とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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twenty_five



(??.??_AM08:00)
「ふあぁぁぁぁ……よく寝たなぁ……」
 上条当麻は久々に訪れた熟睡感と共に起床した。
 ゆっくりと起き上がり、んーと両手両足を伸ばす。
「……あれ?」
 ――なんだかやけに寝床が温かい。しかもユニットバスの中なのに手足を伸ばせる。
 上条は目をこすって辺りを見回した。
 見上げた天井はユニットバスのそれではなく、隣にはYシャツ一枚の御坂美琴が
「………いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ?」
 上条は全力で壁際まで飛び退る。
「ちょ、おま、おま、おま、おま…………」
 上条はごしごしと何度も目をこするが幻覚は消えない。それどころかうぅんなどと可愛いらしい寝息が聞こえる。
 上条はもう一度目をこすった。
 ……夢じゃない。
 そこには、Yシャツ一枚だけをまとった美琴が寝ていた。
(な、何が起こった!? ひょっとしてあれか、もしかして俺は欲求不満のあまり常盤台の寮に強襲をかけちまったのか? まさか俺は中学生に手を出し…………!)
「……う、……ん……、ふあぁ、もう朝か……」
 隣で寝ていた美琴が起き上がる。
「あ、もう起きちゃったんだ。起こしてあげようと思ったのに」
「……え?」
 はだけた胸元からチラリと何かが見えたような気して、上条はズバアッ!! と全力で首ごと視線をそらす。美琴は? と言う顔をするとニコッと笑って
「おはようと・う・ま」
 ふにゅっと何かが上条の頬に触れた。
「! な、な、な、な…………?」
「どしたのアンタ? まだ寝ぼけてるの?」
「ね、ね、寝ぼけてるのはお前だろビリビリ!? い、いいい今何しやがった!」
「何って……」
 美琴は隣で女の子座りのまま頬をぽっと赤らめる。
「……おはようのキスじゃない。もう、当麻ったら」
「……が、ぁ、ぇ、ぃ?」
 上条は勢い余って立ち上がりベッドから転げ落ちると頭をしたたかに打った。
「い、痛い……この痛みは……」
 夢ではなく、質量を持った現実の物体として。
 ――ベッドの上で上条のYシャツを羽織った美琴がまだ眠そうに微笑んでいた。

(Mar.25_AM08:40)
「いっただっきまーす」
「……いただきます」
 上条はガラステーブルを挟んで美琴と朝食を摂っていた。
 何で美琴が同じベッドに寝てるんだとかどうしてインデックスの歯ブラシがなくなって代わりにゲコ太歯ブラシが並んでるんだとかそもそもインデックスはどこへ行ったんだとかそう言う疑問は味噌汁と共にまとめて飲み込んだ。
 今日は三月二五日。
 上条が知っている日付から丸三ヶ月が経過していた。
「……味、どう?」
 テーブルの向こうから、おずおずといった調子の声がかかる。
「……うまい」
 上条は焼き魚にかじりつく。
 おかしい。なんだろう、この新婚夫婦みたいな会話は。
 そもそも美琴がまるでいつものことのように上条の部屋の台所に立って朝食を作ってるところからしてもうおかしい。
「よかった」
 美琴がほっと息を吐く。
「ところでさ」
「?」
「その……何でお前ここにいんの?」
「はい?」
「いやだから、何でお前が俺の部屋にいんのかなぁって」
「……当麻、頭でも打った?」
 美琴は頭上に?マークを浮かべる。
「私夕べからここにいるじゃない。当麻が駅まで迎えに来てくれて」
「……え?」
「え? じゃないわよ。帰省の予定を繰り上げて彼女が帰ってきたってのに、一夜明けたらその態度はないんじゃない?」
「……、え?」
 上条はますます訳がわからなくなった。
 彼女? 彼女って誰?
「……いや、えっと」
 上条は残りの味噌汁をずるずると飲み込んで
「…………あー、そうだったそうだった。悪りぃ悪りぃ」
 とりあえず話を合わせることにした。
(……御坂の様子がおかしい。しかも時間がずれてやがる。まさか、もしかしてこれ大規模魔術がらみなんじゃねぇか? インデックスもいないし。けど御坂を御坂として認識できるって事は二度目の御使堕しじゃなさそうだが)
 昨夜はインデックスと二人で隣の土御門からもらった大量のチキンを食べた。何でも舞夏がクリスマス用に作ったが『出来が気に入らない。油の温度があと三度足りない』ということでお裾分けしてもらった物だが、どこの出来が気に入らないのかわからないほどジューシーなチキンだった。
 ついつい調子に乗ってシャンメリーも三本空けた。クラッカーもバンバン鳴らして二人でどんちゃん騒ぎをした。それで目が冷めたら常盤台中学のお嬢様が隣にYシャツ一枚で寝てるってどんなクリスマスプレゼントだ、と上条は考える。しかも彼女とか言ってるし。
「――彼女? 夕べ?」
 上条は自分の予想が恐ろしくなって向かいの美琴に声をかける。
「あの、御坂さん? 俺達夕べっていったい何があったんでしょうか?」
「……………………当麻のケダモノ」
 美琴の顔が見る間に赤く染まっていく。
(何これ? 何コレ?? 何のドッキリだコンチクショー!! それとも俺はまさか中学生に手を出したすごい人デビュー??)
「……、う、う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
 上条は茶碗を放り出し、その場でヘッドドラムを始めた。
 これが悪い夢であって欲しいと願いながら。

