とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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ラプラスの神様 3



「なあ、インデックス。お前は本当に行かなくていいのか?」
 押し入れから引っ張りだしたばかりの男性用の水着をトートバッグに詰めながら、上条は訊いた。
 先刻、美琴と別れた上条は、スーパーでお目当ての食料品を買うと、すぐさま寮へと帰り、インデックスと二人でいつもより少し早めの夕食を摂った。
 タイムセールで豚の小間切れが安かったので、手軽にキムチと炒めたものを夕飯に出してみたら、思いのほか好評であったため、上条は得意になっていたのだが、10合炊きの炊飯器いっぱいに炊いたご飯をわずか一食で食い尽くしたシスターは、なぜか大変に機嫌を悪くしていた。
「しつこいんだよとうま!私は行かないって言ったら行かないんだから!!」
「でもなあ…せっかくお前が福引で当てたんだぜ。あのチケット」
「まだわからないの!?去年の夏、とうまが私にしたことを忘れたとは言わせないんだよ!!」 
「い…いや、あの時は緊急事態と言いますか、上条さんも必死だったんですよ」
「言い訳は聞きたくないんだよ!!砂浜に生き埋めにされた女の子の気持ちは、とうまのような冷酷な人間にはどうせ解らないんだから!!」
 昨年の夏の出来事だ。上条当麻の父、上条刀夜によって偶発的に引き起こされた魔術が世界を脅かした。
 天上に住まう天使の地位さえ変動させ、人間の位に引きずり下ろしてしまう地球規模の大魔術『エンゼルフォール』。
 上条と一部の魔術師を除く全人類が、その外見と中身をバラバラに入れ替えられたのだが、上条の級友である、青髪ピアスの男と入れ替わったインデックスは、その中でも取り分け不幸な部類だったと言えるだろう。
 魔術が発動した折、上条一家とインデックス達は神奈川県の某海水浴場にいたのだが、青髪ピアスに入れ替わった水着姿のインデックスは、その容姿のあまりの不快さから上条の手によって砂浜に生き埋めにされたのだ。
 身長180cmを超える大男が、フリフリした女物の水着を着て海辺を練り歩く姿は変質者そのものであり、魔術界隈の事情をあまり把握できていなかった当時の上条からすると、変態行為に走る同級生に制裁を加えるのは、ある意味当然の処置と言えた。
 しかし、実害を受けたインデックスからすると、そんな事情は関係無いようで、今日まで事あるごとに上条は責められ続けてきたのだった。
 あの事件以来、インデックスは心に深いトラウマを刻んだようで、砂浜には二度と足を踏み入れないと言って聞かなかった。
「まあ、残念だけどお前がそこまで嫌なら無理して行かなくてもいいよ」
「ふんだ!明日は私を置き去りにして、とうまはせいぜい楽しんでくるといいんだよ!!」
「ぐっ…なんて行きづらい雰囲気を出しやがる…しかし、俺だって夏休み中はずーっと補習続き。たまには夏らしく遊びたいんだっ……!!」
 実際のところ、上条の補習の徹底ぶりは凄まじく、一週間のうち6日間は学校に登校するという状況が1ヶ月近く続いていた。
 上条がこの無茶な補習を断行せざるを得ない理由は、出席日数の不足をおいて他にない。原因については今更語るまでもないだろう。小柄な担任教師の苦労が偲ばれる。
「それは自業自得かも。まあ、心に海よりも深い傷を負った私は、砂浜に足を踏み入れることも出来ないから、明日は一人で寂しく遊ぶといいんだよ」
 恨みは相当深いらしい。今日のインデックスは、言葉にいちいち刺がある。
「…あー、それなら大丈夫。なんとかギリギリで一緒に行ける奴をつかまえられたから、一人プールなんて痛々しい事態は免れることができたんだ」
「へえ、前日にとうまなんかが誘って大丈夫なんて、ヒマな人もいるものだね。一体明日は誰と行くの?」
「ん?ああ、御坂だけど………」
 酷い言い草だな、と思いながら上条が答えた次の瞬間、インデックスの顔つきが変わった。
「……………へえ………短髪と…」
(……!?あれ!?ヤバい!!理由はよく解らんが、物凄く怒ってないですかこれは!!)

