とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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ふたり



 暗い。明りも無いのに見えるものがある。自分と、アイツの背中。でも。
 走っても走ってもアイツに追いつけなくて。
 呼んでも呼んでもアイツは振り返ってくれなくて。
 でも、どんどんアイツは先に行って。
 汗だくになっても、転びそうになっても追い掛けるけど、でもアイツはいなくなって。

 周りには誰もいない。そこがどこなのかもわからない。
 いるのは私だけ。見えていたアイツの背中も見えない。
 アイツが私から離れていくだけで、涙を零したくなるくらい怖くてさびしかった。
 そこで突然、目を開けていられない程の光が襲ってきた。
 目を開けると、そこはアイツの部屋だった。全体は片付いているけど、それが細かいところまで届いていない、よく見るアイツの部屋だった。
 気付くと私は制服で、その部屋のベッドに腰を掛けていた。アイツの部屋にいる時の私がよく座っている所だ。
 そういえば、アイツの姿が見えないけど、どこに行ったんだろう。

 ベッドのある部屋にはいない。キッチンも、今いる部屋から様子が見えるけど、いそうに無い。じゃあ、トイレとか浴室の方かな。
 おかしい。浴室も、トイレもノックをして声もかけたのに何も音が返ってこない。
 まさか寝てるんじゃないでしょうね。浴槽で寝る様な奴だから驚かないわよ私は。
 開けたけど中には誰もいなかった。トイレも。浴室も。浴槽の中も。

 もう一度ベッドのある部屋へ戻るけど、やっぱり誰もいない。窓の向こうにあるベランダも誰もいない。
 あ、じゃあ今買い物に言ってるのかな。そうだ、きっとタイムセールに言ってるんだ。
 ほら、玄関に靴が無い。間違いない。全く、私を残して買い物に行くってどういう神経してるのよ、アイツは。
 一人で部屋にいるのも詰まらないし、追っかけてびっくりさせてみようかな。って、アイツ、私の靴どこにしまったのかしら。
 あれ? どこも空っぽ? おっかしいなぁ、ここに無いって事はこの棚の中にあるはずなんだけどなぁ。

 裸足で外に出る訳にも行かないし、外の様子を確かめるだけにしておこうかな。ちょっとはしたないけどさ。
 ん、あれ。何で開かないの? 鍵もちゃんと開けてるし、ドアノブだって回るのに。ここの部屋のドアって、こんなに硬かったっけ? 力いっぱい押してるのにびくともしないわよ。
 仕方ない。すっごく不満だけど、待ってよ。

 にしても遅いわね。どこまで買い物に行ったのよ。
 ん? 今、玄関が開く音が聞こえた? ようやくあのバカ帰って来たのね。この私をここまで待たせるなんていい度胸じゃないの。
 タイムセールでお目当ての物でも手に入って上機嫌なんでしょうけど、その鼻歌、『超電磁砲』で止めてあげるわ。

「今日は卵が無事に買えましたよ~。って、はい?」

 人の顔見て何そんな意表突かれましたー、みたいな顔して止まってんのよ。失礼じゃない?

「は、はぁ……、すいません……」

 っていうかさ、何でそんな他人行儀なの? 私の事、おちょくってんの?

「他人行儀っていうか、その……」

 はっきりしないわね。一体何? ちゃっちゃと言いなさいよ。

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて。その、あなた様はどちら様でせう? 何故にどうやって俺の部屋に?」

 …………………は?

「見た所、常盤台の人みたいだけど、どこかでお会いしました?」

 え、ちょっと待って? 知らない? 私の事を? アンタが? 何それ、冗談にしても性質が悪過ぎよ?

「冗談じゃなく、本気で知らないんですけど……」

 ……………嘘。だって、嘘、いや、違う、だって、アンタ以上に私の事知ってる奴なんて……、ねぇ、うそでしょ? 冗談でしょ? ねえ?

「って、言われても。なんか困ってんなら力になるけど……」

 …………………………めて。

「ん? 何か言ったか?」

 …………………やめて。

「やめてって、何を?」

 私の事知らないアンタが、アイツみたいな素振りしないでよ!! 私の事知らない癖に! アイツのそっくりだかなんだか知らないけど! アイツの! 上条当麻の真似なんかしないでよ!!

「え? 何でお前、俺の名前知ってんの?」

 なんで、って……、そんなの……!

