切れた糸を繋いで 1 前編
ある休日の朝、御坂美琴はベッドに腰掛けたまま携帯電話とにらめっこをしていた。
(あーもう、なんで電話くらいでこんなに悩まなくちゃいけないのよ!)
昨日、美琴はなんとなく上条当麻に会えそうな気がしたので、町をぶらついていた。
このような直感があった時には、高確率で遭遇することができていたからだ。
しかし、昨日は珍しくあてが外れ、上条に会うことはできなかった。
そのせいもあってか、昨日からずっと、胸にモヤモヤしたものが残っている。
(休みだから遊びに行こうって言うだけじゃない。それだけなのに、なんでこんなに緊張してんのよ、私……)
美琴はいまだに最後のボタンが押せないでいた。
上条当麻はいつものようにバスタブの中で目を覚ました。
起き上がろうとして腕に力を込めるが、体が持ち上がらない。加えて頭がフラフラする。
(風邪でも引いたかな、体が重い……)
気力を振り絞って立ち上がる。
風呂場から出た後、同居人に風邪を移さないために、なんとかして小萌先生の家に誘導する。
……本音は静かに休みたいからだったが。
誘導に成功した後、上条は空いたベッドで休もうとした。
しかし、ベッドにたどり着く前に目の前の景色が白くぼやけていく。
(……こりゃ思ったよりヤバイかもな)
上条の体から力が抜けていき、体勢が崩れそうになる。そのとき、携帯電話が鳴った。
着信音のおかげで上条は意識を取り戻す。携帯電話の画面を見ると、電話をかけてきたのは御坂美琴だった。
「もしもし、なんか用か?」
「い、いや、と、特に用があるわけじゃないんだけど……そうだ!アンタって今日暇だったりしない?」
「暇ではあるんだが、ちょっと……」
「ちょっと?」
「悪い、ちょっと体調がよくないんで今日は寝て……ようと思うんだ」
途中で一瞬、意識が飛びそうになり言葉が詰まってしまう。
「そ、そう……」
話している間に意識がだんだんと遠くなっていく。そしてついに、上条は意識を失い床に倒れた。
「もしもし? 今大きな音が聞こえたけど平気? ……ねえ、聞いてる?」
上条の返事はない。
「……今からそっち行くから!」
美琴はそれだけ言うと、電話を切った。
☆
バタン! と音を立て勢いよく扉が開く。美琴は部屋に飛び込むと、上条の姿を探す。
上条は床に倒れていた。それを見た美琴は心臓が止まりそうになる。
「ちょっとアンタ! 大丈夫!?」
美琴は上条を揺さぶりながら呼びかける。
「う……御坂……か……?」
「馬鹿! なんでそんなところで倒れてんのよ! 寝るなら布団で寝なさい!」
「はは、そりゃそうだな……」
「ほら、いいからつかまって」
美琴は上条を起こして、肩を貸しながらベッドへ運ぶ。
上条をベッドに寝かせ、美琴は上条の横に腰掛けた。
「すっごく具合が悪そうだけど……風邪?」
「わかんねえ……今日起きたらいきなりこんなだった」
「そう……。きっとアンタがいつも無茶してるから、体が悲鳴をあげたのよ。
今日は1日大人しくしてることね。……あ、そうだ。食欲はある?」
「あるにはあるけど……そこまで気を使わなくてもいいぞ」
「黙りなさい。今から何か作るわ。できるまでアンタは寝てて」
上条は何か言いたそうにしていたが、やがて目を閉じて大人しくなった。
(さて、やっぱり病気のときはお粥かしらね。
でもあいつ大したもの食べてなさそうだし何か入れたほうがいいわね……)
美琴は、食材を勝手に使っていいものだろうかと一瞬悩んだが、
上条が食べるのだし問題ないと判断する。
「って、何もないじゃない。お米すら……。こりゃ風邪引いても仕方ないわね」
ベッドの方を見ると、上条は大人しく寝ているようだ。
「今から買い物行って来るから、大人しくしてるのよ」
おそらくは聞こえてはいないだろうとは思いつつ、美琴は部屋を出た。
☆
上条が目を覚ますと、どこからか、いい匂いが漂ってきた。
「あ、起きた?」
「御坂? なんでここに……ってああそうだった」
「アンタには食材を買い置くって概念はないの?」
「いや、昨日使い果たしちまって」
そこまで言ったところで上条は激しく咳き込んだ。
「あっ、ごめん! あんまり話すと体に良くないわよね。……雑炊作ってあるんだけど、食べれる?」
(そういえば朝から何も食べてねえな……)
上条がそう思っていると、急に腹の虫が鳴いた。
「クスッ、大丈夫みたいね。すぐ持ってくるから」
準備はできていたのか、美琴はすぐに料理を持ってきた。
「は、はい。あーん」
美琴は顔を真っ赤にして、手を震えさせながらレンゲを上条の前に差し出す。
「い、いや、自分で食べれるから無理すんなって」
そう言って美琴からレンゲを奪おうとする上条。しかし上条の右手は一度上げられた後、力を失ったように下がってしまった。
「あ、あれ? 力が全然入らねえ」
「ほら、そんなんじゃ食べるの難しいでしょ。いいから大人しくしてなさい」
「でも、レンゲがめちゃくちゃが震えてて非常に怖いのですが……」
上条がそう言うと、美琴はいったんレンゲを引き、深呼吸する。
「……ふう。もう震えてないでしょ」
「(なんか気合入ってるな……)」
「ほ……ほら、早く口開けなさいよ……」
「……あーん」
美琴は上条の口へ恐る恐るレンゲを運ぶ。
「……どう?」
「……うまい」
「ほ、本当?よかった……」
よほど嬉しかったのか、美琴は満面の笑みを浮かべる。それを見た上条は、意外な事実に気付いた。
(御坂と付き合ってけっこうたつけど、こんなに喜んでるところは初めて見たな……
ってかこいつ、普通に笑うと……こんなに……)
急に美琴を意識してしまった上条は、美琴を直視できずに目をそらす。
なんだか気まずくなってしまったような気がして、それを打ち破ろうと、軽口を叩くことにする。
「ほんとにうめーよ。御坂さんはいいお嫁さんになれますなー」
「お、お嫁さ……」
何かを想像したのか、美琴の顔が再び真っ赤になる。それに加えてバチバチと音を鳴らし、青白いものを帯び始めた。
「御坂、落ち着け! 漏電してるぞ!」
上条は右手を美琴の頭に向かって伸ばす。相変わらず力が入りにくいが、今回は無理にでも動した。
「痛っ」
しかし、右手は美琴の電気を打ち消さず、代わりに痛みを伝えてきた。
「えっ?」
美琴は上条の反応に驚くと共に、自分の状況を把握し、すぐに漏電を収めた。
「ご、ごめんなさい!」
上条に電気が通ったことに驚いたが、謝るほうが先だった。
「気にすんな、ちょっと痺れただけだ。電気は収まってみてえだな」
「うん、ごめんね……」
「いいって。それにしても、なんで消せなかったんだ……?」
上条は自分の右手を眺める。全ての超常現象を無効化する『幻想殺し』がそこにはあるはずだった。
「なあ御坂、ちょっと電気出してみてくれねえか?俺の右手がちゃんと働くか確かめたいんだ」
「う、うん」
美琴は漏電で上条にダメージを与えてしまったことのショックで落ち込んでいたが、
上条に促されて弱めの電気を出した。無理に右手を動かさせるわけにはいかないので直接右手を狙う。
「ッ! やっぱり……」
「ごめん! 痛かった?」
美琴は電気をすぐに収めた。そして上条の右手を両手で包む。
「え……み、御坂?」
「あ……」
上条の驚いたような声で、美琴は自分の状況を理解した。
(き、急になにしてんのよ私……)
(御坂の手、やわらけえな……)
お互いに硬直して動けなくなっていた。
そのまましばらくした後、上条の方から沈黙を破った。
「そ、そういやまだ食事の途中だったよな。冷めちまう前に食べたいなー」
思いっきり棒読みになっていた。しかし美琴はこれに反応したのか上条の右手を離した。
そして再びレンゲを上条の目の前に持ってくる。
「ん、少し冷めちまったけど、やっぱうめえな」
「あ、ありがと……」
その後はお互い無言で食事が進んだ。
食事が終わり、上条はベッドで横になっている。
美琴はベッドの前に座りながら、上条を見ていた。
「あのさ」
「ん?どうした」
「私、アンタに……アンタの右手に甘えてたんだと思う。いつもなら絶対漏電なんかしないのに」
「まだ気にしてたのかよ。もういいって」
「よくない! ちゃんと謝りたいの! ……ごめんなさい」
「ま、俺は別に構わないけどな」
「?」
「お前の漏電くらいなら可愛いもんだってことだよ、今はちょっときついけどな」
そう言って上条は笑った。
「だからお前はいつも通りでいいんだよ」
「うん……」
二人の間にしばし沈黙が訪れる。
「ね、ねえ。何かしてほしいことある? することなくなって暇になっちゃった」
「うーん、いきなり言われてもな……。そうだ、お前の事聞かせてくれないか?
