仲良く入院
ハワイでグレムリンと戦った後、上条当麻と御坂美琴達は学園都市に戻ってきていた。
正確には、「戻された」という表現が正しかった。
ハワイでなんとか敵を無力化することには成功したのだが、その際の戦闘で美琴は左手に、上条は全身に大きな傷を負ってしまい、結果学園都市の病院に緊急入院するという流れになった。
いつもの病院の、いつもとは違う病室で白井黒子、初春飾利、佐天涙子が美琴のお見舞いに訪れていた。
「しっかし、御坂さんみたいな人でも怪我するんですねー」
「佐天さん……私をいったいなんだと思ってたの……」
開口一番にこんなことを言う佐天に美琴は少し呆れる。
「いやあ、アタシからみたら御坂さんってスーパーマンみたいなイメージなんで……」
「あはは、そんなこと無いって。あと一応私は女なんだけど……」
「え、あれ? じゃあなんていえばいいのかなぁ……」
悩みこんでしまう佐天を置いて、次は初春が美琴に話しかけた。
「ま、まあまあ。でも御坂さんが無事でよかったです。いなくなったって聞いたときは本当に心配したんですよ?
見つかったって聞いたら入院してるって……やっぱり今も痛いですか?」
「ううん、怪我は大したことないわよ。一応ギプスはつけてるけど、骨にヒビが入った程度だから、すぐ治るわ。痛みも今はほとんど無いの。
……黙ってどっかいってたことについては、ごめんね。ちょっとどうしてもやらなきゃいけないことがあってさ」
「そ、それはどんなことだったんですか?」
いつの間にか戻ってきていた佐天が、身を乗り出して割り込んできた。
「そ……それは……。ごめん、今はまだ言えないの」
「えー、そんなこと言わずに教えてくださいよー」
「佐天さん。お姉様が今は無理と仰ってるのですから、今はこれ以上追求すべきではないですわ」
黙っていた黒子が佐天をなだめた。彼女は初春や佐天より病室に早く訪れており、先に美琴と少し話していた。
二人が訪れたため、譲るような形で大人しくしていたのだが、この話になったとたんに彼女の表情が険しくなった。
「そ、そりゃそうだけど……」
黒子の様子に少しビビッてしまう佐天。そんな様子を不審がった初春が黒子に尋ねた。
「白井さん、なんか不機嫌じゃありませんか?」
「そ、そんなことはありませんわ」
「えー、何か知ってるんじゃないですかー?」
「フンッ。知らないと言ったら知らないんですのよ」
「ありゃ、こっちも意固地になっちゃったか」
どうやらこの話はこれ以上は無理そうだと判断した佐天は、流れを変えようと美琴に別の話題を振ることにした。
「そういえば御坂さん。今回は個室じゃないんですね」
「う、うん。なんか部屋がここしか空いてなかったみたい」
「相部屋って、なんとなく気まずいとこありますよねー」
「そ、そうね……」
この話題になった途端、なぜか美琴は目をそらして歯切れが悪くなった。
「あれ、アタシなんか変なこと言いました?」
「え? い、いや、別に何も変なことはなかったわよ?」
目をそらしたまま答える美琴。ますます怪しいと思う佐天。そこで突然、初春が
「部屋に入るときにちょっと気になってたんですけど、同室の方って上条さんっていう人なんですね。もしかしてあの上条さんだったりして」
そうつぶやいた。その途端に、美琴は一瞬ギクッとした表情を浮かべる。
その表情を見逃さなかった佐天は、思わぬところからヒントが来たと喜びながら美琴に追撃を加えようとする。
「御坂さん! 同室の上条さんって、大覇星祭で噂になったあの上条さんですか!?」
「さ、佐天さん! 声が大きいって!」
「ご、ごめんなさい……でもその反応からするとやっぱりそうなんですよね? へぇー……」
ニヤニヤとした表情を浮かべる佐天。美琴はなんとなく嫌な予感がしたので
「べ、別にアイツと同室になったのは今まで一緒にいたからとかそんなんじゃなくて、た、たまたまなんだからね!」
