不幸なクリスマスなんていらない
冬休みに入った学園都市は、クリスマス一色。
街並みは煌びやかに飾られ、夜ともなれば様々なイルミネーションが煌々と街を明るく照らす。
本来、学業の街であるこの学園都市であっても、やはりクリスマスイベントは欠かせないようだ。
学園都市を代表とする『科学』勢力に対抗する『魔術』勢力からすれば、そのイベントの捉え方自体が間違っていると言われそうだが、そんなコトはお構いなし。
街並みに流れる軽快なクリスマスソングに乗って、誰もがウキウキとした楽しい気分に浸っている。
……ハズなのだが……。
「不幸だ……」
そんな街の賑わいを全く無視するかのように、この時期に訪れた寒波に身を縮こまらせてトボトボと歩く一人の少年が居た。
通りを歩くカップル達にとってこの寒さは身を寄せ合うのにも、また寒さに震える手を握り合うのにも絶好の口実であり、そうやって歩いていればその寒ささえ逆に温かく感じられる訳だが……。
そんな光景を見せつけられる独り身にとっては、寒さが余計に骨身に染みるだけである。
行き交うカップル達を羨ましそうに横目で見ながら、彼はいつもの口癖を呟きながら、今日も我が身に起こった不幸を嘆くのだった。
「ホントに、不幸だ……。上条さんも出会いが欲しいです。それにしても何で俺だけこんなに不幸なんだ?」
彼を知る誰かが聴いたら、即刻張り倒されそうなセリフをぼやく彼だが、それもそのハズ。
冬休みに入っても、彼の生活リズムは何ら変わることがなかった。
いつものように携帯のアラームで目覚め、家計を圧迫しエンゲル係数を100超えさせる銀髪シスターはイギリスに帰ったが、苦しいお財布事情を考えいつものように朝食を食べずに空腹を抱えたまま学校に向かい、いつものように働かない脳みそに無理矢理知識を詰め込む毎日。
それが、クリスマスで賑わうこの3連休の間もしっかりと行われているのだ。
理由は言わずもがなだろう。
イギリスのクーデターを止め、第3次世界大戦を止めたは良いが、北極海で氷漬けになりかけた。
それを助けて貰ったのは良かったが、その所為で今度は別の『不幸』を背負い込むハメに陥ってしまった。
一度学園都市に戻りはしたが、何だかんだで直ぐさま今度はハワイに行く事になり、その後は世界各地を転々とする日々。
そんなコトを繰り返していれば、ただでさえ足りない出席日数が余計に足りなくなるのは当然のコトで、今はそのツケを必死に払っている訳だ。
その上、一昨日の朝に寝坊してしまい、慌てて身支度を調えている時にキャッシュカードを踏み潰して曲げてしまった。
祝日だったので再発行して貰う事も出来ず、財布の中にある残り少ない金額で何とかこの三日間を乗り切ろうと決意したが……。
その日の補習の帰り道、街中で『スキルアウト』に絡まれている女の子をいつものように助けて、その女の子を逃がす代わりに連中に追いかけ回された。
何とか連中をまいて、ヘトヘトになっていつもの公園で一息つこうと、お金を飲み込む自販機で飲み物を買おうと思ったら、財布がいつの間にか消えていた。
ドコをどう逃げ回ったのかほとんど覚えていなかったので、探すに探せずそのままトボトボと寮に戻るしかない。
という不幸のどん底に突き落とされたような連休のスタートだった。
そんな不幸の始まりがそれで終わる訳もなく、今度は携帯の充電器がおかしくなって充電出来ない状態になってしまった。
携帯に表示されているバッテリーのコマは1コマしかない。
昨日の朝のアラームは何とか鳴ってくれたが、バッテリーはもう残り少ない。
明日の朝のアラームのためにも電源を切っておこうと思ったが、学校に着く頃にはその事を忘れてしまっていた。
ところが、そんな日に限ってアッチコッチからひっきりなしにメールが飛んできた。
制服のポケットの中で震える携帯に気が付いた時にはもう既に遅かった。
残り少ないバッテリーにとって、携帯を振動させるのはかなりキツかったのだろう。
一時限目の補習を受けている間に、携帯のバッテリーは既に事切れており、届いて居るはずのメールを読む事すら出来なくなった。