よく考えたら、御坂が普段何してるかとか全然知らないんだよな、俺」
その瞬間、美琴の顔が真っ赤になった。
(こ、これって「お前の事がもっと知りたい」ってことよね? うわぁぁ、どうしよう)
油断してまた能力を暴走させないように、深呼吸を行う。
「御坂?」
「そ、そ、そうね。別にいいわよ。でも何から話せばいいかしら」
「なんでもいいって」
「うーん、じゃあさ、初めて能力が使えるようになったときの話とか」
「アンタ……。そうね、アンタにとって、なにかヒントになるようなことがあればいいんだけど」
美琴は、能力が使えるようになったときの話や、そのころからの夢の話などをした。
「それでね……、あ、ごめん。ずっと私が話してたから眠くなっちゃった?」
「悪い、なんだかお前の声聞いてたら心地よくなってきて、気がついたらウトウトしてた」
「(声って、うああ……)あ、アンタは体壊してるんだから、無理しちゃだめよ。無理せず寝ときなさい」
そう言いながら、美琴は上条の頭をなでる。上条は最初驚いていたが、そのまま身を任せ、すぐに眠りに落ちた。
美琴はそのまま頭を撫でていたが、やがて手を離す。
「今度はアンタの話を聞かせてよね」
まどろみの中、上条は目を覚ました。胸のあたりに何かが乗っているような違和感を感じる。
首を動かして確認してみると、美琴が上条の胸の上に頭を乗せながら寝ていた。
(み、御坂が俺の胸の上に……)
上条の鼓動が次第に早くなる。それに反応したのか、美琴が軽く寝返りを打つ。
動いたことにより、美琴の感触がより強力に上条に伝わってくる。
(うおおお、このままじゃいろいろとヤバイ! どうする、御坂を起こすか? でももうちょっとこのままでも……)
上条が悩んでいると、タイミングよく美琴が目を覚ました。ちょうど美琴の視線の先には上条の顔があった。
そのまましばらく見つめ合う2人。しばらくしてガバァ!と勢いよく美琴は体を離す。
「え、えっとね、これは、その……」
美琴は必死で言い訳を考えている。まさか「試しに上条の胸の上に頭を置いてみたら、あまりの心地よさに離れられなくなりました」
という事実をそのまま言えるわけがない。
上条は気恥ずかしくなって視線を横にそらす。その先には時計があり、短針は5時を指していた。
「げ、もう5時じゃねえか! どんだけ寝てたんだ俺」
美琴の思考は上条の叫びによって中断される。
「アンタが寝たのが2時くらいだったから、大体3時間くらいね」
「そんなに……。御坂、悪かったな。お前の休日を丸々無駄にしちまった」
(無駄なわけないでしょうが……)
もともと今日は上条に会うつもりでいたのだ。最初は一緒にどこかに出かけられたら、と思っていたが、
上条が倒れたので看病をすることになった。美琴にとって重要なのは「上条と一緒にいる」ということだったので、
なんら問題はなかった。結果として1日のうちの長い時間を上条と過ごせすことに成功したのだから。
こんなに長い時間話していたことはこれまでにはなかったため、美琴は上条との距離が縮まったような気がしていた。
しかし、上条の今の言葉によって、結局は自分一人の思い込みであったのだと思い知らされた。
(そりゃ、感謝してもらうためにきたわけじゃないけど……)
美琴は俯いたまま何も言わなくなった。
上条はその様子を見て不思議に思っていたが、やがてあることに気付いた。
「悪い、こういうときは『ごめん』じゃなくて『ありがとう』だよな。
御坂、ほんとサンキューな。御坂が来てくれて、その、嬉しかった」
照れくさそうに上条は言う。
「あ……うん……どういたしまして」
最後の方はほとんど声になっていなかった。美琴は上条に感謝されたということに加え、
自分の思いを上条に気付いてもらえたのではないかという期待が相まって、胸がいっぱいになっていた。
(今日のコイツはいつものコイツじゃないみたい……)
「なあ御坂、もちろんお礼はするからさ、何でも言ってくれよ」
「へ? わ、私は別にそんなつもりじゃ……」
「いいって。ああそれとも、常盤台のお嬢様はそのくらい自分で考えろと仰りたいわけですか?
OKOK、上条さんに任せなさい」
「な、何勝手に話を進めてるのよ……」
呆れたように装いつつも、美琴は内心で物凄く喜んでいた。
(コイツからこんなこと言ってくれるなんて、夢じゃないよね……)
「……い、おーい、御坂?」
「ふにゃっ!」
「大丈夫か?さっきからボーッとしてるけど」
「大丈夫! 何でもないから!」
「そ、そうか……」
「わ、私、晩御飯作ってくるわね。アンタ、その調子じゃ自分で作るの無理だろうし!」
そう言って、美琴は逃げるように台所へと走っていった。
「お前の分も作ればよかったのに。腹へらねえのか?」
美琴が持ってきた料理は1人分だった。
「私は帰ってから食べるからいいわよ」
「俺ばっかり食べてて、なんか申し訳ない気がするんだよな」
「病人が強がり言わないの。気にしてないでさっさと食べなさい」
「へいへい」
上条が料理を食べ始めると、美琴は急に黙って上条の方をじっと見始めた。
「ん?やっぱりお前も食うか?」
「い、いや、そうじゃなくて……味はどうかな……って思って」
「ああ、物凄くうめえぞ。昼間のもうまかったけど、今回ははさらにうめえよ。」
「そ、そっか……」
美琴は安堵したような表情を浮かべる。しかしその直後
くぅぅ~
美琴のお腹から可愛らしい音が鳴った。
「……」
美琴は黙って俯いている。あまりに恥ずかしかったのか、体が小刻みに震えていた。
「……ぷっ」
「わ、笑うなぁっ!」
美琴は顔を上げて叫んだ。
「やっぱり腹へってるんじゃねーか。無理すんなって、ほれ」
そういって、上条はスプーンを美琴の目の前に持ってくる。
「……へ?」
「ほら、あーん」
「でででで、でも、これはアンタの――」
「また腹が鳴っちまってもしらねーぞ?」
上条にそう言われて、美琴は黙ってしまった。
(でも、このスプーン使ったら、コイツと……)
やがて意を決したように、美琴は目を閉じて口を開ける。上条は美琴の口の中に料理を運ぶ
「どうだ? うまいだろ?」
「ま、まあまあね……」
実際のところ、美琴は料理の味はほとんどわからなかった。
味以外の、もっと別の何かの刺激が強すぎたからだ。
「自分で作った料理とはいえ、手厳しいな」
そういって上条は再び自分の口の中に料理を運ぶ。
「あ……」
その様子を、美琴はじっと見つめていた。上条の口の中にスプーンが入ると、美琴の顔は真っ赤になる。
その美琴の様子を見ていて、上条は、ふとあることに気付いた。
(これって間接キスじゃねえか!)