微妙に危険な情報を含んだ言い訳をしてしまった。
それを聞いた佐天と初春は少し顔を赤くして、なにやらヒソヒソと話し合っている。
そしてこれまでの様子を隣で眺めていた黒子は「やはりお姉さまはあの類人猿と……」とさらに表情を険しくしていた。
「で、でも、病院とはいえ年頃の男女が同じ部屋って大丈夫なんですかね。
夜中に上条さんがムラムラきて襲ってきちゃったりして」
微妙に興奮した様子で美琴に尋ねる佐天。
「その心配はありませんわ」
「えっ? なんで白井さんがそんなことわかるんですか?」
「彼は両手両足にギプスをはめていましたし、身動きはとれないでしょうから」
「ええっ!」
「あれ? 白井さんって、上条さんとお知り合いだったんですか? 私と佐天さんは名前くらいしか……」
「わたくしはお姉様に近づかないように釘を刺しにいっただけですの。
まあ……本当に残念なことに、知り合いかと言われると知りあいですが……」
「へぇー、上条さんって白井さんとも親しいんだ。なんか今もたくさん女の人がお見舞いにきてるし、
御坂さんも油断してると危ないんじゃないですか?」
ニヤニヤしながら言う佐天。
「な、なんのことを言ってるのかわからないわね」
しらばっくれる美琴だったが、顔が赤くなっているためにバレバレだった。
そしてしばらくの間、美琴は二人にいじられ続けていた。
----
「あ、そうだ忘れてた。御坂さん、お見舞いもってきましたよ」
四人で談笑を続けていたところで、突然佐天がそう切り出した。
「白井さんとも相談したんですが、こんなの持ってきましたよ。ジャーン!」
そういって佐天が取り出したのは、数冊の週間少年漫画雑誌だった。
「御坂さんが愛読してる雑誌だそうで。いなくなってたときの分もありますよ」
「べ、別に愛読してるってほどではないわよ、あ、あれはあくまで暇つぶしなんだから」
「あら、お姉さまは毎週月曜日と水曜日は必ずコンビニへ行ってらっしゃいまけど、何か暇つぶししなければいけない理由がおありでしたの?」
「く、黒子……」
少年漫画を好んで読んでいる(しかも立ち読み)ことが知られるのは少し恥ずかしかったが、
どうやら黒子経由で完全にバレているらしい。だとするともう否定しても無駄か、と美琴はため息をつく。
まあ、いろいろあってもう読めないと思っていた号の漫画が読めるのは実はけっこう嬉しかったりするので、黒子を褒めてあげてもいいような気もしてきた。
「まあまあ。入院中は暇でしょうから、これで時間を潰してくださいよ」
「うん。本当にありがとね。佐天さん。初春さんも」
「お姉様! アイデアは主に私ですのよ!」
「黒子も、ありがとね」
「お、お姉様……お礼はその体でへぶしっ」
飛び掛る黒子を美琴は片手で撃退する。佐天と初春はなんだか久しぶりに見たなあ、と苦笑していた。
----
長い間美琴の側ではしゃいでいた黒子達だったが、空が赤くなってきた頃には退散していた。
黒子は一緒に泊まると言い張っていたのだが、初春と佐天に引っ張られながら帰っていった。
そして一人になった美琴は、早速もらった漫画を読みふけっていた。
「ぷっ。くくっ」
左手のギプスのせいで少々読みにくかったが、久しぶりの至福の漫画タイムだったため、病院であることを気にせずに、美琴はいつもの様に声を抑えずに夢中になっていた。
「御坂」
「ふにゃっ!」
突然隣から上条の声がした。思いっきり夢中になっていたから、笑い声が聞こえていたのかもしれない。
「な、何よ」
美琴は冷静を装いつつ返事をしながら、敷居となっていたカーテンを開いて上条と向き合った。
どうやらあちらの見舞いも退散したようだった。
「さっきちょっと聞こえてきてたんだけど、けっこう漫画もらってたよな。
でさ、できれば暇をもてあましている上条さんにも少しばかり貸していただけないかなー、と思いまして」
「ああ、そのくらいなら別にいい――」