(Mar.25_AM09:05)
 美琴が食器を洗うために立ち上がったのを見計らい、上条は隣の土御門に電話をかけた。
 この状況が魔術がらみなら奴に聞くのが一番早い。
 五コールで土御門は電話に出た。
「……にゃー。カミやん朝っぱらから何の用かにゃー。ついでに言えば夕べはお楽しみだったみたいで音がこっちまで筒抜けだにゃー。おかげさまで舞夏がエキサイト」
 上条は戯言しか吐き出さない電話を無言で切った。
 そして、肩越しに様子をうかがう。
 美琴は鼻歌交じりで台所に立っていた。
(そうだ。もし魔術で御坂が操られているのなら、俺の幻想殺しで触れれば術式を破壊できる)
 かつてクラスメートの吹寄がオリアナ=トムソンの速記原典に触れて体調を著しく崩した時のように。
 アニェーゼ=サンクティスが刻限のロザリオのために氷の球体にすがりついていた時のように。
 上条はおもむろに立ち上がり、美琴の背後に立つとその背中に右手で触れた。
「ん? どうしたの? ……ま、まさかアンタ朝からこんなところで……? で、でもアンタがそうしたいって言うなら私は、その……」
「………………」
 上条はその場に崩れ落ちた。
 美琴がおかしいのはどうやら魔術のせいではないらしい。
「と、とりあえずTVでも見ますかね……はは、はははは」
 涙に濡れて部屋に戻るとリモコンを操作し、チャンネルをニュースに合わせる。時刻は午前九時〇五分、日付は三月二五日を表示していた。
(土御門はいつも通りだし、御坂に術式がかけられてるわけでもない。ニュースで流れている内容も普通で情報統制されてるわけじゃない。……と言うことは俺がまた記憶喪失になってるのか?)
 当時の状況は知らないが、上条は七月の終わりに記憶を失っている。
 一度あることは二度あるのかもしれないと、周囲を見回す。
 もしそうなら、何かこの部屋に手がかりが残っているかもしれない。
 ……あった。
 TVの横に置いた小さな写真立ての中に、Vサイン&カメラ目線で上条と美琴が並んで写っている写真ががあった。しかも二人はべったりとくっついてまるでバカップルのように
「ぐ、ぐ、ぐおおおぉぉぉぉぉぉっ……。な、何ですかこの写真は……」
「ねぇアンタ。どっか具合でも悪いの?」
 奇妙なうめき声を上げて写真立てを握りしめる上条に気がついて、美琴が声をかける。美琴は上条の隣にしゃがみ込むと、上条の額に手を添えた。
「熱はないみたいね」
「なぁ御坂」
「……、当麻? さっきから私のこと御坂御坂って呼んでるけど、ホントにどうしたの? 昔を懐かしんでるの?」
「……へ?」
「まぁ昔って言ってもその……まだ三ヶ月しか経ってないけどね」
 美琴はもじもじと自分の指を絡め合わせている。
「はは、はははは、ははははははは…………」
 上条は半開きの口で乾いた笑いを刻み始めた。


