twenty_five_revers
(??.??_AM07:30)
「んん……」
御坂美琴は微睡の中にいた。
何だか良く分からないけど、例え様もなく居心地が良くふわふわした気分だ。
抱き枕にしている物から普段にはない暖かさと安心感が伝わってくる。
その感覚を求めてさらに引き寄せようとすると枕にはない抵抗感があった。
(枕にしては重量感があるような……アレ?)
薄く目を開けて見ると、人の体が見える。
体を追って視線を上げるとツンツン頭のあの馬鹿が寝ていた。
寝ぼけた頭で見上げると、いつもの常盤台の寮ではない天井が見える。
もう全てがありえない状況なので夢だと判断し、夢の中でくらいは好きにさせて貰おうと思った。
とりあえず、現実に戻るまではこの居心地の良い夢に身を任せる事に決め、抱き枕に身を寄せる。
――と、抱き枕が身じろぎした。どうやら起きてしまったらしい。
夢の中でも思い通りにならない馬鹿に少々腹が立ったが、そんなの関係ないとばかりに抱き締め二度寝を決め込む。
少々の間を置いて、耳元にひどく優しい声が聞こえた。
「美琴、朝だぞ。起きろ。」
夢の中であっても、いや、そうであるからこそか。名前で呼んでもらえる事にひどく幸福感を感じる。
「……ゃ。まだ寝るー」
「寝るのは構わないが、せめて上条さんを離しては貰えませんか?朝食を作りたいのですが。」
「……ゃー」
この幸福がすぐに終わってしまうなんてとんでもない。抱き締める力を強め、頬を摺り寄せる。
居心地が良く何時までも手放したくない。きっと頬はだらしなく緩んでいる事だろう。
「仕方のないお嬢様だな……」
と、頭を優しく撫でられた。心地よさに体が弛緩する。
緩んでできた隙に両脇に手を入れて優しく体を引き上げられる。抗議しようとした時に唇を何かで塞がれた。
――夢のはずなのにこの妙にナマナマシイ感触はなんだろう。
そもそも私は未だにキスどころか告白すらしていない。夢にしても感触をイメージする事なぞできないはずで
……それは、つまり……現実!?
といった事に考え至ったあたりで、急速に覚醒し目を開ける。
目の前の現実は、白井黒子…………
といったことはなく、今まで見た事ないような優しい表情をしたツンツン頭がいて
「お目覚めですか?お姫さま。」などと宣いやがった。
当然、美琴は目の前の現実が理解できずに大恐慌に陥った。
「な、なななっ!?ア、アンタい、今、な、なにして……!?」
「何って?おはようのキスだけど?中々起きないからねだってるのかと思ったんだが、違ったのか?」
つまり今のは正真正銘のキスであったらしいという事を認識した瞬間、意識が飛んだ。
「ふにゃー」
「って、うぉぉぉぉ!!何で!?何でここで漏電!?ここ1ヶ月くらい無くなってたから直ったと思ってたのにーー!?」
心臓に悪いスパーク音が早朝の一室に響き渡る。
(??.??_AM08:10)
食器が並べられるような硬質な音で美琴の意識が浮上する。
もぞもぞとベッドから起き上がり、周りと見回すと美琴が見た事のない部屋の一室。
ベッド脇の壁紙が若干焦げているように見えるが気のせいだ、多分。
目の前のテーブルには和風の朝食が並べられようとしている所だった。
起き上がった美琴に気づき、朝食を並べていた上条が声を掛けた。
「おはよう。美琴。気分悪かったりしないか?いきなり漏電したんでびっくりしたぞ。」
声を掛けた方は、何の気なしに言っているが、声を掛けられた方は……ひどく挙動不審だ。
ビクッと肩を震わせたかと思うと、いきなり顔が茹で上がった蛸のようになり
「ここ、どこ…っていうか、今、アア、アンタ、みみみみ、美琴って美琴って!?」
「……?俺の部屋だけど?なんだ?まだ寝ぼけているのか?それとも久々に漏電して気絶したし、やっぱどっか体調悪いのか?」
「ふぇ!?ああああアンタの部屋っ!?」
美琴が慌てふためいている間に上条は美琴に近寄り、どれ見せてみーとばかりに額をつけて熱を測る。
「ななななななぁ!?」
「……熱はないみたいだが、反応が付き合い出した頃みたいだな?可愛いぞ?」
もはや美琴的には許容量オーバー。どこから突っ込んでいいのか分からない。
優しく心配してくれる上条の顔を直視できずに視線をあちこちに彷徨わせた結果、今の自分の格好が目に入る。
それは、男物のYシャツに下着だけという姿で、混乱にさらに拍車を掛けた。
「……ぇぅ…ふえぇぇぇぇぇ!?」
(い、一緒の部屋で寝起きして、名前で呼んでもらっていて、つつつ、付き合うってアレよね!?そ、それで、つまりこの格好はアレがソレで……って、まってまって、か、可愛いって言った?)
