embrace
「美琴!!危ない!!」
「えっ…?」
御坂美琴は突然彼、上条当麻からのかけ声に驚きながらも、上条の方を向く。
すると美琴は彼から突き飛ばされ、何が起きているのかわけもわからないまま尻餅をつく。
――――――その刹那、彼のいる方から彼女の視界いっぱいに閃光が広がる。
その閃光の発生源からだろうか、辺り一帯に爆風が吹き荒れ、美琴はその衝撃で意識を失っていた。
美琴は夢をみていた。
彼女が立っている周辺には何もなく、ただただ大地が広がっているだけの平野に、ツンツン頭が特徴でいつも薄幸そうなよく見知った少年が立っているだけだった。
その少年は何やら憂鬱な顔をしていて、未だに状況が理解できずにただ呆然と立ってる美琴に向かって真剣な口調で口を開く。
「俺、行かなくちゃ」
「…?」
ただでさえ状況が理解できない上、それに拍車をかけるように彼の口からまた理解し難い言葉が放たれ、彼女は混乱する。
「本当に世話になった、お前にはどれだけ礼を言っても足りない気がするけど、ありがとな」
「…い、や…行かないで」
混乱していた彼女でも、唯一理解てきたことがあった。
それは自分が想う彼がどこかに行ってしまうということ。
「じゃあな、美琴。こんな俺を今まで好いてくれてありがとう。幸せに暮らせよ」
そう言うと静かに上条は美琴に背を向け、ゆっくりと歩きだす。
「行かないで!!アンタが…当麻がいないのに、幸せになんてなれるわけないじゃない!!」
背を向けた彼に向かい彼女は叫び、遠ざかろうとする彼を追いかけようと走りだす。
しかし、彼はゆっくり歩いてるはずで彼女はほぼ全力で走っているのにもかかわらず、差は次第に広がっていった。
「!!…いや…何で…?」
何故一向に差が縮まらないのか、何故彼は自分の呼び声に応じてくれないのか、そんな考えばかりが彼女の頭の中を支配する。
「行かないで!!お願いだからこっちを向いて!!」
しかし、やはり彼女の必死の叫びも彼には届かない。
美琴は全力で彼を追っているが、それでも次第に彼の背中は小さくなっていった。
「お願い、お願いだから――――」
「――――行かないで!!」
美琴は目を覚まし、辺り一帯に彼女の声が響く。
「…ゆ、め?」
夢の影響か、心臓が激しく鼓動しうるさいくらいだった。
更にそれと同時に彼女に嫌な予感がよぎる。
「ここは…」
美琴が呆然と辺りを見回すと、辺り一面焼け野原になっておりさっきまでの場所と同じとは思えず、まるで夢に出てきたような感じの場所だった。
一瞬の出来事であったので、その瞬間に何が起きたかを彼女ははっきりとは覚えてはいない。
実を言うと、敵は終わりに向かっていた戦争が終わるのをよしとせず、終わるくらいなら敵もろとも、と自らを省みない攻撃を放ったのだ。
「そうだ…当麻は…?」
先程の嫌な感じ、それは上条の安否だ。
夢の影響と自分が気絶する前に彼がとった行動、それらが相まって余計に彼女は不安を覚える。
美琴はもう一度よく辺りを見回すと、少し離れた所に倒れている少年がいた。
「当麻!!」
美琴はその少年のいる所に駆け寄り、すぐに彼の名前を呼んだ。
しかし、少年から返事はない。
そんなただただ彼の名前を呼ぶ彼女を襲うのは、例えようのない底なしの恐怖。
「いや…なんで…当麻ぁ、起きてよ…当麻ー!!」
辺りに響くのは美琴の嗚咽まじりの叫び声のみ。
魔術サイドと科学サイドの戦争は、両陣営の疲弊や多大な損害を理由に停戦の方向で終結に向かっていた。
―――――両陣営の停戦協定の締結から10日。
「ねぇ…知ってる?もうあれから10日も経ったのよ?アンタが私を守ってくれてから…」
美琴は最早とある少年のための部屋になりつつある病室で、未だ目覚めぬその少年に向かって話す。
上条はあの戦いの後、すぐに病院に運ばれカエル顔の医者の手により一命はとりとめた。
――――だが、上条は目覚めない。
その医者によれば、上条は死んでいてもおかしくない、いや、十中八九死んでいるという程のケガたったという。
つまり、今ここで呼吸していること自体が奇跡なのだ。
「全く、なんで私はアンタをいつもいつも待たないといけないの?たまには待つ方の人の身になれっての」
この病室は個室であり、今この部屋は寝ている上条と彼の隣に座っている美琴しかいないのだが、美琴は返事のないその寝ている彼に向かって愚痴をこぼす。
彼女の言葉には少し怒気も含まれていたが、戦いが終わって10日…最早怒りよりかは諦めの方が強い。
しかし、どれだけ日にちが経とうが彼女の感情で最も強いのは、早く目覚めて欲しい、これに尽きた。
「当麻…約束覚えてる?あの夏休みの最終日にしてくれた約束…」
その約束…
そう、上条が美琴にした約束とは『御坂美琴と、その周りの世界を守る』というものだ。
「アンタはあまり意識してないかもしれないけど、私の周りの世界には当麻も含まれてるのよ?
