とある少女の悪巧み―シリアスver― 2
◇ ◇ ◇
美琴は暗くなった空の下、公園のベンチでずっと待っていた。
日が落ちたためかなり寒い、だが麻琴の言ったあの1言が美琴をこの場に留めさせていた。
「幸せになれる、か……」
今や麻琴の存在だけが美琴を支えていた。
麻琴がこの世界の未来からきたというならば、自分は上条と一緒にいられる。
パラレルワールドのことを考え1度は麻琴の存在も揺らいだ、しかし今は信じてただただ麻琴の言うことが本当であってくれと祈っていた。
「にしても麻琴遅いな……飲み物でも買ってこよ。」
そしてあの自販機でヤシの実サイダーを買い、ベンチに戻ろうとした時、
「アンタ……なんで…ここにいるの…?」
上条とはち会わせた。
驚いたが麻琴が連れてきたんだろうと理解した。
そして美琴は少し期待していた。
ひょっとして上条はこれからも自分と一緒にいてくれるのではないかと。
だがその想いはもろくも崩れた。
「なんでって……麻琴に呼ばれて…お、お前のことが心配になってきたんだよ……」
ああやっぱりそうか、と美琴は思った。
上条の言葉と態度でわかった、やっぱり上条は自分のことを避けたがっている、と。
上条の声は震えており今までの態度とは違った。
目を会わせてくれないし一定の距離をとろうとしている。
やはり前の関係には戻れないのだ。
それは美琴にとってとても悲しいことだった。
上条に大丈夫か?と聞かれたので大丈夫と答えたが内心はボロボロだった。
そして美琴は1つの決断を下す。
「あのね、アンタに言いたいことがあるの。」
それは美琴にとって、とてもとても大きな決断だった。
「い、言いたい……こと…?」
「うん、私ね、もうアンタと会わないようにしようと思うの。」
本当はこんなこと言いたくなかった。
しかしどうせもう元の関係には戻れないし上条は自分を避けようとする。
ならば、いっそのこと自分から遠ざけようと考えたのだ。
「アンタも私に会いたくないんでしょ?なら丁度いいじゃない、私としてもアンタに迷惑かけたくないしね。」
この言葉に対し上条は何も言わない。
ただこちらを見続けているだけだ。
「そうだ、もう1つ言いたいことがあったわ……」
美琴は泣きたかったが我慢した、これ以上上条に罪悪感を感じさせないために。
「今まで、ありがと……さよなら……」
そして上条に背を向ける。
それと同時に目から大粒の涙が溢れかける。
だがまだ泣けない、せめてこの公園を出るまでは我慢しなければ。
そのまま公園を立ち去ろうとする。と―――
「いたっ!!やっと見つけたよ。」
息を切らした麻琴が現れた。
麻琴を見た美琴の足は止まった。
◇ ◇ ◇
番外個体は上条と美琴の様子がおかしいことに気づいた。
だがそれより2人の誤解を解きたかった。
「2人とも、少し……いや、たくさん話したいことがあるんだけど、いいかな?」
番外個体は上条と美琴にそう尋ねた。
しかし2人は全く返事をしない。
「ちょっと聞いてる!?話を聞いてほしいんだけど?」
そう言って美琴の腕をひっぱった。
「あ……うん……ごめんちょっとぼーっとしてた…」
美琴は素直に従った。
しかし上条は何も見えず、何も聞こえず、意識がないようにも見えた。
「………えい。」
「!!?」
あまりに上条が無反応なので番外個体は微量の電気を上条に流した。
「ねぇ……ちょっと聞いてくれる?」
「お、おう……」
上条は急な衝撃に驚いた様子だったが無意識状態は治った。
これで話を聞いてもらえる状況は調った。
「それで話って…なんなの?」
「あ、うん、今全部話すから。」
そして番外個体は1度深呼吸をした。
嘘をついてこんな状況を作り上げてしまったことに上条と美琴は怒るだろう。
それにこれから2人はまともに接しようとしてくれないかもしれない。
だがそれでも自分で蒔いた種だ。
意を決して話しだす。
「じゃあまずは……2人とも…ごめんさない!!」
番外個体は頭を下げ上条と美琴に謝った。
「え?な、何がだ?」
謝られたことに上条は全く理由がわからなかったし美琴は上条との関係が悪化してしまったことに対しての謝罪だと思った。
だがもちろん番外個体はそんな意味で謝ったのではない。
「あの、冷静になって聞いてね。実はミサカは―――」
番外個体の言葉の後、真っ暗な夜の静かな公園はより一層静まり還った。
世界中の時が止まっているような感覚にみまわれる。
それほど公園は静かだった。
そんな静寂の中、美琴はゆっくり口を開く。
「今……なんて言ったの…?」
美琴はそうは言ったものの本当は聞こえていた。
だが番外個体の言ったことはとてもではないが信じられないかった。
「もう1度言うよ、ミサカは未来から来た2人の子どもじゃないんだ。本当はお姉様のクローンなんだよ。」
クローン、その単語に上条は食いつく。
「ク、クローンって……また何か実験が行われてたってことか!?」
「それはないから安心してよ、ミサカのことは後でちゃんと説明するから。」
上条は怪しんでいたがとりあえず番外個体の言うことを信じた。
「じゃ、じゃあ……あの話はすべて…嘘?」
「うん…嘘ついて本当にごめんなさい!」
2人は混乱していた。
何がどうなっているのか。つまり、あれが嘘で、何が、本当?
