とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part07

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最後の大覇星祭 ~Lovers_Elopement_race 前編


「あー、きたきた。もう、当麻ったらいつまで待たせんのよ」

 学園都市の一大イベントたる『大覇星祭』の開催を、すぐそこに控えた九月のある日のこと。
 初秋の夕暮れ近くの空は、青の色をはるか天空へ向けてどこまでも高く深く染み透らせ、西に傾いた陽は橙から茜色へと階調を変える。
 真夏の熱気を運んでいた風にも、いつしか、その中に涼やかさが雑じるようになり、夏の終わりの音色を奏でるかのように、ゆっくりとビルの合間を、道路の上を、公園の木々の間を吹き渡っていく。
 そんな学校帰りの公園で、きょろきょろと誰かを探していた上条当麻に、そう声を掛けてきたのは御坂美琴。
 あ!? と言って振りむいた上条の方へ、美琴が――待ってたわよ! と言いながら駆け寄ってきた。

「すまん、美琴。帰り際にちょっとクラスメイトに捕まってしまってさ。で、大事な用っていったい……」
「当麻! ――今年の大覇星祭、赤白どっちになったの?」

 言いかけたところを遮られるような美琴からの質問に、上条は一瞬何のことかと思ったが、すぐに組分けのことだと理解する。
 彼は昼休みに届いた『大事な用があるので、放課後、いつもの公園で』という彼女からのメールで、この公園に駆けつけたのだった。

「あ、あん!? 俺は今年も白組だぞ」
「そっかー! なら今年はお互いがんばらないとね?」

 そう言いながら、上条の目の前に、ぐっと拳を突き出した美琴。
 顔をわずかに赤らめているその姿に、彼は昨年の大覇星祭を思い出した。

「おまえ、そんなこと言って、実は赤組でした~、なんて言うんじゃねえだろうな?」

 その言葉に美琴は一瞬、ビクッとしたが、今度はニヤリ、と黒い笑みを浮かべた。

「――へええ。当麻は今年も、私と罰ゲームが・し・た・い、と言いたいわけね?」
「げっ!」
「去年、あれだけウチにボッコボコにされておきながら……」
「うっ!」
「そ・れ・と・もっ! コーコーセーだろうが、年上だろうが、知ったことか、なーんてセリフ、私の口から言わせたいのかしらね?」
「なっ!」

 美琴が浮かべる、笑顔のお怒りモードに、上条は思わず――やっべえ、と内心の焦りが巻き起こる。
 最近はなんだか、母、上条詩菜にも似てきた美琴に、上条はどうしたって父、上条刀夜の姿が自分の未来と重なってしまう。
 が、

「…………なんてね」
「…………えっ」

 ぽつり、と放たれた言葉と共に、恋人はにっこりと花のような笑顔に戻った。

「私、今年は白組なの……」

 そう言うと美琴はもう一度、上条へと拳を向ける。

「去年は、一緒にやりたくても出来なかった。今年は私、中学最後の大覇星祭だし。――だから……ね?」

 その言葉だけで、恋人の想いが、なんのてらいも無く、真っ直ぐに上条へと届く。
 彼は突き出された拳に視線を落とすと、申し訳なさそうに息を吐いた。
 そうしていつもの上条当麻へと戻る。
 その拳に――コツリ、と自分の拳を突き合わせると、ニコリ、と笑う。

「ごめんな。今年は、『一緒に』がんばろうぜ、美琴」
「――うんっ! 『一緒に』がんばろうね、当麻」

 そうして二人はもう一度、笑顔で拳を付き合わせたのだった。





「――でね。さっそく合同競技への参加お願いなんだけど……」

 そう言って、美琴は鞄から一枚の用紙を取り出すと、上条に見せた。

「ん? なんだこれ、『フリーエキシビション競技・男女ペア長距離障害物走 参加申込書』っ!?」

 それは男女混合長距離障害物競走の参加申込書。
 別名を『手に手をとって、愛と涙の駆け落ちレース』とも言われ、大覇星祭二日目にある男女ペアで行われるフリー参加競技のこと。

「そうなの。これに私と一緒に出て欲しいんだけど……」

 そう言って、恋人の顔を窺うように、上目遣いで見上げてくる美琴に、上条はいつものようにドキリとさせられる。
 ふたりが恋仲となって初めての夏が過ぎ、すでに心身ともに彼女と結ばれた上条にとって、それは見慣れたものであるはずなのに、なぜかその「上目遣い」だけはいつまで経っても免疫が出来ない。
 じっと見つめられるだけで、胸のドキドキも、上気するような顔の熱さも、果ては身体の奥底から湧いて出る本能の叫びも一度に感じられるほど。

