たまには立ち位置を変えて
今日の美琴は新刊の発売日だからコンビニ寄って立ち読みをなどと考えながら歩いていた。
するとその背後から、
「よっ、御坂」
上条に声を掛けられた瞬間美琴はぴょんと飛び上がってから上条を振り返る。
「な、なによ。アンタから声かけてくるなんて珍しいじゃない?」
「そうか?」
「そうよ」
そう言ってふんと鼻を鳴らした美琴は
(その通りいっつも私から声掛けてるのにコイツったらデフォで私をスルーすんのよね。こっちはちゃんと立ち止まって振り返って返事までしてるってのに――)
「不公平だわ」
「何が?」
(え?)
思わず零れた本音を上条に聞かれて慌てた美琴は、取り合えず自分に平常心を言い聞かせつつ、
「で、な、何の用?」
「何警戒してんだお前?」
「アアア、アンタから声かけて来た時は対外厄介事が多いからよ!」
「え、そうか?」
「そうよ! 軍隊の相手をしろとか白いチビシスターに指示を出せとか鍵の開け方を教えろとか……」
「そ、そんな事無いんじゃないかしら?」
そう言ってとぼける上条に、美琴の視線がバシバシと突き刺さる。
「御坂さん何ですかその白い目は?」
「いいから何? 美琴さんこれでも忙しいの」
「あ、急いでんのか? 悪かったな呼びとめちまって」
そう言って慌てて鞄を漁り始めた上条に、美琴も本人は認めたくないながらも上条との貴重な逢瀬が短縮されると慌ててフォローを開始するが、
「あ!? そ、そんな訳じゃないの! べ、別によよよ、用なんか大した事無いんだからゆっくり急がないでもいいかなぁ……あははははは……」
「……変な奴」
上条の痛々しい子を見る目に、美琴は内心撃沈されてうな垂れた。
そんな美琴の目の前に、
「ほら」
上条は金色に輝くちょこんとかわいらしい六枚の羽根に頭に輪っかをあしらった蛙のストラップ――、
「ちょ、超レア天使のゲコ太ストラップ!?」
「昨日迷子の女の子を助けた時にもらったんだ。お前好きだったろこーいうやつ」
「うん!」
「やるよ」
「うん!」
そこまで返事をしてからキョトンとした顔で上条を見つめて、
「私に?」
「あ? ああ……」
「これを?」
美琴はゲコ太ストラップを指さす。
「他に何か見えるのかお前?」
上条にそう言われた途端、美琴はふるふると首を横に振る。
そんな美琴に、
「手」
上条に言われて右手を差し出す美琴。
「ほら」
その掌にゲコ太ストラップが無造作にぽとりと載せられると、美琴の髪がふわりと浮かんでパリパリっと火花が飛んだ次の瞬間、何故か上条に向けて電撃が放たれた。
「うぉわッ!? 危ねぇ! 何ビリビリいってんだお前は!!」
叫ぶ上条に、美琴も訳が判らず、
「う、うん。ごめん」
素直に自分の非を認める美琴。
(ちょ、素直だと調子狂うな)
上条はそんな美琴にちょっと驚いてしまう。
「じゃ、俺は行くから」
急いでいるとの話もあったから、用事も済んだ事だしと立ち去ろうとした上条だったが、その腰の辺りを美琴の手が掴む。
「何?」
「お礼」
「いいって。やるって言ったろ?」
「やだ」
(う、上目遣い……)
美琴の何時もと違う雰囲気に上条は意識してしまうのを止められない。
そんなドキドキ気分を誤魔化すために、上条はひとつ悪戯を思いついた。
「じゃ、じゃあ、よし、判った」
そう言って美琴の方を向いた上条は、
「俺の事を名前で呼んでみてくれ」
「え?」
意味が判らないと目を丸くする美琴を尻目に、
「はい、上条当麻。はい」
上条はそう言って美琴の番だとばかりに手を差し出して復唱――名前を呼べと暗に示した。
すると美琴は、顔を真っ赤にして口をパクパクと動かすのだが、声の方は一向に出てこない。
「何だお前?」
そう上条に言われると生来の負けん気で努力するのだが、やっぱり口がパクパクするだけで声が出ない。
「ちょ、ほ、他、他には無いの?」
「何だお前? 俺の名前は呼べないってか?」
「そ、そんな訳無いじゃない。な、名前くらいちゃんと呼べるわよ」
「あそ。じゃ、名前」
「(……御坂美琴)」
「そりゃお前の名前だろうが!?」
上条の突っ込みに美琴の肩がぴょんと跳ねた。
「何だお前。男の名前は呼んじゃいけないとかそういう家訓とかあんのか?」
「ば、馬鹿!? そんな家訓なる訳無いじゃない!」
「じゃ校則か?」
「そんな校則あってたまるかっっての! どんな校則よ一体」
「御坂ぁー、じゃあ何でお前は俺の名前を呼べないんですかねー」