そして上条がようやく理解したことは麻琴は未来から来た自分たちの子どもではないということだた。
だが美琴の気持ちについてよくわからなかった。
さっき寮の前で番外個体が言ったことが本当なのか。
美琴が言った“会わない”ということが本心なのか。
そこでおそるおそる美琴を見てみると―――
「な!?おい御坂!」
美琴は泣いていた。
目から大粒の涙がとどまることなく、そしてそれを隠すことなく泣いていたのだ。
美琴としては麻琴の存在は最後の希望だった。
麻琴が上条と自分の子どもなら、まだ上条とうまくいく可能性はある。
パラレルワールドの話しをしたときも、つい先ほど上条に会わないと告げた時も、
心の底ではこれから麻琴の言う通りに上条と恋人の関係になれるのではないかと淡い希望を持っていた。
だから先ほど番外個体が話をしたいと言ったときも素直に従ったのだ。
だがその最後の希望も完全に失われてしまった。
麻琴が自分たちの娘ではないとわかった時、美琴の中で何かが崩壊した。
番外個体が『クローン』と言ったことも耳に入らない。
ただ泣くことしかできなかった。
「御坂!!」
「お姉様!」
そんな美琴を見て上条と番外個体は美琴の元へ駆け寄った。
だが側までは近づけない。
美琴の顔は真っ青になり、全身は震え、かなりの電気が漏れだしてきていた。
上条には『幻想殺し』があるが電気は拡散しているため近づけば上条でも黒こげになってしまうだろう。
美琴の状態はおかしさは尋常ではない。
完全に能力のコントロールが失われていた。
上条も番外個体も美琴がなぜこんな状態になってしまったのか全くわからなかった、
が、番外個体には美琴のこの状態を抑える方法があった。
「お姉様聞いて!!」
この声が今の美琴に聞こえているかはわからない。
漏れだす電気は徐々に増え、広範囲に広がっているため上条も近づけない。
だが、それでも番外個体は美琴へ話しかけることを止めなかった。
「お姉様は、嫌われてなんかない!」
公園内に番外個体の声が響き渡った。
そしてそれと同時に美琴から漏れだしていた電気が弱くなった。
声が届いた、そうわかった番外個体は間髪入れずに
「上条当麻はお姉様を嫌ってなんかない。」
と、美琴に告げた。
それが聞こえたのか美琴から漏れだしていた電気はほとんど止まり、少しだが生気が戻ったような気がした。
「……それ……本当…?」
美琴はうつむきながらぽつりとつぶやいた。
それはとても小さく、消えてしまいそうな声だった。
だが上条と番外個体にはしっかりと聞こえていた。
「ほんとだよ。ね?」
「ああ!本当だ、御坂、嘘なんかじゃねぇ!嫌ってるどころか最近俺は御坂と一緒にいることが楽しいんだ。」
上条の言葉を聞いた美琴はゆっくりと顔を上げた。
目には光が戻ってきている。
「じゃ、じゃあなんで…あの時私から逃げたの……?」
あの時、というのは今日の昼の出来事のことだ。
少しの静寂の後、上条は口を開く。
「それは……御坂に嫌われてると思って……それで、その、怖くなって逃げたんだ。」
「だからさ、簡単に説明するとお姉様も上条当麻も、2人ともが嫌われてるって勘違いしてたんだよ。」
番外個体が付け加えて説明した。
そして美琴の震えが止まった。
「勘違い……?じゃあアンタは…私のこと嫌いじゃないの……?」
「ああもちろんだとも!何度でも言うけど嫌ってなんかねぇよ。」
それを聞いた美琴に完全に生気が戻った。
もう顔色も悪くないし電気も漏れていない。
「よかった……ほんとによかった……」
「そうだ……あの、俺も聞きたいけど御坂は俺のこと…嫌ってないよな?」
「当たり前じゃない!嫌ってなんかないわよ!私はむしろアンタのことが―――――」
美琴はそこまで言うと急に顔を真っ赤にして再びうつむいた。
「??どうした御坂?今何が言いたかったんだ?」
鈍感な上条は美琴が何を言おうとしたのかわからなかった。
だが番外個体は違った。
(今……お姉様絶対好きって言おうとした…よね……そういえば上条当麻もさっき同じようなことを……まさか!?)
