想いと幸せの先に
7年前―――
『アンタの事が好きなの!だから、、、その、、、付き合って、くれない、、、かな?』
私の一世一代の告白は、
『え?オレなんかでいいの?』
私の臆病な想像に反して、
『えっと・・・じゃぁ、よろしくお願いします』
あっさりと叶ってしまった。。。
と言っても、それで二人の関係に劇的な変化が訪れたかと言えば、そんな事はない。
彼氏彼女という関係になっても、アイツは相変わらず不幸に見舞われて
学校の出席も危うくて、補習ばかりを受けていた。
そのくせ、フラッと居なくなったかと思うと必ずと言っていい程、入院しているという有様だ。
私も連れて行ってと迫っても、
『可愛い彼女にそんな危険な事させられるかよ。まぁ、ホントに危ない時は頼りにするって』
そんな風に言って困ったように笑うのだ。
なんてズルイ奴だろう。。。
私がそう言われると何も言い返せなくなる事を知っていて言っているのだから。
もちろん、アイツが私のことを学園都市第3位『超電磁砲(レールガン)』ではなく
御坂美琴として見てくれていることが嬉しくないワケがない。
それどころか、御坂美琴という彼女として見てくれているなんて、
誇張無しで、天にも昇る気持ちだ。
だからと言って、一人で何もかも背負い込むアイツの姿なんて、私は見たくないのだから
必然的に、私はアイツの力になるべく、出来る限りアイツと一緒にいる時間を作るようにした。
・・・・・いや、まぁ、正直理由がなくったってアイツの傍にはいつでも居たいのだけれど・・・・。
それくらい、私はアイツに参ってしまっている。。。
付き合う前はそれを認める事にさえ抵抗があったのだが、付き合いだした途端、
そんな想いもすんなりと受け入れられるのだから、我ながら現金なものだ。
あと、これは本当に意外だったのだが、付き合いだしたアイツは私の予想に反して
出来た彼氏だったと言うことだ。
まぁ、補習や失踪はあっても、それ以外で言えば、誕生日は忘れた事もなければ、
デートをすっぽかした事も無い。(不幸に見舞われて遅刻することはあったが。。。)
メールにはちゃんと返信をくれるし、遅くなった時は、寮の近くまで送ってくれたりもした。
そんな出来る彼氏であるアイツに数少ない不満があるとすれば、
付き合って7年、未だに私のことを『御坂』と呼ぶ事だ。
もちろん、私はアイツの事をちゃんと名前で呼んでいる。
だってその方が、なんと言うか、、その、、、恋人っぽいではないか。。。
何度かアイツに『名前で呼んで』と迫った事があるが、
『分かってるけどさぁ。。。今更、面と向かって呼ぶのって何か恥ずかしいんだよ。
ちゃんと呼べるようになるからさ。もう少し待ってくれよ』
と手を合わせて懇願してくるのだ。
全く、男なんだからそれくらい難なくこなして欲しい。
・・・・・まぁ、一度、半ば無理矢理強要した時、呼ばれた途端に漏電してしまった私にも
未だに名前を呼んでもらえない原因の一端はあるのかもしれないが。。。
兎にも角にも、私にとって名前を呼んでもらえない事は不満である事に違いは無い。
それでも、学生時代は楽しかったし、幸せだった。
それが、いつからだろうか―――?
私とアイツの間に言いようの無い溝のようなものを感じるようになったのは―――?
