閑話という名の日常
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「ここで良いはずよね…」
待ち合わせはこのスーパー。
本人とチラシでタイムセールの時間を確認したから問題ないはず。
…たぶん、問題はないはず。きっと。
「もう4時10分か…」
待ち合わせは4時。
けど、待ち合わせの時刻を過ぎてもこない。
たった、10分の遅れ。まだ、気にするほどでもかもしれない。
でも、こういう時に限って、何かの事件に巻き込まれている、…事が多いと思う。
少し、心が落ち着かない。携帯で連絡取ってみようか…。
どうしようか…。
あ、やっと来た。
「やっと来たわね。今日は何があったの?」
「ごめん、ごめん。ちょっと小萌先生から呼び出しがあって」
走ってきたためか、息を切らせながら語る。
その本人は嘘を付いているようには見えない。でも、もう一度確認しておきたい。
「ほんと?」
「ほんとだ。上条さんを信じろ」
私は当麻の事情はある程度知っている。当麻の立場は私以上に危険である。
で、当麻は心配させまいと思ってか、よく嘘を付く。
「この前みたいに嘘付いて、怪我したら許さないわよ」
「だって、お前に怪我させたくないし…」
「それは私の台詞。私は超電磁砲よ」
「だけど、お前…」
当麻の譲れない一線。私の譲れない一線。
こういう所は当麻も私も折り合いが付かない。互いに頑固だからである。
…でも、いつかは分かって欲しい。
当麻が私に怪我して欲しくないように、私が当麻に怪我して欲しくないと思っている事を。
-とあるスーパー-
いつものデートコースである。スーパーに行って、八百屋に行って、当麻の自宅に行く。
今は、そのうちの一つ、当麻の寮の近くのスーパーにいる。
「どうしたの?」
「サンマが安いんだが、量がな」
当麻の目の先には、6匹で250円の札がある。
確か、普通は安くても一匹、50円程度。かなり安いと思う。
「かなり安いわね。でも、あの子がいるから問題ないでしょ」
「そりゃな。だけど、毎朝同じ飯を出すと不機嫌になるんだよ。あれでも…」
「ははは…、そうなの」
ちょっと苦笑するしかない。
「こういう形でしか2人きりになれないというのも、変な話よね」
「そうだな」
デートがスーパーという時点で、なんか変だと思う。
普通はこの年頃のデートは、レストランとか、映画とか、そういうものじゃないかと思う。
そういうものを吹っ飛ばして所帯じみている。
「ちょっと重そうね。ほら、左手の荷物貸して」
「あ、わるいな美琴」
「いつもながら思うけど、全部食料品なのよね?」
「ま、インデックスだからな」
「まったく、あれだけ食べて太らないわ、背も伸びないわ。羨ましいわね」
「そのおかげで、常に火の車だけどな」
片手が空くように荷物を借りた。…いつものことだけど、凄く鈍い。
「ねぇ、当麻」
「どうかしたか?」
「空いた左手だけど…」
「あ、ああ」
ようやく繋いでくれた。
「ふふ」
嬉しくなって思わず、声を上げてしまう。
でも、周囲の目を気にせず言ってしまったから、少し気恥ずかしい。
…ふと、意識を現実に戻すと、目の前に見慣れたツインテールがいた。
「あらあら、お姉様」
「げ、黒子」
「お姉様のお姿をお見かけ致しましたのですが、逢い引きの最中でしたか?」
いつものことだが、狙ったように現れる。どこかで監視していたんじゃないかと思うほど
「よう、白井」
「ご機嫌よう。上条さん。今日は何をお買いしているのですか?」
黒子の当麻に対する態度にもう、昔のような毒々しさはない。
「確か、先日は卵とニンジンをお買いしていましたね」
「おー。あの時は助かったぜ。ありがとな、白井」
「いえいえ、お姉様とお付き合いなされている方ですもの。お安いご用ですわ」
意外にも、黒子は当麻のことを嫌いではないらしい。当麻の事情を知ってからは、人間として尊敬しているようである。
黒子は、自分の正義に風紀委員に拠る所があると言っていた。
対して、当麻は自分の正義は自分の芯に拠っている。その強さが羨ましいと。
黒子は学園都市の暗部を知ってしまったから、自分の正義が揺れているのだろう。
だから、たびたび当麻と行動を共にしようとしている。自身を見つめ直すため。
…少し妬けるけど。
「あら、お荷物が多くて大変そうですわね。私が運んで差し上げましょうか?」
「お、そうか、悪いな。白井」
「ご自宅で宜しかったですわよね」
「あぁ。頼む」
「では、失礼。お姉様もご一緒で?」
「黒子。ちょっと、買い物の…」
ただ、私と当麻との交際は、心のどこかで納得していないみたい。
つまり、この子供じみた嫌がらせは、頭では納得しているが、邪魔したい。そういうことだろう。
-上条宅-
「とうま、ごはんまだ?」
「もうちょっと待ってろ」
「キャベツ刻み終わったけど、他に何かすることある?」
「いや、特にないから、休んでおいてくれ」
「わかったわ」
これがいつもの光景である。当麻と私が調理をして、インデックスがいちいち茶々入れる。
…最初は頭に来たけど、もう慣れた。
「洗濯物、畳んでおくわね」
「あ、わりぃな」
「あら、そんな、お姉様のお手を煩わせる事もありませんわ。私が代わりに…」
「いいわよ、黒子。私が好きでやってるんだから」
黒子は何かと私の手を患わせないように手伝おうとしてくれる。
当麻を狙っているわけはないけど、ここは譲れない。
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ちゃぶ台を当麻と私、黒子とインデックスで囲む。
いつもの食事である。
「今日はまぁまぁですわね。塩分が強めなのは気になりますが」
「一昨日の方がさっぱりしておいしかったかも…」
