「本当にいいのか?」
「ええ、それが私の望んだことだもん。むしろ期待でいっぱいよ」
「今までありがとう『御坂美琴』」
「どういたしまして。…ねぇ、お願いがあるの」
「何だ?」
「『次の』私とも仲良くしてください」
「もちろん、まかせとけ」
「『次の』私も当麻の彼女にしてください」
「もちろん、まかせとけ」
「『次の』私は当麻のお嫁さんにしてください」
「もちろん、まかせとけ」
「それでね…次に住むなら桜の奇麗なあの街に住みたいな」
「それは…美鈴さんに頼んでみないとわからないな」
「何よ!そこは『もちろん、まかせとけ』じゃないの?」
「俺は人様の家庭の事情に口出しする程、厚顔無恥な男じゃねぇよ」
「…それもそうね」
「じゃあ、俺があの街の大学に通って下宿するよ。そこで美琴と同棲する」
「ばっ!ア、アンタ何言ってんのよ!それに家族が認めるわけないじゃない!」
「そこでだ。まず、美琴が旅掛さんと美鈴さんに『同棲する』って言うんだ」
「アンタの息の根がまだ止まってなかったとして、話を続けるわ」
「…心配になってきた。とにかく、認められたら同棲すればいいし、無理だったら無理でいい」
「断言するわ。間違いなく後者になるわね」
「そこでこう言うんだ。『同棲できないなら当麻の下宿の近くに住みたい。新生活が不安だ』ってな」
「これも断言できるけど、私の口からは『新生活が不安』なんて言葉、出そうにもないわ」
「出なくても出すんだよ!気合い!根性!努力!駄目になりそうな時、それが一番大事だ!」
「アニマル浜口なのか、第七位なのか、ラッキーマンの仲間なのかはっきりして欲しいわね」
「ところで、小さい頃からずっと頭に残ってる疑問があるんだけど聞いていいか?」
「こんな時になによ?」
「負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じ抜くこと。一番大事なのはどれなんだ?」
「本人によると、『信じ抜くこと』らしいわ。私もそう思うし」
「だよな!俺もそう思ってた!」
「んなことはどうでもいいのよ!話の続き!」
「なんだっけか?ポケモン金銀の増殖バグでボックスの中が全てチコリータLv7になったって話だっけ?」
「そんなの知らないわよ!」
「ならばテレパシーでシンパシーを!」
「無理無理!私は第五位じゃないの!そもそもアンタには能力効かないし!」
「だよなぁ。それにしても食蜂さんの能力はすごいな。まさに『何でもあり』って感じだな」
「あんなヤツに頼むなんて反吐が出るけどね。やたらアンタにべたべたくっつくし」
「なんか『回答を見ながら解く問題より、回答の分からない問題の方が燃える』とか言ってたなぁ」
「出たー!フラグ界の丹下健三!」
「誰だそれ?」
「べっつにーアンタには関係ないじゃん!」
「…ったく、もうちょっと大人になれよな」
「どーせ私は第五位よりもおこちゃまですよーだ!」
「食蜂さんより?まさか、胸のことおびょおおおおお!!!」
「皆まで言うな!」
「お前、零距離超電磁砲は止めろって言ってるだろ!ジャンプのトンデモ野球漫画じゃねえんだ!」
「ちなみに『零距離射撃』って『目標との距離が0』って意味じゃなくて『砲身の角度が0』って意味だからね」
「といいつつポケットからコインを取り出すのは何故でせうか…?」
「だから私の超電磁砲はいつも『零距離射撃』してるってわけよ!」
「打つんじゃねえええええ!!!これじゃ距離が『0』だっつーの!」
「ああ、スッキリ!」
「スッキリじゃねぇ!俺の脳天にスッキリ風穴空くところだぞ!」
「別にいいじゃん!どうせ中身は小麦粉か何かでしょ?」
「インパルス板倉はもうこの世にいねぇよ!真っ二つになったのである!」
「で、どう?思い出せた?」
「おかげで幼少からの記憶が走馬灯の様に蘇ったよ!」
「アンタ、その発言はキャラ設定を根本から覆しかねないわよ…」
「関係ねえんだよ!とにかく『近くに住みたい、新生活が不安だ』って言うんだぞ!」
「そんな無茶が通るかしらねぇ?」
「美琴んちって金持ちな上に転勤組だろ?一度や二度の引っ越しぐらい朝飯前だろ」
「冒頭から15行目のアンタの台詞をもう一度復唱してくれるかしら?」
「俺は人様の家庭の事情に口出しする程、厚顔無恥な男じゃねぇよ」
「で、3行前のアンタの台詞は?」
「…ここで一句。『聖帝は、引かない、媚びない、顧みない』」
「アンタいつから南斗鳳凰拳の継承者になったの?それに『引かぬ、媚びぬ、顧みぬ』だし」
「とにかく!そういうことでひとつよろしく!」
「はいはい」
「ええ、それが私の望んだことだもん。むしろ期待でいっぱいよ」
「今までありがとう『御坂美琴』」
「どういたしまして。…ねぇ、お願いがあるの」
「何だ?」
「『次の』私とも仲良くしてください」
「もちろん、まかせとけ」
「『次の』私も当麻の彼女にしてください」
「もちろん、まかせとけ」
「『次の』私は当麻のお嫁さんにしてください」
「もちろん、まかせとけ」
「それでね…次に住むなら桜の奇麗なあの街に住みたいな」
「それは…美鈴さんに頼んでみないとわからないな」
「何よ!そこは『もちろん、まかせとけ』じゃないの?」
「俺は人様の家庭の事情に口出しする程、厚顔無恥な男じゃねぇよ」
「…それもそうね」
「じゃあ、俺があの街の大学に通って下宿するよ。そこで美琴と同棲する」
「ばっ!ア、アンタ何言ってんのよ!それに家族が認めるわけないじゃない!」
「そこでだ。まず、美琴が旅掛さんと美鈴さんに『同棲する』って言うんだ」
「アンタの息の根がまだ止まってなかったとして、話を続けるわ」
「…心配になってきた。とにかく、認められたら同棲すればいいし、無理だったら無理でいい」
