とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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許嫁狂詩曲(ラプソディ)




 必死で逃げ続けた上条は、やがて町外れの鉄橋の所にやってきた。
 一方通行との戦いの寸前、美琴と対峙したあの鉄橋である。
「こ、ここまで逃げれば、さすがのアイツも諦めた、だろう」
 肩で息をしながら、上条は橋の欄干にもたれかかった。そのままずるずると地面にへた
り込む。

「疲れたー。いったい何だってんだよ、泣いたり怒ったり、あのビリビリお姫様は……。
あれ、ここは」
 ゆっくりと呼吸を整える上条は、自分のいる場所が美琴と対峙した鉄橋だということに
ようやく気づいた。
「ああ、あの鉄橋か。なんか懐かしいな」
 そう言いながら軽く笑みを浮かべる上条。
 実際は美琴に死ぬ寸前まで追い詰められた出来事だったのだから、どう考えても懐かし
がるような思い出ではないのだが、このあたりは常に死地に赴いている人間の面目躍如と
いったところか。
 橋から下を流れる川を見ながら、上条は美琴のことを考えていた。
「まったく、本当にわけがわかんねーよ、御坂って。そういや、第一印象からしてよくわ
からん奴だったな」



 記憶喪失である上条にとって、美琴との初めての出会いは盛夏祭の時だ。
 美琴に初めて会った上条は、彼女を御坂美琴と認識することなくその容姿を褒めた。そ
の結果、美琴にとってはお約束のように、また上条にとってはあり得ない事のように、上
条が照れた美琴にパイプ椅子を投げつけられるという出来事が起きた。
 ある意味とんでもない出来事ではあったが、とにかくこれが二人の邂逅である。
「かわいいって言った相手に普通あんなことするかよ。ナンパか何かと間違えたのか、ア
イツ?」
 上条は苦笑する。
 もっとも上条とて相手が美琴だと知らずに初対面の人間として褒めたのだから、美琴の
心境を考えればあまり褒められた行為ではないのかもしれない。
 さらに上条にしては珍しく美琴の容姿を褒めたというこの行為自体、つい最近まで彼自
身が忘れていたのだから、美琴にとってはなお悪いと言えるだろう。

 そして次に美琴に会った時、上条当麻という人間にとってある意味初めて御坂美琴に
会ったのは、絶対能力進化の事件のまっただ中に彼女がいる時だった。
 その際に美琴と行った、文字通り命がけのやりとりを今も上条ははっきりと覚えている。
「今考えると恐ろしい事したよな、我ながら。でも、後悔はしてない、か」
 右手を見ながら上条はつぶやく。
「御坂や、妹達をちゃんと護れたもんな、俺」
 その後入院中に美琴から見舞いとしてクッキーをもらい、上条と美琴の物語はこれで
ハッピーエンドとして完結するはずであった。






「けどな、なんて言うか」
 ここまで回想した上条は、大きくため息をついた。
「完結も何も、ずっと続いてるんだよな、俺たちの関係って」
 偽のデートに残骸回収、大覇星祭に罰ゲームデート、ロシアでの核ミサイル制止、他に
も色々なことがあった。それこそ、全て思い出すだけで夜になるのではないかと思われる
ほどに。
 そう。今の記憶が始まって一年にも満たない上条当麻という人間にとって、御坂美琴は
インデックスと並んで上条と多くの時間を、出来事を共に過ごしてきた人間となっていた
のだ。
「アイツは常盤台のお嬢様でレベル5で、俺は平々凡々な高校に通うレベル0。本来接点
なんかもうないはずなのに、付き合いは続いてる。なんか面白いというかなんというか。
本当、人の縁て不思議だよ」

 上条はもう一度橋の下を流れる川を見た。
「御坂美琴、か……。なんでアイツ、あんな哀しそうに泣いてたんだろう」
 ふと上条は先ほどの美琴の泣き顔を思い出した。
 その後の鬼ごっこですっかり失念していたが、美琴は一度絶望に囚われた表情を上条に
見せていたのだ。
 美琴のあんな表情は見たくない、上条は素直にそう思った。
 その後の上条とのやりとりで泣くことそのものは止めた美琴だったが、その際上条に
とって気になる事を言っていたのを彼は思い出した。
 美琴が泣いた原因は上条にある、あの時彼女ははっきりそう言ったのだ。
「俺が原因って、俺が何したんだよ、御坂? なんで俺がお前を泣かせなきゃいけないん
だ……?」
 上条は今日何度目かわからないため息をついた。