「俺は確かに上条当麻だけど、何で知ってるの?」

 …………うそよ。アンタが上条当麻な訳ないじゃない。アイツが私の事知らないなんて、ありえないんだから。あんた、『肉体変化』系の能力者か何かでしょ。
 上手く化けてるわね。仕草から何まで全部そっくりよ。すごいわよ。でも、さすがに記憶までは真似できないでしょ?
 お願いだからこれ以上、アイツみたいに振る舞わないでよ……。
 ねぇ、お願いだから、上条当麻じゃないって言ってよ……!

「俺、常盤台に知り合いはいない筈なんだけどなぁ」

 もう、やめてよ……。

「本格的にあなた様はどちら様なんでせう?」




 目が覚めた。
 鼓動は速い。呼吸は浅く荒い。全身に嫌な汗が流れて服が張り付いていて気持ち悪い。
 寝起き直後だというのに、美琴の目は大きく見開かれ焦点の合わない眼差しは天井へ向いていた。
 徐々に焦点があっていき、美琴は一旦目を閉じ、少し気持ちを落ち着かせてから自分の居場所を確認する。
 常盤台の寮とは別に、見慣れた天井。横にはすぐに壁。反対には漫画が半分以上を占めている本棚と、テレビにテーブル。頬に返る弾力はすっかり自分の匂いになってしまった枕とベッド。

(当麻の部屋だ……)

 間違いなく、上条当麻の部屋だった。
 カーテンが閉まった部屋で美琴は身を起こし、足を投げ出しベッドに腰を掛ける。
 余り気味の腕の裾を伸ばし、手に掴んでそのまま目元を覆う。
 今美琴が来ているのは、上条当麻のスペアのパジャマだ。この部屋に泊る事が多くなってから、上条は美琴にこれを着せていた。
 美琴が自分で買う、という選択肢ももちろんあったのだが、そこは恋する乙女。あるのなら、彼氏のパジャマを着てみたいと思うものだ。

 それに最初のころは、上条に買う余裕がないから、間に合わせの応急処置だったが、結局、今では美琴用になっている。
 けれど、今でも偶にスペアの役割を果たしているようで、かすかだが、上条の匂いが鼻孔をくすぐる。
 自分でもどうかと思うが、その匂いは、とても落ち着く。

(夢……。あれは夢なのよ……)

 そう、夢だ。あれは夢なのだ。ただの、脈絡のない訳のわからない夢だ。
 自分は確かに、上条のベッドから起きたし、今、そのベッドに腰を掛けて起きている。それに、上条の部屋にある、この独特の生活臭というのは自分もよく知ってるものだ。
 そして、上条が自分の事を知らないなんてありえない。
 自分は学園都市で一番、いや、きっと上条の親よりも、彼の事を知っている。その自信がある。
 それと同じように、上条だって自分の事をあの母よりも知っているはずだ。その自信がある。

(だから、あれは夢なのよ……)

 言い聞かせる。何度も何度も。震えが治まるまで。苦しさが治まるまで。
 部屋から感じる上条の気配もあり、美琴を襲っていた深く重いものは徐々にその形を失っていく。
 それと同時に、この気配がいつもの自分を取り戻させてくれる。
 けれど何かが足りない気がする。部屋に満ちているこの気配に足りないもの。
 音? 違う。光? それも違う。じゃあ何だろう。

(……ッ!? アイツは!? 当麻は!?)

 慌てて立ち上がる。
 焦った風にも見える素振りで首を巡らし、トイレや浴室の中も確かめたが、どこにも上条の姿が見えない。
 しまっているカーテンを開けても、ベランダに上条の姿は無かった。

(い、や……)

 さっきは夢だ。今は現実だ。だから、上条がいない訳なんてない。必ず何処かにいる。
 でも、どこにもいない。まるで、さっきまで見ていた夢の様にどこにもいない。

(……っ! そうだ、玄関!)