(Mar.25_AM10:03)
「だからね、そこはこっちの式を持ってきて先にAの値を出すの。それから……」
 上条は美琴に春休みの課題を手伝ってもらっていた。しかし、この春休みの課題なるプリントの束も上条は見覚えがない。
 窓の外から、うららかな春の陽気が部屋に降り注ぐ。上条はその風景を見つめながら
(夕べはホワイトクリスマスだったってのに、いったい何がどうなってるんだ)
「こーら、よそ見しないの」
 丸めた教科書で美琴に頭をはたかれた。
「まったく。電話で『課題が終わらないー』って泣きついて来たのはどこの誰?」
「えーっと……」
 上条はそんなことを頼んだ覚えはない。大体いつだって頼んでもいないのに美琴が『じゃあ手伝ってあげてもいいわよ』と押しかけてくるのだから。
「午前中には課題を終わらせて、午後からデートって言ったでしょ。あと二時間で終わらせるわよ?」
「…………はい」
 上条は半泣きでシャープペンシルを握りしめる。ここで上条は違和感の正体に気がついた。
「……、なぁ、そういやお前制服はどうしたんだ?」
「制服?」
「いやほら、常盤台中学って確か休日も制服着用が規則じゃなかったっけ?」
「……昨日の話忘れちゃったの?」
 上条が顔を上げると美琴があきれ顔で見つめていた。
「私は帰省の予定を繰り上げて戻って来てるから、ぎりぎりまでここに泊まるわよって。寮にいないことになってるんだから制服なんか着るわけないじゃない」
 目の前の美琴は淡いピンクのタイトワンピースに白のニーソックス、そしてお嬢様っぽくカーディガンを羽織っている。
「はぁ、覚えてなくても無理ないか。この部屋に入った瞬間アンタ私に襲いかかってきたもんね。……当麻のえっち」
「へ?」
 ――オソイカカッテキタッテナンデスカ。エッチッテドウイウイミデスカ。
「……うわあああああっ!? わ、わたくしめは全く身に覚えがありませんがあなた様に何やら不埒な行いをしたと言うことですかっ!? こ、この責任は万死を持って償わせていただきますのでどうか平に平にご容赦をっ!」
 上条は条件反射で美しい土下座を決める。
「……せっ、責任の話は後で良いから、とりあえず課題進めなさいよ課題を」
 美琴は赤い頬のまま、手元の教科書を丸めて上条の頭を軽くはたいた。

