とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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それぞれのクリスマス・プレゼント 後編




「――とうま。初めてのクリスマスはどうだった?」

 可愛らしい居候からの問いかけに、上条は言葉も無く、満足げに頷くだけだった。
 大切に思う少女二人が、こうして一緒にクリスマスイヴを過ごしてくれる。
 初めて知ったその温かさに、いつしか彼の両目からは、滴が垂れていた。
 上条の右手を握り、じっと自分のほうを見つめている美琴にも、感謝の気持ちを伝えようとするが、胸が詰まって声にならなかった。

「ねえ。アンタは世界のあちこちでいろんなことに巻き込まれてきたけどね、そのおかげで助けてもらった人間がここに二人、こうしているわけよ」
「――ああ、でもそれは……んっ!?」

 自分のためだから、と言いかけた彼の口をふさぐように、美琴の細くたおやかな指が、上条の唇に当てられる。
 まるでキスをするかのように、指でそっと唇に触れたままで。

「アンタは自分のためだと言ってるけど、いつだってアンタは誰かの笑顔を守るために一生懸命になってきた」
「…………」
「アンタが私とインデックスの笑顔のためにいろいろしてくれたように、私たちだって、アンタに笑っていて欲しい。アンタの笑顔のためなら、なんだってする。なんだって出来るんだって思ってる」

 彼女の言葉に、頷くだけのインデックス。
 やがて美琴の細い指は、彼の頬を流れる滴をぬぐうように撫ぜていく。その温もりが上条の心を痺れるように熱くさせて。
 もっと触れていて欲しいと思う間もなく、すっと離れていった後に残る感触を彼は名残惜しく感じた。
 それでも、

「――そっか。ありがとな。御坂、インデックス。お前たちのおかげで、俺は今、幸せなんだって思えるんだ。本当にありがとう」

 二人から向けられる優しい微笑が、上条の心にふっと明るい灯を点すように感じられる。

「だったらさ、もう少し私たちのこと、頼ってくれても良いんじゃないって思うのよね」
「そうなんだよ、とうま。なにも危ないところへ連れてけって言ってるんじゃないんだよ。もうちょっと私のこと、当てにしてくれてたっていいかも」

 上条から深々と頭を下げられた二人は、お互い顔を見合わせて、にっこりと笑う。
 御坂はともかく、お前は普段からあまり当てにはならないだろうが、と思わずインデックスにツッコミたくなった上条だが、それを言えばどうなるかはこれまでの経験で十分に分かっている。
 だから、

「はいはい。これからは御坂だけでなく、お前のことも当てにしてやるからさ、インデックス」

 彼が苦笑交じりに放った言葉にインデックスが反発した。

「あーっ! 言ってるそばから当てにしてないのがミエミエなんだよ、とうま!」
「そ、そんなこと……」

 子ども扱いするような上条からの返答に、彼女はむっとしたような顔をする。
 いつものようにむくれたインデックスに、上条は子供を宥める要に口を開きかけたその時。

「――インデックスだって頼りになるわよっ!」

 思いもよらぬ強い口調の美琴の声が聞こえた。
 その迫力に、思わず振り向いた上条とインデックスが見たものは、ぐっと唇をかみ締めた、なにかを堪えるような面持ちをしている彼女の顔だった。

「アンタッ! 今夜のパーティーのこと、やろうって言い出したのはインデックスなのよっ!」

 いつにない真剣な眼差しを上条に向けている。
 美琴にとってインデックスは恋敵なのだとしても、この少年を思いやる彼女の気持ちだけは、きちんと上条に知っておいて欲しかった。
 彼のことが好きだからこそ、インデックスの気持ちを無碍にするような言い方をして欲しくなかった。

「でもそれはご馳走目当てじゃ……」
「違うわよっ! この子はね、クリスマスの記憶を無くしたアンタのために、初めてのクリスマスをプレゼントしたいって言ったのよ!」
「――――ッ!」

 そう美琴に言われた上条がインデックスの顔を見ると、彼女は恥ずかしげに俯いていた。
 恋敵ともいえる相手から、自分のことを認められたばかりか、上条にこの気持ちを知ってもらえたから。



「私だってアンタの記憶喪失のことまで考えもしなかったのに、この子はちゃんとアンタのことを考えてたんだからっ!」
「そう……だったのか。――ゴメンな、インデックス。さっきは冗談のつもりだったんだが、つい調子に乗っちまって……本当にすまん!」

