とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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歌を歌ってみない? 1 ―その1―



「はぁ~い。今日はここまでですよ~」
「はぁ…今日も上条さんの一日がようやく終わりました…」

成績が常に進級ギリギリな上に出席日数もヤバい上条は放課後や土曜日などの時間を使って何とかそれを補っていた。週末の今日も上条は土御門と、なぜか青ピまで一緒にみっちり補習を受けていた。

「上条ちゃんが普段からちゃんと勉強していればいいんですよ~?」
「うっ…」
「とにかく、普段からちゃんと勉強するですよ~。じゃあ先生は先に帰りますけど、寄り道せずまっすぐ帰るんですよ~」

お世辞にも勉強が好きとは言えない上条。休日はたいていのんびりまったり過ごしている。その休日も何かに巻き込まれる事も多いが。その上条たちを置いて小萌先生は教室から出て行った。

「…で、なんでお前までいるんだ?青ピ?」
「嫌やわぁ、そんなん決まってるやないのぉ。小萌先生の愛の鞭を受けるためや!その為ならたとえ火の中 水の中 草の中 森の中 土の中 雲の中 あのコの…」
「ストップ!!それ以上はさすがにヤバい!!いろんなとこに喧嘩売りそうだ!」
「それにしても、そこまでの変態となると立派すぎるにゃ」
「チッチッチッ。甘いでつっちー。変態もなぁ、進化すると紳士になるんや!!」
「どんな進化だ!?いったい何レベで進化すんだ!!」
「ん~、大体55くらいで進化するんちゃう?」
「高ぇよ!○クリューもカ○リューに進化すんぞ!」
「カミやん、結構詳しいにゃ~」
「ふっ、初代はやり込んだぜ」
「とか言いつつ、新作は買ってもすぐに失くすカミやんやったとさ」
「締めるなっ!そしてさり気に当てるんじゃねぇ!!」
「わお、ホンマにそうやったん?」
「どうせ、どっかにハードごと落としたり気付いたら無かったりするんだにゃ」
「だから当てるんじゃねぇ!!」

と、デルタフォースの漫才の途中、上条の制服のポケットからメールの着信を知らせる音が響いてきた。その音でそれまでの漫才も中断する。メールに返信していると青ピが羨ましそうに話しかけてきた。

「またあの子ちゃうの~?」
「全く彼女持ちは羨ましいぜよ」
「ふっふっふ。これが勝ち組の気持ちなのですな」
「月曜日死刑執行ぜよ」
「せやね。クラス一丸となって悪に正義の鉄槌を下そうや」
「すっげぇ休みてぇ!!」
「休んだら赤く染まるのが教室からカミやんの部屋に変わるだけや」
「全員で押し掛けるつもりかっ!?」
「もちろんぜよ」
「転校してぇ!!」
「そしたら今すぐ召集かけるぜよ」
「カミやん包囲網はすぐにでも組めるで!!」

そういう青ピと土御門の手には携帯電話が握られていた。逃げ場はなかった。

「とまぁ、後半の冗談は置いといて」
「青ピさん…。出来れば前半のも冗談にして欲しいです…」
「それは無理やね」
「そんな殺生なっ!?」
「いいから早く行くにゃ。彼女を待たせないのも彼氏の大事なことぜよ」
「それもそうだよな。じゃあまたな、青ピ、土御門」
「またね~、カミやん。最後の休日になるかもしれへんしな。精一杯楽しみい」
「最後とか言わないで!?」

洒落にならない。本気と書いてマジと読むほどに洒落にならない

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月曜日に来るであろう地獄の恐怖をせめて今だけでも打ち消すべく、上条は幸せの根源へと向かって走っていた。と、そこにはマンガによくありがちなシチュエーションで愛しの彼女が待っていた。

「悪いな。待たせちまって」
「いつもの事だからねぇ。馴れちゃったわよ」
「いつもいつもすみません」
「許してほしい?」
「許してくれるなら是非」
「じゃあさ…、今日、泊ってもいい…?」
「ダメ!それはダメ!いくら彼女さんでもお前はまだ中学生だろう!?」
「彼女だからいいじゃない…」

ぎゅっと抱きつき上条を潤んだ瞳で上目遣い見上げる。いつもこのパターンに持っていかれる彼氏さんだが、これには幻想殺しが効くわけもなく、つまり――

「へ、部屋に来るくらいなら…」
「えへへ、やったね~!」
「くっ…!なぜ上条さんは美琴さんだけには勝てないのですか!?」
「それはね、当麻が私にベタ惚れだからよ」
「その言葉、そっくり返すぞ」
「だって彼女だもん。当然でしょ」
「最近の美琴さんは顔も赤くならなければふにゃ~化も中々しなくなって上条さんは少しつまらないです」
「そりゃあいつまでもそんな風になってられないしね~」
「でも…」
「どうしたの?…んぅっ!?」

並んで歩いている途中、上条が止まったので振り向くといきなり視界いっぱいに彼の顔が現れ美琴の呼吸を奪った。

「ふぁ…」
「こうすれば真っ赤な美琴は見れるな。そんでもって」
「ふぇ…?」

ここぞとばかりに追撃を仕掛ける上条。今度は額に軽くキスした。

「にゃっ!?…ふにゃ~…」

簡単にふにゃ~状態となる美琴。確かに普段は中々ならなくなったが、まだまだ不意打ちやキスには弱かった。

「まだまだ上条さんの方が上手ですな」

一級フラグ建築士の上条当麻は数々の女性相手にフラグを建築してきたが、持ち前の鈍感さとスルースキルにより回収しないままだった。しかし、今では美琴限定でフラグを全て回収しなお且つ美琴限定で行動が大胆になる男となっていた。付き合う前の上条からは想像も出来ない行動ばかりだ。

しかしこのふにゃ~状態。見てる分にはとても愛くるしいのだが、一つ問題があった。

「こうなると歩けないってのが問題だな。んしょっと…」

気絶した美琴をおんぶし改めて帰途につく上条。その背中では美琴が気持ちよさそうに気絶、というよりは寝ていた。

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「つっちー、やっぱりカミやんは死刑や」
「当然ぜよ。たっぷり私刑した後に死刑ぜよ」
『許すまじカミやん』

気になって後をつけていた二人は改めて月曜日の死刑に向け固く決意していた。
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「うお…!?何だ、今とんでもない寒気が…」

寮の前に着いたころに寒気というよりは恐怖に近い物を感じた上条は、それを背中の温かさで何とか心中から押しやる。

「さて、いい加減降りてくれるとありがたいんですが?」
「あ、ばれてた?」
「んにゃ、適当に言ってみただけだ」
「騙されたっ!」
「人聞きの悪い事言うな!!」

とか言いつつも美琴はちゃんと上条の背中から降りる。本音はもうちょっと居たかったが、あのままでは手もつなげないので降りることにした。

さっそく上条の右手を強く握る。それに同じくらいの強さで握り返してくる。その返ってくる強さがいつもいつも心地よかった。二人はエレベータに乗り上条の部屋の階のボタンを押す。

「あ、そう言えば今日は特売とかなかったの?」
「あるにはあるんだけど、明日の方が買いたい物が安いんだ」
「ふぅん。でもさ、あの子のご飯は大丈夫なの?」
「インデックスの事か?今はイギリスの知り合いの奴らと旅行中だよ」
「旅行?どこに?」
「箱根とか言ってたな。温泉行きたいんだとさ」
「へえ~。私も行きたいなぁ~。ねっ、いつか一緒に行こうよ」
「ん~、そうしたのは山々なんだけど金がなぁ…」
「私が出してあげよっか?出世払いで貸してあげるわよ?」
「出世する見込みがないんでいいです…」

ちなみに、出世払いというのは出世したときに金を返す、という意味とは少し違う。今はあなたの代わりにお金を用立てるけど、返せる見込みが出来たら返してね。という感じだ。この際、貸す方は大抵は純粋な善意から来ているので、返してもらうことはあまり期待していない事が多い。

美琴もおそらくそうだろう。けれど、男のプライドに懸けて上条は決して借りることはないだろう。

「じゃあ当麻が福引とかで当ててきてよ」
「俺の不幸をなめるんじゃないぞ?福引の道具を壊して逆に請求されたこともあるんだからな?」
「アンタは文字通り『福を引かれてる』のね…」