むしろ、今では当麻ほど大事なものなんて…ないんだから…」
彼女が言葉を紡ぐにつれ、次第にその言葉から力がなくなってゆく。
「まさか、10日も寝といて寝たりないとか言うんじゃないでしょうね?
アンタが時間にルーズなのは知ってるけど、これは度がすぎるんじゃない?」
不意に、寝ている彼に向かい微笑むが、やはりその笑みにはどこか寂しさが漂っており、本当に笑っているというわけではない。
「だから…いい加減、起きなさいよ…」
美琴の声に嗚咽が混じる。
上条を想うが故、彼を誰よりも愛しているが故の涙であるが、彼は今まで同様に答えはない。
彼女がどれだけ泣いても、話しかけても、返事がない、振り向かない。
まるであの時の夢を彷彿させるような光景。
彼女はシーツを掴む手の力を強くし、彼の眠るベッドに突っ伏す。
例え返事がなくても、例え嘗てのように笑ってくれなくても、彼のそばにいたい。
その気持ち故の行動だった。
――――――上条は夢を見ていた。
「あれ?ここは…?」
彼が立つのは、依然美琴が見た夢と同じ場所。
周りにはなにもなく、ただただ大地がまっすぐと広がっている平野。
そこに上条は立っていた。
彼は辺りを見回すと、彼の立っている場所の近くにはよく見知った、肩までかかる茶色の髪に常盤平の制服を着た女の子が背を向けて立っていた。
彼が見間違えるはずがない、間違いなく彼女は御坂美琴だ。
「美琴…?……どうしたんだ?」
返事がないのを疑問に思った彼は彼女の所に、いつも待ち合わせの場所に向かうように駆け寄り、彼女の肩を揺らす。
上条はいつものように、少し驚いたような、それでもどこか嬉しそうな感じの表情で彼女は振り向くと思っていた。
――――――が、予想に反し彼が美琴の肩を揺らすと同時に彼女の体は膝から崩れ落ちる。
「ッ!!おい!美琴!!」
その崩れる体を彼は回り込んで受け止め、彼女の容態を確認する。
「ッ…!!」
上条が美琴を抱え込んで彼女の体をよく見ると、服のあちこちが裂けていで、ところどころ赤い染みがついている。
後ろ姿では分からなかったが、抱え込んでみるとあちこちが傷だらけで生傷も幾つかあった。
上条は美琴が息はしているのは確認できたが、その呼吸も弱々しい。
このままでは危ないと判断し、助けを求めようと辺りを見回すが周りには誰もおらず、おまけに何故か携帯電話もない。
「クソッ!美琴、死ぬな…死ぬなよ…!!」
慌てて彼なりに処置をしようとする。
しかし、所詮は素人。
いくら頑張っても彼女の容態は回復せず、むしろ段々悪くなってゆく。
自分の処置は無駄だとわかっていたが、それでも諦めたくない。
自分が想う者、自分を想ってくれる者を助けたい。
その感情が今の彼を動かす理由だった。
「死ぬな…美琴…―――――――」
「―――――――美琴!!」
時刻は深夜。
月明かりが少し眩しくもある程月は煌々と輝いていた。
そんな中、上条の病室に彼の声が響き渡る。
「夢か…?…あれ?にしてもここって病室?なんでまたこんな…って、そりゃそうか…」
眠りから覚めた上条は状況を把握するべく、とりあえず辺りを見回す。
ここは彼がよく知っている場所なので比較的理解するのは早く、そうしている内に、そもそも何故自分がここにいるかという疑問の答えとなる出来事を思い出す。
彼は美琴を守った。
あの後の事は全く覚えておらず、ちゃんと守れたかも分からなかったが、それでも彼女の盾となったのは事実。
彼女の安否が気になったが、それはあるものを発見すると、少なくとも彼女は生きているということは判断できた。
「この花…」
上条が手にとったのは、窓際に少し頑張って手を伸ばせば届く距離に置いてある花瓶の入っていて、自分が入院しているときには見かける花。
付き合ってからは美琴がここの病室は殺風景すぎるから、という理由でいつも持ってきてくれる花だ。
今その花は月明かりに照らされ、昼間に見かける美しさとは違った雰囲気を醸し出していた。
「そうか…また迷惑かけちまったな…」
こりゃ次会う時はビリビリ確定だな、と上条はぼやくがそれは嫌だという感じはあまり見られず、むしろそうやって心配してくれている人の存在を感謝しているぐらいだった。
知りたい事は幾つかあった。
自分はどれだけ寝ていたのか。
あの後どうなったのか。
