Natural story
1月4日 AM 7:14
年も明け、忙しさも増してきたこの頃。
御坂美琴は頭痛で目を覚ました。
「うッ・・・いたた・・・」
どこかに頭をぶつけたような痛みではなく、リングが頭を締め付けているような痛みだった。
起き上がるとめまいがした。いつもと違うと感じた彼女はすぐにおでこに手を当てた。
――――熱い。
「風邪・・・かな、ヤバいな・・・この時期に」
もう一度寝ようかと思ったが、1階には上条がいる。彼の会社は明日からなので急いで朝食を作る必要はないのだが、
早く行かないと優しい彼は先に作ってしまうのだった。
バサリと布団から出ると、ブルッと寒気がした。クローゼットから上着を取り出して羽織り、フラフラした足取りで1階へ向かった。
同日 AM 7:19
新聞を読んでいた上条が2階から降りてきた美琴を見て驚愕したのは5分後の話だった。
「おはよー・・・当・・麻」
「美琴!?どうしたんだよ!?具合でも悪いのか!?」
すぐに駆け寄ってフラフラした足取りを支える。
呼吸も少し荒く苦しそうで、おでこに手を当てるとものすごく熱かった。
「大・・・丈夫だって・・・今から・・・ご飯作るね・・・」
「何言ってんだ!!すごい熱じゃねえか!!早く病院行くぞ!」
「病院・・・やってないかもしれないし」
「カエル医者なら何とかなる!」
上条は美琴を抱きかかえソファーに座らせると、急いで応急薬とマスクを持ってきた。
「それ飲んで待っててくれ。着替えと持ち物持ってくるから」
「うん・・・」
上条は急いでバッグに保険証や財布などを入れ、クロ-ゼットからできるだけ暖かそうな服を選び、美琴に渡した。
しかしここで問題が発生した。
「どうやって病院に連れていくか・・・」
駅や大通りではないのでタクシーはない。こんな状態で徒歩は不可能であり、車は持っていない。
バス停までは徒歩7分と遠い。
となると。
「あいつに頼むか」
上条は携帯を取り出すと、さっそく電話を掛けた。
数回のコールですぐに相手は出てくれた。
「はよーっす大将。朝っぱらから何か用かー?」
「ちょっとお願いがあるんだ。お前今どこにいる?」
「どこって、家で滝壺と朝飯食ってるけど」
「なら丁度良かった。頼む!車で美琴を病院まで連れて行ってくれないか?」
「え?」
「何か高熱出したっぽくてすげえ苦しそうなんだ。早く病院に連れて行きたいんだけど移動手段がなくて。
お前は免許も車も持ってるから・・・・頼む」
「・・・・、」
少し沈黙した後、電話の向こうで「滝壺ー出かける準備しとけー」という声が聞こえた。
「りょーかい。たいしょーさんは彼女想いだな。まぁ負けてはないけど」
「サンキュー!助かった!」
「じゃあ準備できたらそっち行くから彼女の世話でもして待ってろよ」
「分かった。じゃあまた後で!」
通話を切り、ポケットに携帯をしまう。
上条は脱衣所のドア越しで着替えている美琴に浜面が病院まで連れて行ってくれることを伝え、自分も身支度を始めた。
同日 AM 7:47
着替え終わった美琴を毛布で温めているときに若干漏電していることに気づきあわてて右手で頭を撫でていると、
インターホンが鳴った。
ドアを開けると「迎えにきたぞー」と呼ぶ浜面がいた。
車の助手席には電波でも受信していそうな顔をした滝壺もいる。
「ありがとな、浜面」
「どうせ今日はヒマだったし気にすんなって」
上条は美琴をおぶってシートまで座らせた。
