とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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匿名ユーザー

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愛してると言って ~Say_You_Love_Me



 その日はいつものように、アイツの部屋で、私はアイツの課題を手伝っていた。同居人の白いシスターは、今日は友人宅へお出かけなんだとか。
 なんでも――あくせられーたがご馳走してくれるんだよ! だからとうまはみこととごゆっくり! などとのたもうていたらしい。
 いつの間に一方通行や打ち止めたちと仲良くなったのかと、不思議に思ったけれど、こうしてアイツと2人きりにしてくれるのなら、大いに感謝しなきゃね、と思う。
 私とアイツとはあれからずっと、友達と言えるような付き合いが続いていて、こうして課題を見てあげたり、料理を作ってあげたりもするようになっていた。

「――だから、ここは……でしょ? この部分が……だから、ここに……」
「え? これは……だから、こうじゃないのか?」
「うん。そこはそれでいいんだけど、ここが……で、……だからこうなるのよ」
「あ、ああ、そっか。なるほど。じゃ、ここは……だから……ってことだよな?」
「そうそう。よく出来ました。アンタってさ、やればできるんじゃないのよ」
「いやいや、これも御坂センセーのおかげですってば、よ……?」
「――?」

 そう言いながら、顔をあげたアイツと私。
 課題に集中していたためか、気がついてみれば今のふたりの距離はほんのわずかだった。
 肩と肩が触れて、ちょっとバランスを崩すだけで、そこはアイツの胸の中だということに気がついた。
 私の目の前、ほんの数センチ先にアイツの顔があって、じっと私を見つめてたことに。

「――っ!」
「――ッ!」

 お互いその状況に気がついたけれど、なんとなく先に目を逸らした方が気まずくなるように思えて、そのまま見詰め合ってしまってた。
 ふたりの間を天使が通りぬけたように、ただ静寂だけが支配する空間。
 何秒? 何十秒? 何分?
 胸はドキドキとして顔もカァっと熱く感じられていても、身動き一つさえ出来ずに、ただ時間だけが静かに流れていく。
 そんなとき、夜空のように黒く輝くアイツの瞳に刺激されて、私の中で湧きあがったのはちょっとしたいたずら心だった。
 近づくようにも遠ざかるようにも感じられる、ふたりの距離のもどかしさにそろそろ我慢できなくなっていた私は、
 自分の中で囁く甘い言葉につい心を誘われてしまってた。
 アイツヲ、ワタシガ、誘惑スル。
 魔がさしたというべきなのか、それとも悪魔が邪悪な笑みを浮かべたのか。
 私はゆっくり目を閉じてわずかに顔をアイツの方へ向ける。
 こうすれば、アイツだってきっと。
 そしてそれは思った以上に効果的、だったようで。


「――みさ、か……」

 呟くようなアイツの声が聞こえ、熱い吐息が近づいてきた。ごくりとアイツの喉が鳴る音も聞こえてくる。
 そうしてアイツは、あっさりとそのラインを越えてきた。友達という一線を。
 初めて唇に感じた、柔らかくそして温かな感触が、長いようで短い時を刻む。
 頭の中が真っ白になって何も考えられず、ただふわふわと浮き上がるような気持ち良さに、私の何もかもがとろとろに溶けてしまってた。

「い、いいのか……?」

 野暮なアイツの声なんて無視して、黙って目を閉じたままで。
 私も緊張しているからなのか、もう一度重ねられたアイツの唇から伝わる、ひりつくような熱っぽさだけを唇に感じていた。
 やがてアイツの腕がふわりと優しく私を抱きしめると、そのままゆっくりと床に押し倒される。
 時折耳元にかかるアイツの吐息が、私の背筋にゾクリと電流を走らせて。

「――あ……」

 思わず漏らした吐息のような喘ぎが、アイツをいっそう刺激してしまったみたいで、唇に首筋に顔に、貪るようなキスの雨が降り続く。 
 ただひんやりとしたフローリングの冷たさにぶるりと震えを感じてしまって、どうしても私を甘い夢から覚めさせてしまう。
 初めてがこんな冷たく硬い床の上でなんていや。せめてベッドの上で……と思った私は、アイツの身体を押し返そうと腕に力を入れた時だった。