「ん? 原因と言えば、許嫁の話が今日のいろんな事の原因だったんだっけ。はぁ、許嫁、
ね……」
 上条は視線を川から空に移した。
 そのまま上条はほぼ無意識的に声を出し続けた。
「許嫁も、御坂だったら俺も嫌じゃなかったのにな」
 そうつぶやくと、上条はゆっくりと目を閉じようとした。
 だが自分のつぶやきが脳に届いた瞬間、上条はカッと目を見開いて立ち上がった。
「な、何を、何を言ってるんだ俺!? 言うに事欠いて、なんてことを、おい、ちょっと待
て上条当麻。冷静になるんだ、何をつぶやいた。へ? え?」
 顔を手のひらで覆い、上条は自問自答を始める。
「確かに俺はアイツのことは嫌いじゃないし、色々世話になってるし感謝もしてる。ああ、
アイツが俺のことをどう思ってようが俺はアイツのことは嫌いじゃない。でも御坂だぞ、
あの電撃ビリビリドンガラガッシャン姫様だぞ。大丈夫か俺」




 上条はごくりとつばを飲み込んだ。
「そうだよ、さっきからずっと御坂との思い出を思い出してたからあんなこと言っただけ
なんだよ、な、俺」
 上条はうんうんと得心したようにうなずいた。
「そう、そう。さっきの流れの延長線上で言ったんだよな、俺。ああ、そういうことにし
ておこう、しておくべきだ。うん、いくら御坂の容姿がかわいいからって、あいつが許婚
だったらよかったのに、なんて事をこの俺が――!」
 何度もうなずいていた上条だったが、突然自分を襲った電撃をあわてて右手でかき消し
た。
「――――!」
 上条は電撃が来た方向をキッとにらみつけた。
 上条がにらみつけた先、鉄橋の入り口には先ほどの上条と同じように肩で息をした美琴
が立っていた。



「見ぃーつけたぁ」
 上条の姿を確認した美琴は、唇の端をつり上げゆっくりと上条に近づき始めた。
「御坂……」
 上条はチラと背後を確認し、そのまま後ろに下がろうとした。
 だが上条が行こうとした先、鉄橋の出口付近が突然爆発した。
「逃がさないわよ」
 美琴の超電磁砲が鉄橋の出口に放たれたのだ。

 上条は頬を伝う冷や汗を拭いながら大声を出した。
「御坂! てめー、いい加減にしやがれ! いくらなんでもやりすぎだろう!」
「うるさいわね! 私がアンタのせいでどんな思いしたと思ってるのよ! それに、あん
な恥ずかしいことまで……。絶対に許さないわよ!」
「ちょっと待て、許さないって俺が何したって言うんだ! てめー、本当にいい加減にし
ろよ!」
「うるさいって言ってるでしょ! 男だったらごちゃごちゃ言い訳するな! おとなしく
私の電撃受けて反省しなさい!」
「何を反省するんだ、何を! だいたいそんなビリビリ受けてたら上条さん、死んじまうだろーが!」
「アンタなら大丈夫よ!」
「ふざけんな! 俺がいったい何したってんだ! は? もしかしてお前が泣いてた原因
が俺って奴か! それだってちゃんと言わなきゃわかんねーだろうが! なんなんだよ、
お前が泣いた理由ってのは!」
「え」
 上条の大声が届いた瞬間、美琴の体を覆う電気はあっさりと霧散した。
 それと同時に真っ赤になる美琴の頬。




「えと、その……だから、私は、その、アンタが、その、知ってて、だから、嫌だって
言ってた、と思ったから、そのえと……だから、哀しくなって。それで……それが、間、
違い、だって気づいて、その恥ずかしく、なって……」
「ん? お前、何言ってるんだ?」
 だんだんと小さくなる美琴の声に、上条は聞き返した。
「だからさ……アンタが、ちゃんと、詩菜おばさまの話を……聞いて、たら……」
 ぼそぼそと話す美琴。
 もうその声はあまりにも小さくて上条にはまったく聞こえていなかった。
「御坂、頼むからもう少し大きな声で――!」
 上条が再度聞き返した時、彼の右隣を超電磁砲の閃光が通り過ぎた。再度爆発する鉄橋
の入り口付近。
 上条の背筋をつーと冷たい物が伝う。

