とある秋の日常風景
第三次世界大戦も終わり徐々に平和が戻ろうかという11月の某休日の朝
御坂美琴は特に目当てもなく第15学区内を歩いていた。
第15学区とは第7学区の西に隣接する学園都市最大の繁華街であり流行の発信区である。
第7学区南西端に位置する『学舎の園』を普段とは逆に西に出ればすぐそこではあるが、今日は休日だ。
美琴は普通に地下鉄を利用して来ていた。
何故普段住んでいる第7学区ではないのか?
世間的には戦争は終結していたが参加した美琴としては、その後処理で問題は山積みではあった。
一例を挙げると学校の無断欠席とか、寮に対しては無断外泊などである。
そんな程度の問題に比べれば人間関係――――黒子を初めとした友人への説明やら何やらとか、とあるツンツン頭の少年に関する問題の方が美琴的な比重としては高かったが、それらは美琴の心情的な問題なのでひとまず横に置いておく。
ともあれ、その学校関係の問題を起因としてここ暫くは行動を制限されていたが、今日は久方ぶりに自由な時間が取れそうだったので気晴らしに出てきたのだ。
そんな理由であったので、行く先も普段とは違う場所に足を運んでいるという訳である。
行動を制限されると言っても、普段の寮との行き返りなどが制限される訳がないので、馴染みのルートでは気晴らしにはならないのであって、ちょっと学園都市から離れていたのも理由に加わり最新流行を探るのが目的の単なるウィンドウショッピングだ。
なので別に、元来活発な美琴が行動を制限された性で鬱屈した気分を癒す為に最先端ならではのゲコ太グッズ求めてとか、
しばらく無断外泊をしてしまった為に変に勘ぐってくる黒子の監視下(公私混同いや職権乱用と言う方が適切だろうか?恐らくつき合わされているであろう初春さんの無事を色々な意味で祈るばかりだ)にある第7学区外の方が良かったとか、
そういった特殊な事情があるわけではない………多分恐らくきっと。
(さーて、まずはどこから見てまわろっかなー?……って、あれ?)
現在時刻はまだ朝9時半といった所だ、繁華街とはいってもまだ人影もまばらで街を往く人の姿がよく見える。
そんな中で前方になんだか見慣れたツンツン頭の後姿が見える気がする。
ここは第7学区ではなく第15学区なので一瞬人違いかと思ったが、意識して気配を探ってみると上条当麻本人の様に思える。
発生させた電磁波の反射で周囲を認識できる美琴にとって、不自然に『ここには何もありません』と反応が返ってこないような人物が他にごろごろいられても困るのだ。
(こんな所で何してんのかしら?休日にわざわざ他の区、それも繁華街に来る理由って……ま、まさか誰かとデ、デートとか!?)
ここしばらく通学路上では会っていないので偶然出会えたのは嬉しくはあるのだが、上条と繁華街というイメージが上手く結合してくれず、弾き出した答えに焦る美琴。
しかしながら、現在上条の隣に誰かいるという事もない。
(ど、どうする?後をつける?だ、だけど、もしそれで予想通りの場面を見ちゃったりしたらきっと立ち直れない気が……。こ、ここはやっぱりいつも通りに声を掛けて目的を聞いてみるしかっ!?いっ、いやいや!?デートだってはっきり言われたりした場合どうしたら!?)