そんな携帯を見つめて溜息をつきながらトボトボと帰り道を歩いていたら、転がってきた空き缶に足下を掬われて見事に転倒。
それで終わりかと思ったら、何故かその空き缶が飛んでいった先に野良犬が居て、ソイツの頭にジャストミート。
その瞬間に目が合ってしまい、夜中まで追いかけ回されるハメになった。
ただでさえ、目減りしている体力がより一層削られてしまった。
一昨日の夜は、何とか冷蔵庫の片隅に残っていた賞味期限ギリギリの食材で乗り切った。
とは言え、お腹を満腹させる事など叶うはずもなく、何とか命をつなぐ事が出来たという程度でしかない。
昨日の唯一の食事は、冷蔵庫に残っていた『からしマヨネーズ』と『餃子のタレ』だけだった。
そして今日は、朝から何も口にしていない。
「不幸だ……」
そう呟きながら力なくトボトボと歩くその背中は、正に『不幸』という言葉を絵に描いたようだった。
残り少ない体力ではあったが、財布だけは何とか見つけたかったので、思い出せる場所は全部探してみた。
お金が残っているとは思っていない。IDカードが一緒に入っていたからだ。
銀行のキャッシュカードを再発行して貰うためにもIDカードはどうしても必要だ。
そんなコトをしているウチに辺りはすっかり暗くなり、吹き荒ぶ風は一層冷たいモノになっていた。
(確かに色んな奴らの『幻想』をこの右手で殺してきたけど、クリスマスくらい優しい『幻想』を見せてくれたってイイじゃねえかよ。神様(バカ)ヤロウ)
街の灯りで見えなくなっている星空を独り見上げて、上条は心の中で毒づいた。
急に目頭だけが熱くなった。
自分が堪らなく惨めに思えた。
今日はクリスマス。
『聖誕祭』である。
『神の子』が生まれた事を祝うその日に、神様に向かって毒づいている自分が酷く惨めに思えた。
(こんなオレを、神様が愛してくれる訳ねえよな……)
そう思った途端、涙が零れそうになった。
慌てて、コートの袖でゴシゴシと眼を擦る。
「しゃーねーな。帰るか……」
誰に言う訳でもなくそう独りごちた上条は、歩みを寮に向ける。
『不幸』という絵をその背に背負いながら、力なくトボトボと寮に向かう。
ふと見ると、寮の入り口に人影があった。
(アレ? あの制服……。ま、まさか……?)
ダッフルコートの隙間から見えるその制服は、ベージュのブレザーに紺系チェック柄のスカート。
そう。
学園都市でも5本の指に入る超名門校、常盤台中学の制服である。
上条はなけなしの体力を使って、寮の入り口に走る。
そこで待っていたのは、御坂美琴。
その人だった。
美琴は駆けてくる上条の姿を見た途端、寒そうにしていた表情をパッと明るくした。
そして、嬉しそうに満面の笑顔で手を振った。
だが次の瞬間、上げていた手を慌てて下げ、俯いて恥ずかしそうにモジモジとし出す。
そんな彼女の元に上条は駆け寄って……。
「御坂、こんなトコロで何してんだよ?」
「あ、アンタこそ……、遅かったじゃない」
「ぁ~、まあ、色々とありましてですね……。ところで、ホントにこんなトコで何してんだよ?」
「あ、あのね……」
「ああ……」
「これを届けに来たの」
そう言って美琴が差し出したのは、上条の財布だった。
「えッ!? こっ、コレッ!? ドコで見つけたんだ?」
「今日、風紀委員(ジャッジメント)の詰め所で留守番をしてたら、落とし物として届けに来てくれた人が居たのよ。で、他に人が居なかったから、私が中味を確認して、アンタのだって分かったから……。……その、……届けに来たの」
「そ、そうなのか。ありがとうな。助かったよ」
「お金とキャッシュカードは抜かれてた。小銭は残ってたけどね」
「キャッシュカードは入れてなかったからイイよ」
「へえ、アンタにしちゃやるじゃない。でもそうしておかないと落とした時大変だもんね」
「ぁ~、イヤ……。いつもは入れてるんだが……」
「え?」
