少女の奏でる旋律は―― 2
二人は人ごみを抜けて、広場から少し離れた場所にある公園へと避難した。
「こ、この辺で休憩しましょ」
「ふはー。ああ、そうするか」
そこで美琴はハッとして、握っていた上条の手を離した。
「あ、あそこに座らない?」
ごまかすように近くにあるベンチを指刺して言う。
「ん、そうだな」
そう言って二人はベンチに腰掛ける。
「悪かったわね、あんなところで騒いじゃって」
「ん? ああ、気にしてねーよ」
何事もなかったかのような上条の言葉に美琴は内心ホッとしたが、
「うん。 それはそうと――本当にトラブルとか巻き込まれてないんでしょうね?」
「しつこいぞー。御坂さんは心配症だなぁ」
「アンタね――」
言いかけたが、上条が少し真剣な顔でこちらを見たせいで美琴は止まってしまった。
「ありがとな。でも今回は本当に何でもないからさ、信じてくれよ」
「あ。ぅ――わかったわよ・・・」
美琴は目を合わせていられなくなって、プイッと上条から視線を外した。
多分、今回は本当に大したことじゃなかったのだろう。心配症なのは美琴だって自覚している。
(でも、しょうがないじゃない・・・)
はぁ。 と、少女は小さく溜息をついた。
「え?アンタさっきの見てたの?!」
「ああ、遠くからだけどな。うろついてたらお前の姿が見えたもんで、眺めてたら転びそうになっちまったと」
「ドジねぇ・・・」
「はっはっは、上条さんにはよくあることでしてよ~」
「・・・・・(笑えねぇっつの!)」
軽く睨みつけるが、少年は気にも留めない。
「しかし御坂がヴァイオリンとはな~。正直、意外な組み合わせだったよ」
「い、一応お嬢様学校だもの。ちょっと教えるくらいなら私だってできるわよ」
「教えてる姿も案外サマになってて悪くなかったというか、ああしてるとお前も結構可愛――ううっ?!」
美琴が上目遣いに、少し顔を赤くして自分を見ていることに気づいて上条は固まった。
「ね、ねぇ」
「は、はい! なんでございましょうか御坂さん!」
「え、えっとね・・・。なんなら弾いてあげようか? ヴァイオリン―――」
上条当麻は思う。
可愛い女の子に、あんな顔であんなことを言われて「ああいえ結構です」などと言う男が存在するのだろうか。
もしいたとすれば、そいつはどんな冷酷な精神をしているのか。一発殴り飛ばしてやりたい。
そんな事を真剣に考えている上条をよそに、常盤台中学のエース様はてきぱきと準備をはじめている。
「でも大丈夫なのか?さっきの広場はパフォーマンス用に環境が調整されてるからともかく、こんな時期に外でヴァイオリンなんて」
「少し肌寒いけど、今日はまだ暖かい方だからこれくらい平気よ」
美琴さんはそんなにやわじゃないわよ~ん。 などと言いつつ、弓を取り出す。
「ま、とは言っても簡単なクラシック程度しかできないんだけどね」
そう言って美琴は上条の前方、少し離れた場所に立つ。
「ああ、俺は流行とかには疎いからその方が楽に聞けるな」
美琴は 「そっか」 と小さく笑って、楽器を構える。
その凛とした姿はとても絵になっていて、もし周りに人がいれば思わず足を止めてしまうだろう光景だった。
そして少女は僅か、少年を見つめる。
「それじゃあ、はじめるわね」
弓が、弦に触れる。
透き通った音が、辺りに響き渡る
それは、湖を流れる水のように綺麗で
それは、巨大な岩をも砕くように力強く
それは、水平線のようにまっすぐで
それは、草原を揺らす風のように優しく
―――少女の心を映し出すような旋律が、木製のヴァイオリンから流れ出す――――
少年は引き込まれていた。
次から次へと紡がれる、その美しいヴァイオリンの音色
穏やかな顔でそれを奏でる、目の前に立つ一人の少女
その、両方に――
「お粗末さまでした」
ペコッ と美琴が小さくお辞儀をする。
どこか可愛らしいその仕草に、上条はドキッ! としつつも拍手を送る。
正直、言葉が出なかった。