「ウチの学校、女子校でしょ? おかげで男女ペアで参加するフリー競技なんて、出場者がいないのよ。だからこうした競技の得点が無くて、よく苦戦するのよね」

 いわゆる「五本指」の長点上機や霧が丘など、他のライバル校と毎年熾烈な優勝争いをしている常盤台中学には、例え僅かな得点であってもおろそかに出来るはずがない。
 しかしお嬢様学校の中学生にとっては、男女ペアでのフリー競技参加はやはり難しいものがあるのだ。
 それゆえ昨年は、超能力者(LEVEL5)を二人も擁しながら、大能力者(LEVEL4)までしかいない長点上機学園に総合優勝を攫われてしまった。

「それにね、ウチには一緒に参加出来る男子の知り合いがいる子なんていないのよ。それに私だって中学校最後の大覇星祭だし、常盤台のエースなんて呼ばれてる割に参加種目が少なくてね。だからこれに参加表明しちゃったのよ。いきなりで申し訳ないけど、私を助けると思って、お願い!!」

 珍しく両手を合わせて、拝むように頼み込んでくる恋人の前には、さすがの上条も折れざるを得ない。
 というよりは、

「ああ、それだったら俺の方からも頼もうと思ってさ。帰りにクラスメイトにひっ捕まったのは、そのことだったんだよ……」

 上条はほっと安心したような顔をすると、照れる気持ちを誤魔化すかのように、こほんと1つ咳をした。

「――土御門や青ピから、彼女と一緒に出場しろって言われちまってさ」

 嬉しい驚きを表す眼差しを向けている彼女から、ふっと目を逸らして恥ずかしそうにぽりぽりと頬を掻く上条。
 彼の頬が赤く染まっていたように見えるのは、夕焼けの陽を浴びているだけではないのだろう。





 大覇星祭の参加競技を決める時に、デルタフォースのふたり、土御門元春と青髪ピアスから言われたこと。

――カミやん、ウチみたいな学校が上位に食い込むためには、このフリー競技でも上位入賞を果たすしかないんだにゃー。
――そうやで。カミやんの彼女みたいな『超能力者(LEVEL5)』と一緒なら、こんなん楽勝やん?
――まあ、常盤台(アチラ)にも得点が入ってしまうのは痛し痒しだが、そこは目を瞑るしかないんだぜい。
――ボクらも応援したるさかい、なんとか彼女さんにお願いしてや。

(あいつら、妙に物分りがよさそうで、なんか裏があるような気もするんだがな……)

 そう思いながらも、他のクラスメイトからも同じように言われ、おまけに姫神からは、

――去年は。約束を。守ってくれなかった。だから今年は。男を見せて欲しい。

 と言われる始末。

――貴様は彼女がありながら、他の女の子にちょっかいを掛けているのかッ!

 これを意味深発言と誤解した吹寄から、おでこDXを食らう羽目になったのはいつものこと。
 約束とはいっても、昨年は『使徒十字』を巡る騒動に巻き込まれ、入院した姫神に、一緒に見に行くと約束したナイトパレードに間に合わなかったことなのだが、その事情を隠している上条には言い訳も出来ない。

「参加競技のことぐらいで、なんで上条さんはこんな目に遭わなくてはいけないんでせう? …………不幸だ」

 やっとのことで解放されて、ようやくこの公園までたどり着いたときには、件の恋人はすっかり待ちわびていたというわけだ。
 それでも上条が彼女のお願いを聞き届けてやれたことで、美琴のご機嫌もすっかり最高潮なよう。

「――それじゃ、そっちの参加申請は任せたから。俺の方は自分でしておくからさ」
「うんっ! ありがとう!! やっぱり当麻大好き!! 嬉しい!! 愛してるぅ!!」

 名門常盤台の女子生徒と、そんな彼女に抱きつかれている男子高校生の姿は、今やこの公園では見慣れた光景となりつつあった。
 だからなのか、通り過ぎる者は――ああ、またあいつらか、と言わんばかりにじろりと一瞥をくれるだけ。





