(無題)
学園都市中の学校が下校時間となった夕方のとある公園で、下校する生徒達の中に混じって上条当麻も歩を進めていた。
日も落ち始めていて、それは今日も慌ただしい一日の半分以上が終わりを告げたことを知らせてくれる。
そんな風景を眺める為に当麻は足をとめ、ぼんやりと天を仰ぎみていた。
黄昏の空には、雲一つなく、沈みゆく夕日だけが存在していて、それは心の中に暗い何かを想起させた。
「あの太陽だって、ずっと昔から空にあって、強くて熱くて、人々の信仰の対象にさえなるほどのすごいヤツなのに、こういう独りの時だってあるんだよなあ。」
本来ならば、美しい風景に目が眩むほどの感懐を覚えるほどなのに、記憶をなくした過去がなぜだか思い起こされて、哀愁しか残らない。
昔の俺は寂しくなかったのかな。幸せだったのかな?と過去を顧みることすらできない己の不幸に少し苛立つ。
記憶喪失がばれるのが怖くて、両親とは表面上のつきあいしかなく、詳しくは昔のことはわからない。
これから作っていけばいいさ、寮に帰ればインデックスがいることだし。といつもなら思えるのだが、今インデックスはイギリス清教からの要請があって
イギリスに帰っているところだった。
寮の扉を開け、ガランとしたわびしい空間に佇むとどうしようもない孤独感が募ってくる。いつもの花がない。
「ごはんまだかな?」と、自分をにらみつけてくる無邪気な翡翠の瞳と、愛くるしい声と、小動物のようなシルエット。
インデックスがいるだけで、華やぐ空間は、今は暗黒の檻のようにも思える。それほどの落差があった。
もはや、勉強をする気もおこらず、いつもはインデックスに占領されているベッドに横になり、テレビの音声に身を委ねるしかなかった。
自分にむかって放たれる声ではなく、不特定多数に語りかけているナレーターの声、テレビの中の世界だけで完結してしまっている芸能人達の馬鹿騒ぎ。
呆けた目でそれをみつめていると、ここだけが別世界のような感じがして、周囲から隔絶されているような気分になってしまう。
インデックスいなくなってから改めて人恋しさを感じている当麻だった。
今日も、寮に帰ったら寂しい一人の晩ご飯ですよと心の中でぼやいていたつもりが、気持ちが声になって外にでてしまった。
「なんていうか・・・・不幸だ。」
柄にもなくそんな弱気な独り言を呟いてしまった。すると、後方に人の気配を感じる。
「なーに、たそがれちゃってるのよ?らしくないわね。なんか悩み事でもあんのかしら?この美琴センセーに相談してみなさい。」
御坂美琴だった。
「御坂か・・・・」
いつもは、ビリビリとか戯けた言葉しか投げかけてこない当麻が珍しく素直に名前で呼んだことに、美琴は一瞬拍子抜けする。
じっと目をみすえると、いつもはその目の奥に潜む意志の輝きのようなものがあるが、今は魂が抜けているような物足りない印象しかなかった。
そして、いつも飄々としたこの少年が、戦闘時にみせるような険しい表情を浮かべている。
たまに見せるこの男らしい表情が美琴はたまらなく好きなのだが、今日はどこかしら病んでいるような印象しかうけず、一抹の不安を感じた。
「なんか重症みたいね。いったいどうしたっていうのよ?」
「なぁ、御坂。お前は寂しさとか感じたことはないか?」
「えっ!?あんたがそんなこというなんて意外・・・・」
「御坂さんは上条さんのことをどんな人間だと思っているんでせうか?俺だって一介の高校生さ。いろいろとあるんだよ。」
「ふーん、悪かったわね。でも、あんたってそういうこと感じない人間だと思ってた。」
美琴がそう思った根拠は、当麻がアックアと戦い傷ついた時にみせた闘志溢れる姿。
美琴が泣いて叫んで、上条当麻が傷つき続ける道理などない、自分にも苦しみをわけてほしいと懇願しても止まらずに、自分の守りたい何かの為に