 人の思いを大切にしようとする上条だけに、大切な少女の思いをないがしろにしかねなかった自らの行いを、素直に謝った。
 と、同時に、その過ちを教えてくれた、もう一人の大切な少女にも感謝の気持ちを抱く。

「――大丈夫だよ、とうま。私はみことにお願いしただけで、これだけのことが出来たのも、全部みことのおかげなんだよ。私だけじゃとうまに喜んでもらえるようなことは出来なかったかも」
「ああ、お前が言うのならそうかもな。――御坂のおかげで、俺も過ちに気付くことが出来たんだし。ありがとな」

 また教えられた、と言わんばかりの彼に向けて、

「ううん、気にしないで。折角のクリスマスパーティーだもん。これ以上の野暮は言いっこなしでね?」

 伝えるべきことさえ伝わればそれで十分だとばかりに、美琴が笑顔を見せる。
 それにつられるようにして、上条もインデックスも同じように笑顔になった。
 年に一度のクリスマスイヴだから、今夜は楽しく笑って過ごしたい。

「それにしても、いつの間にお前たち、こんなに仲良くなったんだ?」

 ハワイから戻って以来、美琴とインデックスが上条宅で直接顔を合わせることが増え、彼女たちの間には丁々発止なやり取りも多かった。
 課題やらなんやらで、何かと美琴の世話になることも多くなった上条にとっては、それこそ痛し痒しなことばかり。
 もちろん二人ともお互いに傷付けあうようなことをするわけではないが、彼にとっては間に挟まっての、身の置き所の無さが辛かった。
 どちらも大切な存在であることには変わりなく、かといってはっきりした原因が分からないから口の挟みようが無い。
 それが今日ばかりはそんな空気など微塵も感じさせずに、和気藹々とした雰囲気が彼を温かな気持ちにさせてくれる。

「え? だって私たち……」
「――友達なんだよ、ね♪」

 まるで古い付き合いのように笑顔を交わす美琴とインデックス。
 なにかにつけて身近にいる彼女たちの仲が良くないままで居て欲しくは無かった。こうして二人仲良くしてくれるのが何よりも一番の贈り物だな、と彼は思う。
 こうして三人とも笑っていられるようになれば、自分だっていろいろ気をまわさずに済むし、何より精神を削られるような思いをすることも無いのだから。

(今夜はこのまま、一緒に過ごすのもいいな。だけど御坂は門限があるし……)

 と、思っていたら、

「――さて、とうま、みこと。そろそろ時間だから、私は出かけるんだよ」
「えっ!?」
「はあ?」

 いきなりそんなことを言い出したインデックスに、二人は思わず口をあんぐりさせて。

「――これからこもえの家で、あいさやあわきたちとお泊りパーティーが待ってるんだよ!」
「「お、お泊りパーティー?」」

 そう言って、インデックスは美琴に向けて、にやりとイタズラっぽい笑みを浮かべていた。

「サブヒロインの誰かさんと違って、私はメインヒロインだから、あちこち引っ張りだこの大人気なのかも! だからみことはとうまと二人っきりの『寂しい』クリスマスを過ごしてればいいんだよ!」
「「ちょっ!?」」

 だがインデックスは、まるでなにかを懇願するかのように、真剣な眼差しを美琴へと向けていた。じっと見つめられた美琴の胸がドキリと鳴る。

「そういうことだから……みこと、あとはよろしく、なんだよ」
「インデックス……」



 上条はと言えば、インデックスの真意を知ってか知らずか、あっけにとられた顔のまま、無言で固まっていた。
 インデックスが修道服の上からコートを羽織りながら、玄関へと向かっていく。その背中に、誰にも何も言わせぬ迫力のようなものを漂わせながら。
 それは彼女なりの決意なのだと、美琴には感じられたが、だからといって、ここでそのままインデックスを見送るようなことは彼女には出来ない。
 だが何か言おうとしても、その背中に掛けてやれる言葉が出ない。
 一人の女の子が「そういう決意」で出した結論だからこそ、ライバルである自分には掛ける言葉が無い。
 このままインデックスを行かせてしまうことは、彼女が言うとおり、上条と二人きりでのクリスマスイヴを過ごせるという美琴にとっての最高の結果となる。
 だからといって、彼女はそれを安易に喜ぶような人間ではない。誰に対しても対等な関係を、フェアなやりとりを望む美琴には、到底納得できることではない。
 どんなに気圧されるようなことがあろうとも、納得できないことには抗うと決めた少女が、