ボンッっと煙がでそうな勢いでもうこれ以上は無いくらいに顔が赤く染まる
とてもではないがこれ以上意識が保てず再度ベッドに沈んだ。
「って、おいぃぃ!?またかーー!?」
(Mar.25_AM08:40)
「で、落ち着いたか?」
「う……す、少しは」
2度目の気絶からは10分足らずで回復し、美琴は上条と朝食を摂っていた。
Yシャツは流石に恥ずかしすぎるので、上条の部屋に置いてあった美琴的には記憶にない私服に着替えている。
短パンはなかったので何だか落ち着かない。
今日は3月25日。
美琴の記憶にある日付から丸3ヶ月が経過していた。
ガラステーブルを挟んで向こう側にいる上条が興味津々といった風情で声を掛けてくる。
「味はどうだ?」
「……ふぇ!?お、おいしいわよ!?」
上条が料理ができるのは自炊しているからある程度予測が付いていたが、常盤台の学食並の味だった。
更にどちらかというと美琴好みの味付けである為、美味しかった。
――土御門に料理を教授してもらっていなかったら沈み込んで立ち直れなかったかもしれない。
「そりゃよかった。一応、美琴好みの味付けにしてみたつもりだったが成功ですかねー。」
うんうん。と喜んでいる上条をよそに、それを聞いた美琴の顔が赤く染まる。
「……むぐっ」
「どうしたよ?ほれ水」
「ん……んくっ。な、なんでもない。ありがと。」
(……こ、ここ好みまで把握ってー!?う、嬉しいけどさっ)
もういちいち数え上げるのが虚しいくらいにおかしい所だらけだ。
最後の記憶は3ヶ月前の日付で、そもそも自分は上条の部屋の位置を知らないはずなのだが、既に新婚さんのような状態に陥っている。
状況としては憧れていた妄想空間が突然現出したようなもので、嬉しい事は嬉しいが色んな部分で心臓に悪い。
原因はさっぱり分からないが、まず、上条の性格からしてドッキリという線はない。
……無いと思いたい。これで後から看板が出てきて、『上条さんの素敵演技力の勝利ですよ』とか言われたら
そこら辺のものを片っ端から超電磁砲の弾丸として投げつけても収まらないだろう。
乙女の純情を踏みにじるのも大概にしろというものだ。
昨日は、黒子と初春さんと佐天さんでささやかにクリスマスパーティーをしたはずだ。変なものを食べた覚えはない。
まぁシャンパンは多少開けたが……その程度で酔うとは思えないし、酔って記憶が3ヵ月も飛ぶってのも明らかにおかしい。
仮に黒子が何か変な薬を使ったとしても上条と一緒に新婚さんいらっしゃい的な状態にする意図があるとは思えない。
むしろ逆の状況に持って行こうとするだろう。
サンタクロースが恋人をプレゼントしてくれたと見るとロマンティックかもしれないが、時間がすっとんでいる理由にはならない。
確かに翌日のクリスマスには上条に告白しようなどと考えてもいたが、だからといってこんな手順がぶっ飛んだプレゼントは勘弁して欲しかった。
あれこれと考えて唸ってみるが、答えなど出るはずもない。
(……自分だけで考えても仕方がないか)
「ホント大丈夫か?さっきから挙動不審だし。心配事があるなら聞いてやるから言って見ろ。」
「う……うん。そ、そのさ?どうもそのー。何だか記憶が曖昧なんだけど、昨日、何かおかしな事があったかしら?」
「……イエ、ナンニモナイデスヨ?」
上条が少し目を逸らしている。あからさまに怪しい。
美琴は空気を帯電させ威嚇してみる。
