とある科学の執行部員
改訂版 | はこちら。 |
第1章(2)
一方通行たちや美琴と別れ、上条は自分の学校へと向かった。
教室に入ると夏休み前と変わらない光景が目に飛び込んでくる。
上条は久しぶりに会う級友達と挨拶を交わすと自分の席に着く。
すると悪友で『同僚』の土御門が上条のところへ寄ってきた。
「カミやん、新学期早々で悪いけど仕事の話ぜよ」
「…またか」
「またぜよ」
上条は思わず溜息を吐く。
夏休みに入ってから急に仕事の量が増えた気がする。
「ウチのボスは何をやってるんでせうか?」
「アイツの考えてることは俺もサッパリ分からないんだにゃー。
でも今日は直接カミやんに動いてもらう必要はないかもしれん」
「どういうことだ?」
「今日の『お客様』はイギリス清教の人間、しかも許可証も得ている来賓様だ」
急に真面目な口調になる土御門に上条は緊張感を高めながらも土御門に聞き返す。
「じゃあ何でわざわざ俺のところに連絡が来るんだよ」
「ソイツは経歴に少し癖があってな。
もしかしたら万が一ってことも有り得るかもしれない」
「『スクール』と『アイテム』はどうしてる?」
「海外に出張中だ、今日中には帰ってくる予定だが…」
「コードレッドになる可能性は?」
「無きにしも非ずってところだ。
そうなればカミやんが組織の初お披露目ってことになるな」
上条は土御門に言葉に再び深い溜息を吐く。
「全く、あの野郎も危険分子をわざわざ学園都市に招くなよな」
「表向きはイギリス清教を邪険にするわけにはいかないぜよ。
仮にも協力体制にあるんだし…」
土御門の言葉はいつのまにか普段通りに戻っていた。
そして土御門は一息つくと改まった様子で言った。
「カミやん、いい加減チームのメンバーを決めたらどうかにゃー?
超電磁砲なんかはカミやんのためだったら喜んで…」
土御門がそう言った瞬間、辺りの空気が凍りつく。
上条の放つ殺気に他のクラスメイト達も寒気に似た悪寒を感じていた。
しかし当の土御門は気にした様子もなく言った。
「分かった、分かった。
分かったから、その殺気を収めるぜよ」
「お前にとったら舞夏を巻き込めって言ってるようなもんだぞ」
「そうだな、俺の配慮が足りなかったにゃー。
ただカミやんは他のチームと違ってずっと一人で戦ってきたぜよ。
いい加減、体が持たないと思ってな」
「悪い、心配して言ってくれてるのは分かってるんだ。
…通常の警備員だけじゃ何かあった時に対処しきれないかもしれない。
念のため、猟犬部隊と迎電部隊にも連絡を取っておいてくれ。
その『お客様』の滞在予定地は?」
「第三学区だにゃー」
「分かった、今日は俺もその周辺に待機しておくから」
「デートはどうするぜよ?」
「流石に今日は諦めるしかないだろ」
「…悪いな」
「仕事だから仕方ないだろ」
そうして上条は美琴にデートを延期するよう頼むメールを送るのだった。
「せっかく楽しみにしてたのに…」
放課後になり、美琴は一人で第三学区の道を歩いていた。
上条にデートの約束をすっぽかされ、機嫌は至って斜めである。
美琴が第三学区を歩いているのに意味はない。
後輩と友人から遊びに誘われたが、そんな気分にはなれなかった。
ただフラフラと歩いている内に第三学区に辿り着いたのだ。
「私って当麻がいないと、こんなに駄目になっちゃうんだ。
夏休み中はいつも一緒にいてくれたし…
…当麻、寂しいよ」
その姿は普段の美琴からは考えられぬほど弱々しいものだった。
しかし美琴の意識は突如鳴り響いた警報で現実に戻される。
街のそこら中にあるスピーカーから警報が鳴り響いたのだ。
「何!?」
しばらくすると美琴の向かっていた方向から人の波が押し寄せてきた。
美琴は思わず道の端に寄って人の波から逃れる。
やがて人の波が収まってくると、美琴のもとに一人の風紀委員が近寄ってきた。
「何があったんですか!?」
風紀委員の少年も何処か不安げな様子で、自信なさげに言った。
「それが外部の能力者が侵入してきたようなんです」
「外部の能力者!?」
美琴が聞き返した瞬間、凄まじい地響きが響き渡った。
思わず美琴はよろけて転びそうになる。
「とにかくここは危険です。
警備員の人間が捕縛作戦を展開していますから、あなたもすぐに逃げてください」
風紀委員の少年はそう言い残し、他に残っている人間のもとに駆けていった。
美琴は自分にも何か出来ることがあるかもしれないと迷っていると、
見てはならないものを見てしまった。
「当麻?」
警備員だろうか?