「………………………………………………………………ねえ、とうま?」
「え…は、はい…なんですかインデックスさん?」
「とうまは一年経っても相変わらずとうまなんだね?」
「か、上条当麻は何年経とうと上条当麻でありますが…」
「傷心の私を置いて、女の子と二人きりで遊びにいくワケなんだね…?まったくとうまの言う通り、とうまは何年経とうととうまなんだよ…」
 そう呟いたインデックスの口からはギラリと鋭い歯がのぞいていた。どうやら美琴と二人で遊びにいくのが気に入らないらしく、彼女の不機嫌さは先程より目に見えて加速していた。
「そ、それならやっぱりお前も行こうぜインデックス!!ほ、ほら砂浜がダメでも同じフロアに温泉とかもあるみたいだし!!」
「私は波の音を聴くのもいやなんだよ!!とうまに埋められてから、私が何時間うち寄せるさざ波の音を聴き続けていたと思ってるのかな!!?」
(うぐ……返す言葉もないが、一体どうすりゃいいんですか…それは)
やっぱり美琴を連れていかない、といえばインデックスの機嫌は良くなるかもしれないが、今更そんなことを美琴に言えば、代償として彼女に黒焦げにされるであろうことは明白だった。
(ちくしょう…一体なんでこんな目に……)
 上条からしてみれば、美琴と二人で遊びに行くことになったのは、正味なところ計算外の事態だった。
 インデックスが福引で当てた無料招待券は何もカップル向けのペアチケットというわけではなく、5枚綴りのバラチケットだった。せっかくこれだけ枚数もあることだし、夏休みが始まって以来補習続きの上条としては、どうせなら大勢で遊びに行きたかった。
 そこで、手当たり次第同級生達に声を掛けてみたまでは良かったが、どういうわけか誰も都合がつかないし、当てた本人は砂浜のプールと知ってから、断固として行かないと言う。
 このままではカップルまみれのプールに一人で行くハメになってしまう、と途方に暮れていた時、上条は偶然電話に着信を残していた美琴の名前を発見し、イチかバチかで彼女を誘ってみたら、前日だというのにすんなりOKしてくれたのだ。
 それも、存外喜んでついて来てくれるようなので、上条もつい嬉しくなっていたのだが、今度はこちらの少女が憤慨しているのだから困った。
 少女は噛み殺さんばかりの勢いで自慢の白い歯をギリギリとこすり合わせており、今にも飛びかかってきそうな雰囲気を放っている。
「いやまてインデックス!!ふたりで行くっていっても御坂だぞ御坂!!上条さんは、チケットがもったいないと言う理由で方々を探し回った結果、つかまったのがたまたま御坂一人だったというだけであり、決して中学生を相手に下心など―――」
「…………………本当?とうまは神に仕えるシスターの前で、本当に下心が一切ないことを誓えるの?」
 脂汗をダラダラと噴き出しながら、言い訳のようなものを開始した上条を定めるような目で睨みつけてインデックスは問いかけてきた。
 改めてそう言われると、確かに上条はそれなりに美琴の水着姿を楽しみにしていたことに気付いた。なにせ、相手は人もうらやむ常盤台のお嬢様である。下心0%かと言えば、それは嘘になるだろう。
 それにインデックスが行かないと言うのなら、これはデートというものに他ならない。相手が美琴とはいえ、上条も意識すると少しは緊張してしまう。 
 神に誓って下心がないとはもちろん言えないが、だからといって、馬鹿正直に意外とドキドキしてます、などと言えば生きて明日を迎えられるかわからない。あの歯は凶器だ。
 上条は慎重に言葉を選んだ。
「ま、まあ確かに御坂はお前よりもちょっとスタイル良いし、水着もあの歳にしては見ごたえあるだろうけど、紳士上条当麻は日頃の運動不足解消と勉強のリフレッシュのために行くのであって、まだまだお子様のビリビリ相手に欲情などしようはずが――」
「とうま。言い訳をするつもりだったのなら、もう少し日本語の勉強をした方が良かったかも」
 ゾロリと歯を覗かせた凶悪なシスターがついに襲いかかってきた。
「ま、まて、インデックス!!!タンマタンマ!!…上条さんは、本当は御坂と二人きりよりもみんなで仲良くわいわいと行きた……ぎゃあああああ!!!!」
インデックスは、やおら上条に飛びつくと、勢いよく鋭い歯を後頭部に突き立てた。
 ガリガリと頭部から肉を引きちぎるような音が聞きながら、上条は己の不幸を呪った。
 こうして、デート前日の夜は更けていくのだった。

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