井の目がパッと見開いて、美琴の方に近づいてくる。
「これは、もしやあの殿方のために……ぐぅぅー許せん!」
白井の勝手な想像に美琴は辟易する。
とはいえ、半分は正解なのだが。美琴はある程度予想がついていたので、
「ちょっと黒子。なんでアイツのためって考えになるのよ!
 お弁当箱一つしかないんだから、自分のために決まっているじゃない!」
と、反論してみるのだが、
「うーん。確かにそうですが、何か不穏なものを感じますの」
「な、なによ、それ?第六感とかいうやつ?科学の街でそれはないわよね。あははは」
白井の怖さを改めて感じる美琴であった。

「ところで、お姉様。今日は絶対、門限は守ってくださいな」
「へっ?どうして??」
「昨日、門限破りをした生徒がいまして、あまつさえ警備員に保護される始末。道に迷ったらしいのですが。
 おかげで、寮監様はカンカンですの。お姉様や私の悪影響が出てるとか謂われのないことまで…
 お姉様はちょうどお風呂に入られていたので、ご存じないでしょうが」
「あーそれでかーここの使用許可取るのに、理由だのなんだのって聞かれたのは」
「そう思いますの」

単なるとばっちりかなどと思ったが、普段が普段なだけに、仕方がないかと感じてしまう美琴だった。



「ふぁ~~今日も上条さんは朝っぱらから補習ですよっと」
と、エレベータを下りた上条は、大きなあくびをしながら独りごちる。
不満を言わないと、正直眠気やらストレスやらで頭が変になりそうだった。
声にしてはき出したことで、少しはすっきりしたかなと思いながら、オートロックの扉を開けると、
そこには、常盤台の制服を着た少女が一人立っていた。
一瞬、御坂美琴か御坂妹かと思ったが、扉が開く音にビクッとなって振り向いた少女の顔は別のものだった。
少女は上条の顔をみとめると、すかさず踵を返し走り去っていった。

「何やつ!まさか御坂の手のものか!?」

と、昨晩テレビで見た時代劇の影響か、武士風の言い方になっている。

(そもそも御坂が、俺に刺客を送り込む理由がないな。
 アイツは殺るときは、自らの手でやるタイプだろうし……)

などと、時代劇のノリで考えていると、あるものが目に入った。

それは、寮の玄関にある集合ポスト。
各部屋ごとにポストがあり、オートロックから中に入らなくても郵便物などを入れることが出来るようになっている。
上条の部屋のポストには、昨日帰ってきたときにはなかった封筒が入っていた。

昨日帰ったのは、かなり遅い時間だった。
その時にはなかったので、郵便物やダイレクトメールではないと思う。

なんだろう、封筒を取り出してみると宛先人も差出人も書かれていなかった。
取り出そうとしたら、カミソリでも入ってるんじゃないだろうな?と不審に思いながら、慎重に開封し中身を取り出す。
中には便せんが一枚。内容は、たった二行。
「ん?何かの暗号か?つか、読めねえーこのみみずののたくった様な文字は…」
筆で書かれていて、しかも草書体で書いてあるため、上条には読むことすら出来なかった。



寮の玄関で、思った以上に時間を食ってしまったため、教室に入ったときには小萌先生はすでに教壇に立っていた。
といっても、まだ開始予定時刻前ではないのだが、
「上条ちゃん、遅いですよーもっとやる気を出してくださいっ-!」
と、怒られてしまう。何か釈然としない上条は、
「まだ、時間前じゃないですか!朝はなにかと忙しいのですよ」
と反論する。
ここ最近は毎日のように補習があり、放課後に二時間みっちりしぼられていた。
今週はそれに加えて早朝に一時間追加されている。
計算すれば一日に1.5日分授業を受けているわけで、正直疲労困憊だった。
「先生。もう、疲れましたよ…毎日補習じゃ疲れますって」
「上条ちゃん。まじめにやってほしいのですーっ!やれるときにやっておかないと、上条ちゃん、すぐ休むじゃないですかー」
と、まさしく正論で返された。
上条も学校を休んでしまっている手前反論できずにいると、
「それにちゃんとご褒美もあるのですよー」
と、意味深な笑顔で小萌先生は言葉を発する。同時に上条の不幸センサーが、警告音を鳴らした。
「ご褒美って…大量の宿題とかじゃないですよね?よね?」
と、『ご褒美』の内容を探るが、
「宿題とかじゃないですよー。でも、内緒なのです。そのうちわかることですから、期待しておいてくださいねー」
いまだ意味深な笑顔を浮かべ続ける小萌先生だった。