途中まで口にしたところで、美琴に一つのアイデアが浮かんだ。
そしてそれを実行するための計画を瞬時に立て、行動を開始した。
「っていうか、アンタその体で読めんの?」
「……あ」
上条は両手にギプスをはめている。その状態では漫画のページをめくることはできないだろう。
言われるまで気付いていなかった様で、ため息をつく音が聞こえた。
ここまでは予想通りに進んでいる。
(あくまでもさりげなく、さりげなく……)
「し、仕方が無いわねー。ちょっと待ってなさい」
若干上ずった声でそう言った後、美琴は漫画を持ったままベッドを降り、上条のベッドへと向かった。
「アンタ、ちょっと奥の方へ体をずらすくらいできそう?」
「それくらいならできるけど、どうするんだ」
「こうするのよ」
上条が奥の方へ移動してできたスペースに、美琴が入り込んだ。
「お、おま」
「あ、アンタがそんなんじゃ漫画読めないだろうと思ったから、し、仕方なくよ!」
「ああ、そういうことかー。って、それだけで人のベッドにもぐりこんでくるんじゃねえ!」
案の定上条は追い出そうとしてきたが、美琴はそれを黙殺した。
「はいはい、いいからそっち押さえてよ。私も左手がこんなだしちょっと読みにくかったのよねー」
美琴は上条の隣にぴったりとくっついた状態で座って、漫画を広げていた。
「こうやって私が左手で右側の端っこを押さえて、右手でページをめくる。アンタは左側を押さえるだけ。
これで私も楽にページがめくれるようになるし、アンタも漫画が楽しめる。一石二鳥でしょ?」
「そ、そりゃそうかもしれないけど……」
結局美琴に押し切られる形で、二人は一緒に漫画を読むことになった。
----
「ああちょっと待ってくれ、まだ終わってない」
二人で漫画を読むと、読むスピードの差によって、片方がまだ読み終わってないのにもう一人が先に進んでしまうということがあり得る。
この二人の場合は、美琴の方が上条より早かった事に加え、ページをめくる担当も美琴だったため、上条はたまに美琴を制止しなければならなかった。
「アンタ、けっこう読むの遅いわね」
「そ、そうか? 御坂が早すぎるんじゃねえの?」
「そんなことはないと思うけど……」
実は状況が状況なだけに、美琴の読むスピードは普段の半分もでていなかった。
加えて、漫画を読んでいる上条の横顔をたまに眺めていたため、とても自分が読むのが早いとは思えなかった。
しかし美琴は気付いていなかったが、実は上条も、別の事に気を取られていて読む速度が落ちていた。
上条の集中力を奪っていたのは、すぐ側から漂ってくる甘い香りだった。
最初は色々と手間取っていた二人だったが、次第に慣れてきてお互いのペースを合わせることができるようになっていた。
そうこうしているうちに、雑誌も終盤に差し掛かってきた。
「あ……」
次の連載は恋愛漫画だった。
(私はこういうのも好きだけど、コイツは読むのかなあ……)
少しページをめくる手を止めて、上条の顔色を伺う。
「あれ、御坂はこういうの読まないのか?」
「え? い、いや、そんなことはないけど……むしろアンタこそどうなのよ?」
「俺は買った雑誌は全部読む主義だ。もったいないからな」
「そ、そっか……なんかアンタらしいわね」
さすがに恋愛漫画を一緒に読むのは少し恥ずかしいかなあ、と美琴が戸惑っていると
「この漫画、ヒロインの子がかわいいんだよなー、主人公に一途でさ」
上条が内容について語りだした。
「あら、気が合うじゃない。たしかにこの真っ直ぐさは見てて応援したくなっちゃうわね。
ただ、それに引き換えこの主人公ときたら……ちょっとこの子のことスルーしすぎじゃないかしら」
「いやいや、スルーしてるんじゃなくてちゃんと見てるって。
ヒロインの子が怒ってどっかいっちゃった後に、振り返って後悔したりしてるだろ」
「そんなんじゃこの子にはわからないじゃない!