「それじゃ、今から練習……ってことで!」

 そう言って美琴が上条に左手を差し出した。
 こくんと小首をかしげるような無自覚の仕草が、余計に彼女を可愛らしく見せて、それだけで上条はまたドキリとさせられる。
 このところ美琴が無自覚にする仕草は、妙に色っぽかったり、可愛らしかったりと、天然フラグメーカーの片鱗を見せるようになった。
 恋人からの愛情を、心身ともに目一杯受ける彼女は、少女から女への階段をどんどんと駆け上がっていく。
 女王と呼ばれる第五位、食蜂操祈ほどの畏怖、貫禄はないが、気さくで面倒見もよく、分け隔てのない性格に彼氏持ちときては羨望の眼差しを向けられないわけがない。
 あちらこちらにフラグを立てるこのふたりは、そういった部分に無自覚なところまでもが、似た者カップルと言われる所以なのだろう。

「へっ?」

 そんな彼女の魅力たっぷりな仕草に、つい意識を奪われていた上条が、何のことだかわからないという顔をする。

「あのね、この競技は男女ペアで、ずっと手を繋いだままで障害物競走をするのよ。だから……あ、もしかして知らなかった、とか?」
「あ、そう……なのか? 知らなかったよ。すまん」

 上条当麻は1年前に記憶喪失になったため、大覇星祭の競技については、改めて知ったものも多いのだ。
 おまけに昨年の大覇星祭では、『使徒十字』を巡る騒動に巻き込まれて、初日の夜に病院へ担ぎ込まれてしまったこともあり、翌2日目の競技はほとんど覚えていなかった。

「ごめん。当麻は……そうだったわね」

 しまったという顔をして、俯いてしまった美琴を気遣うように、上条はそっと彼女の肩に手をかける。
 させたくない人に、させたくない顔をさせてしまって、彼の胸がチクリと痛んだ。
 自分の記憶のことなんて、誰の責任でもないはずなのに、それを我が事のように気遣ってくれる彼女の優しさを、気遣いきれない自分が情けなかった。
 だから、

「記憶のことなら心配すんなよ。忘れたことなんて、これからまた覚えなおせばいいんだ。だからもっといろんなこと、俺に教えてくれれば十分だから……」

 見上げるように顔を上げた美琴の瞳に涙が滲んでいるのに気がついた上条は、彼女の身体を優しく抱きしめた。

「――俺は美琴を一番頼りにしてるんだからな?」

 彼女の耳元でそう囁くと、もう一度抱きしめた腕に力を入れた。

 上条のそんな気遣いが自分の心を捉えて離さないことを、彼はどれだけ自覚しているのかと、美琴は思う。
 所詮は惚れた者の負けとはわかってはいるものの、それでも憎まれ口のひとつも叩きたくなるのは、負けず嫌いな彼女の性分だからなのか。
 美琴が腕の中で小さく――ばか、と呟いたのを彼は聞き逃さなかった。
 それだけで無性に彼女が可愛く思えて、先ほど覚えた痛みさえも、どこかへ消えてしまったように感じられる。
 いつの間にか彼の口元も緩み、幸せそうな笑みが浮かんでいた。
 不幸体質の上条にも、幸せとはこうした小さなことがいくつも積み重なって出来るものなんだろうと思えるようになっていたのだから。





 ――幸せの積み重ね。

 この夏は上条と美琴にとって文字通り、幸せの積み重ねだった。
 特に思い出を失った上条にとっては、花火に、プール、夏祭りといったほぼ『初めて』の楽しい夏のイベントが盛りだくさんにあった。