スプーンを咥えたま上条は固まる。頬が少し赤くなっていた。
そして、上条はスプーンを口から出さずに、なにやら口の中をモゴモゴ動かしていた。
「ちょ、ちょっとアンタ、何して……」
「い、いや……えーと、そうだ! すげえうまかったから、つい……」
上条は目をそらしながら答える。
(や、やべえ、間接キスに気付いた上でスプーン舐め回してたなんて……ばれたら変態扱い確定だな)
美琴は追求しようとしていたが、何も言い出せなかった。
お互いに沈黙を続けていたところ、美琴の携帯電話が鳴った。
「げっ、黒子……」
美琴は嫌な予感がしつつも電話に出る。
「もしもし……い、今? えっと、特に何もしてないわよ。
町をブラブラしてるだけ……うん、もうすぐ帰るから」
美琴は電話を切った後でため息をつく。
「帰るのか?」
「ええ」
「じゃあ送っていくよ」
「ふざけたこと言ってんじゃないわよ。病人は大人しく寝ていなさい」
「う……」
(でも、もうちょっとコイツと一緒にいたかったな……)
美琴は名残惜しそうに帰り支度を整える。
「そうだ、一応明日の朝ご飯にも使えるように、多めに作っておいたから」
「まじですか」
「暖めなおすだけで食べれるはずよ。そのころには元気になってるかもしれないけど、一応ね」
「ほんと、何から何までありがとな」
「……うん。……それじゃ、そろそろ帰るわね。また……ね」
「おう。またな、御坂」
美琴が帰った後、上条はベットに横たわったまま、今日1日のことを思い返していた。
「急に静かになっちまったな……」
急に言いようのない孤独感が上条に押し寄せてきた。
(御坂の手、柔らかかったな……あいつの頭の感触もまだ残ってる……)
上条は頭の中で何度も今日の事を思い返していた。
美琴の顔を思い出すたびに、上条の胸に熱いものがこみ上げてくる。
(どうしちまったんだ俺……)
上条はこの日、当分寝付くことができなかった。
寮に帰った美琴は、ベッドに寝転がりながら今日のことを思い出していた。
(なんだか、今日のアイツは優しかったな……)
話していた時間こそ長くはなかったが、今日はほぼ1日中上条と過ごすことができた。
そのことが嬉しくて、美琴はつい頬を緩ませてしまう。
自分の中で上条の存在がさらに大きくなることを美琴は感じていた。
(明日も、会えるといいな……)
そう考えながら、美琴は眠りについた。
切れた糸を繋いで 2 後編
上条当麻の看病をした翌日、常盤台中学の女子寮の中で、御坂美琴は電話に出ない相手に対していらだっていた。
「あーもう! まだ寝てるのかアイツは!」
美琴は今日も看病に行くつもりだった。しかし、上条と連絡が取れない。
まだ寝ているのかと思い、時間をずらして電話をかけ直すことを繰り返していた。
ただ、この間隔を短くしすぎると、着信履歴が一人の名前で埋め尽くされて酷いことになるということを、
同居人の白井黒子のおかげでよく理解していたので、美琴は30分の間隔をとるようにしていた。
しかし、午前8時に電話をかけ初めて、現在は10時。5度目の挑戦も失敗に終わった。
(はあ、次は何で暇を潰そうかな……)
そう言って、机の上の雑誌に目をやる。美琴が普段では読まない類の占い雑誌がそこにはあった。
『特集! 気になるあの人との運命の赤い糸占い!』
時間潰しに立ち読みでもしようと思い、コンビニに立ち寄ったところ発見したものである。
名字と名前の画数を用いて占うタイプのものだったが、試しにとある人物と占ってみたら、最高の結果が出ていた。
曰く
・赤い糸度100%! 最高の相性です!
・あなたが何もしなくても、相手のほうから言い寄ってくるかも……
この内容をみた瞬間、我を忘れてしまい、気がついたら雑誌を購入してコンビニから出ているところだった。
(冷静になって考えてみれば、%表示って意味不明よね……)
そう思いつつも、雑誌の占いから目が離せない。
(つーか、全然当たってないじゃない! アイツから言い寄ってきたことなんて無いわよ!
……でも、最高の相性かあ。ただの占いとはいえ、嬉しいな……)
一人で百面相を続けている美琴だったが、ふとあることに思いついた。
(アイツのことだから、赤い糸があったとしても打ち消しちゃってたりして……)
なんとも馬鹿らしい考えだとは思いつつも、美琴はその可能性について妄想を展開していく。
(打ち消されちゃってたら、相性100%でも効果がないのかなあ……
はあ……あの右手は本当に厄介ね……。まあ……あの右手には助けられてるし、文句は言えないんだけど……)
そこまで考えたところで、美琴は違和感を覚えた。
(あれ、なんか引っかかるわね。何か重要なことを見落としているような……)
そして、昨日の出来事を思い出した。
「あー! そういえばアイツ、今……」
昨日、上条の右手は美琴の電撃を打ち消せなくなっていた。
右手が力を失っている今ならば、赤い糸が効果を発揮するかもしれない。
もしそうであるのならば、今がチャンスなのではないか。
今ならば、彼に想いを伝えることができるかもしれない。
そこまで考えたとき、美琴はいてもたってもいられなくなっていた。
「電話が繋がるのなんか待ってらんないわ。寝てても叩き起こす!」
そう言い放ち、美琴は寮から飛び出した。
上条当麻はベッドの上で突っ伏していた。昨日の体調不良は治ってはいたが、別件で気力の方に問題が生じていた。
「不幸だ……」
目が覚めた時のことを思い出して、いつもの口癖がこぼれた。
朝、上条が目を覚ますと、インデックスと小萌先生の声が聞こえてきた。
心配なので様子を見に来たとのことだった。
しかし、インデックスはなにやら食事中のようだった。
先生が朝ご飯を作ってくれたか、でもなんでわざわざこっちで……
そう思った上条が小萌に尋ねると、インデックスが食べているのは作り置きしてあった料理らしい。
昨日美琴が作ってくれた料理だ。
不安になって残りがあるか聞いてみると、小萌は申し訳なさそうな表情をした。
もはや料理は残っていないと理解したとき、上条は急な脱力感に襲われ、気がつけばベッドで横になっていた。
その後、インデックスは看病をすると言い張っていたが、上条の身を案じた小萌により連れられていった。
(ほんの少しでいいから残しておいて欲しかった……)
おかげで、上条の朝食は食パン1枚になってしまった。
今日の小萌先生は少し冷たい気がすると思う上条だったが、
その原因が、上条が作ったとは思えない料理の存在であることに気付くことはできなかった。
不貞寝を続けていた上条であったが、いい加減それにも飽きてきた。
(かといって、特に用事があるわけでもないし、特売も今日は無いんだよなあ……)
「不幸だ……」
先ほどと同じようにつぶやいた後、散歩でもするか、と思い上条は外に出た。
特に目的もなくブラブラしている上条だったが、
気がつけば、とある少女とよく会う公園に通りがかっていた。
(御坂には世話になっちまったなあ)
自販機買ったジュースを飲みながら、昨日のことを思い出す。
普段とは違う、彼女の意外な一面を知ることができた。
(にしても、あれは反則だろ……)
上条が普段目にする美琴の表情は、怒っているか呆れているかが多い。
まれに泣き顔も見たりしたが、普通に笑っているところはあまり見た記憶が無い。
そこにきて、昨日の満面の笑みである。普段とのギャップもあり、その表情は上条の心に強く焼きついていた。
このままここで待っていたら、彼女とバッタリ遭遇したりするのではないか、などと上条が考えていると
「あーーーーーーーー! こんなところにいやがったわねアンタ!!」
急に大声が響いた。上条が声のする方を向くと、そこには御坂美琴がいた。
最初は考えていたことがそのまま起こってラッキーかと思ったのだが、すぐに訂正する。
表情から察するに、どうやら彼女は相当怒っているらしい。
「不幸だ……」
今日はいつにも増して気が滅入る出来事が多い気がする。
ふと、上条は昨日はこの言葉を使った記憶が無いことに気付く。
右手の力が無くなっていたから、神様のご加護でも受けられたのだろうか。
一方、美琴は上条の言葉に反応してさらに機嫌を悪くしていた。
「何が不幸よ! それは私が言いたいわよ!
