とある科学の反逆者達
第一部 序章① 反逆者が生まれた日
「だからお前は笑っていいんだよ。 妹達は絶対に、お前がたった一人で塞ぎ込む事なんか期待してないから。 お前が守りたかった妹達ってのは、自分の傷の痛みを他人に押し付けて満足するような、そんなちっぽけな連中じゃねーんだろ?」
この言葉によって美琴の悪夢のような幻想は真の意味で壊され、そして上条に対する新しい幻想が生まれる。
少し考えればその幻想を生み出した感情の正体はすぐに分かった。
ただ美琴はその感情を受け入れていいかどうか分からない。
例え上条や妹達が自分のことを許してくれたとしても、自分に人並みの幸せを送る権利があるのだろうか?
それに死んでいった妹達の本当の気持など誰にも分かるはずがない。
きっと自分はこの罪を一生背負っていかなければならないのだろう。
だから美琴は敢えて上条の言葉を突き返すように言った。
「いい加減なことを言わないでよ。 例えアンタや妹達が許してくれたとしても、私の罪が消えるわけじゃない それに死んでいった一万三十一人の妹達の本当の気持ちなんて誰にも分からない。 私は一生この罪を背負って生きていく。 アンタには感謝してもしきれないけど、あまり適当なことを言うと承知しないわよ!!」
病室の中には耳が痛くなるほどの沈黙が流れる。
上条の顔を見るとその顔はどこか苦痛に歪んでおり、気まずそうな表情をしていた。
そのことに少し罪悪感を感じながらも、これで良かったと美琴は病室の出口へと向かう。
美琴はこれから学園都市を敵に回した、学園都市そのものを崩壊させるための戦いに赴こうとしていた。
絶対能力進化における学園都市の非人道的な実験を学園都市の内部だけでなく、外部にも漏らそうとしているのだ。
そうすれば世界から学園都市への非難は免れず、下手をすれば学園都市そのものが瓦解しかねない。
それは世界に大きな混乱を生むことになるだろう。
しかし例え世界を敵に回そうとも、美琴は学園都市で二度と非人道的な実験が行われないよう戦い続けるつもりだった。
そして学園都市の上層部の人間はどんな手段を以ってしても、学園都市の危険分子になる自分を消しに掛かるに違いない。
上条がそのことを知ればきっと協力を申し出てくれる。
それは自惚れではなく、上条の性格を考慮した上での結論だ。
これ以上、無関係な上条を巻き込むわけにはいかない。
自分と妹達を救ってくれた上条の恩に報いるためにも、絶対に勝たなければならない戦いだった。
しかし美琴が病室のドアの取っ手に手を掛けたその時……。
「……お前、学園都市に喧嘩を売るつもりだろ?」
「え?」
上条から出た言葉に美琴は思わず振り向く。
そこには真剣な表情で自分の顔を見据える上条の眼差しがあった。
美琴は上条の言葉に理解が追いつかない。
何故自分の考えが読まれてしまったのだろうか?
しかしここで上条の言葉に甘える訳にはいかなかった。
美琴は努めて平静を装って、茶化すようにして言った。
「……アンタ、一体何を言ってるの? 学園都市の第三位で誰よりも学園都市の恩恵を預かってる美琴センセーが何で学園都市に喧嘩売らなきゃいけないのよ?」
しかし上条の関心を逸らすべく冗談めいて言ったにも拘らず、上条の表情は真剣そのものだった。
その表情はまるで全てを見透かしているようで、美琴はそれ以上言葉を続けることができない。
そして言葉に詰まった美琴に対して、上条は少し表情を崩すと微笑みながら言った。
「……馬鹿な俺でも分かるんだ、お前が気付いてないはずないだろう? 例え実験を止めて形だけ妹達を救っても根本的な解決にならない。 俺も学園都市の裏の事情に詳しいわけじゃないけど、今回の件で学園都市に巣食ってる闇の一端は理解したつもりだ」
「……」
「ここまで来たんだ、最後まで付き合わせろよな。 まあ上条さんは無能力者なんで出来ることは限られてるかもしれないが、お前が辛い時に支えてやることくらいはできるはずだ」
そんなことはないと美琴は心の中で思う。
自分があの鉄橋の上で絶望に沈んでいる時、上条が現れてくれたことにどれだけ救いを感じたか……。
そして妹達のためにボロボロになりながら戦ってくれた上条が頼りにならない筈がなかった。
しかし上条がどうして良好な関係とはいえなかった自分のためにそこまで言ってくれるか分からない。
「……どうして、どうしてアンタはそこまで!?」
美琴は錯乱した様子で叫ぶようにして尋ねる。
すると上条は悲痛な面持ちをする美琴に対して優しく言った。
「鉄橋でお前と対峙した時、俺はお前の強さを知った。 自分の命を賭して妹達を救おうとしているお前の姿を見て、誰かのために戦う本当の意味を初めて知ったんだ」
「アンタだって、いつも誰かのために動いてるじゃない? 今回の件もそうだし、虚空爆破事件の時だって自分の危険を顧みずに……」