これも一つの福引か。同じ目には決して遭いたくはないけれども。

エレベータはすぐに上条の部屋の階に到着しそしてすぐに部屋の前に到着する。鍵もこれまたすぐに開け、家主ではなく美琴が先に家に上がる。

「おかえり、当麻」

これが言いたかったからだ。だから美琴はいつも当麻より先に彼の家に入る。

「ああ、ただいま。美琴」

おかえり。ただいま。その当たり前の言葉も好きな人に言ってもらうとそれだけで幸せな気持ちになり心が癒される。

挨拶を済ませた当麻は鞄を適当に放り投げベッドにどかっと腰かける。美琴はキッチンへ行き飲み物を用意する。勝手知ったるなんとやら、だ。

「はい、麦茶でよかった?」
「お~、ありがと」

テーブルに麦茶を置き、美琴はベッドに座っている上条の足の間に自分の体を強引に入れて座る。上条に後ろから抱えられている感じだ。

「こうすると上条さん、麦茶が飲めないんですけど?」
「私が飲ませてあげるわよ、ほら」
「子供じゃなんだけどな…」

と言いつつも嫌な気分にはならないので、出されたコップを素直に口に運び麦茶を口に含む。しかしそこで飲み込まず、上条は一つ思いつく。

「どうしたの?」

飲み込まない上条を不思議に想い彼の顔を近くから覗き込むと、また彼に視界を奪われる。そして呼吸も奪われ、今度は奪われるだけではなく口の中に何かが流れ込んでくる。ついでに口の中で何かが暴れている。一分くらいだろうか、口の中を暴れていた物が出ると美琴はすっかり蕩けた表情になっていた。

「ん…ふぇ…」
「これだと美琴の喉も潤うから最高だな、うん」
「ふあ…」
「美琴さ~ん?」
「ふえ…?にゃ、にゃに…?」
「よかった、気絶はしてないな」
「しそうににゃったわよ…馬鹿…」
「んじゃ、もっかいやってみるか?」
「にゃにゃっ!?」

顔を真っ赤にして警戒しつつも身構える美琴。その彼女に笑みを浮かべつつ、上条は再び口に麦茶を含み、全部は飲まず少し口の中に残す。

そうして上条の顔は徐々に近付き、美琴も目を閉じてそれを待ち構える。あと一センチ。その隙間もないくらいの距離で家の電話が着信を告げる。

「ふにゃっ!?」
「さすがだ上条さん。相変わらずタイミングが悪いぜ…」

びっくりしたはずみで唇が軽く触れたものの、それだけで終わり上条は残っていた麦茶を嚥下し電話に出る。

「にゃ~…にゃ~…」

ベットに残ったのはすっごい残念そうにしている電撃ネズミならぬ電撃ネコだった。一応上条家にも猫は居るのだが、どっか行くたびにインデックスが連れ出しているので今日も居ない。

『上条当麻君、だね?』
「はい、そうですけど?」

電話から聞こえてきた声は男にしては高めの声だった。しかし番号に見覚えもなければその声に聞き覚えはない。

そしてその男は誰も想像しないであろう言葉から会話を切り出した。

『君に歌を歌って欲しいんだ』
「………………………………はい?」
『実はね、学園都市の、まぁいわば宣伝かな。それで歌でも出して呼びこんでみようかっていう話があってね。そこで学生を使って親近感、とでも言えばいいのかな、とにかく、歌でアピールして人を呼び込もうって事だね。つまり、アイドルになれってことなのかな?』
「は、はぁ…」

あまりに突然過ぎる内容に上条の思考がついていかない。というか、誰でもついていかない。

「あ、あの…話がよくわからないんですけど…」
『いきなりこんな話だとそれもそうだよねぇ。簡単に言うと、学園都市の上の方から君に歌えって話があるんだ。あ、拒否権はないみたいだよ?』

おお。とってもわかりやすい文になって上条さん感激です。そのわかりやすい内容に上条さん、何か爆発しそうです。大体、なんで自分がそんな大それたことをしなければならないのかがわからない。
頭も悪ければ外見も至って並みだ。能力に至っては完全無欠にレベル0だ。そんな自分よりも学園都市の誰もが知って、人気を恣にしている美琴がやることだと思う。

「あ、あの、質問していいですか?」
『もちろん。僕に答えられる範囲はなんでも答えるよ』
「あなたはどちら様です?」
『僕?あ、そういえば自己紹介してなかったね。一一一(ひとつい はじめ)って知ってるかな?僕はそこの事務所の所属で、学園都市から今回の話を任された桑島って言うんだ。よろしくね、上条君』
「あ、よろしくお願いします…」
『質問は終わりかな?』
「あ、あともう一つ。なんでそんな大それたことを俺に?」
『ごめん。それは僕もわからないな。今回の話を任されたと言っても、僕は学園都市からの連絡の中継役みたいなものだから。理由が知りたいなら直接学園都市の偉い人に聞くしかないんじゃないかな』
「はぁ…」

つまり、知る手段はない。ということだ。レベル5の美琴なら何かしらのパイプはあるかもしれないが、レベル0の上条にそんなものがあるわけがない。

『あ、そうだ。御坂美琴さん、今君の近くにいる?』
「…へっ?なんで美琴が?って、まさか…」
「にゃ?呼んだ?」
「ああ、ごめん。何でもない」
『やっぱり近くにいたね。そ、君の予想通り彼女にも歌って欲しいみたいだね、学園都市は。やっぱりレベル5だから影響力は大きいだろうしね。でも、そう考えると君が選ばれたのは益々謎だね。で、本題というか今までのも本題なんだけど、重要なとこに入ってもいいかな?』
「ど、どうぞ…」

何を言っても言いそうな勢いにとても駄目とは言えない。それに拒否権がないというのなら聞くしか道はない。衝撃は分割してこられるより、一気に来てくれた方がいっそよくなってきた。

『ゆっくり言うけど、なるべく聞き洩らさないでね。歌を歌ってもらうくだりは彼女には君から伝えてね。じゃ、行くよ。明日の昼頃に君たち宛に音楽データの入ったファイルが学園都市から送られてくるから。で、それを聞いて来週の今日、午前10時までに歌詞を考えて15学区の○○っていうビルのとこに来てほしい』
「って自分たちで考えるんですか!?」
『どうやらそうみたいだねぇ。君たち自身の言葉の方が印象を残しやすいからじゃないのかな』
「そう言われても俺も多分美琴もやったことないですよ!?それなのに来週までって無理でしょう!!」
『あ、その事もちゃんと書かれてるよ。君たちの通う学校には上の方から話がいってるみたい。で、作詞が終わるまで二人は学園都市公認の欠席ってことになるから進級には影響無いらしいよ。その後の成績は君たち自身によるけど、美琴さんがいれば、まぁ何とかなるでしょ』
「って、ちょっと待ってください。なんでさっきから美琴の名前が出るんです?」
『え?僕に来たメールには君たちは付き合ってるって書かれてるけど、違うの?』
「そのメールは一体誰から!?」
『差出人は学園都市としか書かれてないから何とも』

学園都市さん。上条さんだけならまだしも美琴のプライバシーを侵害したら、この上条さんの幻想殺しが火を噴きますよ。そりゃもう盛大に。

『あ、そだ。もう一つあった。美琴さんの事なんだけど、作詞が終わるまでの一週間は君と一緒に過ごせってさ。わお、すごいね、これ。学生とか男女のモラルとか全部無視した言葉だね。学園都市ってこんな感じなの?』
「はぁ!?」
『まぁ、そんな声も出るよね。あ、これも文の最後に拒否権は無しって書いてある』
「はああ!?」
『もう少し声のボリューム下げてくれると嬉しいけど、まぁ仕方ないか。とにかく、そういう事だから。頑張ってとしか言えないけど、頑張ってね。あ、僕に送られてきたメール、欲しいなら送ろうか?』
「…結構です…」
『まぁ元気出してね。んじゃね』

切れる電話。それを力なく落としついでに自分も力なくその場に座り込む。

「と、当麻…?どうしたの…?」

ベッドから降りていきなり沈んだ上条に近寄り後ろから覆いかぶさるように抱きつく。

「また急に補習でも入ったの?」
「…美琴、落ち着いて聞いてくれよ…?」
「う、うん…」

急に真剣、というよりは深刻そうな表情になって美琴に詰め寄る上条に彼女も居住まいを正して真剣に耳を傾けた。

そして真剣に聞いて心底驚いた。

「歌!?なんで私たちが!?」
「いや、俺だって知りたいよ…」
「しかも期限が一週間って無理に決まってるでしょ!!」
「ああ、それなんだけどな…」

その事について上条は簡潔に話した。その一週間、美琴がどこで過ごすのかも含めて。

「あ、それならいいや」
「そんなあっさり!?」
「だって!これで堂々と当麻ん家に泊れるんだもん!」
「違う!それなんか違う!!理由としてなんかおかしい!!というか趣旨と関係ない!!」
「あ、そうなると着替えどうしよう。黒子に持ってきてもらおうかな」
「上条さんの話を聞いてくださ~い!!」
「あ、黒子?今いい?悪いんだけどさ、当麻の家まで着替え持ってきてくれない?」
『なんですと!?泊るおつもりなんですの!?上条さんやご両親が許してもこの黒子が許しませんわ!!』
「あんたの許しこそいらないわよ。じゃなくて、学園都市からの直接の命令らしいのよ。いやぁ、困った困った」
『全然困った声に聞こえませんけど!?むしろ嬉しそうですわよ!?』
「とにかくお願いね。あ、多分だけど寮監にも話が言ってると思うから言い訳は考えなくてもいいわよ」
『嫌ですの!!とにかく寮に戻って黒子に直接説明してくださいまし!!』
「持ってきてくれたらおでこにキスしてあげようと思ったんだけどなぁ」
『今すぐ持ってきますの!!待っててくださいまし!!』
「これでよし」
「どこがーーー!?」