つき進んだあの夜。
その時の姿と比べると、想像もつかないくらいに弱々しく、ただ俯くのみだった。
その姿は美琴の母性本能をくすぐったようで、微かに微笑みを浮かべ、当麻にゆっくりと語りかける。
「でも、良かった。安心したわ。あんたも普通の男の子だってわかったから。時々、あんたのこと、すごく遠く感じる時があるの。
どうして、何も見返りがないのに、そこまで行動できるのかって。」
その姿には心を打たれたりもするが、それと同時に不安もわき起こる。いつか、当麻が倒れてしまうのではないかという不安。
ロシアで行方不明になり、上条当麻がいなくなってしまった期間がある。自分はレベル5の超能力者だから、大切な想い人がこの世界から失われても
きっと心を強く保って生きていけると思っていた。
実際、周囲からはそう見えていたかもしれない。
白井黒子、佐天涙子、初春飾利など親しい人たちには、以前とからわぬように何事もなかったかのように振る舞っていた。
それでも、美琴の中の嘘がつけない正直な部分では、いつも涙の雨が嵐をつくって逆巻いていた。
新しい恋に生きようと切り換えられるほど、器用でもなく、ただ彼の無事を祈って悲壮な胸の内を誰にもみせずに、乾いた笑顔の仮面を作り
周囲と接する日々だった。
その時のことを思い出すと、涙が出てくる。それでも、御坂美琴は強い。すぐさま、その涙を拭って、上条当麻のことを気にかけ始めた。
その強さをくれたのも当麻なのだが。その恩返しができればと、純粋な感謝の気持ちで当麻と向き合う。
「ごめん。それはあんたが後悔しない為にやってることだもんね。私が口を挟む問題じゃない。でも!人って一人じゃ生きていけないもんなんだって・・・・寂しさっていうのはそれをわからせてくれる為にあるもんなんじゃないかしら。私はそう思う。孤独の時間があって、自分と向き合って考えて。そういうことがあればこそ、世界や人間の美しさや優しさに触れた時の感動が大きくなる気がする。ほら!あれをみてよ!」
美琴が指を差した先にうつったものは、野に咲く名前も知らない雑草だった。
科学の先端、学園都市にも雑草くらいは生えているようで、コンクリートの隙間からはい出るように芽吹いていた。
「普段、友達とおしゃべりしながら歩いてたら、こんな雑草なんか絶対に目にとまらないでしょ?この子をみつけた時、このコンクリートジャングルにもこんな命が頑張ってるんだなって・・・・それがわかってなんだか心があったかくなったような気がしたのよ。」
そういって、微笑む美琴の姿は当麻には一瞬、天使のようにすらみえた。
夕日に照らされてオレンジ色に輝く髪が幻想的で、オカルトを信じず、そんな幻想はぶち壊してしまう当麻も、今日ばかりは惑わされてしまった。
「綺麗だ――」
「えっ?それって私のことかにゃ?にゃ、にゃにいってんのよ?おだてたってにゃんにもでにゃいわよ。ふにゃ・・・・」
しばらく呆然として、感情のままに言葉を発してしまった当麻だったが、美琴の顔が真っ赤になり、体中に帯電現象が発生しているのを認めた。
ふにゃー化は以前に一度経験している。これはまずいことが起きると思い、右手で美琴のおでこに触れた。
「おっと危ない、ギリギリセーフ。御坂?顔真っ赤だぞ。熱でもあんのか?」
「ばっ、馬鹿ー!結局、あんたはあんたなのね。なんだか、いいムードだったのに、馬鹿・・・・」
上条当麻が真剣な顔をして、「綺麗だ」と呟いたので、もしかして告白?と勘違いしてしまったが、そんなこともなく肩を落とす美琴だった。
「でも、お前っていろいろ考えてるのな。初めてあった時はいきなりビリビリしてきて、こいつとんでもねえヤンキーだなと思ったもんだけど、それさえなければ――御坂っていつだって優しかったんだよな・・・・」