 玄関には上条の靴があるはずだ。それに自分の靴も。無ければ、きっと近くのコンビニにでも買い物に行っている筈だ。
 ドタドタと、大きい音が立っている事を気に留めず、美琴は玄関へ駆ける。
 案の定、靴は無い。でも、自分の靴はある。真ん中よりも少し右寄り。何かに触れたのか、片方の靴が少しずれている。
 上条だ。上条が靴を履いた時に美琴の靴に触れて、それで位置がずれているのだ。

 それだけなのに、美琴の体から少しずつ力が抜けていく。
 上条の姿を見た訳ではないが、それでも、間違いなく彼がいる。それがわかったから。
 力なく、ぺたりと玄関に腰が降りるか否か、そのタイミングで玄関が開いた。

「ただいまー。……って、何してんの?」

 呑気な問いかけだが、その実、その声には些かの緊張を含んでいた。ただ、上条本人にしかわからないほど巧みにそれは隠されていた。
 切れていた牛乳と卵を買いに近くのコンビニから戻って玄関を開ければ、そこには美琴の何処か呆けて、それでいて今にも泣き出しそうな顔。
 具体的な事はわからないが何かがあったのかは楽に想像できる。けれど上条はそれを聞こうとはしなかった。
 靴を履いたまま、土間にしゃがみ目線を美琴に合わせる。

 泣きそうな顔だ。その泣きそうな顔は、上条は嫌いだ。好きな女の子はいつでも笑っていて欲しい。だから、泣き顔なんて嫌いだ。
 何も言わず、上条は美琴の頭に右手を置き、静かに大きく、そして優しく撫でる。安心させるよう、笑顔を浮かべながら。
 最後に、ぽん、と少し強く美琴の頭に手を置く。

「おはよ、美琴」

 笑みを深くしそして目を開け、美琴を優しく真っ直ぐ見据えながらそれだけを言った。

「…………ふえ……」

 その一言で、美琴の中にあった堰が壊れ、それまで必死に押し留めていた涙が止まることなく溢れてきた。
 上条はやはり何も言わず、袋を適当に近くに置いて優しく美琴の体を包み込むように抱きしめる。
 すると、下の方から啜る様な音が聞こえてくる。
 美琴の手はくしゃくしゃに上条の服を掴み、彼女の顔は上条の胸に押し当てられていた。
 何があったのか。気にならない訳じゃあないけど、きっと、これは俺から聞くもんじゃねえよな。
 そう思った上条は何も言わず、ただ子供をあやす様、背をゆっくり叩く。

「大丈夫、大丈夫だから」

 語りかける様にも、囁きかける様にも聞こえるその声は、暖かく深く美琴の心に降り積もっていく。
 だいじょうぶ。だいじょうぶだ。背中を叩く手にもそう言われている気がする。
 うん、だいじょうぶだ。もう、だいじょうぶだ。だって、あれは夢で、これは現実で、それに。

「大丈夫だ。俺、ここにいるから」

 上条が、愛しくてたまらない少年が、確かにここにいるから。
 どのくらいそうしていただろう。上条の服を握っていた手は気付いたら彼の背中に回され、胸に押し当てていた顔は少年のそれのすぐ横にあった。
 泣きやんでも、上条は何も言わず、特に何をするという訳でもなく、ただ抱きしめていてくれた。

「も、だいじょうぶ……」
「そっか」

 上条から離れ、美琴が小さく呟く。それに返るのも、小さい上条の声。
 ペタンと座り、泣いて赤くなった目を擦っている美琴の前で、上条は袋を手に立ち上がって靴を脱いで玄関に上がる。
 そのままキッチンへ行こうとする上条、美琴の小さな声が引き留めた。

「あ、えっと……」

 上条へと伸ばされた美琴の手が宙を泳ぐ。

「先に歯磨きしてこいよ~。今日は上条さんお手製フレンチトーストだからな。楽しみにしとけ」

 美琴の言葉の先を待たずに放たれた上条の言葉。
 さっきの事には何も触れず、にしし、とちょっと威張っている様に見える笑顔を美琴に向けるだけ。
 そのまま美琴の応えを待たず、カーテンを開けてから上条はキッチンへ消える。
 玄関に取り残される形になった美琴は、宙を泳いでいた手を胸の前に持ってきて、擦れるほど小さな声で呟く。

「……ありがと……」

 立ち上がり、美琴は浴室へと続く戸を開けて洗面台へ向かう。
 戸が閉まる音が聞こえ、フレンチトーストの準備をしながら上条は言った。

「気にすんな」

 自分にしか聞こえていないのに、その声は呟きの様に小さく頼りなくは無かった。
 どこか、安心させる響きがあった。
 それから少し経って、フレンチトーストの香ばしい匂いが部屋に流れ始めるころ、美琴が浴室の戸を開け、出てきた。