「ただいまー」
寝ているアイツを起こさない様に、小さく呟くと必要最低限の明かりをつける。
結婚しているワケではない。いわゆる、同棲というやつだ。
高校を卒様してアイツは、大学へ行かずに喫茶店を始めた。
何でも、インデックスに食事を作っているうちに、人に食べてもらえる喜びを知ったらしい。
彼女以外の女の子の影響という辺り、アイツらしいと言えなくもない。(聞いたときは雷撃の槍をお見舞いしたが。。。)
それに、私も高校に行きながら、アイツのお店の手伝いをする自分を想像すると
まんざらでも無かった。
実際、その・・・自分で言うのも何だが、、、夫婦、みたいだったと思う。
だけど、働き出してからは学生時代みたいに二人で居られる時間はぐんと減った。
アイツは朝早くから仕込みに入るし、仕事が終わるのは10時過ぎだ。
正直、寂しくないと言えば嘘になる。
しかも、アイツの店にはやたらと女性客が多いのだ。
この際、認めてしまうが、生来、やきもち焼きで独占欲の強い私としては、
アイツが私の知らない所で、女の子と会っているかと思うと結構なストレスなのだ。
さらに、それがアイツに想いを寄せているというなら尚更だ。
アイツは自覚していないが、今でもアイツの事が好きな女の子は大勢いる。
困った事に、みんな良い子ばかりだ。
私よりも女の子っぽいし、性格も良い。素直で、話してみて友達になった子もたくさんいる。
でも、それは同時に私は彼女達の想いの上に立って、アイツの隣を独占している事を
嫌でも実感させられる。
その頃からだろうか?私がアイツを独り占めにしていいのかと思うようになったのは・・・。
シャワーを浴びて気分を変えようとしたけど、失敗してしまった。
今日見た光景が頭から離れそうにない。
のろのろとパジャマに袖を通しながら、アイツの寝ている背中に目をやった。
何だが、すぐ近くなのに永遠に手が届かない。そんな気がした。
大学に入って、私は筋ジストロフィーの研究を始めた。
罪滅ぼしと言うわけではないが、私の能力を今度こそ、あの病に苦しむ人達のために
役立てたいと思ったからだ。
もちろん、アイツは大賛成してくれた。まるで自分の事のように喜んで
思いっきり抱きしめられた時は、よく漏電しなかったものだと自分でも思う。
だが、研究に明け暮れる日々は、少なくなっていた二人の時間を更に減らす事となってしまった。
仕方ない事とは言え、寂しがる私を見かねて、一緒に暮らす事をアイツが提案してくれたのが
ちょうど2年前くらいだ。
それでも、ここ最近はすれ違いが多くなってきている。
アイツは朝が早いので仕事から帰ると早々に寝てしまうし、
私はここ最近、研究が大詰めで、帰りがアイツよりも遅い状態だ。
起きるとアイツは既に仕事に出ているので、ここ最近のアイツの姿は
寝ている後ろ姿だけだ。
もう、随分アイツの声をまともに聞いていない気がする。
名前じゃなくていい。
御坂でいいから、アイツが私を呼ぶ声が聞きたい。
水を求める魚のように私はそれを渇望していた。
そして、遂に、今日研究がひとつの区切りを迎えた。
まだまだクリアすべき課題は残っているが、そう遠くない未来、
筋ジストロフィーは不治の病ではなくなる。そう言える程の成果だ。
私は、アイツに報告したくて、声が聞きたくて、アイツの店に急いだ―――。
アイツの店は今日も盛興だった。
そして私は窓越しに見てしまった。お客として来ている友人達と
楽しそうに笑うアイツの笑顔を―――。
その途端、私の足は地面に張り付いたかのように動かなくなってしまった。
私は、どこかでアイツと私は同じなのだと思っていた。
自分の特殊な能力ゆえに、中心になる事はあっても輪の中に入ることが出来ない人間。
何となく周りから特別視されている存在。
そんな風に思っていた。
だからこそ、中心に立つもの同士、一緒に居られるのだと。。。
でも、それは大きな間違いだった。
アイツは私と違って、輪の中にも入れる人間なのだ。
輪の中心であり、輪の一員でもある。
だからこそ、アイツの周りには多くの人が集まるのだろう。
あの笑顔でそれに気づいてしまった。
