御坂ミコトの暴走~とある上条の永久夏休【エンドレスエイト】~
8月16日、上条はルンルン気分で学校から帰宅していた。
周りの人間達が三週間以上前から夏休みに突入している中、何故彼は学校へ行っていたのか。
それはご存知、補習である。
色々とギリッギリで何とか進級した上条は、夏休みの大半を補習と共に送っていた。
だがそれも今日までだ。本日、その補習地獄から彼は解放された。
彼にとって、明日からが夏休みなのである。
だから彼はルンルン気分なのだ。調子に乗って、スキップまでするほどに。
「いっや~! 上条さん、今とっても解放的ですぞ~!」
そして訳の分からない独り言を呟くほどに。
そんな上条に、ある少女が肩をポンと叩きながら話しかけた。
「ちょろっと~?」
美琴だ。
「何、変なテンションで歩いてんのよ」
「やっはろー! ミコっちゃんお元気~?」
「ミ、ミコっちゃん言うな!」
今の上条は相当上機嫌だ。美琴に対しても、いつもよりフランクである。
「いやはや、今日で補習が終わりましてですね! やっと明日っから遊べるんだな~!」
「あぁ、それで……」
そこで美琴がハッとする。
「じゃ、じゃじゃじゃあ、あ、ああ、明日から…その……わ、私と色んなとこ遊びに行かない…?」
今現在の上条の様子なら、断りそうになさそうだ。
美琴はここぞとばかりにお誘いをする。
案の定上条は、
「おう、行く行く! どこにでも行っちゃいますとも!」
と二つ返事をするのだった。
まさか翌日から、とんでもない事が起きるなど知る由もなく―――
8月17日。
上条はその日、ケータイの着信音と共に目を覚ました。
「ふあぁ………はい、もしもし…?」
『あ、え、えと…お、おおお早う!』
「ん…その声は美琴か? はよー、今起きたとこだわ」
『あ、ご、ごめん…』
「いや別にいいよ」
美琴からの電話。大方昨日言っていた、「色んなとこ遊びに行く」発言についてだろう。
それにしても、やけに朝早くから連絡してきたものである。
美琴的には、実は楽しみすぎて一睡もしていなかったのだが、それは内緒だ。
「で、どしたん?」
『あ…その……こ、これからの予定について、色々と相談したい事が……』
やっぱりか、と上条は思った。
しかし残りの二週間、今まで遊べなかった分夏休みを満喫したいと思っているのも事実だ。
上条は「分かった。じゃあ10時にいつものファミレスな」と約束し、ケータイを切る。
と同時に、お腹をすかせて起きてきたシスターに、朝食を作るのだった。
ごちそうさまをし、一日の始まりのエネルギー源をしっかりと取り、
上条はインデックスに外出する事を伝える。
「あ、そうだ。10時ちょっと前んなったら、俺出かけてくるから」
「どこに行くの? 私もついてっていいのかな?」
一瞬固まる。何か知らないが、ここでインデックスを連れて美琴に会いに行ったら、
とてつもなく不幸な出来事が起きる予感がする。
「……いや、悪いけど留守番しててくれ。学校だから、インデックスが来ても…な?」
だがそんな言い訳は、この完全記憶能力者には通用しない。
「…とうま? 確かほしゅーは終わったって昨日言っていたよね…?
とうまは今から、何をしにがっこーへ行くのかな…?」
汗をダラダラと垂らし目を泳がせる上条。
ここは下手に言い訳せずに、強引にとんずらした方が良さそうだ。
「ひ、昼は昨日作ったカレーがあるから、それ食っとけ!! じゃあな!!」
捨てゼリフを吐きながら、上条はそこからダッシュで逃げた。
背後から「とうまーーーっ!!!」と怒号が聞こえたが、今は考えないようにしよう。
ここは上条や美琴が行きつけているファミレス、Joseph'sだ。
慌てて出てきた為、まだ約束の時間よりかなり早く来てしまった。
美琴が来るまでコーヒー一杯で粘ろうか、などと店に迷惑な事を考えながら入店すると、
「遅いわよ馬鹿っ!」
何故かすでに美琴がいた。
「あれ? まだ時間じゃないよな。遅いって…どんだけ待ってたんだ?」
「べ、べべべ別に楽しみすぎてあの電話の後すぐに来た訳じゃないからっ!!!」
微妙に会話が成立していない。ついでに美琴は言わなくてもいい情報までだだ漏らす。
「…ま、いっか。お互いに早く来たんなら、本題に入っちまおうぜ」
「そ、そうね…」
美琴はドリンクバー、上条はアイスコーヒーを注文する。
ちなみにこの時、上条が遅刻したという事で、ここは彼の奢りとなったのだが、
そもそも時間よりも早く来たのに何故罰ゲームをさせられるか、と上条は理不尽に感じながらも、
「不幸だ…」で済ます辺り、器がでかいのか何も考えていないのか。
「…で、早速だけど問題。夏休みといえば何をするでしょう?」
「んー…そりゃプール行ったりとか祭りで盆踊りとかが妥当【ベタ】なんじゃないか?」
「プールに盆踊り…ね。なるほどなるほど……」
言いながら、紙に何か書き始める美琴。
「…? えっと美琴さん? そのメモは一体何でせう?」
「え? これからの予定表だけど」
紙にはギッチリと色々書かれている。
サイクリング、花火大会、キャンプ、天体観測、海水浴、昆虫採集etcetc…
ハードなスケジュールには定評のある二人だが、いくら何でも詰め込みすぎだ。
「うおおおおい何打コレ!!? 過密すぎだろ! 残り二週間で全部消費する気かよ!!」
「だ、だって! アンタといっぱい遊びたか…じゃなくてっ!!!
そ、その…アレよ……そう! アンタ、今までの分も取り戻したいんでしょ!?
