Ti_Amo.
美琴が上条と別れて二週間が経った。
美琴が意識して通学時間や行動時間をずらした結果、この二週間一度として上条に会う事はなかった。それが美琴の努力の結果ならそれで済ませることもできたが、
何か違和感を感じる。
強いて言うなら学園都市から『上条当麻』という人物の気配そのものがまるごと消えているような。
(……別れた奴の事なんて気にしたって意味ないじゃない。あー馬鹿らしい)
放課後、美琴は白井達とファミレスでお茶を飲んでいた。美琴の左隣である通路側に白井、その白井の向かいに白井と同じく風紀委員活動第一七七支部に所属する初春飾利が腰掛けている。最後に初春の隣で窓際奥の席を占めるのが初春の友人、佐天涙子だ。週末は何をして過ごそうかと四人は雑誌を広げ、ああでもないこうでもないとそれぞれの意見を繰り広げる。
上条と付き合い始める前の、女の子同士の和気藹々とした楽しい時間が戻ってきた。
大口を開けて気兼ねなくわははと笑い、人目を気にせず噂話に没頭し、くだらないジョークに一斉にツッコむ。打てば響くように弾む会話の空間は美琴にとって最も生き生きと輝く場所である。
それなのに、何かが足りない。
上条当麻というパーツが抜け落ちて、御坂美琴という完成品は壊れてしまったのか。
「お姉様? 渋い顔をしてどうされましたの?」
隣でシフォンケーキをつついていた白井が美琴に怪訝な表情を向ける。
「へっ? あ、いや、何でもない何でもない。ところでみんな、週末セブンスミストの屋上でやるイベントって行ってみたくない?」
夏のあのショーがもう一度行われるという発見で、胸のときめきを抑えきれず言葉の後半がややうわずりがちな美琴に
「お姉様……初春も佐天さんもお姉様がゲコ太好きというのは知っているのですから素直に『ゲコ太のイベントに行きたい』とそうおっしゃればよろしいのに。……誰も行くとは言わないでしょうけれど」
白井が白い目を向けて一刀両断する。
「え? わ、私はね? そうじゃなくてこういう子供達とのふれあいってのもたまには必要じゃないかってね?」
「ふれあい、ですか……そうですね。そう言うのもたまには良いかもしれませんね」
追い詰められる美琴を気の毒に思ったのか、佐天が横合いから助け船を出した。夏休みに四人で行ったあすなろ園での一件を、佐天は思い出しているのかもしれない。
「そ、そうでしょ? 佐天さんもそう思うでしょ?」
「ええ、でも御坂さん。こう言うのって私達より彼氏にお願いした方が良いんじゃないですか? どうせ行くなら彼氏とふれあう方が楽しいと思いますよ?」
助け船に見えたのは逃亡者を高速で追跡する巡視船だった。
「は、はい? 彼氏? 彼氏って何? 何のことかしら?」
「もう、とぼけても無駄ですよ御坂さん。御坂さんと御坂さんよりちょっと背の高い男の人が二人で歩いてたのを、うちのクラスの子が見てたんですよー?」
うわー、今さら何の関係もないけどアイツと歩いてるところを見られたかと心の中で苦虫を噛みつぶしつつ『何を言ってるのか分からないわね』とシラを切る美琴を、佐天が獰猛な獣の如くニヤリと笑って追い詰める。
恋バナは女の子の特権。しかも年上でレベル5で学園都市第三位の超電磁砲をネタにできるなら、こんなに面白い(おいしい)話を放っておく手はないと佐天は両手をわきわきさせて『さあ知っていることを洗いざらい離してもらおうか』と尋問する刑事よろしく美琴に向かってずいと顔を近づける。
「佐天さん、それっていつの話ですか? 学園都市の全監視カメラの記録データをチェックしますからくわしい日時を教えてくださいっ!」
いつになく素早い動作で鞄から黒いノートパソコンを取り出した初春が通信データカードをスロットに差し込んで回線を接続した。獲物を目の前にした狩人・初春の目は爛々と輝き、キーボードを叩く指先は愛用の銃の引き金を絞るがごとき閃きを見せる。
「そう言えばお姉様は、三週間近く前に無断外泊されてますよね……まさかその時!」
白井の咎めるような言葉に『三週間前ですね、了解ですっ!』と初春がキーボードをカチャカチャ叩きどこかへアクセスを開始した。初春の持つ書庫へのアクセス権限と処理速度なら学園都市全ての監視カメラの記録からいつの何時に美琴がカメラに映っているか探しだすのは時間の問題だ。
そこに美琴と誰が一緒に映っているのかも。
「ちょ、ちょっと待ってよみんな落ち着いてってば! 私彼氏なんていない、いないからっ! ほら私のケータイ見てよ、彼氏とかいるならそれっぽいアドレスとか履歴とか残ってるでしょ!?」
美琴は慌ててポケットからカエル型の携帯電話を取りだし、その場にいた三人の前で登録番号のリストを表示した。白井は美琴の手から携帯電話を取り上げるとピコピコとボタンを操作して
「……あらホントですわ。初春に、私に、佐天さんに……あとは全員学内のご学友か、教員の方々ばかりですわね」
同時に自分の携帯電話の登録番号リストを表示させ、一つ一つを丹念に検分する。
「履歴も白井さんばっかり……あ、こっちはこの間私にかけてきた時のですねー」
今度は白井の手から美琴の携帯電話を受け取った初春が通話履歴とメールの送受信履歴をチェックする。佐天も写真データのフォルダをくまなくのぞきこんであれおっかしいなーと呟き
「うーん? でも確かに見たってむーちゃんが言ってたんだけどなぁ……」
「き、きっとあれじゃない? 私が誰かに道案内してあげた時とかそう言うのを見かけたんじゃないかな? あは、あはは、あははは……」
上条のアドレスと履歴を消した時は後悔したけれど、今になって思えば良い判断だったと美琴は思い、ついでに胸の奥に走る痛みを笑顔でこっそり打ち消した。
美琴が意識して通学時間や行動時間をずらした結果、この二週間一度として上条に会う事はなかった。それが美琴の努力の結果ならそれで済ませることもできたが、
何か違和感を感じる。
強いて言うなら学園都市から『上条当麻』という人物の気配そのものがまるごと消えているような。
(……別れた奴の事なんて気にしたって意味ないじゃない。あー馬鹿らしい)
放課後、美琴は白井達とファミレスでお茶を飲んでいた。美琴の左隣である通路側に白井、その白井の向かいに白井と同じく風紀委員活動第一七七支部に所属する初春飾利が腰掛けている。最後に初春の隣で窓際奥の席を占めるのが初春の友人、佐天涙子だ。週末は何をして過ごそうかと四人は雑誌を広げ、ああでもないこうでもないとそれぞれの意見を繰り広げる。
上条と付き合い始める前の、女の子同士の和気藹々とした楽しい時間が戻ってきた。
大口を開けて気兼ねなくわははと笑い、人目を気にせず噂話に没頭し、くだらないジョークに一斉にツッコむ。打てば響くように弾む会話の空間は美琴にとって最も生き生きと輝く場所である。
それなのに、何かが足りない。
上条当麻というパーツが抜け落ちて、御坂美琴という完成品は壊れてしまったのか。
「お姉様? 渋い顔をしてどうされましたの?」
隣でシフォンケーキをつついていた白井が美琴に怪訝な表情を向ける。
「へっ? あ、いや、何でもない何でもない。ところでみんな、週末セブンスミストの屋上でやるイベントって行ってみたくない?」
夏のあのショーがもう一度行われるという発見で、胸のときめきを抑えきれず言葉の後半がややうわずりがちな美琴に
「お姉様……初春も佐天さんもお姉様がゲコ太好きというのは知っているのですから素直に『ゲコ太のイベントに行きたい』とそうおっしゃればよろしいのに。……誰も行くとは言わないでしょうけれど」
白井が白い目を向けて一刀両断する。
「え? わ、私はね? そうじゃなくてこういう子供達とのふれあいってのもたまには必要じゃないかってね?」
「ふれあい、ですか……そうですね。そう言うのもたまには良いかもしれませんね」
追い詰められる美琴を気の毒に思ったのか、佐天が横合いから助け船を出した。夏休みに四人で行ったあすなろ園での一件を、佐天は思い出しているのかもしれない。
「そ、そうでしょ? 佐天さんもそう思うでしょ?」