「いや……」

 ――こんなところじゃ、と言いかけて、緊張してた私からわずかに漏れ出た電流が、アイツの身体にぴりりと流れてしまった。
 私の服を脱がそうとしたあいつの右手が、私の身体から離れた瞬間の出来事だった。

「うっ!?」

 その衝撃にアイツがはっと我に返ったような顔をしている。
 組み敷かれた私の顔を見て、自分が何をしようとしたかに気がついてしまってた。
 私の瞳に浮かぶ僅かな拒否だけを読み取ってしまったのか、それとも今の私の言葉をそのまま受け取ってしまったのか、アイツの顔がみるみる青ざめて、ふらふらとしながら私の身体から離れていった。
 それはまるで刑場へ引き出される囚人のようにも思われて。
 悪魔に唆された誘惑が、アイツを地獄の底へと招きいれてしまったことに、私は悔悟と心の痛みを感じていた。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 私はアイツとの距離を縮めたくて、雰囲気に流されるように誘ってみようと思っただけなのに。
 だのにアイツにあんな顔をさせてしまうなんて、夢にも思わなかった。
 どうして? 私はアイツを……傷つけるつもりなんてなかったのよ。

「すまん。御坂……、すまん」

 真っ青な顔色で、今にも泣きそうな顔をしてうなだれている目の前の男、上条当麻が、私のために絶望の表情を浮かべていた。
 
「なんでアンタが、そんな顔をしてるのよっ。悪いのは、私の方……なのに、なんで……なんでっ!」

 そう。下手な誘惑をしたのは私の方だ。私があんなことをしなければ。あんな風に誘ったりしなければ。
 アイツだって年頃の男の子だ。
 私の方から誘うようなことをしたら、いくら鈍感なアイツだって、その気になるのはわかってたはずなのに。
 正気に返ったアイツがどう思うかなんて、アイツの性格を考えたらわかりそうなものなのに。
 私の浅はかな考えのために……アイツは。

「あやうくお前を、傷つけるところだったんだ! 守るって決めてたのに! 俺は御坂を……穢してしまうところだったんだッ!」

 そう言って、アイツがぽろぽろと涙を溢している。私のために、アイツはひとりで傷ついていく。
 アイツはいつもそうだ。何もかもひとりで背負って突っ走って。そうしてひとりで苦しんで。傷ついて。それでも誰も傷つかなかったからいいんだよ、って?
 ふざけないで!
 アイツが笑顔の下に、隠しているものを私は知っている。
 私が知ってしまったあの時から、私がどんな気持ちでいるのかなんて、アイツは全くわかっていないんだ。
 だから私は、アイツだけは絶対に傷つけてなるものか。たとえ私が傷つくことになるのだとしても、絶対に後悔なんてしない。
 大好きなアイツを守るためなら、ね。
 だったら、

「あのさ。アンタは……当麻は、私のこと、嫌い?」

 そっとアイツの手を握ると、私は上目遣いにアイツの顔をそっとのぞき見た。
 アイツの身体が一瞬びくりと震えたけれど、お構い無しに私はじっとその目を見つめ続ける。
 私を見つめてくるアイツの瞳は黒くて深くて、その中に吸い込まれそうなほど神秘的に思われて。私の魂さえもぐいっと持ち去っていくようにも感じられて。
 アイツの瞳の中には、私だけが映っている。それだけで私の身体は、喜びに打ち震わされて。
 ふっと揺らいだアイツの視線は、アイツの手を握る私の手に落ちたかと思うと、もう一度、私の顔を見つめ返してきた。
 こんどはそこに、アイツの想いを感じられるような力強い光と共に。

「嫌いじゃねえよ!」

 その言葉に自分の顔がかあっと熱くなるのがわかる。たぶん今のアイツの顔と同じように、真っ赤になっているのだろう。
 これはもしかして? というか、アイツは私に手を出してきたのだから、私のことを意識していたのは間違いない。
 だったらもう迷うものか。躊躇うものか。今度こそ真っ直ぐにアイツの心に手を伸ばしたいから。