上条の意見をいっそ気持ちいいほどに無視して話が進んでいく。桑島さんの話では拒否権はないうえに、美琴は上条の家に堂々と泊れるという理由でノリノリだ。誰か上条さんの話を聞いてください…。

「うっさいわねぇ。彼女が泊るのよ?嬉しくないの?」
「それは嬉しいけど!って、それ以外にも気になる事ないのか!?」
「作詞の事?そんなもん、曲のイメージを壊さないように言いたい事言っちゃえばいいのよ」
「それがとても難しそうですけど!?」
「そう?簡単そうなんだけどなぁ」
「上条さんにとっては勉強よりも厄介そうです!」
「だから、私がここに泊って一緒にやるんでしょ?」
「そうなんだけれども…!!」

と、上条が苦悩に叫んでいるところに来客を知らせるインターホンの音が聞こえた。きっと黒子だろう。

「あ、黒子。ありがとね」

と言いながら電話で言ったとおり黒子の額に触れる程度のキスをする。それだけでもう、天まで登っちゃいそうな表情になるのは黒子が黒子だからだ。

「ああ…!お姉さまの、お姉さまのくくく唇が黒子のおでこに…!!感激のあまり黒子は黒子は…!お姉さまに飛びつきそ…」
「じゃあね、黒子。着替えありがとね」

ガツンッと、重く大きい音が上条の家の中に響く。勢いよく飛んだ黒子の顔面がその勢いで扉に正面衝突した音だった。報われない。

「お、おい。いくらなんでもあれは可哀想なんじゃないのか?」
「いいのよ、黒子だから」
「身も蓋もない…」

今も扉の向こうでは「お姉さま~!出てきてくださいまし~!」とドアをガンガン叩きながら騒いでいる。うるさいにはうるさいが、なんか可哀想でもあった。

「なぁ、美琴。常盤台の門限まではいてもいいんじゃないか?」
「むぅ…、アンタが言うなら、いいけど…」

美琴の了承も得られたのでドアを開ける。

「ほら、入ってもいいぞ」
「お姉さま~!!」

ドアが開いた瞬間、残像すら出そうなスピードで美琴に飛びつく。黒子は、時々超能力とはまた違う異能の力が働いているんじゃないかって思う時がある。

「だぁぁぁぁ!ひっつくな!!」
「嫌ですの~!絶対離れませんの~!!」
「はは…、相変わらずだな…」
「離れろ~!!」
「オウフ!?」
「電撃はーーー!!??」

美琴の体から放電された電撃は黒子を感電させるだけに終わり、上条家の家電の命は何とか救われた。

「お前!!家電が全滅したらどうしてくれるんだ!!」
「そん時は、弁償してあげるわよ、さすがに」
「はぁ…、なんかもう突っ込み疲れましたよ、上条さん…」
「お疲れ様~」
「ホントにお疲れですよ、上条さんは…」
「う、うう、黒子は一体…?」
「あ、気がついた?」
「もう気がついたのか…」
「この子、電撃で気絶するたびに起きるまでの時間が短くなってるのよ」
「なんだそりゃ…」

黒子が目を覚ましたので、テーブルを中心にベット側に上条、その右側に美琴が座り彼女の正面に黒子が座っていた。三人の前には麦茶がありそれぞれ飲みながら会話していた。

「で、一体どういうことか説明してほしいんですの。上条さんの事は認めてますし信頼もしてます。けれど、男女が一つ屋根の下ということになると黒子も黙っていられませんの」
「話しても大丈夫なのか?」
「黒子なら他言はしないだろうし、大丈夫じゃない?ね?」
「もちろんですわ。決して他人に吹聴するような真似は致しませんの」
「ならいいか」

上条と美琴は作詞の事を簡単に黒子に話した。その間の事も。学園都市からの直々の命令で拒否権もない事も。

それを聞いた黒子は妙に納得していた。

「あの噂は本当でしたのね」
『噂?』
「お二人とも、ご存じありませんでしたの?最近、学園都市に入学生を呼び込むために学生をその呼び込み役に使うかもしれない、という噂がありますの。その具体的な内容は今知りましたが、まさかこんな身近にその学生がいるとは思いませんでしたの」
「そんな噂があったのか…」
「私も初めて知った…」
「けれど、お姉さまはわからなくはありませんが、なぜ上条さんなんでしょうね?」
「そこは俺が一番知りたいところだ」
「くじとかで選ばれたんじゃない?こんな大それたこと、当麻にとっては不幸以外の何物でもないし」
『ああ、なるほど…』

美琴の言葉に上条はもちろんのこと黒子も納得する。確かにその通りだ。

「ところで白井、門限まであとどのくらいだ?」
「あと1時間くらいですわね」
「じゃあ少し早いけど晩飯食ってくか?」
「折角ですがご遠慮させていただきますの。事情もわかりましたし、そろそろ帰ります」
「美琴の手作りだぞ?」
「もちろん頂きますわ!お米の一欠けらから何から何まで全て平らげて見せますの!!」
「だそうだ、美琴」
「ん~、まぁわかってたけどね…。今日は炒飯だけどいい?」
「もちろんですの!お姉さまの作るものなら何でも食べますわ!!」

上条家の冷蔵庫事情も美琴は熟知しています。時には上条以上に知っています。むしろ時々、合鍵があるのをいいことに勝手に買い足してます。もはや自分の家のようにキッチンに立ち、彼女専用のエプロンを身につけ料理を始める。

「ああ、お姉さまの手料理なんて久しぶりですの…」
「常盤台じゃ料理しないのか?」
「常盤台では基本、学食ですから料理をするという事はその授業の時以外はないですわね」
「へええ~。だから美琴はあんなに料理がうまいのか。ってことは、白井も料理うまいのか?」
「どうなんでしょうね。作れない事はありませんが、誰かに作った事がないので何とも言えませんわ」
「ふぅん。今度家で美琴と一緒に作ってみるか?」
「私の手料理はお姉さまのためだけにありますの」
「言うと思った…」
「当然ですの。1にお姉さま2にお姉さま、34もお姉さまで5にお姉さま。上条さんはその次の次の次の次くらいですの」
「とりあえず、10番以内に入ってて良かったです…」

歌を歌ってみない? 2 ―その2―



相変わらずの美琴至上主義。度が過ぎる事も多いが、その考えの一貫性のみで見ればあっ晴れだ。なのだが、行動でそれを完膚なきまでに砕いてしまっている。

そこから料理が完成するまでは他愛のない世間話だ。常盤台の寮監の恐ろしさや互いの趣味など、話題になりそうな事を話していた。

美琴が完成した料理を運んでから一段と盛り上がり普段よりも遥かに楽しい食事となった。その会話の中、白井はおろかレベル5の美琴すら心から恐怖する寮監の事は大いに気になったが。聞こうとしたら二人の表情が不吉に歪んだので聞くのは躊躇われた。

「と、そろそろ時間ですので帰りますわ」
「あ、もうそんな時間なんだ」
「送って行こうか?」
「いえ、もう時間もありませんし、空間移動で帰れば安全ですの。むしろ、貴方に送ってもらう方がトラブルに巻き込まれそうですの」
「うっ、否定できない…」
「ではお姉さま。私が帰ると言えど、学生としての節度を守ってくださいまし。くれぐれも、過ちは犯されませぬようにしてくださいまし」
「あ、過ち…」

過ちと聞いてあれやこれやと妄想してどっかに旅立った美琴にため息を吐き、黒子は上条に詰め寄る。

「上条さんの事ですから大丈夫だと思いますが、くれぐれもお願いしますわよ!もしもお姉さまを穢したら…、わかってますわね…?」
「わかってるって!そんなことしないって!」

ちらりと鉄矢を見せて上条を脅迫する。

「では、私はこれで失礼しますの。作詞の方、頑張ってくださいまし」
「ああ、ありがとな。気をつけて帰れよ」

靴を履いてドアは開けず黒子は直接空間移動で外にでる。何気ない黒子の行動だが上条的には大いに助かった。もし黒子が上条の部屋から出て行くところを土御門にでも見られたらたまったもんじゃなかった。

「お~い、美琴~。そろそろ戻ってこ~い」
「にゃ!?」
「お、戻ってきたな。お前、先に風呂入っちまえよ」
「ふにゃ!?」
「そうした方がゆっくり歌詞の事考えられんだろ」
「…やっぱり、そういう意味よね…」
「ん?他にどういう意味があるんだ?」
「アンタってそういうとこは相変わらず鈍感よね…」
「そういうとこって?」
「いいわよ、気にしなくて」

黒子が持ってきた着替えの中から必要な物を取り出し美琴は脱衣所に入る。話がいまいち掴めなかった上条は閉まった脱衣所のドアを見ながら呟いた。

「なんだ?アイツ…」

結局、上条が風呂から上がった後も作詞の事は考えなかった。歌詞の事を考えようにもそれを乗せる曲がなかったのでどうしようもなかった。ゲームをしたりテレビを見たりと、二人は寝るまで楽しそうにしていた。