 生まれて初めてする花火に、幼い子供のようにはしゃぐインデックスと打ち止め。憎まれ口を叩きながらも、楽しそうに花火に参加する番外個体。もちろん他の妹達(シスターズ)も参加していた。
 ここはよく上条がお世話になる病院の屋上。そこで女性陣は、全員が浴衣姿でおもちゃ花火に興じていた。
 もちろん浴衣は全て美琴が見立て、用意したものだ。インデックスに打ち止め、御坂妹(一〇〇三二号)に一〇〇三九号、一三五七七号、一九〇九〇号と番外個体の分。
 こればっかりは男である上条にも一方通行にも思いつくはずも無く、年中ジャージ姿な一方通行らの保護者にも出来はしない。
 初めての浴衣に興味津々の彼女らに、着付けと立ち居振る舞いをもきちんと指導できるのは、お嬢様学校の生徒である美琴にしか無理な話だろう。
 そんな彼女の苦労も、こうして全員が楽しく花火に興じるさまを眺めることで、十分に報われるのだ。
 意外にも甲斐甲斐しく花火遊びの世話をする上条や、相変わらず苦虫を噛み潰したような表情ながらも妹達を静かに見守っている一方通行の姿に、罪悪感よりも安らぎと喜びを覚えるようになった。
 もちろん今でも美琴と一方通行の間にはぬぐい難い過去の因縁が残っている。だが上条という支点のおかげで、ぎこちなさはあるもののかつてのような殺伐としたことにはならない。
 一方通行が打ち止めを救った経緯や、番外個体というふたりが知らなかった『第三次製造計画(サードシーズン)』の始末に一方通行が果たした役割について、改めて知った今では、美琴も一方通行にはそれなりの感謝と信頼を持つようにはなっていた。
 過去は過去として背負い、その責を全うすると誓った『学園都市最強』を、美琴は同じ荷を背負うものとして、その姿を自らに重ねると共に、己のありようも模索してきた。
 結果、一方通行が妹達(シスターズ)の身を守るというのなら、自分は姉として彼女らの心を守ろうと決意したのは当然の成り行きだろう。
 あの実験が中止された後、御坂妹から伝えられた――生きる意味を見出せるよう手伝って欲しい、という「妹」の願いに応えることが自分の果たすべき役割なのだと。
 もちろん上条は恋人・パートナーとして美琴を支え、友人、仲間として一方通行の力になると密かに決めていたのは言うまでもない。
 もっとも当の一方通行本人にはそんなことなど意にも介していないのだろうが。
 またインデックスも「妹達」の友人として、救いを祈る修道女として、彼女たちとより良き関係を結んでいきたいと心から願っていた。





 夏の定番、プールデートにはインデックスと白井のほか、初春や佐天も参加した。
 おまけにその場では、打ち止めと番外個体を連れた一方通行とも遭遇したために、白井が暴走してスラップスティックコメディが展開される羽目になったのはいつものこと。
 夏祭りはふたりきりでのデートとなって、花火が打ちあがる公園のベンチで、愛の言葉と甘いキスを心ゆくまで堪能した。
 久しぶりに揃って帰省した実家では、お互いの両親から公認どころかなぜか婚約云々にまで話が広がる始末。
 さすがにそれはまだ早いと上条は逸る両親たちを宥めていたはずだったのだが、いつのまにやら美琴が中学を卒業したら正式に婚約、更には同居という運びになった時にはつい、――おのれ魔術師、と口走りそうになったほど。
 そもそも何ゆえそんな仕儀に相成ったかと言えば、今回の帰省にはもうひとりの同行者がいたからだ。
 インデックスもふたりと一緒だったことで、すでに彼女を見知っていた上条の両親と美鈴に大歓迎された。
 事情を隠すために、両親たちには、上条の妹分の留学生と紹介したものの、イギリス清教内に共通の知人がいることを知った旅掛には、感づかれたようだったが。
 一方で母親たちは、そんなインデックスのことをかなり気に入ってしまい、中でも詩菜に至っては、上条の妹分なら母娘も同然だということで、彼女にお母さんと呼ばせるようになったのは言うまでも無い。
 そんなインデックスが、(上条の)奨学金が少なくて食費に困ることが多いとポロリと漏らしたことで、上条とインデックスの事情を知らない両親らに、美琴が中学卒業後はインデックスも彼女と同居すればよい、と言われてしまった。
 どうせなら婚約を機に、上条も美琴と同居させてしまえと相成って、美琴とインデックスが目論んだとおり、翌春からの三人暮らしが目出度く承認済み、という結果となる。
 両親公認で外堀を埋められたかと思いきや、あれよあれよという間に内堀までも埋め立てられて、残るは本丸のみという有様に、17歳にして落城が決定的となってしまった上条。
 ならばやむを得ぬと、大阪夏の陣での真田佐衛門佐の如く華々しい最後を飾るか、毛利豊前守の如く最後まで抵抗するか迷ってはみたものの、結局はお手上げ状態で無血開城と相成った。