色々考えているうちに段々と悩まされている事に怒りを覚え始める。
どの道上条を見つけてしまっては美琴に無視はできないのだ、今接触を持たなかったら後で気になって気になって気晴らし所ではない。
もうなるようになってしまえーっと駆け寄って後ろから声を掛ける。
「ちょっとそこのアンタ待ちなさい!」
上条は気付かない。
「ちょっと!?何で毎度毎度気付かないのよアンタは!?待ちなさいって言ってんでしょうがーーー!!」
しかし上条はそれがまるで対美琴デファクトスタンダードだと言わんばかりの完全無視である。気にした様子すらない。
数日振りに遭遇して早々に散々悩まされた挙句、これでも数ヶ月の付き合い(それも一般的に言って相当深くお互いの事情に首を突っ込んでいる。とはいえ親密にならない所が更に美琴を悩ませている訳だが)だというのに対応が一切進歩しない上条に何かが切れる音がした。
「ア・ン・タ・は!!結局こうしないと私だと気付かないのかこのドバカーーーー!!」
「うおぉぉぉぉぉぉ!?」
ズバチィィィ!!と雷撃の槍が空を切り裂き、異様な気配を察知した上条がもはや脊髄反射の域で右手を振るって打ち消す。
どうでもいいが、突如発生した惨事(一歩手前)に周り人々が急いで離れて行った。
第7学区の一部地域では半ば日常茶飯事になりつつあるが、ここは他地区である。
一般人にどう見ても致命的な雷撃が迸って轟音が響き渡るのを見て怯むなというのは無理な注文だ。
ようやく美琴を認識した上条が文句を言う。
「って、ホントに御坂かよ!?お前な、いきなりビリビリ撃ってくんなよ!!いつか俺死ぬぞ!?」
「気付かないそっちが悪いんじゃないのよ!?っていうか今、ホントにとか言わなかった!?それって気付いてたけど意図的に無視してたって事じゃないのよーーー!!」
「だってお前、ここは第15学区だぞ?知り合いに声掛けられるとか思わねーよ!っていうか、お前は何でそんなに怒ってるんだよ!?」
「アンタが悪いんじゃない!!声掛けてるんだからちゃんと反応しなさいよ!!」
「いや、他地区で視界外からアンタって呼ばれて反応しろとか無茶言うな!?」
「他にも判断材料あるでしょ!?雰囲気とか、その、こ、声とか……」
「いや、確かに少しは御坂っぽいなーとか思ったが、第7学区じゃないしなここ。大体ビリビリ撃たなくてもやりようあんだろ?肩叩くとか前に回りこむとかできねぇのか?」
「む……、な、なんでアンタ相手にそこまで面倒な事しなきゃなんない訳!?」
「普通は用事があるから呼び止めるんじゃねぇの!?止めなきゃ話にならないのに面倒って何だ!?その理論おかしくねぇか!?」
「うぅ……で、でも、ちょっとは後ろ振り返ってくれてもいいじゃない。何で何の素振りも無く完全無視なのよ?」
「いや、それはなんだ、上条さんはそこまで自意識過剰ではないと言うか、御坂がこんな所にいて、なおかつ声掛けて来るとは思ってなかっただけです。……ところで、何の用だ?上条さんは忙しいのですが?」
「え?えっと……その、変な所にいるから何してるのかなって思っただけなんだけど……」
「はぁ……、何でその理由であんな行動になるんだお前は?俺は単に目的地に向けて移動中だ。お前こそ、こんな所にいるなんて珍しいな?」
「う、うっさいな!珍しいのは確かだけどアンタほどじゃないわよ。何よ目的って?繁華街でお買い物とか似合わないわよ?」
「何気にひどい言われ方ですねっ!?まぁ、確かにそんな事は普段やらないし、買い物でもねーけどよ」
(買い物ではない……普段の状況からわざわざ外食に来るとも思えない。えっとええっと、他には……)
「……え、映画とか?あ、いや、アンタだとゲームセンターに来たとか?」
「ちげーよ。何でわざわざ他地区まで来なきゃならねぇんだ」
「じゃあ、いつも通り何かトラブルに巻き込まれたとか?今度はどこの女の子を助けたのよ?」
「ちょっと待て!お前の中の俺はどういう位置付けなんですか!?それだと俺が女の子を狙って助けてるみてえじゃねぇか!?」