素っ気ない態度ばっかとられて、この子はどんなに不安になってると思ってるのよ!」
「お、落ち着け御坂。熱くなり過ぎだって」
「あ……」
「しかし、御坂さんは手厳しいですなあ。この主人公、俺はそこそこ好きなんだけど」
「わ、私だって嫌いじゃないわよ。無鉄砲なとことか、馬鹿みたいにお人好しなとことか。
悪い奴じゃないのはわかってるんだけどね……でもまあ、女の子絡みはどうしようもないわね」
「まあまあ、そのくらいにしてそろそろ読もうぜ」
「そ、そうね」
漫画は主人公とヒロインのシリアスなシーンで始まっていた。
お互いが誤解を重ね、相手の事を諦めようとしている。
「ん、なんか急展開だな、いつものほのぼのからなんかすげぇシリアスに……」
「そ、そうね……」
涙を堪えつつ、主人公のもとを去ろうとするヒロイン。
しかし、これまでつれない態度を取っていた主人公が一変し、ヒロインに告白をした。
そしてヒロインはそれを受け入れ、誤解の解けた二人は固く抱き合った。
(うわーうわー。こんな展開だったらこの後きっと……)
美琴の予想通りに、主人公とヒロインはキスを交わす。そして次の展開は次週というところで終わっていた。
(ど、どうしよう……、もの凄く気まずい……)
美琴はページをめくる手をいったん止めた。
そしてなんとなく上条の方へ顔を向け……そこでちょうど同じタイミングでこっちを向いた上条と目が合った。
しばらく見つめあった後、お互いに顔を真っ赤にして反対方向を向く。
「な、なんていうか……主人公、頑張ったよな!」
何かをごまかすように、上条はわざとらしいような声をだした。
「そ、そうね……見直したわ」
美琴の頭の中ではいろいろな感情が渦巻いていた。
自分を重ね合わせていたヒロインが無事結ばれた。そのこと自体は単純に嬉しいし、少し感動もした。
ただ、今はそれ以上に大きな感情が、美琴の頭の中を占めていた。
「いいなあ……」
思わず、そう呟いてしまった。
「ん?」
うまく聞き取れなかったのか、上条が聞き返す。
「な、なんでもない!
……ちょうどこの本もいいところだし、今日はこれまでね!」
そう言って、美琴は上条のベッドから出て行った。
そのまま自分のベッドへ戻り、カーテンを閉めて頭から布団を被った。
(あーもー。なんでこんなことになってんのよ!)
恥ずかしさのあまりに、美琴はそれからしばらくの間、布団から頭すら出せずにいた。
----
「お姉さま、少しよろしいですか?」
美琴は軽く睡眠を取っていたが、御坂妹によって起こされた。
御坂妹は手にタオルを持っている。
「お姉さま、お休みのところ申し訳ありませんが、
お風呂代わりにミサカがお体をお拭きしましょうか? とミサカは質問します」
「んー、やっぱりお風呂に入るのはダメなのかしら」
「はい、少なくとも今日1日は我慢しろとのことです。とミサカは報告します」
「そっか、じゃあ悪いけどお願いするわね」
「了解しまりました」
御坂妹は美琴の体をタオルで拭いていく。
カーテンの向こうに上条がいるため、服を脱ぐのに少し戸惑ったが、特に何かが起こることはなかった。
「ありがとね。やっぱり汗かいてたのかな、けっこうすっきりして気持ちいいわ」
「そう言っていただけると幸いです、とミサカは達成感に浸ります」
「と、ところでさ」
美琴は体を拭かれている間に考えていたことがあった。
隣のベッドのアイツも、自分同様に入浴などできないだろう。つまり、
「アイツにもやっぱり、誰かがこれやるのよね?」
「あの人の分はもう終わりましたが? とミサカはその役目は譲らないと姉を牽制します」
考えが見透かされ、美琴は少し慌てる。
「わ、私は別に自分がやりたいなんて言ってないでしょ!」
「そうですか、それでは明日以降もこの役目はミサカのものですね。とミサカは勝ち誇ります」
「むう……」
言い返すことができず、美琴は黙ってしまう。
「そういえば、あの方を拭いたときのタオルを使い回していますよ、とミサカはお姉さまに一応教えておきます」
「は?」
美琴は一瞬御坂妹が言っていることを理解できなかった。
「安心してください。ちゃんと一度洗ってありますから。と御坂はなにやら興奮している姉をなだめます」
「……あ、アンタ……なんてことを……」
「一応姉孝行のつもりでしたが、余計でしたか?