アンタねえ、携帯くらいちゃんと持ってなさいよ!」
「携帯?」
そう言われて、上条はズボンのポケットを探すが、携帯電話は無かった。
「あれ、忘れてきちまったか」
「全く、人がどれだけ……まあいいわ。はい、持ってきてあげたわよ」
美琴はそう言うと、上条に携帯電話を差し出す。
「何でお前が持ってんの?」
「そ、それは……あ、アンタが昨日あんなんだったから……その、気になって電話したんだけど……
でも、電話にでないから、気になってアンタの家に……」
「あれ、鍵かかってなかったのか……いや、確かに鍵をかけたはずなんだけど」
「鉄製の鍵なんか私には通用しないわよ。電子ロックだろうが同じことだけどね」
「おま、誇らしげに言うことじゃねえだろ!」
「な、何よ! 元はと言えば、アンタが携帯忘れるのが悪いんじゃない!
ほら、いいからとっとと受け取りなさいよ」
上条は美琴から携帯電話を受け取る。
「なあ、悪いことは言わないから、勝手に鍵を開けて人の家に入るのはやめとけよ」
「わ、わかってるわよ、そんなことくらい……今日は特別だったの!
アンタ、昨日は電話してる途中に倒れちゃったし……」
「あー、そっか……心配してくれたんだな。そりゃ悪かった」
「わ、わかればいいのよ。それでアンタはこんなところで何してんの? 体調は治ったの?」
「んー、なんていうかな……おかげさまで完全回復ですよ。ま、不幸の方も絶好調みたいだけどな……」
後半の方は、小声になっていたために美琴には聞き取れなかった。
「そ、そう。それはよかったわね。それなら私としても看病した甲斐があったわ」
昨日の出来事を思い出すと同時に、今日の目的、つまりこれからやろうとしていることを考え、少しだけ美琴の頬が赤く染まる。
流れは悪くない。チャンスがあるとすれば、それはきっと今だ。
「ねえ、アンタに聞いてほしいことがあるんだけど……」
「お、おお」
上条は、普段とは違う美琴の様子に少しだけ気圧されてしまい、気の抜けた返事をしてしまう。
そして、続きを待っていたが、美琴は黙ったままだった。
(うう、恥ずかしすぎて言葉が出てこない……)
適当なことを言ってお茶を濁してしまおうか、という誘惑が美琴を襲っていた。
しかし、それでは結局、いつもの関係でしかいられない。
(やっぱり、この関係のままじゃイヤ……)
ようやく覚悟が決まった。一度深呼吸をして、上条の方をキッと見据える。
色々なフレーズを考えていたはずだった。しかしいざという時になり、考えていた言葉が思い出せない。
美琴は半ばヤケクソになって、とっさに思いついた言葉を吐き出そうとした。
極めてシンプルに、自分の気持ちを伝えようとする言葉を。
「私は……私、アンタの事が、―――――――――――――――」
そのとき突然強風が吹き荒れ、美琴の言葉が上条に届くことはなかった。
「わりい。風が凄くて聞き取れなかった」
美琴は軽いパニック状態に陥っていた。
(もう1回言わなきゃいけないの!? む、無理よそんなの!恥ずかしくて死にそう……)
美琴は俯いたまま、完全に黙り込んでしまう。
上条はどうしていいのかわからず、同じく沈黙してしまう。
その時、また強い風が吹いた。そして風で飛ばされたのか、人の腕くらいある大きな木の枝が飛んできた。
その進行方向には美琴がいる。
「危ねえ!」
そう言って上条は美琴を庇おうとするが、その前に木の枝が美琴の電撃に弾かれて軌道を変えた。
「このくらいなら何とでもなるわよ。
……はぁ、さっきから邪魔ばっかり。何なのよ一体」
美琴はそう呟いたところで、上条の反応が無いことに気付いた。
「どうかしたの?」
「え……? あ、いや、すまん。なんでもないんだ」
上条の心の中には、なんとも言えない嫌な予感のようなものが渦巻いていた。
(なんだ、俺は何をビビってるんだ? 今、俺じゃなかったことがそんなにおかしいのか?)
上条には、本来なら危険な目に会うのは自分だったはずという直感があった。
嬉しくは無いが、この手の不幸は常に自分に向いていたからだ。
しかし、今回はそうならなかった。
上条に何か、言い表すことのできないような不安と恐怖が押し寄せる。
どうしてこんなに怖いのだろうか。そう思いながら上条は再度、美琴の方に視線を向けた。
「い、一応助けてくれようとしてたわけだし、お礼はいっておくわね。あ、ありがと……」
「お、おう……」
美琴の言葉を聞いた瞬間、上条の気分は一変する。
何か、胸の中で熱いものが湧き上がってくるような感じがあった。
それは、非常に暖かく、心が落ち着くものだった。
(さっきからなんかおかしいぞ、なんで御坂の反応一つでこんなに気分がコロコロ変わるんだ?
これじゃあ、まるで……)
これではまるで、好きな女の子の反応に過剰反応してしまう、恋する少年みたいではないか。上条は一瞬だけそう思った。
(いやいや、まさかそんなことは……まさかな……)
急に浮かんだ考えを打ち消そうとする上条だったが、それを否定しきることはできなかった。
ふと美琴の方に目を向けると、うつむいて何か考え事をしているようだった。
そのままボーっと美琴を眺めていたが、彼女が顔を上げてこちらのほうを向いたとき、思いっきり目が合ってしまった。
無意識のうちに体が反応して、顔をそらしてしまう。変に思われたのではないかと心配する上条だったが、
美琴も全く同じ反応をしていたため、お互いに相手の様子に気付くことはなかった。
(ああ、そうか)
一度意識をしてしまうと、もう止められなかった。上条の頭の中が美琴のこと一色に染まっていく。
思い浮かぶのは昨日の光景。まぶたに焼き付けた彼女の笑顔。
だんだんと鼓動が早くなり、胸が圧迫されているように感じたが、不快ではなかった。
ここまでくればもう否定はできない。
(俺、御坂に惚れちまったんだな……)
上条があれこれと悩んでいる間、美琴もまた悩んでいた。
先ほどは勢い余って突っ走ってしまったが、告白するのであればもっと言葉を選ぶべきではないだろうか。
そう思いなおし、言葉を練ろうとするのだが……
(ああああ! 目の前でそんなこと考えられるかああああ!)