「一昨日起きた時に遅刻しそうになってさ。慌てたらキャッシュカードを踏んづけちまって曲げちまったんだよ。だからカードを再発行して貰いたかったんだけど、一昨日は祝日だったから……」
「一瞬でもアンタを褒めた私がバカだったわ……」
「不幸だ……」
美琴の辛辣なツッコミにガックリと項垂れる上条。
その上条の態度にいつものスイッチが入ってしまったのか。
美琴は青白い火花を身体の纏い始める。
それを見た上条は慌てて美琴の手を取り、青白い火花を消しに掛かる。
「えッ!?」
「ふえッ!?」
「……オイ、御坂」
「なッ、何?」
美琴の手を握った瞬間、上条の表情が厳しくなった。
そして真剣な眼をして美琴に問いかける。
「お前、一体何時からここに居るんだ?」
「えッ!? あッ、あの……」
「外を彷徨き回ってたから、オレの手も冷えてるはずだ。だけどそのオレがお前の手を冷たいと感じる。一体どれだけココにじっとしてたんだ!?」
「あ……あの、えっと……」
「身体の芯まで冷え切っちまってるんだろう。一体どれだけ待ってたんだよ!?」
「え、えっと……。その、……4時頃……から?」
「何で疑問系なんだよ! って……チョット待て! 今8時過ぎだぞ。こんなトコロで4時間も待ってたって言うのかよッ!?」
「あ……、ぅん。……そ、そうなる……かな?」
「ば、バカ野郎! 風邪でもひいたらどうするんだよ!? ……ッたく、ほら。一緒に来い!!」
「えッ!? ど、ドコへ?」
「オレの部屋に決まってるだろうが。風呂沸かしてやるからすぐ入れ。で、冷え切った身体を温めるんだ。イイな!」
「えッ!? あ、……うん」
美琴が返事をするのも待たずに上条は美琴の手を引っぱっていこうとする。
美琴は慌てて、足下に置いていた荷物を手にする。
「そ、そんなに急がないでよ」
「何だよ、その大荷物は?」
「いッ、イイじゃない、別に。女の子には色々あんのよ!」
「色々あるって、子供が生意気言ってんじゃねえの」
「子供扱いすんなって言ってんでしょうが!?」
「へーへー、分かりましたよ、お姫様」
「それが子供扱いだって言ってんの!!!」
ギャーギャーといつものやりとりを始める二人。
だが、エレベータに乗り二人っきりになると、急に美琴が大人しくなった。
(こ、コイツと密室で二人っきり。しかも『お風呂に入れ』って……。も、もも、ももももももしかして、その後……あんなコトや、こんなコトになっちゃったりして……)
(だ、だだだ、だだだだだ大丈夫、大丈夫よ。私。そ、その為の準備もちゃんとしてあるし、例のブツも持ってきてるんだから……。ぅん、自信持て。私)
と、妄想真っ只中のようだ。
だが、俯いてブツブツと呟いている美琴を見ていた上条は……。
いきなりコートの前を開くと、美琴をコートで包み込み『ギュッ』と抱き締めた。
「やせ我慢すんじゃねえよ。ホントは寒いんだろ? こんなに冷たくなって震えやがって……」
「ふえぇぇぇッ!?」
「大して温かくねえかも知れねえけど、少しはマシだろうからな」
突然の出来事に、美琴は演算が追い付かないどころか、それを始める事すら出来ない。
ただ、上条に包まれて、余りの心地良さに漏電しないのが精一杯だ。
(わッ、私今ッ、コイツに抱き締められてる。抱き締められてるぅッ!!!)
だが、考えるよりも先に身体が動いた。
何も言わず、抱き締められた胸に顔を埋め、持っていた荷物を手放しその背にそっと手を回した。
今この瞬間が一瞬でも長く続けばいい。
そう願う本心が、パニックに陥った思考を押し退け美琴の身体を動かしていた。
この美琴の自然な行動に慌てたのは上条だった。
嫌がられると思っていたからだ。
抵抗されると思っていたのに、美琴は抵抗する素振りすら見せず、逆に自分に抱き付いてきた。
その行動が余りにも自然で、そしていつも見ている少女のそれとは違う行動が上条を戸惑わせた。
(み、御坂のヤツ。抱き付いて来やがった!? な、何で? 何ででせう? えッ!? 御坂のヤツ、柔らかい。それにイイ香りがする。御坂がカワイい!? やッ、ヤバいッ。り、理性がッ、理性がぁぁぁあああッ!)