「断言するわ。間違いなく後者になるわね」
「そこでこう言うんだ。『同棲できないなら当麻の下宿の近くに住みたい。新生活が不安だ』ってな」
「これも断言できるけど、私の口からは『新生活が不安』なんて言葉、出そうにもないわ」
「出なくても出すんだよ!気合い!根性!努力!駄目になりそうな時、それが一番大事だ!」
「アニマル浜口なのか、第七位なのか、ラッキーマンの仲間なのかはっきりして欲しいわね」
「ところで、小さい頃からずっと頭に残ってる疑問があるんだけど聞いていいか?」
「こんな時になによ?」
「負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じ抜くこと。一番大事なのはどれなんだ?」
「本人によると、『信じ抜くこと』らしいわ。私もそう思うし」
「だよな!俺もそう思ってた!」
「んなことはどうでもいいのよ!話の続き!」
「なんだっけか?ポケモン金銀の増殖バグでボックスの中が全てチコリータLv7になったって話だっけ?」
「そんなの知らないわよ!」
「ならばテレパシーでシンパシーを!」
「無理無理!私は第五位じゃないの!そもそもアンタには能力効かないし!」
「だよなぁ。それにしても食蜂さんの能力はすごいな。まさに『何でもあり』って感じだな」
「あんなヤツに頼むなんて反吐が出るけどね。やたらアンタにべたべたくっつくし」
「なんか『回答を見ながら解く問題より、回答の分からない問題の方が燃える』とか言ってたなぁ」
「出たー!フラグ界の丹下健三!」
「誰だそれ?」
「べっつにーアンタには関係ないじゃん!」
「…ったく、もうちょっと大人になれよな」
「どーせ私は第五位よりもおこちゃまですよーだ!」
「食蜂さんより?まさか、胸のことおびょおおおおお!!!」
「皆まで言うな!」
「お前、零距離超電磁砲は止めろって言ってるだろ!ジャンプのトンデモ野球漫画じゃねえんだ!」
「ちなみに『零距離射撃』って『目標との距離が0』って意味じゃなくて『砲身の角度が0』って意味だからね」
「といいつつポケットからコインを取り出すのは何故でせうか…?」
「だから私の超電磁砲はいつも『零距離射撃』してるってわけよ!」
「打つんじゃねえええええ!!!これじゃ距離が『0』だっつーの!」
「ああ、スッキリ!」
「スッキリじゃねぇ!俺の脳天にスッキリ風穴空くところだぞ!」
「別にいいじゃん!どうせ中身は小麦粉か何かでしょ?」
「インパルス板倉はもうこの世にいねぇよ!真っ二つになったのである!」
「で、どう?思い出せた?」
「おかげで幼少からの記憶が走馬灯の様に蘇ったよ!」
「アンタ、その発言はキャラ設定を根本から覆しかねないわよ…」
「関係ねえんだよ!とにかく『近くに住みたい、新生活が不安だ』って言うんだぞ!」
「そんな無茶が通るかしらねぇ?」
「美琴んちって金持ちな上に転勤組だろ?一度や二度の引っ越しぐらい朝飯前だろ」
「冒頭から15行目のアンタの台詞をもう一度復唱してくれるかしら?」
「俺は人様の家庭の事情に口出しする程、厚顔無恥な男じゃねぇよ」
「で、3行前のアンタの台詞は?」
「…ここで一句。『聖帝は、引かない、媚びない、顧みない』」
「アンタいつから南斗鳳凰拳の継承者になったの?それに『引かぬ、媚びぬ、顧みぬ』だし」
「とにかく!そういうことでひとつよろしく!」
「はいはい」
…
………
「美琴、リラックス出来たか?」
「……ええ。おかげさまで」
「ならよかった。これからはずっと一緒だからな」
「ありがとう、当麻。『次の』私のこともよろしくね」
「もちろん、まかせとけ」
「……ええ。おかげさまで」
「ならよかった。これからはずっと一緒だからな」
「ありがとう、当麻。『次の』私のこともよろしくね」
「もちろん、まかせとけ」
そして『レベル5・御坂美琴』はこの世から消えた。
―12月、朝、ベッドにて。
目覚まし時計のアラームが鳴っている。
鳴っているのは分かっている。
分かってはいるが、目覚まし時計が遠い。
あまりの寒さに布団から出るのが躊躇われる。
鳴っているのは分かっている。
分かってはいるが、目覚まし時計が遠い。
あまりの寒さに布団から出るのが躊躇われる。
ぼんやりとした頭の中、
「いっそこのまま布団を抱えて生活できれば」
と考えた。
言わば自走式コタツである。
が、あまりにも非社会的で非現実的で非常識なので考えること自体をやめた。
「いっそこのまま布団を抱えて生活できれば」
と考えた。
言わば自走式コタツである。
が、あまりにも非社会的で非現実的で非常識なので考えること自体をやめた。
「ならばこのまま布団に籠り続ければ」
と考えた。
が、そうも言ってられない。
と考えた。
が、そうも言ってられない。
もちろん、この考えが非社会的で非現実的で非常識なのも一つの要因。
往々にして、社会の風当たりというものは引きこもりに対して厳しい。
引きこもる為には忍耐力、精神力、経済力、周囲の協力等々、様々な要因が必要なのだ。
もっとも、忍耐力、精神力、経済力、周囲の協力等々がある人は、ハナっから引きこもりになどならないのだけれども。
往々にして、社会の風当たりというものは引きこもりに対して厳しい。
引きこもる為には忍耐力、精神力、経済力、周囲の協力等々、様々な要因が必要なのだ。
もっとも、忍耐力、精神力、経済力、周囲の協力等々がある人は、ハナっから引きこもりになどならないのだけれども。
しかし、そういった社会的及び思考的問題ではなく、
もっと現実的で肉体的な問題として不可能なのだ。
なぜならば……
もっと現実的で肉体的な問題として不可能なのだ。
なぜならば……