「あ、危ねーなお前! なんか困ったら電撃使ってごまかすその癖、いい加減に直せよ!」
 顔色を蒼白にして怒鳴る上条。
 そんな上条に負けずと美琴も怒鳴り返す。
「うるさい! アンタがみんな悪いんじゃない! アンタがちゃんと最後まで詩菜おばさ
まの話を聞かないから! ちゃんと聞いてて、ちゃんとしてたら、私があんなに、泣くこ
ともなかったのに! あんなに哀しい思いすることもなかったのに! みんなみんな、ア
ンタが馬鹿なのが悪いんじゃない! 私あんなに悩んだのに! どういう気持ちでアンタ
に話しかけたか考えなさいよ!」
「わけわかんねーよ! お前何言ってるんだ! さっぱり話が読めねえ! ちゃんと説明
しろ! 後、都合が悪くなったからってビリビリするの禁止だ!」
「それじゃちゃんと話できないじゃない!」
「できるわ!! ……ん? 待て、御坂。ち、ちょっとタイムだ、タイム」

 急に話を中断すると、上条はポケットから携帯電話を取り出した。
 どうやら誰かからの着信があったようだ。
 チラチラと美琴の方を気にしながら上条は携帯に出た。



「もしも……母さん!」
 電話の相手は彼の母、上条詩菜だった。
『もしもし当麻さんですか? よかった、ようやく繋がりました。もう、いきなり電話を
切るなんて酷いじゃないですか』
「あ、そのことに関しては反省してる。感情的になって、ごめん」
『まあ、そのことはもういいです。こちらも事を急ぎすぎましたし。当麻さんの気持ちも
わかりますしね。けどさっきも言った通り、決して悪い話ではないんですよ』
「えと、言いたい事はたくさんあるけど、とりあえず最後まで話は聞くよ。判断はその後
でするから。続き、どうぞ」
『そうですか、それは何よりです。というか、もう話はほとんど終わってるんですけどね。
双方の紹介はもう済んでますし』
「済んでるって、俺の結婚相手って奴には俺の事、もう伝えてるのか?」
『伝えてるも何も……。知ってる相手じゃないですか、お互い。何を今更』
「へ? な、なんだよ、それ?」
『ですからさっき、相手様のことも心配しなくていいって言ったんですよ、私は。当麻さ
んは私の大切な息子です。あなたが困るような、辛い思いをするような相手を選ぶと思っ
たんですか? もちろんそれは相手のお嬢さんにだって同じ事。結婚によってそのお嬢さ
んに辛い思いをさせたくなんてありません。何しろ私が気に入った娘なんですから。当麻
さんにだって美琴さんにだって、絶対に悪い話ではないと判断したからこそ、私も御坂さ
んもこの縁談を進めたんです』
「……ん? ち、ちょっと待ってくれ母さん! 今なんて言った!?」
『はい? ですから当麻さんは私の大切な――』
「そんな事じゃなくて、相手の名前だよ、名前! い、今、確か、美琴って……」
『はい、そうですよ。そうそう、まだ言ってませんでしたね。当麻さんの許嫁って、御坂
さんのお宅のお嬢さん、美琴さんですよ。どうです、悪い話じゃ全然ないでしょう? む
しろ願ったり叶ったり! 詩菜ちゃんエライ!』
「…………」
『あら、どうしました当麻さん? 当麻さん、当麻さん! あらあら……返事がありませ
んね、どうしましょう』



 電話の向こうでは上条からの返事がないことに詩菜が困り果てていた。だがそれも無理
からぬ事。上条は電話を持ったまま惚けていたのだから。
 そのとき、ぱっと上条の電話を美琴が奪い取った。
 そのまま美琴は電話を耳に当て、詩菜と話し始める。