「お、丁度いいタイミングだな」

 それに気付いた上条が、隣を歩いてテーブルの前へと座った美琴へ言った。
 やっぱり、上条は何も触れてこない。
 あれから10分以上経っているのだ。歯を磨くだけならそんなに時間はいらない。
 実際、美琴は顔を洗っただけで、後はずっと手近な壁に背中を預けて、気持ちを落ち着かせていた。
 きっと上条はわかっている。でも、何も言ってこない。それが少し、嬉しかった。
 ただ、上条の上の服が変わっているのがちょっと、恥ずかしいというかなんというか、複雑な気持ちになった。

「お待たせー。上条さんお手製、フレンチトーストの出来あがりー」

 言いながら置かれたのは2人分のフレンチトーストとコーヒー。それらを乗せてきたトレイを脇に置き、上条はテレビの前へ座る。その正面に美琴が座っている。
 一緒に挨拶をしてから、上条と美琴は食べ始めた。
 食事中の会話内容は何の他愛のない、ただのお喋りだ。
 インデックスに比べて用意する量が少ないから楽だとか、あの子に比べて欲しくないとか、そんな会話だ。

 現在、上条は気ままなひとり暮らし生活に戻っていた。
 インデックスは現在、イギリスの方で暮らしている。今でもたまにこちらに遊びに来る。
 上条と美琴が付き合いだして一ヶ月後位に、インデックス自身がイギリスに引っ越すと言いだした。
 別段、彼らに何か問題があった訳ではない。上条とインデックスは相変わらずだし、美琴とインデックスにしても、お互い姉妹の様に接していてとても仲がよかった。
 美琴から見ればインデックスは手のかかる妹で、インデックスから見れば美琴は口うるさい姉だった。

「そういえば、あの子。元気にしてるかな」
「ステイルが一緒だから大丈夫だろ。ただ、ステイルの財布は知らんけども」

 インデックスの食欲はすごいからなぁ、との上条の呟きに美琴は深く頷いた。
 インデックスは今、ステイルと一緒にいる。
 以前から怪しいとは思っていたのだ。
 学園都市にいるころから、インデックスは慣れない携帯の使い方を何度も聞いてきた。おかげで今ではメールで、絵文字や顔文字まで使いこなす程の進化を見せている。
 そして、メールを見たかと思えば嬉しそうな顔で、用事が出来たから出かけてくるんだよ、と急いで出かけていく日があったり。
 そういう日は、帰ってきたインデックスの顔は満足そうだけど何処か寂しそうだった。

「ステイルさんかぁ……。初めて見た時はびっくりしたよ。その場面も含めてさ」
「全くだ」

 今度は上条が美琴の言葉に深く頷く。
 それは上条が美琴と付き合う前から始まり、付き合ってからも続いていた。
 そして、インデックスが引っ越すと言いだした日、実にはもう一人、そこにいた。赤毛の不良神父が。

「当麻も知らなかったの? インデックスがステイルさんと遠距離恋愛してるって」
「何となくそーかなー、っていうのはあったけど、知らなかったよ」

 もぐもぐとフレンチトーストを食べながら、上条と美琴は言葉を交わす。
 そういう事だ。蓋を開けてみればインデックスの行動にも合点がいった。
 インデックスが携帯の使い方を何度も聞いてきたのは、ステイルと電話やメールがしたいからで。
 メールを見てインデックスが慌てて出かけていったのは、ステイルが学園都市に来ていたからで。
 インデックスの顔が満足そうだけど寂しそうだったのは、ステイルがイギリスに帰ってしまったからで。
 距離は離れ、連絡手段は限られていても、インデックスとステイルの想いは変わる事はなくて。

 そんな時に舞い込んだ、上条が美琴と付き合い始めたという話。
 その話を聞いた時インデックスは、なんだか大好きな兄を取られた気がして寂しかったが、同時にとても嬉しかった。そして、いい機会かもしれないとも思っていた。
 けれど、1カ月と時間がかかったのは、やっぱり上条と離れる事が寂しくて、美琴の事が大好きだったから。
 それでもインデックスはイギリスに移る事を決めた。その方がきっと、上条にとっても、美琴にとっても、自分にとっても、何よりステイルにとっていい事だと思ったから。

