リアルタイム☆クリスマス
12月25日に日付が変わり、もうすぐ2時間となる頃。
これで13度目となる問い掛けを、上条は自分の隣に座る少女に繰り返す。
「そろそろ眠くなってきたか?」
13度目ということもあって、上条は相手の表情を伺いながら問い掛けた。
その問い掛けに、隣に座る少女はパッチリと目を開いた笑顔で、
「全然。アンタこそ眠いんじゃないの? 寝なさいよ」
返ってきた前12回と同じような言葉に、上条は少し考えてから再び口を開く。
「いや、俺はいいよ。……お前こそそろそろ寝なきゃマズイだろ? 『睡眠不足はお肌の大敵ですの!』って白井に怒られるぞ」
「平気よ、若いから。っていうか何で黒子が出てくるのかしらね? あの子は別に私の母親じゃないっつーの」
「俺にとっては姑みたいなもんだけどな……」
「あはは……まぁそれはそうかもしれないけどさ」
クリスマスイヴの昨晩より、大学1年生となった上条の部屋には、高校2年生となった美琴が泊まりに来ていた。
美琴が常盤台中学を卒業してから付き合い始めてもうすぐ2年。
泊まりに来るのもこれが初めてというわけではなく、上条が大学生となってからは月一のペースで泊まりに来ている。
ただ念の為に補足しておくと、2人は未だにキス以上の領域に踏み込んではいない。
それは、美琴は知る由もないが、上条が美琴の高校卒業を待つつもりで理性を総動員させているからだったりする。
とまぁそんな感じで、2年も経つのにどこか初々しい感じの2人だったりするのだが、クリスマスとなった現在、2人は無自覚の内に勝負をしていたりする。
それぞれお風呂も入ってパジャマにも着替えており、あとは2人して同じベッドに寝転がるだけなのだが、どうやらこの2人、互いに「相手に先に寝て欲しい」と願っているようなのだ。
「……なぁ。やっぱりそろそろ寝た方がいいんじゃないか? 高校生は寝る時間ですのことよ?」
2時も30分ほど過ぎ、上条が14度目となる質問をする。
対する美琴の答えはやはり、
「あら、私なら大丈夫よ。当麻こそ、大学の課題で疲れてるんでしょ? 早く寝ちゃいなさいよ」
終わりの見えない勝負。
上条と美琴の2人ともが相手の就寝を強く願っている為、どうしても決着がつかない。
だったら一緒に寝ちゃえばいいじゃん! というのが普通の意見だろうが、どうやらこの2人は「相手だけ」が寝ることを望んでいるらしいから厄介なのだ。
(クソっ……これじゃ切りがない。こうなったらちょっとズルイ気もするけど……)
隣でツンを演じているツンデレ彼女を見つめながら、上条は一人考え結論に至る。
そして、
「美琴」
「何よ? ……ってちょ!? い、いきなり何!?」
花柄の可愛らしいパジャマに身を包んだ美琴を抱え上げ、その身体をベッドの上に少々乱暴に落とす。
「っ!! アンタいきなり何すん――!?」
突然の荒事に思わず声を上げる美琴だが、上条はその口を強引に塞いだ。
そしてすぐに離れると、今度は一度目よりも少し長めに再び美琴の唇を奪った。
「~~~っ」
「ごめん。でも今日クリスマスだし、いいよな?」
「ふぇ!? ちょ、ちょっと待って……こ、心の準備が……」
急に「男」となった上条に慌てふためく美琴だが、そんな彼女に上条は告げる。
「待たない」
時刻は2時45分。
上条がした今までで一番深く長いキスで、美琴は心地よく眠りについた(気絶した)。
「……ふぅ。やっと寝てくれましたよ、この姫は」
気絶した美琴に布団を被せ、上条はホッと一息ついた。
そう、あのキスは美琴の気絶を狙ったもの。
決して鉄壁の理性が崩れ去ったわけではない。いや、ちょっと崩れかけたけど。
「さてさて。これでやっとサンタさんの仕事が出来ますよ」
ベッドから離れた上条は、いつも通学に使っている鞄の中から赤いリボンのついた小さな箱を取り出した。
そしてそれを手に、窓の前に飾ってある1mほどのクリスマスツリーの前で屈み込む。
「えーっと、あれはどこに飾ったかなぁ……」
クリスマスツリーには色とりどりのオーナメントが飾ってあり、上条はその中の一つに手を伸ばす。
小さく可愛い赤色の靴下で、すぐ側には青色の靴下も飾ってある。
「よしっ! これで完璧」
赤い靴下の中に箱を押し込み、上条は満足気な笑みを浮かべた。
「朝が楽しみだな……。では、上条さんも寝るとしますか」
上条は美琴が寝ているベッドへと戻り、美琴を起こさないように気を付けながら布団の中に入る。
そして、美琴を優しく抱き寄せた。
「ミコっちゃんがなかなか寝てくれないから、どうしたものかと上条さんは困ってしまいましたよ」
幸せそうな美琴の寝顔を見つめながら、上条は一人苦笑する。
美琴に先に寝てもらうことがこの作戦を実行する為の必須条件だったのだが、まさかここまで苦労するとは思いもしなかった。
「おやすみ、美琴」
時刻は3時前。
最後に一度、愛する彼女の額にそっと口づけてから、上条もまた眠りについた。
メリークリスマス!