「ええ、でも御坂さん。こう言うのって私達より彼氏にお願いした方が良いんじゃないですか? どうせ行くなら彼氏とふれあう方が楽しいと思いますよ?」
助け船に見えたのは逃亡者を高速で追跡する巡視船だった。
「は、はい? 彼氏? 彼氏って何? 何のことかしら?」
「もう、とぼけても無駄ですよ御坂さん。御坂さんと御坂さんよりちょっと背の高い男の人が二人で歩いてたのを、うちのクラスの子が見てたんですよー?」
うわー、今さら何の関係もないけどアイツと歩いてるところを見られたかと心の中で苦虫を噛みつぶしつつ『何を言ってるのか分からないわね』とシラを切る美琴を、佐天が獰猛な獣の如くニヤリと笑って追い詰める。
恋バナは女の子の特権。しかも年上でレベル5で学園都市第三位の超電磁砲をネタにできるなら、こんなに面白い(おいしい)話を放っておく手はないと佐天は両手をわきわきさせて『さあ知っていることを洗いざらい離してもらおうか』と尋問する刑事よろしく美琴に向かってずいと顔を近づける。
「佐天さん、それっていつの話ですか? 学園都市の全監視カメラの記録データをチェックしますからくわしい日時を教えてくださいっ!」
いつになく素早い動作で鞄から黒いノートパソコンを取り出した初春が通信データカードをスロットに差し込んで回線を接続した。獲物を目の前にした狩人・初春の目は爛々と輝き、キーボードを叩く指先は愛用の銃の引き金を絞るがごとき閃きを見せる。
「そう言えばお姉様は、三週間近く前に無断外泊されてますよね……まさかその時!」
白井の咎めるような言葉に『三週間前ですね、了解ですっ!』と初春がキーボードをカチャカチャ叩きどこかへアクセスを開始した。初春の持つ書庫へのアクセス権限と処理速度なら学園都市全ての監視カメラの記録からいつの何時に美琴がカメラに映っているか探しだすのは時間の問題だ。
そこに美琴と誰が一緒に映っているのかも。
「ちょ、ちょっと待ってよみんな落ち着いてってば! 私彼氏なんていない、いないからっ! ほら私のケータイ見てよ、彼氏とかいるならそれっぽいアドレスとか履歴とか残ってるでしょ!?」
美琴は慌ててポケットからカエル型の携帯電話を取りだし、その場にいた三人の前で登録番号のリストを表示した。白井は美琴の手から携帯電話を取り上げるとピコピコとボタンを操作して
「……あらホントですわ。初春に、私に、佐天さんに……あとは全員学内のご学友か、教員の方々ばかりですわね」
同時に自分の携帯電話の登録番号リストを表示させ、一つ一つを丹念に検分する。
「履歴も白井さんばっかり……あ、こっちはこの間私にかけてきた時のですねー」
今度は白井の手から美琴の携帯電話を受け取った初春が通話履歴とメールの送受信履歴をチェックする。佐天も写真データのフォルダをくまなくのぞきこんであれおっかしいなーと呟き
「うーん? でも確かに見たってむーちゃんが言ってたんだけどなぁ……」
「き、きっとあれじゃない? 私が誰かに道案内してあげた時とかそう言うのを見かけたんじゃないかな? あは、あはは、あははは……」
上条のアドレスと履歴を消した時は後悔したけれど、今になって思えば良い判断だったと美琴は思い、ついでに胸の奥に走る痛みを笑顔でこっそり打ち消した。
白井と初春は定時の巡回、佐天は美琴とは帰る方向が逆のため、四人はファミレスの前で手を振って別れた。一人取り残された美琴は自分に無意味な言い訳をしつつ、上条の住む寮へ足を向ける。
上条が学園都市にいようがいまいがどうでもいいが、どうもいやな感覚が美琴の心にまとわりついて離れない。例えるならそれは、美琴がロンドンにいる上条から電話を受け取った時と同じ。
―――あんな事がそうそう何度もあってたまるものか。
一瞬、不吉な予感に囚われた美琴だが、慌てて首を振って否定する。
(だっ、だいたい、アイツが今どこにいようが何をしてようが、私には関係ないっ! そうよ、アイツとは別れたんだから。もう何の関係も繋がりもないんだから……)
あれは過去、もう終わったと本当にそう言い切れるか。美琴には自信がない。
恋人から破局したら友達にも戻れないと何かの話で良く聞くけれど、果たして美琴と上条はそんなに薄っぺらな間柄なのだろうか。
美琴は二人が歩んだ時間を振り返る。
絶対能力進化実験では美琴も上条もそれぞれの窮地をくぐり抜け、自分の気持ちに気づかなかった頃とはいえ大覇星祭では共に競い、戦い、応援しあった。フランスからかかってきた電話で偶然とはいえ上条の記憶喪失の事を知り、そしてその事は少なくとも上条を担当した医者を除けば美琴以外誰も知らない、二人だけの秘密という事実は変わらない。
恋人には戻れなくても、二人しか持ちえない確かな絆がそこにはある。美琴は上条と別れたから、離れたからといってそこで何が起きても知らんぷりをするような薄情な人間に育ったつもりはない。
(……絆がどうとか未練がましいわよね。案外私って女々しい奴だったんだな)
美琴は防犯の役に立ってるのか怪しい寮の入り口をくぐり、横綱が一人乗ったらワイヤーが千切れそうなオンボロエレベーターに乗って七階を目指し、上条の部屋の前に着くとドアポストに薄っぺらな紙が二枚差し込まれているのに気がついた。上条には悪いと思いつつ白い紙切れを引き抜くと、二枚とも荷物の不在通知届だった。二枚とも荷物の差出人は同じだが、日付が大きく違う。これを見る限り、宅配業者は二度上条のところに同じ荷物を運んで二度とも持ち帰ったという事になる。上条が日常的に部屋へ出入りしてるなら、この不在届がドアポストに差しっぱなしという事はない。上条が宅配業者に電話して自分が部屋にいる時間に再配達させるか、あるいは自分から最寄りのサービススポットへ荷物を取りに出向くはずだ。それが差しっぱなしという事は部屋の主は数日不在のまま、という事になる。
美琴はもう一度二枚の不在通知届を確認する。荷物の差出人は手書きの文字がこすれて判別しづらいが『上条』と書いてあるように見えた。
「……アイツ、どこに行ったのよ?」
不在で持ち帰られた荷物が上条の両親から送られた物なら、上条の両親は上条の不在を知らない。となると上条の行き先は上条の実家ではないという解が導き出される。学園都市の学生が都市の外へ出るには、広域社会見学でも面倒な手続きが必要になる。そして上条はその面倒な手続きを飛ばして『外』へ出た事が、美琴の知りうる範囲で少なくとも二度はある。
「……どこへ行ったの?……まさか」
心にわだかまるいやな予感が美琴に重くのしかかる。美琴は杞憂であって欲しいと願い、階段を駆け下りて一階を目指し、集合ポストの中から上条の名前を探し、鍵の付いていないポストのドアを引っ張って開ける。
ポストの中には何日も手つかずの上条宛の郵便物がたまっていた。美琴は最新のダイレクトメールに押されたスタンプの日付が昨日のものであることを確認し、郵便物を全てポストに押し込むともう一度エレベーターに乗り込んだ。七階でドアが開くのももどかしくエレベーターを飛び降り、全速力で走って上条の部屋の前に着くと拳を握りしめてドアを何度も叩く。かなり大きい音が周囲に響くが隣人は留守にしているのか誰も顔を出さない。次に美琴はドアに耳を当てて中の様子を伺うが、人がいる気配は感じられなかった。電撃使いの能力でドアを開けようとしたが、上条の部屋は古いシリンダー錠を使っているため、美琴では開けられない。
こんな事なら上条から合鍵をもらっておけば良かったと思い、携帯電話を取りだして電話をかける可能性にたどり着いて、そこで美琴は気づく。
「私、アイツと別れたんだった。……はは、何やってんだろ。何もここまで心配しなくったって良いじゃない。私はアイツの彼女でも何でもないんだからさ。ねぇ?」
上条に連絡を取る手段は自分から捨てた。別れも自分から告げた。今美琴がやっている事は明らかに友達の範疇を超えていると悟って、美琴はドアにすがるように頭を押し付けて寄りかかった。ドアを殴りつけた拳より愚かすぎる選択をした自分への後悔で心が締め上げられるように痛む。