朝のホームルームも終わり、退屈な授業が始まる。今日の一限目は物理だった。
上条はどの教科もおしなべて苦手なのだが、特に数式やら方程式の出てくる授業というのはもはや拒否反応が出る。
数学ほどではないが、運動方程式やら力積やら訳の分からないものが並べられる物理も嫌いだった。
今、授業を行っているのは力学。
ものがどういう風に動こうが、どうでもいいではないか?
ものが上から下に落ちる。それが分かっていれば実生活には支障はない。
そもそも、能力を使って現実をねじ曲げているこの学園都市で、物理って必要なのかと思ってしまう。
上条はそんな風に考えながら、授業の内容を右から左へと聞き流していた。

教室に据え付けられている時計を見れば、授業は後10分ほどで終わる。
あと少しでこの苦行の時間から解放されると思うと、気が楽になるってものだ。
さっきまで全く見もしなかった黒板の方に視線を向けると、物理教師は問題を書いていた。

(終末速度?なんじゃそりゃ??)

おそらく、今日の授業の内容を踏まえた上で、復習の意味を込めた問題なのだろう。
しかし、授業を全くと言っていいほど聞いていなかった上条は、何の事やらさっぱりであった。

こういうとき、回答を指名されるのは不幸の権化である自分であろうと、上条は身構える。
身構えるといっても、どう解こうとかではなく、どう怒られるかだが。

「えーっと、この問題を…御坂。解いてみてくれ」

しかし、回答を指名されたのは意外にも美琴だった。

「は、はい」と慌てたようにな返事をした美琴は、黒板の方に向かい問題をスラスラと解いていく。
見たこともないような記号が並べられていくが、上条には全く理解できなかった。
だが、周りもなにやらざわついている。みな、何をやっているんだ?という表情だった。

成績下位の上条だけならいざ知らず、今日の授業をまじめに聞いていたであろう成績上位にいる生徒まで、みな同じ表情。
出された問題も、今日のやった範囲であるはずで、ちゃんと聞いていれば解ける問題のはずだ。
かくいう問題を出した側の物理教師ですら同じように驚いた表情をしている。

「できました」と一言言い、美琴は自分の席に戻ってきた。
教室中の目線がその姿を追っていた。

少し間を置いて、ハッと我に返った物理教師がしゃべり出す。
「えーっと、正解ではあるんだが…別に微分方程式を解いて遷移状態まで求めなくても…」
といい、回答に補足していく。

横に座っている美琴を見ると、顔を真っ赤にしていた。
彼女も授業を聞いていなかったようだ。
上条とは違って、わかりきっている内容だから聞かなくても問題ないという理由で。
(やっぱり、こいつすげーな)
と、上条は感心してしまう。
物理教師も感心したようにポツリと、「常盤台は大学レベルのこと教えてるのか…」と、つぶやいた。
上条は感心を通り越して呆れてしまった。
なんでこいつはここにいるんだ?と。