あの戦いはどうなったのか。
しかし、彼にとっては一番守るべき存在であり、一番大切な存在である美琴の無事に比べればそれらはどうでもいいと思えた。
そして上条は花を元に戻し、再び眠りに落ちた。
〇月×日日曜日朝6時前。
常盤台女子寮で白井黒子は目を覚ます。
ここ最近、彼女は戦争の事後処理で風紀委員の仕事に追われており、あまり寝ていない。
それでも久しぶりの非番の日にこんな時間に目覚めたのは理由がある。
彼女が最も慕う女性、御坂美琴の事であった。
美琴はここ10日間毎日病院に足を運んでおり、それ以前と比べても全く元気がない。
それを忙しいながらも心配に思う彼女は再三にわたり、注意をしているが美琴は聞いてくれない。
今の美琴にとって一番大切な存在はその病院に入院している上条なのは知っている。(無論、認めたくはないが。)
しかし、日に日にやつれてゆく美琴の姿は見るに堪えなかった。
「と、うま…」
「お姉様…」
寂しそうに寝言で彼の名を呼ぶ美琴を見て、胸がチクリと痛む。
美琴の為に自分は何かできないか、美琴を元気づける為に何かできないか。
だが、考えは何も思いつかない。
しかも例え思いついても、そもそも自分の言うことに耳を貸してくれる事さえ怪しい。
その自分の無力さが嫌になった。
自分が最も慕う者に何もしてあげられない無力さが。
同日朝8時頃。
御坂美琴は目を覚まし、彼女の後輩の白井黒子と朝食を済ませ部屋に戻っていた。
「さてと…」
「お姉様、あの方の心配をなされるのは構いませんが、少しは自分の心配もしてくださいな」
今日は日曜日だということで早速病院に行く支度をしようしていた美琴に待ったの声がかけられる。
「大丈夫だって、そんな心配しなくても私は…」
「大丈夫ではありませんの!お姉様はここ最近ずっとそんな調子で…第一、今朝だって朝食にあまり手をつけてなかったではありませんか!」
「……」
「私は、そんなお姉様が心配なんですの…」
黒子の言葉には次第に嗚咽が混じり、ポロポロと彼女の目から涙が零れ落ちた。
「黒子…心配してくれとありがと。でもこればっかりは見逃して、お願い」
「…お姉様にそんな顔してそんな事言われたら、断れるわけありせんの…」
「ありがと」
美琴を本当に心配して泣いている黒子を美琴は優しく抱きしめる。
「でも、本当に無茶はしないでくださいな」
「わかってるって」
本当にわかっているかは別にして、黒子は優しい美琴の一面を見れて安堵する。
美琴は黒子が落ち着くまでそうした後に、支度をし、病院に向かおうと寮を後にした。
美琴は病院へ向かう途中、遠回りにはなるがとある鉄橋に立ち寄った。
そこは美琴にとって思い出の場所。
妹達の件で美琴を上条がを救ってくれた場所。
…そして、一端覧祭最終日の夜、美琴が上条に告白した場所。
――――――――一端覧祭の最終日の夜、公園。
なんとか上条との約束をこじつけた美琴は最終日を彼といることで満喫していた。
だが辺りも段々暗くなり、彼女にとって幸せな時間も終わりに近づいていた。
「っと、気付けばもうこんな時間か…御坂は門限大丈夫なんか?」
「へっ?あ、ああ門限は多分、大丈夫…でも、それよりも…私は、アンタと…」
「ん?最後の方がよく聞こえなかったんですが…?」
「ッ!!な、なんでもないわよ!このバカ!」
「…なんで俺はそんなバカバカ言われないといけないんだ?ま、上条さんは確かにバカですけどねー」
やや自虐気味に言葉を吐き捨てる上条に対し、美琴はそれどころではなかった。
(ど、どうしようこのままじゃいつもと同じ…こいつを狙う女はいっぱいいるから早くこ、告白して繋ぎとめておきたいんだけど…)
そう思う美琴の本心とは裏腹に、自身は告白することによる気恥ずかしさともし拒絶された時の事を考えると、行動に移せないでいた。
「…?御坂、お前具合悪いんか?ちょっと休んでくか?」
「え?ええ…わかった…」
実際は勿論そんなことはない。
美琴は告白の様々なシミュレーションを頭でしている内に顔を真っ赤にしたり、真っ青にしたりしていただけである。
それを上条は不審に思った訳だが…
そこで2人はぶらぶらと歩いている内に例の鉄橋を通り、そこで歩をとめた。
(ここは…チャ、チャンス!告白するなら今しかない!)
