とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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ラプラスの神様 2



 細川技研第七研究室が発行するメールマガジン『あさがおニュース』は、学園都市の学生向けに昨年の冬から刊行されている、占い情報マガジンである。
 地方のタウンニュースのような、ひどく地味なネーミングセンスは、若い女性を中心に人気があるとはとても思えないものだが、これは、演算に使用されているスーパーコンピューター『あさがお』から取られたものらしい。
 美琴はファミレスで佐天から占い情報サイトのURLをゲットしたその日のうちにメールマガジンの配信登録を行うと、それからは毎日熱心にこのメルマガを読み続けていた。
 結論から言うと、この占いは評判通りよく当たる。

 昨日も、19時に女子寮の抜き打ち検査があるので注意するように、とメールに書かれていたため、使用が禁止されている化粧品類などを事前に隠しておいたのだが、時間までピタリと当てられたのだから、もはや占いというより予知や予言の域である。
 気になって、登録の際の利用規約に併記されていた仕組みの解説を読み直してみたのだが、これはどうやら、占いというよりも天気予報に近いものであるということがわかった。
 『樹形図の設計者』が大気に関するあらゆる情報から天気をシミュレートするものならば、こちらは学園都市に関わるあらゆる人間のデータを入力し、さらに、事件、天候、時事、経済情勢などの外部要因を加えて未来を予測しようというものだった。
 雑誌に掲載されていたものよりも、さらに細分化された分類で占われるから、この占いは雑誌のそれよりもよく当るのだ、というような事を佐天は言っていたが、それは間違いで、そもそもこの占い、もともとは星座や血液型のように類型化されたパターンを持つものではない。
 実際は、登録者それぞれに個別のアカウントを設け、専用に予測演算を実施しているのである。
 それでは、雑誌に記載されていた占いは何かというと、メールマガジンの占いの簡易集約版とでも言おうか、先行してシミュレートさせた個人向け占いの演算結果の傾向を大雑把に分類し、強引に雑誌に掲載させているだけに過ぎなかった。
 そもそも日次版であるところの占いを週刊誌向けに期間延長させたうえ、半ば強引に分類させているため、当然精度は落ちている。
 雑誌に載っていた白井の占いで言えば、彼女の仕事運は週末まで低調だと書かれていたが、あれから彼女の仕事の調子はさほど悪くなかった。やはり、週の終わりに近づくほど的中率は下がるようだ。
 何の関係があるのかよくわからなかった『細川十神流』という一見宗教めいた名前はこちらにはなかったが、これは『あさがお』が十基一対のコンピューター群で構成されていることに由来するらしく、ようは単なる誌面上のお遊びであった。
 個々人の未来予測において、とりわけ重要な要素は人間関係だと、そこには述べられていた。
 多様な人間関係から形成される未来を決定論に基づき演算し、コンピューター上でシミュレートする。
 ゆえに登録者の数が多ければ多いほど、予測演算に取り込む情報が増えるため、精度は上昇するのだそうだ。
 現状では、学園都市に在住する人間の未来を予測するだけで精一杯だが、最終的にはすべての未来を知る超人的知性、ラプラスのデーモンを作るというのが研究目標らしい。
 美琴には、時代を遡行するような古臭い目標に思えてならなかったが、現行登録者数30万人という規模でありながら、メールマガジンの占いは驚異的な的中率を誇っていたのだから、同時に現実味があるように思えたのも事実だった。
 しかし占いが現実味を帯びるほどに、彼女の中でひとつの気がかりが膨らんでいった。それは昨日までに届いていたメールの内容にあった。
 これは日々の占い結果が概ね良かったことも関係しているのだが、美琴はこの時点で、メルマガの情報にかなりの信頼を寄せていた。
 美琴のもっぱらの関心ごとと言えば、むしろ佐天に見せられた雑誌の内容の方にあった。
 あの雑誌には、美琴の今週の恋愛運が最高であることが確かに書かれていたはずだったが、配信登録をしてから毎朝届けられるメールマガジンには、一切恋愛に関する記述がないのだ。
 実際、今日まで一向に目当ての男から連絡はこない。雑誌に載っていた占いは、週の後ろほど的中率が下がるのだから、もう期待はしない方がいいのかもしれないな、と美琴は思っていた。今日はもう金曜日だったのだ。
 一人自室のベッドに寝そべりながら携帯電話を開いた。薄暗い部屋の中に液晶ディスプレイのあかりが灯る。着信履歴を見てみると、男から最後に電話がかかってきたのは先々週の土曜日であることが確認出来た。そろそろ2週間が経過しようとしている。
 何をするでもなく、そのままぼんやりと美琴が携帯電話を見つめていると、メールが届いた。午前8時ちょうどだ。件のメールマガジンは、いつもこの時間に届く。
【8月20日金曜日、御坂美琴さんの運勢】
 平素より、占いメールマガジン『あさがおニュース』をご利用頂きありがとうございます。
 本日も御坂美琴さんの占いをお届け致します。いつも通り本日20時に占い結果の確認メールを送付致しますので、所定の質問にご回答の上、ご返信ください。返信内容につきましては、翌日以降の予測演算にフィードバックさせて頂きます。システムの強化と予測精度向上のため、大変お手数ですが、何卒回答へのご協力をお願い申し上げます。