「カエル医者はプロだからちゃんと診てもらうんだぞ」
「当麻は・・・行かないの・・?」
「ごめんな。行こうと思ってたんだけどお粥の材料がなかったから買い出し行ってくる。
朝食ってないんだから帰ったらたくさん食べろよ」
「うん・・・ありがと」
「じゃあな」
バタンッとドアを閉めて運転席にいる浜面に軽く挨拶をする。
「美琴をよろしく頼む」
「あぁ。それじゃあな」
エンジン音とともに車は去って行った。
同日 AM 7:55
「美琴が風邪引くなんて思わなったな・・・」
そう呟きながら買い出しメモを書く。
いつもは元気で明るい彼女は一体どこで菌やらウイルスやらをもらったのだろうか。
「新年早々かわいそうだな。早く治してやんねーと」
メモに書いてあるのは体に良いとされている野菜だ。
一通りメモをとったあと、上条は近くのスーパーへと向かった。
同日 AM 8:16
とある病院にて。
「御坂美琴さーん、お入りください」
看護師に名前を呼ばれ、ふらりと立ち上がる美琴を隣にいた滝壺が支えた。
「みさか、歩ける?」
「うん・・・何とか」
「心配だから、私付き添うよ。はまづら、ここでまってて」
「お、おぅ」
そういうと、2人は診療室へ向かった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「失礼します」
「久しぶりだね?おや、君がこんな状態になるなんてずいぶん珍しいね?」
椅子に座ったゲコ太似のカエル医者は、不思議そうな顔で美琴を見た。
「はい・・・いろいろと忙しくて」
「そうか。じゃ、早速診察といくよ?」
「お願いします」
マスクを外し、滝壺にバッグを渡してカエル医者と向き合った。
同日 AM 8:19
「(朝市は新鮮野菜ばっかりで良いな)」
スーパーに着いた上条は、メモを見ながら野菜コーナーを周っていた。
開店後すぐだったので棚にはどっさりみずみずしい野菜が積んである。
「(野菜もいいけど、それだけだと味気ないな・・・肉でも入れるか?)」
メモに書いてあるのは野菜オンリーだった。
せっかく作るのなら美味しいものを、と思いプラスで肉も買うことに。
「(しっかし風邪引いたときって何買えばいいんだ?清涼飲料水とか冷○ピタとかか?)」
うーんと悩みながらカートを進める彼女思いの上条であった。
同日 AM 8:25
「先生、みさかはかぜ?」
心配そうな滝壺が問う。
「うーん、風邪なんだけどね?これは・・・ストレスが原因で悪化しているよ?」
「スト、レス?」
「そうだね、最近夜遅くて朝が早いとか、ハードなスケジュールを繰り返したりしてないかい?」
ストレスが原因と言われ、美琴はギクリとした。
今この医者が言ったことは、全て事実だった。
そこで。
「そういえば、みさかが最近夜遅くに帰ってるってかみじょうが心配してた」
「えッ・・・そ、そんなことは・・・」
「それに―――そっちのお嬢さんと比べると、ずいぶん疲れ切った顔をしているよ?」
「―――・・・、」
「とりあえず、風邪薬は7日分出すよ?精神面の薬は・・・
やっぱり、あのツンツン頭クンに治してもらうのが1番だと思うよ?」
「どういう意味ですか?」
いきなり突拍子なことを言いだしたカエル医者に美琴は首をかしげた。
「そのままの意味さ。君を1番知っていて、1番近い存在だからね?治療法どころか回復法を知っているだろうね?」
カエル医者はくすっと笑いながら言った。