上条が美琴を好きなのかが問題なのではない。
―――美琴が上条を好きでいる事が、美琴にとっての最重要事項。
今頃こんな単純な事に気がつくなんて。
「馬鹿……私、馬鹿だ。あの馬鹿の事、言えないじゃない」
元々上条が美琴に良い印象を持っていないのは、美琴もうすうす気づいていた。だから告白の時も上条から明後日の方向へそれたような答えが返ってきた。自分が上条を本気で好きだという事実を理解させるのにどれだけの言葉を尽くしたかを思い出せば、恋人になってからの上条の行動の一つ一つも理解できる。
自分の感情に振り回されて、上条の事を何一つ思いやっていない。
『恋人である事』にこだわって、何も見えていなかった。
(馬鹿だ私。こんなに好きなのに簡単に『別れる』だなんて。そんなこと、できっこない)
巻き戻らない時間と開かないドアの前で、美琴はくだらない意地が産んだ結末に一人立ちすくんだまま声を上げることもできず唇をかみしめる。
上条は学園都市にいない。連絡は取れない。美琴の手の届かない場所に上条がいることはこんなにも不安でたまらないのか。
絶望的な何かに足元を掴まれてこれから何をどうしたらいいのか一つも思いつかず、美琴は無言でその場を立ち去るしかなかった。
上条が学園都市にいようがいまいがどうでもいいが、どうもいやな感覚が美琴の心にまとわりついて離れない。例えるならそれは、美琴がロンドンにいる上条から電話を受け取った時と同じ。
―――あんな事がそうそう何度もあってたまるものか。
一瞬、不吉な予感に囚われた美琴だが、慌てて首を振って否定する。
(だっ、だいたい、アイツが今どこにいようが何をしてようが、私には関係ないっ! そうよ、アイツとは別れたんだから。もう何の関係も繋がりもないんだから……)
あれは過去、もう終わったと本当にそう言い切れるか。美琴には自信がない。
恋人から破局したら友達にも戻れないと何かの話で良く聞くけれど、果たして美琴と上条はそんなに薄っぺらな間柄なのだろうか。
美琴は二人が歩んだ時間を振り返る。
絶対能力進化実験では美琴も上条もそれぞれの窮地をくぐり抜け、自分の気持ちに気づかなかった頃とはいえ大覇星祭では共に競い、戦い、応援しあった。フランスからかかってきた電話で偶然とはいえ上条の記憶喪失の事を知り、そしてその事は少なくとも上条を担当した医者を除けば美琴以外誰も知らない、二人だけの秘密という事実は変わらない。
恋人には戻れなくても、二人しか持ちえない確かな絆がそこにはある。美琴は上条と別れたから、離れたからといってそこで何が起きても知らんぷりをするような薄情な人間に育ったつもりはない。
(……絆がどうとか未練がましいわよね。案外私って女々しい奴だったんだな)
美琴は防犯の役に立ってるのか怪しい寮の入り口をくぐり、横綱が一人乗ったらワイヤーが千切れそうなオンボロエレベーターに乗って七階を目指し、上条の部屋の前に着くとドアポストに薄っぺらな紙が二枚差し込まれているのに気がついた。上条には悪いと思いつつ白い紙切れを引き抜くと、二枚とも荷物の不在通知届だった。二枚とも荷物の差出人は同じだが、日付が大きく違う。これを見る限り、宅配業者は二度上条のところに同じ荷物を運んで二度とも持ち帰ったという事になる。上条が日常的に部屋へ出入りしてるなら、この不在届がドアポストに差しっぱなしという事はない。上条が宅配業者に電話して自分が部屋にいる時間に再配達させるか、あるいは自分から最寄りのサービススポットへ荷物を取りに出向くはずだ。それが差しっぱなしという事は部屋の主は数日不在のまま、という事になる。
美琴はもう一度二枚の不在通知届を確認する。荷物の差出人は手書きの文字がこすれて判別しづらいが『上条』と書いてあるように見えた。
「……アイツ、どこに行ったのよ?」
不在で持ち帰られた荷物が上条の両親から送られた物なら、上条の両親は上条の不在を知らない。となると上条の行き先は上条の実家ではないという解が導き出される。学園都市の学生が都市の外へ出るには、広域社会見学でも面倒な手続きが必要になる。そして上条はその面倒な手続きを飛ばして『外』へ出た事が、美琴の知りうる範囲で少なくとも二度はある。
「……どこへ行ったの?……まさか」
心にわだかまるいやな予感が美琴に重くのしかかる。美琴は杞憂であって欲しいと願い、階段を駆け下りて一階を目指し、集合ポストの中から上条の名前を探し、鍵の付いていないポストのドアを引っ張って開ける。
ポストの中には何日も手つかずの上条宛の郵便物がたまっていた。美琴は最新のダイレクトメールに押されたスタンプの日付が昨日のものであることを確認し、郵便物を全てポストに押し込むともう一度エレベーターに乗り込んだ。七階でドアが開くのももどかしくエレベーターを飛び降り、全速力で走って上条の部屋の前に着くと拳を握りしめてドアを何度も叩く。かなり大きい音が周囲に響くが隣人は留守にしているのか誰も顔を出さない。次に美琴はドアに耳を当てて中の様子を伺うが、人がいる気配は感じられなかった。電撃使いの能力でドアを開けようとしたが、上条の部屋は古いシリンダー錠を使っているため、美琴では開けられない。
こんな事なら上条から合鍵をもらっておけば良かったと思い、携帯電話を取りだして電話をかける可能性にたどり着いて、そこで美琴は気づく。
「私、アイツと別れたんだった。……はは、何やってんだろ。何もここまで心配しなくったって良いじゃない。私はアイツの彼女でも何でもないんだからさ。ねぇ?」
上条に連絡を取る手段は自分から捨てた。別れも自分から告げた。今美琴がやっている事は明らかに友達の範疇を超えていると悟って、美琴はドアにすがるように頭を押し付けて寄りかかった。ドアを殴りつけた拳より愚かすぎる選択をした自分への後悔で心が締め上げられるように痛む。
上条が美琴を好きなのかが問題なのではない。
―――美琴が上条を好きでいる事が、美琴にとっての最重要事項。
今頃こんな単純な事に気がつくなんて。
「馬鹿……私、馬鹿だ。あの馬鹿の事、言えないじゃない」
元々上条が美琴に良い印象を持っていないのは、美琴もうすうす気づいていた。だから告白の時も上条から明後日の方向へそれたような答えが返ってきた。自分が上条を本気で好きだという事実を理解させるのにどれだけの言葉を尽くしたかを思い出せば、恋人になってからの上条の行動の一つ一つも理解できる。
自分の感情に振り回されて、上条の事を何一つ思いやっていない。
『恋人である事』にこだわって、何も見えていなかった。
(馬鹿だ私。こんなに好きなのに簡単に『別れる』だなんて。そんなこと、できっこない)
巻き戻らない時間と開かないドアの前で、美琴はくだらない意地が産んだ結末に一人立ちすくんだまま声を上げることもできず唇をかみしめる。
上条は学園都市にいない。連絡は取れない。美琴の手の届かない場所に上条がいることはこんなにも不安でたまらないのか。
絶望的な何かに足元を掴まれてこれから何をどうしたらいいのか一つも思いつかず、美琴は無言でその場を立ち去るしかなかった。
(やっぱこの方法しか……ないわよね)
美琴が白井に不審者を見るような目を向けられながら一晩枕を抱えてベッドの中でうんうん唸って悩んで思いついた方法は、上条の学校まで行って誰でも良いから上条の知り合いをつかまえて上条が今どこにいるのかを聞いてみるという、きわめて原始的な手段だった。もしかしたら上条はクラスの誰かにそれとなく自分の行動を知らせているかも知れない。何しろ年がら年中補習だ補習だと騒いでいるあの馬鹿の事だ、誰か一人には居場所を伝えて、そこから授業の進行状況を聞いているという事も考えられる。
せめて上条が無事なのかどうかだけでも知りたい。
白井や初春と言った風紀委員にそれとなく不審人物のゲート突破記録について聞いてみるという手もあったが、その場合上条が『外』に出た事の裏付けは取れてもどこに行ったかまではわからない。だいたい、その後で白井に何を根掘り葉掘り聞かれるかわかったものではない。