「違うとでも言う気!?アンタが怪我する理由で男絡みとか見た事無いんだけど!?」
「うっ!?男絡みの経験がないのは否定できねぇが、それは偏見だ!それだと下心満載みたいに聞こえるじゃねーか!そんな事はありませんの事よ!?ついでに今日は平和な一日の予定だ!!」
美琴はデートという結論以外で上条が繁華街まで足を運びそうな理由を探すが、買い物、食事、娯楽、果てはトラブルでもないというのなら一体なんだというのか?簡単に思いつける選択肢が無くなって焦ってしまう。
上条からの回答が怖くもあるがそれでも聞かずにはいられない。
「……じゃあ、その……も、目的って…?」
問いかけた声は予想以上にか細く、その事に自分で衝撃を受ける。
万が一の時には自分がどういう反応をするか予想が付かずに思わず俯いてしまう。
上条は上条で怒ったと思ったら黙り込んで唸りだし、突然勢いが無くなった美琴に面食らう。
「は?……何だって?っていうか、どうした?具合でも悪いのか?」
「だ、大丈夫よ。それより……ど、どこに行こうとしてるの?」
「いや、大丈夫ってか、変だぞ?」
今のこの有様では、回答次第では大丈夫ではなくなるかもしれないと美琴は思うが、ここまで来たらはっきりさせたい。
心配してくれるのは少し嬉しいが、このままでは目的は果たせないので無理にでも明るく振舞う。
「いいから答えなさいっての!それとも何?言いにくい所なのかしら?あ、さては如何わしい所とか!?」
「ぶっ!?仮にもお嬢様がその発想はどうなんだよ!?単に第21学区に向かってる所だっての!」
なんでコイツこんなにテンションの落差激しいんだよ、訳分かんねーとか上条がぶつぶつ言ってるが、予想外すぎる回答に美琴の思考が止まる。
「……は?」
「いや、俺はおかしな事を言ったか?」
「言った。アンタここ第15学区よ?第21学区って徒歩で横断する気なの?」
とりあえず最悪の答えではなくて安堵はしたが、少しばかり理解し難い内容ではある。
「仕方ねーだろ。上条さんは貧乏なんですよ」
「……いや、そこまでして何しに行くのよ?水源に水汲みにとか言うんじゃないでしょうね?」
「流石に水を汲みに2区も横断しねーよ。いや、似たようなもんか?釣りに行こうと思ってるだけだ」
「……はい?」
「だから釣りだって、魚釣り。今日はどこぞの研究で品種改良だか無性生殖培養だかで出来た魚の行動研究の一環として釣らせてくれるんだとよ。研究品が安いのはお前だって知ってるだろ?だけど、第21学区まで往復するとそれなりの値段になるから帰りだけ電車使おうと思って今は歩いてるって訳だ。納得したか?」
「まぁ、一応は。だけどアンタ、そんなの食べるの?っていうか、そこまでお金がないわけ?」
「……言うな。背に腹は変えられないんだ」
無論、上条に魚が買えないほどお金がないと言う訳ではない、だがしかし、いつ不幸な事にお金を落としたり、物が壊れたり、失くしたりするか分からない上に、一端覧祭の費用も馬鹿にならないし、年末は何かと物入りだろう。
入院の常連なのはもはや手に負えないレベルではあるのだが、生活費でまで親に迷惑を掛けたくないというのが正直な所だ。
上条一人なら何とかなったかも知れないが、戦争が終わって帰還した上条宅のテレビっ子白シスターと三毛猫がテレビで紹介される日本の四季(食欲の秋)に感化され……た訳でもないと思うが、モリモリと食べる上に、戦時で物価が上がった昨今、請われるままに食べさせると破滅は見えている。
戦争は終わったので暫くすれば物価は落ち着くだろうが、それまで待てと言ったら食べ物が美味しい季節は過ぎ去ってしまう上に、上条自身が食される危険が大である。
上条としては、読書の秋という選択肢はねーのか、お前の二つ名を言ってみろとか思ってしまうが、そんな事を言って、十万三千冊の物騒な目録のサイドメニューとして『日本の戦略物資』(オタク文化)の目録が大量に増えていくのを目にするのかと思うと色々な意味でツライ……第一、本は高い。