「なら……よかった。私は当麻のこと……、大好きだよ」

 その言葉を聞いたアイツの顔が、驚いたように固まってた。口をぽかんと開けて、信じられないと言っているかのように。


「でなきゃ、こうして課題を手伝ったり、ご飯を作ってあげたりなんてしないもの。一緒に戦うだなんて言わないもの」

 そう言って、私は握っていたアイツの手を離すと、自分の服に手をかける。

「――だから私が、友達より先の関係に進みたいって思ってたら、当麻はどうするの?」

 目を見開いたままのアイツの目の前で、私は制服のブレザーを脱ぎ、リボンタイを取る。そうしてブラウスのボタンを一つづつ、上からゆっくりと外していく。
 今日着けてきた下着は、勝負下着じゃないけれど、それでもこんなこともあろうかと思って買っておいた、フェミニンな上下お揃いのお気に入りの品だ。
 さすがにもうゲコ太柄は完全なプライベート用にしているから、こんな場所、ううん、アイツの部屋へ来るときには着けてなんてこない。

「みみみ、御坂サン? いったい何を……」

 焦ったようなアイツの声が聞こえるけれど、私は聞こえないフリをする。
 ブラウスの前ボタンが全部外れて、ブラが丸見えになるけれど構わない。だってこの時のために買ったようなものだし。
 それよりアンタ、私のこの姿を見て、何か言うことはないの?

「ねえ、当麻。こんな私じゃ、魅力なんて無い……かな?」

 私の言葉に、アイツの喉が、ごくりと上下に動いたのを見た。さっきまで、後悔と絶望の色に染まっていたアイツの顔が、今では驚愕と逡巡に変わってた。

「み、さか……」
「私、当麻になら、何されてもいいって思ってる。さっきはいきなりだったから、ちょっとびっくりしただけ……」

 ここまで言ってしまったら、私はもう止まらない、止められない。

「――当麻が、私を押し倒してきたときは、ちょっと照れくさかったけど嬉しかった。当麻が、私を女と意識してくれてたのがわかって、本当に嬉しかったのよ」
「――お前……」
「だから当麻が気に病むことなんてどこにも無いわ。私は当麻のいろんなもの、きれいなものも汚いものも、その欲望だって受け止めたいと思ってる」

 今までずっと、心の奥に押し込めてきた想いが、次々と口からあふれ出てきてしまう。
 だからお願い。私の声を聞いて。私の気持ちを受け止めて。
 私の全てを、アンタにあげるから。

「当麻の心に誰がいるのかなんて、もうどうだっていいの。たとえ当麻が他の誰かを好きなんだとしても、それでも私はこの気持ちだけは、当麻に伝えておきたいのっ」
「御坂……」
「さっきのことで私を傷つけたなんて思って欲しくない! 私のために苦しんで欲しくなんかない! 当麻になら私の全部あげたっていいんだからっ!」

 いきなり抱きしめてきたアイツの腕の中で、私はそっと目を閉じた。


 ぎゅっと抱きしめたまま、アイツはそれ以上何もしてこなかった。
 私は大いに期待をして、ううん、ちょっとだけ怖かったけれど、それでもアイツのだったら、なんだって受け入れると決めていたはずなのに。
 それでもなぜだか止められない身体の震えは、しっかりとアイツに伝わってしまってた。

「む、無理、すんじゃねえよ。みさ、美琴……」

 さっきまで涙を溢していたのは、どこのどちら様でしたっけ? と思わず皮肉のひとつも言ってやろうかと思うくらい、アイツはいつものアイツに戻っていた。

「――こ、こんなに震えてんじゃねえか」

 そう言うアイツだって、緊張してるのか、さすがにその口ぶりはなんだかぎこちない。
 でもここまで来たら、もう止められない、わよね?