(Mar.25_PM00:21)
(何がいけなかったんだろうなぁ。三本で五〇〇円のシャンメリーか? それとも大量に食い過ぎたチキンの見せる幻覚なのかこれは)
 上条は自分の右腕にぶら下がる美琴を見ながら思う。
 断片的に集まった情報から、今が春休みの三月二五日であること、美琴が三ヶ月前から自分の彼女であること、そして現状は魔術とは関係ないらしいということがわかった。逆に言えばそれだけしかわからないのだが
(何が信じられないって、俺がビリビリとつきあってるってのが一番信じられねーよ)
 隣にいる美琴は終始ご機嫌で、時折上条の腕をぎゅっと抱きしめている。その姿はこめかみに青筋立てて雷撃を放つ『あの』少女と同一人物とはとても思えない。
 その美琴は上条の青いスタジアムジャンパーをカーディガンの上から羽織っている。そんなにぶかぶかなのに良いのか、ピンクのワンピースとじゃコーディネートがおかしいんじゃないのかと聞いたところ『これが良いの』と言い返されて言葉に詰まったのを思い出す。
「みさ……美琴、デートって言ってたけどこんなんで楽しいのか?」
「当麻と出かけられるなら、私はどこだって良いわ」
 出かける前に、美琴からさんざん『ちゃんと美琴って呼んでよ』と言われて口調を改めたが、それでも違和感は残る。
 ――当麻。
 美琴は上条のことを親しげに『当麻』と呼んでいる。もう何かの聞き間違いであって欲しいと思うが、上条の鼓膜は正確に音声を捉えている。
「お姉様? こちらにお戻りになってましたの?」
 そう、白井黒子の声をしっかりと
「……しっ、白井? これはあのその、違うんだ! 誤解しないでくれこれは」
「あ、うん。黒子ただいま。寮に事前提出したとおり二九日までは戻らないから、寮監には黙ってて」
 上条の慌てふためきを無視して、美琴は上条と腕を組んだまま『お願い』のポーズを作っている。
「わかりましたの。お姉様はデート中ですの?」
「うん。そう言う黒子はパトロール中?」
「ええ、そんなところですの。たまたまお姉様の姿をお見かけしたので追いかけましたの」
「……あれ?」
 上条は激しい違和感を覚えた。
 上条の知る黒子はちょっと変態な美琴LOVEの少女である。
 以前たまたま美琴と一緒にいたところを黒子に見られて、たったそれだけの事で金属矢でブチ抜かれそうになった。腕なんぞ組んでたら空間移動ドロップキック一〇〇連発が飛んできてもおかしくない。
「カミジョーさん? 以前も申し上げましたけれどお姉様を泣かせたりしたらタダでは済みませんからそのおつもりで。まったく、お姉様があなたを選んだからわたくしが寛大にも目をつぶっていることを肝に銘じて欲しいですの」
 黒子は蛇のように上条を睨むが、それ以上のことはしてこなかった。
「は、は……はいぃ」
 一方、蛙の上条は頬を引きつらせながらカクカクと頷く。
「それではお姉様ごきげんよう。週末に寮でお会いしましょう」
 黒子はスカートの裾をつまんで軽く一礼すると、瞬く間に姿を消した。
「なぁ……白井って俺達のこと知ってんの?」
 美琴は上条を見上げるとはぁ、とため息を吐いた。
「何言ってんのよ。クリスマスの夜に無断外泊したんだから、同室のあの子が真っ先に気づくに決まってんじゃない」
 上条は誰がどこに無断外泊したのか問いただす気にはなれなかった。

(Mar.25_PM00:30)
「あ」
 美琴が突然足を止めた。
「ん? 何だ」
 美琴はショーウィンドウの一点をじっと見つめている。視線の先には、ゲコ太のプリントが施された眼鏡ケースがあった。
「……見ていくか?」
 どうしようかと逡巡している美琴が気の毒に思えて、上条は声をかける。
「……良いの?」
「特にどこへ行くって決めてないしさ。良いも悪いもないだろ」
「……ありがと!」
 花が咲いたように、美琴が満面の笑みを浮かべる。
「い、いやこれくらいで礼なんか言うなよ。ほら行こうぜ」
 なんだか照れくさい。
 上条は頭をポリポリとかくと美琴を伴って店内に入った。