だから色々とスケジュール立ててあげたのよ!」
「立ちすぎて渋滞が起きてんじゃねーか!」
「な、何よ! アンタだって、遊びに行くって言ってたじゃない!」
「てっきり2~3箇所回るだけだと思ってたんだよ! つかお前中3だろ! 受験とか―――」
言いかけて止めた。
そもそもレベル5の第三位である美琴に、今更受験勉強など必要ない。
「そうよ中3なのよ。中学生最後の夏休みなの! だ、だから…お、思い出…とか……」
こちらも言いかけて止める。
最後はごにょごにょと何を言っているのか分からなかったし。
「と、とにかく! いっぱい遊ぶんだから! 分かった!?」
こうなったらテコでも意思を曲げてくれそうにない。
上条は心の中で「やれやれ」、とため息をついた。
ここはアミューズメント施設の多い、第六学区の中にある一般的な市民プールである。
ファミレスを出て、まさかの直行だ。
美琴は今現在、偶然バッタリと居合わせた打ち止めと共に、水かけ遊びをしている。
その様子をプールサイドで休憩しながら見守っている上条だが、
打ち止めがいるという事は、その保護者もいる訳で。
「生きてるかー? 一方通行」
「くっそ…能力が自由に使えりゃァ、熱も紫外線も反射できンのによォ……」
ヒョロヒョロな一方通行は、この暑さにバテバテであった。
「無理して来なくても良かったんじゃねーか?」
「仕方ねーだろ! 打ち止め【あのガキ】がどォしてもっつーンだからよォ!」
何だかんだで、やはり打ち止めには甘い第一位。
口ではそう言いながらも、楽しそうにオリジナルのお姉様と遊ぶ様子に、心なしか嬉しそうだ。
要するにツンデレである。
ひとしきり遊び、プールから美琴と打ち止めが上がってくる。
「いやー! 遊んだ遊んだ!」
「聞いて聞いて一方通行! ミサカ15mは泳げるようになったよ!ってミサカはミサカは自慢してみる!」
「そォかよ。そりゃ良かったなァ(棒)」
「あ~あ。これで一方通行【アンタ】がいなけりゃ最高なのに」
「チッ! 悪かったなァ、三下とのデート(笑)を邪魔しちまってよォ!」
「デ、デデデ、デートォオ!!? なな、何勘違いしてんのよ馬鹿っ!!!」
ツンデレ同士の会話は、お互いに面倒くさい。
「ま、まぁとにかく、プールは消化したから残り20コね」
「お前…本気でそれ書いた所全部回る気か…?」
「あったり前でしょ! 明日はお祭りなんだし!」
その会話を聞いていた打ち止めが食いついた。
「お祭り!? ミサカも行きたい!ってミサカはミサカは手を大きく上げて主張してみたり!」
「いいんじゃないか? なぁ美琴」
「うっ…」
美琴としては、できれば二人っきりで行きたい。
しかし、打ち止めの純粋で真っ直ぐな目で見つめられると、さすがに断りにくい。
「はぁ…分かった。一緒に行こっか」
「わーいやったー!ってミサカはミサカは大はしゃぎ!」
「おいおい…マジかァ…?」
打ち止め【こども】が行くならば、当然一方通行【ほごしゃ】もついていかなければならない。
一方通行は大きくため息をつくのだった。
8月18日。神学系の学校が多い第一二学区でお祭りである。
屋台を回るのは美琴、上条、一方通行、打ち止めという四人組み…の他にもう一人。
「もごもご…やきほわもわはあめもおいひいんらよ!」
左頬をソース、右頬を砂糖でベットベトにしながら、「焼きそばも綿飴も美味しいんだよ!」
と言っているシスターである。
「な~んでインデックス【このこ】までいる訳…?」
明らかに不機嫌な美琴。
「い、いや…さすがに夜一人にしとくの可哀相かなって……」
フォローする上条だが、そのお相手からもトゲが刺さる。
「ごくん! やっぱり昨日も短髪と一緒にいたんだねとうま…しかもこんな美味しいものまで食べて!」
板ばさみになり、オロオロとする上条。
その様子を一方通行は、打ち止めに見せないように手で目隠しをする。
「なになに一方通行? 何にも見えないよー、ってミサカはミサカは口を尖らせてみる」
「……テメェにゃ、修羅場【こォいうの】はまだ早ェ」
その後、「ギスギスしたままだとせっかくのお祭りも楽しめませんぞ!?」という上条の提案により、
『一応』休戦協定がなされたのだった。
「あっ! 金魚すくいがあるわよ!」
「わー! あの黒い金魚さん、目が大きいよ!ってミサカはミサカはビックリしてみたり!」
「そりゃァ出目金だ。重くて取りにくいから狙うンじゃねェぞ」
「とうまとうま! 金魚って食べられるのかな!?」
「…お前の頭の中は、魔道書と食う事以外に何もないのか?」
夏で、夏だった。
あまりにもありふれた夏である。
上条たちは、それを思いっきり満喫していた。
その時、ドンッ!!!と大きな音が鳴り響く。
「って、ヤバッ! 花火大会始まっちゃったわ! みんな急いで!」
これ以上ないくらい、正に満喫しているのだった。
8月19日。ここはアルバイト施設の多い第一六学区。
夏の日差しが敵意むき出しでこちらを襲う中、上条と美琴はこともあろうに着ぐるみのバイトをしていた。
美琴がご贔屓にしているゲコ太【カエル】の皮を身にまとい、上条は汗だくでスーパーのチラシを配っていた。
おかしい。そもそも今回の企画は、残りの夏休みを上条が楽しめるために考案された物ではなかったか。
にも関わらず、彼は補習の方がまだマシだったと思えるほどに、不幸な目にあっていた。
バイト終了後、炎天下【じごく】からクーラーの効いた事務室【てんごく】へ移動した上条は、
着ぐるみを脱ぎ捨てながら美琴にたずねる。
「っぶはっ! なぁ美琴、これってバイト代いくらぐらいなんだ?」
「え? そんなの出ないけど?」
固まる上条。バイトなのに、バイト代が貰えないとはこれ如何に。
「だって代わりに『これ』貰える事になってるんだもん♪」
そう言って美琴が指差したのは、さっき上条が着ていたゲコ太だ。
「なっ! おま…まさかそれだけの為に!?」
「何言ってんのよ! これ一点物なんだから! この期を逃したら、一生手に入らない一品なのよ!?」