「ママー!あーさーだーよー!バースーくーるーよ―!」
私の娘が嫌が応にも布団をはぎ取るからだ。
布団をはぎ取り、部屋を駆け回った挙句、フライングボディプレス。
大阪プロレスの如き立ち振る舞いを見せ、私の甘い考えと希望を木っ端みじんに叩きつぶすのだ。
布団をはぎ取り、部屋を駆け回った挙句、フライングボディプレス。
大阪プロレスの如き立ち振る舞いを見せ、私の甘い考えと希望を木っ端みじんに叩きつぶすのだ。
ベッドが激しく軋む。
私の内蔵も激しく軋む。
ベッドが軋むのは土曜の夜だけでいい。
私の内蔵が軋む必要は全くない。
私の内蔵も激しく軋む。
ベッドが軋むのは土曜の夜だけでいい。
私の内蔵が軋む必要は全くない。
もし、これだけの応酬を受けても、すやすやと快眠を続ける人がいると言うのなら、
火急、可及的速やかに救急車ないし葬儀会社を手配したほうがいい。
きっとその方は、二度と目覚めることのない、永い永い眠りについておられるだろうから。
火急、可及的速やかに救急車ないし葬儀会社を手配したほうがいい。
きっとその方は、二度と目覚めることのない、永い永い眠りについておられるだろうから。
閑話休題。
私の娘は現在5歳、名前は『さくら』という。
近くの幼稚園に通っており、来年度からは地区の小学校に通うことになっている。
アクティブな私と、アクティブな当麻の子。
元気一杯でアクティブな子供が生まれない訳が無かった。
…まぁ、さっきみたいに元気一杯過ぎるのは少し困るが。
近くの幼稚園に通っており、来年度からは地区の小学校に通うことになっている。
アクティブな私と、アクティブな当麻の子。
元気一杯でアクティブな子供が生まれない訳が無かった。
…まぁ、さっきみたいに元気一杯過ぎるのは少し困るが。
このおてんば娘のおかげで
「韋駄天コタツ作戦」も「冬眠する熊のプー(タロー)さん計画」も無用の長物となる。
まぁそもそも「あんなこといいな、できたらいいな」レベルの計画なのだけど。
「韋駄天コタツ作戦」も「冬眠する熊のプー(タロー)さん計画」も無用の長物となる。
まぁそもそも「あんなこといいな、できたらいいな」レベルの計画なのだけど。
兎にも角にも娘をなだめすかして幼稚園へと送り出さなければ。
私の内蔵がはじけ飛ぶ前に。
私の内蔵がはじけ飛ぶ前に。
私たち家族の住む街は、大都会と都会に挟まれた中堅都市である。
北部は山に囲まれたのどかな住宅地が多く、
中部は国道と高速道路、三本の電車が走る商業地帯。
最近は西日本最大級のショッピングセンターが出来たこともあり、活気づいている。
南部は海に面しており、主に工業地帯として使われている。
また、中部と南部の間にある野球場は、春と夏に行われる高校野球の聖地として広く知られている。
中部は国道と高速道路、三本の電車が走る商業地帯。
最近は西日本最大級のショッピングセンターが出来たこともあり、活気づいている。
南部は海に面しており、主に工業地帯として使われている。
また、中部と南部の間にある野球場は、春と夏に行われる高校野球の聖地として広く知られている。
その中でも、私たち家族が住むのは中部と北部の間にある住宅街。
閑静な住宅街だけど、近くにはスーパーもあるし、交通の便もいいし、不便もしない。
我ながらなかなかいい場所に住んでいるなぁ。と、感心する。
閑静な住宅街だけど、近くにはスーパーもあるし、交通の便もいいし、不便もしない。
我ながらなかなかいい場所に住んでいるなぁ。と、感心する。
そして、最大の自慢。
すぐ近くを流れる川の桜である。
この川は日本のさくら名所100選にも選ばれた、日本屈指の桜の名所。
春になると川沿い一面満開に咲き乱れる桜は、それはもう見事なものだ。
娘の名前「さくら」も、この桜から拝借した。
すぐ近くを流れる川の桜である。
この川は日本のさくら名所100選にも選ばれた、日本屈指の桜の名所。
春になると川沿い一面満開に咲き乱れる桜は、それはもう見事なものだ。
娘の名前「さくら」も、この桜から拝借した。
私はこの桜が大好きだ。
咲いている期間は1ヶ月もないけど、その1ヶ月はほぼ毎日といっていい程、桜を見に川へやってくる。
取り立てて宴会を開いてお酒を飲んだりせずに、ただただぼんやりと桜を眺めるのが私流の花見だ。
咲いている期間は1ヶ月もないけど、その1ヶ月はほぼ毎日といっていい程、桜を見に川へやってくる。
取り立てて宴会を開いてお酒を飲んだりせずに、ただただぼんやりと桜を眺めるのが私流の花見だ。
その中でもとりわけ夜桜が好きだ。
皆が寝静まる頃合いを見計らって家を抜け出し、ベンチに座って桜を見る。
深夜の散歩という少し背徳的な行為も相まってか、川沿いに並ぶ桜の姿は幻想的である。
皆が寝静まる頃合いを見計らって家を抜け出し、ベンチに座って桜を見る。
深夜の散歩という少し背徳的な行為も相まってか、川沿いに並ぶ桜の姿は幻想的である。
この街に引っ越して来たのは、私が高校2年生の時であった。
あまりにも郷土愛が無かったのか、はたまた何かの記憶障害か。
何故だか分からないけれど、前に住んでいた街のことをよく覚えていない。
何故だか分からないけれど、前に住んでいた街のことをよく覚えていない。
街のことはおろか、友達や学校のことすらもよく覚えていないのだ。
気付いたらいつのまにかこの街に住んでいたというような感覚。
まるで、16歳からもう一度人生をやりなおしたかのような感覚。
思い出そうとするが、頭の中にもやがかかった様になり、思い出すことが出来ない。
気付いたらいつのまにかこの街に住んでいたというような感覚。
まるで、16歳からもう一度人生をやりなおしたかのような感覚。
思い出そうとするが、頭の中にもやがかかった様になり、思い出すことが出来ない。