「……ふぅん?外もいいお天気だし、川原で超電磁砲キャッチボールとかどうかしら?早朝から爽やかでいい運動になると思わない?」
「話すっ!!話しますから休日の朝からそれは勘弁して下さいー!?」
「最初っから、そう言えば良いのよ。で、何があったの?」
「昨日は美琴が帰省の予定を繰り上げて帰って来るっていうから、駅まで迎えにいって、部屋に帰って一緒に過ごしただけですよ?」
相変わらず上条は目を逸らしながらそんな事を言う。
「その過程のどこに挙動不審になる成分が含まれているっていうのよ?やっぱりキャッチボールしよっか?」
美琴と呼ばれた事とか、一緒に部屋に帰ったのあたりで十分異常ではあるのだが、そこはもう無理矢理に味噌汁の残りと共に飲み下す。
一般的に言って今告げられた行動程度ではこの状態に至るような事はないだろう。
返答如何によっては、全力でキャッチボールしようなどと上条以外なら致命傷を負う事が確実な物騒な決意を固めていると
「う……その。ですね?学期末はごたごたしていて、最近一緒に居れなかったし、常盤台に申請した日程より早く帰って来たので昨晩は泊まるって、駅から部屋までの間にいつも以上にべたべたしてくるし、『美琴を一杯可愛がってね』なんてトンデモナイ事言うから、部屋に入った途端に我慢が出来なくなってスゴイコトしてしまいました。
凄く恥ずかしがっていたのが超可愛かった! っじゃなくて、まさか無かった事にしたいくらい嫌だったのか!? それで今日は昔みたいにツンツンしてると!? 幾らでも責任は取らせて頂きますからユルシテクダサイーー!!」
などと言われた為、むしろ聞いた美琴の方が致命傷を受けた。
上条の方は、すわ電撃がくるかっと身構えていたが、美琴の方はそれ所ではなく赤くなって後ろのベッドに突っ伏した。
「……あれ?美琴さーん?」
(わ、私の記憶が曖昧になるほどススス、スゴイコトってア、アンタ一体何をしたのよー!?)
聞いてみたい気もするが、言ったが最後、真面目に返答されたら精神的に終わってしまう予感がする。
昨日言ったという『可愛がってね』発言も含めて思考から切り捨てる。深く考えたら意識が飛ぶ事請け合いだ。
羞恥死なんてものはあるのだろうか。
上条の方は美琴に何回か声を掛けていたが、復活しないのを見て取り、デッドエンドが避けられた事に安堵の吐息を吐く。
そしてデッドエンドから遠ざかる為に、食べ終わった朝食の食器を片付け始めた。
上条が台所の方へ行った為、美琴はとりあえず、現状の上条との関係の手がかりを求めて周囲を見渡した。
(実感がいまいち沸かないのが凄く悲しいけど、どう考えてもこ、恋人同士みたいだし。昨日までの私がどんな風に振舞ってたかが分かるようなものは……って)
TVの横に置いてある小さな写真立ての中に、Vサイン&カメラ目線で美琴と上条が並んで写っている写真があった。
しかも二人はべったりとくっついていて、写真の中の自分は客観的に見てもとんでもなく幸せそうな笑みを浮かべている。
同じ事をやれと言われたらまず間違いなくテンパって意識が飛ぶか、恥ずかしすぎて電撃を飛ばしてこんな写真は取れないだろう。
他にも部屋を見て回ると洗面所にはゲコ太歯ブラシ、風呂場には愛用のシャンプーやリンスのボトル、食器も美琴の趣味に合うものがあったりと、かなりの頻度で部屋に上がっている様子が伺えた。
痕跡を見つける度に想像を膨らませ赤面する。しかし物品では目的の立ち居振る舞いまでは掴めない。
(……そうだ、携帯!)