(Mar.25_PM01:08)
(気まずい)
 上条は美琴と目が合う。
 美琴がそれを見てニコッと笑う。
 上条はそれに引きつった笑いを返す。
 こんな事を先ほど入った眼鏡店からずっと繰り返している。
(すっげー気まずい)
「当麻、あーんして」
 対面に座る美琴がフライドポテトをつまんで上条に差し出す。
「……えええええ? おま、それはちょっとここでは」
 上条はわたわたと掌を振る。
 昼食に選んだのはオープンカフェスタイルのハンバーガーショップ。上条には目の前を通る全ての人々が自分たちを注目しているように思えた。
「食べないの? いつもは当麻がやれって言うくせに」
「ちょっと待てやこのビリビリ中学生! 俺が何月何日何時何分そんなことを言ったってんだよええっ!?」
 ガタン! と上条が席を立つ。美琴は動ぜず
「ビリビリ中学生、か。それも懐かしいわね」
 つまんだポテトをタクトのように軽く振ると、薄く笑って上条に座るよう促す。
「あれ? お前怒んねーの?」
「何が? ああ、ビリビリ中学生の事? ……アンタの言うとおり、前は確かにアンタに雷撃の槍をバンバンぶつけてたからアンタにそう言われても仕方ないもん。あの頃は私、素直じゃなかったからなぁ」
 美琴は肘をついて遠い目をする。
 視線を戻して
「……何? 電撃ぶつけて欲しいの?」
「いえ滅相もございませんそのようなことは決して」
「? 変な当麻。ふふっ」
 美琴は上条の前にポテトをつまんで差し出す。
 上条は苦渋の決断と共に、ポテトにかじりついた。

(Mar.25_PM03:47)
 上条当麻は右手に御坂美琴、左手に買い物カゴをぶら下げてスーパーの中を歩いていた。
「お夕飯何がいい?」
「あ、ああ……お前が作ってくれるなら何だって良いぞ」
 会話だけ聞くならバカップルのできあがりである。
 上条は豆腐のショーケースに視線を向けながら思考を巡らせる。
(今日一日街を回ってみたが特に異変も起きてないみたいだし、いつもなら真っ先に現れそうなステイルも天草式の姿も見かけない。科学的に大規模な何かかと思ったけれど風斬が現れた様子もない。つまり今日のことは魔術でも科学でもなさそうだがインデックスの姿が見あたらないってのが気になる。そもそもインデックスの私物類が一切合切部屋から消えてたのはどういうわけだ?)
 そして上条は美琴に視線を向けた。
 考えてもわからないなら知ってそうな人に聞くしかない。
「なぁ御坂、じゃなかった美琴。お前、インデックスがどこに行ってるか知らないか?」
「インデックス? ……ああ、あのちっこいシスターの事? あの子なら一月の終わりにイギリスに帰ったって当麻から聞いてるけど? どしたの? ……まさかアンタ、また記憶喪失?」
 美琴の表情がどんどん暗くなる。上条はその反応に焦って
「ああいや、そう言えばそうだったな。悪りぃ悪りぃ、変なこと聞いて」
「当麻。今日一日様子が変だけど、何か私に隠し事してない?」
「しっ、してねぇっ! してねーよ何も俺は」
「ほんとーに?」
「ほんとーです。上条さんは何も隠し事なんかしてません!」
「……まったく。だったら彼女の前で他の女の子の話なんかしないでよね。そう言うところは全然治ってないんだから」
 美琴がほっぺたを膨らませてちょっと拗ねたような顔を作る。この多彩な表情を見る限り、御坂妹が美琴に化けた盛大なドッキリ、と言うこともなさそうだ。
(するってーと何だ? やっぱりコイツは俺の彼女で、アレがそれな事もとっくに済ませちゃってるのか?)
 上条は思い返す。
 土御門との会話。
 美琴の言葉。
 そして状況証拠。
 ――考えたくない。
 上条はブンブンブンブン!! と頭を振る。
 しかしこれが現実なら、上条が記憶を無くしているだけでこの状態が日常(あたりまえ)ならば記憶を無くしていることは隠さなければならない。一度美琴にバレただけであんな事になるのだ。二度目は避けたい。
「ねーえ?」
「……あん?」
「さっきから話しかけてるのにスルーしないでよね。ホント、今朝といい今といい昔に戻ったみたい」
 美琴はぷぅとほっぺたを膨らませる。
「昔? なんだそりゃ」
「アンタと私がつきあう前のことよ。確かに、たった三ヶ月前だけどね。私にはなんだかすごく昔のことのように思えるの」
「……そっか。そりゃ悪かったな」
「ううん、いいの。今はこうして当麻の隣にいられるし」
 美琴が上条の腕を少し強めに抱きしめた。
 隣にいる美琴は一日中こんな調子で、携帯を取り出そうものならどこにかけるのか問い詰められて誰にも連絡が取れない。
 事態がつかめない。味方は己一人のみ。
「それで、お夕飯のリクエストはないの?」
 上条はある作戦を決行した。
「………………お、お前とか」
(これでどうだ! この親父ギャグなら美琴、じゃない御坂は引く! そして電撃を飛ばしてくる! 魔術じゃないならこれで壮大なドッキリなのかそれとも何か仕掛けがあるのかはっきりするぜ!)
「…………そ、それはその……お夕飯が終わってから、ね?」
 美琴はうつむいて頬を染め、何やらもじもじしている。
(だはーっ!? 何このマジ反応? もうダメだ誰か助けてくれ……)
 上条はこの日、生まれて初めて見えない誰かに助けを冀う。
 しかしあいにくと、その願いに応える救いの手はどこからも差し伸べられることはなかった。