夜が明けて先に目覚めたのは美琴だった。
(ん……今何時?)
枕元に置いてあるデジタル時計に目をやれば、8時ということがわかった。
(……もうちょっと寝ちゃお)
寒い冬の朝はなかなか布団から出る気になれない。
布団の温もりに加え、愛する上条の温もりも感じてる今、美琴の「起きよう」という気は0であった。
……はずなのだが。
(ってちょっと待ちなさい私ーっ!! 朝の8時ですって!?)
再び瞼を下ろしかけていた美琴が、クワッと目を見開いて覚醒する。
そして、後ろから抱きしめてくれている上条の方を振り向き、彼がまだ起きていないことを確認した。
「起きて……ないわね」
上条が未だ夢の中だと確信した美琴は、そろりと彼の腕の中から抜け出しベッドを降りる。
少しの間、名残惜しげに上条の寝顔を見つめていた美琴だが、ハッと我に返って首を横に振った。
(あとで戻ればいいのよ! それより今はプレゼントよプレゼント!)
足音を立てないよう気をつけながら、美琴は自分のハンドバッグに近付き、ラッピングがクリスマス仕様のプレゼントを取り出す。
ゲコ太ではなく、サンタのイラストがプリントされた可愛らしい小さな袋だ。
(喜んでくれるといいんだけど……)
そんなことを考えながら、美琴はクリスマスツリーの前まで移動して屈み込む。
目的の青い靴下の飾りを見つけると、例のプレゼントをその中に入れた。
(ふぅっ。これでOKね。先に寝ちゃったのは失敗だけど、まぁいいわ)
そう、昨晩。
どうしても上条に先に寝てもらいたかったのには、美琴なりの理由があった。
美琴は上条のサンタさんになりたかったのである。
しかし実際、こうして上条が寝てる間に靴下へプレゼントを仕込むことに成功したので、美琴的には結果オーライだ。
(えへへっ。当麻が起きるの楽しみ♪)
あとはどのようにして、上条にプレゼントのことを気付かせるかがポイントになる。
さりげなくクリスマスツリーに目を向けさせなければ……
と考えていた美琴は、あることに気が付いて考えるのを中断した。
(え?)
