嫉妬する上条さん(美琴視点)
「あ、いや。気にしないでいいですよー」
御坂美琴は今、見知らぬ男と共にいる。
と、いうのも、数日前に不良に絡まれているところを助けたとからだ。
今朝偶然にも会ってしまい、そのお礼として何かを奢ってくれようとしているのだ。
そして美琴は、いつもの調子ではなく他人行儀な接し方をしている。
「いえいえ、是非お礼をさせてください!」
あちゃー、厄介なタイプだなー。と美琴は心の中で愚痴る。
こういう時はさっさとお礼を受けて終わらせるに限る。と思い。
「そ、それじゃーお礼を貰おうかしらー」
明らかに棒読みだと自分でもわかるのが少し悲しい。
だけど、相手の方は気付いていない様子だった。
そこで、ふと見覚えのある姿が角を曲がっていくのが見えた。
「あ、ゴメーン! 用事を思い出しちゃったから、お礼の方はまた今度ってことにしてくれる?」
「え? ええ!?」
美琴はそう言ってすぐに走り去って、角を曲がるとアイツを見つけた。
無視されることになったあの男のことはもう、眼中に無い。
いつものように近寄って、呼びかける。
「あ! いたいt「なんだよ」……え?」
美琴は一瞬時が止まった。
アイツ―――上条当麻はいつになく苛立った様子だった。
それに、すごい早さで気付いたうえに、振り向いてすらいない。
上条が苛立っている理由がわからない美琴は、恐る恐る訊ねる。
「ね、ねえ。アンタ、何苛ついt「なんでもねぇよ」」
なんでもないと言われても、どう見たって苛立っているようにしか見えない。
それに未だにこちらを向こうとはしていない。
顔を覗いてみようかと考えてみる。
が、さすがに怒る―――気がする。
どうしようかと、考えていると。
「戻らなくていいのかよ?」
「は? 戻るって、どこに?」
未だこちらを向こうとしない上条に若干苛立ちながら、続きの言葉をまつ。
上条は頭をわしゃわしゃー!と掻くと、
「さっきの男の所にだよ」
とそっけなく言った。
それを聞いた美琴は考える。
(え? もしかしてコイツ………嫉妬してる? …ってないない! 私が男と一緒にいて嫉妬するなんて、この鈍感馬鹿にそんなことあるはずない。……う、思ってて空しくなってきた。でも、違うとしたら一体何に苛ついてんのかしら?)
結局、答えは出なかった。当たっているとは思いもせずに。
なら、顔をみて判断しようと、振り向かざるを得ないであろう言葉を投げかける。
「アンタ、人に背をむけて話すってのはどうかと思うけど?」
それを聞いた上条は一瞬足を止める。
肩が大きく動くのをみて、深呼吸しているのだと気付く。
そんなに苛ついているのかと、思わず顔をしかめそうになる。
上条が振り向いた。
深呼吸をしていたにもかかわらず、見ただけで『今俺苛立ってます』オーラが見える気がした。
「これで、いいのか?」
「…それで? アンタは何に苛ついてたわけ?」
早速疑問をぶつけてみる。
「……お前は戻らなくてもいいのかよ?」
だが、無視して質問される。
無視されたことにムカついて、電撃を少し出しながら。
「質問に答えなさいよ」
と言ってしまった。
「それはこっちのセリフだ」
向こうも答える気はないらしい。
それにしても、いつもの上条なら電撃を出し始めた時点で慌てて答えていても良さそうなのにそうしない。
ということはよほど苛ついているらしい。
だけど、ムキになった美琴には素直に答えるという選択肢は存在しなかった。
「アンタには関係ないでしょ?」
そう言ったとき、一瞬、上条の顔が酷く歪んだように見えた。
美琴は、上条を傷つけてしまったことを理解する。
「ああ、そっか。そうだよな……。俺には、関係ない話だよな……。悪かったな、無理に聞こうとして」
そう言って、上条は美琴に背を向けて歩き出した。
その足どりには全く力がなかった。
「ま……待って!」
気付いたときには、もう呼びかけて、近寄っていた。
上条が苛ついていた理由なんかどうでも良くなっていた。
今はただ、傷つけてしまったことに対する後悔しかなかった。
上条は呼びかけられると、その場で立ち止まる。
だが、振り向かない。
それが、拒絶されているように思えて、美琴は立ち止まる。
言葉が、でない。
