少女の奏でる旋律は―― 3
「はぁ・・・」
上条当麻は木陰に一人、佇んでいた。
ぼーっと眺めるその視線の先には常盤台の学生寮。
なるべく意識しないようにしてここまで連れてきた当のお嬢様は今頃、部屋にケースを置いてきていることだろう。
さすがにあんなところを他の子に見られるのはまずかったようだ。
そしてもう一度、ため息をつく。
(――やれやれ、中学生相手に何をいちいち慌ててるんだか)
などと考えていると、
「ごめんね~、お待たせ!」
言いながら美琴がこっちに走ってくるのに気づいた上条はハッとする。
「あ、ああ。おかえり」
「ん?どうかしたの?」
「な、なんでもありませんことよ!」
「・・・? ――まぁいいわ。早くご飯食べましょ!もうお腹ペコペコ~」
いっくわよ~ と美琴は手を挙げている。なんだかすごく楽しそうだ。
そんな彼女を見てるとなんだか上条は悩んでたのが馬鹿馬鹿しくなった。
(ま、いっか)
自然と、笑みがこぼれる。
「――な~にニヤけてんのよ?」
「なんでもね~よ。 よっしいくぜ!上条さんももう腹が限界でしてよ~」
「ちょ、ちょっと待ってってば!」
さっさと歩いていく上条の背中を美琴は慌てて追いかける。
「ま、お嬢様を食事に誘うのにこんな場所でいいのかなとは思ったんだけどさ」
二人が居るのはどこにでもある普通のファミリーレストランだった。
「よく考えたら御坂は普通に外でホットドッグ食ったりファーストフード店に入っていったりしてるから問題ないんだよな」
ビクッ! と美琴の肩が震えた。
「ホ、ホットドッグ・・・」
「ん、どうかしたか?」
「~~~ッ! な、なんでもないわよ!」
あんなものは黒歴史だ、思い出すもんじゃないと美琴は一瞬脳裏に浮かんだあの失態を無理やり振り払い取り繕う。
「だ、だいたいそんなの偏見よ?黒子や初春さん――さっきの花飾りの子ね、あの子達とだってよくこういう所に来るもの。外でクレープ食べたりもするし」
「それもそうだよな、わりぃわりぃ」
「気にしてないわよ」
「――失礼致します。ご注文はお決まりでしょうか?」
気がつくとすぐ傍にウェイターが立っていた。上条はさっとメニューに目を通して、
「えーっと、じゃあハンバーグ定食で。 御坂は何食べたい?」
「うーんとそうね、それじゃナポリタンにしようかしら」
「かしこまりました」
ウェイターはもう一度確認を取ると、ごゆっくりどうぞ。 と言って下がっていった。
二人はそのまましばらくウェイターを眺めていたが、ふと上条が思い出した風に、
「そ~いや、御坂と二人で飯なんていつぞやの恋人ごっこ以来だっけ?」
「ッ?!そ、そそそんなこっぱずしいこと思い出さなくていいから!」
お冷を飲んでいるところだった美琴は危うく噴き出しそうになるが、無論上条に他意はない。
「いやぁ、タックルしてきたあとのお前のうろたえっぷりはなかなかお目に掛かれないものだったな」
「しょ、しょうがないじゃない!あのときはああするしか思いつかなかったんだから!」
「はいはい、まぁ今日はのんびりできそうじゃん」
「そりゃあ、あんなこと何度もあっちゃたまんないわよ。気づいたらケンカはじめてるのもいるし」
「はっはっは、男には拳と拳で語り合わなければいけないときがあるのだよ御坂さん」