「上条のおばさま、お久しぶりです」
『あら、その声は美琴さんですか? お久しぶりです。当麻さんと一緒にいたんですね。
ということは、美琴さんも御坂さんからお話を?』
「あ、は、はい、母から今朝聞きまして、はい」
『そうですか。それで、美琴さんとしてはどうなんでしょうか、この話? 私としてはや
はり当人同士の気持ちが一番大切ですから、無理強いだけは決してしたくないんですが』
「それは、その、えと、はい……うん、はい、大丈夫です! 心配しないでください! 
コイツ、じゃなくて息子さん、でもなくてと、とう、当麻……当麻さん、当麻さんの方も
大丈夫ですから、全然心配しないでください!」
『それにしては話の途中で電話に出なくなっちゃったんですけど……』
「それも大丈夫です! はい、オールオッケーです、私たち、なんの問題もありません!」
『そうですか。私と御坂さんの見立ては間違ってなかったんですね。よかった……。早す
ぎるかなとか、美琴さんの気持ちをないがしろにしているんじゃないかとか、色々気に病
んでいたんです。でも杞憂だったようですね。不出来な息子で申し訳ありませんが、これ
から当麻さんの事をよろしくお願いします』
「はい、任せてください、おばさま! それでは失礼します」
 美琴は何度も何度も頭を下げながら電話を切った。



「緊張した……」
 携帯から耳を話した美琴は、ふうっと大きくため息をついた。
「…………」
 携帯をじっと見つめながら美琴は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「思わずあんなこと言っちゃったけど、どうしよう……」
「どうしようって、御坂お前、どうするんだよあの電話。まるっきり既成事実じゃねーの
か、あれ」

 上条はいつの間にか復活し、美琴と同じように苦虫を噛みつぶしたような表情で立って
いた。
「やっぱり、そうなるわよね……。って、だいたいアンタ、気失ってたんじゃないの? 
どっから聞いてたのよ」
「あまりの衝撃でしばらく脳がフリーズしてただけだ、意識は失ってねーよ。だからほと
んど最初っから全部聞こえてたんだ。まったく、人が動けないのをいいことに好き放題言
いやがって……」
「好き放題って言ったって、あの場合はああ言うしかないでしょう。何よ男らしくないわ
ね、だいたいアンタがあの程度のことで動けなくなるのが悪いんでしょうが」
 眉間に皺を寄せてブツブツと恨み言を言う上条を、美琴はジト目で睨みつける。
「だって、しょうがねーだろう! 許嫁だぞ、結婚相手だぞ! それが、その、相手が、
お前だって言われて、びっくりしないわけないだろうが!」
「それは私だって同じよ。朝、母から電話受けてそう言われて、びっくりして、どうした
らいいかわかんなかったわよ」
「…………」
「でも、とりあえずアンタに会おうと思って、やっと探し出して、そしたらアンタにあん
な事言われてもう頭ん中メチャクチャになって、私はアンタに、とって、そんなに……」
「えっと、あ、それは、うん、ほんと悪い……。悪かった……」
「そうよ、反省しなさいよ馬鹿」
「そうだな、反省する……」
「ち、ちゃんと反省しなさいよ、馬鹿、馬鹿……」
「……ごめん」



 いつの間にかお互い蚊の鳴くような声で会話していた二人だったが、その会話も途切れ
途切れになっていき、ついには互いに黙りこくってしまった。
「…………」
「…………」




 どれくらいの時間が経ったのだろうか、やがてぽつりと美琴が口を開いた。
「でさ、アンタ」
「?」
「どうするのよ、これから?」
「どうするって言っても……」
「上条のおばさまにはあんなこと言ったけど、結局は私たち次第なんだから、これは」
「そう、だよな。そうなんだよ、俺たちが、決めることなんだよ」
 小さくうなずきながら上条は美琴の方をちらりと見た。
「…………!」
 すると美琴の方も同じように上条の方を見ていたらしく、二人の視線は一カ所で交わる
ことになった。
「…………!」
 あわてて目をそらす二人。そのまま二人はちらちらと互いの顔をのぞき見しながら話を
続ける。