普通に考えて恋人同士なら携帯の履歴を漁ればその一端が伺えるとの考えに至り携帯を開く、と
上条と美琴が思いっきりキスしている場面が文字通り待ち受けていた。
メールの内容に赤面するかもしれないとの覚悟はあったが、予想外の場所でいきなりの先制パンチをくらい軽く意識が飛びかける。
頭の中の余裕がかなり削られたが、今重要なのはそこではないとばかりに美琴は自分の携帯の危険地帯に踏み込む。
そこでは、当然の如く『アンタ』改め『当麻』で文章表現が柔らかく、毎日のちょっとした逢瀬や毎週のデートの約束、果てはお泊り、おねだりと桃色幻想卿が広がっていた。
上条の返事もいつもの素っ気無さが嘘のようで、美琴は眺めているだけで胸一杯、幸せ一杯でぽーっとなったり、軽く漏電しつつ身悶えてみたりと忙しい。
(……ふにゅ、む、むり。こんにゃふうにやったらしんじゃう)
写真立てから携帯までの一連の作業で意識が飛ばなかっただけでも上出来だろう。僅か2時間ばかりの間に随分と耐性が付いた気がする。
が、今の状態で参考にするには難易度が絶壁すぎる生活の片鱗を見て、今日一日を無事(余り気絶せずに)に過ごせるか真剣に心配になった。
(Mar.25_AM11:07)
「……こうでいいのか?」
「違う違う、さっき教えたでしょ?なんで出来ないのよ」
上条が一通りの家事を終えた後に、課題を見てくれと言ってきたのを快く引き受け、今は1つの課題が終わろうかという所だ。
正直な所、ふにゃふにゃになりながら携帯を弄っていたら、上条が軽く嫉妬してくれて嬉しくなったり、漏電を止める為に優しく撫でられて居心地良くなったりと危険な状態に陥っていたので、美琴的にはインターバルが与えられてほっとしていた。
「こんなとこか。サンキュな」
「ん。そうね。キリもいいし終わりにしましょっか、だけど、アンタ同じとこ何度も間違えるのはなんとかならないの?新しいスルースキル?」
「間違える点については返す言葉もございません。が、なんだスルースキルって」
「アンタ私が話しかけても電撃飛ばすまで無視し続けたじゃない。何時までたっても検索件数0状態だったし」
「何時の話してんだ。美琴たん一筋の今はそんなことありませんの事よ?大体、美琴も似たような癖あんだろ」
「み、美琴たんとかいうなっ!っていうか、私がいつアンタをスルーしたってのよ!?」
「いあ、スルーとかじゃなくて、こういう……」
と言ったと同時に上条は美琴を抱き寄せ首筋にキスを送る。
桃色空間からは程遠い課題の手伝いで油断しきっていた美琴はいきなりの事態に真っ赤になる。
さらに混乱して暴れようとする美琴を上条は慣れた手つきで撫でる。
「んあっ……ちょ、ア、アアアンタ。何をって、ふにゅ。ダメって、そんにゃに優しくなでたら、居心地よくなっちゃうじゃにゃい……」
「……はぁ。この漏電癖。せっかく直ってきたと思ってたのに上条さんは悲しいですよ。今、右手離しても大丈夫……じゃないよな?」
涙目でこくこくと頷く美琴。
「うぅ……いきなりこんな恥ずかしい事するなんて……馬鹿馬鹿馬鹿」
「デートするにも漏電や気絶に気を付けながらっていうのは辛いのですよ?」
「う…そ、そんな事言っても、どう直せっていうのよ?」
「美琴のそれはRSPK症候群だから自覚の問題だって」
「……へ?」
RSPK症候群 ―― 能力者が一時的に自律を失い、自らの能力を無自覚に暴走させる状態及び現象を指す。
能力者は『自分だけの現実』を観測し、観測した結果を世界に反映させる。