そう言ってとぼける上条を美琴が睨みつける。
(――わけもわからず追いかけてたこっちの身にもなって欲しいもんだわ…)
そんな美琴の様子を見て上条は小さく笑い、
「冗談だよ、あんとき降ってくる鉄骨をずらしてくれたのはお前だろ? ありがとな」
「――アンタ、気づいてたの?」
「ああ、なにせ不幸だからな」
またコイツは笑えないことを、と突っ込みたくなる気持ちを美琴はなんとか抑える。
それに、詳しいことはわからないがあのケンカの原因は自分が関係していることは気づいていた。
しかも極め付けは思い出すだけで赤面してしまいそうなあの台詞。
「どうかしたのか?」
「なんでもないわよ」
「? まぁいいけど。そういやなんであのあと何も言わずに帰っちまったんだよ?」
「だ、だってアンタが――ッ」
アンタがあんなこと言うからでしょー! と言いそうになったのを美琴はかろうじて飲み込んだ。
上条は若干たじろいながらも、
「お、俺がなに?」
「~~~ッ!!」
ボフッ と美琴が真っ赤になって固まる。
「あれ…?おーい、御坂さ~ん」
上条は動かなくなってしまった美琴の目の前で手を振ったりしてみる。そのとき、
「お待たせいたしました~」
すぐ横にウェイトレスの女の子が立っていた。どうやら料理をもってきたらしい。
丁寧な仕草でテーブルの上に料理を並べていく。
「あ、どうも~。ほら御坂、冷めないうちに食べるぞ」
「はっ! そそそそそうね、いただきまーす!」
よくわからないが復活したらしいお嬢様は目の前の料理に取り掛かった。
「でさ、そしたら黒子ったらね――」
「ハッ、そりゃアイツらしい――」
昼食を食べながら、二人は適当に雑談をしている。
性格上、問題を頻繁に振っているのは美琴の方で、上条は相づちを打っている。
一見、美琴ばかり喋っているようにも見えるがそんなこともなく、二人とも楽しそうである。
(ほんと、一時は悩んだりもしたけど全然コイツと喋れてるのよねー)
少年が記憶喪失であること。そして自分がそれに気づいてしまったこと。
そしてある事件がきっかけとなりそのことを少年に打ち明けたこと。
あのとき感情のままにぶつけた言葉のせいで、当時の美琴は今まで通りこの少年と付き合っていけるのかとても悩んでいたのだ。
思えばずいぶんと前の出来事なのだが、美琴としてはまだ最近のことのように感じられた。
(まぁ肝心なことは相変わらず教えてくれないんだけど。変に隠す素振りとかはなくなった気がするし、ちょっとはコイツとの距離が縮んだってことなのかなー)
そんなことを考えていると、上条がふいに顔をあげた。どうやら食事が済んだらしい。
美琴はぽけーっと上条を眺めていたため、思いっきり目が合ってしまった。
「なんだ?人の顔じーっと見て」
「へ?!あ、や、ぼーっとしてただけよ!あははは」
素早い動作でフォークを掴み、自分の皿に残っていた最後の一口をぱくっと食べる。
そして手をバチン!と大げさに合わせて、
「ごちそうさま~!」
「ん、ごちそうさま」
上条も軽い調子で手を合わせる。どうやらごまかせたようだ。
美琴がホッと胸を降ろしていると、上条が話し掛けてきた。
「そういや御坂さ」
「うん?」
「なんか最近、ビリビリしてこなくなったよな」
「え?――ああ、そういえばそうかもね」
(・・・?)