それでも私は、きっとアンタに生きて欲しいんだと思う。そういって、プラズマの下で自分の為に命を投げ出そうとした姿が脳裏に思い浮かぶ。
デートごっこの時は宿題をみてもらったし、大覇星祭でも飲み物をくれたり、応援してくれていたような気がする。
9月30日には猟犬部隊を超能力でふっとばしてくれた。
アックアとの死闘の時は、あまりにも必死でハッキリと覚えていないけれど、美琴は私を頼りなさい!私だってあんたの力になれる!と言ってくれた。
そして、ロシアの空の果てでも――気がつけば傍にいて力を貸していてくれた。
「なぁ、それなのに、どうしてたまにビリビリしてくるんだ?教えてくれよ。お前に嫌われるようなことを無意識にやってたならば、謝りたいんだ。」
「なんでって――」
上条当麻のことが気になるから。
あんたの前に出ると感情の抑制がきかなくなるほど好きで恥ずかしさを紛らわすために電気を出してしまうなんて、口が裂けても言えない。
真剣な表情でじっと目を見つめられると、恥ずかしくなってきて、つい目をそらしてしまう。
いつも強気な少女も当麻のことになると弱気になってしまうのだった。
「どうしちゃったんでせうか?黙っちゃって。まぁ、いいたくなきゃ言わなくてもいいけどさ・・・・でも、御坂の言葉、嬉しかったな。俺にそんなものの見方ができるかわかんねえけど、できるかできないかは問題じゃない。御坂が言ってくれたってことでなんだか心の中がすーっと軽くなった気がしたよ。ありがとう。」
そう言ってもらえて、美琴も本望だった。当麻の力になれたことがとても嬉しい。
いつも、手が届かない領域まで離れていってしまう少年の背中を追いかけて、手を伸ばしてみても少年の立っている世界には届かず、
いつも歯がゆい思いをかみ締めていた。
でも、今日は少し近づけた気がして、美琴の心の中は充実感で満たされていった。
視線をそらしていた顔をあげると、笑顔の当麻がそこにはいて、その瞳に見つめられると、心臓が高鳴ってしまう。
「ど、どういたし・・・・まして。ででで、でも、あんたもやっとわかってきたんじゃない?少しは人を頼るってこと。私も人のこと言えないけど、周りからは一人で突っ走るって言われるけど、今わかった。頼られるとすっごく嬉しいんだってこと。超能力者だ、レベル5だって、そういう能力のことで褒められたり、頼られることは日常茶飯事で何も感じないけど、なぜだかあんたに頼られたら嬉しかった。きっと、御坂美琴個人として、あんたの力になれたからかな・・・・だから、前にもいったけど、あんたが苦しい時は、私が力になるし、頼ってほしい。なんでも、一人で抱え込むんじゃないわよ?」
そういいきって、美琴は少しはにかんだ。それは自分にも言えることだから。当麻と自分は似ている。
似ているのなら、この恋心が一方通行ではなければいいのにとも思う。自分がこの馬鹿を放っておけないように、当麻も自分のことを気にかけてほしい。
「人間って感情はコントロールできないんだって。まぁ、精神に作用する薬物とか用いれば話は別だけどね。そういうのを除けば、感情は根本的なところでは変わらない。でも、考え方は変えられるのよ。だから、あんたも孤独を感じたり、落ち込んだ時は違うものの見方をすればいいと思う。不幸だって言うのもやめたほうがいいかもね?」
「感情ねぇ。感情、感情・・・・なぁ、さっきからなんだかすごいドキドキしてるんだけど、なんでかな。御坂が俺のことを励ましてくれたり、御坂が傍にいるって感じるとドキドキする。俺って、いままでこんな感情を感じたことがないんだけど不思議な感じだ。」
(えっ?それって?もしかして、当麻も私と同じ気持ち。恋心を抱いてくれたっていうこと?)