へなへなと力が抜ける上条。何かもう、怒る気力すら失っていくのだった。
8月20日。本日は虫取りだ。
「すっごいわ大量ね! わざわざ(山岳地帯のある)第二一学区に来た甲斐があったわ!」
「確かにな…けどこのセミたちどうすんだ?」
「何言ってんのよ。キャッチ&リリースに決まってるじゃない。セミの一生は短いんだから」
そう言って虫カゴの蓋を開ける美琴。
中のセミたちが一斉に外へと飛び出していく。自由を求めて。
…美琴の電磁波に恐れをなした、という可能性も無きにしも非ずだが。
「…いつかあの子たちが恩返しに来たりして」
そんな冗談を言いながら、美琴は無邪気に笑った。
8月25日。天体観測。20日同様、二人は第二一学区に来ている。
山頂付近には一般でも利用できる天文台が設置してあり、天体観測にはおあつらえ向きだ。
「…ねぇ、火星人っていると思う?」
「タコみたいな奴か?」
「あのねぇ……」
「んー、どうかな。密着微生物とかならいるかもな」
満天の星の下、二人はそんな事を語り合っていた。
8月28日。スポーツ特区、第二〇学区のバッティングセンターにて。
「へ~、結構打率いいじゃない」
「まぁこれでも普段から自然と鍛えられてるから……なっ!」
カキーン!と軽快な音を鳴らし、ボールは遠くまで飛んでいく。
そして夏休み最後の日、8月31日。
この日も一緒に遊びに出かけている上条と美琴は、第七学区のとある路地で、
ベンチに座りながらホットドッグを食べていた。一年前と同じ場所、同じ二千円のホットドッグを。
「うー眠いな…さすがに連日遊びまくるのは無理があったって……」
「あっはは! ごめんごめん。でも満喫はできたでしょ?」
「そりゃまぁ、十分すぎるほどな。けどさすがに今日はゆっくりしようぜ?」
美琴は「んー…」と考え、例の紙を取り出す。
「そう…ね。全部『課題』も消化したし、もうやる事はない、か」
上条はホットドッグを一口かじり、「そういえば」と思い出話を切り出す。
「んぐんぐ……ほういえば…ごくん。前にこれ食った時、美琴、鼻にマスタードつけてたよな」
「わ、忘れてよそんな事!」
「いやー忘れられませんなー。恋人ごっこ」
ふと、美琴が手に持っていたホットドッグをテーブルに置く。
「ね……ねぇ…その、さ。こ…恋人のフリしてくれって私が言った後の事も……お…覚えてる…?」
「その後?」
上条が再びホットドッグを口にしようとした瞬間、上条の頭に衝撃が走る。
あの後上条は……
「………宿題……………」
「……………へ?」
上条は叫んだ。ありったけの声で。
「俺の『課題』はまだ終わってねえっ!!」
そうだ。彼は思い出したのだ。
一年前、恋人のフリを頼まれた後やった事。それは宿題だった。
それを思い出し、同時に、連日遊びほうけていたせいで、
『今年の』夏休みの宿題に一切手をつけていない事も連鎖的に思い出したのだ。
「わっ! 悪い美琴! おかげで思い出した!!」
「えっ、いや、あの、私が言いたいのはそこじゃなくて―――」
「美琴! お前は夏休みの宿題が無かったよな!!」
「へ? あ、うん。そ、そうだけど……」
「よし! だったら、俺の宿題を手伝ってくれ!
高校生が中学生に教えを乞うってのは恥ずかしいのかもしれないがそんなこと言ってられねえ!!」
「は、はい!?」
「今から俺の部屋に行って宿題をやるんだよ!!
夏休みを最後の最後まで本当にお前と一緒にいてやる!! だから手伝ってくれ!!」
「ちょ、ちょっと!?」
「四の五の言ってる時間は無い!!」
上条当麻は御坂美琴の手を強引に掴んで走り出す。一年前と逆に美琴を引っ張っていく。
寮へと無事帰った上条は美琴の指導の元、即座に宿題に取り掛かる。
インデックスの険悪な視線と、妙に嬉しそうな美琴の罵声を聞きながら、のひととき。
上条は問題集に視線を落とす。
そして、
そして、
そして。
上条はその日、ケータイの着信音と共に目を覚ました。
「ふあぁ………はい、もしもし…?」
『あ、え、えと…お、おおお早う!』
「ん…その声は美琴か? はよー、今起きたとこだわ」
『あ、ご、ごめん…』
「いや別にいいよ」
美琴からの電話。大方昨日言っていた、「色んなとこ遊びに行く」発言についてだろう。
それにしても、やけに朝早くから連絡してきたものである。
美琴的には、実は楽しみすぎて一睡もしていなかったのだが、それは内緒だ。
「で、どしたん?」
『あ…その……こ、これからの予定について、色々と相談したい事が……』
やっぱりか、と上条は思った。
しかし残りの二週間、今まで遊べなかった分夏休みを満喫したいと思っているのも事実だ。
上条は「分かった。じゃあ10時にいつものファミレスな」と約束し、ケータイを切る。
と同時に、お腹をすかせて起きてきたシスターに、朝食を作るのだった。
ごちそうさまをし、一日の始まりのエネルギー源をしっかりと取り、
上条はインデックスに外出する事を伝える。
「あ、そうだ。10時ちょっと前んなったら、俺出かけてくるから」
「了解しました」
素直な返事をするインデックスに若干の違和感を覚えながらも、上条は出かける用意をする、
「昼は昨日作ったカレーがあるから、それ食っといてくれ」
「了解しました」
やはり何か違和感がある。
しかし、それがこれから始まる大事件の序章だとは、今の上条には分かる訳がなかった……
ここは上条や美琴が行きつけているファミレス、Joseph'sだ。
何となく、約束の時間よりかなり早く来てしまった。何故だろう。
ともあれ、美琴が来るまでコーヒー一杯で粘ろうか、などと店に迷惑な事を考えながら入店すると、
「遅いわよ馬鹿っ!」
何故かすでに美琴がいた。
「あれ? まだ時間じゃないよな。遅いって…どんだけ待ってたんだ?」
「べ、べべべ別に楽しみすぎてあの電話の後すぐに来た訳じゃないからっ!!!」
微妙に会話が成立していない。ついでに美琴は言わなくてもいい情報までだだ漏らす。