自分から起こした行動なので、まさかココで抱き締めている手を離す訳にも行かない。
上条は理性を保つべく、必死に言葉をつなぐ。
「そんなに寒かったのか?」
「……うん」
「もうすぐエレベーター着くぞ」
「……うん」
「部屋まではこれじゃあ歩けねえだろ?」
「……うん。でも……」
「でも?」
「離れたくない。アンタの胸、温かくて気持ちイイんだもん」
互いの顔を見ずに話している二人だが、双方とも耳まで真っ赤である。
美琴はさりげない上条の優しさがたまらなく嬉しく、上条はいつもと違う素直な美琴がカワイく思えて仕方無い。
美琴もそうだが、上条自身もこの体勢を崩したくないと考え始めていた。
『チーン』
エレベーターが7階に到着した。
もう、二人は離れるという選択肢を放棄していた。
「じゃあ、ちょっと歩き難いだろうけど、このまま部屋の前まで行くからな」
「……うん」
美琴が手放した荷物は上条が持つ事にした。
本来なら、隣室の土御門にこの様なシーンを目撃されたら……などと考えるはずなのだが、美琴を抱き締める心地良さに、そこまでの思考が回らない。
元々出来がイイとは言えないオツムには、今の状況の解決策を導き出すほどの演算能力は最早無い。
それどころかいつもの超鈍感スキルさえ発動しなくなっていた。
今はユックリと歩を進め、自分の部屋の前に辿り着く事に必死だ。
そうしてしばらく二人抱き合ったまま、ユックリと歩を進めて上条の部屋の前までやって来た。
美琴はまだ、上条の背中から手を離そうとしない。
それどころか、先程以上に抱き締める力を強めている感じだ。
上条は手荷物を下に降ろすと、コートのポケットから部屋のカギを取り出し、カギを開ける。
「ほら、開けたぞ。御坂」
「……うん」
「あの~……、入りづらいんですけど……」
「……うん」
「ハァ……。分かったよ」
そう言うと上条は、二人向き合った二人羽織体勢のまま器用にドアを開け、荷物を持つと先程と同じようにユックリと部屋の中に入って行く。
二人は玄関で靴を器用に脱いで、そのままの体勢で部屋の中に入っていく。
上条はキッチンの脇を通り過ぎる時に手荷物をそこに置き、部屋に入ると電気とエアコンのスイッチを入れる。
「あの……御坂さん。部屋に着いたんですけど……」
そう言って上条は、抱き付いている美琴に離れるように促す。
ところが……
「……うん」
「『うん』じゃねえだろ? 確かにまだ部屋は暖まってねえけど、エアコン点けたんだし……」
「うん……」
「そろそろ離れてくれねえかな……。風呂の用意もしたいし……」
「……うん、あのね……」
「どうしたんだよ?」
「動かないの」
「へ?」
「身体がね、……動かないの」
「動かねえって……何で?」
「分かんない」
「分かんないって、何だよ、それ?」
「だって……、動かないんだもん」
「動かそうとしてみたのかよ」
「……うん」
「ハア……」
「しょーがねえなぁ」と言った感じで溜息をつきながら、美琴の方をチラリと見やる。
さすがにいつもの口癖だけは封印したが……。
するとそこには……
顔を真っ赤に染め、眼に涙を一杯に溜めて、プルプルと震えながらも必死に上条を見上げる美琴の顔があった。
『ドキンッ!!!』
美琴の顔を見た途端、上条の胸が大きく高鳴った。
視線を外そうとしたが、外せない。
それどころか、美琴と同じように自分の身体まで動かなくなってしまった。
「ど、どうしたの?」
自分の顔をじっと見詰めてくる上条を疑問に思った美琴が尋ねる。
「イヤ、……その……」
「何?」
「俺も、……その……動けなくなった。……みたい……」
「え?」
上条も何が何だか分からない。
自分の身に何が起こったのかすら把握出来ないで居た。
だが、美琴と同じく動けなくなってしまったのだけは間違いない。
「ど、どうしよう……」
「どうしようって言われても……」
「そりゃ、そうなんだけどな……」
普段ならこんなシチュエーションがやってきたら、間違いなく超音速で視線を外す二人なのだが……。
今日はそれすら出来ないで居る。
それほどに二人は固まってしまっていた。