チャイムが鳴り一時限目の授業が終了した。
物理教師は、「やっぱりすごいなー」といった感じで、職員室へ戻っていった。

美琴はやってしまったとばかりに、顔をうつむかせしょんぼりした表情を浮かべている。
一限目の授業は大失敗だった。
ずっと、隣に座る上条の事が気になり、授業など全く聞いていなかった。
眠そうに欠伸をしている上条をかわいいなと愛でていたのがそもそもの失敗だった。
ただ見ているだけであれば、授業の内容は耳からでも理解できる。
しかし、上条がいつこちらを向くか分からない状況で、彼のわずかな仕草に集中していたので、
耳からの情報も完璧に素通りしていた。まさに、右から左である。
そして、いきなり当てられて、見たことのある問題だったので、そのまま答えてしまったのであった。
「わかりません」と言えば、中学生が体験入学しているのだから特に何も言われなかっただろう。
でも、常盤台の生徒としての自覚が、心の中にほんの少しだけでもあったようで、美琴はそのような考えは浮かばなかった。

美琴は心配した。
上条が自分との間に壁を作るのではないかと。
美琴は上条と共に歩んでいきたかった。一緒の高さの目線でいたかった。
そうでないと、「付き合う」ということは出来ないと思っていた。

(どうか、壁を作らないで!離れていかないで!)

美琴が必死に考えていると、横から声を掛けられる。
「やっぱすげーな、オマエ。何でうちの高校に体験入学してんだ?」
聞き慣れた上条の声に、美琴は少しだけ安心する。
「抽選でね。ここになっちゃったのよ。ついてないわ、私」
嘘をついてしまった。本当の事なんて言えるはずもないし。
「オマエもたいがい不幸だな」
と、上条は疑うことなく美琴の言うことを信じてくれたようだった。

「上条君」
声の方を向いてみると、先ほどは気付かなかったがクラスの女の子が二人立っていた。
「わりーわりー。えーっと、こいつレベル1の発電能力者なんだけれど、お前と話がしたいらしくてさ」
と上条がいうと、女の子のうちの一人が「よろしく」と挨拶した。
あとは付き添いってヤツか。
一人だと怖いから何人かで行動する。女の子の思考回路はそんなものだろう。
上条は「あとは、若い者同士で」とお見合いの仲人が言いそうな言葉を吐いて席を立つ。
トイレにでも行くのだろうか、教室から出て行ってしまった。

その様子を見ていただろうだろう、先ほど紹介された女の子が
「御坂さんって、もうしかして上条君のこと好き?」
「べ、別に、そ、そんなことない」
と、美琴は慌てて否定する。
いくら好きでも、人に聞かれて「はいそうです」などと言えるほど、人間出来てないのだ。
「その慌てよう、肯定ってことね」
「上条君のこと、目で追ってたものね」
二人が口々に言ってくる。
こうなっては、いくら否定しようが無駄だと分かっていた。
認めても良かったのだが、上条のクラスメイトに知られるのは嫌だなって思った美琴は、
「ところで、何のご用ですか?」
と、上条と話すときとはとは違う丁寧な口調で、話題をそらせる作戦に出た。
「あら、上条君としゃべってるときとはえらい違いね」
「ねーホント、ホント」
正直、ムッとしてしまった美琴は、
「だから、何の用なのよ!?」
と、つい語気を荒くしていた。
「おっと、怒らせちゃったかな。でも、畏まった口調はやめてね。クラスメイトなんだし」
「そうそう。それに同じ上条君のこと好きなもの同士ね?」
「えっ!?それって……」
「うん。私たちも、上条君のことが好きなんだよね」
「っていうか、クラスの女子のほとんどじゃない?」
「………」
美琴は絶句する。
今までの彼の言動からすれば、彼のことを好きでいる人は多いとは思っている。
しかし、クラスメイトのほぼ全員が上条の事を好きだなんて考えてもみなかった。
なにより、クラスメイトというポジションはかなり有利と思える。
美琴のように、偶然を装って会う必要もない。毎日学校に来れば彼がいるのだから。
「……もしかして、アイツに彼女とかいたりする?」
彼はいつも、もてないと言っていたので恋人なんていないと思っていた。
しかし、こんな近い環境に彼のことを好きだという人間がたくさんいるのだ。
美琴は、それを聞かずにいられなかった。
「いないと思うよ。」
「うん。もてたい、もてたいとか言ってるし。彼女がいたら言わないでしょ、普通」
やっぱり、と美琴は胸をなで下ろす。自分にもまだチャンスはあるのだと。
「でも、姫神さんは別格かも」
「あー確かに。大覇星祭のときも、一緒に回る予定だったって噂あったじゃない」
美琴は、姫神という名前に心がチクッとした。
「姫神さんって、アイツがいつも一緒にお昼食べてるっていう姫神さん?」
「えーーそれホント?上条君いつも、お昼いなくなるから、どこ行ってるんだろうって思ってたんだよね」
「う~ん、やっぱり上条君、姫神さんのこと好きなのかな?」
「付き合ってはなさそうだけれど…上条君も奥手っぽいしね」
「「「はぁ~~」」」