「妹を他の男に取られる人の気持ち、上条さんわかった気がしましたよ、あの日」
「あはは。私も、かな」

 そう、妹だ。上条にとっても、付き合いは長くないけれど美琴にとっても、インデックスは大切な妹だった。
 大切な妹を、いくら信用も信頼もしている相手とはいえ、取られるのは何とも複雑なものだった。いや、取られるという表現で正しいのかわからないけども。
 美琴はステイルを知らないが、上条が信頼している様だから、深くは言わなかった。ただ、インデックスをよろしくと、言っただけに終わった。
 向こうもそれを快く承諾してくれたから、美琴も満足だった。

「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」

 フォークを置いて挨拶をした美琴に、ほぼ同じタイミングで食べ終わった上条が返す。
 空になった皿たちを片付けようと上条が立ち上がるが、それを制して美琴が代わりに片付ける。
 せっかくなので上条は美琴に任せ、美琴の座っていた場所に移動して背中を預ける。そのままベッドに上半身を預け、だらーん、と力なく腕を伸ばす。
 すると、キッチンの方から戻ってきた美琴が、困った様な顔で上条を見ていた。どこに座ろう。
 そう悩んでいると、上条が自分の隣をぽんぽんと叩く。ここに座れと催促だ。
 丁度そこに座ろうかと思っていた所でのそれだったので、美琴はすぐに隣に腰を下ろす。

「よいしょ、と」
「へ? ちょっと?」

 座ってすぐ、いきなり脇に手を差し込まれびっくりするが、上条はそのまま美琴の体を持ち上げる。
 持ちあげた美琴の体を自分と向き合う様に、胡坐をかいて座っている自分の足へちょこんと乗せる。

「よし。これでオッケー」
「お、オッケーって……」

 上条が満足そうなのはいいけれど、この体勢は恥ずかしい。
 上条の足に座っている所為で美琴の頭の位置は上条の上になり、しかも上条の頭の位置というのが自分の胸の前あたりだ。
 とっても恥ずかしい。でも、この体勢を嬉しいとも思っているから動くに動けず、どう反応したらいいか困っている美琴。
 その反応も楽しんでいる上条は徐に手を伸ばし。

「ふあ?」

 むぎゅ、と美琴の頬を左右から引っ張ってみる。
 みょいーんと伸びる頬は何とも柔らかく、触り心地がよく気持ちいい。
 けれど。

「う~……」

 頬を引っ張られている方はあまりお気に召さないようだ。
 少し怒った表情を見せ、不満を視線に乗せ上条を見据えている。
 その表情も可愛かったが、気遣い過ぎだろうけれど今朝が今朝だけに、上条はすぐに手を離し、美琴に抱きつく。
 美琴の肩に顔を乗せる様に。自分の息が首筋に当たってくすぐったそうにしている。
 今朝。その事を思い出し、美琴を抱きしめる上条の腕が自ずと彼女を強く抱きしめる。

「ちょ、ちょっと、どうしたの?」
「ん~? 上条さんだって彼女さんに甘えたい時があるんですの事よ~」
「……むぅ……」

 美琴が顔を赤くするのと言葉を失うのは同時だった。
 その間も上条は美琴を全身で感じる様、程良く、時には少し強く抱きしめる。
 恥ずかしくてしょうがなかったが、美琴も次第にしっかりと上条の背に手を回し力を込め抱きしめる。
 それがとても安心する。美琴がいる。上条がいる。それだけの事で、でもとても大事な事で。だから、とても安心できる。

(いる。うん、ここにいる)

 美琴は少し強く抱きしめる。
 自分でも女々しいと思った。まだ今朝の夢の事を引きずっている。
 自分はもう少し強いと思っていた。あんな夢に負けない程度には。
 でも、ダメだ。私はもう強くなれない。コイツの前では。ちょっとだけ悔しいけど、それも心地よかった。

 私は当麻がいないとダメで。離れると途端にダメになっちゃって。例え夢でも当麻がいなくなるのは嫌で。当麻と一緒にいるのが、抱きしめられるのが大好きで。
 上条と付き合う前はもうちょっとしっかりしていたと思うけれど、今はこの有り様だ。こういうのを、骨抜きにされる、って言うのかな。美琴は腕に返る感触と、背中にある暖かさを感じながら思っていた。

