時代劇編 第一幕
はてさて序章の流れから雪女を捜索する寿司屋の跡取り、当麻さんと胡乱な風体のはぐれ陰陽師、元春卿。
黒と金の二人連れは険しい山を程よくボヤきつつ鹿のような軽やかさで登って行き、辿り着いたるは春先でもまだ雪が残ってるような高山でありました。
「蝦夷地でもないのに本当にここらにいるのか土の字よ。夏はどうしてやがんだよ・・・」
「夏は自前の氷室で眠るんだぜ上やん。蝦夷地だと逆に好みのいなせなのが少なくて大変だってよ」
好み? いなせ? 元春卿の口から出てくる色気ある単語にひっかかりを覚える当麻であったが、色眼鏡の陰陽師はなんら気にせず雪を食む。
釣られて同じくしてみれば、喉元通る冷たい粉雪が心地よい。
城のお殿様やお武家たちが夏に嗜むかき氷というのはこんなもんかねえ。魚の鮮度を保つために持って帰れないだろうか。
溶けると分かっていてもつい口にしてしまうこの儚き希望に、なんと土の字は大喜び。是とするのだ。
よく事情が分からぬまま、進んだ先に見えたるは丸太を美しく組み上げた立派な家屋。もうてると書いてある。
「南蛮の言葉でなー、旅籠って意味だぜよ」
土の字に勧められるまま、中に住む者がいないかどうか確認もせず扉を開け放つ不埒者当麻。
この男、不用意に扉や衾を開けては女人の着替えを目撃し制裁されるのだが、ちっとも懲りてない。
だがしかし今回ばかりはかような悶着とは無縁であった。中には誰も住んでいなかったのだ。
かといって荒れ果てている様子も無い。丸太尽くしの室内は清浄に掃き清められ、大陸式の寝台も寝具が綺麗に整えてある。
「じゃあここで一晩泊まってゆっくり待つぜよ上やん。ここの管理者が雪女だ」
言いつつ手馴れた様子で上着を脱ぎ、床下の保存庫を調べ干し肉だの漬物だのの備蓄を確認する。
「ロハなのか?」「ロハだぜよ」
元春の答えにさすが妖怪は大らかだなあと感じ入り、慌てることなくゆったりしだす当麻である。
ふと二つの寝台の枕元に目をやれば、両方揃って”ぱっけえじ”なる冊子が置いてある。
暇つぶしがてら、それを適当にめくってみる当麻であるが、なにやら細かい字でゴチャゴチャ面倒そうなことが書き連ねてあるのでやめにした。
一方、常盤城下に到着した悪世羅礼太はと言うと。都の賑わいにはしゃいでどこかに行ってしまったおトメを探し歩いていた。
白髪赤瞳を三度傘の下に隠し、空の手押し車を押しながら適当に賑わいを散歩する。おトメは元気ではあっても無茶をする子ではないから、そう遠くには行ってないだろう。
道中、さす又を携えた女岡ッ引きがいたので尋ね人の情報を求めてみるが何も得られず、代わりに今城下町を騒がせている乳隠しの件を耳にする。
「その子は女の子なんですよね? もし乳房があるようなら気をつけてください。何か気付いたことがあるなら番屋までご連絡を」
「あァ。それなら心配ねェ。己(オレ)のおトメに乳なンざ必要ねェ あンなモノは余計な肉だァ」
この断言を聞くとおかっ引は一瞬たじろぎ、どういうワケかこちらにさす又を構えようとしてやめにした。
「と・・・・とにかくその子はここらへんは通ってませんから。あと、お名前をお聞かせ願えますか?」
その後出身だの旅の目的だのおトメの身元だのを詳しく聴かれ、悪世羅の時間は過ぎてゆく。
さてさて一人で街の賑わいを楽しむべくトテトテ歩くおトメであるが、童は今回、人ごみの奥から聞こえる陽気な三味線の音に引かれてそちらへ足を向けていた。
大人たちの中に混じって見てみれば、中心にいたのは頭に派手な花飾利を乗せた三味線弾きと、瓦版を手に乳がどうとか騒ぐ年端もいかぬ二人組。ともにまだ幼く、そこいらの町娘といった風情。
三味線弾きの歌声は鈴を転がしたように甘く調子良く、見物人たちのお囃子を真似して楽しむおトメ。
一通り唄が終わったのだろうか、お客たちはおひねりを花の少女の頭、花の中に投げ込み帰っていく。お金が必要なのかと察したおトメは懐をまさぐるが、出てきたのはちゃンに買ってもらった飴玉のみ。
童は済まなそうにそれを差し出す。が。
「いいっていいって。お子さんはロハだよ~」「そうですよ~。お嬢ちゃん、おっとおかおっかあは?」
気の良い町娘二人にナデナデされてすっかり上機嫌のおトメである。
ところが楽しい時は続かぬもの。偶々通りかかった城下の嫌われ者の若武家に目をつけられてしまった。
その男は程々に二枚目の顔を醜悪に歪ませ、突然に花の少女を蹴りつけ商売やったんなら上前よこせと迫る。徒党こそ組んでないがたいそう腕がたつと評判の小姓なのだ。
おトメはその男の足にしがみつきゆるしてあげてと懇願するが、それがまた火に油。蹴られかけたが一輪しか花の髪飾りをつけてない少女が身を呈してくれた。
花満開の少女はその様を見て叫ぶ「やめてください! お金なら差し上げますから」「ああん? さっさとよこせば・・・・・!?」
若武家は凄みの途中で横にふっとぶ。何者かが猛烈な勢いでそこいらにあった目安箱を投げつけたのだ。
「手前ェはァ、何やっちゃってくれてンですかァ?」
荒ぶりながら現われたるは浪人・悪世羅。町のものがそそくさと逃げ、少女三人が不安げに身を寄せ合うなか、ここにひとつの私闘が開始される!
「喧嘩だー! 喧嘩だぞ!!」
その町人の騒ぎを聞きつけたるは岡ッ引き五和ではなかった。もっと年くった、昼間から酒気を漂わせている中年の遊び人。
「ほお。なんだか賑やかだねえ。行ってみっかあ」