1人考え込んでいる番外個体の前では美琴がテンパっていた。
「な、なんでもない!そ、そうだ!昨日も今日も電撃放ってごめん!!」
美琴は照れ隠しに急に話題を変えた。
明らかに不自然だったが上条は気にしない。
「ああ、別に気にすんなよ。ちょっとびっくりしたけどな。」
「ほ、ほんとにごめん……思えば私の電撃で勘違いが始まったんだもんね……」
自分から話題を変えたのになんだか落ち込んでしまう。
そんな美琴に上条は優しく受け答えをする。
「だから気にすんなって。俺もお前から逃げちまったしおあいこ様だよ。」
「う、うん……あの、さっきは会わないなんて言っちゃったけど…これからも今までの関係で……いてくれる?」
「ああ、もちろんだとも。そんなこと聞くまでもないさ。」
また上条と一緒にいられる、美琴の凍っていた心は完全に溶かされた。
すると番外個体が美琴の腕を引っ張った。
「ちょっとお姉様!」
「え、な、何よ。」
番外個体は上条に聞こえないように美琴と話す。
「お姉様は今のままでいいの?」
「へ?ど、どういうことよ?」
「だから上条当麻との関係が今のままでいいのかって言ってるの!」
「―――――――!?そ、そりゃ……やだけどさ……今はこのままでも―――――」
「じゃあ今告白しよ!告白!!」
そう言う番外個体の目は輝いていた。
美琴の言うことなど聞いてはいない。
番外個体には上条が美琴を好きだという確信がある。
だからうまく2人を付き合わせれば少しは今回の騒動の償いにもなるし面白いものも見られる。
その思いから数分間、必死に美琴を説得した。
「ほ、ほんとなの?本当の本当?」
「ほんとだって!ミサカを信用してよ!」
かなり悩んだが美琴は先ほどとは違う大きな決断をした。
そして美琴はありったけの勇気を絞り出した。
「あ、あのさ―――――」
◇ ◇ ◇
美琴が決死の告白を実行してから数分後。
美琴と番外個体はベンチに腰掛けていた。
結論から言おう、美琴の告白は失敗に終わっていた。
美琴は放心状態で番外個体がいくら声をかけても何の反応も見せなかった。
すると“長いこと寒空の下にいて冷えちまっただろ?”と言って暖かい飲み物を買いに行っていた上条が戻ってきた。
「コーヒー買ってきたぞ!えーと……番外個体だっけ?ほら。」
「ああ、ありがと……」
番外個体はコーヒーを受け取り美琴が座っている左側を見る。
「……ほら御坂、コーヒー…飲むだろ?」
上条がなんとも気まずそうにコーヒーを渡そうとしていた。
そんな上条に対し美琴は無言で受け取った。
ぎくしゃくした様子の2人を見た番外個体は耐えきれなくなった。
「……あのさ…1つ言ってもいいかな?」
「……なんだ?」
番外個体は美琴、上条、そして手に持っているコーヒーの順番に視線を移してからため息をつく。
「……2人とも……せっかく付き合うことになったんだからもっと何か話したら?」
「う……話したらって言われても……なんか、その、話しづらくて……なぁ?」
「ぅん……」
訂正しよう、上条は気まずそうにコーヒーを渡していたのではない。
恥ずかしかっただけだ。
そして恥ずかしかったのは美琴も同じ、だから無言で受け取ったのだ。
放心状態だったのは上条と付き合えたことが信じられない、ということだった。
前途多難だね、と番外個体はため息まじりにつぶやいた。
そしてなぜ美琴の告白が失敗に終わったのに2人が付き合うことになったのか、ということだが理由は簡単。
「でもびっくりしたわよ、まさかアンタのほうから告白してくれるなんて……」
美琴の言葉通り上条が告白したのだ。
つまり美琴の告白は失敗したが上条の告白が成功したというわけだ。
美琴は告白を決断したにもかかわらず、なかなか言い出せなかった。
しかしそれを見た上条は奇跡的に美琴の言いたいことを察した。
否、奇跡ではないのかもしれない。
「そりゃ……番外個体のおかげだよ。」
「へ?」
「今回のことで俺にとってどれだけ御坂が大切な存在かわかったからな、それもこれも番外個体の作り話のおかげさ。ありがとな。」
予想外だった。
まさかお礼を言われるなんて思ってもいなかった。
責められて当然、いつ責められるかとさえ考えていたところへのお礼。
番外個体はなんだかむずかゆくなり先ほどの美琴と同じように強引に話題を変えた。
「あ、いや、そ、それにしてもお姉様……以外とヘタレだったね…あれだけミサカが後押ししてあげたのに……」
「い、いやあれは……もう少ししたら言うつもりだったのよ…」
番外個体は目をそらし苦笑いするしかなかった。
(……本当にミサカはこのお姉様のクローンなのかな?)
