とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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ラプラスの神様 5



 『アクアガーデン』は第六学区にある大型プール施設だ。
 30近い大小さまざまなプールにアトラクション、地下から引いた天然温泉まであるこの施設で最大の目玉といえば、広大な敷地を利用して作られた砂浜である。
 海水浴場となんら遜色のない広さのそれは、海のない学園都市に住む学生たちにとって、待望のレジャー施設だった。
 4年も前に建設が始まり、ようやく今年6月にオープンにこぎ着けたばかりだったが、アミューズメント施設が軒を連ねるここ第六学区にありながら、あっという間に指折りの人気デートスポットにのし上がった。
 そんなカップルだらけのプールに、御坂美琴は立っていた。
 外は曇りだというのに、屋内のプールは燦々とお日様が輝いていて眩しいほどだった。一見太陽に見えるそれは『アクアガーデン』自慢の人工照明である。天井のスクリーンに映し出されたブルーの空に美しく映えており、美琴も思わず見とれてしまうほど見事な光景を作り出していた。
 天井のスクリーンは青空のみならず、夕焼けや星空の再現が可能である。夜間はそのまま巨大なプラネタリウムに変わり、これまたロマンチックな雰囲気を演出するのだ。

「おーい!御坂!!こっちこっち!!」
 美琴が声をかけられた方を見ると、上条が砂浜にレジャーシートを敷いて待っていた。気を利かせてくれたのか、ビーチパラソルまで立ててある。
 人工照明の光は見た目を本物の太陽に近づけるため、わずかに紫外線を含んでいる。丸一日水着で過ごすとちょっとだけ日焼けもするのだ。
「ご、ごめん。着替に時間かかっちゃった」美琴は小走りに駆け寄ると、申し訳なさそうにそう言った。
「気にすんなよ。お、似合ってるじゃん」
 上条は美琴の水着姿を見るとそう感想を述べた。
「え、そそそそうかな?」
「ああ、似合う似合う。馬子にも衣装って感じ」
 上条は毎度のことながらデリカシーのない言葉を吐いた。
「っ!…………アンタねえ…!女の子の水着を見て、もっと他に褒める言葉はないのかああ!!」
 バチンという音と共に強い電撃が走った。
「うおあっ!?バカやめろ!!水辺で電撃を撃つな!!客がビビってる!!」
「アンタが悪いのよ!!この馬鹿!!」
 美琴はバチバチと青白い火花を散らして上条を怒鳴りつけた。
 美琴が着ていた水着は先月買ったばかりの新作だった。小花柄のワイヤーホルターのビキニにフリル付きのスカートがセットになった淡いピンク色の水着は、絶対にお客様に似合いますから、と行きつけのデパートの店員に散々勧められて買ったのだが、美琴も実は結構気に入っていた。
「ごめんなさいごめんなさい!!すごく可愛いです!綺麗です!!」
 実際、この水着は美琴の細い体によく似合っており、上条は先程はふざけて言ったものの、実のところかなり可愛いと思っていた。前日の期待を裏切らない美琴の愛らしさに内心ドギマギの上条である。ようは単なる照れ隠しだった。
「ま、まったく…。最初からそう言いなさいよ…バカ」美琴は上条の言葉に少しだけ頬を染めてそう言った。悪い気はしなかった。
「ふう…じゃ、電撃も止んだことだし早速遊ぼうぜ!はい、そんじゃ、おっ先にいいいいい!!!」
「あっ!ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
 上条は全速力でプールに向かって駆け出した。バシャバシャという水音を立てながら、一気に奥まで進んでいく。
「うおっ!おい御坂!!水がぬるくてスゲー気持ちいいぞ!!それにしょっぱくない!!うはははは!!」
「だ、だから待ちなさいって!!子供かアンタは!!」
 久々に補習から開放された上条は、ここぞとばかりに夏を満喫していた。抑圧されていた分、反動が大きいらしい。
「ハッハッハー!!捕まえられるものなら捕まえて御覧なさーい!!見事上条さんを捕まえることが出来たら、ボーナスとして…ガボォッ!!」
 美琴の言葉に振り向いた上条が突然水中に消えた。
「ちょ!?ああもう、だから言わんこっちゃない!!」
 水中で急な運動をした上条は右足をつっていた。
 このプールは子どもも遊ぶ事を想定しているため、遠浅に作られている。いちばん沖の最深部でも170センチ程度の深さしかないため大人が溺れることは殆どない。
 しかし、足がつっているとなると話は別だ。早く助けないと、と美琴は思った。
 美琴は大急ぎで水中に沈んだ上条を引っ張りあげた。
「ぶはっ…ゲホッゲホッ!!いででで!!死ぬかと思った!!」
「ア、アンタねえ!!準備運動もなしにいきなり水に入るんじゃないわよ!!」
「ゴメンナサ…いてててて」
「ほら、しっかりして。一旦陸に戻るわよ!!」
 右足つりっぱなしの上条の手をしっかりと握って、美琴は砂浜まで戻った。水に濡れた上条の手のひらは、溺れた時の緊張が解けていないのかとても熱く感じられた。
「アンタ、今日はもう泳ぐの禁止だから」美琴は砂浜に戻ると上条にそう言い渡した。
「そんな殺生な…いてて」
 開園からわずか数分で遊泳禁止を言い渡された上条は、不満そうな声を出した。
「つべこべ言うな!ダメなものはダメ!ほら、右足出す!!」
 おとなしく差し出された上条の右足に、美琴は手をあてた。ふくらはぎが腓腹筋痙攣を起こしている。
「ちょっと電気流すわよ。大丈夫、別に痛くないからじっとしてて」
 美琴は上条のふくらはぎにあてた手のひらから微電流を流し、収縮した筋肉を弛緩させる。するとようやく彼の足から痛みが消えた。
「…よし。動かすとちょっと痛いかもしれないから気を付けなさい」
「ふう…サンキュー。助かったぜ」痛みから解放され、思わず尻もちをついた上条がそう言った。
「つか、アンタねえ、高校生にもなってハシャいでんじゃないわよ…。準備運動しないと危ないなんて小学生でも知ってるわよ」
「め、面目ない…」上条は済まなそうに謝った。