「ねえ、当麻」
「ん~?」

名前を呼ばれた当麻は枕と毛布を持って浴室に引っ込む途中だった。

「浴槽で寝るの、いい加減やめない?体痛くならないの?」
「そりゃあ最初は痛くなったけど、最近は馴れて快眠だぞ」
「でもさ、同じベッドでとは言わないけどさ、こっちの床で寝たら?」
「いやあ、さすがに女の子と同じ場所で寝るっていうのは紳士上条さんが許さないっていうか、何といいますか」

枕を持っていない方の手で頭をかきながら言う当麻に近付き、美琴は抱きついてあの必殺の上目遣いをした。

「私が頼んでも…?」
「うっ…美琴さんが、そういうなら…」
「じゃこっちで寝てね」
「はい…」
(もつかなぁ、俺の理性…)

せっかく黒子が持ってきてくれたパジャマも結局は使われなかった。着るものがあるのに美琴はわざわざ当麻のワイシャツを着ていた。

上はワイシャツ一枚。下は短パンを履いているらしいが、ワイシャツの裾が彼女には長めでぱっと見何も履いていないように見え、瑞々しい足がほぼ根元から丸見えだった。これは眼福もとい目の毒だった。上条さんの鉄壁の理性に早くもひびが入っております。

(当麻が寝たら布団に潜り込んでやる…!)

そんな上条の理性なんかお構いなしの大胆すぎる美琴の狙い。せっかく泊ったんだから、愛しの彼氏を抱き枕にして寝たかった。だって、最高の寝心地を味わえそうじゃない。

「電気消すけど、いいか?」
「うん、いいよ~」

かちっという音ともに電気が消え部屋が真っ暗になる。ほのかには見えるが、相手の表情までは見えない。これでは相手が寝たかどうかなんて判断できなかった。

(う~ん。どうしようかな…)

十分も待っていれば寝るだろう。そう見切りをつけ、まるで戦いに赴くかのような緊張感を持ちながら美琴は十分という時間と勝負していた。

(な、なんでせう!?この緊張感は!?)

電気を消した途端に異様な緊張感に包まれ睡魔が全く訪れてくれない。どんなに目をつぶっても睡魔は訪れてくれない。それどころかどんどん目が冴えてくる。寝返りを打ち体を丸くした浴室でいつも寝ていた体勢でも眠気は全く来ない。

何度か寝返りを打っている間に美琴がベッドから立ち上がった気配がして、その後すぐに水道から水が流れる音がした。

(喉が渇いて目が覚めたのか)

そう思いながら反対に寝返りを打つ上条にその事態は突然来た。美琴が同じ布団の中に潜り込んできたのだ。しかも正面から抱きついてくる。

(みみみみ美琴さん!?寝ぼけておられるのですか!?)
(んふふ~、当麻~。当麻の匂い~。にゃふ~)

混乱の絶頂の当麻とは正反対に幸せの睡眠の絶頂の美琴はそのまますぐ睡魔が訪れ本格的に眠り始めた。

安らかな寝息が聞こえてきて起こすに起こせなくなり、上条の中では理性と本能が激しいバトルを繰り広げられていた。

(だあぁぁっ!落ち着け上条当麻!!男は皆が皆オオカミではないのです事よ!!上条さんがそれを証明してやろうじゃないのですか!!)

口移しとかしていた人もさすがに中学生相手では超えてはいけない一線があるらしい。

結果から言うと上条は男の全てがオオカミではない事を証明した。

補習も含めた学校での疲労と、突然過ぎる内容の精神的疲労で理性に限界が訪れ、睡魔という本能が勝利を収めていた。

________________________________________

その次の日の朝、体に染みついた習慣か、美琴は7時前には目を覚ましていた。

(あ~…、当麻の顔がこんな近くに…)

ボーっとした頭で彼氏の顔を除きながら幾ばくか残っている睡魔にまどろんでいる。

(当麻の腕…暖かい…)

自分は上を向いている。上条の腕は自分の背中の下に左腕、右腕がお腹の上に合った。片方の腕を潰している形になっているが、美琴にここからどく気力はなかった。だって、ここは気持ちよすぎる。
寝返りをうち当麻の胸板に頭を押しつける形になり、上にあった右腕を背中に回させ、下にあった左腕を自分の前に持ってきてその腕を握っていた。

「う、う~ん…」
(ふにゃ!?)

僅かに体の位置を直した当麻の腕が体に触れる。

「にゃ…!?寝てるよ…ね!?…!?にゃぅ!?」

まるで起きているかのように動いている当麻の右腕。それが美琴の体を触っていく。ついには掴んでいた左腕も動き出す。

「ふぁ…!?に、にゃ…っ…にゃぁ!?」

悲鳴と言うにはあまりに甘く力のない声が途切れながら部屋に響く。

「と、とう、まぁ…!アンタ、ふぁ!?起きて、るでしょ!…にゃふぅ!?」

もう起きているとしか思えない動きだ。しかし当麻の目は開いておらず、また表情も美琴が最初見たときと変わっていなかった。

「にゃ…っ!?…ふぇ…!?」

5分。言葉にしても、普段から見ても短い時間だ。しかし、時と場合によっては永遠のように長く感じるんだと、美琴は心の奥底から思い、体の芯までそれを体感させられた。

「にゃぁ………にゃふぅ……」

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カーテンの隙間から入る光とキッチンの方から聞こえる音で上条は目を覚ました。

「ん…?」

自分の両手にとても温かい感触が残っている。美琴を抱きしめた時とも違う、今まで感じた事のない温かさだ。

(…そういや、なんかいい夢を見てた気がする…。…美琴と一緒に寝てたからかな…)

半分閉じたままの目を擦りながら身を起こすと、いつものエプロンを身に付けた美琴がキッチンに立っていた。朝食の用意をしてくれているらしい。

しばらくぼ~っとしていると美琴がこちらに振り向いた。心なしか顔は真っ赤で恥ずかしそうにしている。

「…あ、起きてた。…もうすぐで出来るから顔でも洗ってきなさい」
「へ~い…」
(やっぱり寝てたんだよね…。そ、そうよっ。当麻があんな事してくるわけないじゃないっ)

あんな事。今朝の出来事を思い出し、美琴の顔が燃えるように耳まで真っ赤に染まる。その横を寝ぼけた表情の上条が行くが、寝起きの頭では気付けなかった。

ぼさぼさの頭をかきあくびをしながら返し、まだ眠気から覚めない体を立たせ洗面台に向かう。行きがてら時計を見るともう8時半だった。ずいぶん寝たなぁ。

適当に顔を洗って適当に眠気を覚まし、まだはっきりしない頭で歯を磨く。どうにも朝は弱かった。低血圧ではないのだが、とにかく苦手だった。なんかこう、布団から出るのがもったいないというか、もっと惰眠を貪りたいというか。

「当麻~?」
「いふぁいく~」

きちんと口の中を濯いで、ついでにもう一回顔を洗う。これで少しは頭がはっきりしてきた。戻ると、食事を並び終え後は食べるだけという状態だった。

「遅い!」
「朝は弱いんです…」
「私だって強くはないわよ(あんな事されたし…)」
「というか貴女のせいで中々眠れなかったんです…」
「(こっちはアンタのせいで散々な寝起きよっ)ふえ?私なんかした?」
「覚えていないんならいいです…」
「(こっちのセリフ!!)まぁいいわ。早く食べましょ」
『いただきます』

二人揃って挨拶をしてから朝食に端をつける。卵焼きに焼き魚に海苔に味噌汁と極々一般的なものだったが、誰かに作ってもらったり一緒に食べると普段の何倍もおいしく感じる。

「私たちが歌う曲ってどんな感じなのかしらねぇ」
「想像も出来ねぇなぁ…」
「…朝はホントテンション低いのね」
「そうかぁ…?」
「いつもの10倍は低い」
「まだ眠いんだから仕方ない…」
「私の作ったご飯食ってテンションあげなさい!」
「お~…」

食べているうちに眠気も覚めていき、朝から二回もお代わりをして空腹が満たした事でテンションも徐々に普段の物に戻っていく。

「ふぅ~。食った食ったぁ!ごちそうさん!」
「お粗末さまでした」
「美琴は、朝は紅茶だっけ?」
「ん~、何でもいいわ。あるなら紅茶がいいかな」
「へいへい~」

作るのは美琴だが片付けるのは上条というのがいつの間にか出来あがっていた。食後の飲み物を用意するのも上条となっていた。

自分のコーヒーと紅茶のカップを用意する。美琴から教わったのだが、紅茶は入れる前にカップを温め紅茶の茶葉は多めに使って淹れた方が美味しいらしい。自分で飲むときはもったいないのでやっていないのだが、彼女に出すときはそうやっていた。

