とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

20-205

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匿名ユーザー

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それでも私は、きっとアンタに生きて欲しいんだと思う 3




―セブンスミスト・7階にて―

上条がトイレに行った後も、相変わらず二人は話し込んでいた。

「上条くん感動してたねぇ。やりがいがあるってもんでしょ」
「はい!ほんとは完成してから来たかったんですけど…」
「まぁ今回の問題を解決する為だからねぇ。
で、その上条くんをほったらかしにしていいのぉ?あの態度はどうかと思うよぉ」

御坂は内心焦っていた。お願いして連れて来た上に放置。確かに自分でも酷かったと認めざるをえない。
しかし、御坂も必死なのである。ビルがオープンした時には、上条をデートに誘おうと心に決めていたのだ。
だからぎりぎりまで報告できないし、設計に関する話となると、少しでも良いモノを!と、ついつい熱が入ってしまう。

その時、ピリリリリという着信音が、だだっ広い部屋に響き渡った。どうやら源本のものらしい。
「もしもしぃ?電源入った?はーい。りょうかーい」
源本はそれだけ言うと、部屋の端に置かれた機械をいじり始めた。
幻想的な部屋のなかで、この機械だけが現実的で異彩を放っている。
「…ねぇ御坂さん。液体水素って知ってる?」
「え?はい。ロケットの打ち上げの時に使われる…」

突然放たれた質問。
液体水素といえば、ロケットの燃料に使われるものだ。水素自動車なんてものも開発されている。
しかし、なぜ今その質問が飛んでくるのか御坂は理解できないでいた。
「この機械はねぇ。水を液体水素に変換する機械なんだけど、いかんせんよく電気を食うからねぇ。
仮の電源じゃなくてちゃんとした電気が来るまで使えなかったんだよぉ」

なにがなんだかわからない。水槽と水素。語感はそっくりだが、何の関係があるというのか。
「ま。上条くんが帰ってくるまで待とうか」
そう言ったきり、源本は黙り込んでしまった。
先ほどまでは饒舌に建築に関して語っていたのとは対照的に、思い詰めた気難しそうな顔をしている。
部屋に重苦しい空気が流れ、ごうんごうんという機械の騒音だけが辺りを包む。

それから何分たったであろうか。非常階段へと続くドアが唐突に開かれた。
どうやら上条が帰ってきたらしい。
「おかえりーって黒子?アンタどうしてここに!?」
「まぁ紆余曲折ありまして、露出狂を捕まえに」
「だから違うっての!」
「きみも御坂さんの友達なの?」

今まで黙り込んでいた源本が、突然話に割って入る。
「いえ。私は友達などではなく、生涯の伴侶となるものですわ」
「何勝手な事言ってくれちゃってんのかしら黒子ぉ!?」
毎度おなじみのやり取りをしている二人を、源本は嬉しそうに眺めている。
「じゃあちょうど都合いいやー。突然だけど、皆には僕の弟の話を聞いて欲しいんだよ」

「僕の弟は魚が大好きでねぇ。いつか自分の部屋一面を水槽にしたいってずーっと言ってたんだよー。だからこの部屋は弟の夢の完成形なんだ」

突然語りはじめた源本に、三人は首を傾げる。
「じゃあ弟さんも楽しみにされてるんじゃないですか?」
「残念ながらねぇ。弟はもう動けないんだよー。所謂植物人間ってやつ」
「あ、すいません…失礼でしたね…」
御坂はばつが悪そうに頭を下げる。

「そのことについてだ。弟はとある爆破テロに巻き込まれてねぇ。
バイオ医研脳細胞研究所って所にいたんだけど、知らないとはいわせないよー。
なんせ『きみが爆発させた』んだからねぇ」