侮蔑的な意味ではなく、本当に頭がおかしくなったのではないか。
と、新しい友達にも心配されて病院に通ってみるが、どこにも異常はない。
結局杞憂に終わった。
と、新しい友達にも心配されて病院に通ってみるが、どこにも異常はない。
結局杞憂に終わった。
ならばと、母親に聞いてみたが、どうやら全寮制の学校に通っていたらしく、
詳細までは知らないとのこと。
「そもそも美琴ちゃん友達少なかったじゃーん!それより当麻くんを大事にしなきゃ!」
と、お茶を濁されてしまい、詳しい内容を聞くことが出来なかった。
詳細までは知らないとのこと。
「そもそも美琴ちゃん友達少なかったじゃーん!それより当麻くんを大事にしなきゃ!」
と、お茶を濁されてしまい、詳しい内容を聞くことが出来なかった。
ならばと、寮で生活していたことを思い出そうとした。
しかし、突然全身が総毛立って寒気がした。
どうやら、ストーカー、変態、若しくはその両方に付きまとわれていたようである。
人は相当なストレスがかかると、その苦痛から逃れる為に記憶を消してしまうことがあるらしい。
そして、トラウマという形で後から襲いかかってくる。
どうやら、ストーカー、変態、若しくはその両方に付きまとわれていたようである。
人は相当なストレスがかかると、その苦痛から逃れる為に記憶を消してしまうことがあるらしい。
そして、トラウマという形で後から襲いかかってくる。
…なるほど、前の街での私は、なかなかの苦労人のようだ。
私は、「トラウマが原因で記憶が曖昧」という結論でまとめることにした。
私は、「トラウマが原因で記憶が曖昧」という結論でまとめることにした。
そんな生まれたてのバンビちゃんのような私を救ってくれたのが、話題に上がった当麻である。
私の住む街にある大学に通っていた当麻は、街に来る前の私と面識がある様で、
いろいろと手助けしてくれた。
下宿先も私の家の近くで、時間があれば2人で遊ぶことが多かった。
そんな当麻を好きになり、付き合い始めるというのは無理からぬ話だ。
私の住む街にある大学に通っていた当麻は、街に来る前の私と面識がある様で、
いろいろと手助けしてくれた。
下宿先も私の家の近くで、時間があれば2人で遊ぶことが多かった。
そんな当麻を好きになり、付き合い始めるというのは無理からぬ話だ。
忘れ得ぬ高校2年の夏休み、最後の日。
―16歳、8月最後の日、夜、9時。
私と当麻は、遊具の傍にあるベンチに腰掛け、ぼんやりと月を眺めていた。
川沿いを上流に向かって歩いて行き、途中遊具のある場所で一休みした後、下流に帰っていく。
もはや日課と言っても過言ではなく、ほぼ毎日行われる恒例の行事。
夏休み最後の日だと言うのに、今日も今日とて繰りかえす。
私と当麻は、遊具の傍にあるベンチに腰掛け、ぼんやりと月を眺めていた。
川沿いを上流に向かって歩いて行き、途中遊具のある場所で一休みした後、下流に帰っていく。
もはや日課と言っても過言ではなく、ほぼ毎日行われる恒例の行事。
夏休み最後の日だと言うのに、今日も今日とて繰りかえす。
「月が奇麗ですね」
背後から当麻の声がする。
振り返ると、当麻はベンチに座って空を見上げていた。
振り返ると、当麻はベンチに座って空を見上げていた。
私はその横に座り、同じように月を見上げながらつぶやいた。
「そうねー。はっきりくっきりまん丸だわ」
真っ黒な空に、くっきりと浮かぶ月が眩しい。
「そうねー。はっきりくっきりまん丸だわ」
真っ黒な空に、くっきりと浮かぶ月が眩しい。
(この月の様に、はっきりくっきりと私の思いを当麻に告げることができれば)
私は内心考えた。
4月にこの街に引っ越して来て、すぐに当麻と再会して、優しくされて。
好きにならない理由がなかった。
4月にこの街に引っ越して来て、すぐに当麻と再会して、優しくされて。
好きにならない理由がなかった。
「告白しよう!」
そう決めて夜の散歩に呼び出したものの、心に反比例して口からは素直じゃない言葉しか出てこない。
「明日は告白しよう!」
そう決めて次の日も夜の散歩に呼び出したものの、心に反比例して口からは素直じゃない言葉しか出てこない。
「明日こそは告白しよう!」
そう決めてその次の日も夜の散歩に呼び出したものの、心に反比例して口からは素直じゃない言葉しか出てこない。
そう決めて夜の散歩に呼び出したものの、心に反比例して口からは素直じゃない言葉しか出てこない。
「明日は告白しよう!」
そう決めて次の日も夜の散歩に呼び出したものの、心に反比例して口からは素直じゃない言葉しか出てこない。
「明日こそは告白しよう!」
そう決めてその次の日も夜の散歩に呼び出したものの、心に反比例して口からは素直じゃない言葉しか出てこない。
結果、告白するはずの夜の散歩は形骸化し、夜の散歩という部分だけが日課になってしまった。
『明日やろうは馬鹿ヤロウ』とは言い得て妙である。
『明日やろうは馬鹿ヤロウ』とは言い得て妙である。
「なぁ、美琴。前に住んでた街のこと覚えてるか?」
突然当麻が尋ねてきた。
正直に言うと覚えていないが、それでは当麻のことも覚えていないということになる。
少し憚られるが、そんなことで当麻は怒ったり悲しんだりしないはずだ。
「それがいまいち思い出せないのよ。アンタとも仲良かったみたいだけど…」
「じゃあ『8月31日』のことは?」
「夏休みが終わるけど、それがどうしたの?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問。
少し憚られるが、そんなことで当麻は怒ったり悲しんだりしないはずだ。