三人のため息がハモったところで、上条が戻ってきた。
美琴と上条は席が隣同士なので、これ以上この話題は続けられない。
発電能力者と紹介された女の子は、上条に声をかけた。
「やっぱり、レベル5は違うわ。色々参考になった」
「おう、よかったな」

おそらくそれが本来彼女が美琴に声を掛けた理由。
同じ発電能力者同士情報交換したいとか、そんな感じの理由だったのだろう。
彼女は上条にお礼を言うと、もう一人の女の子と一緒に自分の席に戻っていった。



四限目終了とともに、美琴はかねてから計画していた作戦を開始する。
美琴は自分の机を九十度回転させて、上条の机にくっつける。
あっけにとられている上条に、「アンタの机もくっつけといて」と言い放ち、美琴はもう一人のところへ向かう。
それは、長い黒髪の少女、姫神のところだった。

姫神は、美琴が目にもとまらぬ速さで机を移動させたこと、
そして何より、美琴が自分のところにきたことで無表情のまま固まっていた。

「姫神さんよね?一緒に食べましょう?」
「姫神は私だけれど。一緒に食べて。いいの?」

姫神は表情を崩さず聞いてきた。
美琴は、彼女の表情からは同意とも拒絶とも読み取ることが出来ずにいたが、
えい、ままよと、彼女のいすを持って、美琴の席まで運んだ。

上条の席に戻ると、机はすでに美琴の机と向かい合わせの状態になっていた。
上条は何を始めるのか疑問に思いながらも、美琴の命令に従って机を移動させていたのだろう。

そして姫神はお弁当箱を抱えたまま、美琴によって運ばれた自分のいすに腰掛ける。
とりあえず、一緒に食べることに同意してくれたようだ。

「えーっと、御坂さん。これから何を始められるのでせうか?」
上条はおそるおそるといった感じで美琴に問う。
美琴は、さも当然のように、
「レシピ研究に決まってるじゃない!」
と答えた。

そう、美琴の作戦は、姫神の「レシピ研究」に乗っかることだった。

一緒に食べたいと言っても、上条はなぜ?と聞いてくるだろう。
そんなの理由なんて一つしかないのだが、美琴はそれを言うことは出来ない。
おそらく姫神も同じ理由で「レシピ研究」を持ち出したはずだ。

しかし、ここで一つ問題が起こる。
もし二人で食べたいと言ったら、昨日のように姫神が一人になってしまう。
さすがに上条もそれをよしとはしないだろう。

そこで、美琴は姫神も呼ぶことにした。
三人で「レシピ研究」をすれば、三方丸く収まると考えたわけだ。

なので、上条と姫神がご飯を食べにどこか行く前に、速攻で美琴は行動したのだった。


「まあ、それが一番いいかな」
と、上条が同意してくれたので、美琴の読み通り「レシピ研究」が始まった。

三人の弁当箱が机の上に広げられる。
上条はシンプルな弁当箱に、これまたシンプルに卵焼きやらウィンナーなどが入った普通のお弁当だった。
美琴はご存じゲコ太の形をした緑色の弁当箱に、ハンバーグや野菜サラダなどの洋風のお弁当。
そして、姫神は漆塗りを模したプラスチックのお弁当箱に、
それに似合うような煮物やほうれん草のおひたしなどの和風のおかずが並んでいた。