(Mar.25_PM09:32)
 上条はベッドに腰掛けてTVを見ていた。チャンネルを切り替えるが、面白い番組が見つからない。そもそも隣にいる存在が気になって番組の内容に集中できない。
 美琴はシャワーを浴びた後、上条にもたれかかるようにしてベッドに腰掛けている。今朝と違って、今は大きめの青いパジャマを身につけていた。それが誰のパジャマかだなんて聞いてはいけない。
「あー、平日だってのに面白い番組やってねーのな」
「…………」
「お前さ、何か見たい番組ないの? 寮じゃあまりTV見れねぇんだろ?」
「…………特にない、かな」
「そ、そうか。お、日本海沿岸で津波警報発令だってさ。大事にならなきゃ良いんだけどな」
「…………うん、そうだね」
「…………」
「…………」
 太陽が西に沈んで星が夜空を満たしても、使徒十字のように何かの術式が発動することはなかった。これで今日一日の異変が魔術的な何かではないことは確定した。
 街の片隅でスキルアウトが騒いでいたが、警備員にすぐ鎮圧された。いつぞやのように黒ずくめの男達が襲ってくることも最大で四五二〇kgの何かが降ってくることもどこかのレベル5と死闘を繰り広げることもなかった。今日一日の異変は科学的な何かではないと見て良いだろう。
 上条の隣にいるのは元ビリビリで今は『彼女』の超電磁砲、御坂美琴だ。美琴が何も言わない以上、やはり何らかの理由で上条の記憶が三ヶ月分欠落している、というのが妥当な線だ。
(だからってどうすりゃいいんだよ)
 上条は美琴を見る。
 美琴はどこかぼんやりとしたまま、上条にもたれかかって動かない。触れれば淡雪のように消えてしまいそうな、そんな儚げな表情を浮かべている。
 ベッドは部屋に一つしかなく、枕が二つ並べられている以上この先何が起こるのかは上条にだって予想がつく。
(記憶がないですゴメンなさいって素直に白状するか?)
 上条は右拳を握りしめる。記憶喪失は上条の幻想殺しでもぶち壊せない。握った拳を何度も開いては閉じて、意を決すると美琴の肩に手を回す。
「!」
 美琴の肩がビクッ! と震えた。
「な、何か当麻、夕べと今とで別人みたいね」
(気づかれた!?)
 上条は動揺を隠し、美琴に尋ねる。
「い、いつもの俺って、どんなだよ」
「んー。ちょっと強引で止まってっていっても止まってくれない、かな。今の当麻は……なんだか初めての時みたい」
「そ、そっか」
 上条は美琴の肩に回した手に力を込める。
(これで記憶がない、何て言ったらコイツどうなるんだろう)
 上条は第二二学区で美琴に叩きつけられた言葉を思い出す。
 あの時のことはおぼろげにしか思い出せないけれど、もうあの時のように美琴に心配かけるわけにはいかない。巻き込めない。
 この腕の中の存在を守りたい。
(ああなんだ、そっか)
 上条はこのとき気づく。
(俺が笑わねーと、コイツも笑わねーじゃねぇか)
 守ることと傷つけることが同義なら、せめて美琴が望むようにしようと上条は思う。
 ――笑えないのは、自分一人だけで良い。
「美琴。電気消すぞ」
「…………うん」
 上条は立ち上がって部屋の灯りを消し、もう一度美琴の隣に腰を下ろす。
 上条は美琴の細い体に腕を回し、一度抱きしめるとそのままベッドに押し倒した。
 暗がりの中、美琴の姿を良く確認しようと目を開くとそこにはいつもの天井が広がっていた。