せめて年越しまでとか考えると少しでも余裕を持たせておきたい上条宅の主だった。
そんな訳で上条は少しでも安く食料を調達する為に移動中なのだが、そんな事情を知らない美琴は単純にお金がないのかと判断して決死の覚悟で提案する。
「じゃ、じゃあ、今日は私につつつ、付き合ってくれない?か、代わりに1、2食くらい奢るわよ?ほら、第15学区でご飯とか中々食べれないし興味があるのよねー」
「う……いや、それは流石に申し訳ないと言いますか、上条さんの負債分が大きすぎます」
「ちゃんと荷物持ちにこき使わせて貰うから、そんなの気にしないでいいわよ」
「うぅ……いや、わりぃが、今日はやっぱり第21学区へ行く……」
上条としては食材を持って帰らなかったら後で地獄を見るのが確定しているので断るしかないのだが、
普段に比べれば割と無理のない感じで誘えたと思っていただけに上条に断られた美琴は落ち込んだ。
「……なんで?アンタって魚釣り趣味な人とかだっけ?」
「いや、そういう訳じゃねぇけど、ええっと、なんだ、たまには生魚を捌いてみたくなったといいますか……」
「何よそれ?意味分かんないんだけど……」
「上条さんにも色々と事情があるんですよ……。すまん。御坂、また今度な」
「ま、待ちなさいよ!じゃあ、私がアンタに付き合う!」
「……は?なんで?」
「なんでって……それは、その…そう!アンタ一人で行ったら釣れないに決まってんじゃないの!いっつも『不幸だー』とか言ってる癖に何で一人で行こうとか考えてる訳?信じられない馬鹿ね。お金が無い上に食材も釣れないで餓死しそうなのが分かってるのに放っておくとか目覚めが悪いからよ!だから付いていって、私が釣った分を恵んであげようって訳!あー、美琴さんってば、やっさしー!」
「うぐっ!?色々言いたい事はあるが、釣れないって所にはあんまり反論できない所が悲しくてならない……けど、お前はそれでいいのかよ?」
「何よ?」
「いや、休日にわざわざこんな所に来てるって事はお前はそれこそ買い物じゃねぇのか?さっきここの飯に興味あるとか言ってたし」
「いいの!冷やかしに来ただけなんだからいつでも出来るわよ。それより一緒に行ってもいいの!?ダメなの!?」
「何でそんなに喧嘩腰なんだよ!?別に止める理由はねぇからいいけどよ」
「…………よ、良かった」
誘いを断られた時に、魚釣りに負けるほど魅力ない提案だったのかとか、もしかして一緒にいるの嫌なのかしら?嫌われてる?とか考えてしまったので、一緒に行く事の了承を得て美琴は色々な意味で安堵した。
「あん?何だって?」
「な、何でもない!……よーし!じゃあ、行きましょ!」
「っておい!?いきなり引っ張るな!っていうか、お前はどこに向かっているんだ!?」
「第21学区でしょ?地下鉄に決まってるじゃないの」
「お前な、人の話聞いてたのかよ?何のためにここまで歩いて来たと思ってやがる」
「私が勝手に付いて行くって言ったんだからそれくらい出してあげるわよ。それとも何?女の子に1区間丸々歩かせようって訳?」
「あーくそっ、分かった!もう好きにしろ!ちっきしょう、今日は平和に過ごせるかと思ってたのに朝から不幸だー!」
「ちょっとそれどういう意味よ!?」
ゲコ太グッズと上条だと天秤に掛けるまでもなく答えは決まっているのだが、素直に言うのは流石に恥ずかしいし、簡単に悟られたらそれはそれでなんだか癪に障る。
結果として出来るだけ普段通り振舞おうとしてしまう自分自身に美琴は内心で呆れ返るが本当にもうどうしようもない。
いつかは想いに気付いて欲しいけれど、何時ものように馬鹿な事を言い合って過ごす日常が居心地良くて、いとおしい。
今は、少なくとも今日はまだこのままでもいいかと美琴は考え、とりあえず、この鈍感男を死ぬほど振り回す事だけを決心し、美琴は握った手に少しだけ力を込めて上条を引っ張って歩く。
――今日も二人は騒々しく日常を過ごす。