「そ、それは……」
思わぬところで万事休すとなった美琴は、しゅんとして下を向いてしまう。
一方思わぬ展開に上条も少なからずショックを受けていた。
「俺やっぱりお前に嫌われてんのかなぁー。そこまでとは思ってなかったんだけど……はぁ……不幸だ……」
「何でアンタが落ち込んでんのよ!? な、名前呼ばない事がそんなにおかしい訳!」
「おかしいだろ普通」
チラリとこちらを見た上条の視線が、思った以上に美琴の心をえぐる。
さらに追い打ちを掛ける様に、
「名前だぞ名前。呼ぶなっつうならまだしも、呼びたくないって俺どれだけ嫌われてるんですかって感じじゃね? これを落ち込まずに何時落ち込むんだよ全く」
嗚呼、普段は自信が服を着て歩いている様な美琴が、あんなに小さくなってしまうとは。
それには流石の上条も美琴の事がかわいそうになった。
そもそもこんなやり取りをする為にお互い顔を合わせた訳ではない。
「あーいーよいーよ。何かそんな顔されると俺がお前の事虐めてるみたいだから。何かショックだったけど気にすんな。ま、悪ふざけだと思って忘れてくれ」
そう言って踵を返して美琴に背中を向けると、
「じゃ、ストラップ無くすなよ。またな御坂」
ひらひらと美琴に手を振って離れて行く。
去って行く上条の背中をじっと眺める美琴は、掌にチクリとした感触を感じてその手を開く。
(天使ゲコ太……)
強く握りしめたせいで痛みを感じたのだろう。
しかし美琴には、天使ゲコ太が美琴に頑張れと言っている様に感じた。
ゲコ太に向かって頷く美琴。
(天使ゲコ太、私に力を貸してッ!!)
心の中でそう呟いてストラップを握りしめると、上条の背中を追って行き……。
「と……、とうまッ!!」
すぐ背後から名前を呼ばれてビクッと首をすくめた上条が振り返ると、すぐ真後ろに美琴が立っていた。
「御坂……」
驚いて目を丸くする上条に、美琴は緊張で涙目になりながらも不敵な笑みを浮かべると、
「ほ、ほら! 何度でも呼んであげるわよ! とうまとうまとうまとうまとうまとうむぐぅ――――!?」
「こらこら何かインデックスが2人に増えた気分になるからカミジョーさんの名前を連呼しないで下さいまし」
「むー! むー!」
上条に口を手でふさがれて顔を真っ赤にして声にならない不服を述べる美琴。
「悪かった悪かった。御坂は御坂だよな。インデックスと一緒にして悪かったって」
「ぷはッ! ゼーゼーゼー。な、何人の心呼んでるのよアンタは……」
「そんな気がしただけだったんだが……。当ってたとはカミジョーさんもびっくりですよー。これって以心伝心?」
そう言って茶化す上条だったが、美琴の様子がおかしい事に気付く。
さっきから顔が真っ赤だったのは変わらないが、ちょっと目の焦点が怪しい。
「大丈夫か御坂?」
心配して声を掛けるが返事は無い。
それもその筈――、
(私とアンタの心が繋がってるって? じゃ、もしかしてアンタも私の事……事……す、す、す……)
自分の属性に従って素直にデレている真っ最中で忙しいのだ。
だから、ちょっと漏電して、ちょっと上条に電撃が飛んでもおちゃめと思って許せないだろうか?
「だから何でそこで電撃何なんだよ!! って御坂?」
電撃を払いのけて叫んだ上条は、目の前で膝を追って崩れる美琴を慌てて支えると、
「大丈夫かお前!?」
「のぼひた」
そう言って緩みきった顔でにこにこと笑う美琴は、何だか憎めなくてかわいいなんて上条は思ってしまう。
「ったく……。能力使いすぎっからそう言う事になんだよ。もうちょっとセーブしろセーブ」
「あんらにいわれらくたってわらひできるんらろ……」
「ヘイヘイ無能力者(レベル0)には言われたくないですよね、超能力者(レベル5)の御坂さん」
「ひにゅくゆーにゃー」
そう言って上条の肩をぽずぽずと叩く仕草なんて、そこいらの美少女が束になっても敵わないだろう。
だからつい上条が、
「悪ぃ悪ぃ。お前の反応がミョーにかわいかったからつい……」
などと美琴にとどめの一撃を加えたとしても笑って許してもらえるのではないだろうか。
(かわいい? かわいいってアイツが? 私の事かわいいって……)
美琴も限界なのに――それでもここはテンションを上げずにはいられない。
よって、
「ふにゃー」
「お、おい御坂ッ!? 御坂おいッ!!」
止めを刺された美琴の顔は何処までも幸せそうだった。
END