「待ってっ!」

 声が出る。はっきりと明確に、声が出せる。
 それまで動こうとしなかった体が、足が、インデックスへと。

「待ちなさいってば! インデックスっ!」

 玄関前まで行ったインデックスの後姿が、ビクッと震えたのがわかる。
 自分の想いを残したままで、勝手に終わらせようなんて許さないと、美琴はインデックスに近寄ると、自分の方へと振り向かせた。

「インデックス……」

 同じ想いを抱えているからこそ、お互い相手が何を思っているのか分かるのだ。
 美琴の目には、案の定、ぽろぽろと涙をこぼしているインデックスの顔が映っている。

「――そんな顔して行かれたら、私だってどうしていいのかわからなくなるじゃない」
「…………みごどぉ……ぞれでも……わだじば……」

 泣き声を上条に聞かれないよう、涙を彼の目から隠すよう、インデックスが美琴の胸に隠れた。
 見上げてくる彼女の顔が、色とりどりのクリスマスツリーの明かりに照らされる。白磁のような肌を流れる銀の雫にも、ツリーの明かりが映って様々な色に変わる。

「アンタがどんなつもりで、私とアイツを二人きりにしようとしてるのか分からないけど、私はアンタを踏み台にして、自分の幸せを攫むなんてことはしたくない」

 否定しなければならないことは、きっぱりと。

「独りで勝手に勝負を捨てるなんてこと、私は許さない。私だってあの馬鹿のことは大切よ。でもアイツを大切に思ってくれるアンタだって、私は大切に思ってるんだから」
「みごど……あ゛りがど……」

 言うだけ言うと、美琴の気持ちも楽になったような気になった。
 だがインデックスにだって、彼女なりの想いも、気持ちも、決意だってある。
 やがて涙を拭ったインデックスが、そっと美琴にささやいた。

「あのね、とうまは確かに私のこと、好きだって言ってくれた」

 美琴の心臓が大きく跳ねる。胃の中になにやら硬い棒のようなものを突っ込まれたような心持ちがした。が、

「でもそれは、家族として、なんだよ」

 まるではずれくじを引いた子供のように、インデックスは残念そうな顔をしていた。
 と同時に美琴の心持ちもまた、その質を変えていく。

「大切な家族を失いたくなくて、ずっと記憶喪失のこと、私に黙っていたんだって。とうまはそう言って、必ず帰って謝るからって言ってくれた」

 それはロシア上空、ベツレヘムの星の中で、上条がインデックスに伝えた言葉。
 インデックスはそんな彼に向けて、いつもの彼が戻ってきてさえくれれば良いとも言った。
 確かに彼女の元へ戻ってきた彼は、いつものようにいろんな女の子を、まるで磁石に付いた砂鉄のようにぞろぞろと引き連れて。
 インデックスにとっては、いつものとうまが戻ってきたには違いは無かったのだけれど、だが上条は彼女に、さらに衝撃的な事実を告げることとなる。
 今度は、御坂と出かけることになるのだと。彼女と一緒に、グレムリンと戦うために、ハワイへ出かけるのだと。




 ハワイへ出立する前に、彼はロシアで言ったとおりに彼女に頭を下げた。それまで隠していたことを包み隠さず、全て打ち明け許しを請うた。
 もちろんインデックスとて、いつも通り上条が無事戻ったことで十分だったから、即座に許したのは言うまでも無い。
 彼女は彼の記憶喪失のことを改めて教えてもらい、これまでの経緯も知ったのだった。
 だがインデックスには分かってしまった。
 上条の心に、誰がいるのかを。彼自身すらまだ気付いていない想いを、インデックスは敏感に感じ取ってしまっていた。
 自分より先に、上条の記憶喪失を知った者がいたことを。ロシアから戻って、最初に会いに行った女の子がいたことを。
 彼を助けに、ロシアまでやってきたライバルの話をする上条の想いのことを。

「ハワイから戻ったとき、とうまはみことのことばかり話してたんだよ。ロシアから戻ったときもそうだった」
「――っ!?」
「ねえ、みこと。私の望みはとうまが幸せになることなんだよ。そのために私が出来ることなら、なんだってするって神に誓ったの。だから……」
「……だから?」
「――みことにお願いしたいんだよ。とうまを、みことの力で幸せにしてあげて?」
「でもそれって……私に出来るのかな」