「…ま、いっか。お互いに早く来たんなら、本題に……」
ふと、上条は違和感を覚える。いや、違和感というよりは、
「…? なぁ、前にもこんな会話しなかったっけ?」
「は? 気のせいじゃないの?」
「そう…かなぁ……」
既視感だ。
だがデジャヴなど、『よくある事』だ。上条は気にせず続ける。
「…ならいっか。ああ、そうそう。本題な」
「そ、そうね…」
美琴はドリンクバー、上条はアイスコーヒーを注文する。
ちなみにこの時、上条が遅刻したという事で、ここは彼の奢りとなったのだが、
そもそも時間よりも早く来たのに何故罰ゲームをさせられるか、と上条は理不尽に感じながらも、
「不幸だ…」で済ます辺り、器がでかいのか何も考えていないのか。
「…で、早速だけど問題。夏休みといえば何をするでしょう?」
「んー…そりゃプール行ったりとか祭りで盆踊りとかが妥当【ベタ】なんじゃないか?」
「プールに盆踊り…ね。なるほどなるほど……」
言いながら、紙に何か書き始める美琴。
何故だろう。上条はその紙に書かれている内容が予測できた。
「……ひょっとして、予定表作ってんのか?」
「え? うん、そうだけど…よく分かったわね」
「あ、ああ。何となくな」
上条に予知能力など備わっていない。故に今のは単純に勘だ。
紙にはギッチリと色々書かれている。
サイクリング、花火大会、キャンプ、天体観測、海水浴、昆虫採集etcetc…
ハードなスケジュールには定評のある二人だが、いくら何でも詰め込みすぎだ。
「『やっぱり』過密すぎだろ。残り二週間で全部消費する気か?」
「だ、だって! アンタといっぱい遊びたか…じゃなくてっ!!!
そ、その…アレよ……そう! アンタ、今までの分も取り戻したいんでしょ!?
だから色々とスケジュール立ててあげたのよ!」
「立ちすぎて渋滞が起きてんじゃねーか」
「な、何よ! アンタだって、遊びに行くって言ってたじゃない!」
「てっきり2~3箇所回るだけだと思ってたんだよ。つかお前中3だろ? 受験とか―――」
言いかけて止めた。やはり既視感がある。
しかも先程、自然と『やっぱり』と言ってしまった。まるで、本当に知っていたかのように。
(…? 何なんだ? この感覚……)
その既視感の正体は一体何なのか。
ここはアミューズメント施設の多い、第六学区の中にある一般的な市民プールである。
ファミレスを出て、まさかの直行だ。
美琴は今現在、偶然バッタリと居合わせた打ち止めと共に、水かけ遊びをしている。
その様子をプールサイドで休憩しながら見守っている上条だが、
打ち止めがいるという事は、その保護者もいる訳で。
「生きてるかー? 一方通行」
「くっそ…能力が自由に使えりゃァ、熱も紫外線も反射できンのによォ……」
ヒョロヒョロな一方通行は、この暑さにバテバテであった。
「無理して来なくても良かったんじゃねーか?」
「仕方ねーだろ! 打ち止め【あのガキ】がどォしてもっつーンだか…ら…?」
言いかけて、一方通行は口をつむぐ。
「? どうした?」
「…ン……あァ、いや。何でもねェ……」
妙に歯切れが悪い。
「…夏風邪でも引いたのか?」
「…かも知ンねェな……」
と、そんなタイミングでひとしきり遊んだ美琴と打ち止めが、プールから上がってくる。
「いやー! 遊んだ遊んだ!」
「聞いて聞いて一方通行! ミサカ15mは泳げるようになったよ!ってミサカはミサカは自慢してみる!」
「そォかよ。そりゃ良かったなァ(棒)」
「あ~あ。これで一方通行【アンタ】がいなけりゃ最高なのに」
「チッ! 悪かったなァ、三下とのデート(笑)を邪魔しちまってよォ!」
「デ、デデデ、デートォオ!!? なな、何勘違いしてんのよ馬鹿っ!!!」
ツンデレ同士の会話は、お互いに面倒くさい。
「ま、まぁとにかく、プールは消化したから残り20コね」
「お前…本気でそれ書いた所全部回る気か…?」
「あったり前でしょ! 明日はお祭りなんだし!」
その会話を聞いていた打ち止めが食いついた。
「お祭り!? ミサカも行きたい!ってミサカはミサカは手を大きく上げて―――」
打ち止めが大きく手を上げたその瞬間、彼女はその場で突然倒れた。
「っ!!! 打ち止めァァァ!!!」
即座に一方通行が駆け寄る。
「打ち止め!」
「お、おい!? 大丈夫なのか!?」
「……心配ねェ…幸いこのプールには医者がいる。多分、日射病か何かだろ……」
プールに入っていたのに日射病になるだろうか、とは思ったが、上条は医者ではない。
素人が診察するのは逆に危険だ。ここは見送るしかなさそうだ。
一方通行は打ち止めを抱えて、医務室へと歩いていった。
「……本当に大丈夫かしら」
「……うん……」
心配していた二人だが、数分後一方通行から「問題ない」との連絡があった。
もっとも大事を取って今日は帰る、との事だったが。
ちなみに、打ち止めの強い要望により、明日の祭りにも一緒に行く事になった。
8月18日。神学系の学校が多い第一二学区でお祭りである。
屋台を回るのは美琴、上条、一方通行、打ち止めという四人組み…の他にもう一人。
「もぐもぐもぐ…ごくん。―――警告、第一章第八節。
過剰なエネルギー摂取により、脂肪が増加する可能性があります」
「じゃあ食うなよ!」
口の周りをベットベトにしているシスターである。
「な~んでインデックス【このこ】までいる訳…?」
明らかに不機嫌な美琴。
「い、いや…さすがに夜一人にしとくの可哀相かなって……」
フォローする上条だが、念には念を入れ話を逸らす。
「そ、そういや打ち止め、大した事なくて良かったな!」
「…うん! ちょっとMNWでトラブルがあっただけだから! 心配かけちゃってごめんね、
ってミサカはミサカは頭を下げてみる」
「トラブル?」
すると一方通行が、上条にこっそりと耳打ちする。
(打ち止めの件も含めて話がある。オリジナルと別れた後、近くの公園に来てくれ)
「っ!?」
一方通行の表情は、妙に真剣だった。つまり、
(…ま、まさか、やっかい事…なのか?)