「な、何見てんのよ、アンタ」
「おま、お前こそ」
「私はいいのよ、女だし、今回の事だって先に知ってたんだし」
「横暴だ、逆セクハラだ」
「いいのよ、納得しなさい」
「…………」
「それで、どうするか、決めたの?」
「いや、その……」
「嫌、なの?」
「いや、あ、嫌じゃなくて、そのだから、えっと、なんて言ったらいいのか。だから、
えっと」
「はっきりしなさいよ」
「んなこと言ったって。だいたい、こんなこと急に言われても。どう答えたら」
「受けるか断るか、二つに一つでしょ。男らしくきちんと決断しなさいよ、いつもみたい
に」
「いつもみたいって、なんだよそれ」
「女の子助ける時は、欲望のままに即断即決でしょうがアンタは」
「は? ちょっと待て御坂、お前何誤解してんだ! 欲望のままってなんだ!」
「違うの?」
「違う! 俺は相手が誰であろうと自分が正し――」
「その結果、女の子ばっかり助けてるじゃない」
「それはたまたま!」
「本当に?」
「本当だ」
「これっぽっちも下心ないの?」
「……ないとは言えないけど。上条さんだって男だし」
「ほら見なさい」
「け、けど、結局美味しい目になんか遭ったことないし! どうせ相手も俺に助けられた
事なんてすっかり忘れてるし! 第一上条さん、全然モテた事ないし! なんか自分で
言っててすっげー腹立ってきたけど!」
「ふーん……」
 美琴は冷たい目で上条を見た。
「あ、お前その目、全然信じてねーな! 本当に俺は全然女の子にモテないんだぞ! ああもう、なんか自分で言ってて情けなくなってきた!」
「それで、どうするのよ」
「…………」
「……さっさと、断ればいいじゃない。そんなに悩むくらいなら」
「え?」
 先ほどまでの上条の決断を促すような緩い論調から一転、ここに来て急に美琴は論調を
決断を迫るような物に変えてきた。
 上条は思わず美琴の顔をじっと見つめた。




「…………」
 既に美琴は、じっとにらみつけるかのような勢いで上条の顔を見ていた。
「断れって、お前……」
「嫌なんでしょ、悩むくらい。おばさまや母にどう言えばわからないだけなんでしょ。
だったら……さっさと断ればいいじゃない!」
「御坂」
「断りなさいよさっさと! 私みたいな乱暴者、かわいげもなくて胸だってペッタンコで
いいとこなんて何にもない性悪ブスお断りだって、私なんか嫌いだって、私なんかと許嫁
なんていい迷惑だって言いなさいよ!」
「お前、何言ってんだよ!」
「うるさい、黙りなさい!」
「黙るのはお前だ!!」
「…………!」
 慟哭するかのように叫んでいた美琴だったが、上条の一喝で言葉を飲み込んで黙りこ
くった。

「黙れよ御坂」
 上条はもう一度静かに、けれど強い調子で言った。
「…………」
「俺がいつお前の事そんな悪く言ったよ。嫌いだっていつ言ったよ。お前の事、嫌いなわ
けねーだろ。嫌いだったら、最初っから悩まねーよ。こんなに頭抱える事なんかねーよ!」
「だ、だって、アンタ……」
「黙れっつったろーが。とにかく俺はお前の事、嫌いになんかなった事ねーよ。そりゃ確
かに電撃ビリビリは勘弁してほしいとか思った事はいっぱいあるけど。それでもお前の事
は色々感謝もしてるし、かわいくて、大切にしなきゃいけない女の子だって、思ってるん
だ、これでも。でも」
 上条はここで一呼吸置いた。
「でも、急に許嫁とか、結婚の相手とか言われたらわけわかんねーだろ、誰だって。嫌い
な相手じゃなかったらなおの事だ。俺だって、どうすりゃいいかわかんねーんだよ」
「…………」
「だいたい、お前はどうなんだよ。俺にばっかり決断させて」
「は? 私、は……私、私は……」
「気持ちっていうんなら、お前の気持ちだって俺と同じだけ大事だろう。お前はどうした
いんだよ。俺みたいなレベル0と許嫁だ、なんて言われて。どう思ったんだよ」
「……私が」
「ああ」
「私が、どう、思ったか……」
 美琴は手を胸の前でぎゅっと組んだまま静かに目を閉じた。



――アンタ、何言ってるの? さっきまでの私の言葉、理解してないの? 私が許嫁だっ
ていう話にアンタが怒ってるって聞いて私、泣いたんだよ。それがどういう意味か本当に
わからないの?