―源本海貫―
―弟が研究所を狙った爆破テロに巻き込まれたって聞いた時は目の前が真っ暗になったよー。なんで弟が。ってねぇ。

―で、いろいろ調べているうちに、弟が関わっていた実験はかなり危ないものだったって知った。

―真相を知るには苦労したよー。何せ学園都市の機密事項だからねぇ。裏の世界にも片足どころか腰までどっぷりって感じ。

ーまぁそのおかげでこんな装置も手に入れることができたし、真相を知る事もできたし、その張本人のきみにもこうして会うことができたし。

―弟のことだけど、心配しなくてもいいよー。『僕の中』で生きているからねぇ。

―ある日弟が入院してる病院に科学者が来て僕にこう言ったんだ。「なぁ。実験(ギャンブル)してみねぇか?」ってね。

―その実験はねぇ。弟と僕の脳に脳波を電波に変換する機械を埋めて、強制的に脳波を繋ぐっていうものなんだぁ。

ー開発中の実験だからいろいろリスクがあるらしいけど、もちろん僕は迷わなかった。

―ギャンブルには勝った。弟と僕の脳波がリンクしたんだ。

ー僕が見て、聞いて、感じて、考えたことは弟に繋がるし、反対もまたしかり。

ーあ、元ネタが分かった?そうだよ。きみの『妹達』のアイデアを借りたんだ。

―気味悪がっていたジャミングだけど、たぶんこの電波のことじゃないかなぁ?なんせ弟の怨念がこもってるからね。

―あの実験のことだけど、確かに酷い。きみが爆破させたくなるのもわかるよ。

ーでもね。そこにいる人達の気持ちを考えたことはあった?爆発させたらそこにいる人はどうなるか。とか。

―そんな暇はなかったよね。きみも必死だったからね。

―でも、ぼくも今は必死なんだ。『弟と二人できみに復讐する為に』

―だから僕はきみに教えてあげようと思う。

―『大切なものを失う』ってのはどういう気持ちになるのか。


―セブンスミスト・7階―
御坂にあの時の絶望感が蘇る。
「あれは…私のせいじゃない!あんな実験してたんだから爆破して当然よ!」
自分に言い聞かせるように叫ぶ。それはまるで悪戯の言い訳をする子供のようだ。

「確かにその通りだ。でも、僕はこう言いたい。
『あの実験はだれがDNAマップを提供したのせいで始まったの?』ってね。
結局きみは自分自身の尻拭いの為に、まわりの人間を巻き込んでいったんだよ」
その言葉は御坂の精神を削るように、的確に真実を突いていく。
「目には目を、歯には歯をって言うだろ?だから復讐には復讐を、爆発には爆発をもって対抗する」

源本は先ほどの機械へと向かって歩いて行く。
その姿に先ほどまでの頼りなさは無く、戦地へ赴く兵士の様な凛々しささえある。
「御坂さんはぼくの能力知ってるよねー?液体の場所を移動させられる能力なんだけど、それって液体水素でもできるんだよねー」
するする…と、布と布が擦れ合う様な音が背後から聞こえて来る。
その直後、爆発音が轟いた。直後襲い来る、焼ける様な爆風と熱量。

目の眩むような赤い炎が晴れた先には白井が倒れていた。

「黒子!」
上条と御坂は思わず駆け寄る。白井は顔をしかめながらも、呼びかけに答えて起き上がろうとする。
しかし、足を負傷したらしく、起き上がることができないでいた。
「やっぱり他人の能力を使うのは難しいなぁ。液体水素はいい感じだったのに」
まるで夜店の射的を楽しむかの如く、軽い口調で源本は語る。
その言葉に御坂は憤る。

と、同時に酷い違和感を覚える。
「どうしてこんなことするんですか!?それに『他人の能力』って…」
「『大切なものを奪う』ためだよ!それに言っただろ?『弟と僕は脳波が繋がってる』って。
だから僕は弟の発火能力も使える訳。僕の能力で液体水素を転移させて、弟の能力でドン。
二人の力で復讐を遂げるのさ!泣けてくる兄弟愛だろ?」