 さて、今日の御坂美琴さんの運勢は、恋愛運が最高です。想いを寄せる男性から明日の予定を尋ねられ、遊びに誘われるでしょう。携帯電話は肌身離さず持ち歩きましょう。この運気の上昇は明日以降も続く見込みです。これまでの人生で最高にハッピーな出来事がこの二日間で起こるでしょう。詳細な内容並びに注意点は以下の通りです―――

 開いたメールを読んだ美琴はベッドから跳ね起きた。
(つ……ついに………ついにきたの?…………)
 携帯電話を握る手が震える。雑誌に書かれていた通りの内容だ。
 バクバクと鳴り響く自身の心音を聴きながら、美琴は夢中でメールを読み進める。

――但し、意中の男性との仲を進展させたいのであれば、恐らくこの二日間が最後のチャンスとなります。彼の気持ちが離れないよう、積極的な姿勢で行動しましょう。

(………これも雑誌と同じだ……)
 冒頭部の恋愛に関する部分だけ読みつくすと、美琴は残りを読まずに携帯を閉じた。
 それからの美琴は落ち着かなかった。
 『積極的な姿勢で』と書かれていたこともあり、頑張って午前中に一度だけ自分から少年の携帯に電話をかけてみたのだが、その時は不在だった。折り返し連絡があるかな、と思ったが、一向に電話は鳴らない。
 1時間ほどして、もう一度かけ直そうかとも考えたが、あまりしつこくかけると、彼から鬱陶しがられそうで怖かった。それに、よく考えたら自分から話すような話題もなく、結局かけ直すことは出来ずじまいだった。
 午後になってからも、相変わらず気持ちが落ち着かなかったため、食堂で食べた昼食は味もよくわからなかった。
 不安と期待から、携帯片手に自室をうろうろしていると、風紀委員の勤務から戻ってきた白井から不審な目を向けられたので、美琴はしばらくじっと座っていたのだが、時刻が14時を廻った頃、ついに居ても立ってもいられなくなり、外に飛び出した。
 まさか目当ての男が寮にやってくることなどあるまい。それならば外に出て彼を探した方が手っ取り早いはずだ、と判断したためだ。
 スーパーマーケット、ゲームセンター、本屋、コンビニ、ハンバーガーショップ。少年の行きそうなところを美琴は探しまわったが、いずれの場所でも彼の姿を見ることはなかった。
 都市部の夏は暑い。炎天下の街を早足で歩き回ったものだから、捜索から4時間が経った頃には美琴はすっかり疲れ果てていた。
(はあ…探そうと思うと見つからないもんね…いつもは呼んでもいないのに向こうからやってくるってのに…)
 夏至から2ヶ月も経過していたので、初夏の頃に比べて夕暮れはずいぶん早くなった。オレンジ色の太陽に少しずつ染められていく街の中をトボトボと歩いていくと、やがて、第七学区の公園にたどりついた。馴染みの自販機があるこの公園は、美琴にとって大切な場所の一つである。
(ちょうどいい。ここで水分補給していこう…)
 いつもの自販機の前までたどりつくと、製品のラインナップが一新されていることに美琴は気付いた。今シーズンは里芋ベースのドリンクを中心にプッシュしているらしく、ディスプレイされている泥のような色をしたアルミ缶のサンプルパッケージの数々には、食欲を激しく減退させられるものがあった。
 蹴り飛ばすために身構えたものの、飲みたいジュースがひとつもない。
「うっ……一体なんなのよ、この自販機…。客に売る気はないのかしらね…」