そんな状況を打開すべく、上条は一つの提案をする。
「な、なあ……。御坂」
「え? 何?」
「お前の電撃で『ビリッ』とやってくれねえか? そうしたら何とか動けるようになるかもしんねえ」
「え、でも……」
「今なら、右手も直接触れてないしさ。軽くでイイからやってみてくれない?」
「……うん。でも……」
「でも……?」
上条からの提案を聴きながら、美琴はモジモジと身悶え始める。
そして……
「ちゃんと制御出来るか、分かんない。もしかすると……」
「え? もしかすると……?」
「アンタを黒焦げにしちゃうかも知れない」
「え?」
「頑張って殺さないように制御してみるけど……。ダメだったら、ゴメンね……」
「……あのー、御坂さん。モジモジしながら怖い事言うのはやめて貰えませんでせうか?」
という訳で上条の提案は却下となった。
そんな状況の中、今日は少し素直な美琴が上条に問いかける。
「アンタは、私とこうしているの……イヤ?」
「イ、イヤじゃない。イヤじゃない。……って言うより、ずっとこうして居たいって思い始めてたりする自分が居たりして……」
「じゃあ、アタシが温まるまでこうしててよ」
「あ、あのな……。それはさすがに刺激が強すぎるというか……。紳士たる上条さんでも、理性が崩壊して下手すりゃ狼になりかねませんのコトよ?」
「……狼になっちゃうって?」
「……御坂を、食べちゃうかも知れない」
「た、食べるって……、私そんなに美味しくないよ」
「そういう意味じゃないんですけど……」
「でも、……いいよ」
「え?」
「アンタなら食べられても……、イイ」
これでもかと言う程に顔を真っ赤にして、そんな言葉を紡ぐ美琴を見やった時、逆にそのショックで上条の金縛りが溶けた。
「ハァ……」
そして溜息を一つつくと、ユックリと美琴の肩を持ち身体を引き離す。
「あ……」
その瞬間、美琴は恐怖とも悲しみともつかない声を上げた。
「バカ野郎。心配すんじゃねえよ。お前にそんな事しやしねえよ」
「え?」
「……ホントはさ、俺だって顕然たる男子高校生だからな。そーゆーコトに興味がない訳じゃいし、御坂に魅力がないってコトでもないんだけど……」
「……じゃあ、どうして? どうして、私を……」
「お前との関わりをもっと大切にしたいからな。勢いでしたくないんだよ。何より、お前の泣いた顔は見たくない。御坂にはいつも笑っていて欲しいから……」
「……あ」
「無能力者が超能力者にカッコ付けてもしゃあねえんだろうけどさ。男のプライドってヤツだ。……分かってくれよ」
「……バカ」
「……ハイハイ、上条さんは大バカ野郎ですよ-」
「でも、そんなバカだから、私はアンタのコトが大好きなんだよね」
「え?」
突如美琴から発せられた言葉の意味が分からない。
と言った表情の上条。
対する美琴は、ポロリと零れてしまった本心に、思考停止してしまう。
「……み、御坂さん? い、今……、なんて仰ったんでせう?」
「あ……、あうあう……」
「わ、わたくしめの聞き間違いでなければ……、その、か、上条さんの事が『好き』だと……」
「うう……」
「ま、マジですか?」
最早正常な思考など出来ようはずが無い。
自分で自分を追い詰めてしまった美琴には、もう一つの選択肢しかなかった。
そして、それを止める思考能力は、今の彼女には存在しない。
美琴はいきなり上条の首に腕を回して抱き付き、そのままの勢いで唇を奪う。
「んッ……」
「ぅムッ!?」
美琴の突然の行動に、上条はそのままベッドに押し倒される。
『ドサッ!』
『ギシッ、ギシッ』
ベッドのスプリングが限界まで軋む。
その反動が収まった頃、美琴は唇を離して、一気に本心を告白する。
「わ、私は、もうアンタ無しじゃ居られない。当麻の隣に居たいの。当麻と一緒に歩きたい。当麻と一緒になって、結婚して、当麻の赤ちゃんを産んで、ずっと一生当麻と一緒に居たいの!!!」
「み、御坂……」
「当麻は私の命を救ってくれた。妹達と一緒に地獄から救い出してくれた。あの時からもう、私は当麻しか見ていない。レベルがどうとか、中学生だからとか関係ない。一生愛せる人にこの年で出会ってしまったから」