診療室での会話は、どことなくしんみりしていた。
上条に治してもらう。
それが、2人をよく知る冥土帰しの答えだった。
同日 AM 8:53
帰ってきた上条はすぐにお粥を作り始めた。
学生寮で自炊していたので、慣れた手つきで米を砥ぐ。
「うぅ、水が冷たい。だから皿洗いの後は抱きついてくるのか・・・?」
普段彼女がやってくれていることにしみじみ感謝しながらお手製粥を作る彼だった。
同日 AM 9:03
診察後、7日分の薬を受けとり車で家路に着いた浜面達だが、途中で滝壺がコンビニに寄りたいと言い出したので
通りにあったローソ○へ車を走らせた。
「で、何て言われたんだ?」
運転する浜面が問いかける。
「・・、風邪だって」
「そっか。まぁ変な病気じゃなくて良かったな。あいつも安心するだろうよ」
っと、着いたぞ滝壺ーと目をあけながら眠っていた彼女を起こしながら車を止めた。
「すぐ戻ってくるから」
財布を持って滝壺は行ってしまった。
「「・・・・・、」」
車内にいる2人に微妙な沈黙がおこる。
もともと仲が良いというわけではないので普段から面識が少ないのだ。
「(あのカエル医者、どうして私の事が分かったの・・・。
疲れ切った顔って何よ・・・)」
いきなり図星をつかれて冷や汗が出たくらいだった。
―――美琴は現在大学生。優秀な彼女は任される課題が圧倒的に多い。
「自分にしかできない」課題なので他の人に頼めない。せいぜい手伝いくらいだった。
結果として早く起きて家事を全て済ませてから夜遅くまで課題を行い、帰ったらすでに日づけは変わっている、
なんて大忙しな日々を繰り返していた。
・・・もちろん、上条には内緒で。
さすがに年末年始は休みだったが、そこで一気に体が悲鳴を上げたのだ。
自分で無理だと分かっていても、どうしてもやりたかった。
「今やっている研究が、筋ジストロフィーの治療法についてだったから・・・」
実験のせいで結局どうなったか分からないままだった。
だからこそ自分の手で治療法を見つけたくて、
今度こそ、小さい頃に願った夢を現実にしたくて――――。
そんな大事なチャンスを絶対に邪魔されたくない。
だから、両親以外には言わなかった。
最初は上条にも言って喜びを分かち合おうと思ったが、彼に言うときっと迷惑をかけてしまう。
だから、また1人で背負ってしまった。
嫌ではないが、焦燥感が湧いていた。
でも、助けてなんて、言わないよ―――。
再びめまいが彼女を襲ったとき、滝壺がコンビニから戻ってきた。
手には、大きなビニール袋。
一体何を買ったんだと思ったその時、
「みさか、これあげる」
美琴の膝にのせてきた。
「え?いい、の?」
ちらりと中を見ると―――お菓子やゼリーが大量に入っていた。
「いきなりどうしたんだよ滝壺」
浜面も突然の不思議行動に目を丸くさせている。
「美味しいもの食べると、早く治るってきいたから」
滝壺は口元を緩ませて少し笑った。
彼女の優しさに美琴は感動した。
「ありがとう・・・」
そして、それを見た浜面が「さて、あいつも首を長くして待ってるぞ」と言い、車を走らせた。
同日 AM 9:26
「こんな感じかな」
上条は小皿で出来上がったお粥を試食していた。
野菜+肉+卵(色合いが良くなりそうなので入れてみた)という栄養満点のお粥だ。
「あとは食べやすいように冷ますだけかなー」
とそこでふと思った。
ここはふーふーと冷ましてあーんと食べさせる方が一般的な恋人同士の方法ではないか?