「ミルクと砂糖は~?」
「今日はミルクだけでいいや~」
「へ~い」

紅茶を待つ間美琴はマンガを適当に引っ張ってきて呼んでいた。昨日から着替えていない、ワイシャツ一枚の状態でベットに寝転がっていた。

「出来たぞ~。って、お前…。腹、見えてるぞ…」
「ふにゃ!?」
「寝転がった時に服が捲れたんだろ。気をつけろよな…」
「………あんな事したくせに……………バカ…スケベ……ふにゅぅ……」
「ん?なんか言ったか?」
「にゃ、にゃんでもない!」
「猫化してるぞ?」
「気にするにゃ!!」
「気になるって言ったら?」
「家電の命は預かっているにゃ」
「ごめんなさい。申し訳ありませんでした。ですから家電を解放してください」
「よろしい。ところでさ、音楽ファイルが届くのって何時くらいだっけ?」
「詳しい時間は言われなかったな。昼頃って言ってたぞ」

今は9時を回ったくらいだ。あと3時間前後で届く。かもしれない。

「それまで暇だなぁ~」
「あ、ならさゲームしよ」
「お~。いいぞ~。でも上条さん家、新しいのはあまりないぞ?」

新しいのは高くて買いたくても買えずにいた。Wi○とかがとくに欲しい今日この頃。あまりいい評判は聞かないけどP○3辺りも気になる。

「今日こそアンタを倒す!!」

そういう美琴が取り出したるはスマ○ラDXだった。彼女の持ちキャラは同じ電撃にちなんだあのネズミだ。ちょこまか動いてカミナリを当てる、と言うのが美琴の好きな戦法。

「今日も返り討ちですのことよ!」

対する当麻の選んだキャラはあの緑の服を着た伝説の剣士だ。爆弾やブーメラン等小技を使いつつ確実に重い一撃を入れに行く、という基本的なのが上条の戦法だ。

開始して早々、上条の優位なペースで運び始める。爆弾の爆発までの時間を見極め投げ、引けばさらに爆弾を投げ追いつめ、構わず向かってくれば剣で迎撃していた。

そんな感じで美琴も善戦したが、ダメージが100を越えたところに回転斬りをもろに食らい盛大にふっ飛ばされる。

「なんでかわせないのーーー!!??」
「かわせないタイミングでやるのが基本!!」
「爆弾投げる暇を与えなきゃいいのよ!速攻よ!超速攻よ!!そんでカミナリよ!」
「ブーメランと言うのもあるんすの事よ!そんでもって!」
「あ~!捕まった!!投げ飛ばされる!!」

鎖に捕まり投げられたがまだダメージが低いのでふっ飛ばされることはなかった。けれど、結構食らってしまった。完璧に美琴の行動を読み切って動く上条に隙はなかった。

上条もダメージを食らい1,2度ふっ飛ばされたがそれでも先に美琴の方が残機が尽きた。

「もっかいよ!!勝つまで何度も!!」
「上条さんに勝つなんて100年早いのですよ!」

というかあのネズミしか使わないので、もうなんとなくパターンがわかっているので負ける気はしなかった。そこで今回は気分を変え、あの世界的有名なひげオヤジを使うことにした。

「今回はそれね!どのキャラでもふっ飛ばしてやる!」
「ひげオヤジをなめるんじゃないのです事よ!」

オールラウンダーなキャラは特徴らしい特徴はないが、それだけに使う人によって大きく化ける。

「その火の玉邪魔!!」
「かわしてここまで来てみなさい!!」
「くぅぅ!!」
「近付いてきてもふっ飛ばしますけどね!」

遠くからちまちまと火の玉を投げて、近付いてきたら強烈な一撃でふっ飛ばしまた火の玉を投げる。こういう戦い方すると、嫌われるので気をつけましょうね。

「その火の玉禁止!!」
「オーケー。なら接近戦でございますよ!」

遠距離の攻撃手段が火の玉しかないひげオヤジ。人によってはほとんど使わない攻撃手段だ。よって火の玉を禁止されたところであまり意味はなかった。

「ああ!またふっ飛ばされた!!」
「美琴さんは弱いですなぁ!」
「むかつく~!!」

完全に上条のペースで進む状況に、美琴は攻撃を食らわないようにするだけで精一杯だったがそれも長くは続かず、あっという間に残機が全て無くなる。

「はっはっはっ!上条さんの圧倒的勝利!!」
「う~!!!」
「もっと腕をあげてからまた来なさい!!…っと、メールか?」

勝ち誇っている上条の携帯がベッドの上でバイブで震えていた。時計を見てみると11時半くらいだった。少し早いかもしれないがあの曲かもしれなかった。メールを開くと案の定そうだった。

「おお、届いた届いた。美琴~」
「なによっ」
「そんな機嫌悪くするなよ~」
「のしかかるな!重い!!」
「それより、音楽が届いたぞ。なんでかお前のも一緒に。さっそく聞いてみるか?」
「当麻のから先に聞きたい」
「おー」

上条当麻と書かれているファイルを開いて音楽を再生する。

流れてきたのは、ヒーローみたいな曲というか、仮○ライ○ーの曲っぽい感じだった。

「当麻にぴったりじゃない?この○面ラ○ダーに使われそうな曲調」
「それは上条さんが子供っぽいってことでせうか?」
「ん~、ある意味そうかもね」
「ひどい!」
「そんなことより私のも聞かせてよ」
「おー…」

今度は御坂美琴と書かれたファイルを開きその音楽を流す。

こちらは当麻とは違い、ヒーローみたいな曲では決してなかった。けれど美琴にはぴったりと思える曲ではあった。

「美琴にぴったりだな~」
「そう?」
「こう、まっすぐな感じが美琴だな。うん」
「そうかなぁ」
「上条さんが言うんだから間違いないのです事よ」

のしかかっていた上条は体勢を直し美琴の隣に腰を下ろす。いったん携帯を閉じてから口を開いた。

「で、これに歌詞を付けるんだよな」
「そうね。簡単そうじゃない?」
「思ってたよりはなー。それでも難しそうだ…」
「深く考えるとわかんなくなるわよ。ただでさえ馬鹿なんだから余計に難しく感じるわよ」
「当たってるだけに言い返せない…」
「自分の言いたい事や、想いとか、誰かを思い浮かべて、曲のイメージを壊さない言葉を付けていけばいいのよ」
「言いたい事や、想い、誰かを思い浮かべて…、ねぇ」
「そう考えてやれば何とかなるんじゃない?1週間もあるんだしさ」
「確かに何とかなりそうではあるな…」
「んじゃ、まずは曲イメージをはっきり持つ事。繰り返し聞いて自分の中でイメージを固定するのよ。そうすれば歌詞を付けやすいはずよ」
「じゃあお前の曲はお前の携帯に送るぞ」

美琴の曲だけを抜き出してファイルを彼女の携帯に転送する。そして上条はイヤホンを付けてさっそく言われた事を実践していた。

根が真面目な少年だ。どんな状況であれやると決めた事は最後までやり遂げる。というか、それ以外を知らないのだろう。

最近それに影響されてきた美琴もイヤホンを付けて曲を聴くことに専念する。聞く際、自分の感じた事を書いておくとそれもイメージの固定化に役に立つ。

上条と美琴は紙とペンを用意してテーブルを挟んで向き合うように座り、作詞の作業に入った。

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一度任された事はやりきらないと気が済まず、終わるまで全力投球する上条さん。それと同じくらいの熱意を持って取り組んでいる美琴だが、その根幹にあるのは少々不純だ。

(これが終われば後は遊んでいられるんだから速攻で終わらすわよ!!)

上条たちは学園都市から1週間の休学を認められている。まず不可能ではあるが、仮に今日一日で終わらせる事が出来たのなら、後はただの休みだ。遊び放題だ。いちゃつき放題だ。

(でも、作詞って思いのほか難しいわね…)

自分の想いを直接的に表現した方がいいのか。間接的な方がいいのか。それは主観でいいのか。客観の方がいいのか。初めて作詞をやる美琴にはそれが全く分からなかった。

そして単語は思いついてもそれがうまく文にならなかったり、文になっても曲のイメージとなんか違う感じがしてうまくいかない。

(当麻だったらど真ん中のどストレートで主観で語りそうね~)

というよりも、きっとそれ以外は浮かんでいないだろう。けれども、その方が非常に彼らしいし、変に間接的、客観性を取り入れたら彼らしさが損なわれそうですらあった。

(私もそういう風にしてみようかな)

自分の想い、言いたい事を真っ直ぐに乗せてみよう。あんまり真っ直ぐ過ぎると少し恥ずかしいからちょっと婉曲した表現にして、それでそうやってみよう。

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(美琴も張り切ってんなぁ…)

音楽を聞きながら歌詞を考えようと手に持ったペンでコツコツと紙を叩きながらちらっと美琴の方を見てみる。ものすっごく真剣な表情になってる。

(言葉は案外出てんだけどなぁ)

