「うおりゃあぁぁぁ!」
かけ声と共に右拳が唸る。後退してそれを躱すと左拳が追撃してきた。ボクサー並みのコンビネーションブロー。
が、上条はそれさえ予期していた。容易く身をそらし、左拳は空を切る。
前兆の予知と呼ばれるようになったこの能力。幻想殺しと共に何度も上条の危機を救ってきた経験に裏打ちされた能力である。
ほんの少し初動を捉え相手の動きを読むことができる。
今もそうだ。左拳が空を切り、相手は左足が前へと出ている。そしてその左足を軸に次の動きに繋げようとしていた。
躱せると上条は思った。
何が来るのかも予測できている。そして予測通り全身のバネを生かし右足を跳ね上げてくる。
ところが上条の身体が動いてくれない。ドコを狙っているかも解っているのにガードも下げられない。
なんとなくコレは受けなければならないと身体が反応してしまっている。例えればプロレスラーが技を受けて魅せなければならない、そんな感覚に似ていた。
スローモーションのような画像が目に焼き付いていく。
短いスカートが翻り、健康的な大腿部が扇情的に見える。その先には短パン。
右足が伸びきり、上条の左脇腹に蹴りが綺麗に決まる。
『常盤台中学内伝 おばーちゃん式ナナメ四五度からの打撃による故障機械再生法』
それが上条にクリーンヒットした技の名前。
常盤台中学内伝と言ってもその技をみせたのは御坂美琴ただ一人。おそらくこの技の遣い手は彼女一人だった。
そして上条はインパクトの瞬間、フィッティングしていない短パンの裾の奥を垣間見、
「ぐのおぉぉぉぉぉぉぉ!」
悶絶する。
また
「え」
右足で上条を蹴った当人である御坂美琴は拍子抜けした声をあげる。
「うげぇぇぇぇぇ……」
蹲る上条。
「ちょっ、アンタ大丈夫!?」
「大丈夫って自分で蹴っておいて……それは」
心配そうに声をかける美琴に答える上条だが
「えーと、でもアレ躱せたわよね?」
「うっ、ううううう」
図星を突かれ痛むフリをして誤魔化すしかなかった。
「まさか、また負けたフリをしたんじゃ?」
「そ、そんなつもりは」
「どうだか?」
「つーか、またって?」
「あっ」
「あ?」
「そっか、覚えてないのよね……」
「あー、俺が記憶を無くす前のことか」
打たれ強さに定評のある上条のこと、痛がりながらも起き上がってきた。
ここはその上条の記憶に無い美琴と決闘した河原。上条に記憶が無くても美琴には思い出の場所である。
そして何故、上条と美琴が殴り合いのような真似をしているからと云うと
バレたからである。
何がバレたかと云うと上条の右手、言わずとしれた幻想殺し。
これまで美琴は知らなかった。上条に能力が効かないのは実地で知ってはいてもその原理は謎だった。それが上条の右手、具体的には手首から先に幻想殺しと言われるものがあり能力を打ち消してしまうと先頃、初めて知ったのだ。
だからと言って決闘する所以は今更無かったのだが、美琴はある決意を胸に勝負を上条に挑んだ。
当然、上条は拒む。普段からビリビリされたりしても助けてくれたり、いつの間にかサポートしてくれる仲間だと思っている、戦う理由が無い。
しかし、それは美琴の方も予想していたので
『ふーん、女子中学生に手もなく捻られるのが怖いって言うんだ』
『そんな安い挑発には乗りませんのことよ、上条さんは』
『ならアンタの友達を血祭りに』
『御坂にそんなことできっこない』
『くっ、じゃあ私が負けたら明日の特売、お一人様1パック68円の卵にもやし2袋まで一つ10円に付き合ってあげるわよ』
『乗った!』
という会話がなされた。
実のところ上条も特売の誘惑に負けた訳ではない。美琴がそこまで言うなら、何らかの理由があるのだろうと察したからだった。
上条が戦う理由、それは「誰かのため」だ、それが基本原則。しかしトールの例もある、上条自身に理由は無くても美琴に譲れぬ理由があるなら上条は応えたかった。