心臓の鼓動が一瞬高くなる。しかし、
「って・・・俺がやったらキモいか」
一瞬想像したがやはり吐き気がする。
緊張してふー、と吹いた瞬間お粥まで吹っ飛びそうだ。
まぁ自分が風邪をひいたときは美琴にやってもらおうと決めたが。
変な妄想はやめてさっさと冷まそうと皿に移したとき、インターホンが鳴った。
「今行くっ」
靴に履き替えてドアを開けると、浜面が車のドアから
「若干漏電してるッ!!早く来てくれー!!」
と涙目で叫んでいた。
すまなかった忘れてたぁーと謝りながら大きなビニール袋+バッグを持った美琴をおぶさる。
相変わらず体は熱く、表情はぼーっとしていた。
「大丈夫か?」
「うん・・・」
声も弱々しく心配になったがとにかく2人にお礼を言った。
「ありがとな、浜面に滝壺。ホントに助かった。それとこのビニール袋って」
「私からのプレゼント。みさかが早く良くなるように」
「困ったときはお互いさまってことで。んじゃまたな」
2人は車に乗り込むと、手を振って帰っていった。
「じゃ、入るか。お粥作ったからちゃんと食べるんだぞー、じゃないと早く治んないからな」
ガチャリと玄関のドアを開けて中へ入ると、ふんわりといいにおいが鼻孔をくすぐった。
同日 AM 9:48
手洗いうがいにパジャマに着替えさせて薬を出してベッドに移動・・・とやることは終わり、
お待ちかねのお食事タイムだ。
「上条さんお手製のお粥ですよー」
ベッドにちょこんと座る彼女におぼんごと手渡す。
「美味しそう・・・すごいね当麻」
「ある程度冷ましてあるからな。おかわりもあるし」
「ありがと」
そう言って美琴はいただきますと告げてスプーンをとった。
しかし、そこでピタリと動きを止めてしまった。
「どうした?何か虫でも入ってたか?」
「・・・ってやって」
「えッ!?」
「あーんって・・・やって」
心臓に爆弾が投下されたかと思った。
上目づかいで見上げる超ラブリー☆な美琴にまさかのお願い。
ひょうたんから駒が出るとはまさにこのことだ。
「嫌なら、いいよ・・・自分で」
「やりますやりますやりたいです!」
「その顔変態みたい・・・・じゃあ、はい」
スプーンを渡し、上条はベッドに腰を掛けた。
「さ、冷ましてあるからふーってする必要はないなッ!!」
ちょっと狙ってたくせに(by作者
「そうね・・・」
上条はスプーンで1口サイズのお粥をすくい、美琴の口元へ運ぶ。
そして、
「あ、あー・・・ん」
恥ずかしさ100%でいざチャレンジ。
美琴はその様子にクスッと笑い、
「はむっ」
ぱくりとお粥を食べた。
もぐもぐ・・・と口を動かし、飲み込む。
「お、お味はいかがでせうか・・・?」
今度は緊張感120%だ。
スーパーで材料を揃え、手間暇かけて作ったお手製粥。
不味かったらかなりの恥だ。
すると美琴は、
「美味しいっ・・・」
と笑顔で言った。
「本当ででせうかッ!?」
ついに感動200%に達した上条が感嘆の声をあげた。
「本当だよッ・・・色も、きれいだし・・・味が染みてて、美味しい・・・」
熱で苦しそうだった美琴の表情が少し和らいだ。
時間をかけて作ったかいがあったと上条は実感した。
―――この笑顔が見たかったから。
「喜んでもらって上条さんは嬉しさ1000%です」
「そんなに嬉しいの!?・・・でも、このお粥、当麻が作ってくれたから・・・美味しく感じるのかも」
「そうか?」
「わざわざ・・・買ってきたん、でしょ?」
「あ、あぁ」
「ありがと・・・」
作ってもらって嬉しかった。
