小ネタ そんな15歳の誕生日
上条は溜息を吐きながらトボトボと歩いていた。
無事、高校二年に進級し一ヶ月が経とうとしている今日この頃、彼はある悩みを抱えていたのだ。
…別に五月病とかそういうのではない。
「はあぁ…美琴の誕生日どうしよう……」
という訳だ。
上条は前年度、美琴に大きな恩があった。
と言うのも、進級できたのも彼女のおかげだったりするのだ。
仕方ないとはいえ、普段から無断欠席の多い上条の学園生活。
しかも大半は魔術師やら学園都市の暗部絡みなので、学校側にも理由を言えず、
加えて彼は、「そもそもの」成績も悪い。
進級する為には大量の課題をクリアしなくてはならなかったのだが、
そこで助けてくれたのが美琴だった。
ぶっちゃけ完全にズルだが、留年しては元も子もない。背に腹は代えられなかったのだ。
そんな訳で彼は、その恩に報いる為、「誕生日ぐらい何かプレゼントしよう」と思っているのだ。
もっとも美琴的には、そんな事では返せない程の恩を上条に感じているのだが。
更に言えば、恩以上の『別の感情』も持ち合わせているのだが。
しかしお相手は常盤台のお嬢様。それも学園都市に7人しかいない、レベル5の一人だ。
プレゼントするにしても上条のお財布事情では、買える物など高が知れている。
かと言って安物なんぞを渡しても、こっちが恥をかくだけだ。
もっとも美琴的には、上条から貰える物なら何でも嬉しいのだが。
更に言えば、物じゃなくても「何も無いけど、代わりにキスをプレゼントしてあげるよ」
とか言われたら卒倒ものなのだが。上条さん、そんなキャラじゃないのに。
そんな、ある意味無駄な悩みを考えながら歩いていると、ふと、とある看板が目に入る。
「…? 『手作りリング体験教室』…? …………」
看板を見つめる事8秒。上条は「これだっ!!!」と名案を閃いた。
この後、大方の予想通りの展開が巻き起こる。
美琴は大量のプレゼントを抱えながらトボトボ歩いていた。
本日5月2日は御坂美琴の誕生日であるが、そのプレゼントの多さから、
彼女がどれだけ多くの人から慕われているのかが伺える。
「にしてもこんなに…どこに置けばいいのよ……」
プレゼントをくれたのは白井を筆頭に、
初春、佐天、春上、枝先、婚后、湾内、泡浮、固法、(嫌がらせ目的の)食蜂、
それから常盤台中学の後輩たちetcetc…
しかも後輩たちの中には、ついでなのか何なのか、美琴に告白する者も数名いた。
常盤台中学は女子校なので、後輩も当然女子だ。更にその内の何人かは、目がマジだったのだ。
美琴も三年生になり、後輩が2倍に増えた訳だが、
これ以上、百合百合しいのが増えるのは、ちょっと勘弁である。
それにしても、せっかくの誕生日だと言うのに、美琴のテンションは低い。
どうやら、プレゼントの置き場所に困っている…という理由だけではないようだ。
「……あの馬鹿は…何もないわよね……
下手をすれば、今日が私の誕生日って事も知らないだろうし………はぁ…」
という事だった。
―――だがそんな時だ。
「みっこーとちゃ~ん! 誕生日おめっとー!」
と声をかけられた。その声はあろう事か、あの馬鹿の
「にょわわわわわっ!!! な、なな、何でアンタがっ!!?」
声だった。
ビックリしまくって言動がおかしくなる美琴に、不服そうに口を尖らす上条。
「何でって…だから誕生日だよ。
上条さんは、あんだけ世話になったミコっちゃんの誕生日を祝わないような、
そんな恩知らずな男じゃありませんことよ?」
「…っ!」
もう、その一言だけで泣きたいくらい嬉しくなっている自分がイヤになる。
美琴の心の中で、上条という存在がそれ程大きくなっていたのだと、再確認せざるを得ないからだ。
思わず口角が上がり、それに反比例して目尻が下がりそうになるが、グッと我慢する。
ツンを貫き通そうとする彼女は、決してデレを見せる訳にはいかないのだ。
「へ、へぇ~…べべ、別に欲しくにゃんかにゃいけど、
ア、アア、アンタがどうしてもって言うにゃら貰ってあげてもいいわよ?