能力者だけが観測出来ても、第三者に伝わらないなら単なる妄想にすぎないので、第三者に観測させる事が出来て初めて意味を成す。
極論を言うと、第三者が存在を認める程に強く思ったり、信じたりする力である。
まぁ、受け売りだけどな。と上条は言う。
「……それがなんだっていうのよ?」
「美琴の漏電は制御できてない。つまりは、自覚できてない想いがたれ流されているわけだ」
あるいは、内面である『自分だけの現実』と、現実の行ギャップとかだそーな。などと呟いている。
「だ、だから?」
「恋人なんだから、上条さんを相手にするときくらい素直になって下さいってお願いですけど?ここ最近べたべたに甘えて来てた時は漏電してなかっただろ?溜まってるのは適度に出してくれよ」
「んなっ!?ななな、何を馬鹿な事をいっているのよっ!?わ、私は別にそんな、あ、甘えたいとか思ってないわよっ!?」
ぎゃあああ!!と喚きながらバッチンバッチンいい出したので、上条は慣れた手つきで美琴を撫でてなだめる。
「あーはいはい。そうですよねー。もう完全調教済みの上条さんはツンツンしている美琴さんも大好きだからどちらでもいいですよー?」
「な、ぇ、ちょ、ふえぇぇぇぇぇ!?」
(……うあぁぁぁ!?何これ?何コレ!?3ヵ月経っているとしても変わりすぎじゃない!?さっきの話に合わせると、私の『自分だけの現実(モウソウ)』がコイツに作用して理想的な彼氏になったとでもーー!?妄想を実現するには私が甘えればって、む、むむ、無理無理無理ーーーー!!)
目をつぶったかと思うと、上条の手を振り払うように顔をぶんぶん振り始めた美琴を見やった上条は
「あくまでも今日はツンツンすると?ならば上条さんにも考えがありますの事よ?」
などと言い出したので、これ以上はどう突付かれても破裂しそうな美琴としては気が気でない。
「な、なな何する気なのよ?へ、変なことしたら超電磁砲だからねっ!?」
「まー。まずは昼飯にしようぜ。ちょっと作ってくるわ」
「へっ!?あ……う、うん。えっと。朝食作ってもらったし、私作ろうか?」
話題がいきなり無難な内容になったので警戒していた美琴は少し戸惑う。
「いや、いいって。余裕なさそうだし。休んでなって」
「なっ!?余裕なら一杯あるわよっ!?ご飯くらい片手間でも作れるんだから!」
「あーはいはい。それはわかったけど、今日は俺が作る。この役目は誰にも譲らん!」
「こらアンタ人の話を真面目にきけぇぇぇぇ!!」
(Mar.25_PM00:32)
上条が持ってきたのは炒飯……はいいのだが、軽く2、3人前はありそうな大皿である。
小皿に取り分けて食べるのかと思ったが、皿も無ければスプーンも一本しか持って来ていない。
「アンタそんなに食べるわけ?」
「いや?」
「……私にその量を食えって事?食べれるわけないじゃない」
「いや?」
「じゃあ、何なのよ?」
「さっき、こっちにも考えがあると言ったじゃないか。その第一弾」
「……は?意味がわからないんだけど?」
つまりな。と言いつつ上条は皿をテーブルに置き、対面ではなく美琴の左隣に座りそのまま自分で一口食べる。
なんだ否定したのに自分で食べんてんじゃないのっていうか私の分は?と美琴が思ったその時
上条が右手で美琴の肩を抱き寄せ、二口目を至極スムーズに美琴の眼前にもってきて
「はい。あーん」と当然の如く言った。
「な、なななぁ!?一体何っ?」
(っていうか手がっ!?顔がっ!?近い近い近いー!?)