そういう事である。
その後は普通に夏祭りを満喫した。
金魚すくい、射的、ヨーヨー釣り…それはもう、夏で、夏だった。
その時、ドンッ!!!と大きな音が鳴り響く。
「って、ヤバッ! 花火大会始まっちゃったわ! みんな急いで!」
満喫しつつも、先ほどの一方通行の言葉と、度々くる謎の既視感に、どこか心から楽しめない上条であった。
花火大会を見終わった上条たちは、『一旦』解散する。
が、その後すぐに上条、一方通行、打ち止めの三人は、近くの公園にやってきた。
「…よォ、呼び出して悪ィな。三下」
「別にいいさ。…で、昨日打ち止めに何が起こったんだ?」
「実は…」
打ち止めは言いにくそうに口を開く。
「MNWに接続できなくなっちゃったの……ってミサカはミサカはしょんぼりしてみる……」
「な………えっ!?」
打ち止めは妹達同士を繋ぐ、MNWのサーバーだ。それができなくなったという事は…
「マズいんじゃねーのかっ!?」
「いや、『そこ』は大した問題じゃねェ」
「問題だろ! それじゃあ一方通行…は……ってあれ?」
そう。MNWに繋げられないという事は、一方通行の代理演算もできない、という意味だ。
にも関わらず、彼は今自由に歩いているし、喋っている。
「ど…ういう事…だ…?」
「話は最後まで聞け」
一方通行に制止され、近くのベンチに座る上条。
「まずテメェに聞きてェンだが…昨日から強烈な既視感はなかったか?」
一方通行の一言に、上条は思わずハッとする。
「……その様子じゃァあるみてェだな」
「けど、何でそれを!?」
「ミサカも感じたから……」
打ち止めが割って入る。
「ミサカあの時、とっても既視感を覚えたの。それでもしかしたら、他の妹達の誰かが体験した事が、
フラッシュバックしたんじゃないかって思って、ってミサカはミサカは告白してみる」
「で、そン時にMNWに繋がンねェ事に気づいてぶっ倒れたって訳だ」
「配線が切れてんのに、無理やり接続しようとしたから…か?」
「らしィな」
しかしそうなると、やはり先ほどの疑問が戻ってくる。
「…でも、じゃあ、何で一方通行は平気なんだ? そもそも何でそんな事になっちまってんだよ」
「…さァな。AIM拡散力場そのものが消失した…ってのが俺の予想だが……」
それではMNWについては説明できても、一方通行が無事な説明にはならない。
そもそも、本当にそんな事が起こったら街は大混乱するはずだ。
正直第一位にも、今のこの状況が何なのかはっきり分かってはいないようだった。
が、その時だ。
「私が説明いたします」
機械のように事務的な言葉で姿を表したのは、さっきまで一緒に夏祭りを楽しんでいたシスターだ。
「インデックス……」
「はい。確かに私の正式名称はIndex-Librorum-Prohibitorumですが、
本来あなたが『インデックス』と呼んでいる存在とは異なります」
「な…イ、インデックスじゃないってのか!?」
「私という個体そのものはインデックスと認識していただいて問題ありません。
ですが今の私は禁書目録の自動防御機能、自動書記です」
「ヨ…自動書記!? 道理でインデックスにしては喋り方が硬いと思ったよ!」
気づけよ、とツッコミたくなるが、今は緊急事態につきスルーさせてもらおう。
「おい、何がどォなってやがる。説明しやがれ三下」
「あ、ああ、実はな…」
上条は自動書記についての説明をした。
去年の7月21日以前の事は記憶にない為、上条もそこまでくわしくはないのだが。
「……つまりその、魔道図書館のセキュリティがそいつって訳か」
「らしい」
「でもだったら何でそのセキュリティが出てくるの? シスターのお姉ちゃん、元気みたいだよ?