幸い鉄橋には誰もおらず、人通りもない。
そして、このような時をくるのを待っていた美琴は告白する決心をする。
少しの沈黙があり、2人を妙な雰囲気が包み込む。
(なんだ…?この妙な桃色空間は!御坂はさっきから妙にもじもじして顔赤くしたりしてるけど…
今日はやけに楽しそうにしてたし上条さんも何もしてないからまさか怒ってる、なんてのはない…よな?)
そんな不安を抱く上条を横目に、美琴はそんな事もお構いなしに沈黙を破る。
「あ、あのさ…ちょっといい…?」
「な、なんだ?なんか悩み事か?」
確かに悩み事だがそれは上条関連の事であるということに気づいてないだろう、美琴は思うが気にせず続ける。
「アンタは…私の事、どう思ってる?」
「…は?」
「だから、アンタは私の事どう思ってるかって聞いてんのよ!!」
あまりに予想外の事を聞いてきた美琴に少し動揺する上条。
(な、なんだ?なんでこんな事聞くんだ…?俺が御坂をどう思ってるか、だって?)
「そ、そりゃ嫌いな奴と一端覧祭と回んないし、こんなに話したりしないけどよ…」
「そ、そう…」
よかった、と一先ず嫌われていない事を確認し安堵する。
美琴はこれまで上条に対し、お世辞でも丁寧とは言えない態度で接してきたため、そればかりが心配だった。
彼女は覚悟を決め、少し間をおいて1、2回深呼吸をしてから一気に続ける。
「私は、アンタが…上条当麻が好き。
他の誰よりも、誰とも比べようもないくらい…」
「……御坂?」
「私を絶望から救ってくれて、これ以上ないくらい恥ずかしい約束されて、気付けばアンタの事ばかり考えてた。
記憶喪失の事を知ったときは、他の事は何も考えれなかった。
それからも、ずっとアンタの事ばっか考えてて…それぐらい、私は上条当麻が好きなの。
だから…私と…付き、合って…?」
「……」
美琴は顔を真っ赤にし、心臓を激しく鼓動させながら返事を待つ。
辺りを沈黙が支配する。
いつもは気にならないはずの風も今の美琴にはうるさく聞こえた。
(ダメか…)
沈黙が続き上条からの返事がないので、半ば美琴が諦めかけた時だった。
その沈黙を上条がやぶる。
「さっきも言ったけど、俺はお前が好きかどうかと言われれば嫌いじゃない、むしろ好きな部類にはいる。だけど…」
「…だけど?」
「知っての通り、俺は不幸体質でトラブルによく巻き込まれる。
そんな俺じゃお前を幸せにできない、俺には…それが耐えられない。」
上条は自分の不幸体質を悔いるように、顔を歪める。
それを聞いた美琴はどこか安心したように、彼に向かって微笑みながら、
「なんだ、そんなこと?」
「そんなことって…!俺はお前を不幸には…!」
「だったら」
まだ話している途中の上条を美琴は言葉で制し、上条の顔を見つめ、
「だったら、アンタは私と一緒にいないとダメね」
「何言って…」
「私はアンタがどこかで戦っているとき、傷ついて入院しているとき、心配で心配で生きた心地がしないの。
そんな状態でほっとかれる方がよっぽど不幸よ。
だから、私を不幸にしないためにはアンタは私とできるだけ一緒にいてくれないとね」
上条は美琴の言葉を黙って聞き、自らを蔑むするように笑う。