「なんだろうな、これって。その感情すらもわからないくらい、俺は自分のことがよくわからない――俺も記憶喪失になってまだ数ヶ月で、自分のことがよくわからなくって、ふわふわして地に足がついてない感じがするんだ。学校でも、土御門や吹寄も俺を以前の俺だと思って接している。だから、ここにいる俺っていったい何者なんだろうなって、自分が自分じゃない錯覚に囚われる時があるんだ。前の俺はもっと頑張っていたのかな、今を後悔しないように生きていたのかな、今の俺ってどうなんだろうって、そう考え出すとすごく不安になる。俺の孤独はきっとそこから来るんだろうな。前の上条当麻を演じる、道化師、偽の上条当麻だから・・・・俺は・・・・」
美琴は絶句するしかなかった。誰にも弱い姿を決してみせず、どんな時でも、他人の為に戦う強い少年も想像を絶する苦しみを抱えていた。
そんな姿をみて、思わず美琴は当麻のことを抱きしめてしまった。
「あんたは一人なんかじゃない。それに、私は前のあんたのことを知ってるのよ。今、目の前にいるのは間違いなく、上条当麻。偽者なんかじゃない。私が認めてあげるわ。だから、元気出してほしい。」
美琴の優しい抱擁につつまれて、当麻は救われたような気持ちになった。きっとほかの人にこういわれても、納得はできなかっただろう。
いつも世話をやいてくれた、日常の世界でいつも傍にいてくれた少女の言葉と行動は、深く心に染み渡った。
そして、自覚した。
御坂美琴のことを愛してしまったことを。しかし、それと同時に自分はそういう感情をもってはいけない人間だと自戒もした。
自分の不幸を他人に負担させるわけにいかない。最愛の人を不幸の道にひきずりこんでいいわけがない。だから、頼らない。
優しさに甘えちゃいけないと思う。
「俺は不幸だ。学園都市に来るまでは厄病神扱いされていたらしいから、嫌われるってことに体の芯からきっと慣れきってるんだと思う。だから、御坂が俺に優しくする必要もないし、そうされると俺も辛い。これ以上、誰も巻き込みたくないんだ。また記憶を失うほどの悲劇だってきっと待ってる。もし、そうなったら御坂も俺と親しくなればなるほど、辛くなると思う。御坂も俺みたいなヤツにはかかわらないほうが良い。厄病神はひとりがお似合いだから。」
美琴はその言葉をきいて思った。なんてこいつは馬鹿なんだと。どれだけの人間があんたに好意を持っていると思ってんだと言ってやりたいほどだ。
それがわからないのが当麻の一番の不幸。そして、とんでもないほどの大馬鹿者。
一人で悩んで、結論を出して、そしてまた寂しい世界へと旅たとうとしている。一人でいかせるわけにはいかない。美琴は当麻の右手を握りしめた。
「あんたは一人なんかじゃない!何度言えばわかるのよっ!!いつもそうやって、黙ってかっこつけて、傷だらけになって、誰の優しさも拒絶して、いったいなんなのよ、あんたは!もっと、他人を頼ってよ!怖いとか、痛いとか、苦しいとか、辛いとか少しは言ってもいいじゃない!何で・・・・我慢するのよ。いつもあんただけが傷ついて、それを黙ってみてるだけの立場の気分になってみなさい!私にも苦しみをわけてよ!いつも心配して待つ方の気持ちもわかってよ・・・・」
まくしたてるように激しく言葉をぶつけた後、美琴はしおらしくなった。
「不幸だってぼやいてるけど・・・・一人でみんなの不幸を背負い込もうとするけど、そんなヤツを嫌いになる人間なんているわけないじゃない。でも、きっとあんたは口でいってもわかりゃしない。それに、もう待つだけの日々にはウンザリ。私の気持ちを伝えるわ。そうしないと、何もかも変わるはずがないんだからね。私は自分の気持ちに嘘をつき続ける弱い自分と決別するために、ううん違う。馬鹿すぎて人の愛情さえも信じられない可哀想なヤツの目を覚まさせる為に行動する――」
そういって、美琴は背伸びをして、目線を当麻と同じくらいの高さに合わせた。
「目、瞑って・・・・私が良いっていうまであけんじゃないわよ。」
「なんだよ、いきなり。」
鬼気迫る美琴の様子に一瞬、たじろぎながらも、当麻は目を閉じた。その刹那、唇にとても柔らかいものを押し当てられた。
それは、どうしてだかわからないが、微かに震えている。何かを必死にこらえているようなそんな雰囲気も感じ取れる。
シチュエーション的に、この押し当てられているものはアレだとまず想像がついた。
でも、自分にそんな幸運が訪れるわけもないし、どうせ目をあけたら、夢でした。とか、そんなオチしか待っていないような気がした。
これは馬鹿げた幻想。そう俯瞰して冷静に徹するようにつとめても、その柔らかいものはそうさせてくれなかった。
唇からは熱と愛しさだけが伝わってきて、これはハッキリとしたリアルだとわからせてくれる。
しかし、小刻みに震えるそれは、自信なさげで、いつでもどんな時でも、誇りを失わない少女から伝わってくるものにしては、
力が足りないような気がした。
どうして、そんなに怯える?