「…………心配したじゃないバカ」
 言った自分がびっくりするぐらい、いじらしく聞こえる声が出た。我ながら気持ち悪いなと美琴は思った。
「…ごめんなさい」
「いいわよもう。ほ、ほら、さっさと準備運動するわよっ!」
「えっ!?泳いでもいいの!?」
「ダメよ。でも、浅いところで遊ぶのは許してあげる。アンタ最近ずっと補習だったんでしょ?かわいそうだから特別よ」
 補習のことは先程ベンチで弁当を食べているときに聞いていた。自業自得ではあったが、聞く限り同情の余地がない訳ではない。

 遅まきながら、二人はそろって準備運動を開始した。

「でさ、さっき私、アンタのこと捕まえたんだけど…」屈伸運動をしながら美琴は上条に話しかけた。
「…へ?」
「アンタね…もう忘れたの?」
 美琴は呆れながら訊いた。上条は嫌な予感を感じ取った。溺れる直前、彼は何か美琴に向かって言ったような気がしていた。
「…命の恩人へのボーナスは何がもらえるのかしらねー?」
「うえ!?あれは興奮してついつい口から出ただけで、なんにも考えて…あ、そうだ!アイスでも奢ろうか!?かき氷でも可!!」
「ふうん。アンタ、命を助けてもらった恩をアイス一つでチャラにしようってのね」
「くっ…な、何が目的なんだ?」
「そうねえ…折角だし何か一つぐらい私の言う事聞いてもらおうかしら。面白いこと考えとくわ」美琴はニヤリとした笑みを浮かべながら言った。
「…お、お手柔らかにお願いします」
 そう言った上条を見ると、酷く強張った顔をしていた。
 肝心なところは誰にも見せようとしないくせに、この男は考えていることが本当によく顔にでる。大方、新技の練習台にでもされると踏んでいるのだろう。まったく失礼な男だ、と美琴は思ったが、出会ってからちっとも変わらない上条のそんなところも、今となっては嫌いになれなかった。彼がこんな隙だらけな表情を見せるときは、リラックスしているときだけだと知っていたからだ。
「まあ、悪いようにはしないから、安心しなさい…っと、――じゃあお先にっ!!」
 しっかり準備運動を終えた美琴はそう言うとプールに向かって駆け出した。先程のお返しである。
「おまっ…ずるいぞ!!」
 おたがいさまよー、と応えようとして振り返ると、上条が慌てて追いかけてくるのが見えた。右足の動きがぎこちなく、ふらふらとおぼつかない足取りだった。

 『彼の気持ちが離れないよう、積極的に行動しましょう――』
 ふと思い出した占いの言葉が美琴を後押しした。

「……………しょ…しょうがないわね…」美琴は立ち止まり上条に向かって右手を差し出した。上条は不思議そうに美琴の手を見ると、パチパチと目を瞬いた。
「……ほら、何してんのよ。一緒に行くわよ」
「お、おう。わりいな」
 自分より一回り大きな上条の手が、美琴の手を包んだ。気恥ずかしさで意識が飛びそうだったが、それは上条も同じらしい。珍しく二人揃って赤い顔をしながら、今度はゆっくりとした歩調で波打ち際まで歩いていった。

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