上条の高校の前までやってきたものの、美琴はこの学校に上条以外の知り合いはいない。美琴は校門から校内の様子を伺い、当てずっぽうで上条のクラスの一年七組まで(忍び込んで)行ってみようかと思いかけたところで、前方から長い黒髪をなびかせて胸を――美琴では太刀打ちできないサイズのそれを張って歩く、上条と同い年くらいの少女を見かけた。そう言えば彼女は大覇星祭の時に上条と親しく話していた運営委員だったような気がする。
美琴は自分の胸元に視線を落とし、それから彼方のおでこ少女と見比べて一瞬敗北感でひるみそうになったが、意を決して彼女の元に駆け寄った。
「あっ、あのっ! かっかっかっ、上条当麻さんを……探してるんですが」
「? 貴女はどこかで会った事があるわね。……ああ、思い出した。大覇星祭の借り物競走で上条当麻の犠牲者になった女の子よね? えーと確か常盤台中学の……み、みさ、みさかさん……?」
クラスのしきり役として抜群の記憶力と頭脳を遺憾なく発揮する吹寄制理が自慢のおでこに人差し指の先をつけうーんと唸りながら記憶を掘り返す。犠牲者、と言う言葉に冷や汗をかきながら次の言葉を待つ美琴に
「貴女、上条当麻に用があるの? あのデルタフォース一のバカなら一週間近く前から欠席中よ。理由は聞いてないわね。どうせ後日どっかの病院に入院した辺りで連絡が入るでしょうけど。どうしたの? 貴女、あの日の件でついに上条当麻に慰謝料を要求するべく立ち上がったとか?」
吹寄は立て板に水を体現するような身も蓋もない言葉で美琴に切り込む。
美琴は両手をわたわたわたわたと振って、
「い、いえ違うんです。そう言うんじゃなくて……ええっとごめんなさいお邪魔しましたっ!」
日頃からあまり接触することのない『年長者』という生物に慌てて深々とお辞儀すると、ダッシュでその場を逃げ出した。吹寄は革靴で走るにはあり得ない速度で遠ざかっていく美琴を見ながら
「上条当麻……貴様、不在の身でありながらうら若きいたいけな少女と騒動を起こすとは良い度胸ね。出席した時が貴様の最後と覚えておきなさい」
キラリ、夕映えを浴びて整えられたおでこがまぶしく光る。
美琴が白井に不審者を見るような目を向けられながら一晩枕を抱えてベッドの中でうんうん唸って悩んで思いついた方法は、上条の学校まで行って誰でも良いから上条の知り合いをつかまえて上条が今どこにいるのかを聞いてみるという、きわめて原始的な手段だった。もしかしたら上条はクラスの誰かにそれとなく自分の行動を知らせているかも知れない。何しろ年がら年中補習だ補習だと騒いでいるあの馬鹿の事だ、誰か一人には居場所を伝えて、そこから授業の進行状況を聞いているという事も考えられる。
せめて上条が無事なのかどうかだけでも知りたい。
白井や初春と言った風紀委員にそれとなく不審人物のゲート突破記録について聞いてみるという手もあったが、その場合上条が『外』に出た事の裏付けは取れてもどこに行ったかまではわからない。だいたい、その後で白井に何を根掘り葉掘り聞かれるかわかったものではない。
上条の高校の前までやってきたものの、美琴はこの学校に上条以外の知り合いはいない。美琴は校門から校内の様子を伺い、当てずっぽうで上条のクラスの一年七組まで(忍び込んで)行ってみようかと思いかけたところで、前方から長い黒髪をなびかせて胸を――美琴では太刀打ちできないサイズのそれを張って歩く、上条と同い年くらいの少女を見かけた。そう言えば彼女は大覇星祭の時に上条と親しく話していた運営委員だったような気がする。
美琴は自分の胸元に視線を落とし、それから彼方のおでこ少女と見比べて一瞬敗北感でひるみそうになったが、意を決して彼女の元に駆け寄った。
「あっ、あのっ! かっかっかっ、上条当麻さんを……探してるんですが」
「? 貴女はどこかで会った事があるわね。……ああ、思い出した。大覇星祭の借り物競走で上条当麻の犠牲者になった女の子よね? えーと確か常盤台中学の……み、みさ、みさかさん……?」
クラスのしきり役として抜群の記憶力と頭脳を遺憾なく発揮する吹寄制理が自慢のおでこに人差し指の先をつけうーんと唸りながら記憶を掘り返す。犠牲者、と言う言葉に冷や汗をかきながら次の言葉を待つ美琴に
「貴女、上条当麻に用があるの? あのデルタフォース一のバカなら一週間近く前から欠席中よ。理由は聞いてないわね。どうせ後日どっかの病院に入院した辺りで連絡が入るでしょうけど。どうしたの? 貴女、あの日の件でついに上条当麻に慰謝料を要求するべく立ち上がったとか?」
吹寄は立て板に水を体現するような身も蓋もない言葉で美琴に切り込む。
美琴は両手をわたわたわたわたと振って、
「い、いえ違うんです。そう言うんじゃなくて……ええっとごめんなさいお邪魔しましたっ!」
日頃からあまり接触することのない『年長者』という生物に慌てて深々とお辞儀すると、ダッシュでその場を逃げ出した。吹寄は革靴で走るにはあり得ない速度で遠ざかっていく美琴を見ながら
「上条当麻……貴様、不在の身でありながらうら若きいたいけな少女と騒動を起こすとは良い度胸ね。出席した時が貴様の最後と覚えておきなさい」
キラリ、夕映えを浴びて整えられたおでこがまぶしく光る。
もう間違いない。上条は美琴に何の連絡もなく『外』へ出たのだ。
外に出たのなら、アビニョンやロンドンの時のように電話をかけてきてくれればいいのに、と美琴は思う。あの時だって上条は美琴を頼りにして電話をかけてきたのだから、今回だって手助けできる事があるなら力になってやれるのに。
「まぁ、無理ないか。アイツの横っ面思いっきり張り飛ばしちゃったもん」
美琴は自分の掌を見つめてあはは、と笑う。あれは我ながらジャストミートの感触だった。ちゃんと確認していないが、上条の頬には三日は消えない真っ赤な紅葉模様が刻まれていただろう。
何となく真っ直ぐ寮に帰りたくなくて、美琴は足を地下街へ向けた。ゲームセンターで気晴らしに何かゲームをして帰ろう。それとも久々に一人でケーキ屋でも廻ろうか。まだ見ぬゲコ太グッズを求めてファンシーショップを行脚するのも良いかもしれない。
それにしても一人で歩く道はつまらない。
一方的なおしゃべりでも良い。誰か聞いていてくれる人が欲しい。
……上条はいつも美琴の隣で美琴の話を聞いていた。
話を止めてくれとも言わずに、口を挟む事もなく、時には相槌を打って。
ほんの二週間前なのに、そんな些細なやりとりが今ではたまらなく懐かしい。
黙って隣でじっと話を聞いてくれる上条が好きだった。
時々美琴に見せる上条の笑顔が好きだった。
履歴を捨てれば忘れられると思った。別れてしまえば何もかも終わると思ってた。その後は新しい誰かと出会い、きっとその人は美琴を誰よりも大切にしてくれて、いつでも美琴のことを一番に思ってくれる。
―――そんなのはうそだ。
忘れられない。忘れられるわけがない。一時の気の迷いを本気にするなど子供時代の淡い夢想と馬鹿にされてもこれだけは譲れない。美琴にとって上条へ向けた想いは一生一度の恋だ。
その恋を自分の手で終わらせてしまったのだから恋人に戻るのはもう無理だろう。でも、友達からならまだやり直せるかも知れない。
この手がまだ届くなら、きっとこの先ずっと続く片思いでも、想い続けることはできるから。
次に会った時は素直に頭を下げて謝ろう。
罰ゲームの時はできなかったけれど、今はできる。あの時とは違う。
美琴は薄っぺらな学生鞄を手にしたまま大きく伸びをして空を仰ぎ、ようやく気持ちの整理をつけると、不意にカエルの鳴き声のような着信音を耳にして首をひねる。
誰だろうこんな中途半端な時間に黒子かしらと怪訝そうな表情で携帯電話を取り出して開き、小さな画面に表示された番号と名前を見てひっくり返りそうになった。
(なっ、なっ、何で? あの馬鹿の番号もアドレスも全部きれいに消したはず!……何でアイツの名前がちゃんと表示されてんのよ?)