混乱した頭では、考えが進まない。
ふと上条のことが気になり、うつむいていた状態から美琴は顔を上げる。
その瞬間、上条と目が会ってしまい、高速で顔を背ける。
(やばっ、いくらなんでも今の反応はわざとらしすぎるかも……
いや、こいつのことだからきっと気付いてないはず。
……でも、もし気付かれてたら……ううう、どうしよう……)
恥ずかしさのあまりに、美琴の顔が赤く染まっていく。
今度は目が合ったりしないように、チラチラと上条の様子を伺う。
上条は何も言わず、ただ美琴を見つめていた。
上条の視線は、見た目は普段とほとんど変わらなかった。
ただ、美琴には何かいつもとは違うような、どこか優しげなもの帯びているように感じられた。
(な、なんで黙ってるのよ……そんな目で見られたら……)
美琴は胸に込みあがってくる何かを必死で抑える。
しかしその反動なのか、能力が暴発をし始め、美琴の周囲に電撃の火花を飛ばし始めた。
「お、おい御坂っ。なにやってんだ、危ねえぞ!」
そう言って、上条は美琴の肩を右手でつかんだ。
その瞬間、美琴から漏れていた電気は消え去った。
「あ……ごめん……」
「急にどうしたんだよ?」
再び上条を見ると、美琴を見る目が普段のものに戻っているような気がした。
いつものやり取りを行うことによって、先ほどの雰囲気がリセットされてしまったのだろうか。
美琴はホッとしたような、ただどこかで残念なような気分だった。
「そ、それは、アンタが……あれ?」
美琴はあることに気付く。たしかコイツの右手の力は、昨日から無くなっていたのではなかったか。
「アンタ、右手治ったの?」
「あー、そういえば……とっさに手を出しちまったけど、右手が使えなかったのは忘れてた……
まあでも、今日の朝からの事を考えると、復活しててもおかしくねーなとは思ってたよ」
そういって上条はため息をつく。
「それ、どういう意味よ」
「あー……たぶん説明しても納得してもらえないとは思うんだけどさ……」
上条はそこでいったん言葉を止めるが、美琴は黙って先を促す。
「俺の右手はさ、神様のご加護とかも打ち消してしまってるかもしれないんだとさ。
昨日は右手の力がなくなってたからか、特に不幸なことが起こらなかったんだ。
でも今日は朝から不幸が絶好調だったから、右手も治ってる気がしたんだよ」
その言葉を聞き、美琴はため息をついた。
(右手、治っちゃったんだ……)
そして、上条は聞き捨てならないことを言っていた。右手が神様のご加護を打ち消しているから不幸になっている?
それほどまでのものであれば、赤い糸も一緒に打ち消していてもおかしくないのではないか。
(間に合わなかったってことなのかしら……)
美琴の気分は落ち込んでいく。
もはや告白しても成功する可能性があるとは思えなかった。
「御坂?」
「ふぇ?」
「どうかしたのか? なんか考え事してたみたいだったけど」
「え? ご、ごめん、なんでもないの」
さっきから失態を重ねてばかりだ、と美琴はため息をつく。
「なんか今日はため息多くないか?」
「……そうかもね。今日はちょっと、朝から何をやってもうまくいかなくてさ……
あはは、風邪の変わりに、アンタの不幸が移っちゃってたりしてね」
美琴としては、大した意味を込めていたわけではなかった。
それに多少の不幸があったとはいえ、上条と同じ境遇にいると考えると少し嬉しくもあった。
しかし、美琴の言葉を聴いた瞬間、上条は完全に固まってしまっていた。
(俺の不幸が……うつった?)
上条の胸の中にあった不安が、だんだんと大きなものになっていく。
予想外の反応を示す上条を見て、慌てる美琴。
「ちょ、ちょっと、本気にしないでよ。冗談だからね。冗談!」
しかし、その言葉は上条に届いていなかった。思考がどんどん悪い方向へ向かっていく。
(あのとき、木が俺じゃなくて御坂に方へ飛んでいったのは、偶然じゃないのか?)
あり得る話だと思ってしまった。
自分が彼女のことを気にしだしたのは、おそらく昨日からだろう。
その時から、降りかかる不幸が少し形を変えてしまったのかもしれない。
自分により大きな苦痛を与えるようにと。
最悪の事態が頭をよぎる。
もし、自分の不幸に巻き込まれたせいで、美琴が死んでしまうようなことがあれば……。
そのことを考えた瞬間に、上条は恐怖で動けなくなってしまった。
(それだけは、それだけは嫌だ……)
それを回避する方法が、一つだけある。
(今なら、きっと我慢できる)
美琴への恋心を自覚したのは今さっきのことだ。まだ深入りはしていないはずだ。
辛いだろうけど、必死になれば想いを捨てることもできるだろう。
それで彼女を傷つくのがさけられるのならば、むしろ喜ぶべきだ。
「御坂」
「な、何よ?」
「その不幸が移ったっていう話、たぶん当たってると思う」
「な……そんなこと、普通に考えてあるわけ無いでしょ!」
「なんとなく、わかっちまったんだ」
「馬鹿なこと言うのもいい加減に……」
「このままじゃお前に迷惑かけちまう、悪いけど今日はここまでにしようぜ
いや、しばらく会わないほうがいいかもな……」
そう言った上条の表情は、何かに耐えているかのようだった。
しかし、美琴は上条の最後の一言で完全に凍りついており、その表情を認識することはできなかった。
美琴の頭の中で上条の言葉が繰り返される。
しばらく会わないほうがいい? どうしてそんな酷いことをいうのだろか。
自分の日常からコイツがいなくなる。そんなことは考えるだけで恐ろしかった。
「じゃあ俺、もう行くよ。……ごめんな」
美琴が我に返った時には、上条は背を向けて歩き出していた。
「ま、待ちなさい! まだ話は終わってない!」
美琴が呼びかけても、上条が立ち止まることはなかった。
電撃を浴びせかければ上条を止められるかもしれないと思ったが、
打ち出したところで、上条は振り返ることもなく消し去ってしまうだろう。そんな直感があった。
「お願いだから……待ってよ……」
少しずつ遠くなっていく上条の背中が、美琴の胸を締め付けていく。
そして、頭には嫌なイメージばかりが浮かんでゆく。
ここで上条を止めることができなかったら、もう二度と会えないのではないか。そんな予感さえした。
しかし上条を止める手段が思いつかない。電撃はおそらく通じないだろう。
走って追いかけるにしても、本気で逃げられたら追いつくことは不可能だろう。
何か、他の方法を考えなければならない。
美琴は混乱している頭を必死で回転させる。
ふと、まだ試してない方法があることに気付く。
それはおそらく、上条の知り合いなら何気なく行っているであろう、彼を呼び止めるための手段。
そして、美琴にとっては、恥ずかしくて今まで一度もできなかった手段。
ただ、今なら、なりふりかまわずにいられなくなった今なら、できるような気がした。
美琴は大きく息を吸い込み、そして全身全霊を込めて叫んだ。
「当麻!」
美琴の声が響きわたる。
ただ、彼の名前を呼ぶだけ。
それだけの行為で、美琴の鼓動は加速してゆく。
(お願い、行かないで……)
上条の方を見てみると、少し驚いているようだった。
そして、歩みは止まっていた。
(止められた……!)