(??.??_AM08:01)
「……あれ?」
 例えようのない疲労感と共に、上条は目を覚ました。変な格好で寝ていたせいか、体のあちこちが痛い。
 上条はとりあえず起き上がった。ここはユニットバスの中で、上条一人しかいない。鼻をひくつかせると、かすかに油っぽい鶏の匂いがした。
「……今の夢か?」
「…………………………ォ」
 部屋の奥でかすかに女の子の声が聞こえる。
 上条はユニットバスを飛び出し、部屋のドアを開けた。
 そこには、ベッドの上で上条のYシャツをパジャマ代わりに着たインデックスが空腹のあまり朽ち果てようとしていた。
「おなかへった……とうま……もうだめかも……」
「い……インデックス? インデックス! しっかりしろ! ちょっと待ってろ!」
 上条は台所に駆け込むと炊飯器のコードを抜いて小脇に抱え、そばに置いてあったふりかけの瓶をつかんでダッシュで戻るとインデックスに恭しく差し出した。
「インデックス! 気を強く持てインデックス! ほら、ここに炊いておいたご飯があるからふりかけかけて食え! 今コンビニ行っておかずとかお菓子とか買ってくるからそれまでこれで耐えてくれ!」
 お腹を空かせたときのインデックスは怖い。その恐怖を知っているからこそ、上条はインデックスの機嫌が悪くならないうちにここを離脱しようと計算する。
「う、うん。とうま、ありがとう……あれ? どうしたのとうま? なんだか顔が赤いよ? 熱でもあるの?」
「! な、なぁに大したことないってこれくらい。じゃちょっくら行ってくるから、待ってろよ」
 上条は着替えもそこそこに、財布をつかむと部屋を飛び出した。