例えるなら、私にとっての一番はアイツだ。一番大切な存在だ。
しかし、アイツにとって私は大勢いる大切な存在の中の一人なのだ。
それは決して悪い事ではないし、それがアイツの魅力だということも分かる。
しかし、この二つの想いには、どうしようも無い程の隔たりがある事も事実だ。
きっと私はこれから先、アイツの一番でないことに我慢できなくなる。
それくらい、私はアイツの事が好きだ。
大好きだ。
でも、きっとそれはアイツとアイツの周りの人達を傷つけることになる。
そんな事は許されないだろう。。。
7年間。私はアイツを独占してきた。
それだけでも、十分すぎるのかもしれない―――。
私は、そんな風に思い始めていた。。。
気付いたらアイツの上着を羽織って外に出ていた。
普段なら、アイツと同じベッドにもぐりこんで眠っている時間だ。
冬も終わりに近づいているが、夜の冷え込みはまだまだ辛い。
かじかむ手をさすりながら、私はコンビにに入って便箋とペンを買った。
その足で、そのまま24時間営業のファミレスへ入る。
夜中だけあって店内はガランとしていた。
思いもよらぬ来客に店員が眠たそうにしながら私を席に案内する。
私はコーヒーだけ頼むと、今しがた購入した便箋を広げてペンを取り出した。
出だしに悩んでいるうちに、頼んでいたコーヒーが運ばれてきた。
一口すすってみたが、薄くて酷い味だった。
私はカップを置くと、そのままテーブルの脇へコーヒーを追いやり、
再び便箋への意識を戻す。
散々迷った挙句、ただ一言だけ言葉を綴ってみた。
―――別れましょう―――
ぽたぽたと便箋の上に雫が落ちてきた。
雨漏りかと思ったが、そんなわけが無い。
雨は私の瞳から零れ落ちたものだと気付いたら、止め処なくあふれ出して
あっという間に大洪水になった。
流れ落ちた涙が、今しがた書いた文字を滲ませていく。。。
やだ―――。やだよ。
こんな短い言葉で、たったこの一言で、
私達の7年が終わってしまうの?
そんなのはやだよ。。。
もっと、もっと一緒に居たい。
10年先、50年先、100年先。。。。それこそ、来世だってきっと私はアイツを好きになる。
それなのに、こんな終わり方しかできないの?
一体どれくらい泣いていただろう。
途中、コーヒーのおかわりを聞きに店員が近づいて来たが、
私が泣いているのをみて、ぎょっとしていたくらいは覚えている。
ようやく落ち着いた私は、冷めて更に不味くなったコーヒーを一息で飲み干すと
鼻をすすりながら、次の便箋を取り出した。
同じように一言だけ書いて、私は手早くそれを便箋の中に仕舞い封をした。
じっくり見ていたら、また同じ結果になってしまいそうだったからだ。
腫れ物を見るような店員の視線から逃れるように、私はそそくさと店をあとにした。
ファミレスを出ると、空は少しずつ白んできていた。
アイツが起きる時間まで、もう一時間もないだろう。
早いとこ家に帰って、この手紙を机の上にでも置いておかなければならない。
私は上着のポケットに手を突っ込んで、便箋の感触を確かめた。
これでいい。
私は7年間も幸せだったのだから。
それだけで、十分なんだ。
そう言い聞かせるが、目の前がまだ滲んできたのが分かる。
歩く事に集中してしまえば、少しは気がまぎれるところだが、
不幸にも交差点は赤信号で、嫌でも頭の中でこれからの事を思い浮かべてしまう。
全く、アイツの不幸が移ったのだろうか。。。
滲んだ視界で足元を見て、必死に泣かないように堪えながら、信号が変わるのを待つ。
その時―――。
「いた!!!」
今、一番聞きたくなくて、
今までずっと聞きたかった声が
聞こえた――――。
「え?」
冗談抜きで、そう声が漏れてしまった。
顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、寝ている背中でないアイツ。
上条当麻の姿だった。
当麻はまだ寒いこの時期に上着も何も着ず、パジャマだけの姿で汗だくになって交差点の向こう側に立っていた。
キョロキョロと左右を確認しながら、信号が早く変わるわけでもないのに歩行者ボタンを連打している。