それから3人はコーヒーを飲み終わるまでの数分間、今回の騒動や番外個体についてなどいろいろ話しをしていた。
「あー……もうこんな時間か……もっといろいろ聞きたいんだけど…今日はもう遅いしまた明日会えるか?」
「あ、うん。ミサカもそのほうがいいかな。」
現在の時刻は8時前、当然完全下校時刻は過ぎているし番外個体もそろそろ帰らないと黄泉川が心配しだす時間帯だ。
それに12月のこの時間帯はかなり寒かった。
「……なあ御坂、寒くないか?」
「そりゃ……寒いけど?」
「じゃあ俺の上着貸してやるよ。」
そう言って上条は上着を脱ごうとした。
「へ?い、いいいいいやいいわよそんなの!アンタが寒くなるでしょ!」
美琴は顔を少し紅くしながらそう言った。
ちょっとした上条の気遣いがとても嬉しく、それだけで全身が暖かくなったように感じる。
と、急に上条は美琴に顔を近づけた。
「ぅえ!?な、何よアンタ!」
「いや…顔赤いみたいだけど大丈夫か?」
暗くて見えづらいため上条はさらに美琴に顔を近づけた。
それを見た番外個体は何か面白いことを思いついたかのか、ニヤリと笑って上条に背を軽く押した。
「「―――――!?」」
番外個体に押された上条はどうすることもできずそのまま前によろけた。
そして前にあるのは美琴の顔。
つまり―――
「それは今回の騒動のお詫びだよん♪じゃ、また明日ねお二人さん!初キスおめでと☆」
それだけ言って番外個体は黄泉川のマンションへと帰っていった。
「な、な……やられた……」
上条はこれ以上ないというほど顔を真っ赤にして番外個体が走り去って行った方向を見ていた。
唇にはまだ柔らかい感触が残っている。
そこではっと気づく。
今美琴はどんな反応をしている?
付き合うことになったのだからキスをして怒っている、ということはないだろう。
しかしもし機嫌が悪くなっていたら?
ゆっくり後ろを振り返ってみると……
「………お前…すっごい嬉しそうな顔してるな…」
美琴は顔を赤くしながらも最高に幸せそうだ。
それを上条に指摘され慌てて顔を下に向ける。
「しょ、しょうがないじゃない!だって……嬉しいんだもん……」
「……なら…もう一回するか?その…俺としては…ちゃんとしたいし……」
「!?」
美琴は素早く顔を上げた。
少し驚いた様子だったが何も言わずにそのまま目を閉じた。
「う……」
自分からすると言ったのだがやはり恥ずかしい。
数秒戸惑ったあとようやく行動に移す。
美琴に近づき肩に手をおいた。
「その…じゃ、じゃあ…ん―――」
本日2度目のキス、今度は上条の意思でのことだ。
数秒後、恥ずかしそうながらもとても幸せそうな2人の姿があった。
すると急に美琴が
「あ、あのさっ!さっきの……訂正していい…?」
と、言い出した。
“さっきの”と言われても上条にはそれが何を指しているのかはわからない。
だがそこまで言われて断るわけにもいかないので承諾する。
美琴は上条と目を合わせ恥ずかしそうに
「えと……今までありがと…そして…これからもよろしくね。」
そう言った。
上条には何を訂正したのかわからなかった。
しかし今の言葉が悪い意味でないことはわかる。
「ああ……よろしくな、美琴。」
そして2人は少し言葉を交わすと美琴は上条の右腕に抱きつき、仲睦まじく上条の寮の方向へと歩いていった。
そして公園には誰もいなくなった――――――ように思えたが
「にゃはっは~いいもん撮っちゃった♪」
その声とともに番外個体が姿を見せた。
実は帰るふりをして物陰に隠れていたのだ。
そして右手にあるのはカメラ、もちろん学園都市製のもので暗闇でも、どんな距離でもはっきり写るすぐれものだ。
このカメラを用意していたため5時に公園に来られなかったのだ。
さらにこのタイプはすぐに写真が出てくるタイプ。
番外個体の左手には2人がキスしている写真と仲良く寮へ向かって行く写真があった。
「抱き合ってる写真でも撮れるかと思ったけど予想外に面白い物が……これは明日が楽しみ楽しみ♪
今度は今日みたいなことがないようにしないとね☆」
今回は予想以上の騒動になったがそれでも悪巧みは止められない。
どうやらとある少女の悪巧みは明日も続くようだ―――