「それがいまいち思い出せないのよ。アンタとも仲良かったみたいだけど…」
「じゃあ『8月31日』のことは?」
「夏休みが終わるけど、それがどうしたの?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問。
8月31日といえば、夏休みの終わりと田代まさしの誕生日以外思い当たる節はない。
一方の当麻はいつになく真剣な表情をしており、ふざけている様子は全くない。
「いや、『思い出せないなら』いいんだ。美琴、聞いてくれ」
そう言って、私の肩を掴みじっと目をみつめる当麻。
心臓が階段を2段くらい踏み外したような感覚に陥る。
一方の当麻はいつになく真剣な表情をしており、ふざけている様子は全くない。
「いや、『思い出せないなら』いいんだ。美琴、聞いてくれ」
そう言って、私の肩を掴みじっと目をみつめる当麻。
心臓が階段を2段くらい踏み外したような感覚に陥る。
「3年前の8月31日、お前は自ら命を絶とうとしていた。それを俺が救った」
私が死にかけていたとは。
それも自殺とは。
それも自殺とは。
当麻から突然告げられた衝撃の事実。
そして何より衝撃だったのは、そんな重大な事実を私が覚えていなかったことだ。
「別に恩を売りたい訳じゃないからな!……で、その後ある男と約束をしたんだ。『美琴とその周りの世界を守る』ってな」
私の心臓がさらに階段を踏み外した。
「別に恩を売りたい訳じゃないからな!……で、その後ある男と約束をしたんだ。『美琴とその周りの世界を守る』ってな」
私の心臓がさらに階段を踏み外した。
これは、まさか。
「美琴がこの街に来て、当時の記憶も薄くなってて、約束も薄くなってきた気がするんだ」
「だからもう一度、誓う。」
まさか。
「美琴、俺はお前を守りたい。ずっと傍にいてくれ」
無論、私は了承した。
そこからの組んず解れつは割愛させてもらうけれど、
まぁいろいろあって私は当麻と同じ大学に進学、当麻はその大学を卒業。
どうやら当麻には恐るべきコネがあったらしく、特に就職活動もせずにとある国際機関に就職。
そこで主に地域間での問題解決に従事している。
まぁいろいろあって私は当麻と同じ大学に進学、当麻はその大学を卒業。
どうやら当麻には恐るべきコネがあったらしく、特に就職活動もせずにとある国際機関に就職。
そこで主に地域間での問題解決に従事している。
本人は全く英語を話せないので、場違いも甚だしいハズなのだが、周囲の人達の協力で何とかなっているらしい。
……女のニオイがする。
余談だが、当麻はこの歳にしては異常と言うべき給料を稼いでいる。
私も何カ国語か使える言語があるので、当麻の通訳としてお手伝いすることもある。
その報酬も、お手伝いと呼ぶにはおこがましい程の金額であることを付け加えておく。
私も何カ国語か使える言語があるので、当麻の通訳としてお手伝いすることもある。
その報酬も、お手伝いと呼ぶにはおこがましい程の金額であることを付け加えておく。
収入的に安定していたため、いつでも結婚は出来る状態だったが、私が大学を卒業するのを待って、
当麻が24歳、私が22歳の時にめでたくゴールインと相成った訳だ。
翌年には出産。
子供もすくすくと育ち、今は5歳になる。
順風満帆、前途洋々、現在幸せ真っ盛りである。
当麻が24歳、私が22歳の時にめでたくゴールインと相成った訳だ。
翌年には出産。
子供もすくすくと育ち、今は5歳になる。
順風満帆、前途洋々、現在幸せ真っ盛りである。
―12月、夜、食卓にて。
「ただいまー」
「お帰りー!ご飯準備してるからちょっと待っててー」
「お帰りー!ご飯準備してるからちょっと待っててー」
我が家の大黒柱、当麻が帰って来た。
鞄を放り、スーツをハンガーにかけてネクタイを外した後、
カッターシャツにパンツ一丁、そして靴下という、破廉恥でふしだら極まりない格好のまま、ソファに沈み込んだ。
鞄を放り、スーツをハンガーにかけてネクタイを外した後、
カッターシャツにパンツ一丁、そして靴下という、破廉恥でふしだら極まりない格好のまま、ソファに沈み込んだ。
そこへ我が家のお姫様、さくらが飛び込んでいく。
「パパー!おかえりー!」
例によって例の如く、さくらの得意技フライングボディプレスが炸裂する。
仰向けにソファで寝ていた当麻の鳩尾に、さくらの身体が突き刺さった。
いくら幼稚園児とはいえ、無防備な人間の鳩尾にフライングボディプレス。
北斗晶やアジャコングだってこんな酷いことはしないだろう。
仰向けにソファで寝ていた当麻の鳩尾に、さくらの身体が突き刺さった。
いくら幼稚園児とはいえ、無防備な人間の鳩尾にフライングボディプレス。
北斗晶やアジャコングだってこんな酷いことはしないだろう。
「ぶっふぉ!さくら、大きくなったな……」
「だって『ショウガクセイ』だよ!おねえさんだよ!」
そう嬉しそうに言い、当麻の上で飛び跳ねるさくら。
瀕死の人間にとどめを刺す、鬼畜の所行と言わざるを得ない恐るべきスキンシップ。
しかし、無邪気で純真無垢なお姫様には、父が死にかけているなど知る由もない。
「だって『ショウガクセイ』だよ!おねえさんだよ!」
そう嬉しそうに言い、当麻の上で飛び跳ねるさくら。
瀕死の人間にとどめを刺す、鬼畜の所行と言わざるを得ない恐るべきスキンシップ。
しかし、無邪気で純真無垢なお姫様には、父が死にかけているなど知る由もない。
「ねぇ、ランドセルってどこで買えるのかな?」
夕食のハンバーグを食べながら当麻に問いかける。
さくらが来年から小学校に通うので、準備をしなければならないのだ。
夕食のハンバーグを食べながら当麻に問いかける。
さくらが来年から小学校に通うので、準備をしなければならないのだ。