「さ、さっきの続き、してもいいわよ。わ、私にだってそのくらいの覚悟、あるんだから」

 耳元で、アイツが深呼吸をするように大きく息を吐いた。

「ごめん。今の俺は、まだ覚悟が出来てないんだ」
「――っ!」

 アイツが言ったごめんという言葉に、私の身体は凍りついた。心臓をぎゅっと鷲づかみにされたように苦しくなって、
 すうっと血が下がっていくのが自分でもわかる。
 これがアイツに友達という一線を越えさせようとして、私がしかけた罠のような誘惑への報いなのだと感じてた。
 それがアイツの答えなら、私はそれを甘んじて受けるしかない。こんな私に、アイツの隣にいる資格なんて、もうどこにもないのだから。
 諦めかけたその時、

「勘違い、するなよ? 俺は美琴の全てを受け止めるだけの覚悟が、今はまだ出来てないって言っただけで、お前と同じ気持ちは持ってるからな」
「えっ? それって、どういう……?」

 アイツは抱きしめていた腕をほどくと、今度は私の両肩をつかんだまま、じっと見つめてきた。
 その顔にはさっきまでの驚きも迷いもなく、ちょっと恥ずかしそうな、それでいて優しい微笑みがあって。

「俺も美琴とは……友達より先に進みたいって、思ってたんだ」
「――あ……」
「ずっと一緒に課題を手伝ってくれて、料理を作ってくれて……」
「当麻ぁ……」
「おまけに俺を、ひとりで戦わせないなんて言われたら、さ」

 アイツの笑顔は、本当に眩しかった。
 ほっとした私の視界が涙で滲む。と、同時に嬉しさも胸の奥からこみ上げてきた。

「――お前のことを、好きになるに決まってるだろ」

 そうにっこりと頷いたアイツが、ゆっくりと顔を寄せてくる。
 私は目を閉じて、その時を待つ。
 唇に触れる柔らかな感触は、甘くて熱くて優しくて。そしてちょっぴりしょっぱくて。
 そこから流れ込んでくるアイツの想いに私の心はかき乱されて、瞳の奥底から熱いものが次々と湧き出してしまってた。
 さっきのファーストキスだって良かったけれど、こうしてアイツの気持ちを知ってしまってからは、キスだけで私の気持ちは天に昇ってしまいそうな心地がする。

「好きだ、美琴。俺はずっとお前が欲しかった。お前の心も身体も、何もかも全部、自分のものにしたかった」


 アイツはそう言って、その指で流れる涙をぬぐってくれる。
 その指の感触が私の澱んだ気持ちさえ、きれいに洗い流してくれるように感じられて、私も素直に想いを告げられた。

「私も好き……よ、当麻。私だって当麻のこと、自分だけのものにしたかった」
「――うん。でもな、やっぱりこの先へ進むには、まだ俺の気持ちが定まってねえなって思うんだ」

 そう言ってアイツは、まだ開いていた私のブラウスのボタンを留めだした。
 突然の振る舞いに私が戸惑っている間に、アイツはボタンを全部留めてから言った。

「美琴の気持ち、聞いてしまったらさ。俺の好きだって想いだけでお前を抱くのは、まだ早いなって思えたんだ」
「――そんなことないよ。私なら、全然構わない……」

 慌ててそう言った私を宥めるように、アイツは私の頭をくしゃくしゃと撫でてきた。
 その感触が優しくて、なんだか慰められるようにも感じられて、私の不安な気持ちがすうっと消えていく。

「さっきみたいに勢いや雰囲気に流されるんじゃなくて、美琴の想いを全部を受け止めて、お前をもっと大切にしたい、守りたいって心から思えたら、な」

 それって、好きの先にあるもの? ――愛するってことでいいのかな。
 アイツがそう言うのなら、私はいつだって、信じられる。いつまでだって信じて待っていられるから。

「――うん。わかった。それまで待ってるから……」
「――ああ、待っててくれ……」

 そうしてアイツは、優しい優しいキスをしてくれた。
 私はそんなアイツの頬に手を添えて、じっと目を見つめて。

「だったら一つだけ、お願いがあるの……」

 いつか私は、アイツと白いシーツの海におぼれてみたい。
 アイツの腕枕の中で、身体を摺り寄せて、抱き合って眠りたい。素肌でアイツの温もりを感じてみたい。
 そこが私の居場所だと思えるようになるのは、いつになるのかわからないけれど。
 それでも。
 だけど、もうまもなく。
 私の想いが叶うとき。
 アイツの愛の言葉を子守唄にして、私は幸せな夢を見られることを願うのだ。

「――その時は言ってよね、当麻。私のこと、愛してるって」


~~ THE END ~~



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