 美琴は手に力を込めた。

――アンタが許嫁だって聞いた時の私、どんな想いだったか本当にアンタわかんないの?
 とっても、とっても嬉しかったんだよ。たとえ周りが押しつけた関係であっても、アン
タと仲良くできるって、他の娘じゃなく私がアンタと結ばれるんだって思えて、泣くほど
嬉しかったんだよ。さっきのやりとりでどうしてわかってくれないの?

 美琴はつばをごくりと飲み込み、目の前の上条の様子を探った。しかし上条は微動だに
していないようだった。

――ニブチンのくせに、私の事嫌いじゃないって、かわいいとか大切にするとか、どうし
てそんな事ばっかり言うの? 期待させるような事ばっかりどうして言うの? ねえ、ア
ンタは私の事どう思ってるの? アンタの心はどこにあるの? 教えてよ、ねえ。もしア
ンタが私の事、私みたいに……。






 上条への溢れんばかりの想いを次々に心の中で紡いでいた美琴だったが、上条の様子が
急に変化した事に気づいて目を開けた。

「? アンタ、何してるの?」

 上条は頭を下げたまま、右の手のひらを広げ美琴に向かって突き出していた。世に言う
握手を求める格好である。
 上条は頭を下げたまま大声を出した。
「御坂! 俺は決めた!」
「決め、た……?」
「最初に言っておく! これは下心だ!」
「し、たごころ……」
「そうだ! その上で言う! はっきり言ってお前の見た目は凄くかわいい! スタイル
だって、裸とかを見たわけじゃないけどモデル体型で全然悪くないと俺は思う! えとそ
の、むしろ俺好みだ! 頭だっていいし、レベル5だから将来的にも色々な未来が開かれ
てると思う! 所かまわず俺に電撃ぶっ放すところを除けば、性格だって問題ないはず
だ! だいたい性悪な奴が俺を助けるために無茶してロシアまで来てくれたりなんか絶対
しない! これだけ条件が揃った御坂美琴って女の子が俺の許嫁なんてチャンス、モテな
い上条さんみたいな奴にはこれ以上ないすばらしい申し出だ! たぶん、いや絶対、今を
逃すと二度とない事だと断言できる! だから俺は今回の話を受ける事にする!」
「……本音は?」
「今言ったのが本音だ! だから後はお前が決めろ御坂!」
「…………」



――馬鹿じゃないの、コイツ?

 美琴は手を差し出す上条を見ながら、呆れ果てていた。
 今上条が言った事が本音であれば、かなりゲスな考えだと言えるだろう。
 こんな事を言われてハイそうですか、と言う女はまずいない。
 それは上条だってわかっているはずだ。
 ならばなぜ上条はこんな妙な行動を急に取ったのだろうか、少なくとも彼に得はない。
 いや、むしろ積極的に美琴に許嫁の話を断らせるために取った行動のようにも思えてく
る。

――断らせる? もしそうなら。

 あくまで仮にだが、もし上条が先ほどの美琴の行動、彼への気持ちを心の中で膨らませ
ていた行動を、美琴が悩んでいる、嫌がっているために取った行動だと捉えたとすれば。

――本物の馬鹿じゃない。

 上条が美琴の気持ちを誤解したのだとすれば、彼の行動は美琴を悲しませないためのも
のだという事になる。
 美琴が悲しまないように、かつ罪悪感を感じる事もないように、そんな形で今回の許嫁
の件を終わらせる。
 そのために上条は今までの態度を豹変させてこのような行動に走り、自らゲスな人物を
演じているのではないか。

 もちろんこれはあくまで事実から導き出される仮定の一つである。
 だが、美琴はこれが限りなく正解に近いだろうと直感した。
 なぜか。
 確かに普通に考えたらあり得ない話だ。
 が、究極のニブチンで、かつ人を助けるために自分が泥を被る事に何のためらいも感じ
ない上条ならやりかねない。
 いや、むしろ美琴が知っている上条なら積極的にやろうとするに違いない。
 それにこの考え方なら、上条の行動の急な変化の理由としても筋が通っている。
 愚かしいまでの上条の自己犠牲精神。
 ヒーローとしては評価されるべき物だが、美琴は上条のこの考え方に若干怒りすら沸い
てきていた。