「んあ?北口のガーデンズに行けばなんとかなるだろー」
と、にべもない返事をする当麻。
と、にべもない返事をする当麻。
私はその返事にほんの少しだが、心の中がささくれ立った。
当麻は教育や育児に対しての関心が薄いのだ。
私に対する信頼の現れとも言えるが、もう少し真剣に考えて欲しいと常々思う。
最近ではランドセルの色が原因で苛められることだってあるらしい。
当麻は教育や育児に対しての関心が薄いのだ。
私に対する信頼の現れとも言えるが、もう少し真剣に考えて欲しいと常々思う。
最近ではランドセルの色が原因で苛められることだってあるらしい。
当麻は大学こそそこそこの所へ行っていたが、高校まではごく普通の学校へ通っていたらしい。
だから、教育に対して関心・興味が薄いのだろう。
だから、教育に対して関心・興味が薄いのだろう。
一方の私は、かなりのお嬢様学校へ通っていた『らしい』ので、
教育はもっとしっかりしたところで受けるべきだと考えている。
教育はもっとしっかりしたところで受けるべきだと考えている。
『らしい』というのは、先述した通り、私の記憶が薄いのが原因である。
そこで学んだことでぼんやりと覚えているのは、
そこで学んだことでぼんやりと覚えているのは、
「ペルシャ絨毯のほつれ直し」
「金絵皿の修繕方法」
「バイオリンの弾き方」
等々。
「金絵皿の修繕方法」
「バイオリンの弾き方」
等々。
……うん、全く実益がない。
閑話休題。
さくらは近くの私立小学校に通うことになっているが、
私はもっとしっかりした学校へ行かせたいと考えている。
私は予てより考えていたことを当麻に話した。
私はもっとしっかりした学校へ行かせたいと考えている。
私は予てより考えていたことを当麻に話した。
「さくらを学園都市の学校へ行かそうと思うんだけど、どうかな?」
私は軽く、あくまでも冗談半分に聞こえる様に尋ねた。
冗談半分だけど、残りの半分は本気だ。
今まであまり教育に関心を持たなかった当麻の目を引く為の作戦。
私は軽く、あくまでも冗談半分に聞こえる様に尋ねた。
冗談半分だけど、残りの半分は本気だ。
今まであまり教育に関心を持たなかった当麻の目を引く為の作戦。
学園都市とは、東京の西に広がる、その名の通り『学校が集まった街』で、
「周囲とは技術水準が30年違う」とまで言われる、圧倒的技術力を持っている。
そこで行われる『能力開発』という、変わったプログラムが有名だ。
『能力開発』を受ければ、テレポートする、電撃を出す等々、所謂『超能力』を使えるようになるらしい。
「周囲とは技術水準が30年違う」とまで言われる、圧倒的技術力を持っている。
そこで行われる『能力開発』という、変わったプログラムが有名だ。
『能力開発』を受ければ、テレポートする、電撃を出す等々、所謂『超能力』を使えるようになるらしい。
別にさくらが超能力を使えるようになって欲しいとは思わないけれど、
やっぱり学校へ通うならば、レベルの高い所に行って欲しいのが親としての願い。
やっぱり学校へ通うならば、レベルの高い所に行って欲しいのが親としての願い。
さくら自身も、学園都市に関心があるようだ。
以前、テレビで大覇星祭という体育祭の様なものが放送されており、私とさくらは画面に釘付けになった。
画面の中の人達は
『手のひらから炎が出る』
『瞬間移動する』
『身体から電撃を出す』
等々、到底人間技とは思えない動きをしていた。
さくらは、中でも電気を生み出す超能力に魅了されたらしく、
「さくらもビリビリしたーい!」
と、しきりに訴えていた。
以前、テレビで大覇星祭という体育祭の様なものが放送されており、私とさくらは画面に釘付けになった。
画面の中の人達は
『手のひらから炎が出る』
『瞬間移動する』
『身体から電撃を出す』
等々、到底人間技とは思えない動きをしていた。
さくらは、中でも電気を生み出す超能力に魅了されたらしく、
「さくらもビリビリしたーい!」
と、しきりに訴えていた。
ところが、当麻はあまり学園都市や超能力に興味がなく、むしろそれらを嫌っており
「あんなもん、ロクなことがねぇからやめておけ」
と、露骨に嫌そうな態度をとるのだ。
「あんなもん、ロクなことがねぇからやめておけ」
と、露骨に嫌そうな態度をとるのだ。
だから、さくらを学園都市に通わせることも反対されると思っていた。
駄目で元々、だけどもう少し教育に対して関心を持って欲しい、そう思っての相談だった。
「ええー?確かに能力開発は危険って言うけど、さくらがあんな風に超能力使えたらかっこいいじゃん!」
あくまでも和やかに、冗談で済むように、でも少し本気で考えてくれるように。
微妙なラインを読みながら、私は軽い口調で言う。
駄目で元々、だけどもう少し教育に対して関心を持って欲しい、そう思っての相談だった。
「ええー?確かに能力開発は危険って言うけど、さくらがあんな風に超能力使えたらかっこいいじゃん!」
あくまでも和やかに、冗談で済むように、でも少し本気で考えてくれるように。
微妙なラインを読みながら、私は軽い口調で言う。
しかし、当麻は私の想像を遥かに上回る反応を見せた。
「お前、それ本気で言ってんのか?さくらの人生だぞ?ふざけてんじゃねぇ!」
そう言ってご飯の入った茶碗を食卓に叩き付け、私を睨みつける。
今まで見たことのない当麻の怒りの姿だった。
「お前、それ本気で言ってんのか?さくらの人生だぞ?ふざけてんじゃねぇ!」
そう言ってご飯の入った茶碗を食卓に叩き付け、私を睨みつける。
今まで見たことのない当麻の怒りの姿だった。
思わずたじろいでしまうが、次第に沸々と怒りがわき上がってくる。