そんな当麻の行動が実を結んだわけではないだろうが、やっと信号が赤から青へと変わる。
当麻が走ってこちら側に渡ってくる。
私はその様子を何処か夢見心地でただ見ているだけしか出来なかった。
私が金縛りにあっているうちに当麻は私の目の前まで来て大きく息を切らしていた。
「ど・・・どう、、したの?」
かろうじて唇からついた言葉は自分の声ではないかのようにかすれていた。
「どうしたのって。ちょっと目を覚ましたらいつも帰ってる時間なのに、
お前の姿がないから心配で探してたんだよ!」
当麻は何を当たり前の事を聞いているんだと言わんばかりの調子で答えてきた。
何だかひどく気恥ずかしくなってしまった私は、慌てて取り繕うように体のいい言い訳を考えて、
「ぎゅ・・・牛乳が切れてたからさ。買いに行こうかと思って」
最悪の回答だ。
大体、牛乳なんて持ってないじゃないか。
思わず目をそらした私を見て、当麻は何か言いたい事が山ほどあるような表情を一瞬したが、
大きなため息をひとつつくと
「ほら、信号変わっちまう!急いで渡るぞ!」
そう言うと、ポケットに突っ込んでいる私の手を取って元来た方へ踵を返して歩き出した。
幸い、便箋が入っているのは反対側のポケットの手だ。
私は、引っ張られるように当麻のあとをついて行くと、ふと当麻の足元に目が留まった。
当麻の靴は、右足がスニーカーで左足がサンダルという有様だった。
でも、その有様が私に対する当麻の想いを雄弁に語ってくれていた。。。。
必死に、探してくれたんだ。。。。
私達の想いの間には、確かに大きな隔たりがあるかもしれない。
私にとっての一番は当麻で、当麻にとって私は大切な存在の中の一人。
それはきっと間違った認識では無いだろう。
それでも、当麻は私のちょっとした変化を見逃す事無く拾い上げてくれた。
私の不安をかき消すように、駆けつけてくれた。
あの日の絶望から救ってくれたヒーローのように。。。
一番ではなくても、彼女として私の事を見ていてくれている。
自分がこれほど現金だとは正直思わなかった。
別れようだなんて気持ちは綺麗さっぱり何処かにいってしまっている。
私は、ポケットに突っ込んだままの、もう片方の手をゆっくりと握った。
便箋がくしゃりと小さな音を立てる。
まるで、当麻と同じように私の心変わりの早さにため息をついたようで、
思わず笑みがこぼれた。
そして、自分が幸せなのだと心の中で噛み締める。
でも、その幸せはまだ予期せぬ展開を見せる。
「名前・・・」
当麻が突然独り言のように呟いた。前を向いて私を引っ張るように歩いているのでその表情は分からない。
キョトンとしている私をほったらかして、当麻の独り言は続く。
「呼べるように努力するよ。いつまでも御坂の優しさに甘えるわけにもいかねぇしさ」
その場にへたり込もうかと思ってしまった。
この男は、私がそんなことを気にして家出をしようとしたとでも思っているのだろうか。
だとしたら、とんだズレっぷりである。
思わず、噴出しそうになったその時、続いて発せられた当麻の言葉に、
今度こそ私の頭の中は真っ白になってしまった。
「いつまでも、御坂じゃ困るしな。その、、、、苗字が変わった後、、とか。。。。」
そのまま黙り込んで、当麻は振り向く事無くもくもくと歩き続けている。
でも、彼の耳は後ろからでも解るくらい真っ赤になっていた。
フリーズしていた頭が動き出す。
学園都市第3位の頭脳だ。今の言葉の意味するところが解らない私ではない。
それでも、私はシラをきらずにはいられない。
「ねぇ?それどーゆー意味なのかしら?」
歩調を速めると、飛びつくように当麻の腕に抱きついて、大好きな人の顔を覗き込む。
やっぱり、当麻の顔は真っ赤だった。
「お前!解ってて言ってるだろ!」
「えー?ちゃんと言葉にしてくれなきゃ解んないなー♪」
「じゃー、お前の気のせいだろ!どっちにしろ、お前が卒業するまではお預けだかんな!」
「ちょ!それどーゆー事よ!私は今すぐでもいいくらいなんだから!!」
まだ静まり返った朝の街をギャーギャー騒ぎながら歩いていく。
冬も終わりに近づいている。
もうそろそろ、春の到来である。
~了~