(Dec.25_AM08:25)
 上条当麻はコンビニへの道を歩いていた。ちなみに最寄りのコンビニはめぼしい食べ物がごっそりと売り切れていて、今は少し離れたところにある別のコンビニを目指している。
「……不幸だ。朝のコンビニで食い物がほぼ全滅だなんて」
 上条はポケットに入れっぱなしの携帯を引き抜き、液晶画面で日時を確かめる。今日は一二月二五日、午前八時二五分。
 昨夜降った雪は夜半には雨に変わったらしく、わずかに道路の隅に残った白い固まりがそのなごりを漂わせる。これでごっそり残ってたら固まった雪をうっかり踏んで滑って転んでまた不幸だなと考えていると、少し先に
「あれ……アイツって」
 何かを探してキョロキョロとしている御坂美琴の姿を見かけた。
「おーい、美琴!」
 上条は大きく手を振ると、遠くから見ても顔を真っ赤にしている美琴に向かって駆けだした。
「おっす。おはよーさん。朝からこんなところで何やってんだ? 何かキョロキョロしてるけど捜し物か?」
「ちょ、ちょっとアンタ! い、いいいいきなり人のことを名前で呼ばないでよ! あ、えっと、おはよう……」
 常盤台中学の制服を着た美琴は、拳を震わせて何かに耐えている。もしかすると電撃を落としたいのを堪えているのかもしれない。
「あれ? だってお前名前で呼べって……」
 しまった、あれは夢の中の話だったかと上条は頭の中で冷や汗をかく。
「い、いいいいいや別に良いのよアンタが名前で呼んでくれるならその方が私は」
「そっか? んで、お前何か捜し物でもしてたんじゃないのか? 困ってるなら手伝うけど」
「!」
 美琴の肩がビクッ! と跳ねた。
「違ったか?」
「あ、うん、えっと、捜し物は見つかったのよ、うん」
 美琴は所在なげに視線をさまよわせる。
「あの、えっとね? ちょっと聞きたいんだけど……」
「何だ?」
「アンタその……今日空いてる? 夕方くらいとか」
 上条が見かけたときからの真っ赤な顔のままで、美琴が問いかける。
「今日? ……うーんそうだな。晩飯の支度をした後だったら空けられるけど。何か用か?」
 上条は頭の中で今日一日の予定を確かめる。
 部屋を空けることでインデックスは怒るかもしれないけど、その分ご飯をたくさん用意しておけば少しくらいは許してくれるだろう。ちょっとくらいはこのビリビリ中学生につきあってやっても良いかなと上条は考える。何しろ今朝見た夢のおかげで少しだけ気分が良い。あれは恋人のいない上条に神様がくれた、一夜のハプニングな夢だったのだろう。……相手が今目の前にいる美琴というのがやや難ありだが。
「う、うん。渡したい物っていうか、あげたい物があるの」
「俺に?」
「ほ、ほらアンタクリスマスプレゼントとか縁遠そうだしさ。昨日渡せなかったから……」
「そっか? わざわざ悪いな。それってあれか? クリスマスだけに食い物か? だったらすげぇ嬉しい」
「たたた食べっ!? ……そそそそうね、考えようによっては食べられるものかも」
 美琴がぷるぷると肩を震わせる。

「んー、つまりそれって準備するのに時間がかかるから夕方って事か?」
「そ、そそそそうなの、そういうこと。それでえっと、アンタん家知らないから外に出てきてもらうことになるけど……いい?」
「そうだな。うちまで持ってきてもらうのも大変だろうし、いいぞそれで」
 うちに来たら来たでインデックスと衝突しそうだし、その方が安全でいいと上条は思う。おまけに食べ物をくれるっていうなら一人分の食費が浮く。赤字財政で火の車の上条家家主として、純粋にこれはありがたい。
「じゃ、じゃあそういうことだから。後で電話とメールするから、ちゃんと確認してよね? そ、それじゃ私はこれで!」
 美琴は踵を返すと、一目散に走り去った。
「お、おう。またなー」
 慌ただしい奴だなと、上条は小さくなる背中を見送った。そこで携帯の画面をチェックして……
「げぇっ!? もう八時四〇分? やばい、インデックスが怒ってる! 急いでなんか買って帰らないと!!」
 美琴とは別の方角へ駆け出す。でも食い物かー、時間がかかるって言ってたしクリスマスだけにやっぱチキンかな昨日チキン食ったよなでもチキンでも良いよなインデックスの邪魔が入らずにお腹一杯食べられるならもう何だって良いです神様仏様御坂様ありがとう! と上条は心の中で手を合わせる。何だかんだ言って、世界は愛で満ちているじゃないか。
 ところで、一二月二四日をクリスマスと勘違いする方も多いが、二四日はあくまでイブ、つまり生誕前夜で二五日が生誕日『当日』だ。そして二四日に豪華な食事を食べ、二五日は質素に暮らす。インデックスに教わった豆知識を頭の中で反芻しながら、上条はあることを思い出す。

『何言ってんのよ。クリスマスの夜に無断外泊したんだから、同室のあの子が真っ先に気づくに決まってんじゃない』

「…………あれ?」
 ――上条当麻の業火に満ちた不幸は、まだ始まっていない。


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