いつもはほとんど教育や育児に関わらないのに、いきなり『ろくなことがない』とは。
さくらのことも学園都市のこともちゃんと見ていないくせに何故頭ごなしに否定するのか。
私の怒りのボルテージがヒートアップしていく。
いつもはほとんど教育や育児に関わらないのに、いきなり『ろくなことがない』とは。
さくらのことも学園都市のこともちゃんと見ていないくせに何故頭ごなしに否定するのか。
私の怒りのボルテージがヒートアップしていく。
「ふざけてんのはどっちよ!いつもは放ったらかしのクセに!」
「放ったらかしなのは謝る。でも、学園都市に行かせることだけは認めねぇ!」
「認めないって何よ!急に父親ぶってんじゃないわよ!」
「放ったらかしなのは謝る。でも、学園都市に行かせることだけは認めねぇ!」
「認めないって何よ!急に父親ぶってんじゃないわよ!」
売り言葉に買い言葉とは正にこのことだ。
言ってしまった後、さすがに言い過ぎた。と、心の中でつぶやく。
言ってしまった後、さすがに言い過ぎた。と、心の中でつぶやく。
パンッ
乾いた音が響き渡り、私の頬に鈍い痛みが走る。
心ない言葉の代償としては安いものだろう。
痛みと同時に、冷静さが体中に広がっていく。
心ない言葉の代償としては安いものだろう。
痛みと同時に、冷静さが体中に広がっていく。
『父親ぶってんじゃない』とは何という恥知らずな発言をしたのだろう。
今、この家が成り立っているのは当麻のおかげではないか。
なのに、この無礼千万な発言はあまりにも酷過ぎる。
そして、さくらの目の前で言ってしまったことが何よりもの失敗だ。
今、この家が成り立っているのは当麻のおかげではないか。
なのに、この無礼千万な発言はあまりにも酷過ぎる。
そして、さくらの目の前で言ってしまったことが何よりもの失敗だ。
「ごめん、言い過ぎたわ。頭冷やしてくる」
私はそう告げ、鞄だけ持って家を飛び出した。
家の中からさくらの泣き声がする。
いたたまれなくなって、私もすこし涙を流した
私はそう告げ、鞄だけ持って家を飛び出した。
家の中からさくらの泣き声がする。
いたたまれなくなって、私もすこし涙を流した
ー12月、夜、いつもの川沿い。
凍てつく寒さが身体に染みわたる。
近くの自動販売機でホットココアを購入し、カイロ代わりに手でこね回す。
しかし、その熱さも次第に失われていき、今ではhotではなくtepidと呼ぶべき温度になっていた。
近くの自動販売機でホットココアを購入し、カイロ代わりに手でこね回す。
しかし、その熱さも次第に失われていき、今ではhotではなくtepidと呼ぶべき温度になっていた。
当麻は怒っているだろうか。
このココアの様に、hotからtepid、やがてcoldな関係にならないかと心配する。
このココアの様に、hotからtepid、やがてcoldな関係にならないかと心配する。
ぬるくなりつつあるココアを抱え、川沿いの公園のベンチに腰掛ける。
ベンチの横には、タイヤをぶら下げた奇妙な形のブランコがそびえ立っている。
そのブランコを眺めていると、当麻とさくらと3人で遊んだことを思い出し、胸の痛みがさらに増した。
ベンチの横には、タイヤをぶら下げた奇妙な形のブランコがそびえ立っている。
そのブランコを眺めていると、当麻とさくらと3人で遊んだことを思い出し、胸の痛みがさらに増した。
川沿いの道には誰もいなかった。
この寒さの中、格段用事のない人は、まず間違いなく外に出ないだろうから当然だ。
空を見上げると、真っ暗な空にひときわ輝くオリオン座。
オリオン座と向かい合うように位置する月。
あの日と同じように、まん丸の満月だった。
この寒さの中、格段用事のない人は、まず間違いなく外に出ないだろうから当然だ。
空を見上げると、真っ暗な空にひときわ輝くオリオン座。
オリオン座と向かい合うように位置する月。
あの日と同じように、まん丸の満月だった。
雲一つない満天の空の下の、誰もいない静まり返った公園。
まるで世界中の人間が、私を見捨てて一人残らず地球から脱出したかのようだった。
そんな絶望的な想像をしていると、私も真っ暗な空に吸い込まれそうだ。
静寂を切り裂くように、電車が街中を走り抜けていく音が響き渡る。
はっとして我に返る。
まるで世界中の人間が、私を見捨てて一人残らず地球から脱出したかのようだった。
そんな絶望的な想像をしていると、私も真っ暗な空に吸い込まれそうだ。
静寂を切り裂くように、電車が街中を走り抜けていく音が響き渡る。
はっとして我に返る。
「月が奇麗ですね」
「ですねー」
背後から当麻とさくらの声が聞こえる。
当麻は分かって言っているのだろうか。
あの日と同じ台詞だということに。
ただ、あの日と違うのはさくらがいるということ。
「ですねー」
背後から当麻とさくらの声が聞こえる。
当麻は分かって言っているのだろうか。
あの日と同じ台詞だということに。
ただ、あの日と違うのはさくらがいるということ。
私は目に溜まった涙を拭い、あの日と同じ台詞を返す。
「そうねー。はっきりくっきりまん丸だわ」
当麻はあの日のことを覚えているのだろうか。
あの日、あの時と同じように、私を愛してくれているのだろうか。
「そうねー。はっきりくっきりまん丸だわ」
当麻はあの日のことを覚えているのだろうか。
あの日、あの時と同じように、私を愛してくれているのだろうか。
「さっきは叩いて悪かった。ごめん」
「こっちこそごめん。ひどいこと言って」
「こっちこそごめん。ひどいこと言って」
顔も合わせずにぎこちない謝罪の言葉をかわす。
お互いに反省しているし、何の禍根も残っていない。
ただ単に、元の雰囲気に戻るきっかけがないのだ。
気まずい空気が流れる。