ただ、姫神のお弁当は、すべてのおかずがアルミのカップに入っているのだが、それぞれが二つずつ詰められていた。
美琴はしまったとおもった。それはまるで、二人で食べることを前提にしたような詰め方だったから。
そもそも、美琴がいなければ二人で食べていたのだろうから当たり前と言えば当たり前なのだが。

一方、美琴のお弁当はすべてが一つずつ。
野菜サラダなどの分けやすいものであれば問題ないであろうが、ハンバーグは一つしか入れてなかった。
今日のお弁当のメインであり、美琴の自信作だったのだが。

「おっ!御坂のハンバーグ、おいしそうだな。上条さんも食べたいぞ」

落胆していた美琴の心は、それだけでパッと明るくなる。
まだ使っていない箸で、美琴はハンバーグを取り分けた。
姫神も、いつものようにといった感じで、自分のお弁当箱からアルミカップを引き抜いて、お弁当のフタに並べている。
なんだか、そのやり慣れた動作に、美琴は心の中にモヤモヤっとしたものが広がるのを感じた。

「はい。上条君」
「おっ!姫神のもおいしそうだな」

特別でもなんでもない仕草を見せつけられて、美琴は嫉妬しているということに気付く。

「ところでさーアンタ達、いつもどこで食べてるの?」

嫉妬している自分が、嫌で嫌で仕方なかった。
何か口に出していないと、頭が変になりそうだった。
だから、美琴の作ったハンバーグを頬張っている上条に、世間話のように聞いてみる。

「ここの屋上だよ。人も少ないから…わっ!!」

美琴のハンバーグを箸に挟んだまま答えていた上条は後ろからどつかれていた。
箸からハンバーグがぽろりと落ちる。幸い、落ちた先は上条の弁当の上だったが。

「カミやーん。久しぶりに教室でお昼食べてると思ったら、両手に華かにゃー」
「これは許せまへんなー覚悟は出来とりまっか?」

金髪にサングラスと青髪にピアスの男達は、上条を引っ張って廊下の方に消えていった。

「こうなるから。誰も来ない屋上で食べてる。」

姫神がつぶやくように言うと同時に、廊下の方から上条の声が響く。
「不幸だ―」

姫神は、それを気にすることなく、さといもを咀嚼していた。



しばらくして、上条は頬に手を当てて戻ってきた。
「あいつら、ホント手加減ねーんだから…」
そういいながら、自分の席に座った。
男子のケンカ(?)というのがどういうものか分からない美琴だったが、この様子だと殴られたみたいだ。

「なんか、ごめん。こうなるとは思ってなかったから」
この責任の一端は美琴にあるような気がして素直に謝った。

「いや、気にすんなって。
 しかし、明日からは、また屋上にするか?」

美琴には特に異存はないので、首肯するが、
「…………」
姫神は黙ったまま何も言わなかった。
「ちょっと、姫神さん?なんで怒ってらっしゃるのでせう?」
美琴には怒っているのどうかも分からなかったが、上条には分かったようだ。
「じゃあ、学食にすっか?うちの学食、そんなに混まねーし」
「うん」
今度は、姫神は肯定した。
いつも二人でいる空間に、美琴を入れたくない。そう言うことだろうと美琴は思う。


「じゃ、そういうことで」と上条が言って、お昼ご飯が再開した。

一応は「レシピ研究」なので、会話はご飯の作り方とかコツが中心だった。
おからで作るハンバーグも結構いけるとか、出汁の取り方はなどなど。

姫神のおかずは、上条がほめるだけあって、かなりおいしかった。
この腕ならば、レストラン開いても繁盛するのでは、などと思ってしまう。
上条のおかずも分けてもらった。意外にもちゃんとした味付けで基本がしっかりしている感じ。
ただ、姫神のものと似たような味だったので、少し心が痛くなった。