そこで思い出した。
美琴は先日、携帯電話の不意の故障に備え、一部の友人のアドレスデータを携帯電話内の個体識別用ICチップに移し替えていたのだ。当然『一部の友人』の中には上条の番号も入っていて、着信があった場合そこからもデータが照合されるからこそ、画面に上条の名前がそのまま表示されるのだ。
(私とした事が抜かったわ。こんな初歩的なミスをするなんて。……まぁいいわ。別れた男に対しても美琴さんは寛大ってところを見せてやろうじゃない)
さっきまでの上条への心配はどこか遠くへ放り投げ、美琴は震える親指を着信ボタンに伸ばし、深呼吸して携帯電話を耳に当てる。
あっちからよりを戻したいというのなら話は別だ。
「もしもーし、上条さんですよー。……御坂、頭は冷えたか?」
「ひ、ひ、冷えたって何がよ! 私はいつだって冷静よ!! それより、私達別れたんでしょ? アンタどの面下げて電話して来てんのよ!? 図々しいにもほどが……」
別れた男に対しても寛大な美琴の沸点は意外と低かった。いつも通りな上条の声を耳にして、美琴は腹の底に力を込めて思い切り叫ぶ。
「じゃあ聞くけどよ、優秀なお前なら俺のアドレス消した後着信拒否くらいしたっておかしくねーのにさ、何でお前はこの電話に出たんだ? ……御坂、そこで回れ右してみろ」
美琴がおそるおそる後ろを振り返ると、ツンツン頭の少年が携帯電話を耳に当てて立っていた。何よこの少女漫画みたいな展開はと思っても、美琴の瞳は上条に釘付けのまま動かせない。
会いたかった人が、誰よりも愛しい人がいつもと変わらぬ姿でそこにいる。それだけで美琴の両頬は何よりも赤く染まっていく。
上条は片手で終話ボタンを押し、携帯電話をパチンと畳んでポケットにしまうと
「久しぶりだな」
よう、と手を挙げてニカッと笑う。よく見るとその手には包帯が巻かれていた。
「ちっと用があって学園都市の外に出てたんだ。ついさっきまで入院してたんだけどやっと退院して久々に外に出てみたらお前の姿を見かけたんでな。いきなり声をかけても逃げられそうだったから電話でカマをかけてみたんだが、正解だった。怪我は完全に治ってねーから電撃も超電磁砲も今は勘弁してくれよ?」
「けっ、怪我!? アンタ私に黙って外にって、どこに行ってたのよ! 心配したんだからね! 連絡もよこさないし部屋に行ってもアンタいないし、ホントに心配……したんだから」
意気込んだ美琴の言葉尻が徐々に細くなり聞き取れないほどの音量まで下がって、上条は耳をそばだてるのは面倒だと美琴のすぐそばに並んだ。
「へーへー。ま、その話は後でするとしてだ。ただいま、御坂」
「お、お、おか……お帰り。……あの、さ」
「何だ?」
上条のいつもと何も変わらない、何の遠慮もない笑顔に負けた。
上条の反応の薄さに美琴は救われた気になった。きっと上条は、美琴が別れを切り出した事もさして気にも止めていないのだろう。
彼にとっては、いつもの美琴のわがままが始まったかと、ほんの少し肩をすくめる程度で。
上条当麻はこういう少年だから、御坂美琴はごめんもありがとうも素直に言える。
向かい合っているのに心が楽になる。
美琴はプライドを捨てて、今伝えたい言葉だけを選ぶ。
「『別れよっか』って話。……撤回しても良い?」
美琴は小さな声でそれだけを絞り出す。
「お前がそうしたいんならそれで良いぞ、俺は」
「アンタはそれで良いの?」
「……って言われてもな。お前はお前のやりたい事をやってる時がいちばんいい顔してるからな。俺はそう言うお前が良いから付き合うのをオッケーしたんだ。お前だって『俺で良いのか?』って聞いた時、良いって言ったじゃねえか。それに何の問題があるんだよ? それって別れる必要あんのか?」
わかったか? と上条は美琴を軽く小突いた。
美琴は小突かれた頭を『痛いじゃない』と両手で押さえながら、小さくため息をつく。
上条は美琴の理想とは程遠い、最低の恋人だ。
下の名前で美琴を呼んでくれない。シャンプーを変えても気がつかない。愛想はないし人前で手をつないでくれないしゲコ太とケロヨンを一括りで『カエル』扱いする。メールを送れば三行以上の文章で返ってくることはないし長電話にも付き合ってくれない。
それでも結局は惚れたもの負け。
御坂美琴は、そんな上条当麻に恋しているから。
上条の反応が薄いのは仕方ない。それについてはもうあきらめた。
美琴がやりたい事をやっている時が好きだというなら、美琴がどれだけ上条を好きなのか教えよう。そうすればこの少年はもっともっと美琴を好きになってくれるだろうから。
もう一度上条に、真っ直ぐなこの想いを伝えよう。
それは二人で笑って明日も一緒に歩くための、小さくてとても大事な。
外に出たのなら、アビニョンやロンドンの時のように電話をかけてきてくれればいいのに、と美琴は思う。あの時だって上条は美琴を頼りにして電話をかけてきたのだから、今回だって手助けできる事があるなら力になってやれるのに。
「まぁ、無理ないか。アイツの横っ面思いっきり張り飛ばしちゃったもん」
美琴は自分の掌を見つめてあはは、と笑う。あれは我ながらジャストミートの感触だった。ちゃんと確認していないが、上条の頬には三日は消えない真っ赤な紅葉模様が刻まれていただろう。
何となく真っ直ぐ寮に帰りたくなくて、美琴は足を地下街へ向けた。ゲームセンターで気晴らしに何かゲームをして帰ろう。それとも久々に一人でケーキ屋でも廻ろうか。まだ見ぬゲコ太グッズを求めてファンシーショップを行脚するのも良いかもしれない。
それにしても一人で歩く道はつまらない。
一方的なおしゃべりでも良い。誰か聞いていてくれる人が欲しい。
……上条はいつも美琴の隣で美琴の話を聞いていた。
話を止めてくれとも言わずに、口を挟む事もなく、時には相槌を打って。
ほんの二週間前なのに、そんな些細なやりとりが今ではたまらなく懐かしい。
黙って隣でじっと話を聞いてくれる上条が好きだった。
時々美琴に見せる上条の笑顔が好きだった。
履歴を捨てれば忘れられると思った。別れてしまえば何もかも終わると思ってた。その後は新しい誰かと出会い、きっとその人は美琴を誰よりも大切にしてくれて、いつでも美琴のことを一番に思ってくれる。
―――そんなのはうそだ。
忘れられない。忘れられるわけがない。一時の気の迷いを本気にするなど子供時代の淡い夢想と馬鹿にされてもこれだけは譲れない。美琴にとって上条へ向けた想いは一生一度の恋だ。
その恋を自分の手で終わらせてしまったのだから恋人に戻るのはもう無理だろう。でも、友達からならまだやり直せるかも知れない。
この手がまだ届くなら、きっとこの先ずっと続く片思いでも、想い続けることはできるから。
次に会った時は素直に頭を下げて謝ろう。
罰ゲームの時はできなかったけれど、今はできる。あの時とは違う。
美琴は薄っぺらな学生鞄を手にしたまま大きく伸びをして空を仰ぎ、ようやく気持ちの整理をつけると、不意にカエルの鳴き声のような着信音を耳にして首をひねる。
誰だろうこんな中途半端な時間に黒子かしらと怪訝そうな表情で携帯電話を取り出して開き、小さな画面に表示された番号と名前を見てひっくり返りそうになった。
(なっ、なっ、何で? あの馬鹿の番号もアドレスも全部きれいに消したはず!……何でアイツの名前がちゃんと表示されてんのよ?)