これもいつもの光景である。味に対して厳しい意見を述べる。
「…相変わらずだけど手厳しいなぁ。お前らは…」
「そう?この煮物は、おいしいわよ」
この煮物は確かにおいしい。料亭で出ても遜色はない。
たぶん、この味は当麻じゃ無理だと思う。これをつくれそうなのは、舞夏と…。
「…ねぇ、これ誰が作ったの?」
「五和だよ」
インデックスが即答する。完全記憶能力は流石である。
「ねぇ、当麻」
「どうした、美琴」
この返事、悪いことをしたということを全く理解していない。流石に頭に来る。
「えーと、美琴さん?」
「なによ?」
急に態度が変わり始めた。ようやく怒っている事が理解できたのだろう。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「謝るか…、どうして私が怒っているか分かっているわよね」
「とりあえず、怒っているから謝っておこうかと思いまして…」
…この男は、どこか抜けている。
「彼女がいるのに、他の女の手料理を貰うって、どう思う?」
「いや、この前、帰って来たら、家に上がっていて…」
「ほう」
というか、あの女諦めてなかったんか。
当麻がこうだと、他にも何かありそうな気がする。
「ねぇ、インデックス。あの梅干しは?」
「あれはね、かおりが持ってきてくれたんだよ。この唐揚げはあいさで、これはオルソラで、あのお菓子はアニェーゼで」
「ふーん。あのこの部屋に似つかない剣は?」
「あれはキャーリサ」
「…じゃぁ、あの栄養剤は?」
「誰からもらったの?とうま?」
インデックスも知らないということは自分で買ってきた物なのだろうか?
「えーと、答えなきゃ駄目?」
「「駄目」」
インデックスと声がハモる。同じ気持ちなのだろう。
「…その、スーパーで偶然あった吹寄から」
「はぁ」
実は栄養剤を見て我を失いかけたが、そういうことだったのか…。
よくよく冷静に考えたら当麻は世間体を気にするから、そういうことはしないはずである。
あげた本人はというと、…あの人は真面目だから、そういう意味はないんだろうけど。
でも、怪しい。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
溜息と共に下を向けた顔を戻すと、すでに土下座の体勢に入っていた。その姿勢はすこぶる綺麗である。
なんというか、怒る気にもならない。惚れたが負けって、格言だと思う。
「もういいわ。あんたに悪意がなさそうだから、怒る気が失せたわ」
いっつもこんな感じである。ただ、当麻は他の女からの好意に気付いていないし、応える気もない。
そして、好意は自分に向いている。だから、朴念仁な態度は諦めかけている。
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とりあえず、食事が終わったから、食器を片付けている。
ふと、当麻から言葉を投げかけられた。
「その、楽しいか?」
「楽しい?」
質問の意図がわからない。
「いや、俺の家に来てしているのって炊事だけだろ。それに2人きりなれるというわけでもないし…普通の恋人の行動とは違うんじゃないかと思って」
これはスーパーで振った話題だ。
あれから、当麻は当麻なりに考えていたのだろう。
彼女には許容されているとはいえ、二人の世界に他の女を入れている。
冗談でも、指摘されると良心の琴線に引っかかるのだろう。
だから、負い目があるような尋ね方をしてきたのだと思う。
でも、そんなことよりも、嬉しくて頬が緩みっぱなしになりそうだった。
「あんたは楽しくないの?」
だが、少し恥ずかしくて、誤魔化すため、少し意地悪な言葉を返してしまった。
「俺は楽しいが、インデックスや白井がいる状況が…」
「私は楽しいわよ。一緒に料理して、御飯食べて、片付ける。充分に贅沢よ」
本当は2人きりが良いのは私も分かる。インデックスは諦めてなさそうだし、黒子は微妙な嫌がらせをしてくる。
でも、この状況になれてしまった。そして悪くないとちょっと思っている。
そう、私が嬉しかったのは、今の現状よりも私を上にみてくれているということ。そのことである。
「そうか」
「そうよ。よし、これで終わりと」
皿を戸棚にしまい、片付けは終わった。後は帰るだけだけど…。
なんか、やられっぱなしで少し悔しい。よし、からかってやろう。
「私の目をみなさい」
「えっと、なんでしょうか?」
当麻の目を見つめるが少し怯えている。当麻を怒るとき、いつもそうする。だからであろう。
このまま、勢いでキスしてやろう。
1、2の3。
「え?」
思い切ってキスをしてやった。驚いた顔を見てみたかったが…、
「み、美琴。人が見ている前でそれは…」
「こ…こうでもしない限り、キ…キスなんてできないわよ」
やっぱり、感情が追いつかない。
今更気付いたが、所帯じみたのに、こういう事は初心者じみていると思う。
「じゃ、じゃぁ、帰るわね。黒子お願い」
「行きますわよ。お姉様。では、ご機嫌よう。あと、人様の前で不純異性交遊はよして下さいな」
「ま、またね」
「お、おう」
明日もまた、同じような日常が続くのであろう。
でも、当麻や私はそんな日常に甘んじることは許されない。世界の闇に深く関わっているからである。
だから、できればこういう日常が続いて欲しいと願いたい。
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二人が帰った後、微妙な静寂に包まれていた。
「とうま、十字教の教えに“姦淫するな”ってのがあるって知ってる?」
「えーとですね。私上条当麻は十字教の信徒ではないのですが?」
「ふがぁぁぁ」
「不幸だぁぁぁ」
-おわり-