そんな猜疑にさいなまされながらも、当麻は暗闇に閉ざされた視界の中で腕をのばした。少女の頭と肩を抱きかかえて、落ち着かせてやるために。
そこで、探る指の先にあたったものは、頬のようだった。頬を撫ぜると、さきほどたまたま切った指にしみる感触があった。
これは涙?どうして泣いているのだろう?
美琴が涙を流すのは嫌だ。美琴を泣かせるヤツは許さない。
感情を爆発させて、つい目を見開いてしまった。
「御坂!」
目の前には、顔を真っ赤にして、目を瞑る美琴の姿があった。耳の近くで突然大声で絶叫をくらった為に、美琴も驚いて目を開けた。
「きゃっ。な、なによ!反則じゃない。私が合図するまで目あけるなっていったのに。すっごく恥ずかしいじゃない、このクソ馬鹿ぁ・・・・恥ずかしいから、あんたが目を開ける前にここから逃げようと思ってたんだけど、バレちゃったか。」
「御坂――お前。」
気持ちがバレてしまったこと、いきなり口づけをするというとんでもない冒険にでたこと。
もう、恥ずかしすぎて、このままどこかに消え入ってしまいたいような気分だった。そして、涙が止まらない。恐怖だけが美琴を支配していた。
もう、戻れない領域まできてしまった。
これで、拒絶されたら、気まずくなって顔もあわせられなくなって、友人としての関係も終わってしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。
だからこそ、気持ちを押し殺して、ケンカ友達のポジションにとどまっていた。でも、自分の感情は抑えられないところまできていた。
きっと、この馬鹿は誰の愛情も信じようとせず、受け入れようともせず、このまま自分の道をすすんでいくのだろう。
感情を完璧に制御できる人間なんていない。それができるならば、その人はロボットだ。
レベル5にまで上り詰めた意志の強さでも抑制が効かないこの激情に流され、自分の気持ちを形にして表してしまった。
長い長い沈黙だけが、二人の周りを包んでいた。夕日もコンクリートの町並みの向こう側へといつのまにか過ぎ去っていて、
空は闇のカーテンに覆われつつあった。
徐々に浸食されていく茜色と、それをのみこんで広がっていく闇は、自身の心の内を表しているようで、絶望感と虚無感がそれに呼応するように
心の中を支配していく。
でも、こんなこと、妹達の時の絶望に比べたら軽い。当麻がロシアで死んだと思った時の絶望に比べたら軽い。傷つくのは自分だけなのだから。
そう一人で決めつけて、美琴は精一杯の笑顔を浮かべた。
「これが私の気持ち。ずっとあんたのこと、大好きだった。でも、これは私からの片想い。恋って残酷よね。いくら努力しても、この気持ちは誰にも負けないっておもっても、相手の気持ちがこっちに向いてなかったらそれでお終いなんだから。欲しいものは努力して何でも手に入れてきたけど、人の心だけはどうにもならないのよね。私はどうしようもないほどあんたのことが好きだけど、あんたは他人の好意を受けることを怖がってる。人を好きになることができないんでしょ?人を頼ることができないんだから人を好きになるはずもない。ぐすっ、悔しい・・・・けど、これが現実。私はこんなことじゃ諦めない!でも、今はあんたの顔みるのがとても辛いから、私は帰るね。さようなら!」
美琴は涙をまき散らしながら踵を返した。そして、走り出す体勢にはいったところ、力強く手首を捕まれる。
その瞬間、街灯にも光が灯り、暗闇を打ち消した。光が灯った先には、いつものヘラヘラした顔ではなく、戦う時の凛々しい顔をした当麻がいた。