けたけたと笑う源本を見て混乱する御坂。
『幻想御手の副作用』という例外を除いて、幻と言われている『多重才能』。そんなものがありえるというのか。
「いやー。あの入れ墨科学者には感謝だ。まさかこんなオマケがついてくるとはね。…さて、次は当てるよ」

来る。

そう身構えていた上条と御坂の間に、突如シャボン玉の様な水の塊が出現した。
するする…という音とともに、水の塊はどんどん膨張していく。
上条がとっさに右手で水の塊に触れると、「バギン!」という音を残して消えてしまった。

それを眺めていた源本は、不思議そうに、しかし同時に納得した顔を浮かべる。
「なるほど。上条くんの右手の話を聞いた時は冗談かと思ったけど、ほんとに能力を無効にできるんだねぇ。すごいすごい!」
源本は楽しそうに笑い、次々と水の塊を作っていく。
「させるかよ!御坂!お前は白井を頼む!」
「う、うん!」

御坂は圧倒的な強さを誇るレベル5だが、この状況では何もできなかった。今、電撃を出すのは自殺行為だ。
もし、液体水素に電撃による火花が飛び散れば大爆発は免れない。
それを理解していた御坂は白井の元へ駆け寄り、起き上がる手助けをする。
上条は二人を護衛するように液体水素の塊を叩きつぶして行く。

だが、一人で対処するにはあまりにも数が多すぎた。
上条の足下にある塊がビーチボールぐらいの大きさに膨らんだ時、狙い澄ましたようなタイミングで横から細い火花が飛んでくる。

(まずい…!爆発する…!)

そう思った時には、辺り一面を凄まじい大爆発が取り囲んでいた。


耳をつんざき、肌を焼き、目をくらませる爆発が収まった。
御坂が瞑っていた目を開けた瞬間、爆風で吹き飛ばされた上条が落下してきた。
思わず駆け寄り、上条を見た御坂は絶望した。

上条には左足の膝から下が無かったのである。

その姿は、一方通行に屠られ、左足を引きちぎられ、列車の下敷きにされて虐殺された「あの妹」を彷彿とさせる。
(いや…もうやめて…)
トラウマを掘り返された御坂は、倒れていた白井にしがみつき、がたがたと震えながらえずいていた。
事情の知らない白井は、気をしっかり持つように、と呼びかけることしかできない。

そこへ源本は歩みより、見下しながらこう問いかける。
「『大切なもの』を失う気持ち、少しは分かったぁ?まぁ分かったところで無駄だけどねー。じゃあそろそろ…」

そこまで言ったところで、背後から何かを引きずる音がすることに気付く。
まさか。と思いつつ、源本は振り返る。

そこには上条当麻が立っていた。

(ありえない…あの爆発で?それに左足を失っているのに…)
俯いているため表情を伺い知ることはできないが、鬼気迫るその姿に思わずたじろぐ。

上条は腹の底から絞り出すように声をあげる。
「御坂に復讐すれば、それだけで弟が救われるとでも思ってるのか…?お前がやってる事はただの自己満足じゃねぇか!」
「違う!頭の中で弟が言ってるんだ!『助けてくれ、苦しい』って!だから…復讐して少しでも楽にさせてやるしかないんだよ!」
源本は口角泡を飛ばし、大声で叫び否定する。

しかし、頭の中ではうすうす勘付いていたのだ。
復讐したところで弟の意識は戻らないし、なんの解決にもならないことを。
そこに上条から決定的な一言が飛んでくる。

「本当に弟が大切に思うんなら『復讐』より『回復』を願うんじゃないか?」

頭を金槌で殴られたような衝撃だった。
どうして気付かなかったのか。
いや、気付いていたのだろう。
源本は回復の方法を見つけるより、復讐する方を選んだのだ。
いつになるのか、いや、存在するかどうかすら分からない回復の方法を探すより、はっきりと目の前に見えている復讐という手段に逃げた。
そうして復讐すれば弟は救われると勝手に思い込んで。
それを自己満足以外に何と呼べようか。

