小ネタ 上条さんがまた入院しました。
胸のあたりに奇妙な重みを感じて、上条当麻は目を覚ました。
見上げればそこは高くもなく低くもない病院の白い天井が広がっている。
右腕には点滴、そこからもう少し視点を下にずらすとさらさらの茶色い髪が自分の胸元で揺れている。
「……はい?」
御坂美琴がそこにいた。しかも死んだように動かない。
美琴は上条の胸に頭を乗せて小さく寝息を立てていた。
「あー、もしもし御坂さん? あなた様はそこで何をやってやがりますか? もしもーし? 重いんですけど? 俺怪我人なんでどいて欲しいんですけどねー?」
上条がいくら声をかけても茶色の髪の少女は動かない。
備え付けのパイプ椅子に座っているところを見ると、見舞いに来てどうやらそのまま寝てしまったらしい。
「……とはいえどうするよ? これ」
起こすか、起こすまいか。
上条は空いた左腕で美琴の肩を揺すろうとして、手が止まる。
このまま寝かせておくのは美琴の健康上悪そうな気もするが、かといって起こすと上条の精神衛生上よろしくない。
――五秒先の未来(オチ)が見えるような気がする。
左手の所在地を決めかねて空中でさまよわせていると、美琴が身じろぎをした。
「あぁ……ふわぁ……あ、アンタ起きたんだ」
「起きたんだ、って……。おいビリビリ、人のベッドで何やってやがる」
目的を失った左手をおそるおそる引っ込めつつ、上条はげんなりとした顔を作る。
「何って、アンタのお見舞いだけど? またどっかの馬鹿が入院したって言うからその顔を見て笑いとばしに来てやったのよ」
「……ああはいそうですか……不幸だ」
美琴からそっぽを向いて、上条はお決まりの台詞を呟く。
「んで、アンタ今回どこ行ってたわけ? ロンドンから電話かけてきた後なかなか戻らないから心配したわよ」
「……心配? お前が心配? 俺を?」
美琴の口から漏れる意外な単語に上条が驚く。
「あ、いや、えーと心配って言うかその」
美琴が音もなくわたわたと掌を振る。
「そ、そうよ! アンタが学校すっぽかしてアンタのクラスの一端覧祭の準備が終わらないんじゃないかってそう言う心配よ! あー今頃大変だろうなアンタのクラスメート」
美琴は明後日の方向を向いてしらを切る。
「……ああ、そうだな。また学校サボっちまった」
上条は視線を落とし、美琴に見えないよう寂しげに笑った。
「ま、まー、あれよ。また大怪我したみたいだけど……無事に帰ってきてくれて、よかった」
「御坂?」
「よかった、アンタが生きててくれて」
美琴はうつむき、噛みしめるように息を吐く。
「……そうだな。ちっとばっか怪我したけど五体満足で帰って来れたしな。御坂、見舞いサンキューな」
「い、いや別にお礼を言われるような事は何もしてないわよ」
上条が窓際を見ると、朝は空だった花瓶に花が生けられている。
「だってこの花持ってきてくれたのお前だろ? 今日見舞いに来てくれたのお前だけだし」
「え? あ、それはその、この病室も何だか殺風景だったしね。……悪い?」
美琴は横を向き肩を震わせる。ふと、何かを思い出したように足元の袋から箱を取り出した。
「ほ、ほらえーと、お見舞いのクッキー。今度は自分で作ってきたから」
「……、もしかして一枚一枚心を込めて炭化させたとか言わねえだろうな?」
上条はクッキーの箱を受け取りながら思い出す。
御坂妹が美琴の要らぬ入れ知恵により、丹精込めて限界まで焼き上げたクッキーを差し入れに持ってきた事を。
「……あのね。毎度毎度の事だけどアンタ、私にどんなキャラ期待してんのよ? 言っとくけど、いくら学習中の身とはいえクッキーくらいちゃんと作れるわよ」
「……本当だろうな?」
不審そうなまなざしを美琴に向けつつ、上条は箱を空けた。
バニラやココア、そして砂糖と小麦粉の心地よい匂いが鼻をくすぐる。
「へえ、うまそうじゃねーか」
上条はその中の一枚を手に取り、口にした。
「お、結構うまいなこれ。お前も食うか?」
緊張の面持ちで上条を見つめていた美琴が、その一言で一気に脱力する。
「……そ、そう。よかったわね。私は作るときに味見したから結構よ」
「いつぞや差し入れに持ってきてくれたデパ地下のクッキーとやらよりうまいぞ、これ」
あの時のクッキーはインデックスに全て食べられてしまい、上条はその味を知らない。
しかしクッキーのお礼をしてなかった事を思い出し、上条は二回分合わせて感謝の意を込める。
「…………………」
「どうした? なんかお前すっげー顔真っ赤にしてるけど。どっか具合悪いなら先生呼ぶか?」
「…………………べ、別になんでもないから突っ込まないで」
「そうか? ああ、そういやお前一端覧祭がどうとか言ってたな」
奇妙な沈黙を纏う美琴の様子に何かを感じて、上条が話題を変えた。
「そ、そそ、そうよ。アンタんところもここからは午前中授業とか続くだろうし。お互い準備で忙しいだろうけど時間をやりくりして一緒にその……どっか遊びに行かない?」
おずおずと、美琴が上条を見る。
「良いけど、俺が退院してからだなそれは」
「ホント?」
上条の言葉に、美琴が隠しきれないほどの喜びに満ちた笑顔を見せた。
「ウソじゃねえ……ってそんな親と遊園地に行く約束をした子供みたいな目で俺を見るなよ。ここで約束破りでもしたら罪悪感が湯水のようにわき上がるじゃねえか」
「何で私はアンタの一挙一動に一喜一憂してるのかしらね。本当に……まるで……」
美琴は、ぽふっと頭をベッドの上に落とした。
「なあ御坂? さっきから赤くなったりいきなり黙ったりしてるけど、やっぱりどっか具合悪いのか? さっきもここでだるそうに寝てたけど本当は何か重い病気でも抱えてるのか?」
「うん…………病気と言えば病気かもね」
「だったらちゃんと医者に診てもらえよ? レベル5じゃかかれる先生にも制限がつくかもしんねーけどさ」
「病院行っても治らないわよ。不治の病って奴?」
「ばっ、馬鹿な事言うなよ! 科学の最先端を行く学園都市で不治の病だなんて、そんな……お前」
「そうね……我ながら馬鹿馬鹿しいと思う」
掛け布団に遮られてくぐもった美琴の言葉が続く。
「医者でも温泉でも薬でも治せないけど。そうね、アンタなら治せるかもね。私の病気」
「俺なら? ……幻想殺しで治せるのか、それは」
美琴は顔を上げてふるふると首を振った。
「幻想殺しを使われちゃ困るわよ。……私がかかってるのは」
美琴は掛け布団の下にある、包帯だらけの上条の右手を両手で包み込むように握りしめて
「恋の病。……って言うの。治してもらえる? 上条先生?」
終。