そこで思い出した。
美琴は先日、携帯電話の不意の故障に備え、一部の友人のアドレスデータを携帯電話内の個体識別用ICチップに移し替えていたのだ。当然『一部の友人』の中には上条の番号も入っていて、着信があった場合そこからもデータが照合されるからこそ、画面に上条の名前がそのまま表示されるのだ。
(私とした事が抜かったわ。こんな初歩的なミスをするなんて。……まぁいいわ。別れた男に対しても美琴さんは寛大ってところを見せてやろうじゃない)
さっきまでの上条への心配はどこか遠くへ放り投げ、美琴は震える親指を着信ボタンに伸ばし、深呼吸して携帯電話を耳に当てる。
あっちからよりを戻したいというのなら話は別だ。
「もしもーし、上条さんですよー。……御坂、頭は冷えたか?」
「ひ、ひ、冷えたって何がよ! 私はいつだって冷静よ!! それより、私達別れたんでしょ? アンタどの面下げて電話して来てんのよ!? 図々しいにもほどが……」
別れた男に対しても寛大な美琴の沸点は意外と低かった。いつも通りな上条の声を耳にして、美琴は腹の底に力を込めて思い切り叫ぶ。
「じゃあ聞くけどよ、優秀なお前なら俺のアドレス消した後着信拒否くらいしたっておかしくねーのにさ、何でお前はこの電話に出たんだ? ……御坂、そこで回れ右してみろ」
美琴がおそるおそる後ろを振り返ると、ツンツン頭の少年が携帯電話を耳に当てて立っていた。何よこの少女漫画みたいな展開はと思っても、美琴の瞳は上条に釘付けのまま動かせない。
会いたかった人が、誰よりも愛しい人がいつもと変わらぬ姿でそこにいる。それだけで美琴の両頬は何よりも赤く染まっていく。
上条は片手で終話ボタンを押し、携帯電話をパチンと畳んでポケットにしまうと
「久しぶりだな」
よう、と手を挙げてニカッと笑う。よく見るとその手には包帯が巻かれていた。
「ちっと用があって学園都市の外に出てたんだ。ついさっきまで入院してたんだけどやっと退院して久々に外に出てみたらお前の姿を見かけたんでな。いきなり声をかけても逃げられそうだったから電話でカマをかけてみたんだが、正解だった。怪我は完全に治ってねーから電撃も超電磁砲も今は勘弁してくれよ?」
「けっ、怪我!? アンタ私に黙って外にって、どこに行ってたのよ! 心配したんだからね! 連絡もよこさないし部屋に行ってもアンタいないし、ホントに心配……したんだから」
意気込んだ美琴の言葉尻が徐々に細くなり聞き取れないほどの音量まで下がって、上条は耳をそばだてるのは面倒だと美琴のすぐそばに並んだ。
「へーへー。ま、その話は後でするとしてだ。ただいま、御坂」
「お、お、おか……お帰り。……あの、さ」
「何だ?」
上条のいつもと何も変わらない、何の遠慮もない笑顔に負けた。
上条の反応の薄さに美琴は救われた気になった。きっと上条は、美琴が別れを切り出した事もさして気にも止めていないのだろう。
彼にとっては、いつもの美琴のわがままが始まったかと、ほんの少し肩をすくめる程度で。
上条当麻はこういう少年だから、御坂美琴はごめんもありがとうも素直に言える。
向かい合っているのに心が楽になる。
美琴はプライドを捨てて、今伝えたい言葉だけを選ぶ。
「『別れよっか』って話。……撤回しても良い?」
美琴は小さな声でそれだけを絞り出す。
「お前がそうしたいんならそれで良いぞ、俺は」
「アンタはそれで良いの?」
「……って言われてもな。お前はお前のやりたい事をやってる時がいちばんいい顔してるからな。俺はそう言うお前が良いから付き合うのをオッケーしたんだ。お前だって『俺で良いのか?』って聞いた時、良いって言ったじゃねえか。それに何の問題があるんだよ? それって別れる必要あんのか?」
わかったか? と上条は美琴を軽く小突いた。
美琴は小突かれた頭を『痛いじゃない』と両手で押さえながら、小さくため息をつく。
上条は美琴の理想とは程遠い、最低の恋人だ。
下の名前で美琴を呼んでくれない。シャンプーを変えても気がつかない。愛想はないし人前で手をつないでくれないしゲコ太とケロヨンを一括りで『カエル』扱いする。メールを送れば三行以上の文章で返ってくることはないし長電話にも付き合ってくれない。
それでも結局は惚れたもの負け。
御坂美琴は、そんな上条当麻に恋しているから。
上条の反応が薄いのは仕方ない。それについてはもうあきらめた。
美琴がやりたい事をやっている時が好きだというなら、美琴がどれだけ上条を好きなのか教えよう。そうすればこの少年はもっともっと美琴を好きになってくれるだろうから。
もう一度上条に、真っ直ぐなこの想いを伝えよう。
それは二人で笑って明日も一緒に歩くための、小さくてとても大事な。
「ねぇ。……私と付き合って」
「良いけど遠くは勘弁な。上条さんこれから晩飯のお米研がなくちゃなんないから」
「そんなの私がやったげるわよ。私はアンタの彼女なんだから」
「門限までには帰れよ?」
「わかってるわよそんなの」
何かを言いかけてはは口ごもる美琴を『もう何も言わなくて良いから』と、上条がおずおずと抱きしめる。ようやく恋人らしく抱きしめてもらえたような、心がはちきれそうに苦しくなる思いで美琴は上条の胸元に顔を埋めた。ここが美琴の居場所だと上条にもはっきりわかるように、美琴は上条をきつく抱きしめて離さない。
強く押し当てた美琴の耳に、上条の確かな心音が聞こえる。美琴にはそれが、美琴の心のドアを叩く運命の音に思えた。
何よりも愛しい音。上条以外には、自分だけが一番近くで聞いてもいい音。
(神様。誰よりも大事にします。だからコイツを、私にください)
美琴は心の中でこっそり誰かに願うと上条を見上げ、顎を心持ち突き出した姿勢で目を閉じた。
美琴の頬に、途惑うように上条の掌が触れる。そこから太い指先がこめかみの方にずり上がり
(あれ? ……私何か間違えた? この場合普通キスが……)
前髪をぎこちない手つきでかきわけられて、冷えた夕暮れ時の空気と熱を持った上条の唇が美琴の額に軽く触れた。
「……テメェ、思わせぶりな態度取りやがって。危うく人前でとんでもないことするとこだったぞ?」
美琴がそっと目を開けると、滅多に見ることのない真っ赤な顔をした上条がいた。
「お前ここをどこだと思ってんだ。白井にバレても知らねえからな?」
美琴は上条の腕の中から顔を上げ、左右を見回す。
ここは上条と罰ゲームの時にやってきたあの地下街の近辺だ。周囲には美琴達と同じくらいの年格好の学生やもう少し上の世代の若者、つまり学園都市の平均的な年齢層が五メートルくらい引いて円を作るように取り巻いている。それはすなわちつまり衆人環視のど真ん中で今のバカップルっぽく抱き合う美琴と上条の一部始終を今ここにいる全ての人に見られたというより見せつけて
「あ、あはは」
上条の腕の中で美琴の顔の筋肉が不自然に引きつっていく。
「…………あはは、あははは……お騒がせしましたーっ!」
美琴はヤケクソ気味に泣き笑いしながら上条の手を掴んでその場を逃れるように走り出した。
「良いけど遠くは勘弁な。上条さんこれから晩飯のお米研がなくちゃなんないから」
「そんなの私がやったげるわよ。私はアンタの彼女なんだから」
「門限までには帰れよ?」
「わかってるわよそんなの」
何かを言いかけてはは口ごもる美琴を『もう何も言わなくて良いから』と、上条がおずおずと抱きしめる。ようやく恋人らしく抱きしめてもらえたような、心がはちきれそうに苦しくなる思いで美琴は上条の胸元に顔を埋めた。ここが美琴の居場所だと上条にもはっきりわかるように、美琴は上条をきつく抱きしめて離さない。
強く押し当てた美琴の耳に、上条の確かな心音が聞こえる。美琴にはそれが、美琴の心のドアを叩く運命の音に思えた。