美琴は少し照れつつも、
「ど、どうだった?」
「うーん、上条さんは音楽には詳しくないので上手くは言えないんだけどさ」
上条は少し考えて、
「なんていうか、すごく御坂らしい音だった・・・かな」
「なによそれ~」
「良い意味でだよ。ほんと、すごかったぜ」
「そ、そっか。ありがと・・・」
上条は素直に思ったことを言っただけなのだが、美琴は顔を真っ赤にしている。
どうやら嬉しかったらしい。
「いやいや、こっちがお礼を言いたいぐらいだよ。良いモン聞かせてもらったわ」
「ちょっと~、大げさすぎない?」
「そうか~?」
ははは、 と二人はいつものように笑う。
美琴はチラッと上条の方を見つめて、
(――ほんと、なんでコイツと一緒にいるとこんなに居心地がいいのかしらね)
「・・・御坂?」
「ふぇ?!あ、え、なに?」
「なんかビリビリしてるぞ」
「え?」
気づくと、自分の体から電気が漏れていた。
まただっ! 美琴は慌てて抑えようとするが、うまく制御ができない。
パニックに陥りそうになっていると、ガシッ! と誰かに左手を掴まれた。
「あ・・・・・」
パンッ! と、暴走していた電気が飛散して消える。
上条が、『右手』で美琴の手を握っていた。
そして心配そうに美琴を見つめて、
「大丈夫か?」
「う、うん・・・。ありがと」
「これぐらいならお安い御用ですよっと」
そんなことを言う少年の姿に美琴は安心する。
そして掴まれている左手を見て赤くなり、そっと上条の顔を見上げる。
うっ と少年が唸る。
(ま、まずい。なんだかわからんがこれはまずい気がする!)
目の前の女の子の表情に、純情な少年は早くも混乱していた。
何か言わねばならないと思いつつも、口をパクパクさせている、そのときだった――
ぐぅ~~~・・・・・・・
「「へ?」」
上条の腹が鳴ったのだ。それはもう、盛大に。
二人はしばし呆然としていたが、
「・・・・プッ。ふふ、あははは!」
「は、はは、あははは」
なんだか笑いが込み上げてくる。
美琴はおかしくなって、目尻にわずかに涙を溜めながら、
「なによその音~。アンタの腹の虫ってどんだけでっかい訳?」
「し、知るかよ!俺の腹に聞いてくれ!!」
若干恥ずかしそうにしているが、上条も笑っていた。
「でもそっかぁ、もうこんな時間なのね。すっかり忘れてたわ」
「そういや会ったときにはもう昼だったからな~、そりゃ腹も減るわな」
「私もお昼どうしよっかな~って思ってたところで初春さんと会ったのよね」
「なんだ、御坂も飯まだなのか」
「うん」
あ~、思いだしたらお腹すいちゃった! と言う少女を見て、上条はふと考える。
「んー。じゃあどこかで食べてかないか?今日の上条さんは機嫌が良いので奢っちゃいますよー」
「へ? いいけど、自分の分ぐらい自分で払うわよ!」
「いいからいいから、さっきのヴァイオリンのお礼ってとこだよ」
「そんな、お礼って・・・。――もう、わかったわよ」
フンッ と少女がちょっぴりむくれる
あ、でも―― と美琴が思い出したように、
「ちょっと寮に寄ってもいい?さすがにケースが邪魔だから置いてこないと」
「ん? ああ、そうだな。構わないぜ」
別に上条が持ってあげてもよかったのだが、自分が持つと高確率で壊れる恐れがあるので却下した。
美琴のほうもホテルのクロークを使ってもよかったのだが、これから奢ってもらうというのにそれでは上条が余計な気を遣ってしまいそうだったのでやめておいた。
「よっし、それじゃとりあえず常盤台までいきますか」
そう言って上条は歩こうとしたのだが・・・
「・・・御坂?」
「え、あ。 えっと、その・・・」
美琴はまだ上条の手を掴んだままだった。
そして上条の方をチラチラと見ている。
(い、いやな予感がする・・・)
「そ、その・・・。また漏電したら困るから―――」
上目遣いに、真っ赤な顔で、
「もう少し、手、繋いでてくれない?」
(・・・・・・・・だからその顔は反則だーーーー!)