 美琴は自信無さげに言った。上条の幸せを願うのは彼女も同じだが、果たして自分は彼が望む幸せをもたらすことが出来るのか。

「とうまがね、言ってたんだよ。みことのおかげで助けられた。みことがいたから、自分は戦えたんだって。だから心配要らないんだよ」

 インデックスがきっぱりと言った。

「とうまはみことのことが好き。それは一人の女の子として、なんだよ」
「――!」 
「だから、みことは当麻の想いに応えてあげて。とうまは自分が幸せになれるはずが無いっていつだって思い込んでるから」
「わかった……」

 じっとインデックスの瞳を見つめたまま。

「――自分は幸せになれないっていう、アイツの幻想をぶち殺してやればいいのね?」

 誰かの笑顔のためなら、この世の全ての不幸さえも、喜んで背負っていこうとする『あの馬鹿』に一発食らわしてやるのだと。
 自分の幸せが、誰かの幸せになる。彼の笑顔が、彼女たちの笑顔なのだということに、気が付かない愛すべき不幸な少年に。

「うん。――それともう一つ」
「なにかな?」
「とうまのこと、名前で呼んであげて欲しいな」
「え……っ」
「私のこと、インデックスって読んでくれるのに、みことはとうまのこと、アンタとしか呼んでないかも」
「う……うん。で、でも……そのちょっと……恥ずかしい、のよ」

 お願い、と言わんばかりにインデックスから見つめられれば、断れる人間なんてそうはいない。

「わ、わかった。アイツのこと、ちゃんと名前で……、当麻って呼ぶから」

 そう頬を染める美琴に、インデックスはほっと安堵のため息を吐いた。




「まあウチのダメとうまなら、みことに『あの馬鹿』呼ばわりされても仕方がないのかも」
「ウ、ウチのダメとうまって」

 意外に辛辣な聖職者の言葉に、美琴は思わず噴き出しそうになる。

「今夜、みこととお祝いしないの? って聞いたら、俺なんかが声を掛けたらアイツだって困るだろって言ってるんだもん。とうまったら、肝心のときにヘタレるんだから」
「そ、そうなんだ」

 上条が自分のことを想ってくれていることを教えられ、内心は天にも昇るような心持ちがする美琴。
 しかしその前に、

――自分は、このライバルとの間に決着をつけなければ、前に進めない。

 だから、

「インデックス、本当に私で、いいの? 当麻と私がそうなっても、アンタは後悔しないの?」
「うん。これは私が望んだことなの。とうまとみことが幸せなら、私は後悔なんてしないんだよ」

 インデックスの深い翡翠色の双眸に、再び滲む涙。美琴にはこのインデックスの涙を拭ってやることが出来なかった。
 この涙を拭ってやれるのは、彼女が想いを寄せる、ただ一人の少年だけだとわかっているから。

「ありがとう。私、インデックスと当麻に会えて、本当に良かった」
「私も、みことととうまに会えて、本当に良かったんだよ」

 部屋の方から、一向に戻ってこない女の子二人の様子を不思議に思ったか、――おい、どうかしたのか? と鈍感部屋主の声がした。

「――じゃ、そろそろ行かなきゃ……」

 そう言って踵を返しかけるインデックスを、今一度、美琴が――ちょっと待って、と引き止めた。
 部屋へと戻り、持ってきた袋をつかむと、すぐに玄関へ引き返す。
 きれいにプレゼント包装をされていたのを、びりびりと引き破ると、出てきたのは手編みのマフラー。
 上条のためにと、昨夜ようやく完成させた美琴の力作だ。
 温かそうな高級毛糸を惜しげもなく使い、シックな色合いは男女を問わず誰にでも似合いそうな、既製品と見間違うばかりの素晴らしい出来具合。

「これ、私からのプレゼント」

 そう言いながら、彼女はインデックスの首にそれを軽く巻いてやった。

「いいの? これ、とうまのためにみことが編んだんじゃ……」
「いいのよ。私はアンタにもっと素敵なプレゼントを貰ったから。むしろ今はこれぐらいしかあげるものがなくて、ごめんね」

 美琴の愛情を感じさせるような温かいマフラーの肌触りに、インデックスはしばらくその中に顔を埋めていたが、やがて顔を上げると、笑顔で言った。

「ありがとう、みこと。メリークリスマス!」
「メリークリスマス、インデックス。気をつけてね?」

 美琴も笑顔で応じると、部屋を出て行く彼女の後姿をじっと見送る。
 駆け出して行ったインデックスの背中に、さっきまでの寂しさのようなものは、もはや微塵も感じられなかった。