何よりも愛しい音。上条以外には、自分だけが一番近くで聞いてもいい音。
(神様。誰よりも大事にします。だからコイツを、私にください)
美琴は心の中でこっそり誰かに願うと上条を見上げ、顎を心持ち突き出した姿勢で目を閉じた。
美琴の頬に、途惑うように上条の掌が触れる。そこから太い指先がこめかみの方にずり上がり
(あれ? ……私何か間違えた? この場合普通キスが……)
前髪をぎこちない手つきでかきわけられて、冷えた夕暮れ時の空気と熱を持った上条の唇が美琴の額に軽く触れた。
「……テメェ、思わせぶりな態度取りやがって。危うく人前でとんでもないことするとこだったぞ?」
美琴がそっと目を開けると、滅多に見ることのない真っ赤な顔をした上条がいた。
「お前ここをどこだと思ってんだ。白井にバレても知らねえからな?」
美琴は上条の腕の中から顔を上げ、左右を見回す。
ここは上条と罰ゲームの時にやってきたあの地下街の近辺だ。周囲には美琴達と同じくらいの年格好の学生やもう少し上の世代の若者、つまり学園都市の平均的な年齢層が五メートルくらい引いて円を作るように取り巻いている。それはすなわちつまり衆人環視のど真ん中で今のバカップルっぽく抱き合う美琴と上条の一部始終を今ここにいる全ての人に見られたというより見せつけて
「あ、あはは」
上条の腕の中で美琴の顔の筋肉が不自然に引きつっていく。
「…………あはは、あははは……お騒がせしましたーっ!」
美琴はヤケクソ気味に泣き笑いしながら上条の手を掴んでその場を逃れるように走り出した。
美琴は上条の手を掴んだまま、上条の寮へ続く道をてくてくと歩いていた。
上条の空いた手にはスーパーの袋が握られている。中身は野菜、卵などの食材が二人分。寮に戻っても夕食の時間に間に合わない美琴は
「お米研ぐついでにご飯も作ったげる。一人分も二人分も同じだから良いわよね?」
上条にとある条件を持ちかけた。
彼の部屋でご飯作るなんて、何かこれって彼女っぽくって良いわねとこっそり笑いながら、美琴は思う。
美琴が思う『恋人らしさ』を上条に期待するのはもう止めよう。自分から上条を引っ張り回そう。
美琴はこれからもずっと上条に恋をする。し続ける。
限りなく片思いに近い、それは美琴一人だけが胸に抱き続ける極上の愉悦。
恋人の手を握りしめて
「アンタにはいっぱい聞きたい事があんのよ。したい話もね。そう言う事で今夜はアンタんちに泊まるわよ?」
美琴はこのとてつもなく反応の薄い男に宣戦布告した。
「この間の今日なんだからダメに決まってんだろが」
「私はアンタの彼女なんだから良いじゃない! 二週間ぶりに会えたんだから一緒にいたいっていう私の気持ちくらい理解しなさいよっ!」
「俺達その間別れてませんでしたっけ? しかもお前の宣言で」
「だーっ、その話はさっき撤回したんだからもう良いでしょ!」
美琴はピタリと足を止め、
「……たくさん心配、したんだからさ。良いでしょ、それくらいは」
白旗を揚げるべくぽつりと呟いた。
上条は頭をガリガリとかいて
「まあ、『彼女』への説明責任ってのはあるだろうからな」
「あれ? ……『彼女』って」
自分の顔と上条の顔を交互に指差す美琴に、上条はばつの悪そうな顔で応える。
「あのさ。お前が俺に特大ビンタかました事は覚えてるよな? ……頬に痣がくっきり残っちまったんで、次の日クラスのみんなに大笑いされてさ。そん時に話したんだよ。『彼女にぶたれた』って」
「…………つまり?」
「クラスのみんなは、俺に『彼女』がいるのを知ってる。何かフラグがどうのこうのとかワケのわかんない事を言ってた奴もいるけど、今度誰かに会ったらお前を『俺の彼女』って紹介して良いんだよな?」
良いよな? と念押しする上条に
「うん」
美琴は上条とつないだ手をギュッと強く握りしめた。
「でも俺んちに泊まるのはこれっきりだぞ? 完全寄宿制の寮生活で無断外泊はまずいって。しかも男の部屋に泊まるだなんて何考えてんだよ?」
「だ・か・ら! 私は彼女なんだから『彼氏』の部屋に泊まったって良いじゃない!」
「テメェ自分の歳考えろ歳! 俺を犯罪者にしたいのか!?」
……上条の反応が薄い理由が見えたような気がする。
上条は中学生だ歳が何だと振りかざしては美琴を遠ざけたがるけれど、彼は少々わかりにくい方法で『彼』なりに美琴を思いやってくれる。そんな上条が美琴を『彼女』と認めて、友達に話してくれた事が何よりも嬉しい。
美琴は緩む頬をうつむき気味に隠して上条の手のぬくもりを確認する。
(こうやって手をつないで一緒の部屋に帰れんだから幸せよね。こんなので喜んじゃうんだから安いなぁ、私)
二人は恋人同士。それでいい。
上条の空いた手にはスーパーの袋が握られている。中身は野菜、卵などの食材が二人分。寮に戻っても夕食の時間に間に合わない美琴は
「お米研ぐついでにご飯も作ったげる。一人分も二人分も同じだから良いわよね?」
上条にとある条件を持ちかけた。
彼の部屋でご飯作るなんて、何かこれって彼女っぽくって良いわねとこっそり笑いながら、美琴は思う。
美琴が思う『恋人らしさ』を上条に期待するのはもう止めよう。自分から上条を引っ張り回そう。
美琴はこれからもずっと上条に恋をする。し続ける。
限りなく片思いに近い、それは美琴一人だけが胸に抱き続ける極上の愉悦。
恋人の手を握りしめて
「アンタにはいっぱい聞きたい事があんのよ。したい話もね。そう言う事で今夜はアンタんちに泊まるわよ?」
美琴はこのとてつもなく反応の薄い男に宣戦布告した。
「この間の今日なんだからダメに決まってんだろが」
「私はアンタの彼女なんだから良いじゃない! 二週間ぶりに会えたんだから一緒にいたいっていう私の気持ちくらい理解しなさいよっ!」
「俺達その間別れてませんでしたっけ? しかもお前の宣言で」
「だーっ、その話はさっき撤回したんだからもう良いでしょ!」
美琴はピタリと足を止め、
「……たくさん心配、したんだからさ。良いでしょ、それくらいは」
白旗を揚げるべくぽつりと呟いた。
上条は頭をガリガリとかいて
「まあ、『彼女』への説明責任ってのはあるだろうからな」
「あれ? ……『彼女』って」
自分の顔と上条の顔を交互に指差す美琴に、上条はばつの悪そうな顔で応える。
「あのさ。お前が俺に特大ビンタかました事は覚えてるよな? ……頬に痣がくっきり残っちまったんで、次の日クラスのみんなに大笑いされてさ。そん時に話したんだよ。『彼女にぶたれた』って」
「…………つまり?」
「クラスのみんなは、俺に『彼女』がいるのを知ってる。何かフラグがどうのこうのとかワケのわかんない事を言ってた奴もいるけど、今度誰かに会ったらお前を『俺の彼女』って紹介して良いんだよな?」
良いよな? と念押しする上条に
「うん」
美琴は上条とつないだ手をギュッと強く握りしめた。
「でも俺んちに泊まるのはこれっきりだぞ? 完全寄宿制の寮生活で無断外泊はまずいって。しかも男の部屋に泊まるだなんて何考えてんだよ?」
「だ・か・ら! 私は彼女なんだから『彼氏』の部屋に泊まったって良いじゃない!」
「テメェ自分の歳考えろ歳! 俺を犯罪者にしたいのか!?」
……上条の反応が薄い理由が見えたような気がする。
上条は中学生だ歳が何だと振りかざしては美琴を遠ざけたがるけれど、彼は少々わかりにくい方法で『彼』なりに美琴を思いやってくれる。そんな上条が美琴を『彼女』と認めて、友達に話してくれた事が何よりも嬉しい。
美琴は緩む頬をうつむき気味に隠して上条の手のぬくもりを確認する。
(こうやって手をつないで一緒の部屋に帰れんだから幸せよね。こんなので喜んじゃうんだから安いなぁ、私)