「待てよ!勝手に一人で話をすすめてんじゃねえよ――悪かった。お前が泣く顔みて、思ったんだ・・・・なんで、俺はお前のこと泣かせてるんだって。みんなの笑顔をみるために頑張ってきたのに。そのつもりだったのに、どうしてお前を泣かせてるんだって。その涙をみて、御坂に泣き顔は似合わない、笑っていてほしいって本能的にそう思ったんだ――
さっき言ってくれただろ。孤独を感じるのは悪いことじゃないって、そこから見えてくる何かもあるし、そうじゃなければ知ることのできない世界もあるって。そして、人は一人じゃ生きられないってことを教えてくれるために孤独は存在するのかもしれないって。そういってくれて嬉しかった。俺は孤独が怖かったんだ。それを悪いもんだって決め付けて、そんなことを他人に言ってもしょうがないと思ったから、外に出さずに自分だけで抱えて、生きていくつもりだった。でも、それが結果的に御坂を泣かせるってことになっちまった。どうしようもない馬鹿野郎じゃねえかよ、俺は・・・・
わかったんだ。やっと。俺は一人じゃないってことが。御坂に頼りたい。御坂に力になってもらいたい。そして、傍にいてほしい。そうやって他人を信じることは正直怖い。でも、信じてもらえないことってもっと怖いことだよな。ずっとお前の気持ち、無視してわるかった。俺もまだ新しい上条当麻になってから数ヶ月だ。だから、こんな単純なこともわからなかった。いつも手探りで綱渡りをしてる気分だった。こんな幼い俺の中に生まれた恋心を肯定するのが怖かった。他人を愛することができるって一番の幸福だと思うけど、不幸な俺にそれができるわけないって決め付けていた。でも、それは違うんだよな。御坂がそれを教えてくれた。
きっとまた記憶を失うほどの悲劇が訪れるかもしれない。お前との思い出が消えるのが怖かった。でも、こんな俺と記憶がなくなる前からも、変わらずにケンカしたり、笑い会ったり、時にはピンチをすくってくれたり、そんなヤツがいた。私だってあんたの為に戦える。そんなこと言われたのは生まれて初めてだった。そして、孤独や不幸に怯える俺に、俺が一人じゃないって恥じらいながらもキスしながら教えてくれた熱い女の子が今、目の前にいる。馬鹿なんじゃないかって思えるほどその子は優しい。お節介さんだ。そう、俺は孤独じゃないし、不幸なんかじゃない。だって、こんな素敵な女の子と知り合えたんだから。たとえ、また記憶を失うような悲劇があっても、その子は絶対に俺のことを忘れないだろうし、俺もきっとその子のことがまた好きになる。だから、泣くなよ。好きだ、美琴・・・・これからもいっしょにいてほしい。」
美琴は今おこったことが信じられないと言ったような顔をしている。日々の生活の中で欠け落ちていた心の空隙が、満たされていくような感覚を得た。
愛しい人とはずっと片想いと疑って、鬱屈とかかえていた暗いものが全て解かされて、心の中が明るい色で塗り替えられていく。
でも、今までのスルーされぶりから、素直にその現実を受け止めることができなかった。
「えっ?嘘、これって嘘よね?例のその幻想をぶち壊すってヤツをやってよ。」
「い、いや、さすがに御坂さんは殴れません・・・でも、これは嘘じゃないし、幻想じゃないって。ほら、俺はここにいるだろ?」
当麻は美琴の体をだきしめて、頭をよしよしと撫でた。
「うぐっ、ぐすっ、馬鹿ぁ~。当麻の馬鹿!」
「あれ?なんで上条さんは怒られているんでせうか?」