 ようやく部屋へ戻ってきた美琴に、上条が言った。

「そういや俺、プレゼントがあるんだった」

 インデックスが出かけてから、そんなことを言い出した上条に、美琴はつい、ムッとした。

「アンタねえ。そういうことは、あの子がいる時に気がつくもんでしょ!」 

 今日は十分にインデックスという少女の優しさ、思いやり、気持ちに触れて、彼女の本質ともいえる愛情を知った。
 だから上条にだけは、彼女の愛情を裏切るようなことをして欲しくない。

「いや、いいんだ。俺は御坂にだけ、プレゼントがあるんだから」

――予算がなくて、インデックスにはケーキで勘弁してもらったから。

 彼の呟きが、美琴の耳に届いた。
 自分にだけのプレゼント。
 インデックスを差し置いて、というのが気に掛かるが、それでも彼が自分のために、自分のことを想って用意してくれたプレゼント。

「嬉しい」

 インデックスにはインデックスの。上条には上条の。そして美琴には美琴のプレゼントを。
 形にこだわらない、値段のつかない、物の形をなしていないものだとしても、そこに込められた気持ちには、想いには、差はつけられない。区別は付けられない。
 人が人のために、思いを込めて贈るものなら、それは喜んで受け取るべきもの。

「――ありがとう。当麻」

 だから素直に感謝の言葉を伝えることが出来た。
 なのに上条の表情が驚きへと変わる。

「ええっ!?」
「どうしたの? 当麻?」
「初めて……名前……」
「え? あ……うん。さっきね、インデックスに言われたの。当麻って呼んであげて欲しいって」

 驚きの顔が崩れて、彼が再び笑顔に戻った。
 それは美琴が一番見たいと思っていた、全てを包み込んでくれる優しい笑顔

「みさ……美琴……」
「――っ! 私の……名前……」
「だったら俺も名前で呼ばなきゃ、不公平だろ? 本当は何度か呼んだこともあったんだけどな」
「うん。気付いてた。けど……こんな……」
「ダメだったか?」

 二人きりの部屋で、今この時、上条の優しい微笑は、ずっと彼女に向けられたまま。
 目の前の彼の言葉と、笑顔を目にした美琴の中で、想いが弾けた。
 これまでずっと、自分の中に閉じ込めていた想い。
 何度も何度も、伝えようとして、その度に怖くなって。失うことが怖くて、かといって抑えておくことも出来なくなっていた想い。
 今日、この時、御坂美琴は、自分の背中を押してくれた大切な少女のおかげで、その一歩を踏み出すことが出来た。

「ううん、嬉しいよ。当麻」
「そうか、よかった」

 クリスマスという「行事」が何をする日なのか、全く記憶にない上条でも、こうして夜の自室で、好きな女の子と二人きりでいることに、心が踊らないわけがない。
 初めて素敵なパーティをしてもらい、幸せな時間を過ごしてきたというのに、彼の脳裏を横切ったのは、幸せの続きかそれとも、不幸の揺り返しか。
 今までの経験に縛られた、彼の灰色の脳みそは、不幸の前兆を予知しようと無意識にフル回転を始めていた。

(これは、もしかして……このまま、御坂に告白をしたら……告白できたなら……俺は……俺はっ!)

 だがそれでも。
 たとえ不幸な前兆がないのだとしても。
 悲しい習性が、彼をいつもの幻想へと戻そうとする。

(でも右手が……神様のご加護すら消しちまうから……運命の赤い糸だって……だから、これは……俺の勘違い……に決まってる)

 ここで、ほんの僅かな意志が、人の想いが、少女たちの愛が。
 神様に及びもつかない、ほんの小さな愛が。上条に幸せをもたらそうとする少女たちの意志が。
 ここから、明確に未来を変える。
 変えてしまう。

「私、ずっと……当麻のことが、好きだったの」

 美琴の突然の言葉に、上条の身体が金縛りにあったように動かなくなった。

――カノジョハナニヲイッタ?

「私は、当麻のことが、好き」

――何を言った?

「好き、です。私は……」

――なんて?

「当麻のことが、世界で一番……」

――言った?

「好きなの。だから……付き合ってください」

――俺は……俺は……俺はッ!!!