二人は恋人同士。それでいい。
「えーっとさ、その、あれ……痛かったわよね?」
食事も終わってTVでもつけようかと上条がリモコンに手を伸ばしたところで、美琴は上条の向かいにしおらしく正座し、上条の左頬を労るように手を添えた。頭に血が上っての行動とはいえ、水平に振り抜いた美琴の手には衝撃がほとんど残らなかった。ピンポイントで正確に振り抜いた打撃はインパクトの瞬間手応えを感じないと言うが、あれは美琴の経験でも一度か二度あるかないかと言うくらいのクリーンヒットだ。
その数えるほどしかない美琴のクリーンヒットを過去未来に渡り全弾受け止めた上条は
「……痛かったのは殴られた事よりむしろ手跡の方だな。三日間は消えなかったぞ、あの手形」
自分の左頬を人差し指一本で指差し、ジト目で美琴を睨んだ。
上条の非難するような視線に見つめられて美琴はうっ、と言葉に詰まる。
「わ……悪かったわね」
美琴はようやく小声で答えると、誰も見ていないのに左右をキョロキョロと見渡した後、両手を上条の肩について体を上条の方にもたれかけると、上条の左頬から痛みを優しく吸い取るように口づけた。たっぷり一〇秒間はそうしてから上条の首に両腕を巻き付け
「……ごめん」
上条の耳元で、上条にだけ聞こえるように小さくささやいた。
「いろいろと、馬鹿だった。私」
「馬鹿っつーか、単に先走りすぎなんじゃねーの? お前が言う『恋人の会話』とか『彼氏彼女』ってのが何なのか俺にはわからないけど、俺達は俺達で良いだろ? がちがちのテンプレートみたいな真似しなくったってさ」
「うん」
「初めてできた彼女が中学生っていうのにはちっと抵抗あったけど、よく考えりゃお前とはそれ以前から付き合いあったしな。そう考えたら気が楽になったぜ」
「私なんか年上の彼氏よ? 流行についていけない彼氏なんてカッコ悪いわよ」
「テメェの流行ってのはあれか、あのカエルか?」
「カエルじゃないわよゲコ太よ! 何遍言ったらわかんのよ! いい加減覚えろこのド馬鹿!!」
「はいはいわーったよ。……ああそうだ、泊まんのはいいけど、人の布団に潜り込んで背中にしがみついて泣くのは止めてくれな。あれホントに心臓に悪りぃから」
「うん……へっ?」
上条の言葉に、美琴がキョトンとして顔を上げる。
「前にお前がうちに泊まった時な。たぶん、お前が水飲むのに夜起きた後だと思うんだけどさ、いきなり俺の布団に潜り込んで、俺の後ろでびーびー泣きながら寝てたんだよ。最初、『男の布団に忍び込んでくるなんて何考えてやがる』と思ってすげーびっくりした」
寝ぼけてるとはいえあれはひでえよ、と上条は肩をすくめる。
「……あれ?」
頬に涙の跡が残ってたのはそういう事だったのか。
「そ、それも悪かったわね……って、だったらその場で起こしなさいよ! 泣きながら寝てるなんて私まるで子供みたいじゃないのよっ!」
「いやお前子供だろ?」
違うわよっ! と子供のように両手を振って上条をポカポカと叩く美琴を、上条は苦笑しながら抱きしめてその動きを止める。
上条の腕の中で動きを封じられて、美琴は思う。
誕生日は大きな花束とサプライズイベントで祝福して欲しいし、クリスマスには白い雪が降る中を二人で手をつないで歩きたい。一緒にゲコ太のイベントにも行きたい。頑張っておしゃれした時には『似合う』と褒めて欲しいし、こっそりリップの色を変えた時には誰よりも真っ先に気づいてくれたら嬉しい。恥ずかしい思いをしてお膳立てしたのだからごまかさずにキスして欲しい。
気の利いた台詞なんて何一つ上条には期待できないけれど、美琴は上条を好きなのだから、今日よりも明日、明日よりも明後日。上条にはもっと美琴の事を好きになって欲しい。
「……愛してる」
自分一人にだけ聞こえる小さい声ではっきりと。
御坂美琴の誰よりも大事な世界でたった一人の恋人は、愛する人はここにいる。
食事も終わってTVでもつけようかと上条がリモコンに手を伸ばしたところで、美琴は上条の向かいにしおらしく正座し、上条の左頬を労るように手を添えた。頭に血が上っての行動とはいえ、水平に振り抜いた美琴の手には衝撃がほとんど残らなかった。ピンポイントで正確に振り抜いた打撃はインパクトの瞬間手応えを感じないと言うが、あれは美琴の経験でも一度か二度あるかないかと言うくらいのクリーンヒットだ。
その数えるほどしかない美琴のクリーンヒットを過去未来に渡り全弾受け止めた上条は
「……痛かったのは殴られた事よりむしろ手跡の方だな。三日間は消えなかったぞ、あの手形」
自分の左頬を人差し指一本で指差し、ジト目で美琴を睨んだ。
上条の非難するような視線に見つめられて美琴はうっ、と言葉に詰まる。
「わ……悪かったわね」
美琴はようやく小声で答えると、誰も見ていないのに左右をキョロキョロと見渡した後、両手を上条の肩について体を上条の方にもたれかけると、上条の左頬から痛みを優しく吸い取るように口づけた。たっぷり一〇秒間はそうしてから上条の首に両腕を巻き付け
「……ごめん」
上条の耳元で、上条にだけ聞こえるように小さくささやいた。
「いろいろと、馬鹿だった。私」
「馬鹿っつーか、単に先走りすぎなんじゃねーの? お前が言う『恋人の会話』とか『彼氏彼女』ってのが何なのか俺にはわからないけど、俺達は俺達で良いだろ? がちがちのテンプレートみたいな真似しなくったってさ」
「うん」
「初めてできた彼女が中学生っていうのにはちっと抵抗あったけど、よく考えりゃお前とはそれ以前から付き合いあったしな。そう考えたら気が楽になったぜ」
「私なんか年上の彼氏よ? 流行についていけない彼氏なんてカッコ悪いわよ」
「テメェの流行ってのはあれか、あのカエルか?」
「カエルじゃないわよゲコ太よ! 何遍言ったらわかんのよ! いい加減覚えろこのド馬鹿!!」
「はいはいわーったよ。……ああそうだ、泊まんのはいいけど、人の布団に潜り込んで背中にしがみついて泣くのは止めてくれな。あれホントに心臓に悪りぃから」
「うん……へっ?」
上条の言葉に、美琴がキョトンとして顔を上げる。
「前にお前がうちに泊まった時な。たぶん、お前が水飲むのに夜起きた後だと思うんだけどさ、いきなり俺の布団に潜り込んで、俺の後ろでびーびー泣きながら寝てたんだよ。最初、『男の布団に忍び込んでくるなんて何考えてやがる』と思ってすげーびっくりした」
寝ぼけてるとはいえあれはひでえよ、と上条は肩をすくめる。
「……あれ?」
頬に涙の跡が残ってたのはそういう事だったのか。
「そ、それも悪かったわね……って、だったらその場で起こしなさいよ! 泣きながら寝てるなんて私まるで子供みたいじゃないのよっ!」
「いやお前子供だろ?」
違うわよっ! と子供のように両手を振って上条をポカポカと叩く美琴を、上条は苦笑しながら抱きしめてその動きを止める。
上条の腕の中で動きを封じられて、美琴は思う。
誕生日は大きな花束とサプライズイベントで祝福して欲しいし、クリスマスには白い雪が降る中を二人で手をつないで歩きたい。一緒にゲコ太のイベントにも行きたい。頑張っておしゃれした時には『似合う』と褒めて欲しいし、こっそりリップの色を変えた時には誰よりも真っ先に気づいてくれたら嬉しい。恥ずかしい思いをしてお膳立てしたのだからごまかさずにキスして欲しい。
気の利いた台詞なんて何一つ上条には期待できないけれど、美琴は上条を好きなのだから、今日よりも明日、明日よりも明後日。上条にはもっと美琴の事を好きになって欲しい。
「……愛してる」
自分一人にだけ聞こえる小さい声ではっきりと。
御坂美琴の誰よりも大事な世界でたった一人の恋人は、愛する人はここにいる。