 思わず声が漏れた。自販機の方としても、蹴り飛ばしてジュースをせしめようとしている輩に言われたくはないだろうが、コイツは美琴の一万円札を飲み込んだ経緯があるので、彼女にしてみれば少しずつでも回収しないことには腹の虫が収まらないのだ。
「お、御坂じゃねーか。なんだよ、お前また自販機荒してんのか?」
 自販機を前に躊躇していると、美琴は急に後ろから声をかけられた。
 不意打ちを食らった美琴は、肩をびくりと震わせると、慌てて後ろを振り向いた。そこには先程からずっと探し回っていた少年。上条当麻が立っていた。
「な、ななな何でアンタがここにいんのよ!?」
 いきなりの事とはいえ、咄嗟に口にしてしまったぶっきらぼうな言葉に美琴は後悔した。ずっと会いたかったはずなのに、ついて出るのはいつもこんな言葉だった。
「いや、俺は補習の帰りなんだよ。そう言えばお前、午前中に電話寄越してきたよな。何度か休み時間中にかけ直したんだけど、何か用だったのか?」
 上条の方は特に意に介さないといった様子で飄々と話した。
 美琴は携帯を開いてみると、彼の言うとおり上条からの着信が3回ほど記録されていた。目の前でヘラヘラしている男を探しまわるのに夢中で全く気づかなかった。
「あ、ごめん。別に大した用事じゃないんだけど…アンタのね……えっと…そ、その………こ、こえが…」
「あん?」
「………な…なんでもないわよ」
 さすがに遊びに誘って欲しかったから電話をかけました、とは言えなかったので、アンタの声が聞きたかったのよ、と大胆にも言おうとしたが、それには少し勇気が足りなかった。
「…?大した用じゃないなら別にいいか?ちょうど俺もお前に用事があったんだよ」
「……な、何よ?」少しドキリとしながら美琴は答えた。
「急で悪いんだけど御坂、明日はヒマか?」
「へっ!?あ、明日?」
「そう、明日。いや、実は偶然第六学区に出来たばっかりのプールの招待券を手に入れちまってな。有効期限が近いんだけど、ヒマなら一緒に行かないか?や、忙しいなら無理にとは言わねーけど」
 雑誌で、メールで、繰り返し告げられていたことそのままが、再び上条の口から美琴に伝えられた。見る間に頬が染まっていくが、オレンジ色の夕日を顔に受けているためか、上条が美琴の変化に気づくことはなかった。
「べっ、別に。ちょうどヒマしてたところよ。最近暑いし、連れてってくれるなら、よ…喜んでついていくわよ」
「マジで?よっしゃ。急な話ですまねーな。じゃあ、明日の午前9時に現地集合ってことで。ほい、チケット」
 手渡された1枚のチケットには『アクアガーデン無料招待券』と書かれていた。今年の6月にオープンしたばかりの屋内プール施設だ。東西2kmにも及ぶ広大な人工砂浜が目玉の人気レジャースポットである。
「じゃあ、上条さんは夕飯の買い物があるからそろそろ行くわー。そんじゃ明日な」
「あ、かかか買い物なら私も……」
 チケットを受け取ったときに触れた上条の指先に、美琴が少し動揺している隙に、上条は行ってしまった。
 咄嗟に追いかけようとしたが、足が震えていて思うようにいかなかった。自販機を蹴りとばすのももう無理だろう。
 小さくなっていく上条の後ろ姿を見つめながら、ふと先程立ち寄ったスーパーで、このくらいの時間からタイムセールがあったことを美琴は思い出した。ああ、上条はそこに行ったのだな、とぼんやりとした頭で美琴は考えた。

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