「美琴っ! 俺も好きだぁぁああ!!」
「当麻ぁぁぁあああ!!!」

 いきなり飛びつくように抱きついてきた彼女に、上条の身体が押し倒される。
 同時に彼の腕が、しっかりと美琴の身体を強く抱きしめていた。



「み、美琴センセー。これは、いったい……」

 上条が美琴を腕の中に抱きしめたまま呟いた。
 恥ずかしさと嬉しさと、何よりも想いが叶ったことで、彼の頭の中はまだぐるぐるとしたままだった。
 されど、腕の中に感じる彼女の身体の温かさが、これが幻想なんかではなく、確かな現実であることを物語っている。
 もっとそれを確かめたくなって、彼女の頭に右手を触れてみた。
 さらさらとした美琴の髪をそっと撫でるだけで、手のひらから伝わるこそばゆいような感触が、彼の心になんとも言えぬ幸福感を与えてくれるようだった。
 美琴の方も、彼の胸に頭を乗せているだけで、どきどきと響く心臓の鼓動が聞こえてくる。
 やがて上条の右手がそっと彼女の頭に置かれたかと思ったら、ゆっくり優しく髪を撫で始めた。
 その感触に、安らぎと気持ちよさを感じて、天にも昇るような心地良さに包まれる。
 今この時、上条が間違いなくここにいて、こうして自分を抱きしめてくれていることに、美琴は言いようの無い幸せを感じていた。

「あー幸せ。当麻とこうして一緒にいられるだけで幸せ」
「そっか」
「当麻も今、幸せ?」
「ああ……幸せだ。今までで、一番幸せだぞ。幸せって、こんなに嬉しいもの、なんだな」
「よかった。私、当麻を幸せに出来てるのよね……」
「俺は美琴がいてくれたら幸せだぞ。――でもインデックスは……」
「――大丈夫。あの子とね、約束したの。当麻を幸せにするからって」

 その言葉がなんだか可笑しくて、上条がぷっと吹き出した。

「なんだか両親への挨拶みたいだな。――娘さんを幸せにしますってさ」
「ううん、違うわ。――息子さんを幸せにしますってね?」

 白い修道服のインデックスの前で、二人並んで頭を下げる様子が美琴の頭に浮かんでしまう。その光景を想像しただけで、なんだか可笑しくなってきた。
 思わず吹き出しそうになって顔を上げたら、つい上条と目が合ってしまい、そのまま二人、顔を見合わせて笑ってしまった。

「はあ。私たちって、どうしたって甘い雰囲気にはならないわね」

 先に身体を起こした美琴が、上条の手を引いて助け起こした。

「まあ、そういうのも俺たちらしくていいんじゃねえか?」

 上条が身体を起こすと、ふう、と息を吐いた。

「――でさ、さっきのプレゼントのことだけど」
「うん! なにかな?」

 きらきらと目を輝かせる美琴に、彼はポケットをごそごそと探っていたが、やがて、

「ほい。これ」

 取り出した小さな紙袋。
 何の飾り気も無いシンプルな包みに、上条らしさを感じて、美琴は思わず――うふふと笑っていた。

「開けてみるね」
「おう……」

 嬉しそうに袋の口を開けて、取り出したのは、

「あっ! ゲコ太のヘアピンじゃないの! しかも全種類揃ってるし! これ欲しかったのよ!」
「ぷっ……、くくっ……」

 まるで子供みたいに無邪気な喜びを見せる彼女が、本当に微笑ましく思えて上条もつい一緒になって笑ってしまった。

「――お前、ホントお子ちゃまみたいだな」
「何よ、子ども扱いしてくれちゃって。――でも嬉しい。ありがとうね、当麻」

 少し拗ねたような表情も見せる彼女が本当に可愛らしい。
 そう感じながら、彼はもう一つのサプライズを用意する。
 彼女なら、これも似合うだろうと思って買った、もう一つのプレゼント。

「よし、なら上条さんが、もう一つ、ミコっちゃんに大人なプレゼントをあげよう」
「――なによ、大人なプレゼントって。それにミコっちゃん言うな」

 ぷっと頬を膨らませる彼女に渡したのは、しっかりときれいにラッピングがされた細長い箱状の包み。

「えっ!? こ、これも……なの?」
「ああ。開けてみてくれないか」

 彼女が包装を解くと、中から現れたのはジュエリーケースに入れられたオープンハートのネックレス。
 御坂妹が着けているものよりトップは小ぶりだが、大きなゴールドハートと小さなシルバーハートが繋がっているものだった。

