小ネタ 原作1巻以前を妄想してみた
「…で、アンタ結局落としたお金っていくらなのよ?」
「…500円」
そう一言だけ呟いて、上条当麻はがっくりと肩を落とした。
7月の初旬。時刻は夕暮れのある夏の日のことである。
喉の渇きを癒すため、いつもの自販機から飲み物の無償提供をしてもらおうと、公園へと向かう途中で、御坂美琴は見覚えのあるツンツン頭の学生と遭遇した。
目を皿のようにして地面を嘗めるように見回すその姿に一瞬引いてしまったものの、いつもいつも自分をスルーするあいつを折角見つけたのだ。
ここは一発、勝負するしかないとこれ見よがしに近づき、威嚇代わりの電撃を空中に放って見せたのだが、上条はまるで反応することもなく、ベンチの下を覗き込んでいた。
『無視すんじゃないわよゴラァッ!!』と叫び声を上げたところで、ようやく上条は顔を上げ、憔悴した顔のまま美琴を見つめ、『…不幸だ』とただ一言呟いて静かに顔を俯かせたのであった。
毎度毎度の展開に美琴が再び叫び声を上げようとしたのだが、その前に『頼む、今日だけは勘弁してくれ。ビリビリ』と何故か涙ながらに拝み倒され、矛先を引っ込めざるを得ない状況になったのであった。
ここでようやく、美琴は先述の上条の不審な行動の理由を教えられたのである。
一言で纏めれば、財布を落とした。
しかも、次の仕送りまでの全財産であり。後10日間はそれで乗り切らねばならなかったらしい。それは大変だろうと、闘争心が引っ込んだ代わりに持ち前の世話焼きスキルが発動した美琴の問いかけが、冒頭の台詞である。
「………」
どう返答すべきか。
呆れと虚脱が入り混じった美琴の頬から汗が一筋流れ落ちる。
そんな美琴に気付いた様子もなく、一瞬にして立ち直った上条は再び、財布捜索に動き始めていた。
「っていうか、財布落としたのはココで間違いないんでしょうね? いくら夏だからってもうすぐ日も落ちるし、そうなってから違う場所で落としましたってことになったら、見つけるのは絶望的よ?」
「それに関しては間違いない。学校を出る時はちゃんとあったんだ。で、特売やってるスーパーの前で所持金を確認しようとした時にはなかった。落としたのならスーパーまでのルート上しかない。他の場所は見て回ったし、もうここしか考えられないんだ。っていうか、見つかってくださいマジで!」
途中から懇願となった上条の推理を聞き流しつつ、額に手を当てやれやれと首を振りながらも、美琴は上条の財布を探し始めたのだった。
そして、それから30分後、公園の路上、ベンチの下、茂みの中、挙句ゴミ入れの中まで確認したのだが、結局、上条の財布は見つからなかった。
「…ふ、不幸だ。次の仕送りまで、塩と水で凌がなきゃいけないのか」
絶望の表情でうなだれる上条の顔を街灯の明かりが照らす。既に日は完全に沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。
美琴としては一度手伝うと言った以上、まだまだ探すつもりだったのだが、流石にこれ以上付き合わせるわけにはいかないと、上条のほうから、探索の中止を切り出してきたのであった。
「…ねえ、アンタホントに大丈夫なの? 何か今にも死にそうなんだけど」
「心配するな。上条さんはこの程度の不幸は日常茶飯事ですよ。いざとなったら、食べられる野草と、川で釣った魚で糊口を凌いでやりますよはっはっは!」
科学最先端の学園都市で、自給自足のサバイバル生活とはこれいかに。何か違う方向にテンションが上がり始めている上条である。
そんな上条の目の前にずいと2枚の紙幣が差し出された。
「…美、美琴たん? これは、どういうことでせうか?」
「たんづけすんなこの馬鹿! 無一文の貧乏人に心優しい美琴センセーがお金を貸してあげんのよ!」
震える指先で紙幣を指差す上条に、美琴が噛み付く。
「い、言っとくけどね。別にアンタがどうなろうと私は知ったこっちゃないのよ。今日は特別に休戦にしたけど、アンタは私が倒すんだから、こんなところで餓死されちゃ困るのよ。言うなれば、敵に塩を送っ…ひゃぅ!」
「ビリビリ、お前いい人!」
顔を赤くしてそっぽを向きながら、早口でまくし立てていた美琴だったが、最後まで言葉を言い切ることはできなかった。
感極まった上条が地獄に仏とばかりに、美琴を力一杯抱きしめたからである。
「―――――ッ!!」
自分の状態を理解した美琴の顔が瞬時に赤く染まる。
「ああ、今日この時まで、ビリビリとの出会いは不幸と災難以外の何者でもないと確信していましたよ。でも、それは間違いだったんだな。お前がこんなにいい奴だったなんで、上条さん感激ですよ」
上条が何か言っている。だが、その腕の中にすっぽりと納まってしまった美琴の耳には、上条の喋り立てる言葉など入ってはこなかった。
ただわかるのは意外にも男らしく逞しい腕の感触と視界いっぱいに広がる上条の胸板と、そして自分の頭を撫でる掌の…
―プツンと、自分の中で何かの糸が切れる音を美琴は確かに聞いた。
「っふ、ふっざけんなぁぁぁっーーー!!」
直後、叫び声と共に美琴の全身から電撃が放出された。
間一髪、人間スタンガンと化した美琴の放電を上条は回避する。
「な、いきなりどうしたんでせうか? 動物係の美琴たん?」
「人様に勝手に変な属性付加してんじゃないわよ! ちょっと仏心を見せたからって調子に乗ってくれちゃって、休戦なんか止めよ! 今ココでアンタの人生にピリオド打ってやるから葬式の用意しとけやコラーーーッ」
尻餅つきながら問う上条に、蒸気を吹き出さんばかりに顔を真っ赤にした美琴がバッチン、バッチンと放電しながら詰め寄る。
「だっはーーー! 上条さんまだこの世に未練がございますー! お坊さんの予約と金を返すのはまた今度な~!」
いつものごとく身の危険を感じた上条は、そう言い置いて、逃げ出した。その手に美琴から借りた2千円を握り締めて。
当然、美琴がそれを笑って見送るはずもない。
「待てやこらぁ! お金返せ! 逃げるな勝負しろー!」
「ああ、もう、不幸だぁーーー!!」
逃げる上条。追う美琴。
いつもと違った邂逅は、こうしていつも通りの幕引きとなったのであった。