武装した集団の中にひとりだけ制服を着た少年がテロの現場に向かって走っていた。
大切な人を見間違うはずがない、少年は確かに上条当麻だった。
その動きは洗練されたもので地響きが続く中、体勢を崩すことなく駆け抜けて行った。
美琴はよろめきながらも上条と武装した集団の後を追いかけるのだった。
「しかし、コードレッドとは遂にオカルト側も本腰をいれてきたってわけか?」
上条に並んで走る木原数多は何処か忌々しげに吐き捨てるように言った。
そんな木原に上条は苦笑しながら、木原の言葉を正すように言った。
「そんなに単純な話でもないんですよ。
今日暴れてるのはイギリス清教の人間、学園都市の味方とまではいかないものの、
一応協力体制にある組織の人間なんです。
だからこそ敵の狙いが分からないっていうのもあるんですけどね」
「まあ結局は叩き潰してやりゃあいいんだろぉ。
ったく俺の本分は科学者なんだがな」
そんなことを話している内に、上条たちは警備員が封鎖してる場所に辿りついた。
するとそこには上条の学校の教師でもある黄泉川愛穂が装備を固めて立っていた。
「ちょっ、月詠先生のとこの悪ガキじゃん。
何やってるの、逃げるなら逆方向じゃんよ!!」
すると上条は物怖じした様子もいなく、黄泉川に事務的に告げた。
「今からこの現場は俺の指揮下におきます。
今すぐテロリストと交戦してる警備員を撤退させてください」
「いきなり何言ってるじゃんよ。
誰かこのガキを保護して…」
しかしその前に上条の後ろに立っていた木原が前に進み出て呆れたように言った。
「テメェこそ何言ってやがるんだ。
上条がしてる腕章が目に入らねぇのかよ」
木原の言葉に黄泉川は上条の腕についてる腕章に目をやる。
「なっ、それは!?」
上条の腕に付けられた腕章は風紀委員の腕章と異なり
『盾』ではなく『剣』をモチーフとされていた。
「認証番号054683で上に確認してみてください。
『執行部』上条当麻に指揮権が移行されてるはずですから」
「『執行部』、都市伝説じゃなかったのかじゃんよ」
「『執行部』はこういった外部の能力者に対する案件にて働く組織です。
後ろの人達も『執行部』を補佐する特殊部隊の人間です」
「…私らに出来ることはないじゃん?」
「今はこの一帯を封鎖することに集中してください」
「分かったじゃんよ、上からの命令じゃ仕方ない。
でもいくら『執行部』だからって私らが守るべき子供に違いない。
怪我して帰ってきたらただじゃおかないじゃんよ」
「はい!!」
しかし現場に向かおうとした上条を呼び止める声があった。
「当麻?」
上条が振り返ると、そこには何処か怯えた目をしてる美琴の姿があった。
「美琴、何でここに!?」
「外部の能力者、それに『執行部』ってどういうこと!?」
美琴は上条のところに駆け寄ってくる。
ちょうどその時再び地響きが起こり、上条は美琴を胸の中で受け止める形になった。
「大丈夫か?」
「それよりも何が起こってるか詳しく説明して!!」
「悪い、今はその時間がない…帰ってきたら必ず話すから」
「だったら私も行く!!」
「駄目だ、ここから先はどんな危険があるか分からない。
美琴を危険な目に遭わせるわけにはいかないんだよ」
「そんな危険な場所なら、私だって当麻を行かせるわけには…え?」
尚も引き下がろうとしなかった美琴の唇を上条の唇が塞いだ。
それだけで上条の気持ちが伝わってくる。
そして上条の覚悟も…
「…必ず帰ってくるよね」
「当たり前だ。
全部済んだら、やっぱりデートしよう。
美琴の行きたい所なら何処でも付き合うからさ」
「約束だよ」
「ああ」
再び美琴を抱きしめると、上条は戦場に向かって走り出す。
しかし戦場に向かうにも拘らず、その背中に悲壮感は少しも感じられない。
少年は少女との約束を胸に刻んで拳を握り締めるのだった。