ってミサカはミサカは素朴な疑問を投げかけてみる」
「いえ、私が目覚めるのは禁書目録に危険が迫っている時のみです」
次から次へと問題が山積みになっていく。
「なっ!!? インデックスに危険って…何があった!?」
「ご安心ください。私が表に出ている以上、インデックスの命に別条はありません」
「!?」
疑問符が浮かび上がる三人の為に、自動書記は説明を続ける。
しかしそれは、
「現在のこの世界。正確には8月17日0時から同月31日24時までの期間、我々は時間軸をループしています」
更に疑問符を大きくさせる事になるのだが。
だがそれでも衝撃の事実は続く。
「ちなみに今回は、15498回目に相当します」
もはや、理解できる許容範囲を超えていた。
それはつまり、年数にして約594年も世界をループしている計算になる。
「……え…えーと…インデックスさん? 今の言葉の意味を詳しく説明してはくれませんかね?」
「我々は、8月17日0時から同月31日24時までの期間を、15498回ループしている、という意味です」
「同じじゃねーか! それさっきと同じじゃねーかっ!!!」
「…つまりここは、本来の世界とは隔離された空間って訳か?」
さすがは第一位である。狼狽する上条とは違い、自動書記の短く意味不明な説明にも順応している。
「いや…二人で勝手に理解してねーで、俺にも分かるように話してくれ……」
「ミ…ミサカにもお願い…ってミサカはミサカはちんぷんかんぷん……」
「我々の体は今、肉体ではなく精神体だけになっています」
「AIM拡散力場によって構築された擬似世界みてェなもンだな」
魔術サイド怪物【ヨハネのペン】と科学サイドの怪物【アクセラレータ】の説明を合わせるとこうだった。
ここは現実世界ではなく、誰かの自分だけの現実が暴走し、その者のAIM拡散力場が学園都市全体を覆ってしまい、
精神体となった学園都市の住人全てが、8月17日から31日までの二週間をループしている、というのだ。しかもご丁寧に、記憶もリセットされて。
故に打ち止めの能力がなくとも一方通行は動き回れるらしい。
そして禁書目録の代わりに自動書記の人格が表に現れている理由は、本人も述べたように防衛本能だ。
ループされた世界――記憶を毎回リセットされる他の人間はともかく、完全記憶能力者のインデックスがそんな世界にいたら、594年も同じ事を繰り返したら、さすがにいつぞやのイギリス清教が言ったように脳がパンクしてしまうことだろう。何と言っても『脳の容量』は百二十年なのだから。
彼女の精神【あたま】が異常をきたして【おかしくなって】しまうのは自明の理だ。
だからループされた2度目の世界以降、自動書記は禁書目録の代理をしていたのだった。
「なあ、ひょっとして既視感は世界中の人間が感じているのか……?」
「いいや。気付いているのは、ほンの一部、もっと言えば、もしかしたら俺とお前くらいかもな。
『能力の影響』を受けにくい奴しか感じてねェってこった。
黄泉川や芳川にそれとなく振ってみたが気付いていなかったから間違いねェだろ。
俺の場合は単純に『反射』で、テメエは『能力そのもの』が効かねェ」
「なら打ち止めは?」
上条の悲壮な問いに一方通行は無言を返す。
なぜなら、それを一方通行から言ってはならないからだ。言葉にするのは簡単だが、『気付いてもらわない』と意味が無いからだ。
「いや、その前にその理屈はおかしい」
「あなたの『幻想殺し』のことですね」
一方通行の答えを待つことなく上条は疑問を抱く。
反応したのは自動書記。
「そうだ。俺の『幻想殺し』は異能の力をすべて無効化する――
とは、ちと言い切れなくなってきちまったが大半は無効化する。
さっきの説明からすりゃ、俺に記憶が残らないのは変だ」
「だから『能力を受けにくい』って表現したンだ。俺は時間限定だが、たまに反射しているときがあるし、
テメエの場合は完全に消し去る前にループ能力が再生しちまってる、ってところだろ」
しかしそうなると、次なる疑問は当然、
「…けどさ、そんな面倒な事をしてまで、どこの誰が何のために、こんな事を引き起こしたんだ…?」
自分だけの現実が暴走した…という事は勿論、科学サイドの人間だ。
だがこんな大掛かりな事を仕出かせるのは、並の能力者ではない。
レベル5…いや、もっとそれ以上の―――
「……もっとそれ以上の能力者…だろォな……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! それ以上ってお前……」
レベル6。
かつて一方通行がそこに手を伸ばし、上条が打ち砕いた、『最強』を超えた『無敵』。
「…けど…そんなもんいないだろ……」
「本気でそォ思ってンのか?」
見透かされた。
確かに、第一位ですら到達できなかったレベル6だが、一瞬だけ、その高みへと上った人物がいる。
それは……
「お…お姉…様…?」
恐る恐る、打ち止めが口を開く。
そう、その人物こそレベル5の第三位。常盤台の超電磁砲、御坂美琴だ。
彼女は大覇星際の時、ほんの一瞬ではあったが、超能力者を超越した絶対能力者へと進化したのだ。
「待て待て待て!! そんなの一年ぐらい前の話だろ!? 第一、とっくに元に戻ってる訳だし!」
「確かに今のオリジナルにはそんな力はありゃしねェ。
何者かが手を貸さねェ事には、こンな異常事態にはなンねェだろォよ」
「だ…誰か…って……まさか木原が!?」
「かも知れねェし……もっと上の可能性もあるな」
もっと上、つまり。
「学園都市統括理事会ですね」
自動書記は冷静にその名前を口にする。
だが一体何のためだ…と考えても、上層部の思惑など考えても答えが出る訳がない。
それより今はこれからどうするかが問題だ。
このままでは、知らない内に15499回目の世界に戻ってしまう。
「……美琴の体に負担はないのか?」
「科学サイドのシステムには詳しくありませんが、過去15497回の彼女を見る限り、
体調の変化は特にみられません」
淡々と話す自動書記だが、だからこそそこに嘘はない。とりあえず安心はできそうだ。
ならば残る問題は、
「解決方法…か……」
そういう事になる。
「なぁ、明日からの予定も過去に何度もやってんのか? 今日の花火や、昨日のプールも?」
「必ずしもそうではありません」
上条の疑問に、自動書記が淡々と答える。
「過去15497回のシークエンスにおいて、
御坂美琴が取った行動が全て一致している訳ではありません。
15497回中、夏祭りに行かなかったシークエンスが2回あります。
また、夏祭りには行っても花火大会を見学しなかったパターンが437回。
プールには今の所毎回行っている模様です。
アルバイトやボランティアを行ったのは9025回ですが、
その内容についてはいくつかに分岐されます。
着ぐるみを着てスーパーのビラ配り、あすなろ園での園児達との交流会、セブンスミストの従業員、
風紀委員一日体験学習、自動販売機のジュース補充、木原の研究機関の―――」
「もういい。もう分かった」
自動書記を制止する上条。これ以上聞いていると、余計に頭がおかしくなりそうだ。
「ちなみに、俺たちが異変に気づいたのは何回目だ?」
「8769回目になります。最近になるほど、発覚の確率は高くなっています」
「…チッ! つまり俺たちは、過去に何度も気付きながらも、元には戻せなかったって訳かァ?
マヌケな話だなァ、クソッ!」
苛立つ一方通行。
無理も無い。過去の上条たちが何度こうやって集まったとしても、
現実問題、彼らは今15498回目の世界にいる。
つまり失敗しているのだ。ここから抜け出す方法に。
と、ここで、
「……ねぇ、お姉様もしかして、何かやり残した事があるんじゃないかな、
ってミサカはミサカは推理してみる」
黙って聞いていた打ち止めが、ふいに意見する。
「やり残した事?」
「うん。だって15000回以上も世界をやり直してるんでしょ?