ぜ、全然嬉しくにゃんかにゃいんだけどね?」
ただしそれは、あくまでも本人の認識であって、周りから見たらバレッバレである。…上条以外には。
明らかに嬉しそうだ。思わずネコ語になる程に。
「まぁ、そう言うなって。せっかく作ったんだからさ」
言いながら、鞄からプレゼントを取り出す上条。しかしどうも、気になるワードが一つ。
「…ちょ、ちょっと待って。作ったって……ひょっとしてアンタの手作り的な…?」
「ああ。その方が安上がりだったし、何より気持ちも込めやすいしな。
豪華さで勝負出来ない分、俺は『世界に一つしかない』っていうレア度で勝負よ!」
思わず上条に抱きついて、勢いのまま『好き』と言いそうになる衝動を何とか抑える美琴。
見ている方としては、その衝動通りに行動してほしいものなのだが。
「ふぇ…ふぇえ~! て、てじゅくりにゃんだー…ふ~ん……」
興味ないフリをしつつも、顔を合わせられないくらい赤面している美琴。
こんなに分かりやすい反応をしているのに、そこに気づかない上条。この男、どんだけだというのか。
「ま、確かに大したモンじゃないけどさ、一応は頑張って作ったんだから、大切にしてくれよ」
「ま、まままぁ、一応大切にするわ。一応ね」
おそらく、一生ものの宝となるであろう。
と、ここで家に帰って開けるのすら待てない美琴が、こんな提案をしてきた。
「ね、ねぇ…これ、今ここで開けてみてもいい…?」
「うえっ!? 今か!? う~ん…ちょい恥ずいけど、美琴へのプレゼントだしな……
美琴の好きなようにすれば―――って、早っ!!!」
上条が言い終わるその前に、美琴は高速でラッピングを剥がしていた。
ただし、ラッピングに使われたリボンや包装紙も取っておく予定なので、高速とは思えないほど丁寧に。
だが、中から出てきたその箱に、美琴の動きが止まる。
それは誰がどうみても、指輪用のケースだった。
「こ、れ…って……」
「手作りリングとか始めてだったけど、意外と出来るもんだな」
美琴の今の気持ちとは裏腹に、暢気な感想を述べる上条。
何故か美琴が固まっているので、上条がケースの蓋を開ける。
すると中から、手作り感満載の、不恰好な指輪が姿を現す。上条はそれを取り出し、
「ほら、指出せよ。付けてやっから」
と無自覚にそんな事を言っちゃったりなんかしちゃったり。
もう何かいっぱいいっぱいで、限界などとうに超えている美琴は、
「…ひゃい……」
と言われるがままに手を差し出す。
だがここで問題が発生した。
「…あれ? サイズが合わねーな……」
上条は美琴の指のサイズを知らなかったのだ。
勘で作った所で、不幸体質の彼が、合ったサイズを当てられる訳がないのである。
美琴の人差し指にはめようとしたのだが、指輪がちょっと小さい。
このままでは色々と台無しになってしまう事ぐらい、さすがの上条にも分かる。
焦った上条は、人差し指以外の指ならはまるかも、と安易な結論を出す。
だがそのおかげで、
「…おっ! ちょうどピッタリだ。いや~良かった良かった」
「なっ! ななな! なあああああ!!?」
その指輪は、美琴の薬指に到着した。それも偶然か必然か、左手の、だ。
瞬間、美琴はいつもお馴染みのふにゃー【アレ】をしてしまった訳だが、
薄れゆく意識の中、天然無自覚な行動でここまで破壊力があるのかと、改めて思ったのだった。
そんな15歳の誕生日。