そんな思いを振り払うように、源本は能力を発動させ、液体水素を転移させようとする。
その瞬間、こめかみを万力で締め付けられるような強烈な痛みが源本を襲った。
思わずうずくまり、こめかみを押さえ込む。
そこから夥しい量の血液が流れてきた。
「おい!大丈夫か!」
上条は自分も重傷を負っていることを忘れ、源本のもとへ駆け寄る。
「言っただろ…『いろいろリスクがある』って。二人分の能力の演算を一人でこなせばこうなるさ…」

源本は痛みにこらえながらも、晴れ晴れとした顔でこうつぶやく。
「…復讐ばかり考えていたけど、このビルの建築は本当に楽しかったんだ。
復讐さえなければ、友達として仲良くできれば。って悔しいけど何回も思った。
『ここにアイツを連れて…』なんて話をされると、ぼくもいつか弟を連れて…って…」

そういって嗚咽を漏らして涙を流す。
彼にはもう、復讐に費やす気力は無かった。
そうして絶望だけが源本の心に残った。

「魚は入れれなかったけど、満足したよね?もう終わりにしよう」
自分の中の弟に問いかけるようにつぶやく。
(まさか…!)
上条がそう思った時には遅かった。
源本は残された力を振り絞って、ビル全体に液体水素を転移させていく。
そうして弟の能力で液体水素に着火する。

今までの何倍もの規模の大爆発が、ビルに襲いかかる。


意識を取り戻した源本は、現状の把握に努めようとする。
(ビルを爆破して…死んだはずでは…?)
ビルは確かに崩壊した。
しかし、自分たちの周辺だけは幸運にも隙間ができていて押しつぶされずに助かっている。
どうやら御坂が磁力で鉄筋を支えていたおかげで崩壊は免れたようだが、
今も崩壊は続いているようで、いつここも崩れるか分からない状態だ。
御坂とその友人も何とか無事のようで、こちらへ向かって這ってくるのが分かる。

その直後、御坂のにある天井が鈍い音をたてて崩れ始めた。
地鳴りのような音をあげ、天井が落ちていく様がスローモーションのように見える。
あっけにとられ、何もできない御坂。源本は駆け寄ろうとするが間に合わない。

すると、御坂の横から何かが飛びつき、御坂を遠くに突き飛ばした。
御坂は突き飛ばされた方を見ると、この世の終わりのような表情をし、その場へ駆け寄る。
「当麻!」
突き飛ばしたのは上条であった。とっさの判断で御坂を助けたのである。

しかし、その代償として自分が崩壊に巻き込まれた。
そして、崩壊したがれきは、右手を押しつぶしていた。
能力には絶対の効力を発揮する右手だが、それ以外には何の効力も発揮できない。

「御坂は無事か…?よかった…」

上条が願っていたのはそれだけだった。
それさえ分かればもうなにもいらない。
この期に及んで笑顔を見せる。

そして、源本の方へ視線を向けてこう告げる。
「お前にはまだまだ文句が山ほど残ってんだ。勝手に死ぬなよ…」
体はぼろぼろで息も絶え絶えだが、その言葉には強い意志が込められていた。
「あと、良い医者も紹介するよ。弟もきっと良くなる」
そう言い残して、上条はその場に倒れ伏した。


「ねぇ当麻!しっかりしてよ!お願い黒子!テレポートで当麻を助けて!」
御坂は、柱に挟まれた上条の姿を見て半狂乱になり、助けを求めて叫ぶ。

対する白井は諦めたような顔をしている。
自分の能力が上条には作用しないことをわかっていたのだ。
「無理ですわお姉様…さっきからやってますが、テレポートが通用しませんの。それにこの場所もすぐに崩壊します!私たちだけでも先に!」
「当麻を放置しろっていうの?できるわけないじゃないの!」