――他の女ならともかく、こんな事でこの私がごまかされるわけないでしょう。どれだけ
アンタの事見てきたと思ってるのよ。自分ばっかり傷つけばいいと思って……。本当に馬
鹿なんだから……。

 しかしそれと同時に今の上条の行動を見、その動機を推理した結果、美琴の心は決まっ
た。
 何しろ今の行動で上条が美琴の気持ちにまったく気づいていない事がはっきりしたのだ
から。
 そのくせ美琴の事を本当に大切にしようとしている事までもはっきりしたのだから。

 美琴は思った。
 こんな危なっかしくて馬鹿で優しすぎる男、絶対に離してやるもんか。
 他の女なんかに渡してたまるもんか。
 私だけのモノにしてやる。
 そして絶対に自分自身を大切にさせてやる。
 それと同じだけ、いや、それ以上に私の事を大切にさせてやる。
 それこそ一生だ。
 死が二人を別つまでだ!



 美琴はすっと目を細めた。そのまま努めて冷たい口調で話し出した。
「それがアンタの本心ってわけね?」
「そうだ!」
 上条は相変わらず下を向いたまま答えた。
「じゃあ質問。さっきおばさまからの電話の後、アンタ結論が出せないって言って悩んで
たわよね、それなのに今はあっさりと結論が出てる。なんで? さっきの悩みは何だった
のかしら? 急に天啓があったとでも言うの?」
「え」
「さっさと答える」
「そ、それは、その、えっとその、え、演出だ演出! ああして間を作ればお前が情にほ
だされるかと」
「ふーん、そのくせ今は自分の下心を表明するわけ。それじゃあせっかくの演出がパー
じゃない」
「あ、うん」
「それに妙よね、いっつも正義感ぶってるアンタが急に下心とか言い出すなんて」
「それはだな……うん。そ、そう、正義感溢れる上条さんは恋人同士においても隠し事を
したくないから、先にこっちの下心を示して、裏表のないところをアピールしようと……」
「それは関心ね。じゃあどうしてその前に演出なんてまねしたの? それって裏表になら
ない? そもそもなんで私に聞かれたからって、そういう考えをあっさりネタばらしする
の?」

「…………」
 美琴の目がますます細くなった。
「あっちを立てればこっちが立たず。アンタの理論は最初っから破綻してるのよ。つまり、
どっちかが嘘って事になるわけね」
「えと、じゃあ最初の悩んでたって事の方が嘘だという事で……」
「そう言えばさっきアンタ言ってたわよね、『御坂が許嫁だったらよかったのに』って。
あれ、どういう意味かしら? 誰かに聞かせるために言ったんじゃないわよね。じゃあ、
あれって下心とか関係ないんじゃないの?」
「はあ!? お、お前、あの距離で、き、聞こえてたのか!」
 上条はばっと顔を上げた。
「ええ、しっかりと。これでも耳はいい方なのよね」
「…………」
 上条は再び顔を落とした。だがこれは下を向いたというより、がっくりとうなだれたと
いった方が正しかったのだが。



 上条は下を向いたまま手を下ろすと、絞り出すように声を出し始めた。
「御坂、頼むから断ってくれ。許嫁の話」
「……どうして?」
 美琴は低い声で上条に尋ねた。
「俺みたいなのと結婚しても、お前を不幸にするだけだ。お前は自分の事を悪く言ったけ
ど、俺の方がよっぽど社会的に評価はよくない。レベル0だし、貧乏だし頭悪いし、イケ
メンでもない。おまけに超絶不幸体質だ。お前みたいなスゲー奴に似合わないんだ。だか
ら……」
「だったらアンタから断ればいいじゃない」
「……い、嫌だ」
 上条は顔を上げた。
 そこには、辛い、という感情だけが浮かんでいた。
「はい? なんて言ったの、今?」
「……だから、嫌だって。俺から断る事は、できないって」
「どうしてよ」
「……できないものは、できない」
「答えなさいよ」
「…………」
 上条は口をつぐみ、何も答えない。