お互いに反省しているし、何の禍根も残っていない。
ただ単に、元の雰囲気に戻るきっかけがないのだ。
気まずい空気が流れる。
「ねぇーさむいよー!にくまんたべたいー!にくまん!」
突然さくらが大声を張り上げ、これでもかと言わんばかりの勢いで当麻の手を振るう。
私と当麻は顔を見合わせ、お互いに『やれやれ』という表情を浮かべる。
その表情は、たちどころにふにゃっとした笑顔になる。
「コンビニ、行こうか」
「そうね。お姫様もご立腹だしね」
私と当麻は顔を見合わせ、お互いに『やれやれ』という表情を浮かべる。
その表情は、たちどころにふにゃっとした笑顔になる。
「コンビニ、行こうか」
「そうね。お姫様もご立腹だしね」
さくらが上流の方へ駆け出していく。
それを追いかける当麻。
私は2人の後ろ姿を眺めながら、だらだらと歩いていくのだった。
「さくらー!危ないから道にでるなよー!」
「じゃあはやくー!」
せっかちなお姫様に急かされてさくらの元へと急ぐ私と当麻。
それを追いかける当麻。
私は2人の後ろ姿を眺めながら、だらだらと歩いていくのだった。
「さくらー!危ないから道にでるなよー!」
「じゃあはやくー!」
せっかちなお姫様に急かされてさくらの元へと急ぐ私と当麻。
全く、お姫様は人使いが荒い。
「にっくまん!にっくまん!ぷっぷっぷー!」
『にくまんのうた 作詞作曲編曲:さくら』を歌いながら3人手をつないで歩く。
左に私、右に当麻、そして2人を繋ぐさくら。
まさに今の関係を如実に現しているようだった。
まさに今の関係を如実に現しているようだった。
空気がほんわかした頃合いを見計らい、聞き辛かったことを尋ねる。
「どうしてあんなに学園都市へ行かせるのがイヤだったの?」
当麻はむにゃむにゃと訳の分からないことをつぶやくばかりで、回答を示さない。
やっとの思いで聞きとれた言葉を解読すると、
「俺はさくらも美琴も愛している。いつまでもこうして3人並んでいたいんだ。
たとえ一瞬でもさくらがいなくなるなんて、俺は耐えれない」
当麻はむにゃむにゃと訳の分からないことをつぶやくばかりで、回答を示さない。
やっとの思いで聞きとれた言葉を解読すると、
「俺はさくらも美琴も愛している。いつまでもこうして3人並んでいたいんだ。
たとえ一瞬でもさくらがいなくなるなんて、俺は耐えれない」
私はなんと愚かな考えをしていたのだろう。
『私の願望』と『さくらの将来』でしか物事を考えていなかった。
そこに当麻の意思がなかったのである。
当麻と、私と、さくら、3人揃っての家族なのに。
『私の願望』と『さくらの将来』でしか物事を考えていなかった。
そこに当麻の意思がなかったのである。
当麻と、私と、さくら、3人揃っての家族なのに。
「……ごめんなさい」
私の浅はかな考えが、当麻に不安と悲しみを与えていた。
浮き上がってきた私の感情は、深海へと沈む潜水艦のように、深く、暗く沈んでいった。
……やっぱり私、駄目な人間だ。
顔が俯き、涙が重力に引かれて溢れそうになる。
私の浅はかな考えが、当麻に不安と悲しみを与えていた。
浮き上がってきた私の感情は、深海へと沈む潜水艦のように、深く、暗く沈んでいった。
……やっぱり私、駄目な人間だ。
顔が俯き、涙が重力に引かれて溢れそうになる。
「ままがげんきなかったら、ぱぱもさくらもげんきなくなるの!だからまま、げんきだして!」
突然さくらの大声が轟いた。
私と当麻は、ぎょっとして身体を強張らせるが、すぐに『しーっ!』のポーズをとる。
さくらは全く意に介さず、続ける。
「さくら、がくえんとしなんかいかなくていいもん!ぱぱとままといっしょがいい!」
私と当麻は、ぎょっとして身体を強張らせるが、すぐに『しーっ!』のポーズをとる。
さくらは全く意に介さず、続ける。
「さくら、がくえんとしなんかいかなくていいもん!ぱぱとままといっしょがいい!」
夜の閑静な住宅街に轟く幼児の叫び声。
たちどころに警察か児童相談所に通報が行くこと請け合いだ。
私は一刻も早くこのおてんば娘を黙らせる必要があった。
たちどころに警察か児童相談所に通報が行くこと請け合いだ。
私は一刻も早くこのおてんば娘を黙らせる必要があった。
「分かった!ママ元気出すから!お願いだから静かにして!」
「じゃあぱぱとなかなおりしなきゃだよ!」
さくらは腰に手を当て、ふん!と言わんばかりに胸を張っている。
齢5歳の我が子に、仲直りを諭されるとは此れ如何に。
「じゃあぱぱとなかなおりしなきゃだよ!」
さくらは腰に手を当て、ふん!と言わんばかりに胸を張っている。
齢5歳の我が子に、仲直りを諭されるとは此れ如何に。
おそるおそる視線を上げ、当麻の顔を見る。
当麻の表情は、これ以上は無いという弥勒菩薩のような優しい笑顔をしていた。
当麻の表情は、これ以上は無いという弥勒菩薩のような優しい笑顔をしていた。
そして、笑顔の当麻はこう言った。
「我が家のお姫様には逆らえないな」
「我が家のお姫様には逆らえないな」
なるほど、全くそのとおりだ。
思わず私も笑顔になる。
「全く、困ったお姫様だこと」
思わず私も笑顔になる。
「全く、困ったお姫様だこと」
左に当麻、右に私、そして真ん中にはさくら。
三人並んで手をつなぐ。
私と当麻はさくらを守るように。
さくらは私と当麻をつなぎとめるように。
この繋がりがいつまでもいつまでも続けばいいな。
私はそう願う。
三人並んで手をつなぐ。
私と当麻はさくらを守るように。
さくらは私と当麻をつなぎとめるように。
この繋がりがいつまでもいつまでも続けばいいな。
私はそう願う。
願っていた。
続くと思っていたのだ。
あの日までは。
続くと思っていたのだ。
あの日までは。