対して美琴は自分の心の内を全て出したせいか、どこかスッキリしたように明るく彼に向かって微笑む
「第一、私は幸せにならなれるわよ。
私はアンタと一緒にいれればそれですごく幸せなんだから…」
「…そっか…んじゃ、御坂、いや美琴…いいんだな?」
「何度も言わせないで。
私はと、当麻さえよければ何でもいいの…私は上条当麻が好きなんだから」
「ありがとな…んじゃ、これからもよろしくな美琴」
「うん、よろしく、当麻…」
2人はお互いに言葉を交わして見つめあう。
そして互いの存在を確かめあうかのように、もう離さないと言わんばかりに2人は抱き合い
―――――――優しく、唇を重ね合わせた。
美琴にとっても上条にとっても初めてのキスは、長くはしていなかったものの、2人に深い深い絆な結ばせるには十分なものだった。
過去を思い出していた美琴は、何故いきなりここに足を運んだのか自分でもよくわからないでいたが、今となってはそんなことはどうでもいい。
感慨深い思い出を思い出していた美琴にとって今は、早く彼―――上条に会いたい、会って話しがしたいの一心であった。
そう思った彼女は走って鉄橋を後にする。
今日は天気もいいし、思い出を思い出していた事もあってそれとなく上機嫌になった美琴は何故だか今日こそ彼が起きてくれそうな、そんな気がしていた。
美琴は走ってきたこともあってか、思いの外時間もかからずに目的地の病院に着いた。
彼女が病院の中に入ってゆくと、ここ最近では毎日に通っているためか、受付の人に顔を覚えられて、なにやら意味あり気な笑顔でこちらを見ていたが、今はあまり深くは考えない。
何よりも早く彼の顔を見たかったからだ。
少し病院の中を歩いて、彼の病室の前にに到着すると彼女はノックもせずに、これが当然とばかりに部屋のドアを開ける。
そして何食わぬ顔でベットに近づく。
すると他の誰かなら誰も気にしないような些細な変化でも、彼女にとっては少し不可解な部屋の変化に気づいた。
(私が持ってきた花が…)
その変化とは美琴が持ってきて、彼女が世話をしてきた花に関するものである。
彼女が用意した花の花瓶は手入れの都合上そんなに大きくはなく、少し背の低い口の小さな花瓶だ。
そこに彼女が持ってきた花を飾っているのだが…
(1本だけ不自然に飛び出てる…?)
美琴が不思議に思ったのは確かに花瓶はそこまで大きくはなく、口は小さい。
だが、自分が持ってきている花の本数的にも普通に入れる分には申し分なく入る。
そして何より、いつも自分は花の高さが揃うように花を入れている。
それでも花1本だけ斜めに飛び出ていた。
まるで斜めから花をとり、そこから強引に花を突っ込んだように…
(!!まさか…)
単に看護士さんがしたことかもしれない。
単に見舞い客がしたことかもしれない。
だが日曜日で時刻はまだ見舞い客としては早いことから後者はない。
それに昨日の最後の見舞い客も言うまでもなく美琴だ。
そして10日経った昨日までの日…いや、それ以前の入院の時でも花がいじられていたことはなかった。
一瞬の思考の後に、それらの思考から導き出された答えは
(当麻が…目を、覚ました……?)