「なー、美琴ー」

 幸せにまどろんでいると、その耳に上条の声。上条の口が自分の耳のすぐ近くにあって、少しくすぐったい。

「この後どうする? どっか出かけるか?」

 お互いに抱きしめあいながらの上条の言葉。それに美琴は正直、心揺さぶられた。
 このままずっと抱き合っているのもいいけれど、外に出かけて上条と一緒にはしゃぎたい。
 ああ、どうしよう。このまま幸せにまどろむか、一緒に騒いでくるか。何だ、この難問は。内心、美琴はその嫌らしい選択肢に毒を吐く。

「……く」
「ん? なんだ?」
「遊びに行く……」

 美琴のその口惜しそうな声に上条は思わず笑みを零した。
 遊びに行きたい気持ちはあるのに、それと同じくらいこうしていたいと思っているに違いない。

「じゃ、着替えるか」
「うん……」

 あー、まだ迷ってるのかー。どっちを選んでも魅力的だから、その選ばなかった選択肢がより魅力的に見えているんだろう。
 美琴を膝の上から隣に移動させ、上条は立ち上がる。さすがに、着替えの時までいる訳にはいかないので、このまま浴室だ。上条は既に着替えているので問題は無い。
 ポンポンと、美琴の頭を叩きそのまま手を乗せながら、上条は美琴へと話しかける。

「お前が大丈夫だったら、今日も泊ってくか?」
「……! うん!!」

 その声で美琴の顔から悩んでいた表情が欠片も無く吹っ飛ぶ。
 それに笑顔を返しながら、上条は浴室に引っ込む。
 それを確認してから美琴は立ち上がりパジャマを脱いで、何着か置いてある自分の服から今の気分に合う物を取り出して着替える。
 本当は制服じゃないといけないのだが、無視だ無視。と制服の存在を黙殺する。

 着替えながら、浴室のある方に顔を向ける。
 付き合ってもうしばらく経つのに、上条は今みたいに寝る時も浴室に引っ込む。
 自分は一緒に寝たいのだけれど、上条が美琴にはよくわからない事をいって、その勢いのまま浴室へ入ってしまう。顔を赤くしていたから恥ずかしいからなのだろうけど、それは自分も同じなのに。
 一緒に寝られない事は寂しいけれど、その行動が上条らしくて好ましくも思えるので、上条の部屋に泊る時は毎晩、中々に複雑な心境を味わっている。

「着替え終わったわよー」
「おー」

 浴室へと聞こえる様、美琴は少し声を張る。
 出てきた上条と入れ替わる様に、今度は美琴が中に入って髪型のチェックだ。その前に歯を磨いちゃえと、歯ブラシを手に取る。因みにおそろい。さらに言うならコップも。
 素早くしかししっかりと歯を磨いて、今度はきっちり髪型を整える。オレンジの白い花が付いたピンで髪を留めて完成だ。
 最後に少し鏡から離れて全身をチェックして終了。浴室から出ると、携帯を手に持った上条と目があった。

「準備、出来たわよ」
「お、じゃ行くか。っと、さっきインデックスからメール来たんだけど」
「インデックスから? なんて?」

 美琴の問いには答えず、上条はメール画面を見せる。
 そこには『ステイルと一緒に学園都市に来てるんだけど、一緒に遊べないかな』という内容のメールが。
 その内容を見ながら美琴はずいぶん成長したなぁ、と場違いだけれども思っていた。
 ひらがなでメールを打つのが精一杯だったインデックスが、今では漢字にカタカナ、そして絵文字まで使っていて。美琴は小さく感動していた。

「で、どうしますか?」
「決まってんでしょ。もちろん一緒によ!」
「へーい」

 上条は了解の旨と待ち合わせ場所と時間をメールに打ち、インデックスに返信する。
 携帯を閉じて顔を上げると、美琴の嬉しそうな顔があった。
 大好きな妹に久々に会えてうれしいのだ。かくいう上条も美琴と同じだ。
 待ち合わせは向こうの都合に合わせて今から1時間後。場所はそれほど遠くないが、待たせる訳にはいかないから、もう出発だ。
 美琴も同じ事を思っていたようで、上条が彼女へ視線を向けると同じタイミングで目があった。

「んでは、そろそろ行きますか、彼女さん?」
「しっかりとエスコートしなさいね、彼氏さん?」

 どちらからともなく手を取り、上条と美琴はそのまま部屋の外へと歩いて行った。


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