悲しみが美琴を覆いつくして、口が少しあくだけに終わる。
それでも、言わなければと思い、なんとか搾り出す。
「……ごめん」
「………なんで、お前が謝るんだよ」
上条の言葉は、わずかに震えていた。
その事実に、美琴は驚く。
「謝る必要なんか、ねぇだろ。俺が苛ついていた理由は個人的なものなんだしよ」
先程よりも、声が震えていた。
傷つけられたのに、それでも隠そうとする上条に、美琴は思わず言っていた。
「アンタは……そうやって隠そうとするのね。今だって、声震えてるじゃない! 私がアンタを傷つけたのに、なんでそんなこと言うのよ!」
上条の肩がビクッと動く。
「…そういうお前だって、声震えてるじゃねえか」
今度は美琴の肩がビクッと動いた。
突然上条は振り向く。
その顔は、とてもつらそうだった。
上条は深呼吸をすると、
「そんな、今にも泣きそうな顔すんなよ。俺は、お前を泣かせたくない」
「そっ……そんな顔してないわよ…」
自分はそんな顔をしていたのかと思うと、恥ずかしくて俯いてしまった。
それに、上条の言葉が嬉しかったのもあわさっていた。
「今から言うことは、俺の気持ちだ。それが、俺が苛ついていた理由だし、それを聞いたら多分、幻滅すると思う」
その言葉を聞いた美琴の体が緊張しはじめる。
何を言うのかはわからない。
けれど、これだけは否定しておこうと思って。
「アンタが何を言おうと、私はアンタに幻滅なんてしないわよ」
「はは……そっか」
全然信じていないような声だった。
これを言えば絶対に美琴は幻滅すると、そう信じて疑わないその態度に、美琴は頭にきた。
だから、何がなんであろうと幻滅なんてしてやらない。と思う。
「さっきお前、男と歩いてただろ?」
「そう……だけど?」
「俺さ、それをみてソイツを殺してやろうかと思ったんだ。…馬鹿みたいだよな、別に御坂は俺のものってわけでもないのに、錯覚して、苛ついて、早く御坂から離れろクソ野郎って思ったんだぜ?」
(え? それってつまり………)
美琴は、驚きのあまり動けなかった。
思考は、上条が嫉妬していたという事実で止まり、その先の、美琴が望む答えには何故かたどり着くことができない。
「……ああ、そうだよ。俺は、上条当麻は。御坂美琴のことが好きなんだ」
その答えを聞いた瞬間、美琴の眼からは涙がこぼれ落ちていた。
それを見た上条はいつになくうろたえている。
「げ、幻滅どころか泣いちまった!? ご、ごめん御坂! 今のことは綺麗さっぱりわs「違うわよ」……ぇ?」
口をポカンと開けたまま止まった上条をみて、美琴は泣きながら笑った。
「これは、嫌なんじゃなくて、嬉し泣きよ……馬鹿」
「え? え?」
こんなに嬉しいことはない。
まさか、上条が自分のことを好きで、嫉妬までしてくれるなんて。
未だに状況を理解できていない上条に、美琴はとびっきりの笑顔で言う。
「私も、アンタのことが、上条当麻のことが……好き」
「へ? だってお前……え? あの、男は彼氏なんじゃないのか?」
美琴は思わぬ発言に驚く。
なんでそう思ったのか?と疑問に思って―――思い出す。
今、美琴は全てのピースが埋まり、なんでこうなったのかを理解する。
悪いことしたなと思いつつ、誤解を解くことにする。
「アイツは、私の彼氏でもなんでもないわよ」
「は?」
さっきから、上条は間抜けな声をあげてばかりだった。
その様子に、少し笑みを浮かべつつ
「ちょっと前に不良に絡まれてたところを助けて、そしたら今日偶然会っちゃって、そのお礼で何か奢ってくれるとかいう話になってただけよ」
「え? だってお前、さっき俺には関係ないっていうから。てっきり……」
うっ。と美琴は少し詰まる。
できることなら言いたくない。けれど、言わなきゃわかってくれそうにない。
美琴は覚悟を決めて、答えを告げる。
「そ、それは……アンタが教えてくれそうになかったから、その……ちょっとムキになっちゃって………」
それを聞いた上条は完全に動きが止まっていた。
5秒ほどそのまま固まった後、上条は思いっきりため息を吐いた。
「はあ………。それじゃあつまり、俺は勝手に誤解して、勝手に自白したと。そういうことですか……」
上条は凄まじい落胆っぷりで、どんよりした空気が集まっているんじゃないかとさえ思えた。