美味しいと言って食べてくれて嬉しかった。
この2人は本当に、お互いのことをよく考えていた。
喜んでもらいたくて。迷惑掛けたくなくて。笑顔が見たくて。
すれ違う感情はとうの昔に消え去り、素直な自分とようやく見つめ合えた。
そしてついに、共に道を歩んでいくことを誓った―――・・・
同日 AM 10:14
「ごちそうさまでした」
美琴は最後の1口を食べ終わると、上条にそう言った。
途中、「当麻も食べれば?あっでも風邪うつるからやっぱやめ」「うつっても美琴が看病してくれるからいい!!」
などというバカップルらしい会話があったが、きちんと食べたのに変わりはない。
「よし、これで寝れば多少は良くなるな。薬と水持ってくる」
「うん・・・」
食器の乗ったおぼんを持ち、上条が部屋を出る。
1人になると、途端に医者の言葉を思い出してしまう。
「(何が彼に治してもらう、よ・・・)」
生活面のストレスを人に治してもらうなんて迷惑以外なんでもないと思う。
しかも自分の選んだ道ならなおさらだ。
「(カラオケでも行って発散すればきっと解消するわよ・・・)」
とにかく彼に知られたくない。
強く願った。
「持ってきたぞーついでに冷○ピタも」
だから言わない。
固く誓った。
「解熱剤、痛み止め・・・2錠ずつだな」
――私のことは、気にしなくていいから。
出された薬を一気に飲み、おでこに冷たいものを貼られた。
「ほい。あとは睡眠による回復力にお任せだな」
ベッドに寝かされ、肩までしっかり布団を掛けられる。
「おやすみ。今日は全部俺が家事やるから、安心して寝ていいよ」
頬に軽い口づけをされ、彼は部屋を出て行った。
おでこのひんやりとした気持ちよさと布団の暖かさで、やがて少女は深い眠りについた。
同日 AM 10:58
食器洗い、洗濯、掃除などの家事をこなしていた上条は、あまりの忙しさに目を回していた。
「(美琴はこれを毎日やってるなんて・・・)」
感謝感激ものだ。起きたらお礼を言おうと思った。
一区切りついたのでお茶でも飲んで休憩しようとしたその時、電話が鳴った。
「誰だ?こんな時に」
番号を見ると―――病院からだった。
しかも、今日美琴が行ったカエル医者のいる病院。
一瞬、ギクりとした。
もしかして美琴はなにか重い病にでもかかったかと悟ってしまったからだ。
「もしもし、上条です」
とりあえず電話に出てみると、のんびりした冥土帰しの声が聞こえてきた。
「久しぶりだね?彼女の容態はどうだい?」
「あっ、えっと、今は薬を飲んでぐっすり寝ています」
「そうか。まぁ、ゆっくり休ませてあげることだね?」
「はい」
この会話が終わったとき、上条は容態を聞くだけで電話・・・?と思った。
しかし、ここでカエル医者が場違いなことを言い出したのだ。
「それにしても―――――彼女の筋ジストロフィーの治療法の研究レポートは素晴らしいね?」
「え?」
間抜けた声を出した上条は、そのまま表情が固まった。
美琴の?筋ジストロフィーの治療法?研究レポート?
何のことか全く分からなかった。
その間抜けた声で全てを悟ったのか、カエル医者はふぅ、と深い溜息をついた。
「やっぱりか・・・。彼女は君でさえこの事を知らせていなかったようだね?」
「あ、あの、何のことですか?レポートって、美琴の?治療法?」
「頭を整理しながら聞くんだね?彼女は今、大学で筋ジストロフィーの治療法について研究している。
それすらも知らないかな?まぁ、本人が言わなかったんだろうね?