文にも割となってきているが、それをそのままでいいのか。少しは比喩表現なる物を取り言えれた方がいいんでせうか。間接的表現なる物があった方がいいんでせうか。

その辺りで悩んでいて頭から煙が出そうだった。

思いついた言葉を比喩表現にしようとしたり、間接的な表現にしてみたりと頭の中で繰り返しているが、前半を試みた時点でオーバーヒート間近である。

(美琴の曲は真っ直ぐって感じだし、美琴も真っ直ぐだからそんな感じで歌詞付けるんだろうなぁ)

その方が美琴らしさが出ていいと、上条は思っていた。それ以外だとあまり美琴らしくない気がするとも。

(おし、変に考えるのはやめるか。思った事、言いたい事をそのまま歌詞にしてみよう)

恥ずかしいほどに真っ直ぐで、歌詞を見ただけで作った人が分かるほどに自分らしい歌詞にしてみよう。その方がきっと、自分が後悔しない気がする。

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自分の想いを真っ直ぐ歌詞に乗せる。そう思うと言葉がどんどん出てくる。後はそれを曲が持つ元のイメージを壊さない様かつ、自分というイメージも付け加える様な言葉にしていく。

曲を聞き始めてもう3時間は経っている。2時半にもなり、日はもう頂点から下がっている。美琴はともかく、上条にこれだけ長い時間集中できたというのも驚きだ。何かスイッチが入るとそれが入りっぱなしにでもなるのかもしれない。

しかし、どれだけ集中しようとも勝てない物はある。

グ~

イヤホンを外して考えていた二人の耳にそんな力の抜けた音が入り込んできた。

「あぁぁ!!今いいとこだったのにー!!」
「鳴ったのは確かに上条さんの腹だけど、上条さんのせいじゃありませんの事よ!?」
「当麻のせい!!なった腹を持ってる当麻のせい!!」
「腹が減ったんだからしかたないでせう!!」

歌詞を考えていた時の雰囲気など微塵もないいつもの口げんかになる二人。

「はぁ…。ま、仕方ないわね。いい加減お昼にしましょうか。もう2時半だしね」
「げっ、そんな時間なのか。そりゃ腹も減るわけだ」

見られると恥ずかしいので、書いていた紙を裏返しそして近くの参考書で蓋をする。そうしてから立ち上がり、美琴はエプロンを身につけキッチンに立った。

「なんか手伝うか~?」
「あ、じゃあ野菜切ってくれない?」
「任せとけ」

今日の昼食は餡かけ焼きそばだ。あらかじめ買ってあったシーフードを一口大に切り分け、その隣で上条が野菜を適当な大きさに切っていく。

それを見ながら焼きそばの麺の封を少しだけ開けてレンジに入れ加熱する。その間に、上条がまだ切り終わっていない野菜を切り分けていく。そうして全部切り終わってから、フライパンを取り出し餡を作っていく。

餡とその味付けを美琴に任せ、上条はレンジから麺を取り出しもう一つのフライパンに薄く油をしき、十分温まってから麺を入れる。両面をしっかり焼いて固焼きにする。

決して広くないキッチンで二人は器用にかわしながらこれまた器用に料理を作っていく。先に作り始めた餡が完成し、麺も丁度いい具合に焼けてきた。

麺をさらに移し、移したそばから餡が掛けられ餡かけ焼きそばが完成する。ものすごく食欲を誘う匂いだ。よだれが止まらない。

「二人で作ると早いわね~」
「美琴は唯でさえ手際がいいからな」

それぞれ自分を持って戻り、向かい合って座る。美琴のは1人前だが、当麻のは2人前くらいはありそうだ。餡が。

「麺よりも餡で腹が膨れそうだ…」
「あはは…、ちょっと量間違っちゃった…」
「ま、いいか。さ、冷えないうちに食おうぜ~」
『いただきます』

餡と麺、具を絡め上条は勢いよくすすり美琴は丁寧に口に運んでいた。

「さすが美琴さん。上条さんの好みをよくわかってらっしゃる」
「当麻こそさすがよ。私の好きな固さに焼きあがってる」
「そりゃあ彼氏さんですから」
「私もその言葉を返すわ」

もう何とでも言ってればいい。

空腹だった上条は10分足らずで全て平らげ、ベッドによっかかり楽にしていた。

「はぁ~。美味かった。ご馳走さん」
「早いわねぇ…」
「おう。腹減ってた上に美味かったからな」
「お粗末さまでした」

上条に遅れる事大体5分。食べ終わった美琴は当麻の隣で同じように楽にしていた。

「腹が膨れたら眠くなってきました…」
「食べてすぐ寝たら太るわよ?」
「美琴さんの料理で太れるなら本望ですたい」
「たいって、どこの人よ」
「まぁ、とにかく来い来い」

足を開きながらテーブルの下に伸ばし、その間に美琴を手招く。当然、そこが特等席の美琴はすぐにそこに収まる。後ろから美琴の腹の上に手を回し抱きしめる。

「わ、ちょっとどこ触ってんのよ!」
「どこって、美琴の腹?」
「お腹突っつくな!」
「丁度いい柔らかさだなぁと」
「柔らかくて悪かったわね!」
「いや、悪くないぞ。むしろベストな柔らかさで素晴らしいです、はい」
「褒められてるんだか何だか…」
「褒めてるぞ~?」
「って、ほんと眠そうな声ね」
「おお、本当に眠いからな」

美琴という最高の抱き枕を手に入れた事により上条の睡魔はピークを迎えた。思えば、昨晩はいつも以上にぐっすり寝れた気がする。

「これ片付けないと…ん?」
「すーすー」
「もう寝てる…」

耳のすぐ近くから上条の寝息が聞こえ、背中にかかる体重が気持ち重くなった。

「片付けられない…」

とか言いつつも、美琴も眠くなってきている。昨晩試した結果、やはり上条は最高の寝心地を誇る最高の抱き枕だった。普段使っているぬいぐるみとは比べ物にならないほどだ。

二人は午睡に勝てず、上条は腕の中に美琴を収め幸せな寝顔をし、美琴は上条の腕に収り幸せな寝顔で熟睡していた。

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「んぅ…?…!?」

もう夕方で、日も沈みかけている時間に目が覚めた上条が最初に目にしたものは、自分が書いていた歌詞―書いてあるのはそれに使おうと思っていた単語だが―を見ている美琴だった。

顔は赤くなっていない。念のため。

「何勝手に見てるんだよ!?」
「なんとなく?それにしても、ホントに当麻らしい歌詞になりそうね~」
「美琴さんのも見せなさいっ!」
「そんなの嫌に決まってるじゃない」
「人の見といてそれですか!?」
「まぁまぁ」

上条の歌詞を戻し再び当麻の腕の中に収まろうとする美琴。上条もそれを受け入れ、寝る前と同じ体勢になっていた。

「この調子なら1週間後までには楽に終わりそうね~」
「楽かどうかはわからんけどな」
「案外明後日くらいには終わったりして」

初めて作詞をする人にしては驚異的な速さで進んでいると思う。冗談抜きで終わりそうな勢いではあるが、それは一日中作詞に没頭していたらの話だ。

歌を歌ってみない? 3 ―その3―



仮に一日中没頭する事が出来ても人間の集中力には当然限りがあるのだ。その時間が長ければ長いほどミスも多い。それは美琴だって例外ではないし、上条に至っては誤字脱字果ては意味不明な言葉のオンパレードは必至だろう。

「いくらなんでもそれはないんじゃないのか?」
「行ける気がするんだけどなぁ」
「美琴は出来ても上条さんには無理です。今日はもう集中できません。疲れました」
「そりゃそうよね~。普段勉強にも集中できない奴が、初めてやることにあんだけ長く集中出来た方が驚きよ」
「そうそう。今日は飛ばし過ぎたので明日からはまったりやりましょう」
「え~!?」
「な、なんでそんなに残念そうなんだ?」
「だ、だって…」
「あ、そうだ」
「ん…?どうしたの?」
「歌詞作り終わったらさ、少しは歌うの練習した方がいいのか?」
「あ~、どうなんだろうね。来週からは私たちが作った歌詞で歌の練習するんじゃない?さすがにいきなり収録はないだろうし」

歌には少々自信がない上条さん。歌詞が作り終わってもそれを歌うという作業がある事をすっかり忘れていた。その点、美琴は歌が上手そうで羨ましい。ほんと、美琴には欠点らしい欠点は無い。強いてあげるならビリビリ癖か。

歌という事を思い出し少しテンションが下がった上条の携帯から着信音が流れた。番号も名前も見ず適当に電話に応じる。

「上条ですが?」
『相も変わらず辛気臭い声だな、君は』
「げっ、ステイル…」
『そのセリフは僕も言いたいんだけどね。優しい僕は言わないでおいてあげよう』
「…で、そのお優しいステイルさん。どうかしたのか?」
『何もなかったらわざわざ君なんかに電話しないさ。馬鹿かい?ああ、そう言えば馬鹿だったね。すまないね』
「さっさと要件言えってんだ!このニコ中の不良神父」
『ニコチンの素晴らしさが分からないというのは君は人生を損しているんじゃないか?それに怒りっぽいな。カルシウムは摂ってるかい?まぁ君の健康状態なんかどうでもいいんだが』