それは美琴が今までずっと待ち望んでいた事だった。
今、上条が寝てることから恐らく夜のことだろうか。
などとあくまで推測の域を脱しないはずのことを次々に膨らませてゆく。
しかし、美琴は妙な確信を持っていた。
どれもこれもが不確かな証拠、それでも美琴には大きな希望の光が見えた。
(なんか悪い気もするけど…)
美琴は思い切って上条の体を軽く揺らしてみる。
ケガ人であり、ケガの程度も程度なので思いっきり揺らせないのが彼女は歯がゆかったが、それでも今までとは全く異なる反応が返ってきた。
「ん…」
上条の声を聞きそして、彼の顔を間近に観察していた美琴は彼の瞼が少しだけ開いてゆくのを見た。
「!!」
最早美琴の頭の中でや声にならない莫大な量の言葉、感情、思考が渦巻き自分でもわけがわからなくなっていた。
それは今日という日までずっと待ち焦がれていた瞬間。
今朝の予感は当たっていた。
「みこ、と…?」
寝起きだからかまだ声は弱々しく、若干かすれてもいるがそれでも上条の口からは確かに彼女の名前が紡がれた。
「!!……バカ、どれだけ寝れば気が済むのよ、アンタは…」
美琴には他にも言いたい事は山ほどあった。
今日という日を全て使っても話せるかどうかの量の。
だがそう言った事は全て吹き飛び、今はただ上条が目覚めた事が何よりも嬉しい。
また一緒に話がてきる、一緒にどこかにいける、そんな事ばかりが美琴の頭を駆け巡っていた。
「わ、悪い…って美琴!泣くなって!」
「えっ…?」
美琴が気付いた時にはもう大量の涙が零れ落ちていた。
彼女は慌てて涙を拭うが、その勢いは止まらない。
「だ、大丈夫か…?」
「あ、アンタのせいでしょうが!!」
「俺のせいかよ!……って、やっぱ俺のせいか」
別に上条は美琴の反論に負けた訳ではない、それでも自分に非があると認めた。
それは彼は彼女の一番の理解者だからだ。
その彼は彼女がよく泣くということは知っているが、そんな大した理由も無いのに泣くというのは決してない、というのも知っている。
その涙の理由を考えた結果、原因は自分にしかないと判断した所以だ。
「アンタに…当麻にいきなり呼ばれたと思ったら急に突き飛ばされるし、そしたら急に爆発が起きて私を庇うし、それで気絶した時当麻がどっか行っちゃう夢みるし、極めつけには起きたら当麻倒れてて10日も寝たままだし…医者には死んでもおかしくなかったって言われるし…本当に、本当に心配したんだから!!」
上条は美琴の言い分を黙って聞いていたが、一つだけ聞き捨てならないことを耳にした。
「は?10日も寝てた…?俺が…?」
「そうよ!自覚しなさい、このバカ!!」
それは上条が10日も寝ていたということ。
確かに彼は晩に起きた時、頭がやたらクラクラするとは感じていたものの、それはケガのせいと勝手に結論づけていた。
だから彼は美琴が泣いている理由はそのことではなく他の自分の行動にあると思っていたが、実際は全く違い本人も驚き唖然としている。
「……当麻が寝てた時にも言ったけど、私の周りの世界には当麻も含まれてるのよ?当麻がいなくなったら約束も破られるし、私はものすごく不幸になるんだから…」
「……悪い」
涙こそ止まったものの、美琴の声に先ほどまでの力はなく、どこか切ない雰囲気を漂わせていた。
少し力を加えれば壊れてしまいそうな彼女の様子から、彼をどれだけ心配していたかが推し量れる。
「別に、謝ってほしくて言ってるんじゃない…ただ私は当麻を失いたくないの。当麻、前に言ったよね?私を不幸にさせたくないって」
「あ、ああ…」
「私は当麻が眠っている間、生きた心地しなかった…このまま目覚めないんじゃないかって考えると、とても幸せになんかなれない…もうこんな思いは嫌…だから…」
「もういいよ…美琴が言いたい事はよくわかった」
話の途中でもそこで話を切ってしまいたくなる程、彼女の声は彼の心に深く突き刺さった。
そして、上条はまた決意を新たにする。
「美琴、約束するよ。俺、上条当麻はもう二度と御坂美琴から離れない、ずっと一緒にいよう」
「!!…うん」
面向かってプロポーズとしてもとれてしまうような事を言われ、一瞬の内に美琴は赤面する。
そして上条はガラス細工を扱うかのように優しく、彼女を抱きしめる
「んじゃ改めて…ただいま、美琴」
一瞬美琴は自分の状況がわからなくなったが、頬に暖かいものを感じるとそれが何かすぐに理解できた。
数日振りの彼の抱擁を彼女に戸惑いながらも、自分もゆっくりと彼の背中に手を回し彼の胸に顔を押しつける。
ここは自分の居場所だと言わんばかりに…
「…おかえり、当麻」
そう言うと美琴は上条の方に顔の向きを変え、甘えたような上目遣いで見つめながらゆっくりと瞼を閉じる。
彼はこの行動を見て、やれやれと思いつつもゆっくりと彼女に顔を近づけ、
―――――――唇を重ね合わせた。
まるであの鉄橋の時の再現のように優しく、それでいてあの頃よりもずっと甘く長いキスをした。
この後、診察に来たカエル顔の医者や様々な見舞い客がこの場面に鉢合わせ、上条はその客達から仕置きを受ける事になるが、それはまた別のお話。
了