きっと何か未練があるんだよ、ってミサカはミサカはミサカの閃きに自画自賛してみたり!」
「未練って…そんな地縛霊じゃあるまいし……」
だが他に解決のヒントになりそうなものはない。
どんなメカニズムでそんな事が起こるのか、考えるのは解決した後でもできる。
ひとまずここは、打ち止めの意見を採用する事となった。
「けどもしそうだとしても、そもそも美琴は何がしたいんだ?
何の手がかりもなく、ただガムシャラに色々やる訳にもいかないし」
すると一方通行が、本気なのか冗談なのか、こんな提案をしてきた。
「案外誰かさンに告られたいとか、そンな単純な理由だったりしてなァ。
試しにオリジナルを抱き締めて、耳元で『アイラブユー』とかいってみろ(笑)」
その発言に、打ち止めは顔を真っ赤にさせて、自動書記は心なしか少しムッとした…ような気がした。
「いや、誰がやるんだよそんな事!!!」
「テメェ以外に適役がいるかァ?」
「そもそも、美琴は俺の事なんが別に好きでもないし、んな事されたら余計に世界がややこしく…って、ん?」
その発言に、打ち止めは大きくため息をつき、自動書記は心なしか少しホッとした…ような気がした。
「…まァともかく、だ。三下は明日からもオリジナルと行動して、そのやり残した事とやらを突き止めろ」
「一方通行たち【おまえら】はどうすんだ?」
「こっちはこっちで調べておく。
打ち止め【そのガキ】の案がハズレてりゃァ、テメェが何しようとループは変わンねェからよォ」
「もう! ミサカの事信じてないの!?ってミサカはミサカはプンプンしてみる!」
「…念のためだ。騒ぐなガキィ」
「インデックスは?」
「私も魔術サイドとしての視点から調査してみましょう。期待はできませんが」
「そっか。…分かった」
話はまとまった。
これから上条がするべきは、美琴のやり残した事(があるかどうかは分からないが)を突き止め、
それを実行する事だ。
「何とかして、このエンドレスサマーを終わらせンぞ」
「やれやれ…二学期が待ち遠しいなんて思ったの、『多分』初めてだよ。……はぁ…不幸だ」
8月19日。アルバイト。
特に美琴に変わった様子はない。
というか、着ぐるみの中が暑すぎてそれ所じゃない。
8月20日。虫取り。
特に美琴に変わった様子はない。
既視感を覚える頻度が徐々に高くなる。
8月25日。天体観測。
特に美琴に変わった様子はない。
手がかりがなく焦り始める。
8月28日。バッティングセンター。
特に美琴に変わった様子はない。
「あー…あのボールみたいに、俺も高く飛んで行けないかなー…」と現実逃避をし始める。
そして夏休み最後の日、8月31日。
第七学区のとある路地でベンチに座りながらホットドッグを食べている上条と美琴だが、
二千円もする高級ホットドッグの味を、上条は味わう暇などなかった。
(うおおおぉぉヤッベー! 今日がタイムリミットじゃねーか!!!
世界が元に戻ってないって事は一方通行たちも失敗してるみたいだし、
このままじゃまた夏休みをやり直すハメになっちまう!!!)
上条は非常に焦っていた。
「な、なぁ美琴! ホントにやり残した事はないのかっ!!?」
「アンタそれ毎日言ってるけど、そもそもスケジュールは紙【ここ】に書いてあるんだから大丈夫よ」
美琴はそう言って、例の紙を取り出す。
「全部『課題』も消化したし、もう特にやる事はないわよ」
違う。それなら世界は元に戻っているはずだ。
打ち止め案が当たりのルートならばだが。
美琴はホットドッグを一口かじり、「そういえば」と思い出話を切り出す。
「んぐんぐ……ほういえば…ごくん。アンタ初めてここ来た時うろたえてたわよね。今日もだったけど」
「当たり前だろ! 二千円だぞ二千円!! 普通のホットドッグの10倍だぞ!!
それを何の惜しげもなくアッサリと俺の分も支払っちまうし!
年上としての上条さんのプライドはズタボロでしたよ!」
「あはははは! そんな事もあったわね!」
ひとしきり笑い、ふと、美琴が手に持っていたホットドッグをテーブルに置く。
「ね……ねぇ…その、さ。こ…恋人のフリしてくれって私が言った後の事も……お…覚えてる…?」
「その後?」
上条が再びホットドッグを口にしようとした瞬間、上条の頭に衝撃が走る。
あの後上条は……
「………宿題……………」
「……………へ?」
上条は叫んだ。ありったけの声で。
「俺の『課題』はまだ終わってねえっ!!」
そうだ。彼は思い出したのだ。
一年前、恋人のフリを頼まれた後やった事。それは宿題だった。
それを思い出し、同時に、連日遊びほうけていたせいで、
『今年の』夏休みの宿題に一切手をつけていない事も連鎖的に思い出したのだ。
「わっ! 悪い美琴! おかげで思い出した!!」
「えっ、いや、あの、私が言いたいのはそこじゃなくて―――」
「美琴! お前は夏休みの宿d―――うぐっ!?」
突如、上条当麻の全身がどぐん!! 、と脈を打った。
それも強烈に。上条の行動を完全に阻止するように。
(な、なんだ!? この強烈な既視感は!? 今までで一番強烈だぞ!? って、そうか――!!)
上条当麻は気が付く。
八月三十一日。
(俺はここで帰っちゃだめだ。美琴を置いて帰っちゃだめなんだ)
駆け出そうとした姿のまま。
美琴に背を向けたまま。
(このまま、帰ってしまえば、またあの二週間を繰り返す羽目になっちまう。
それじゃ駄目なんだ。それじゃ何も変化しないんだ!!)
まるでアドレナリンが放出されたかのように全ての色彩が失せて、すべての動きが止まる。
(……だが、何をすべきなんだ? 何を言うべきなんだ?)
上条は必死に考える。
(どこかにヒントはあったはずだ。美琴は何と言ってた? 思い出せ! 思い出すんだ!!