14歳のくせにニコ中になってるやつに健康を気にかけてほしくない。と言うかお前の健康は一体どうなんだと声を大にして問い詰めたい。それにニコチンの素晴らしさなんて一生わからなくて一向に構わない。

『ああ、それより要件だけど、旅行が長くなりそうなんだ』
「は?どういうことだ?2泊3日の予定だろ?」
『旅行先でちょっとした事件に巻き込まれてね。それを解決したお礼にってことで後4日くらいは宿泊出来そうなんだ。つまり、6泊7日になったってことだ』
「インデックスも一緒か?」
『むしろそれを一番望んでいるのが彼女でね。こんなことする必要はないとしか思えなかったんだけど、それでも一応、現保護者の君にも知らせておこうと思ったのさ』
「あーはいはい、そうですか。神裂も一緒なんだろ?なら俺は構わないぞ。お前らがいれば安全だしな」
『信頼されてるって、一応思っておくよ。君に信頼されているというのも不思議な感じもするけれど』
「実際してるんだよ。お前はいけ好かない奴だけどな。じゃ、インデックスと神裂にもよろしく言っといてくれ」
『気が向いたら伝えておくよ』

その言葉とともにステイルからの電話が切れる。電話を戻しながら、上条は定位置に戻る。

「ステイルって?」
「ん~、インデックスを通じて知り合ったいけ好かない不良神父。インデクッスの友達で、今一緒に神裂ってやつと一緒に3人で旅行してる」
「不良神父…?」
「神父みたいな服装なんだけど、赤毛でヘビースモーカーで目の下にバーコードがあるから俺はそう呼んでる」
「…不良とか以前に、神父?」
「実のところよくわからん」
「でさ、何の電話だったの?」
「インデックスたちの旅行が長引くんだとさ。帰ってくるのは来週かな」
「へえ~」
(ってことは来週までは正真正銘二人っきり!?)

イチャイチャし放題!?イヤッホー!!と、内心で狂喜乱舞な美琴さん。インデクッスが途中から入ってくる事を覚悟していた美琴には嬉しい知らせだ。来週までイチャイチャし放題。ということだ。

「今日はこの後何するかな~」

言いながら何気なく時計を見る。結構寝たらしい。今は5時半だった。5時半。何かとっても大切な事を忘れている気がする。上条の生命線とも言える大事なイベントを忘れているような。

「ん~、何か忘れている気が…」
「ほら、それより買い物行かない?今晩のおかず買いに行かなきゃ」
「買い物…?……ああ!特売!!」
「特売…?あ、昨日あるって言ってたわね、そういえば」
「この時間じゃもう終わってる…不幸だ……」
「元はと言えば熟睡してた自分のせいじゃない。自業自得よ」
「うう…」
「特売は終わっちゃったけど買い物には行かないと。冷蔵庫には何も入ってないしさ」
「うう…特売~…」

特売を寝過ごすという一生の不覚にショックを隠せない上条引っ張って、美琴は上条がいつも贔屓にしているスーパーへ向かった。

特売こそ逃したが、今日は比較的安い値段で材料が買い揃えられた。上条には珍しい幸運だった。それもこれもきっと美琴がいたからだ。

今日の晩御飯は美琴の愛情たっぷりのカレー。それを食べた後はぐだぐだイチャイチャまったりにゃふんのんびりイチャイチャと、要はかなりいちゃついていた。今日は二人とも歌詞には手をつけず、さっさと風呂に入ってさっさと寝た。

昨日の夜と同じく、美琴が上条に抱きつきながら。一つ違うのは、今晩は最初から上条に抱きつきながら寝ていた。

翌朝、美琴の顔は赤くなっていなかった。念のため。

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なんやかんやと1週間が過ぎ、上条と美琴は歌詞を完成させ指定されたビルの前にいた。この1週間本当にいろいろあった。

突然、土御門と青ピを筆頭としたクラスメイト数人が押し掛けてきたり、一方通行が打ち止めを預けに来たり、美琴の友人が押し掛けてきたり、学園都市にいる妹達が押し掛けてきたり、常盤台の寮監様がご降臨されたり、小萌先生が家庭訪問に来たりと、いろいろあった。ちなみに黒子は門限ギリギリまで毎日来ていた。

とにかく、あの状況でよく作れたなと今になって思う。上条の部屋は朱に染まりかけ美琴は質問攻めにあったし、部屋がとても騒がしくなったり、今度は上条が質問攻めにあったし、同じ顔がずらっと並ぶシュールな光景もあったし、黒子の首がおかしな方向に曲がったかと思えばとんでもない威圧感を感じたし、様子見かと思えば突然授業がはじまったし。

とにかく、本当によく歌詞が完成したと思う。心から自分を拍手したい。けれどそれらのせいで歌の練習は全く出来ずにいた。もっとも、誰も来ない日があっても歌えたかどうかは今になっても分からないが。

「大丈夫だと思うわよ。本格的な収録は来月とかじゃない?」
「そうだと本気でいいです…。また来週とかにされたらいくら美琴に見てもらっても成績がヤバい事になりそうだ…」

この大変な一週間、どれだけ大変であろうとも上条の場合勉強を疎かにできる成績ではないので、美琴に無理を言って、上条の気力が続く限り、隙間を見つけては勉強を見てもらっていた。

それでも現状維持が精いっぱいだった。進級には影響はないとはいえ、これ以上休む様な事になったら、成績のせいで進級が危うい事になりそうだ。しかし、だとしてこの超ハードスケジュールの中、現状維持できただけでも上条にとっては称賛に値する。本当に美琴さまさまだ。

「それよりさ、あの子はいいの?今日帰ってくるんでしょ?」
「ステイルたちがいるから大丈夫だ」
「ふぅん。信頼してるのね」
「というよりも、あいつらさ、複雑な事情でな。あいつらが少しでも長く一緒に入れたらいいなって」
「そっか」

複雑な事情。それを聞く気は美琴にはなかった。気にならないと言えば嘘になるが、この少年の事だ。厄介事に巻き込まないようにしているのだろう。だから、いつかこの少年から話してくれるようになるまで聞かないでいるつもりでいた。

「それにしても遅いな、桑島さん」
「迷ってるんじゃない?」

昨日の電話では桑島さんが来る事になっていた。彼は学園都市外部の人間なのでそれは大いにある事だった。こちらは顔も知らないが向こうは違うだろう。それらしい人は一向に現れない。

「学園都市は複雑だからなぁ」
「外部の人はまず迷うわね」
「インデクッスも時々迷うって言ってたぞ」
「当麻も時々迷いそうよね」
「失敬な。いくら上条さんでも迷いませんよ」
「やぁ、ごめんごめん。待ったよね。はい、お詫びのお茶。ごめんね」

会話の途中、ビルの陰から桑島さんと思われる人が現れいきなり話しかけてきた。スーツを身をまとった好青年。背は高く若く見える。25歳くらいだろうか。

実年齢は35歳の息子と娘が一人の家庭持ち。だが二人はたぶん、しばらく知らないままだろう。

「あの~、桑島さん、ですよね?」
「あ、ごめんね。僕は君たちの顔知ってたからついその気で。うん、僕が桑島だよ。今日はよろしくね」
『あ、よろしくお願いします』
「あはは、付き合っている人たちは似るってよく聞くけど、君たちはホントよく似てるねぇ。今のタイミング、完璧だったよ」
「そ、そうでせうか…?」
「うん、完璧」
「あんまり意識した事なかったわね、そういうのって…」
「知らぬは本人ばかりってね。周りのみんなは僕と同じ事思ってるんじゃないかな。っと、立ち話もなんだし、さっ、入って入って」

一人先にビルの中に入り、上条と美琴も中に続いていく。エレベータに乗って5階に着き一室に入ると機材ばかりの部屋に通された。機材の正面にはガラス、多分防音だろう。その向こうには、よくテレビで見る様なスタジオがあった。

(あそこで歌うのか…。うわ、ヤバい。緊張してきた…!)
(へえ~。歌ってこう言うとこで録るんだ~)

緊張する上条とは対照的に、美琴は興味津々に機材や隣の部屋を眺めていた。

人前に出る事や注目される事が多い美琴に比べ、上条はそういう経験がない。人に追いかけ回され結果奇異の視線にさらされる経験なら豊富だが、閑話休題。この限られた空間で、何人にも見られながら歌うというのはとても緊張する。

「あ、そうだ。歌詞は出来てるよね。見せてもらってもいいかな」

二人は桑島さんに完成した歌詞を渡す。二人のを受け取り桑島さんは先に上条の方の歌詞に目を通す。さらっと一通り見て上条を見て、もう一度今度は歌詞をじっくり見る。

「上条君のが『ゼロからの逆襲』ってタイトルか。…うん、いいんじゃないかな。見た限りだと、曲のイメージと歌詞のイメージ、そして何より君から感じる印象はすごく合ってると思うよ」