一瞬、気になる表情を美琴が浮かべたように見えたが、上条は気のせいだろうと思いは特に追求しなかった。
「まぁ上条さんとしましてはその方がありがたいと言いますか、電撃撃たなきゃお前も可愛い女の子だしな」
「かッ、かわ?!」
不意に可愛いと言われ、美琴は思わず赤面してしまう。
「御坂、なんか顔が赤いけど熱でもあるのか?」
「ふぇ?!ぜぜぜ全然!超健康体よ!」
美琴は笑ってごまかすが、さっきの言葉が何度も蘇る。
(そっか。コイツから見て、私は可愛い部類に入るんだ。ふふっ)
などとこっそり喜んでいると、
「えーっと、御坂さん。大変申し上げにくいのですが…」
「な、なによ?」
上条は美琴の周りを指差して、
「また、バチバチいってます」
「へ? ――うわわわわわ!み、右手!右手貸して!」
言うが早いか、ちょうど前に出されていた上条の右手を両手で掴み取る。
瞬間、周囲に跳ね回っていた電気が消滅する。
対能力仕様なのかはわからないが、奇跡的にレストランの備品が焦げたりはしなくて済んだようだ。
「あ、危なかった・・・」
「ビリビリしなくなったのはいいけど、なんかよく漏電するようになったよな」
「うう・・・」
「まぁ気にすんなよ、そのうち元に戻るだろ」
「そう、ね。ごめん、ちょっとこの体勢じゃしんどいからそっち行くね」
そう言って、右手を掴んだままちょこんと上条の隣に腰掛ける。
ふと美琴が顔を上げると至近距離に上条の顔があった。
美琴は勢いよく下を向き、深呼吸をする。顔も真っ赤になっていた。
(ち、近すぎ!自分で行くって言っといてなんだけど近すぎ!!)
もう一度そーっと顔を上げると上条と目が合った。
「あん?」
「な、なんでもない・・・」
「? 変なヤツ」
少年はそんなことを言ってガラス越しに外の景色をぼけーっと眺めている。
年頃の女の子がすぐ近くにいるというのに全く気にしていない彼のそんな様子に、美琴は心中でため息をつき、
(いくらなんでも、もう少し意識してくれたっていいと思うんだけどなー)
なんとなくジロりと睨んでみるが、気づく様子はない。
(あーあ、なんか一人であたふたしてるのもアホらしくなってきたわ)
ストン、と美琴の体が脱力し、そのまま上条の肩にもたれかかる。
正直、漏電騒ぎなどのドタバタもあって少し疲労していた。この鈍感男にはこれぐらいしてもらっても罰は当たるまい。
(ここ、あったかいな・・・。なん――か、安心――す――――・・・・・)
一方で、いきなりもたれかかられた上条は面食らっていた。慌てて美琴に声をかける。
「な、みみ、御坂さん?!」
しかし返事はなく、返ってきたのはスゥー という可愛らしい寝息のみである。
眠ってしまった彼女を見て、上条は深くため息をついた。
「全くコイツは・・・。もうちょっと警戒心を持って欲しいもんですよ」
実際のところ、意識していないなどと言うのは美琴の思い込みだ。上条だって年頃の男の子である。
外の景色を見ていたことにしても、女の子が間近にいるという状況に対応できなかった故の、ただの照れ隠しである。
それに美琴自身は自覚していないが、いくら中学生とはいえ、はたから見て彼女はなかなかの美少女なのだからなおさらだ。
(まぁこうして無防備に眠れる程度には信頼されてるってことなんだろうけど、男としては複雑だな)
そんなことを考えていると、食器を下げに来たのか、こちらに向かって歩いてくる中年のウェイターと目が合った。
上条は苦笑いを浮かべたが、ウェイターは眠っている美琴を見て少し目を丸くしつつも、特に気にした様子はなかった。
「もうピークの時間は過ぎてるから、まだゆっくりしていってくれて構わないよ。君の彼女を起こすのも忍びない」
「すみません、ありがとうございます」
中年のウェイターは優しく微笑み、静かに食器を回収して戻っていった。長くこの店で働いているのだろうか。
(彼女、か・・・。はたから見ればそんな風に見えたりするんだろうな・・・って何考えてるんだ、変だぞ今日の俺!)
妙な思考をした頭を抱えつつ、主な原因である隣の少女の方をチラっと見る。
美琴は相変わらずぐっすり眠っている。それにしても本当に気持ちよさそうだ。
「まったく、困ったお姫様だよ」
上条は小さく笑う。今日はなんだかこんなことばかりだ。