これが最後のチャンスかもしれない。そう思って、美琴は上条に向かって駆け出す。
上条は振り返った姿勢のまま動かなかった。
「待てって……言ってんでしょうがあああああ!」
美琴はダッシュしたまま勢いを殺さず、全力で上条に体当たりをする。
不意打ちではなかったため、上条は美琴を受け止めたままその場に踏みとどまった。
「いってぇ。御坂、いきなり何すんだよ! いやそんなことより、さっき名前……」
「わ、私の話はまだ終わってないの! ちゃんと最後まで聞いて!」
密着した状態から少しだけ距離を空け、再び向かい合う。
「さっきも言ったけど、このままじゃ御坂に迷惑が」
上条がそこまで言ったところで、美琴の全身から青白い火花が飛び散る。
条件反射的に、上条は右手を構える。次の瞬間、美琴は両手で上条の右手を掴んでいた。
「捕まえた……」
「み、御坂?」
「アンタ、右手が不幸を呼んでるって言ってたわよね」
「あ、ああ……」
「私は、アンタの不幸になんか負けないわよ……」
「え?」
美琴の言葉の意味が、上条には理解できなかった。
しかし、彼女の目には強い意志が宿っており、目をそらすことはできなかった。
(さっきは、風に邪魔された。でも、この距離なら……)
想いを伝えようとすると邪魔が入った。ならば邪魔できないようにすればいい。
たとえ赤い糸が繋がっていなくても、こっちから無理やりにでも繋げてしまえばいい。
(何度妨害が入ろうが、コイツが逃げ出そうが、諦めてたまるか!)
美琴は俯いていた状態から顔を上げ、上条の右手をしっかりと握りながら話し始めた。
「私は……私はね、アンタのことがす、好きなの!
もうどうしようもないくらい、好きで好きで仕方がないの!」
確実に気持ちが伝わるように、全身全霊を込めて叫ぶ。
「だから……お願いだから、会わないなんて言わないで!
そんなの、好きな人に会えないなんで、辛すぎるわよ……」
最後のほうは涙声になっていた。
今度は風は起こらなかった。上条にも内容はしっかりと伝わっていた。
「そ、それで……もしよかったらだけど……わ、私と…………付き合ってください!」
目をつぶり、最後まで言い切り、美琴はそのまま上条の答えを待った。
(御坂が俺のことを好き? じゃあ、両想いだってことなのか?)
思ってもいなかった展開に、上条の決意が揺らぐ。
一瞬OKの返事をしようかと思った。しかしできなかった。
自分と付き合ったら、きっと彼女は不幸になる。
「御坂……俺なんかといたって、きっと不幸になるだけだ。お前のためには――」
「そんなんじゃ納得できない!」
美琴が上条の言葉をさえぎる。
「アンタが私のことなんとも思ってないんだったら、付き合うのが嫌だっていうなら、まだ納得できる。
でもね、不幸がどうとか、私のためだとか、そんなこと言われても諦められないわよ!」
美琴の叫びが、繋いだ右手から伝わる想いが、上条の胸に突き刺さる。
付き合うのが嫌? そんなわけはない、むしろ俺だって付き合いたい。そう叫びたかった。
頭に浮かぶのは、いつかの鉄橋の上でたたずむ美琴の姿、そして絶望に満ちた表情。
あんな顔を再び彼女にさせるわけにはいかない。そのためなら、自分の想いは封印しなければならない。
「俺は、お前が傷つくのが嫌なんだよ! お前にだけは、笑っていて欲しいんだよ!」
それは、確かに偽りのない上条の本心だった。
ただし、その言葉に納得するものはその場にはいなかった。
「何言ってんのよ…」
声を震わせながら美琴が答える。
「笑えるわけ……ないでしょ……アンタのこと考えるだけで、胸が苦しくなって、耐えられなくて……
こんなに好きなのに……アンタがいなくちゃ、私は笑えないわよ……」
美琴の目から涙がこぼれる。それを見て上条の胸の痛みはさらに大きくなる。
彼女にこんな顔をさせないために、離れようとしたのに。
彼女に笑っていて欲しかったから、巻き込まないようにしたのに。
結局、彼女にまたこんな表情をさせてしまっている。
(俺は……俺はどうすりゃいいんだよ……)
頭がうまく回らない。
「ねえ」
美琴はすがりつくように、言葉を続ける。
「私、努力するから……アンタが心配しなくてもいいように。
アンタが巻き込んだとか思わないでいいように、自分の身は自分で守るから。
だから、お願い……もし私が傷つくのが嫌だって言ってくれるなら……
私を一人にしないでよ……私は、アンタと一緒にいれないことが一番辛いの……」
美琴の言葉一つ一つが、上条の心に染み込んでいく。
(そんなに、俺のこと……)
突然、上条は頭の中でコトリ、と何かが倒れたような音が聞こえた。
同時に、ずっと続いていた、胸を締め付けるような激しい痛みが消えた。
その変わりに、頭にジーンとした痛みのようなものが広がっていった。
それはまるで、脳の構造が変化していくような感覚だった。
痛みは一瞬で治まった。そして、その後では今まで悩んでいたことが馬鹿みたいに思えた。
(簡単なことじゃねえか、何で今まで気付かなかったんだ。
御坂は俺と一緒にいたいと言ってる。俺だってもちろんそうだ。
なのに、こいつを守れなかったときのことばっかり考えて、
……結局は、俺は逃げてただけじゃねえか!)
気がつけば、空いている左手で美琴を抱き寄せていた。
「御坂……」
美琴は上条に体を預けたまま、返事をしない。ただ、言葉は届いているだろう。根拠はないが確信はあった。
「さっきの言葉、取り消してもいいか?」
今度は反応があった。
「それって……」
「お前から離れるって言ってたけど、あれはナシだ。てか、俺には無理みたいだ……
えーと、つまり、なんといいますか」
緊張のあまり、全身をガチガチに固めながらも、上条は伝えるべき言葉を紡ぐ。
「俺も……お前のことが、す……好き、みたいだ」
上条の告白を聞いた後、美琴はしばらく固まっていたが、やがて口を開いた。
「ほ、本当に?」
「あ、ああ」
「じゃあさっき、何で……」
「あのときは、御坂を俺の不幸に巻き込むのが怖かったんだ」
「だから、私は」
「ああ、俺が間違ってた。お前の気持ちを全く考えてなかった。ごめんな、御坂……」
「うっ、グスッ。馬鹿ぁ……気付くのが遅いわよ……」
「さっきは逃げちまって悪かった。今考えるとどうかしてたよ……
御坂、俺のせいで不幸がお前を襲っちまうかもしれない。
でも、どんな不幸が襲っても必ずお前を守ってみせる。
誓うよ、お前は俺が絶対に幸せにする。だから……俺と付き合ってくれ」
「うん……うん!」
美琴は涙を流しながら、上条に抱きついた。上条も両手を使い、美琴を強く抱きしめた。
2人はしばらくその体勢のまま、お互いの温もりを感じあっていた。
切れた糸を繋いで 3 番外編
待ち望んでいた彼女との初デートの日だというのに、上条当麻の表情は冴えなかった。
彼は今、デートの待ち合わせ場所に向かっている。
待ち合わせの時間は14時であり、現在は10時、明らかに早すぎるのだがこれにはわけがあった。
一つは、彼が自分が「不幸」だということをよく知っていること。
急いでいるときに限って、不良に襲われている女の子を発見してしまったり、
野良犬の尻尾を踏んでしまって追いかけられたりする。
そのため数時間の余裕を持って出発しても全く安心できない。
「はあ……予想していたこととはいえ、今日ばっかりはさすがにこたえるな……」
そしていつも通りの不幸な出来事をにより、すでに1時間も無駄に費やしている。
これ以上何も起きませんように。そう願っている彼の目の前で、女の子が不良に絡まれていた。