 止めに父親らが勧めた祝い酒を断りきれず、酔い潰れた上条が美琴の膝枕で幸せそうに居眠りする姿を披露して、上条の両親の感涙を誘ったことは美琴にとっても忘れられない思い出となる。
 お約束の夏休みの課題は、美琴とインデックスのおかげであっさり片付けることが出来、昨年のように最終日に慌てることもなかった。
 もちろん付き物の『不幸』とて毎度のように起こってはいたが、それでも積み重なった幸せな『ひと夏の思い出』に敵うはずもなく、上条は何ら思い残すこともないほど充実した夏休みを送ることが出来たのだった。





「――でもさ、手なんて普段から繋いでるじゃないか?」
「そうだけどね。この競技は5秒以上ふたりの手が離れたらダメなの」
「……へっ!?」
「それとね、干渉数値ってのがあってね……」

 美琴が上条の右手を、両手で強く抱きしめると、そっと自分の頬へと宛がった。

「――当麻のこの右手がないと、私、能力どころか、漏電するだけでも下手をすると危ないのよねー」
「へぇ。俺のこの右手もこんな風に役立つことがあるんだな」

 彼女に甘えられて満更でもない顔をする上条だったが、不幸の原因が己の右手のおかげでは、そう簡単に喜ぶことだって出来ない。
 だがしみじみとしている上条を元気付けるように、美琴は彼の手を包む自分の手に力を込める。

「そんな風に言わないで。当麻のこの右手のおかげで、私は今こうして、幸せでいられるんだもん」
「そう……だったな」

 相変わらず上目遣いに見上げてくる恋人の視線にドキドキしながら、上条はその意味をかみ締めていた。
 『幻想殺し』という右手で殺せるのは、迷える者の幻想であって愛する者の夢や幸せではないことを。
 まだまだこの右手のことは自分でもわからないことが多すぎるけれど、それでもこの拳を振るうことで、一番多く殺してきたのは自分が不幸だという幻想だったのかもしれない。

「――じゃ、練習を兼ねて、今日の買出し、行くわよ! インデックスもお腹を空かせてるから、ちょっと急ぐわね!」

 かつては大切な人を危険から遠ざけることが守ることだと思っていたが、一緒に助け合い、支えあって行くことも守ることに繋がるのだとは、以前の自分なら想像すら出来なかったろうと上条は思う。
 それだけいろいろな経験もし、紆余曲折を経てここまでたどり着いたのだ。もちろんこの先を見据えれば、まだまだ乗り越えなければならない山や谷も多いだろう。
 それでも、こうして彼女から差し出された手を取って、共に同じ道を歩んでいけるのなら何も不安がることもないのだ。

「よし、なら飛ばしてくぞ!」
「うん! ――アンタ、付いてこれるかしらぁ?」
「言ってろ! このじゃじゃ馬娘!」
「ふっふーん! 言ってくれるじゃない。なら遠慮なしに行くわよっ!」

 よーい、ドンと叫んだ彼女に、ぐっと手を引かれ、彼も同時に駆け出していく。
 繋がれた上条の右手と、美琴の左手。
 障害物を避けるのに、右へ進むのか、左へ避けるのか。それとも上を乗り越えるのか。
 息を合わせ、咄嗟の判断にも、迷わず同じ道を行くように、意思も気持ちも揃えなければならない。

「右だ!」

 全速で街灯を避ける。

「上よ!」

 跳び越すようにベンチを乗り越える。

「左へ!」

 飛び出してきた子供を避けた。

「先に行くぞ!」

 公園のゲートを出て、路上へと進んでいく。

「――さすがに人込みの中を走るわけにいかないわね」
「ちょっとそれはな」

 他の人の通行の邪魔にならないよう、横に広がらず縦に並び、急ぎ足程度に速度を落とす。
 それでも人の間を縫うように進むのはなかなかと大変だ。
 握る手に力を入れて、割り込まれないよう出来る限り傍に近付く。
 いつの間にか、美琴は上条のすぐ後ろにピッタリとくっつくように寄り添っていた。
 今、彼女の視界には、目の前を行く少年の後姿だけしか映らない。
 ふと思い出すのは、その黒い学生服に隠された下にある、脱げば意外に広くがっしりした背中。そのあちこちについている細かな傷跡。
 お風呂で彼の背中を流す時に感じる、安心や信頼、愛情だけでなく、その傷跡一つ一つが、彼が守ってきた思いや世界の証なのだということ。
 その彼が、この背中を任せてくれるのは、自分だけなのだという喜びと責任に、彼女は無意識に身震いをしてしまう。
 美琴が気を付けているのは、いつも正しいと思う道を、後ろも見ずに一人で突っ走っていく上条が、進むべき道を誤らないよう見守ること。
 彼は走りながら考える人間だ。それだけに、ちょっとした勘違いや、思い違いで迷路へ迷い込んでしまうこともある。
 そんな彼が道を違えたときは、進むべき道を指し示してやることが、大切なのだと美琴は思う。
 上条は地図を持たないドライバーのようなもの。
 地図を見て、進むべき道を指し示していくのは、相棒(ナビゲーター)たる自分の役割なのだと思うようになっていた。
 比翼連理とはいかないまでも、二人で手を携えていれば、どんな障害だって乗り越えていけるだろうと、お互いに感じられるようになっていたのだから。