それで、ついさっき郵送で彼女のレポートが届いた。内容は本当に素晴らしかったね?分厚くて読むのに苦労したくらいだよ。
でも、この内容は見た限りだと1、2日でできるものじゃない。研究時間とまとめる時間を予想してみたんだが、そうだね・・・
――――1日12時間以上を半年間くらいぶっ続けでやったんだと思うよ?」
「―――・・・・、」
初めて知った。
美琴の、真実を。
どうして、気付かなかったのか。
なぜ、「今どんなことをやってるの?」の一言を言わなかったのか。
この真実を、彼女がボロボロになってから知るなんて――――・・・・
「沈黙の長さからして相当驚いているね?僕から見ると聞かない君と言わない彼女が生んだ悲劇だと思うけど。
彼女が起きたら2人でしっかり話し合うことだね?」
「はい・・・」
「あと、僕が電話したのは君にやってほしいことがあるんだが」
「?」
「彼女の風邪の悪化はストレスが原因だ。だから―――
―――治してくれないか?」
ボロボロになって初めて気付いたことに責任を感じた。
だから。
彼女を良く知る自分が癒すべきだと。
自分の中の誰かが、囁いた。
「彼女の回復薬は、君しかいないんだ」
治すなんて無理、というくだらない次元じゃないから。
答えは1つしかないと思った。
「俺ができることを、全てやって・・・必ず美琴を治します」
「そう返ってくると思ったよ。よろしく頼んだよ?」
「任せてください」
「ははッ、安心したよ。それじゃあまた」
失礼します、と告げて通話を切った。
それから何かを決心したように窓から見える青い空を見上げた。
互いの気持ちのすれ違いで起こった出来事。
でも必ず、すれ違いを巻き戻していかなければならない。
「さて、起きたら何から話すべきかな」
‘もう、1人じゃないよ。’
同日 PM 13:11
御坂美琴が目を覚ましたのはそれから3時間後のことだった。
突然パチっと目覚めたのではなく、なんだかほわほわした夢が終わりぼんやりと目を開けたらしい。
寝る前に貼ってもらったシートも、熱を吸収したのか冷たくなくなっていた。
時計を見て、ようやく頭がはっきりしてくる。
「(3時間も寝てたのね・・・当麻に家事任せちゃって悪かったかな・・・)」
体調を崩したせいで、とまた自分責めてしまう。
もっとも、上条はそんなこと微塵も考えていない。
不意に、美琴は寝返りを打った。
ここは寝室のベッドで、夜は2人で眠っている。なので、スペースが1人分余っていた。
うつると大変なので今日の夜は別の部屋で寝てもらう予定だが、そのスペースを見て心臓が少しだけ高鳴った。
自分は、本当に―――上条が好きなのだと。
初めてであった頃は、電撃を飛ばしてばかりで嫌な女だと思われていただろう。
最初は彼のことが少し気になる程度だった。恋愛としてではなく、その能力と他と違う自分に対する態度。
しかしそれがだんだんと恋愛感情に変わっていった。
数えきれない出来事が、彼女の心境を大きく変えた。
その現れとなった薄ピンクの花のヘアピンは、今もとっておいてある。
第三次世界大戦は、彼を捜すためにロシアに飛び、ハワイに行くと聞いたらすぐについていくといった。
離れたくなかったから―――・・・
手を離せばすぐにどこかへ行ってしまう。
それが嫌で、しつこく付きまとってしまう。
インデックスも頬を膨らませて「短髪はとうまに何の用があるの!?」と言われたくらいだ。
でもそれも、昔の話。
今ではしっかり自分を見てくれている。すれ違わずに、気持ちが届く。
それはとても、嬉しいことだった。
会社帰りに買ってくれるケーキ、出張先のお土産にもらったゲコ太の限定キーホルダーや陶芸品。
誕生日には高級ホテルのフルコースをおごってくれた。
とにかく優しくて、思わず笑みがこぼれてしまうのだ。
寝返りから仰向けに体勢を直す。
もう1度寝ようかと考えたが、きっとすぐには眠れないだろう。
