小ネタ とある決戦前
「待ちなさいよ」
足を止めた上条が振り返ったそこには、よく知る少女が立っていた。
「御坂……」
「行くのね?」
3メートルほど離れた位置に立ったまま、美琴は上条に問い掛けた。その瞳は真っ直ぐと上条を捉えている。
「ああ」
「そう……」
ポツリと呟いて、美琴は上条から視線を外した。ゆっくりとした動作で空を見上げ、どこか遠くを見ているような御坂美琴が今何を思っているのか、上条にはわからない。
「アンタ覚えてる? 罰ゲームの時のこと」
「え?」
「アンタから言い出した勝負の罰ゲームなのにさ。色々あって結局うやむやになっちゃったのよね」
上条からの答えは求めていないのか、美琴は独り言のように話し続ける。
「第二十二学区で会った時のことは覚えてる? アンタはボロボロな体のままどこか行っちゃって。結構思い切ったこと言ったのに、アンタにはいつも通りスルーされたわね」
そして美琴は懐かしげに話しながら、上条の方へゆっくりと歩み寄る。
「あと、そうそう。ロシアの時も。アンタ、この私が一体どうしてあんな寒い国のあんな高い場所にいたと思ってんの? アンタを助けたくて学園都市抜け出して、やっとの思いであそこまで辿り着いたのよ。それなのにアンタ、そんな私の思いスルーしてまで『やるべき事がある』ですって? 冗談じゃないわよ」
気がつけば美琴と上条の距離は1メートルほどに近付いていた。
「ね? 少しは反省してる? そんなわけでアンタはこの美琴さんに大きな大きな借りがあるわけよ」
そう言って美琴はさらに上条に歩み寄る。
「土下座だけで許されるとか思ってんじゃないわよ? 乙女の気持ち踏みにじった罪は重いんだから」
さらに美琴は歩み寄る。
「だからさ」
そして。
少女は少年の唇を奪った。
「罰ゲームよ」
ゆっくりと顔を離して、御坂美琴は目の前で目を見開く少年に告げる。
「『必ず生きて戻ってくる』事!!」
「みさ、か……」
「学園都市に戻れとはもう言わない。でも私の元に戻って来なさい。生きて、絶対に」
「……、」
「それで今までのことは全部水に流してあげる。寛大な美琴センセーに感謝しなさい」
御坂美琴は何かを吹っ切ったかのような清々しい笑顔でそう言い放つ。それは上条当麻が覚えている今までのどんな美琴の表情よりも印象強いものだった。
「……、わかった」
上条当麻は右拳を固く握る。
「必ず守る。だからお前も絶対に死ぬなよ」
「もちろん。アンタには言いたいこと山程あるんだから。言うまで死ねないわよ」
少女の行動や言葉にどのような意味が込められているのか、上条は何となく知った。だけど上条当麻が御坂美琴に今言うべきことは一つだけ。
「必ず守る!!」
上条は美琴に笑顔と約束を残して走り去る。
また一つ死ねない理由が出来た少年は、一人戦地へと赴く。
少年の背中は見えなくなった。
残された少女は背後を振り返り、誰もいないはずの場所に呼び掛ける。
「もういいわよ。出て来なさい」
するとヒュンという風を切るような音と共に、一人の少女が美琴の前に現れる。
「お姉様、気付いて……」
「ったくアンタは。危ないからついてくんなって言ったでしょ?」
「しかし……」
美琴の前に現れた白井黒子の腕に、彼女が誇りにしていた風紀委員の腕章はない。学園都市の風紀委員としてではなく、一人の人間として大切な人や街を守りたいという彼女の意思がそこにある。
「お姉様の言いつけを守らなかったアンタにも罰ゲームは必要ね」
「お、お姉様?」
「アンタへの罰ゲームは『絶対に死なない』事。あとは私から絶対に離れないことね」
「!! ではお姉様……!?」
「行くわよ黒子。一緒に、私たちの街を守るわよ」
「はい!!」
そして少女もまた少年とは別の戦地へと赴く。
今までとは違い、今度は信頼する最高の相棒と共に。