その後、もろもろの出来事によりたっぷりと1時間かけ、上条は待ち合わせ場所にたどり着いた。
そして、時間を確認して、待ち合わせに遅れなかったことに安堵する。
「なんだよ、まだ3時間もあるじゃねーか」
さすがに早すぎたかと思い、どこか別に場所で時間をつぶそうかと一瞬考える。
しかし、そのまま日ごろの経験から予測すると、そのまま帰ってこれなくなる可能性が高い。
やはりこの場所で待っているのが最善だろう。
「まあ、たまにはじっと待つってのも悪くないか……」
あと3時間で、彼女と会うことができる。そう思うだけで上条の心は不思議なほどに晴れやかになっていった。
「早く御坂こねーかなー」
ベンチに腰掛けながら、上条はこれからのことを想像していた。
出発時間が早すぎた最大の理由。彼は、デートが楽しみのあまり、いてもたってもいられなくなっていたのだ。
常盤台中学の制服をきた少女が上機嫌で歩いている。
彼女、御坂美琴は念願叶って上条当麻の恋人になることができた。
そして今日は待ちに待った(正式な、という意味での)初デートの日である。
彼女は期待を膨らませつつ、待ち合わせ場所の公園へと歩いていた。
公園にたどり着いたのは、待ち合わせより1時間も早かったのだが、上条は既に来ていた。
(え、アイツもう来てるんだ……)
遅刻をされた罰ゲームのときとの違いに、美琴は軽く感動すら覚えた。
思わず彼に駆け寄ろうとしたところで、ふと考え込む。
(あれ、どうやって話しかけたらいいかわからなくなってきた……
やっぱり、こ、恋人なんだし、あの時みたいに「待ったー?」ってやるのがいいのかな……)
足を止めて考えこんでいると、上条が美琴を見つけて声をかけてくる。
「お、おう御坂……もう来たのか」
上条の様子はどことなくぎこちない。
しかし、美琴の方はそれ以上だった。完全に体が固まってしまっている。
「う、うん……」
(な、なんなのよこれ。アイツの声聞いただけでなんでこんなに緊張してるのよ私。
コイツが彼氏になったからっていっても、いままで通りにすればいいだけなのに……
ああ、彼氏かあ……コイツが、彼氏……)
「ふにゃー」
「いきなりかあぁぁぁ!」
上条は悲鳴を上げるとともに、盛大に電気を漏らし始めた彼女の元に突撃した。
漏電により意識を失っていた美琴が目を覚ましたとき、視界いっぱいに上条の顔が広がっていた。
心配そうに美琴を見つめる上条と視線がぶつかる。
「わわっ」
「お、落ち着け」
上条の静止によって少しだけ落ち着いた美琴は、冷静に状況を把握しようとする。
どうやら自分はどこかで横になっているようだ。周囲には公園の景色が見えるので、
おそらく公園のベンチに寝かされたのだろう。そして頭の下に枕の様なものがあり、すぐ近くに上条がいる。
これらのことが指し示す事態は……
(膝枕されてる……)
美琴の顔が一瞬にして真っ赤に染まる。
「御坂、大丈夫か?」
上条が心配そうに聞いてくる。
「う、うん。大丈夫……ちょっと、緊張しちゃったみたい……」
「はは、緊張してるのは俺も同じだよ。何せ人生初のこ、恋人とのデートだからな」
「あ……」
そう、今日はデートの日だった。名残惜しいが、いつまでも膝枕をされているわけにもいかない。
美琴はそう思って体を起こした。
「あ、あはは。いきなりごめんね」
「き、気にすんなって。こんなのも2回目だし、慣れてきたから」
「う……こんなのに慣れられるってのも悲しいわね……」
「「……」」
会話が途切れてしまった。美琴が上条の表情を見ると、目をそらして頬をかいていた。
どうやらコイツも少しは緊張しているらしい。
無言の空間に堪えられずに、何か話題になるものがないかと探す。
「そ、そういえば、アンタ、ここにくるの早かったじゃない、いつごろからいたの?」
「あんまり覚えてねえけど、2時間くらい前かな」
上条の答えは予想を超えたものだった
「に、2時間!? いくらなんでも早すぎるわよ!」
「早めに出とかないと、だいたい道の途中で何か妨害が入るからなぁ……」
遠い目をする上条。その様子がおかしくて、美琴は吹き出してしまう。
「わ、笑うなよ。俺だって遅刻しないように必死だったんだぜ」
「ぷくく……ごめん。なんかアンタらしいなって思っちゃって」
「否定できないのが辛い……」
笑うと同時に、体が軽くなるのを美琴は感じていた。
結局、恋人同士になったといってもコイツは変わっていない。
当たり前のことだけれども、それを実感することで安心できた。
「ところで、いきなりで悪いんだが……軽く昼飯でいいか?
ずっとここにいたから腹減っちまった」
美琴は一瞬キョトンとして。
「あはは、そりゃそうよね。ずっとここにいたら昼ご飯どころじゃないもんね。
じゃあ行きましょ。おいしいお店を紹介してあげる」
満面の笑顔を作り、上条の手を取って歩き出した。
昼食の後、二人はショッピングセンターに来ていた。
この場所は前に携帯電話のペア契約を結んだ場所でもあり、美琴はその当時のことを思い出していた。
「そういえば、前にアンタここで妹にネックレスを買ってたわよね」
そう言って、美琴は少し不機嫌そうな顔をした。
「あー、そういやそんなこともあったなあ」
「私の罰ゲームの最中だったのに」
「あー……悪ぃな。今にして思えば無神経だった」
「本当に悪いと思ってる?」
「ああ」
「じゃ、じゃあさ……」
美琴は少しためらった後
「お詫びってことで、私にも何か買って欲しいかなぁ……なんて、ダメ?」
不安げな表情を浮かべて、少し上目遣いになりながら上条を見つめる。
(ぐはっ、その表情は反則だろ……)
美琴のおねだりに一発で撃沈する上条。
「あ、ああ。俺に買えるものだったら、いいぞ」
「ホント?」
「ああ」
「ありがと。えへへ」
美琴は満面の笑みを浮かべる。
上条は美琴を見ながら、この顔が見られるなら今月はもう米と塩だけでいいや……、などと恐ろしいことを考えていた。
「それで、何が欲しいんだ?」
「うーん、と、当麻が選んでくれたものなら、何だっていいかな」
「そんなこと言ってると、かなり安めのものになっちまうぞ?」
「値段の問題じゃないのよ、当麻が選んでくれたものがいいの」
そう言われて、上条は考え込んだ。
安いものでなおかつ美琴を喜ばせることができれば、今月の食費は無事に済むかもしれない。
しかしあまりにも安すぎても彼氏として格好がつかない。上手い具合にいいラインを探る必要がある。
少しばかり計算をした結果、まずプレゼントの予算が決まった。二千円までなら今月をしのげる。
これで何を買おうかと、周囲を物色すると、アクセサリー売り場が目に留まった。
(そういえば、御坂妹はあのとき指輪を欲しがってたような……
姉妹なんだし好みも似てるって可能性もあるよな、シンプルなやつなら値段的にも問題ないな、よし)
「御坂、あのへんの指輪とかどうだ?」
「ゆ、指輪!?」
「……あれ、嫌だったか?」
「嫌じゃない!」
思いっきり叫んでしまったことに気付いて赤くなる美琴。
上条は美琴の勢いに一瞬驚いていたが、すぐに気を取り直し、指輪を選び始めた。
「綺麗な装飾とかがあるやつはちょっと値段的に厳しいから……
こんなのとかどうかな。御坂、ちょっとサイズ測りたいから指貸してくれ」
美琴は嬉しさと恥ずかしさのあまり、何も言うことができず、おずおずと左手を上条に差し出した。
すると、上条は手に取った指輪を美琴の薬指にはめた。
(く、薬指にって! これってつまり……)