激しく言い争う二人を上条は制す。
「…やめろ御坂。白井、頼みがあるんだ。御坂とこの人を先にテレポートしてくれ。『俺は最後でいいからさ』」
白井はこの言葉に秘められた強い意志と覚悟を汲み取った。
あとで助けに来た頃には、もうこのビルは完全に崩壊していてきっと助からないだろう。
かといって、テレポートで助け出すことも出来ない。

上条はそれを理解した上で『最後』と言ったのだ。
御坂を先に逃がす為、御坂の命を最優先する為。

(なるほど…お姉様が惚れ込むのも無理は無いですわ)

つくづく認めたくはないが、本当に強い意志を持った男だと、内心負けを認める。
ならばその崇高な意志に、自分が泥を塗る訳にはいかない。

「…了解しました。『最後には助けに戻りますわ』」
「御坂のこと、頼むな」
「…言われずとも、ですわ」

しかし、御坂はそれを許さない。
自分より重傷な上条を、どうして放置していけるのか?御坂にはそれが理解できなかった。
「私は絶対にいやよ!アンタが当麻より私を優先するっていうなら、アンタを殺してでも私はここに残る!テレポートが無理なら天井ごと超電磁砲で…」

白井は目の前にいる、どうしようもない分からずやの目を覚ますために強烈なビンタをお見舞いした。
パンッという小気味よい音があたりに響く。
「そんなことをすれば全員まとめてあの世行きですわ!あのお方の覚悟がお分かりになりませんの!?
あなたの無事を何よりも願ってらっしゃるのです!お姉様はその願いを踏みにじるというのですか!?」

御坂は自分を絶望の縁から救ってくれた右手を恨んだ。
数々の不幸を打ち壊し、生きる希望を与えてくれた右手が、今度はその生きる希望を奪おうとしている。
こんな右手さえ無ければ、と、思う。

(こんな右手さえ無ければ?)

あることを思いつき、我に返った御坂は、おもむろに能力を発動させて近くに落ちている鉄の棒を二本引き寄せる。
一本を柱に挟まれた右腕の下部に敷き、もう一本をその腕の上部に合わせる。

「…なるほどな。その発想は無かったわ」
今から何をされるのかを理解した上条は、ふっと笑みをこぼす。
「じゃあ早く帰らせてくれ…さっさと帰って昼飯作らねえとまたインデックスに噛み付かれちまう」
「こんな大事な時に何よそれ!」
間の抜けた会話に思わずほほが緩む。

しかし、深呼吸をして精神を統一し、上条にこう告げる。

「…ねぇ、聞いて。私は今からアンタの『大切なもの』を奪う」
「別に『大切なもの』じゃねぇよ…むしろせいせいするさ」
「私にとっては『救いの象徴』なの。当麻…本当にごめんなさい」

最後に付け加えるようにこうつぶやく。

――――それでも私は、きっとアンタに生きて欲しいんだと思う。

二本の鉄の棒が、磁力によって引き合わされた。
その後、上条は白井のテレポートによって外に運び出された。


―いつもの病院・病室にて―
私は源本さんの病室の前にいた。
謝りたかったのと、ある問題を後回しにしたいが為に。

「謝って済む問題じゃないことは分かっている。でも、謝らせて欲しい」
源本の病室に足を踏み入れた途端、こんな言葉が飛んで来た。

罵倒されるのではないか、いや、殺されるのではないか。
と、危惧していたが、その心配は杞憂に終わった。

「なぜ源本さんが謝られるんですか?そもそも私が弟さんを…」
「いや、ぼくが勝手に突っ走ってただけなんだ。上条くんに教えられたよ…」

上条

その言葉を耳にした瞬間、心臓がどくん、といやな揺らぎをみせた。
悟られないように話題を変える。
「で、弟さんは…?」
「これも上条くんに感謝だね…もうすぐ意識が回復するそうだ」
「よかった…」