「そ、それは悪かったわよ。でも、アンタが教えてくれないから……」
「お、お前なぁ、いきなり面と向かって嫉妬しました。なんて言えるわけないだろ」
「そりゃそうだけど……。ア、アンタはアンタで私の気持ちには気づいてなかったじゃない」
「うっ!? そ、それは………。ってそっちこそ、気づいてなかったんじゃないか?」
「なっ!? アンタの普段のどこに気づく要素があったっていうのよ!?」
「ぎくぅっ!? そ、それは……か、隠してたからな」
「なんで隠す必要があったのよ!?」
その言葉と共に電撃が上条に飛んでいく。
上条は慌てながらもなんとか右手で電撃を防ぐ。
「うおあぁ!? み、御坂さん!? そ、それには深いワケがありましてってゴメンナサイすいません俺が悪かったです許してくださいぃー!」
そして、理由を言うかと思いきやいつの間にか土下座で謝っていた。
しばらく電撃をうち、それを上条が右手で消すという行為を繰り返し。
「というか、そういう風だから俺は気づかなかったんじゃ……すいませんゴメンナサイ許してください」
美琴はイタイ所を突かれたことを隠すように電撃をちらつかせて黙らせる。
そして、美琴は気になった理由とやらを訊いてみることにする。
「……それで? 深いワケってなによ?」
「い、言わなきゃいけないんでせうか?」
美琴は無言で圧力をかける。
上条も無言でそれに対抗する。
5分ぐらいそれが続いた後、上条は折れた。
「怖かったんだ」
「え?」
上条の口からそんな言葉が出たことに美琴は驚く。
今まで一度も言わなかったのに。
「もし、告白してダメだった場合、今の関係が壊れると思って。それが怖かったんだ。だから、隠した」
「……じゃあ、なんで」
告白したの?という言葉を言う前に、上条は続きを言う。
「今の今まで、お前が他の誰かと歩いているのなんて見たことなかったから。だから、嫉妬した自分を隠しきれなかった」
「そっか……。じゃあ、私はあの人に感謝しなきゃね」
「…なんでそうなる」
冗談で言った言葉に、上条は明らかに苛立ちを含んだ声で言った。
そのことに驚きながら、もう少し言ってみたらどうなるんだろう?と好奇心に駆られる。
「え、だって。あの人のおかげで、アンタが私に告白してくれたんでしょ? お礼にキスぐらいしてあげようかな~?って」
「やめろよ!」
美琴は驚いて硬直する。
「………そんなことされたら、俺は自分を抑えられなくなる」
その言葉は、驚くほど納得することができた。
同時に、悪かったと思う。
「…冗談よ。間違ってもキスなんてしないわよ。………アンタともまだしてないし」
「……お礼はするのかよ」
上条がボソッと呟いたその内容を、美琴は聞き逃さなかった。
と、同時に思い出す。
「あ、そういえば、途中で逃げてきちゃったんだった。う……どうしよう」
「……いらないって言えばいいんじゃないのか」
「それは最初に言ったわよ。でもね、なかなか引き下がらなくって。だから、さっさともらって終わらそうと思ったんだけど」
「けど?」
「アンタを見つけたから途中で逃げてきたってわけ」
「そ、それは……嬉しいような、悲しいような」
「悲しいってどういうことよ」
「いや、来てくれたのは嬉しいんだけど、結局またそいつと会うことになるってことだろ?」
「ん~。逃げちゃえばいっか?」
「うわー。可愛そうだなソイツ」
そういう言葉とは裏腹に、上条は安堵している様子だった。
それを見て美琴は少し笑いながら上条に近づいて。
「私は、アンタのものよ」
そう言って、キスをした。
上条は突然のことに驚いて、完全に止まっている。
美琴は上条から少し離れると、笑顔をみせて。
「その代わり、アンタも私のものなんだからね。他の女と一緒にいたら、許さないんだから」
上条は、まだ動けそうにないらしい。
それを見た美琴は、もう一度近づいて。
「じゃあね。また、今度」
そう言って、再びキスをして。
美琴は満面の笑みを浮かべながらスキップのような、小走りのような速度で去っていった。
「………ぇ? え?」
上条の時が動き出す。
今さっきされたことと、その感触を思い出して。
数瞬後には顔が真っ赤になっていた。
終。