「もうすぐだ!」
「うん!」

 目的のスーパーが向こうに見えてきて、手を繋いで歩く二人の速度もだんだんと速くなる。
 やがて、

「「ゴールっ!!」」

 スーパーの店頭前で、まるでゴールテープを切ったように両手を挙げるパフォーマンスをする上条と美琴の姿を見て、立ち止まった周りの学生や客たちからくすくすと笑いが漏れる。
 それでも見慣れた光景なのか、すぐに人の流れも元通りになった。
 この時期になると、手を繋いで一緒に走る仲睦まじそうなカップルを、あちらこちらでよく目にするようになる。
 それはこの競技に参加する者たちの練習風景なのだが、彼らを見守る通行人たちの視線も、どことなく生温く感じられてしまう。
 この男女ペア耐久障害物競走が、なぜ「愛と涙の駆け落ちレース」なる異名を持つのかと言えば、この競技には、以前からまことしやかに、とある「ジンクス」があるからだ。
 それは、完走したカップルは、いつか必ず結ばれるというもの。
 競技者もフリー参加であるのと同時に、障害を作る側もフリー参加であるこの種目は、参加する妨害者の能力によって、コース上に様々な障害物を作ったり、妨害工作が行われる。
 つまり競技者は否応無く当然のように、妨害者から嫉妬と羨望の矛先を「能力」という形で向けられるのだ。
 だから完走したカップルは、そうした『世間の荒波』を乗り越えるから、より精神的な結びつきを強められるのだという、まことしやかな説が囁かれていたのだった。
 おまけに普段なら嫉妬や羨望の眼差しを向けるしかなかった者達へ、思いのままに『妨害(という名の実力行使)』や『邪魔(という名の嫌がらせ)』を行えるというわけで、日陰者たちからの参加希望は多い。
 それだけでなく妨害者同士が意気投合し、そのまま翌年の競技者として参加する、という事例も後を絶たないため、この大覇星祭の目玉競技として高い人気を得ているのだ。
 ネット上の噂では、妨害に回る側として参加する者たちに、嫉妬や失恋の捌け口を与えることで、彼らのガス抜きを計るだけでなく、能力者の婚姻により、ある種の交配実験を目的としている、とも囁かれていた。
 昨年までは色物的な扱いだったこの競技が、今年は常盤台のエース、超能力者第三位『超電磁砲』が参加するという噂が流れたことから、マスコミの注目を浴び、妨害希望者が殺到していることを二人はまだ知らない。
 この第七学区でよく目にする、『超電磁砲』御坂美琴といつも隣にいる『旗男(フラグメイカー)』上条当麻の二人は、男女を問わず嫉妬と羨望の的になっていることを、当の本人たちはあまり自覚していないようである。

「さあ、時間が無いから、さっさと買い物、済ませるわよっ」
「お、おう」

 そうして二人はいつものように、スーパーの店内へと入っていく。
 ただその後姿へ向けて、黒い視線を向けるいくつかの眼があったことに気付かなかった。
 黒い闇のような視線。それはある境遇にある人々が放つ、
 嫉妬。
 羨望。
 好奇。
 怨嗟。
 あるいは……殺意、に限りなく近い、だがそれでは無い何か。

――リア充は、爆発しろ!

 ぽつり、とどこからともなく流れてきた声なき声。

――うらやましい

――なんで

――どうして

――私じゃないの

――俺じゃないんだ

――僕だったら

――あたしだったら

――ならば、せめて

 そんな『選ばれなかった』者たちの呟きが、大覇星祭を目前に控えた学園都市の空気に満ちていく。


~~ To be Continued ~~









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