それとも、もしかして洗ったのが不要でしたか? とミサカは少し姉の性癖に不安を覚えます」
「ち、ちがっ……うぅ……」
美琴は自分の体を抱いてプルプルと震えだした。顔は真っ赤になっている。
「冗談です。本気にしないでください。とミサカはお姉さまにネタ晴らしをします」
「じょ、冗談……?」
「はい」
「ふ、ふふふ……どうやらちょっとお仕置きが必要な様ね……」
「お姉さま、ここは病院だと言うことをお忘れなく。とミサカは釘を刺しつつ退却します」
「こ、こら!待ちなさい!」
美琴の制止など全く聞かずに、御坂妹はすばやく部屋から出て行った。
美琴はしばらくポカンとしていたが、やがて何かを諦めたかのようにため息をついた。
----
病室での夕食を終え、そろそろ就寝時間にさしかかろうとしていた頃、上条、美琴の2人は大人しくそれぞれのベッドで横になっていた。
突然、静かだった病室に異音が響き、そしてその後にこれまで以上の静寂が訪れた。
なぜより静かなのかと言うと、これまで聞こえていた空調の音が聞こえなくなっていたからだ。
(暖房が壊れたのかしら。まあ毛布もあるし、少しくらい寒くても平気かな……)
もう11月に入っており、外はだいぶ冷えているような感じがする。
暖房が壊れたとなると、この部屋も少し寒くなりそうだが、美琴は気にせずにいた。
それから少し時間がたち、部屋の温度が下がってきたころ、
「な、なあ御坂」
どこか申し訳なさそうな声で、上条が美琴に話しかけてきた。
「ん、どうかしたの」
「いや、その……あー、悪い。やっぱりなんでもない」
上条の様子を不振に思い、美琴は問いただす。
「何よ、ちゃんと言いなさいよ」
「いや、ちょっと頼みごとしようかと思ったんだけど、どうにもならないことに気付いちまって」
「何を頼もうとしたのよ」
「ナースコールだよ、案の上俺のところのはいるときに壊れてやがるからな……
まあ毛布をもらおうと思っただけなんだけど……ここに来たときに在庫がないって言われてたのを思い出した」
「え、アンタ毛布ないの!?」
美琴は驚いてベッドから跳ね起きる。
この寒さで毛布もなかったら、体調を崩してしまうかもしれない。
「俺たちが来たときに在庫が1個しかなかったらしい。まあ明日になれば暖房も直るかもしれないし、一晩の我慢だ」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 風邪引いちゃうでしょ!」
「いやでも、どうしようもないだろ」
たしかに、毛布の在庫が無いのならどうしようもない。
美琴の毛布を上条に使わせるということもできるが、その場合自分が寒いことになる。
ただ、この状況を解決する方法を美琴はすぐに思いついていた。
ひょとしたら上条も思いついていたかもしれない。
しかし、そうだったとしても、その内容を彼が提案するとは思えなかった。
ならば自分から行くしかない。
「ね、ねえ」
「ん」
「じゃあさ……私の毛布を使えばいいんじゃない?」
「馬鹿いうなよ、お前が寒いだろ」
「えっと……だから……その、一緒に……」
自分でもとんでもない提案をしているとはわかっている。
恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤になっていた。
「な……お前……」
上条は美琴の言葉の意味を理解できたらしく、呆然としている。
「なあ御坂、さすがにそれは……」
「仕方ないのよ! そう、これは仕方なくやるだけなんだから!」
上条の言葉を無視して美琴はべッドから抜け出した。
毛布を持ちながら移動し、上条のベッドの横に立つ。
「こういうとき、アンタがまともに動けないと邪魔されなくていいわね……
ちょっと寒いかもしれないけど我慢しなさいよ」
そういいながら美琴は上条の顔の上にいきなり毛布をかぶせる。
「ちょ、おま。いきなり何すんだ!」
何も言わずに毛布を顔の上に乗せられた上条は抗議の声を上げたが、美琴はそれを無視する。
そして布団をめくりあげた上で、詰め込むように毛布を敷きなおした。
「片手じゃこうするしかないのよ。
うー、私も寒くなってきた……ねえ、もうちょっと端っこに寄ってよ、入れないでしょ」
「ほんとに来るのかよ……」
「いいから! 私に風邪をひかす気!?」
根負けした上条が体の位置をずらすと、美琴はすぐさまベッドの中にもぐりこんだ。