「こうやって怒ってないと、幸せすぎてどうにかなっちゃいそうだから、怒ってんの!馬鹿、馬鹿、馬鹿ー!」
「あはは、やっぱりツンデレなんですね、御坂さんは。」
「ツンデレいうな!」
「はいはい、悪うございました。でも、こうやって抱き合ってると、安心する。俺は一人じゃないんだって、実感できるからさ・・・・あっ!ごめん。つい調子にのっちまった。」
「いいのよ。き、キスもしたんだし、おおおお、お互い好きなら、こここ、これくらいどうってことないって。」
「もしもし?なんだか、顔が真っ赤ですよ?もしかして、めちゃくちゃ恥ずかしがってませんか?御坂さん?かわいいな。」
「うっ、うっさいー!恥ずかしがってなんかないっつーの!恥ずかしく・・・・なんか・・・・ないもん・・・・」
美琴は赤くなった顔を隠し、顔を当麻の胸に埋めた。
「でもさ、御坂も寂しさや孤独を感じることもあるんだな。お前ならどこでも人気者だと思うけど。」
「そんなことはない。私も能力を磨いていくうちに他人から崇められて、いつのまにか孤高の存在みたいなのになっちゃってたんだ。それにお嬢様学校の派閥争いとかもバカバカしくって、他者との関係を億劫に感じたこともある。だから、能力が私の支えだった。それに没頭してれば、寂しいなんて感情も覚えなかったしね。でも、その支えをぶち壊したのがあんたなのよ。だから、最初は許せなかった。でも、あんたを追い回している間に、いつのまにか、この御坂美琴を支える大部分は上条当麻になっちゃったんだけどね。おかしな話でしょ、ふふっ。だから、あんたと会えないと寂しいし、寂しさを紛らわす方法も覚えた。」
「そうだったのか。そういえば、白井もお姉様は人の輪の中にはいっていけない人間だなって言っていた。不思議な話だな。それじゃーしょうがねえ。今日は思いっきり甘えていいぞ。夜になって、完全下校時間だから、いちゃついても、そのーあれだ・・・・周囲の目とかもあんまり気にしなくていいしな。」
「もう、黒子のやつ、そんなこと言ってたの?あの子には適わないわね。それじゃ、お言葉に甘えてさせてもらうとしますか・・・・」
「うっ、そんなに顔近づけんな。恥ずかしいだろうが!」
「私だって恥ずかしいわよ!でも、あんたはそういうヤツだから、もっと他人を受け入れて、愛されてるってことを自覚しなさい。私がそれをわからせてあげる。」
「うわっ、いきなり何をするんでせうか?でも、ありがとう、御坂。頼ったり、頼られたりって大事だよな。これから、俺はお前のことずっと頼りにしていく。だから、どこかでまたトラブルがあったら、今度はお前もいっしょに行くんだ。いっしょに連れて行ったら迷惑だろうって思ったけど、そうじゃないんだよな。そして、その時は俺はお前のことを全力で守る。だから、これがその決意の証だ。」
「ちょっと、ふにゃー。」
さっきのお返しとばかりに、当麻は美琴の唇を奪った。
かくして、自分を偽り続ける孤独な少年と、超能力者として孤高の存在となっていた少女はお互いの正直な気持ちをぶつけ合って、
お互いを必要な存在と認め合った。
孤独を知り、痛みを知るからこそ、優しくなれるし、強くなれるのかもしれない。そして、大切な人と出会えた時の喜びは計り知れない。
さきほどまでは、どうしようもないほどに暗くて、心の中にも影を落としてくるような星の見えない夜空も今は不安や恐怖を与えてこない。
身を切り裂くような季節の変わり目を感じさせる冷たい風も、障害にはならない。愛する人が傍にいるのだから。