「これって……」
「せめて心だけでも、いつも一緒にって思ってさ」

 恥ずかしそうに打ち明けた上条の言葉に、感極まった美琴の目から、ぽろりと一粒、滴がこぼれた。

「――もう、なんなのよ、当麻。私が幸せにするって言ったのに、私の方が幸せにしてもらってるじゃない……」

 そう言うと美琴は、上条の胸へと飛び込んでいく。
 そんな彼女を、彼は優しく受け止めると、その腕で強く抱きしめていた。



 自分の腕の中ですんすんと鼻を鳴らし、嬉し涙を流す彼女に上条は少し焦りはしたものの、こうして彼女を抱きしめているだけで、自分の中に更なる喜びと幸せが溢れてくるように感じていた。
 だが無常にも、時間という怪物は、不幸も幸福も、全て公平に奪い去っていく。

「そういや美琴、門限の方は大丈夫なのか?」

 ようやく涙をふいた美琴に、言いたくも無い言葉を向けた。
 普段、彼女が課題を手伝ってくれる時、門限の時間には帰らせていたのだから。
 だが美琴から戻ってきた言葉に、彼は金縛りにあったように動けなくなってしまう。

「――今夜は……帰らないから」

 クリスマスは、恋人たちが、大胆になれる日、というのを、前に聞いたことがあったことを美琴は思い出していた。
 だから自分も、あと一歩を踏み出してみたかった。その先に待つのが、恋人との甘い世界なら尚更だ。
 一方で上条は、なんてベタなセリフだと思いはしたが、腕の中の恋人を見た時、彼の心は大きく揺さぶられる。
 なにかに耐えるような、ちょっと俯いた彼女の表情に。
 可愛らしい女の子が、勇気を持って、呟いた言葉の深さに。
 恋人が、自分に向けた想いの大きさに。

「いいのか?」
「…………うん。せっかく、恋人同士になれたんだもん」
「そう……だな。俺も……今夜は一緒に居たい」
「なら……いいでしょ?」
「ああ、もちろんだ」

(さすがに中学生に手を出すわけには……いかないよな。――なれば今こそ、紳士上条さんの鉄壁の理性を発揮する時!)

 とはいうものの、目の前の恋人の姿にその鉄壁の理性がどんどんと削られていく。
 彼女の言葉に上条は、なんとか理性を保とうとはしたものの、この雰囲気に、このシチュエーションだ。
 可愛い年下の女の子のおねだりをかわすには、健全な男子高校生にはあまりにもハードルが高すぎた。
 ましてや目の前にいるのは、ついさっき恋人になったばかりの美少女。

「このネックレス、当麻の手で私に着けて欲しいな」
「――――ッ!」

 恥ずかしげに頬を染めた彼女から、上目遣いで甘えるようにお願いされて拒める彼氏なんてまずいない。
 湧き立つ本能のような衝動になんとか抗いながら、上条は無言のままで、震える手を動かしてネックレスを取る。
 着けやすいように少しだけ身体を離した美琴の首の後ろへと手をまわし、もぞもぞと指先を動かす。
 上条の顔を、さらりと彼女の髪が撫ぜる。ふわんと鼻腔をくすぐるのは美琴の香り。
 ついうっとりと心を奪われそうになって、彼は慌てて指先に意識を集中させた。

「よし……これで、いいか?」
「――まだ……あと、もう一つ……」
「えっ?」

 見れば目を閉じたまま、なにかを待ちうけるような顔をしている美琴。
 そんな彼女を前にして、上条は、

(こ……これって……そういうこと、だよな? キ、キスで……いいんだよな?)

 そのまま震える手で彼女の肩をつかむと、ゆっくり顔を寄せていく。早鐘を打つような自分の心臓の音が、うるさいほどに響いてきた。
 待っている美琴の身体が、震えているように感じるのは、彼女も緊張しているからなのだろう。

(怖がらせるようなこと、したくないな)

 そう思ったら、上条の緊張がすうっとどこかに消えていった。後に残ったのは、彼女を愛しく思う気持ちだけ。

(美琴を……幸せに……してやりたい)

 ただ一心に、この気持ちを、想いを、彼女に伝えたくなって、上条は彼女の唇に、ゆっくりと自分の唇を寄せていく。
 触れる直前になって、彼は小さく呟いた。その言葉に、美琴の身体がピクリと震えたのがわかる。
 色とりどりなクリスマスツリーの明かりに照らされて、二つの心と身体が一つに重なった。

「好きだぞ――」
「私も――」

 ずっと抱き合ったままの二人がゆっくりと離れたとき、美琴は肝心の上条に渡すプレゼントが無いことを思い出していた。
 制服のポケットにはあの指輪が入っているが、それを渡すには、まだ少しだけ早いような気もしていた。
 ハワイでそれを渡さなかったのは、待ち受けるであろう多くの困難を乗り越えて、二人が本当の意味で結ばれた時が来たら、と思ったからだ。
 自分たちの力で幸せをつかまえてこそ、この指輪の本当の意味を伝えられるのだと思ったから。
 美琴には、その時がもうまもなく、訪れて来るように感じていた。