うろたえる美琴をよそに、サイズがあっていることに満足する上条。
「お、ピッタリだな。御坂、これでいいか?」
美琴は顔を真っ赤にしながら、黙って小さく頷くことしかできなかった。
「ね、ねえ」
店を出た後、美琴は上条に尋ねた。
「どうして指輪を選んだの?」
「ああ、それは……」
前に御坂妹が欲しそうにしてたから。という言葉を上条は途中で飲み込んだ。
言ってしまえばおそらくはいい結果にはならない気がしたからだった。
「それは……なんとなく、御坂が喜んでくれるんじゃないかと思ったからかな」
嘘は言っていないと自分に言い聞かせる上条だが、後ろめたいものがあったのか、視線を美琴からそらしていた。
しかし、美琴は上条のそんな様子には気付かず、左手の薬指にはめている指輪を愛おしそうに眺めていた。
「うん、すっごい嬉しい……ずっと、ずっと大切にするからね」
「そんなに喜んでもらえたなら、上条さんも食費を切り詰めた甲斐がありましたよ」
なんとなく気恥ずかしくなって、軽口を叩く上条。
「へー、たったの二千円でそこまで変わるんだ。ちょっと信じられないわね」
「貧乏学生をなめんなよー」
お互いに冗談を言って、笑いあう。そこにはもはや、デート当初のぎこちなさは存在しなかった。
その後、二人はファミレスで夕食を済ませた後、展望台へと足を向けた。
上条いわく、今日の本番はここだから期待していろ、とのこと。
展望台は、高さ300メートルの場所に作られており、学園都市の全景が見渡すことができるようになっていた。
この時点で日はすっかり落ちており、外には幻想的な夜景が作られていた。
「綺麗ね……」
「あ、ああ。そうだな……」
微妙に歯切れの悪い上条の答え方に疑問を持つ美琴
「どうかしたの?」
少しの間を置いたあと、上条は何かを決心し口を開く。
「お、お前の方が綺麗だよ」
一瞬、キョトンとしていた美琴だったが、すぐに顔が赤く染まる。
「ば、馬鹿。そういうことはもっと自然に言わないとダメなのよ」
美琴はそう言って顔を背けたが、内心ではかなり嬉しいようで口元は緩んでいた。
「なんつーか、こういうやりとりはお約束だー、ってわかってても、やっぱり言うのは恥ずかしいもんだな」
「でも、無理して言われても、う、嬉しくなんかないわよ?」
「そうか、その割にはにやけてるように見えるけど」
「き、気のせいよ!」
意地をはる美琴に苦笑する上条。
「悪ぃな。次からはもっと自然に言うから。ああそうだ、ずっと立ってたから疲れただろ? あそこに座ろうぜ」
二人は近くの椅子に腰を下ろす。
そこで、上条は美琴がチラチラと、ある方向を見つめていることに気付いた。
「どうした御坂?」
美琴の視線の先を追うと、そこにはカップルがいた。
そして、その女性の方が男性の膝の上に乗って抱き合っていた。
「御坂……お前まさか」
「な、何でもないわよ!」
「あれがやりたいんじゃないのか?」
「ち、ちが……あんな恥ずかしいこと、できるわけ無い……」
美琴はだんだん小声になっていき、うつむいてしまう。
「しょうがねえな、よっと」
「きゃっ」
上条はいったん美琴を抱え、上条から見て横を向くような体制にして膝の上に乗せた。
そして右手を使い、背中を支えるように腕を回して抱きしめた。
「俺がやりたかったということで」
顔を若干赤く染め、目をそらしながら言う上条。
「あ、アンタ、急に積極的になったわね」
「御坂はこういうの嫌か?」
「う……べ、別に、嫌じゃ……ないわよ……」
美琴はそう言って、上条に身を預けた。
二人とも緊張していたため体が固くなっていたが、
しばらくすると落ち着いてきて自然な状態に戻っていた。
「ちなみに御坂、夜景もいいんだけど、ここはもっといいものが見れるぞ」
「へえ、何が見れるの?」
「それは見てのお楽しみだ。お、もうそろそろかな」
上条が時間を確認していると、急に展望台の中が暗くなった。
ただし展望台内の灯りが消えたのではなく、外側、つまり学園都市が発する光が消えていた。
そして、二人の頭上には満点の星空が輝いていた。
「わあ……」
「詳しいことはわからないけどさ、一定の時刻にだけ、空中に浮いてる機械が、下からの光を全部遮るようにしてるらしいんだ。
あと他にもいろいろとやってるみたいだけど、細かいことはわかんねえや」
「そうなんだ……」
「綺麗な空だな」
「うん……」
美琴はずっと星空に見入っていた。
上条は星空と美琴を交互に見ていた。
「前にさ」
先に沈黙を破ったのは上条だった。
「俺の看病をしてくれてたとき、お前の小さいときの話をしてただろ。
超能力者になったら、空一面の星空が作れるかもしれないって思ってたって」
「あ、覚えてたんだ」
「ああ、だから、綺麗な星空が見れたらお前が喜ぶんじゃないかって思ってさ」
「……うん、嬉しい」
美琴は上条に身を預けながら言葉を続ける。
「こんなに綺麗な星空が見れたのも嬉しいけど」
視線を下ろし、上条を見つめながら。
「でも、当麻と一緒にこうやっていられることが一番嬉しい」
「御坂……」
「ねえ」
「ん」
「私のこと、「美琴」って呼んで欲しいな……
ずっと、当麻のこと「当麻」って呼びたかったし、当麻には「美琴」って呼んで欲しかったの。
私達、恋人でしょ、だから……」
「わ、わかった」
上条は一度深呼吸をし、美琴の瞳を真っ直ぐに見つめながら、彼女の名前を呼んだ。
「美琴」
上条が美琴の名前を呼んだ途端、美琴は顔を真っ赤にして、上条の胸に頭を押し付けた。
「それじゃ星が見えねえぞ?」
「いいの……今は、こうしていたい……」
上条は何も言わず、美琴の頭を撫でた。
「ふにゅ……」
「たまに猫みたいな声出すよな、お前」
「知らないわよ……そんなの……」
美琴はそのまま上条に身を預けていたが、やがて頭を上げ、上条をじっと見つめた。
上条は黙って美琴を抱きしめる腕の力を強めた。
「当麻、好き。大好き」
「俺も、好きだよ。美琴」
美琴はそっと目を閉じる。
上条の右手が美琴の肩をそっと掴む。2人の距離が近づいていく。
「ずっと、一緒にいような」
そして二人は唇が軽く触れ合う程度の、優しいキスを交わした。
帰り道、二人は手をつないで歩いていた。
美琴の寮の門限まであまり余裕は無いのだが、少しでも一緒にいられる時間を長くしたいためか、
二人の歩くペースはとてもゆったりとしていた。
「当麻、今日はありがとう。とっても楽しかった」
「喜んでいただけたなら上条さんも光栄ですよ。これで、前の借りは少しは返せたかな」
「告白のときのこと? 今はこうやって一緒にいれるんだから、あんなの気にしなくていいのに」
「あんな情けない告白の受け方して、気にしないほうが無理だっての。
俺たちがこうしていれるのも、全部美琴が頑張ってくれたからだしな。」
「こうやって一緒にいてくれるだけで、私は幸せよ?」
「俺だってそうだよ。でもそれだけじゃ納得できないんだよ。
ま、これからは上条さんが全力でもっともっと幸せになれるようにしてやるからな。期待して待ってろ」
「ふふっ、じゃあすっごい期待しとくね」
美琴がふと空を見上げると、流れ星が見えた。
「あ、流れ星」
「ん、どこだ?」
「もう消えちゃった」
「そっか、残念だな」
「当麻は何か願い事あった?」
「んー、そうだな。ずっと美琴と一緒にいれますように、かな」
「じゃあ大丈夫ね、それは私が願っておいたから」
「そっか」
「そうよ」
二人して笑いあう。
そうして、二人はゆっくりと、同じ道を歩いていった。
これからは、もう離れることは無いようにと願いながら。
END