「何って見ればわかるだろ?ほれ、美琴。あーん」
「ア、アンタ何恥ずかしい事を平然とやっているのよー!?」
「ん?何だ?美琴こういうの好きだろ?美琴が素直に甘えられないというならば、上条さんが甘えさせてあげよう。という訳だ」
美琴的には確かに憧れの1シーンではあるが、こうも容易く現出されると思考が追いつかない。
心の準備が全く出来ていない性もあって猛烈に恥ずかしい。というか、一口目を上条が食べたのは絶対わざとだ。
「……こういうのはダメか?」
「……ダ、ダメじゃない。た、食べるわよ」
「うまいか?」
「うー……。味わかんない」
「あれ?冷めても良いように、若干味濃い目で作ったつもりだったんだが」
「そ、そういう意味じゃない。は、恥ずかしいのよ。」
「そのうち慣れるだろ。ほら次、あーん」
確かにたまにはエスコートして欲しいなどと思ったことはあるが、
だからといってここまで平然とされるとこれはこれでどうなのよとか思ってしまう美琴であった。
(Mar.25_PM01:15)
(……な、何か冷静になれる物が欲しい)
恥ずかしい食事時間が延々と続き、後半は段々居心地良くなって嬉しげに上条に食べさせていた美琴だが
回想しだすと身悶えしてしまい色々と危険だった。
上条が台所で洗い物をしている間に気分を落ち着けようと部屋を見回し本棚に目がとまる。
美琴がよく読んでいる漫画が結構な数置いてあり、趣味があいそうな事に小さな喜びを覚える。
――記憶にないだけで、もしかすると美琴自身で持ち込んだ物だったりするかもしれないが。気にしては負けだ。
(……ん?何これ?)
本棚の一角に一際異彩を放つ背表紙を発見して見てみると、美琴の趣味とも違うべたべたな恋愛物だった。
そこに洗い物を終えた上条が戻ってきて怪訝そうに聞いた。
「何だ?何か気になるものでもあったか?美琴一筋の上条さんの家には粗探しするような本はねーぞ?必要ないしな」
「さらっと変なこというなっ!そ、そうじゃなくて、アンタこんなの読むの?」
「は?ああ、それはお前が押し付けたやつだろ?乙女心というやつをちょっとは理解しなさいとか言って」
つまり今日振り回されている上条の態度は美琴の教育の成果というやつだろうか、これも因果応報っていうのかしらと美琴はうなだれた。
「さて美琴さん?2回戦と行きましょうか?」
「……へ?な、何するの?」
「食後といったらのんびりだろう。上条さんが一杯甘やかしてあげませう」
と言うが早いか、頭を撫で始める。
「ちょ、ちょっと待って!?こんな立て続けに優しくされたら変になっちゃうからダメだって!?………ゃぁ。ふにゃ。」
「ダメです。漏電癖再発とか勘弁して欲しいので、満足して漏電しなくなるまで可愛がってあげませう。覚悟せよ」
(そ、そんなことされたらしんじゃうーー!?)