桑島さん。自慢ではないが人を見る目だけはずば抜けている。一目でその人から感じる印象が、その周りの人たちが抱いている印象と同じなほどだ。彼の周りにいる人も彼がいい人だと言えばそれに疑いを持たない。

上条の方を見終わった桑島さんの手で他の人たちにもその歌詞が回される。桑島さんは今度は美琴の方に目を通す。今度も一通り見て美琴を見てもう一度じっくり歌詞を見た。

「そして、美琴さんの方が『私らしくあるためのpledge』だね。こっちもいいね~。上条君のと同じくらい君らしさが出てると思う。初対面の僕言われるのはしゃくだと思うけど、本当にそう思うよ」

それも周りの人たちに回されていく。上条のともども好評のようで全員が頷いていた。

「それにしてもさ、君たち本当に作詞初めて?」
『はい』
「初めてであんなに書けるもんなんだねぇ。いやぁ、驚いた。さて、早速だけど今日の話、いいかな?」

桑島さんの声に二人は頷きを返す。周りの人たちはまだ歌詞を見ていた。何かおかしいところでもあっただろうか。

おかしいところは一切なく、これが本当に素人が書いたのかという懐疑にも似た念を抱きながらじっくりと歌詞を吟味しているだけだった。

「今日はさっそく自分たちの歌詞を歌ってもらうよ。でも安心して。本格に収録するのは早くても来月だから。君たちもさすがに勉強が大変だしね。それまでは毎週日曜はここで練習してほしい」
「げっ…」

美琴の言ったとおりになってくれたのでひとまずはよかったが、唯一とも言える休日が潰されるのは予想外だった。

「で、その日以外も可能な限り自分たちでも練習しておいてね。学園都市に指名されたとは言え、素人だしね。せめて基本は覚えてほしい。さて準備準備」

と、言うだけ言って二人が歌える状況を整えていく。

「歌か~…。人前で歌うのはあまり得意じゃないんだよなぁ」
「注目される事が苦手そうだもんね、当麻」
「苦手というか、馴れてないって言った方がいいかな」
「まっ、直に慣れるわよ」
「は~い、準備できたよ~。じゃあ、上条君から行ってみよっか」
「げ、俺からですか…」

隣の部屋に放り込まれ、マイクの前に立たされる。ヘッドホンも渡されたが、部屋の中にもスピーカーはあるので、好きな方を使えということらしい。付けるのも邪魔そうなんでヘッドホンは適当に置いといた。

「じゃあ、歌い始めるタイミングは任せるから、決まったら手あげてね」
『わかりました』

鏡の向こうに返事をする。目を閉じて緊張をやり過ごそうとするが、どうにもうまくいかない。歌うことに意識を向けようとするも、初めての環境にそれも中々出来ないでいた。

(せめていつものテンションに戻れたらな~…)

初めての環境で初めてやることにテンションも高いんだか低いんだかよくわからない、曖昧な位置に合った。それがいつものに戻ればどうにかなりそうなのだが。

どうしたものかと困っていると、鏡の向こうで美琴がこちらに笑顔を向けているのを見つけた。不思議と、その笑顔を見ただけで気持ちが落ち着いてきた。そして一つ思いつく。美琴を見て落ち着いたなら、美琴を思いながら歌えば歌にも集中できるかもしれない。

(ダメ元でそうやって歌ってみるかな)

覚悟を決め手を挙げる。すぐに曲が流れ、上条の歌がゼロからスタートする。

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歌うのは初めてという事もあり1回だけで済んだ。歌い終わり、美琴のいる部屋に戻ると、感心した顔をしている桑島さんと美琴がいた。他の人は上条の声と曲のバランスを見ているようだ。

「君、意外と上手いね。カラオケだと人気者なんじゃない?」
「苦手って何の冗談よ~。上手いじゃない!」
「いやぁ、自分で歌ってびっくり。俺ってこんな声も出るんだな」
「この分だと美琴さんも期待できそうだねぇ」
「あ、それは俺もです」
「プレッシャーかけないで!もうっ」

歌い終わって気持ちが楽になった上条は今度は桑島さんと一緒に美琴にプレッシャーを与えていた。二人とも無意識に。

機材に向かっていた人たちはいったん上条の方を置いといて、美琴の曲を準備した。それを察した桑島さんが美琴に隣への入室を促す。

「じゃ、よろしくね。上条君と同じで歌い始めは任せるから、決まったら手あげてね」
「はい、わかりました」

隣の部屋へ入りマイクの前に立つ。髪が少し乱れるが美琴はヘッドホンをつけることにした。じかに耳で聞いた方が音程を取りやすい。

(こういうのって、あんまり得意じゃないのよね)

表には出ないが内心は緊張しているかもしれない。かもしれない、そう思っているだけに自覚はない。ただ、気分が乗らないというか、いまいちやる気が起きないというか。

人に注目されるのはもう慣れている。初めての環境とはいえ、10人にも満たない人数の人に注目されてもどうということはない。

緊張もしているつもりもなければ、集中できていないわけでもない。けれど、なぜかいざ歌うという今になって気が乗らなかった。

(どうせこれは試しなのよね。だったら…)

上条を意識しながら歌ってみよう。どんな状況でもあの少年を意識すれば心が彼に満たされる。他のものが入り込む余地など無くなる。

右手を挙げて曲を流させる。

(後はなるようになれよ)

曲が流れ、上条を想い、それを含めて自分らしくあろうとしながら美琴は歌い始めた。

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歌い終わりやる事を終えた美琴。自然と上条の横に並ぶように立つ。その対面の桑島さんが渇いた音を出しながら手放しで称賛する。

「いや~、驚いた。いろんな人たちに喧嘩売りそうな言葉だけど、美琴さん、君、そこらへんの歌手より上手いんじゃない?」
「あ、それは俺も思った。そのまま歌手デビュー出来るんじゃないのか?」
「それなら僕がマネージャーになろうか?君だったら喜んで受けさせてもらうよ」
「え、あちょ、そんな褒めないでよ…。なんか、恥ずかしい…」

二人、とくに上条に手放しに褒められ美琴は照れて顔をほのかに赤くする。それを微笑ましく見守る桑島さん。彼らの周りは、上条の時と同じく曲と声のバランスを見ていた。

二人とも、予想よりも声が大きく曲が若干負けていた。そして上条の歌詞はセリフっぽい部分があるのでその辺りも調整していた。

「うん、予想以上に君たちが上手くてよかったよ。これなら本当に来月には収録出来そうだね」
「上条さん的にはもっとゆっくりでいいです」
「そう?どうせなら早く終わった方がいいじゃない」
「あ、そうだ。学園都市から僕が判断を任されてた事あるんだけど、言ってもいいかな」

ここでダメ、と言っていい物なんだろうか。学園都市から、という事は聞く以外に選択肢は元から用意されていないというのに。

「学園都市も君たちの歌唱能力は分からなかったんだろうね、さすがに。そこで、僕やここにいる人たちが君たちの歌を認めたら、君たちにはまた別の曲を歌って欲しいんだ。で、君たちの歌はここにいる全員が認めた。という事で、君たちに一曲追加~」
『はいっ!?』
「あ、自分たちで見る?そのメール」

言いながら桑島さんは自分の携帯を取り出し、学園都市から届いたメールを見せる。書かれていたのは今回の歌の事に加え、さっき桑島さんが言っていた事だった。それもご丁寧に、拒否権は無しと書かれていた。

「ってことは、あれですか…?また自分たちで歌詞を考えろと…?」

今回は奇跡とも言えるペースで何とか完成したが、それも今回だけという事と一緒に作る相手がいたからという理由が大半を占めている。それでも作り終わったときは心身ともに疲労困憊で、二人とももう二度とやりたくないと強く思っていた。

「あ、それは大丈夫だよ。追加の一曲はデュエット曲。しかも歌詞もちゃんとあるからこっちは歌うだけ」
『デュエット?』
「知らない?二人で一つの曲を歌うっていう、あれ」
『いや、それは知ってます』
「僕が見るにこっちが本命じゃないのか。君たちの歌ももちろんいい歌だけどね。あ、そうだ。曲のタイトルは僕が決めたんだけど、聞くかい?」

聞かないと言っても言いそうな雰囲気だ。新しい嬉しくない事実に二人とも答えようとすらしていないのに、桑島さんは口を回し続けた。よく回る口だ。

「学園都市の子が歌うんだから学園都市にちなんだ言葉の方がいいかと思ったんだ。ここの子たちって超能力使うでしょ?でさ、その子たちってそれぞれ『自分だけの現実』っていうのがあるんだってね。僕なりに話を聞いたりしてそれを知ろうとして、こう思ったんだよ。『その子達だけの妄想や想いこみ、はたまた幻想みたいなもの』って。そこで、安直なんだけど、タイトルはこうしてみた。『自分だけの幻想(パーソナルリアリティ)』」
『自分だけの幻想(パーソナルリアリティ)…』
「お、気に入ってくれたみたいだねぇ。よかったよかった。うんうん」

こうして二人は追加された曲、『自分だけの幻想』を歌うことになった。

二人が歌から解放されるのはまだまだ先のようだ。


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