何をしようか・・・と迷った時、コンコンとドアをノックをする音が聞こえた。
「美琴、起きてるか?」
タイミング良く上条が来た。
「うん」
返事をすると、新しい冷○ピタと体温計、携帯食料を持った上条が入ってきた。
彼はベッドに座り、問いかける。
「調子はどうだ?」
「さっきよりは、だいぶ良くなったみたい・・・」
「良かった。あの医者はさすがだな」
「そうね・・・もう少し休めば治るかもね」
「いや、心配だからずっと休んでいいよ」
「ありがと・・・」
上条はおでこの冷シートを取り換えると、体温計を美琴に渡した。
受け取った美琴はむくりと起き上がるとパジャマの第1ボタンを外し、脇の下に挟んだ。
しばらくしてピピピ・・・と音が鳴り、体温を見ると38.0度だった。
「まだ高いな。」
「でも病院で測った時よりは下がってる・・・」
確かにさっきより気力は回復しているように見えたが、返事は芯が通ってないし、体はふらふらで汗もかいている。
それを見た上条は、洗面所から濡らしたタオルを持ってきて顔や首周りの汗を拭った。
「少しすっきりしたか?」
「うん・・・」
「さ、さすがに体の方は拭かないけど、着替えなら持ってくるから」
「(別に拭いても気にしないんだけどな・・・)お願いするね」
「おう」
会話が終わり、訪れる静寂。寝室なので無音状態だった。
だから上条は、今ここで彼女にあの事を聞こうと思った。
今なら話せる。ゆっくり、じっくり。
美琴との距離を肩が触れるくらいに近づける。
やがて。
「大学で筋ジストロフィーの治療法、研究してるんだってな」
「今回はそのストレスが悪化の原因なんだろ?」
ついに、それぞれの思惑は重なる。
上条のその一言で、御坂美琴は心臓が止まるくらいの衝撃に襲われた。
まさか、知られるなんて。
思考が停止してまともに働かない。そんな美琴を見て上条は全てを明かす。
「さっき、カエル医者から電話があったんだ。そこで聞いた。
美琴が大学でやってる研究も、風邪の悪化の原因も。
で、治してくれって・・・頼まれた」
「あの医者はこうも言ってた。「言わないあの子と聞かない君が生んだ悲劇だって。
確かに聞かない俺も悪かった。でも―――
――――――なんで、言ってくれなかったんだよ」
上条の瞳は真剣に美琴の瞳をとらえていた。
対して美琴はギクリとしながら視線を逸らそうとしていた。
「なんで、言わなかったんだよ」
言葉が変わる。自らの意思で、という意味に。
「そ、それは・・・その」
「ん?」
「迷惑、掛けたくなかったから・・・」
逸らしかけた視線を戻し、上条を見つめた。
「迷惑・・・?」
「大学のこと話したら、余計な心配ばっかりかけちゃうじゃない・・・」
恐る恐る本音を語る。語れば語るほど心臓の鼓動が高まる。
それに対して上条は。
「バカ、何言ってんだよ・・・」
ぎゅっと美琴を抱きしめた。布団から出ている上半身を包むように。
「何が迷惑だよ、何が心配だよ・・・
そんなの、お前の勝手な思い込みだろ?筋ジストロフィーの治療法を研究してるなんて聞いたら大賞賛だよ。
何で、余計なこと考えちゃうんだよ・・・」
「ご、ごめん・・・」
「ホント、最初から素直に言えばこんな目にあわずにすんだのに・・・
大事な彼女の辛い姿を見て誰が喜ぶんだよッ・・・」
背中をしっかり固定していた両手のうち、右手が美琴の頭を自分の胸に押しつける。
そこまでされてやっと美琴は。
―――――ごめんなさい・・・・
心からそう思った。
同日 AM 13:19
お互いの気持ちに整理がつくと、上条がゆっくりと口を開いた。
「なぁ、こういうことはもう二度となっちゃいけないんだけどさ」
「うん・・・」
「美琴には体を大事にしてもらわなくちゃいけないんだよ」
「ど、どういう意味?」
携帯食料をはむはむと頬張りながら問いかける。
すると上条は美琴のお腹にそっと撫でた。
「少し先の話になるけどさ―――――
このお腹には、俺たちの子が宿るんだぞ?」
「えッ・・・?」