「ごめん。当麻のためのプレゼント、さっきインデックスにあげちゃったんだ……」
「でもインデックス、喜んでたろ? なら俺はその気持ちだけで十分だ。――俺はお前に最高のプレゼントを貰ったんだから、そんなの気にしなくて良いぞ」

 上条にとっては、美琴と晴れて恋人になれただけでも十分に幸せだと思えていた。
 だが彼女にとっては、上条をもっともっと幸せにしてやりたい、という気持ちは何よりも優先されるべきものだから。

「ううん。やっぱり当麻には、もっとなにかしてあげたいの。――だからプレゼントのかわりに、私に出来ることで一つだけ、今夜はなんでも言うことを聞くわ」

 まるで罰ゲームの時にも使いそうな言葉だが、美琴にはそれが一番良いような気がしていた。
 上条が望む幸せを、なにか一つ、自身の手で叶えてやりたい。
 そう思って彼に伝えたその言葉に、

「だったら……俺……」

 真面目な顔をした上条に、美琴の心臓がドキリとなった。

「今夜は……美琴に……」

 上条が真っ赤な顔をして、口籠っていた。その先の言葉を、はっきり口に出せずにいるようだった。
 この雰囲気。このシチュエーション。
 考えてみれば、自分が身に着けている衣装は、男性の劣情を呼ぶような刺激的なものだった。
 身体のラインをアピールし、胸元を強調するような飾りに、短パンをはいているが、太股の付け根まで見えそうな短いスカート。
 どうみても誘っているとしか思えないコスチュームに、今夜は帰りたくないという言葉。
 恋人。初めてのキス。お泊り。
 今夜はなんでも言うことをきくと言ったなら、それは……と彼が思っても仕方がない。
 そのことに気付いた彼女の脳裏に浮かんできたのは。

(あう……ぅ……こ、これから……『したい』……ってこと、かな)

 キスはしたものの、その先のことまでは考えていなかった。
 もしこの場で、お前が欲しいだなんて言われたらどうしよう、と年頃の女の子の妄想が広がっていく。

(私には……まだ、早い……よね。でも……)

 恥ずかしさで頬が熱くなるのが自分でもわかる。目の前の彼の顔が見られない。
 同時に自分のそんな顔を、上条に見られたくなくて、つい俯いてしまっていた。

(今日はそんな準備……してなかったわよう。――どうしよう。下着だっていつものだし。だけど、クリスマスイヴ……だもんね)

 今夜は、恋人たちが大胆になれる日、だから。
 どきどきと高鳴る胸の鼓動が、上条に聞こえやしないかと緊張しながら、美琴は、

「い、言ってみなさいよ……」

 覚悟を決めた。
 彼の愛情を出来る限り受け止めたい。
 クリスマスの夜に、恋人と結ばれるのなら、何を躊躇うことがあろう。
 恥ずかしさで赤らんだ顔を上げて、上条の顔を見た。
 いつに無く真剣な彼の眼差しに、彼女の中に熱い感情が溢れる。

「――私に出来ることなら、なんだってする……んだから」

 その言葉に、上条の喉が上下した。彼も緊張しているのだろう。
 緊張しなければならないほどの頼みとは、やはりそのこと、なんだろうと美琴は確信した。
 自分の幸せのため。インデックスの幸せのため。何よりも、

「大好きな当麻のためだもん」

 緊張していた上条の表情が柔らかくなった。どこかほっとしたような顔をしている。
 それは彼が、自分のことを信頼している証なのだというのが分かって。
 だから。
 なればこそ。
 彼の気持ちに応えたいから、たとえそれが欲望なのだとしても、全て受け止めるのだと決めた。

「ありがとう、美琴。――じゃあ……俺の……」

 そう言いながら、上条の顔がゆっくりと彼女に近寄ってくる。
 美琴はゆっくりと目を閉じて、彼に押し倒されるのを待った……が、一向にその気配が無い。
 そっと目を開けてみれば、なぜか上条は床に頭をつけて土下座の姿勢になっていた。

「課題を手伝ってくださいっ!!」
「それかぁぁぁああああああっ!!!」

 ホワイトクリスマスの夜、学園都市の空に雷鳴が轟いた。


  ~~ THE END ~~





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