ここが分岐点なんだ!!! ここで終わっていいのか!? いやダメだ。何か言え! 何か……)
上条はふと思い出した。一方通行の提案を。
しかし、ぶんぶか首を振る。
(いや待て待て待て待て待て。さすがにアレをやるのは勇気がいるぞ。
それに、またループしちまったらカッコ悪過ぎる)
ちなみにループしてしまえば上条の記憶からもソレは消えるのだが、相当頭がバーストしてしまったか、その考えに至らないようだ。
「どうしたの?」
「……」
美琴のキョトンとした問いに言葉を返せない上条。
美琴の表情からは一片の邪気も感じられない。感じられないのだが、
(……それに、もし、本当に美琴が『想い人からの告白』を望んでこの状況を創り出したのだとすれば、
さすがにそれは卑怯過ぎる)
ということくらいは、いくら鈍感大魔王の上条でも分かる。
分からないのはそれが上条本人である、という点くらいだろう。
そして脳裏に走る閃光!!
上条はグルンと勢いよく振り向いた。
あらゆる思いが駆け巡り、結果、極限状態の上条が放った一言は、
「………約束…」
「え…?」
何故かあのアステカの魔術師と交わした約束だった。
「…美琴は知らないだろうけど…さ。あの後海原と一個約束したんだよ」
「……何て…?」
上条はもう一度言う。
一年前の今日と同じように。
「御坂美琴と彼女の周りの世界を守る…ってさ」
その言葉がまるでスイッチを押したかのように、上条は急激な睡魔に襲われた。
「!!? な…んだ……こ、れ………」
意識を失う瞬間、美琴が今まで見た事もない優しい笑顔で、
「その言葉を、アンタから直接聞きたかった」、と言ったような気がした。
そして、
そして、
そして。
チュンチュンと小鳥が囀る声と共に、上条はガバッと起きた。
テーブルに突っ伏したまま寝てしまっていたらしく、無理な体勢だったせいで体の節々が痛い。
即座にテレビをつけ、番組表から今日が何月何日なのかを調べる。
するとそこには、
「……9月1日…って事は……」
無事に正解を引いたらしい。
いや、そもそもアレは夢だったのかも知れない。そんな気さえする程、今考えるととんでもない出来事だった。
ともあれ、何とか1週目のその後に辿り着いた訳だが、ここで終わる上条の不幸ではない。
突っ伏していたテーブルに目をやると、
「………何故に宿題が真っ白なのでせうか…?」
ここが1週目の後ならば、ここへ帰ってきて速攻で宿題にとりかかったはずだ。
だがそんな物は全くない。まさかまだ、あの変な世界にいるのだろうか。
しかしそんな上条の幻想を、同居人がぶち殺してくれた。
「と~~~う~~~ま~~~………」
恨みがましく低い声で上条の名を呼ぶのは、自動書記ではないインデックスだ。
彼女は自動書記の時の記憶はなく、普段通りのリアクションである。
「とうま!!! 昨日帰ってきてから『しゅくだいーを終わらせたらご飯を作る』って言ったのに、
何でそのまま寝ちゃったのかな!!? おかげで夕ごはん食べてないんだよ!!!
とうまは私を餓死させたいのかな!!?
短髪は短髪で、とうまが寝ちゃったらすぐに帰っちゃったし!!!」
「ちょちょちょ、ちょっと待てインデックス!!! って事は何か!?
上条さんはあの後すぐに眠ってしまったと、そういう訳ですか!!?」
「あれだけ毎日短髪と遊びに行ってれば、疲れてヘトヘトになっても自業自得なんだよ!!!
けどしゅくだいーが終わらなかったってのはとうまのせいだからどうでもいいけど、
私の夕ごはんを作らなかったってのは万死に値するかも!!!」
「どうでも良くねーよ!!! あんだけ苦労してこんなオチって!
チクショー、また時間が戻ってくんないか…
ってアレは精神体だけだったから結局歴史は変えらんないのか!」
「何を訳の分からない事を言っているのかな!!?
今日の朝ごはんは昨日の夕ごはんの分も上乗せしてもらうからね!!」
「いや、そもそももう学校に行かないと時間が……」
「とうまーーーっ!!!!!」
「ギャー噛むなあああ!!! 不幸~だ~~~!!!!!」
始業式、その放課後。
本来ならば午前中で帰宅できるはずなのだが、上条は学校に残って昼休みを送っていた。
理由は勿論、午後からの補習だ。夏休みの宿題をやってなかったのだから当然である。
「ほれ、次はカミやんのターンやで」
「あ、ああ。悪い」
そんな上条とトランプをしているのは、同じく宿題を忘れた
(とは言っても、こちらは小萌の補習を受けたいがために故意に忘れたのだが)青髪だ。
彼らは昼食のパンを賭けて、ポーカーで勝負しているのだ。
上条は山札からカードを引きながら、美琴の事を考えていた。
(…結局、何であの約束の事が当たりだったんだろうな……
最後の時、確かに美琴は言ったんだ。『その言葉を、俺から直接聞きたかった』んだって…
…でも…それって……それってまるで―――)
あと一歩の所で、上条は考えるのを止めた。
何故なら手札が、
(……あれ? ス…ストレートフラッシュ!!? ツーペア以上出た事のない俺がっ!!?)
ならば何故賭けなどしたのか。
上条は慌ててショーダウンする。さすがにこの役で負ける事はないだろう。
(アレだけ繰り返した夏休みを終わらせた報酬がパン一個ってのも不幸なんかね)
と苦笑いしつつ、上条は自分の手札を青髪に見せた。すると…
「スマンなカミやん。ボクはロイヤルストレートフラッシュや」
「踏んだり蹴ったりかよっ!!! ロイヤルストレートフラッシュなんて初めて見たわっ!!!」
やはり彼は、不幸で、不幸なのだった。
第七学区のとあるビル。
窓のないそのビルに、カツンカツンと杖をつく音が響く。
一方通行はビル内部の中心部で足を止め、ビーカーの中で逆さまになっている人物を睨む。
「よォ。今回の事件、やっぱテメェの仕業か」
男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見えるその人間は、
薄く笑いながら一方通行の問いに答えた。
「何の話かな」
一言だけ告げると、彼はそれ以降何も語らろうとはしなかった。