突然の大胆な、いや嬉しい発言にかすかに頬が赤くなる。
「違うのか?やっぱりずっと2人がいい?」
「ううんッ!!わ、私も、欲しい」
「なら大事にしなきゃダメだろ?」
「そうだけど、風邪なんかで影響は出ないわよ・・・」
「こーら。それで重病が発覚したらどうすんだよ。影響大だぞ」
「そ、そうね・・・」
「じゃあもう寝てください姫。早く回復してデートだって行きたいし」
「えッ!?ちょっと待ッ・・・」
会話の途中でもう寝る時間ですと布団を掛けられ、あっという間に就寝タイムになってしまう。
「寝てる間に大学に電話して労働量減らしてもらうよ。
今はこれしかできないけどさ、これからくる不幸的なものも何とかするよ。
美琴を治すのが役目だからな」
「当麻・・・」
「大事な彼女のストレスはぶち殺す。な?」
はにかむ上条に安堵の息が漏れる。
「ありがとう・・・」
‘そんな君の笑顔が、私の心を温めた・・・’
Natural story ~君だけの、回復薬~
―後日談―
5日からは上条が本格的に会社が始まったので1日中2人で過ごすことはできなくなってしまったが、
美琴の方も順調に回復していったので特に過剰な心配はなかった。
5日の朝の時点で熱が下がり、体力もある程度回復。
6日にはすっかり元気になっていた。(大学は10日からなので十分間に合った)
薬のおかげもあるのだが、やはり上条の力も大きいだろう。
大学に電話をして美琴の労働量を半分にしてもらったのだ。
おかげで朝はのんびり、早く帰宅できるようになった。そのため2人で過ごす時間が長くなり、嬉しい限りだった。
土日は家事も手伝い、絶対に無理をさせないようにした。
こうして心も体も完全復帰した美琴だが、1つだけ気になっていたことがあった。
「(式っていつあげるんだろ・・・)」
人生の華、結婚式。女性は幼いころから綺麗なウェディングドレスに憧れるものだ。
真っ白なドレスを着て大好きな人と愛を誓う儀式。
考えれば考えるほど気持ちがはやってしまうような気がしていた。
その夜。
夕飯を食べ終わった上条がテレビを見ようとソファーに腰掛けると、隣で美琴が真剣に携帯を見つめていた。
指の動きからしてメールではないようだ。
「何見てるんだ?」
ぐいっと画面を覗き込もうとしたところで「きゃあッ!?」と悲鳴を上げて
「みっ、見ないでよ!!」
と押し返されてしまった。仕方なく上条は追及するのをやめ、話題を変えた。
「あのさ」
「なっ、なによ」
「結婚式、いつ挙げたい?」
「えッ・・・?」
一瞬、何を言ったか分からなかった。しかしすぐに脳は情報処理をして感情を表に出してしまう。
今、彼は式の日程をいつにするかを質問した。そう、念願の夢だった結婚式の日程を。
「上条さん的には、美琴たんの美しいウェディングドレス姿を早く見たいのですが」
今見ていたウェディングプランの携帯サイトを閉じる。
2人の間にほわほわした空気が流れしばらく沈黙が続いたが、やがて美琴が口を開く。
「は、春がいいッ・・・あったかいし、桜が舞って幸せってイメージがあるからいい式になりそうだから」
桜が舞う時期に式を挙げたい。なんとも乙女な希望だった。
もちろんそれを断ることはない。
「春か・・・分かった。じゃあ4月くらいだな」
「そうねッ・・・えへへ」
ついに嬉しさを我慢できなくなった美琴はニヤニヤが止まらなくなってしまった。
相当嬉しいということが一目で分かる。それが何となくとても可愛く見えた。
上条が美琴に「おいで」と声をかけると、すぐにむぎゅーと抱きついてきた。
「待ちきれないよ、当麻」
「俺もだよ。美琴のドレス姿楽しみすぎて寝れないかもしれない」
「私も当麻のタキシード姿、すごく楽しみ」
2人は向き合うと、迷わずに唇を重ねた。
そして再び瞳を開けると、2人で幸せそうに笑った。
この春、新たなスタート地点に立つ2人の若い夫婦。
結ばれた赤い糸は、絶対に切れることはない。
Fin.