青い靴下の左斜め上の方に飾られた赤い靴下。
それが、中に何か入っていることを主張するかのように膨らんでいたのだ。
「まさか……」
ドキドキワクワクと胸を高鳴らせ、美琴は赤い靴下に手を伸ばす。
中から現れたのは、赤いリボンのついた小さな箱だった。
「っ!!」
箱の表面にあるブランド名に、美琴は思わず息を呑む。
それは愛する人がいる女性なら大多数が知っているような有名ブランド。
その名を言えば、中身と相手の本気度がわかると言っても過言ではないような老舗ブランドのロゴだった。
「嘘……夢みたい……」
緊張で少し震える手で箱を開け、美琴はその中身を確認する。
それは間違いなく箱に書かれた通り、あの老舗有名ブランドの作品だった。
――キューピッドアローの婚約指輪。
時刻は11時半を過ぎた頃。
美味しそうな匂いに誘われ、眠り王子はようやく目を覚ました。
「ん……今何時だ……?」
「もう昼前よ、お寝坊さん」
まだ眠たそうに目を擦る上条に、キッチンから美琴が声を掛ける。
「まったく……大学の課題で疲れてるのに、あんな夜遅くまで起きるからいけないのよ」
「だってそれは……!!」
ハッとした様子で、大切なことを思い出した上条はクリスマスツリーの方を見る。
そして、美琴がキッチンにいるのを確認してから、そーっとクリスマスツリーに近付く。
(プレゼントは……)
赤い靴下はまだ膨らんだままだった。
(まだ気付いてないのか……)
ガックリと肩を落とす上条だったが、そこで青い靴下の違和感に気付いた。
中に何かが入ってる。
(……?)
気になって中を見れば、小さな袋に包まれた何かが入っていた。
(これってもしや……)
取り出して袋を開けてみれば、中からシンプルなペンダントが出てきた。
どうやら2で1つのペアデザインらしい。
(美琴の奴……なかなか寝ないと思ったら、こういう事か)
早速ペンダントを身につけながら、上条は思う。
自分達は何だかんだと似ている所が多い。
まさか全く同じくサンタクロース作戦を練っていたとは。
(あれ? でもそれじゃあアイツ、俺のにだって気付くはずなんじゃ……)
そう不思議に思って赤い靴下に目をやった上条は、ようやくある事に気付く。
膨らみ方が、違う。
「だってそれは?」
キッチンの方から美琴の問い掛けがとんでくる。
「ちゃんと最後まで言いなさいよ」
美琴の言葉を背中で受けながは、上条は赤い靴下の中身を確認する。
出てきたのはシワシワに丸められたA4のレポート用紙。
その真ん中に、見慣れた筆跡の5文字が大きく並んでいた。
『あ り が と う』
その言葉を見て微笑む上条に、今度はすぐ後ろから美琴が問い掛ける。
「ね、最後までちゃんと言葉にして言いなさいよ。……言ってくれなきゃ私、フィンランドまで行ってサンタさんと結婚するわよ?」
「わっ!?」
美琴がまだキッチンにいるとばかり思ってた上条は、いきなり背中に押し付けられた柔らかい感触と首筋にあたる吐息に驚く。
上条の背中に抱き着いた美琴は、その両腕を上条の胸のあたりに回した。
その左手薬指に光るものを見て、上条は幸せそうに目を細める。
「……そうだよな。このままだとサンタさんからのプロポーズになっちまうよな」
レポート用紙に書かれた言葉に、自分の意思で左手薬指に指輪を嵌めるという美琴の行い。
気持ちはすでに通じているし、もちろん答えの予想もつく。
それでも、上条はあえて言葉にする。
「美琴」
「はい」
体勢を変えることなく、ただ美琴の左手を自分の右手で握りしめ、上条は告げる。
「俺もお前もまだ学生だし、今すぐって訳にはいかないけど」
「うん」
「お前とはこの先もずっと一緒にいたい。一緒にいて欲しい。」
「うん」
「だからさ」
上条は右手に力を込め、この先ずっと離さないと言わんばかりに、ギュッと美琴の左手を握りしめる。
「ちょっと早過ぎるかもしれないけど、美琴が好き過ぎて先走っちまった俺からの婚約指輪、どうか受け取ってくれませんか?」
一瞬の沈黙。
そして、上条は自分の右手に重ねられた美琴の温もりを感じる。
「はい。喜んで」
上条の右手に重ねられた、柔らかな美琴の右手。
そこに、さらに上条の左手が重ねられる。
「こんな素敵な婚約者がいる上条さんは幸せ者です」
「こ、婚約者……私が当麻の……」
「お嫁さんになるんですよ。まぁまだ先の話だけどさ」
「わぁ……幸せ過ぎて頭がついていかないわ……」
「それは光栄です」
時刻は11時50分。
クリスマスの正午を目の前にして、上条と美琴の婚約が成立した。