小ネタ 苦
もぞもぞと、ベットのシーツが動く。
中から顔を出したのは、御坂美琴。
隣に、あの温もりは、ない。
今朝、まだ日も昇らないころ、
彼の携帯が鳴った。
電話の向こうから、切迫した空気が伝わってくる。
装備が下着1枚しか無かった彼は、
電話で話を聞きながらどたばたと防御力を高めていく。
準備が終わると同時に電話を切った彼。
こちらを振り返った彼は、そっと側に跪き、
「ごめんな」
おでこにキスして去っていった。
そこまで思い出し、美琴は起き上がる。
「……覚えてたんだ」
テーブルの上にはチョコレートと置物。
2匹のイルカが口と尻尾をくっつけてハートを作っている、ガラスの置物だ。
3週間前に店先で見つけた。
たった一瞬目がいっただけだったのだが、彼はきちんとマークしていたようだ。
そこまで考えて、美琴は震える。
「……、寒い」
下着しか装備がない美琴。
温もりの残滓をかき集めようとシーツを抱き寄せた。
「別にチョコとか置物なら、自分で買うし…………いいもん、浮気してやる」
立ち上がった美琴は、いつもの浮気相手のところに向かう。
床の上に座っていた大きめの手作りゲコ太ぬいぐるみだ。
抱え込んで再びベットに潜り込む。
このゲコ太は、付き合い始めにあの男が作ってくれたお気に入りだ。
とはいえ、いくら抱き締めたところで温もりが戻ってくるわけではない。
「寝たフリも、大変なのよ?」
無論、誰かを見捨てて欲しいわけではない。
しかし、今日はいろいろと予定を組んでいた。なにも言わずにただ見送るだけというのは、
できそうにもない。
「……当麻……」
数時間後、
チョコレートの空き箱はゴミ箱に突っ込まれていた。
本来学校があったが、体調不良と嘘をつき、休みをもらった。
いや、体調不良はあながち嘘ではない。
部屋に差し込んでいた夕日が少しずつ闇に侵食されていく。
彼女は、まだ自分の寮に帰っていない。
上条の私服を借りた彼女は、掃除や洗濯、食事の支度などをすべて終らせた。
やることがなくなり、ベットとテーブルの間にうずくまる。
「…………」
どれくらいたっただろうか?
深い闇と自分の境界線がわからなくなる。
誰に語るわけでもなく呟いた。
「…………チョコレート、美味しくなかったぞー」
「そいつはすみませんでしたね」
世界が鮮やかに彩られる。
驚き、顔を上げた視線の先には、自身の片割れ。
にかっ、と蛍光灯より明るく笑う上条当麻だ。
「まったく、電気くらいつけろよな」
上条の視線が、昨日から変化のない御坂の荷物を一瞬とらえる。
しかし、すぐに立ち上がった彼女を追う仕事に戻った。
「悪いな、思ったより時間が…………」
言葉が途中で切れる。
美琴は我慢できずに飛びかかろうとした。
しかしギュッと我慢して、ゆっくり抱き締めるにとどめる。
それでも、彼は痛みに一瞬身じろいだ。
いろいろといいたいことはある。
だが、しかし、
「…………当麻、」
生きて戻ってきてくれた。
「おかえり」
少しの間、その甘くて苦い言葉を咀嚼し、
上条は強く抱き締め返した。
痛みと共に、温もりが腕に伝わる。
「…………ただいま」
ガラスの置物に、
イルカ同様口づけを交わす一対の雌雄が映り込んだ。