安堵のため息をもらした。
こころの中にある重圧がひとつ、消えた気がした。

しかし、その重圧の大半を占めるものはまだ…

「彼は本当にすごいね…出会って一時間以内に人生を180°変えられるなんて…」
源本がぽつりとつぶやく。
「ええ。私もアイツに救われました」

しかし、そんなアイツはもう…
そこに源本からの一言がこころに突き刺さる。

「もう上条くんのところへお見舞いに行った?」


―いつもの病院・病室にて―
「お姉様?まあお姉様!?まあまあまあまあお姉様!!」
「だああああ!やめーい!」

そういいながらいつもの如くテレポートで飛びついて来る。
いつもなら正直勘弁願いたいが、いまは逆にいつも通り接してくれることに感謝する。

「もう足の怪我平気?結構痛そうだったけど…」
「少し火傷の跡が残るそうですが、お姉様が心配してくださるのなら黒子、こんな痛みなど!」
「じゃあもう平気そうだから帰るねー」
「ああ!お待ちくださいお姉様!…で、『あのお方』の所にはもう行かれたのですか?」

変態で、
ふざけていて、
つきまとってきて、
ときどき頑張りやで、
でもやっぱり変態で。

(それなのに、どうしてこんな時だけ鋭いんだろう…)

「…まだよ」
「まさかお姉様。逃げるおつもりではありませんか?」

その言葉が一番聞きたく無かった。
その言葉が一番こころに響いてくる。
その言葉が一番、つらい。

「アイツにどんな顔してあえっていうのよ!私の都合に振り回されて左足と右手を失って!
しかもただの右手じゃない!あれはアイツのアイデンティティみたいなものよ!それを奪って…」

そこに平手打ちが飛んで来る。
あの時と同じ、目を覚ます為の一撃だ。

「お姉様は馬鹿ですわ!大馬鹿者ですわ!『右手がアイデンティティ』?お姉様はあのお方の能力が存在証明だとお考えですの!?」
「なにがあっても諦めない、困っている人は全員助ける。お姉様はあのお方のそんな『こころ』に惹かれたのではありませんか?」

そこにとどめの一言が。

「ならば『ごめんなさい』よりも先に『助けてくれてありがとう』というべきではありませんの?」

いつしか黒子は涙を流していた。このどうしようもない分からずやな私を思うが故の涙だった。

そんな愛すべき後輩に感謝した。
決心がついたのだ。

「黒子、ありがとう。私、アイツの所へ行って来る」
「それでこそのお姉様ですわ。あと、二度もぶったことをお許しくださいませ」


―いつもの病院・いつもの病室―
すーっ、
はーっ。
病室の前でひとつ大きく深呼吸をする。

アイツは今、どんな姿をしてるんだろう?
どんな顔をしてるんだろう?
どんな気持ちでいるんだろう?

たった一歩踏み出すだけで見える答えが、今は遠い。

意を決して、ノックをする。
コン、コン。という小気味良い音が、まるで判決を告げる前のガベルの様に聞こえる。
「どうぞー」

アイツの声だ。心臓がいままでにないぐらい速く胸を打つ。
ドアを開け、一歩を踏み出す勇気がない。
死刑台へと足を運ぶかのようだ。

ドアを開け、一歩を踏み出す勇気。
今はそれが三番目に欲しい。
二番目はアイツに許されること。
一番目は…

とにかく今はドアを開けなければ。

「失礼しまーす」
普段通り、冷静に。
大丈夫、ちゃんと歩けている。

そこにアイツからの一言が。

「おっすー御坂ー。元気かー?」
「なんでアンタはいつもそんなんなのよ!」

今までの心配はなんだったんだろう?
あれだけ部屋の前で悩んでいたことがバカらしくなる態度だ。

でも、気を取り直さなければ。
「助けてくれて、ありがとね。『妹達』の件も含めてアンタには借りを作ってばっか…」
「借りとか気にすんなよ。俺がやりたいようにやっただけなんだから」