最初は抵抗した美琴だが、熟練した手つきで頭や背中を優しく撫ぜられてすぐにふにゃふにゃになる。
弛緩した体をお姫様抱っこでベッド脇まで連れていかれ、優しく座らされたと思ったら背後から抱き締められて更に撫ぜられる。
昼までの一連の行動で耐性が付いたのか、かろうじて意識が飛ぶ事はなかったが決壊一歩手前の状況に代わりはない。
一杯一杯な美琴の様子が分かったのか、しばらく上条が手を止めてくれた。
「ところで、美琴」
「……にゃ……にゃによ?」
「こっちが名前で呼んでいるんだから、いい加減、当麻って呼んで欲しいぞ」
「ぁぅ……と…ぅ…うーー」
真っ赤になって顔を伏せる美琴
「あ、ひでぇ。仕方ない、恥ずかしがる余裕もなくしてくれるわ」
顔を伏せた為に、唯一出ている耳元で甘い事で名前を囁かれ、美琴の体が跳ねる
思いに気づいてもらう事に四苦八苦していた美琴は妄想の中ですらこんな状況は考えた事などなく
『美琴』と呼ばれる度に体が跳ね回り、思考が溶ける。
「……やぁっ。いう、言うからっ……や、やめてっ、おかしくなっちゃう」
「よろしい」
「……とうまの馬鹿。……いじわる」
顔や耳どころか首筋まで赤く染めた美琴がおずおずと顔をあげ、少し涙ぐんだ目でぼそぼそと言った。
「――――――ッ!!」
ズバン!と上条が目を背ける。
この時まで美琴耐性のある上条は、上条耐性のない美琴に対して圧倒的な優位を誇っていたが、
普段お目にかかれない、涙目で恥ずかしがり弱弱しい美琴という耐性のない攻撃に打ち砕かれた。
「……今のは反則だろ」
上目遣いに上条を見やっていた美琴は何だか良く分かっていなかったが、上条はどうやら『恥ずかしがって弱弱しい美琴を見て喜びを覚える人』になってしまったらしい。
復帰した上条から更なる攻撃を加えられ美琴はどんどん余裕を奪われていくが、同時に上条の挙措に先ほどまでなかった熱が篭っている事を意識して悦びを覚えた。
胸に迫るものは漏電や気絶などというレベルをとっくに振り切っていたが、意識はしっかり保ったまま触れ合える。
きっと彼の想いに応えられない方が嫌なのだ。
今この時ならきっと素直になれる。そう思って普段は口にしない想いを告げる。
「ん……当麻……好きだよ」
返答はなかったが、肩越しに優しく唇を塞がれた。
いつもは宙に浮いたようになっている想いが収まるべき所に収まったかのような安心感を得て柔らかく微笑む。
今度は自分から与えるべく振り返って、目を開くと見知った天井が見えた。
(??.??_AM08:01)
「……あ…れ?」
ガバッと体を起こす。いつもの常盤台のベッドだ。
「……ええっと。今のまさか……夢?」
周りを見渡すとおかしな所は……………あった。
白井黒子がベッドの上に身を起こし、虚ろな目をして壮絶な黒いオーラを放っていた。
「って、黒子!?アンタどうしたの!?」
「ふふふふふふお姉様がとうまとかとうまとか好きとか見た事がない顔で微笑んでありえないですのそれにあんな艶やかな声で喘がれてよもやそこまで関係が進んでいたなんてお姉様は身も心も全て曝け出したと言う事ですのそうですのねふふふふふふあんの類人猿め殺す殺して差し上げますわうふふふふふふ」
恐ろしく平坦な口調でぶつぶつと言っている。
どうも夢の内容を寝言で垂れ流していたようで、目の前で手を振っても気付かないくらいにトンでしまっている。
(……いきなり電流流すというのもどうかと思うし、そういえば3日ほど体が動かなくなる薬とか持っていたわよね。どれだかわかんないけど……どうせどれも有害物なんだから本人に還元しようかしら)
とりあえず適当なパソコン部品という名の何かをぶつぶつ言っている口に投げ込んで見る
「ハッ!?……お、おおお、お姉さまぁぁぁぁ!!………うふえへあはははーーっ!?」
一瞬飛び掛って来る素振りをしたものの、どうも媚薬だか興奮剤だったのか、元々手が付けられないくらい興奮していた所に油を注いで突き抜けてしまったらしい。