すると上条は少し訝しげな表情を浮かべる。
美琴は知らないが、上条はとある一件でエピソード記憶……即ち思い出を全て失っている。
恐らく美琴が言っているのは記憶を失う前の自分のことだろう。
そのことに過去の自分に対する劣等感のようなものを覚えるが、今はそれを気にしている場合ではない。
美琴は再び一人で闇の中に足を踏み入れようとしている。
そんな美琴を一人にする訳にはいかなかった。
「……昔のことは後で話すとして、とにかく俺はお前に誰かを救うために戦う決意を教わったんだ。 それと同時にお前のことを理屈抜きに守ってあげたいと思った。 だからお前が一生罪を背負って生きていくっていうなら、俺にも一緒に背負わせてくれないか?」
上条の言葉に美琴は頬が火照るのを感じた。
上条が完全な善意から言ってくれていることは分かっている。
しかし一生罪を背負って生きていくと宣言した美琴にとって、どうしても上条の言葉は違う意味を意識させるものだった。
「一緒に背負わせてくれないかって、人が聞いたら勘違いするようなこと言ってるんじゃないわよ!!」
「へ?」
上条はやはり意識して言った訳ではないようだ。
そしてそのことが却って美琴を落ち着かせる。
正直に言えば、自分達を絶望の淵から救いだしてくれたヒーローである上条に今度も救いの手を差し伸べて欲しい。
しかしそれ以上に上条を巻き込みたくないという気持ちが強かった。
「……アンタの言葉、外から聞いたらプロポーズにしか聞こえないわよ」
美琴の言葉に上条は顔を赤くする。
美琴は敢えて重いことを言うことで、上条の決意を鈍らせるつもりだった。
こうやって追いつめるような形で恩人の優しさを袖にするのは心苦しいが、それでも上条を巻き込みたくない。
上条にこう言ってもらえただけで、既に十分救われているのだから……。
しかし上条から返ってきた言葉は美琴の幻想を殺すのではなく、一転させてしまうものだった。
「軽々しくプロポーズみたいな言葉を口にしたことは謝る。 でも好きな女の子のためなら、その覚悟はある!!」
「え!?」
上条の言葉に美琴は再び混乱に陥る。
まさかそんな答えが返ってくるとは思っていなかった。
それに上条に好かれるようなことをした覚えが全くない。
美琴の中で今さっき生まれたばかりの感情が激しく脈打ち、溢れ出してきた。
「で、でも私、アンタに好かれるようなこと何もしてないし……」
「まあ確かに二千円札を呑み込まれたのを笑われたり電撃ぶつけられたり、色々あったもんな」
「うっ……」
上条の辛辣な言葉が胸に刺さる。
確かに今まで上条と顔を合わせた時は、一方的に因縁をつけ勝負を挑んでばかりいた。
冷静に考えると、これでは子供扱いされたりビリビリ呼ばわりされるのも仕方ないかもしれない。
しかし上条自身はそんなこと気にしていないと言わんばかりの笑顔で言った。
「でも自分を犠牲にしてまで妹達を守ろうとしたお前のことを、俺は他の誰でもない自分の手で守ってあげたいと思ったんだ。 それにお前、誰か傍にいないと無茶ばっかりしそうだし……」
「アンタに言われたくないわよ!!」
「とにかく俺はお前と一緒に歩いていきたい、お前のことを支えてあげたい。 それだけじゃ駄目か?」
「本当に私なんかが傍にいていいの?」
「当たり前だ」
上条の力強い言葉に美琴は思わず涙ぐんでいた。
そして上条に駆け寄ると、上条の胸に顔を埋めて堰を切ったように涙を流し続ける。
本当は死ぬのが怖かった、しかし過去の自分の罪を清算するにはそうするしかなかった。
そして上条に救われたものの、まだ日常に帰るわけにはいかない。
もう二度とあのような悲劇を生まないためにも、学園都市の闇と戦う覚悟を決めた。
それは孤独な戦いの筈だった。
しかし上条はそんな自分の気持ちを見透かしたように傍にいてくれると言ってくれた。
この先の戦いに本当に上条を巻き込んでいいかは分からない。
それでも上条と一緒なら学園都市の闇を払える、そんな確信があった。
「お前はもう一人じゃない。 俺とお前は同じ道を歩んでる、そのことを忘れるな」
上条は美琴のことを抱きしめながら力強く言った。
美琴はレベル5といっても、その本質はまだ十四歳の女子中学生に過ぎない。
自分より年下の美琴がどれだけの覚悟を持って、学園都市という強大な力に立ち向かうことを決めたのか……。
まだ殆ど空っぽな自分には窺い知れない。
しかし例え自分の力が微力なものでも、心から腕の中にいる華奢な少女を守ると上条は強く誓う。
それが美琴自身から教わった大切なものを守るための覚悟だった。
こうして学園都市に対する二人の反逆者が生まれた。
しかし上条も美琴も知らなかった。
特殊な力を持つ無能力者と学園都市第三位の反逆ですらも学園都市統括理事長のプランに含まれていることを……。