コイツはいつもそうだ。

目の前に困っている人がいれば助ける。
たとえ自分の身を削っても。
それを損得考えずにできるのだから、本当にすごい。
でも、今回ばかりは取り返しのつかない事を…

「…手、もう無いんだね」
「前に切断した時は生えてきたんだけどなぁ。今回はもう生えてこないみたいだ。まぁトカゲじゃあるまいし、無くなったもんは仕方ないよ」

やっぱりもうダメなんだ。

そう分かった瞬間、涙がこぼれそうになる。
あの悪夢から救ってくれた右手は永遠に失われてしまったのだ。
「…ごめん…なさい。私のせいで…」

もうだめだ。

涙がとまらない。

すると、頭にぽんぽん、と手が乗せられる。
アイツの『左手』だ。
「泣くんじゃねーよ。あの状況じゃあれ以外に方法がなかったんだ。むしろ感謝したいぐらいだ」
「でも…怖くないの?これから片手片足だけの人生なのよ?」

それを聞いて、アイツは少し表情を曇らせる。
いや、今まで無理をして明るく振る舞っていたのだろう。

「…怖いさ。これからの人生、正直やっていける自信がねえ」
「ほんとうに…ごめん…」

アイツはまた、私の頭をぽんぽんと叩き、こう告げる。
「お前のせいだ、って言うんなら、一生俺の面倒をみてくれねえか」
「もちろんよ!アンタの為なら何だってやる!一生かけて償うわ!」

何の嘘偽りもなく、そう宣言した。
本当にコイツの為なら何だってやるし、何だってできる。

しかし、アイツは少し困った表情を浮かべている。
どうやら意思の疎通に齟齬があるようだ。
「いやー。そういう意味じゃなくってだな…その…」
「金銭的にも苦労させないし、医療関連の手続きもする!アンタが許してくれなくても勝手にやるわ!」

コイツはますます困った顔をして、顔をぽりぽりとかく。
やはり何かが違うらしい。
「だーかーらー!そうじゃなくって!お前が必要なんだよ!一生傍に居続けてくれって意味だよ!わかんねえのか!」

コイツは何を言っているのか。
自分の手足を失う原因を作った女と一緒にいたいとは。
何かいやがらせでも考えているのだろうか。

それとも…

「御坂が天井に潰されそうになった時、『もしお前がいなくなると』って考えたんだ。でも、『お前がいない世界』なんて考えれなかった」

さらに語る。

「そうしたら力が湧いて来て、お前を助けることができたんだ。もしあの時、お前を助ける事ができなかったら、きっと俺は後悔してあのまま死んでただろう。その位俺はお前が必要なんだ」
本当にコイツは何を言っているのだろう?

私が必要?
そんな訳がない。

でも、アイツは続ける。
「『大切なものは失って気付く』って言うだろ?でも、俺は『本当に大切なもの』を無くす寸前で見つけることができた」

「もう一度言う。御坂、いや美琴。俺の傍に居続けてくれ」
「…はい。」

…全く。
私の人生、良い意味で当麻に狂わされっぱなしじゃん。


―いつもの病院・その後―
私はある計画を当麻に告げた。
当麻は『お前らしいよ』とかえしてくれた。

しかし、私も人生をかけるのだ。
ただでは済まさない。
「当麻にも手伝ってもらうわよ。なんてったって実験台第一号なんだから」
「な、なんか不幸な予感が…」
「あと、当麻には経営学についても勉強してもらいます。なんてったって…」

先の事はまだまだわからない。
でも、当麻とならどんな不幸も乗り越えられる。
私にはそんな希望が胸に満ちあふれていた。







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