そうして始まった決闘。美琴は能力に頼ることなく、身体能力を生かし接近戦を仕掛けた。折を見て右手以外を掴み電流を流すのが美琴の勝負手。
対する上条は接近戦を仕掛ける美琴に意外な思いであったものの、サイボーグまでを相手にしたことがある。女子中学生と思えない身体能力でも対処可能。美琴が諦めるのを待つつもりであったが前述の通り。
「うーん、勝った気がしないわ」
「勝った訳じゃないだろ?この通りまだ」
「さっき蹲ったときに頭を踏んづけても良かったのよ」
「ご、ごめんなさい」
美琴は勝ったと言う割には納得がいかない雰囲気であり、上条は避けられるものを避けなかったことで勝負に水を差したことになり、そのことに罪悪感がある。
「これはリターンマッチかな?」
「またやるのか」
「当たり前でしょ、納得いかないもん」
「はーーーーーーーー」
長いため息が垂れる上条。
「それじゃ」
「い、今から?」
「ナニよ、文句あんの?」
「も、文句というか、さっきの蹴りでいくら上条さんが打たれ強いとは言いましてもダメージがありまして、それで御坂が勝ったとしてもまた納得いかないかと。なっ御坂」
「うっ……うー……今日はこれから予定あるの?」
「予定つーか、そろそろ腹ペコシスターに飯を作ってやんなきゃヤバい。餓え死ぬ」
「う、餓え死ぬ?一食遅れたぐらいで、あの白いシスターのことよね」
「それがあるんだ、うちのちっこいそのシスターには。特に今日は間食できる物を用意して無かったもんだから、ガキじゃなくて餓鬼が待ってんじゃねえかな」
恐ろしげにブルッと震える上条。
「はーーーーーーーーー」
今度は美琴から失望混じりのため息が漏れる。
「約束しなさいよ、必ずよリターンマッチ」
「お、おう。任せとけ」
「明日の特売、付き合ってあげるから忘れたら容赦しないわよ」
「助かる、上条さんは約束を違えません」
「じゃあ、行って良し」
「済まねー、明日連絡するからな」
「連絡無かったら散弾超電磁砲」
「不幸だぁ!」
走り去っていく上条を見送り
「約束を守れば別に……不幸なのはこっちよ」
呟く。
そしてポケットに手を入れ用意してあった二枚のチケットを取り出す。
「どうしようかな、これ?」
それは映画のペアチケット、今日の当日券である。
「勝ったら……これに付き合って貰って……それから」
先ほどの上条との話ではそうもいかなかったかもしれない。それにしても覚悟を決めた時、一発勝負と思い当日券にしたのが悔やまれる。
「普通に前売り券にしときゃ良かった」
それはそれで約束の日まで心臓が保つか不安で当日券にしたのだ。
「あーあ、誰か他に誘うにも黒子と一緒というのもこの映画じゃあとが怖いし、つーか黒子は初春さんと風紀委員、佐天さんは……やめとこ、何を言われるか」
あと思い当たる人物というと婚后光子であるが、それも仲の良い友人達と今日はお出かけと聞いていた。
「仕方ないか、無駄にするよりは」
思い立ったら吉日は失敗した。
「明日の約束はできてるんだし」
映画は現在ヒット中のラブロマンス。壮大なファンタジー映画でもある。超能力や輪廻転生、宇宙人といった要素が盛り込まれている。学園都市的にはどうかといった内容ではあるが受け入れられて連日映画館は満員御礼状態。
ヒットの理由は先に述べたようにラブロマンス、それもせつない系と云うこと、そして今でも根強い人気を誇る1990年代の少女漫画を原作にしていることが一番大きい。
「明日に備えて乙女心を養っておきますか」
前評判通りなら素直な気持ちになれるのではないか、最大の課題も観賞後の雰囲気が何とかしてくれる、そんな希望もあり選んだ映画。
「見終わったら……そのすすす好きってアイツに伝えるつもりだったのに、はぁ」
上条の記憶にはない美琴との決闘場所、美琴には鮮明な記憶を残す場所でもある、美琴はその河原をあとにする。
静かに佇む河原の向こうには運命を変えた鉄橋も見える。
「あそこは覚えてくれてるのよね……」
美琴は一人映画館へと向かった。