「お、オイ……」
「ロシアでアンタが死んだかも知れないって思った時はもう……。私も死のうと思った。アンタが居ないこの世界なんて、絶対に生きる価値ないもん。でも、当麻は生きていてくれた。だから……、だから……」
「御坂……」
「上条当麻さん。アナタが好きです」
「御坂……」
美琴の告白の後に訪れる、シンとした静寂。
美琴の一気の告白に驚く上条。
そして想いの丈を全てぶつけた美琴には、もう紡ぐ言葉は残されていない。
そんな美琴に向けて、上条が問いかける。
「……俺は『不幸』な男だぞ」
「アンタが居ない『不幸』に比べたら、そんなのどうってコト無いわよ」
「今日だって、俺の『不幸』に巻き込まれちまってるじゃねえか?」
「だからそんなのどうってコト無いって言ってるの。こうして当麻と居られるだけで、私は幸せなの」
「そっか……」
「……ねえ、返事は……?」
そう言われて上条は……
「バカだバカだと思ってたけど、まさかこんなクリスマスプレゼントを用意していてくれたとはな」
「え?」
「何でもねえよ、コッチの事だ」
「だ、だから何なのよ?」
「何でもねえって言ってんだろ?」
「だって、……気になるじゃない」
「ハハハ……。実はさ、この三日間『不幸』な目に遭いまくりでさ。正直かなり凹んでたんだ」
「……そうなんだ」
「この右手で色んなヤツの『幻想』をぶち殺してきた訳だけど、そのバチが当たったのかな? 何て考えててさ……」
「あ……」
「でもさ、せっかくのクリスマスなんだから、もうちょっと優しい『幻想』を見せてくれたってイイじゃねえか。って神様のバカ野郎に文句言ったんだよ」
「え?」
「だけど、クリスマスの夜に神様に文句言ってる自分が惨めに思えて来ちまってな」
「……うん」
「そしたら、俺の右手でも壊せねえこんな素敵な『現実』をプレゼントしてくれやがった」
「……当麻」
「なあ、ホントに俺なんかでイイのか?」
「……アンタじゃなきゃ、ダメなの」
「そっか……」
「ねえ……」
「一生離さねえから、覚悟しろよ。御坂がイヤだって言っても離さねえからな」
「え?」
「御坂が俺の事嫌いになっても、追いかけ回してオレの方振り向かせてやるからな」
「……バカ。アンタを嫌いになる訳……無い」
「じゃあ、ずっと俺と一緒に居るんだろ?」
「うん!」
「俺と結婚するんだろ?」
「うん!!」
「俺の子供、生んでくれるんだろ?」
「うん!!!」
「こんなオレで良かったら、ずっと隣に居てくれよ。御坂」
「アンタでイイんじゃなくって、アンタじゃなきゃダメの。何度言えば分かるのよ、このバカ!」
「ハイハイ、分かりましたよ。……ところでさ……」
「な、何よ」
「そろそろ降りてくんない?」
「え?」
「いきなりキスされて、押し倒されて、馬乗りになって告白されるなんて……、上条さんの理性はもう、崩壊寸前ですのコトよ」
「え? ……あッ!」
そう言われて、美琴は初めて今の自分がどういう状況にあるかを認識した。
そして慌てて上条の上から飛び退くと、部屋の隅っこで顔を真っ赤にして震え出す。
そんな美琴に優しく微笑みながら、上条は……
「好きだぞ。御坂」
と、そう言った。
その瞬間……
「ふ……、ふにゃぁあぁぁぁ……」
漏電と共に美琴は気絶してしまった。
告白の状況と、本心を告白した事。
そして上条がそれを受け入れてくれた事で、限界を突破してしまったらしい。
上条は右手の効果で難を逃れたモノの、部屋の家電は全てあの世に旅立ってしまった。
そんな惨状の中、ギリギリのところで間に合わなかったが、抱き締めた腕の中で幸せそうに気絶している恋人を見詰めながら、上条は独り呟く。
「御坂と恋人になれたのは幸せだけど。……これってやっぱり……不幸……なのかな?」
呆然と黒焦げになった家電類を眺め、停電してしまった部屋で立ち尽くす。
そして、やはりあのお方に文句を言わねば居られなかったらしい。
「やっぱり、あのバカ(神様)は俺には優しくねえ!!!」
その叫びは聖夜の夜に吸い込まれていった。