三人のお昼ご飯が済んだ後、上条はおもむろに封筒を取り出す。
「ちょっとこれ見て欲しいんだけど。今朝ポストに入っててさ」

手渡された封筒には便箋が一枚。
そこには、たった二行の文面が、草書体で書かれていた。

『千早ぶる 神代も聞かず ますらおよ
  ほおくれなゐに 染めにけるかな』

それは、和歌だった。

(……何よこれ…)

百人一首にも載っている在原業平の歌から本歌取りされたそれは、まさしく恋歌だった。
とはいえ、本歌からかなり取っている辺り、あまりうまいとは思えないが。

「上条さん、お馬鹿だから全然意味わかんなくてさ。そもそもなんて書いてあるのかすら分からん。
 美琴センセーなら分かるかと思ったんだけど、どうだ?」

無知というのはつくづく怖い。
平気な顔して、歌の内容を聞いてくるのだから。

「えーっと、あれよ…」
美琴は、落語の一席を思い出しながら、
「千早さんって人を振って、神代さんって人の言うことも聞かず、
 アンタのことは、頬が真っ赤になるくらい怒ってますよ!って意味ね」
と、でたらめ解釈をしておいた。

そしたら、横に座っている姫神が、美琴の腕の辺りをツンツンとつついて小声で、
「(御坂さん。それ。ごまかせてない)」
「(うわーやっちゃった)」

恋歌であることを隠すために、恨み言に変えてごまかそうとしたのだが、
好かれていると言うところはごまかせてなかった。
「おい、二人とも何慌ててるんだ?」
「べ、別に何でもないわよ。
 アンタ、千早さんも神代さんも知らないでしょ? 人間違えとか送り先間違ったとかじゃない?」
「確かにな。俺にこんなの送っても読めないに決まってし。」
上条は苦笑いをしていたが納得したようで、美琴は胸をなで下ろした。

「ってことは、あの常盤台の子は俺と誰かを間違ったって事か」
「えっ!?!?」
「いや、今朝学校に行こうとしたときに、うちのポストのところに立ってたんだよ。
 俺の知らない子だったんだけれど…あれ?でもどっかで会った気もするなー」

それを聞いて、美琴は今朝のことを思い出す。
廊下でぶつかったあの少女のことを。
上条が寮を出る時間から、常盤台の寮から彼の寮に行くまでの時間を逆算すると、ちょうどぶつかった時間に相当するからだ。
一つの糸がつながると、それに引き寄せられるように、色々な記憶がつながっていく。
常盤台の掲示板の前で美琴に宣戦布告してきたのは彼女だった。
その時は何に負けないのか分からなかったが、これではっきりとした。
そして、彼女こそ、大覇星祭の玉入れで上条が助けた少女だと思い出す。

ライバルはクラスメイトだけでなく、自分が所属する常盤台にもいる。
そのことに、美琴は軽い目眩を覚えた。

しかも、彼女は上条の寮を知っている。
ストーカーだろうが何だろうが、自分の知らないことを知っているというのが許せない。


美琴はしばし思案した後、上条に提案する。
「ねえ。せっかくレシピ研究するんだったら、実際一緒に作った方がいいと思うんだけど?」
「それは。いいかも」
姫神も乗ってきた。二人っきりにはさせないという意味かもしれないが。
「そうだな。でも、補習がない日にしないと…それに場所も」
「上条君。明日は補習ないでしょ?場所も上条君の家でいいと思う。それに。明日は…」
「あぁーそうだったな。じゃあ、明日、俺の家って事で」

姫神が美琴の知らない上条の事情を知っているようで、少し胸が痛んだが、
目的は達成できたので、美琴はうれしかった。

さぁ、明日は楽しみだな。などと考えて。


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