「も、もうちょっとそっちにいってくれない? さすがに恥ずかしいし……」
「ここまでやった上で恥ずかしいと仰りますか、このお嬢様は……」
「な、何よ。じゃあアンタは寒いままの方がいいって言うの!?」
そう言われて、上条は黙り込んでしまう。目を閉じて何かをぶつぶつとつぶやいている。
「このままだと……」とか「女子中学生と……」とかいろいろ聞こえてきたが、細部を聞き取ることはできなかった。
そして何かを諦めたかのようにため息をつき
「やっぱり毛布はあったけーな」
そう言って笑いかけてきた。
思わぬ不意打ちに美琴は少し戸惑い
「は、恥ずかしいからあっち向いてよ……」
そう言ってしまい、すぐに後悔した。
上条はそれを聞くと苦笑し、美琴に背を向けてしまった。
そして部屋に静寂が訪れた。
上条が背を向けたことで少しだけましにはなったが、それでも美琴のかなりの緊張状態だった。
ただそんな状態にもかかわらず、美琴は
(あとちょっとくらい近づいても……うう、でも動けない……)
美琴と上条の間には20センチほどの隙間があった。
美琴としてはもう少し近づきたいし、そうすればきっともっと暖かくなるのだが、美琴にはその20センチを縮めることはできなかった。
ふと、美琴は何かが手に触れていることに気付く。
シーツとは違った感覚のそれは、おそらくは上条の服だろう。
無意識のうちに、美琴は上条の服の端を掴んでいた。
(あれ……なんだろ、こうしてると凄く落ち着く……)
上条の服を掴んだ瞬間、美琴の緊張は一瞬で消え、変わってとてつもない安心感に包まれた。
顔が見られなくて残念だと思っていたが、やっぱり背を向けてもらって正解だったかもしれない。
見られてないとわかっているので、なんだかとても素直な気分になれた。
おそらく今自分の顔はすごくにやけているだろう。
「ねえ」
「ん、なんだ?」
「お……おやすみ」
「ああ、おやすみ、御坂」
(おやすみ……当麻)
心の中でそう呟き、美琴は眠りについた。
---
美琴が安らかな寝息をたてている隣で、上条は寝られずにいた。
(毛布があったかいのはいいけど、こんなの寝られるかよ!)
耳をすませば、美琴の寝息の音や、身じろぎをしているような衣擦れの音が聞こえてくる。
その一つ一つが上条の理性を削っていく。
(ったくこいつは、少しは警戒しろってんだ……まあ、どうせ俺はこの状態じゃ何もできねえし、
警戒する必要はないのかもしれないけど……いやそれにしたって、近くに男がいるってのに無防備すぎだろ……)
考え事をしているせいか、一向に上条に眠気は訪れない。
一人悶々と苦しんでいると、美琴の寝言が聞こえてきた。
「当麻……」
美琴は上条の名前を呼んでいた。しかも下の名前で。
普段は名字ですら呼ばれないこともあり、上条は驚いて反応する。
「よ、呼んだか……?」
美琴から返事は返ってこない。どうやら本当に寝言のようだ。
こいつの夢には俺が出てきているんだろうか。そう思うとなんだか少し胸の辺りがむず痒くなってくる。
(御坂はもう寝てるだろうし、ちょっとくらい見ても大丈夫だよな……)
さっきから美琴のことが気になって仕方がなかった。
ぶつからないように、ゆっくりと体を美琴の方に向けようとして、何かに上着の裾のあたりを引っ張られていることに気付く。
服を引っ張らないように注意深く体を反転させて確認すると、予想通りに美琴が裾を掴んでいた。
「やれやれ、そんなすぐに俺はどっかいったりしねえって」
ハワイへ出発するまえに、美琴に手を掴まれたことを思い出して苦笑する。
そして上条は視線を美琴の顔の方に向け、そこで停止した。
消灯時間のため電気は消えていたが、月明かりによって美琴の表情ははっきりとわかった。
そのあまりにも幸せそうな笑顔に、上条は完全に見とれてしまっていた。
しばらくして我に返ったとき、先ほどから感じていた胸のモヤモヤはすっきりと消えていた。
(まったく、何ていい寝顔しやがるんだよこいつは。おかげでいろいろと吹っ飛んじまった)
そしてようやく上条にも眠気が訪れてきた。今の落ち着いた気分ならすぐに眠ることができそうだ。
それに、今ならいい夢が見れそうな、そんな予感がした。
「当麻……」
美琴がまた自分の名前を呼んだ。それに一言だけ答え、上条も眠りに落ちていった。
「おやすみ……美琴」
翌日、友人達が見舞いに来るまで二人とも目を覚まさなかったため大騒ぎになったのだが、それはまた別のお話。