けたたましい笑い声を上げながらビクビクッと震えているのはどう見ても危険だが、黒子の事だ。明日あたりには復活しているだろう。
とりあえず当面の危機と怪しげな薬が1つなくなった事に安堵した。
(Dec.25_AM08:25)
美琴はいつもの自販機のある公園に向かって歩いていた。
携帯の液晶画面で日時を確かめると今日は12月25日、午前8時25分。現在日時を再認識して溜息を吐く。
「やっぱりアレは夢ってことね」
幸せな幻想がぶち殺された事に落胆していた。
バチバチと高圧電流の流れる音がする。分かっているこれは怒りだ。自覚しているので制御もできるし引っ込めた。
あの夢の中で『自分だけの現実』は上条への想いがしっかり入って再構築されてしまった。
きっともう上条に接近した際に変に漏電したりはしないだろう。
しかし、今度は内面が恋人同士になっているのでスルーされた時には今まで以上に放電する気がする。
だが、内面と現実がずれているというのなら合わせるまでだ、正夢にしてしまえばいい。
幻想から現実にしてしまえばいかに上条といえど殺す事はできないのだから。
一度幸せを認識してしまってはもう想いを宙に浮かせたままにはできない。
美琴は今までにないほど強く上条に想いを告げる事を決意する。
アレコレとパターンを考えながら歩いていると少し先のコンビニから出てきたアイツを見つけた。
「いたいた……当麻ー」
大声で呼びかけてみるとちゃんと反応してこちらを向いた。それだけの事で少し嬉しくなる
何やら怪訝な顔をしているが、気にせず駆け寄る。
「おはよう。当麻。……何よ?変な顔して何か気になる事でもあんの?」
「お、おう。おはよう。御坂。いや、何でいきなり名前呼んでんだ?今まで苗字すら呼ばれた事なかったはずだよな?何を企んでる?」
「む、何よ?気に入らないっての?」
「いや、馬鹿とか呼ばれるよりはいいんだが……」
「じゃーいいじゃないの。それより、今日時間ある?」
「ん?空けれるといえば空けれるが、遅くなるぞ?」
「いいわよー別に。美琴さんから当麻にクリスマスプレゼントを上げようかと思ってね?昨日渡せなかったしね。」
「俺に?何でまた?っていうか今持ってないのか?」
「会えるかどうか分からないのに持ち歩いたりしないわよ。何でかっていうのは少しは察するとかできないのかしらねー」
などといいつつ美琴は上条の腕を取り、にっこり笑って上条を見上げる。
ビクッっと上条は肩を跳ね上げ、明後日の方向へ視線を逸らした。
「ミミミミミサカさん!?この手はなんですかっ!?ワタクシは知らないうちに何か素敵イベントのフラグでも立てていましたでしょうか!?」
「ふふ、一杯立ててたわよー?」
「ウソだっ!?駄フラグマスターの上条さんにそんなイベントなんて起こるはずがないんだっ!!御坂、ホントの事を言え!」
「馬鹿いってないで、時間は何時が空いてるのよ?」
「夕方6時くらいからだけど……って、おいっ!?ホントに何を企んでいるんだっ!?」
「だから何にも裏なんてないわよ。6時かー。プレゼント渡すだけだと何だし、一緒にご飯食べて、少しぶらぶらしたいなって思うんだけどいいかな?」
「ぇ……う…ぇ…?」
「……ダメ……かな?」
「ダメじゃないです」
上目遣いに少し不安気に問いかける美琴に抗えず即答で返すと
問題なく約束を取り付けられた事に幸せそうに微笑む美琴に更に混乱する上条
(ってチガウチガウ何言ってんだ俺。ミサカサンもその凄く可愛らしい嬉しそうな顔ヤメテーー!?、何これ、何コレ。俺いつの間にか中学生に手を出した凄い人デビューしてたーーーー!?)
現実で美琴耐性がない上条が、夢の中で上条耐性を得た美琴の猛攻を受けて凄い人デビューするのはこれからであり、
一足先に耐性の付いてしまった美琴が反応を返してくれるのが嬉しくて『慌てふためく上条を見るのを楽しむ人』になってしまった為に 早々に周囲にカミングアウト。上条の周辺が敵だらけの暗黒空間と化すのはまた別の話だ。
――上条の加速していく不幸はまだ始まっていない。