 美琴はほんの少しイライラしたような口調になった。
「答えなさい」
「…………」
 上条はなおも何も言わない。
「なんで言わないのよ」
「…………」
「言いなさいよ。言いなさいよ!」
 美琴の口調はさらにイライラしたような物に変化し、声量も大きくなってきた。
「…………」
 だが上条はやはり何も言わない。
「言いなさいよ! お願いだから、何か言ってよ!!」
 とうとう美琴の声は叫びとなった。
「…………」
 大声で叫んだ美琴は、大きく深呼吸をした。そのまま彼女は縋るような視線で上条を見
る。
「ねえ、お願いだからちゃんと言ってよ……。でないと、私、なんにも……」
 途切れ途切れでなんとかそこまで言った美琴だったが、これ以上は言葉を繋ぐ事ができ
なかった。
 しかし彼女の視線はただ一筋に上条の口元に注がれていた。

 そんな美琴の様子に根負けしたのか、ようやく上条がゆっくりと口を開いた。
「……い、今さっき、やっと、わかったから」
「……な、何が?」
「……その、御坂と許嫁って話を、俺から断りたくないって」
「……だからどうしてよ」
「……はっきりしないけど、たぶん、俺から断ったら、嘘になるから」
「何が、嘘になるのよ?」
「……俺の、言う事が、嘘になる。俺、の心に、嘘をつく、から」
「それってつまり、断るって行動が嘘になるって事? 私と許嫁になるのが嫌って、そう
言葉にするのが嘘になるって事?」
「…………」
「アンタ、ここまで来て黙るわけ!? 肝心な事、ちゃんと言いなさいよ!」
「……み、御坂が嫌がってると思って、だから断ろうと思って、けど、そう思ったら、絶
対に嫌になって……だから」
「それで?」
「…………」
 またもや上条は口をつぐみ、頭を垂れてしまった。

――この馬鹿! だからどうしてそこで止めるのよ! 肝心な事を言わないのよ!

 上条を追求する美琴だが、もちろん彼女にだって上条が口をつぐんでいる、内に秘めた
気持ちはおぼろげにはわかっていた。
 上条がひた隠しにしているであろう気持ち。
 それはおそらく美琴が望んでいたもの。
 心から、望んでいたもの。
 上条の反応から、今の彼の状態はもうほとんどそれを白状しているのと同義。

――お願いだから、ちゃんと言ってよ!

 しかし、それでも美琴は上条に肝心な言葉を言わせようとしていた。
 なぜなら彼女は恋をしているから。
 少しの事で不安になり、それをなくすためにとってもわがままになる、そんな恋をして
いるから。
だから美琴は上条の言葉による安心を欲しがる。
 上条の都合も気持ちも考えず、ひたすらわがままになる。
 それは恋する乙女にだけ与えられた特権なのだから。



 わがままな美琴は待った。
 上条が、自分が大好きな人が、自分が望む言葉を言ってくれるその時を。

――お願い。

 上条当麻を、彼を信じているからこそ。
 ただひたすら。

――私は、あなたの言葉が、欲しい。

 そしてその時は――。



「――――!!」
 上条はばっと頭を上げると、覚悟を決めたようにじっと美琴を見つめた。
 ゴクリとつばを飲み込んだ上条は、ゆっくりと、そして大きな声を出した。
「御坂! お前との許嫁を解消しようと考えた時にはっきりわかった! 俺はお前の許嫁
に本気で、なりたい! だから! だから!! そういう関係を前提にして、これから、よ、
よろしくお願いします!!」

 上条の言葉を聞いた瞬間、美琴の左目からつーと一筋の涙が伝った。
「馬鹿……」

――いつまで待たせれば気が済むのよ。でも、やっと、やっと、言ってくれたね。

 美琴は頬を伝う涙を拭うことなく上条に近づくと彼の手を取り、彼の頬にそっと唇を押
し当てた。
「――――!」



 突然の出来事に惚ける上条から唇を離した美琴は、今の彼女にできる精一杯の笑みを浮
かべ、静かな、そして暖かさに溢れた声で答えた。



「こちらこそ」



おしまい







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