絆
ずっと見ていると吸い込まれそうな程に黒い空。
その空に浮かぶはその黒き空に飲み込まれそうな程淡く光る三日月。
街から離れた所には今も街灯は無く、その鉄橋と川は空と同じ闇。
その闇に佇む一人の人間。
まるでいつかの場面が再現されたかのように映る。
但しそれは超能力者(レベル5)が主人公(ヒーロー)を求めた時とは違う。
そこに立っているのは無能力者(レベル0)の烙印を押された青年、上条当麻だった。
あの時からもう既に四年が経った上条はトレードマークであるツンツン頭は変わらないものの、その顔は今までの苦労を物語っているかのようにその顔は少し痩せこけ、表面上はわからないが四年前の時より体中に無数の傷がついている。
(誰もが望むハッピーエンド…か…)
四年前の戦争の首謀者である神の右席のリーダー『右方のフィアンマ』を倒す事によってインデックスが助かると同時に戦争が回避される。
そう思い上条は人知れずフィアンマを倒し、戦争が回避され、ハッピーエンドになった。
しかしそのハッピーエンドに上条はいなかった。
首謀者を倒せば全てが終わるというのがそもそも甘かったのだろう、戦争が起きると言う事は少なくとも戦争を支持している人もいるはずである。
つまり、首謀者を倒した上条はその戦争支持者に狙われたというのが簡単な説明なのだが。
相手が魔術や科学に関わっていないただの人ならば当然ここまで酷くなる事なんてなかった。
相手は暗殺術に加え魔術を駆使してくるような云わば暗殺集団。
上条は普段普通に暮らしているだけで生命の危機に瀕する事も多々あるのだがそれだけではない、上条だけ狙われるだけでなくその繋がりも狙われるようになった。
戦争が終わり、何もかもが終わった所に常盤台のお嬢様であり超能力者である御坂美琴から告白を受けた。
記憶上初めての告白に戸惑うものの、いきなり何かが変わるわけじゃないしいいかと安易な気持ちで承諾した。
「例のあの実験も、あの告白もこの鉄橋からだったな」
上条は誰に云うでもなく一人ごちる
「あの時は別に好きってわけじゃなかったんだけど…な…」
鉄橋の柵によりかかりまるで川と空が繋がっているかのような闇を見上げる。
星一つないその空は見ていると時が止まったように感じる。
いや、実際に四年前から時は止まっていたのかもしれない。
(失ってから初めて気づくなんてな、俺は馬鹿だ)
自分のせいで誰かが傷つけられるならと上条は今まで築き上げてきた絆を全て切り捨てた。
守ると誓った人達の為全てを捨てる事を選んだ。
全てを捨てるとは言うも勝手に学園都市から出る事は出来ずその中で狙われ戦いながらも一人で生き延び今までやってきた。
誰かに会わないように動き四年間やってきた。
「どうしてこうなったんだろうな…?」
ぼそりと自分にも聞こえないくらい小さな声で呟く。
(俺が死ねば多分きっと全てが丸く収まる。戦争支持者が腹いせで俺を狙ってるだけなんだし。今更俺を悲しむ奴なんていないだろうし)
全ての繋がりもなく、四年間常に命を削るような生活が続く上条にとってその結論に至るのは簡単だった。
あの時自分が死ねば全て丸く収まると思っていた美琴に間違いだと言った事を上条は思い出す事はなかった。
(今思えば不幸だ不幸だ言ってたあの時が一番不幸(しあわせ)だったな)
ふうと溜息をつき、意を決したのかよりかかっていた柵から離れて鉄橋を渡り始めようとしたその時
向こう岸からカツカツと足音が聞こえる。
今まで人の気配がすると隠れるのが常だった上条なのだが何故か動く事が出来ない。
向こうから段々見えてくるシルエットにどこか懐かしさを感じたからなのかその懐かしい人に会う恐怖からなのか上条は分からない。
そして暗闇の向こうから少しずつ見えてくる人から声がかかる。
「あの時とは逆ね」
四年間聞きたかった声が上条の耳に届く。
「ホント久しぶりね」
声の主は御坂美琴だった。しかし四年前とは違い制服でなく私服で髪は短髪でなくセミロングになっている。
どこか親である御坂美鈴の面立ちに似てきて背もあの時から大分伸びたのだろうか目線があまり変わらなく感じる。
その風貌は十人の男がいたら十人振り返ると言ってもいいくらい美人になっていた。
「ああ…久しぶりだな」
「四年…短いようで長く感じるわね」
美琴はこちらの返答を待つことなく喋りかけてくる。
愛しい人からの声は先程の決意が揺らがせる、そう思いはやめに話を切り上げる為に美琴の話を遮る。
「じゃあ、俺は行くから。元気でな」
「じゃあ、じゃないわよ。アンタと話する為にここまで来たんだから付き合いなさいよ」
「別に話することなんかないだろ。もう別れたんだし」
そう告げ美琴の横を通り過ぎた時、目の前にバチィッと青白い電撃が走り足を止める。
「アンタがなくても私があるの。いいから話するわよ」
「お前…見た目変わったけど中身は全然変わってねーのな」
「アンタは変わったわね」
「そうか?この四年間特に気にした事ないんだけど」
見た目じゃないわよと呟くが上条には聞こえなかった。
「で、何か用あるんだろ?早めに済ませてくれ」
「相変わらず相手を苛つかせるのだけは健在ね」
「良かっただろ?こんな奴と別れられて。で、何だよ話って」
「私ね…あれから色々知ったんだ。アンタの事。戦争の事。それに"魔術"の事」
美琴から思わぬ言葉を聞きぴくっと体を震わせる。
「それに、この四年間戦闘経験積んだの。アンタの足手まといにならないように。四年前別れ話を聞かされた時きっとアンタの事だから自分のせいで周りが傷つくから一人でいる事を選んだんだろうって。でもね知ってる?」
「…何を?」
「切り捨てたと思った繋がりの人達が四年間今までアンタを陰ながら援護してたのを」
「なん、だって?」
「アンタを助ける為にあの子達も世界各地に散らばって敵の事を調べて、アンタを助ける為に陰ながら天草式の人達が援護して、アンタを助ける為にイギリス聖教の人達が隠れている暗殺集団を駆逐して。他にもアンタを助けたいと思ってる人達が一杯いるのを知ってた?絆って切ろうとして切れるもんじゃないってのをアンタは知ってた?」
「今の今までそんな事は…」
「気づかないでしょうね。皆、一人でいる事を決意したアンタの足枷にならないように遠くから眺める事しか出来なかった。それは私も同じ」
「何で俺なんかを…あれだけ、傷つけたのに」
四年前狙われ始め、上条に関わったとされる様々な人が傷ついた。
戦闘に慣れていた人達はそれほど深い傷は負わなかったものの、全く戦闘と関係のない人の一部は下手したら死ぬという所まで傷つけられた。
そして美琴もその一人だった。
「馬鹿にしないで欲しいわね。私が倒れたのはアンタのせいじゃない、私が弱かったから。他の皆だってそう、自分の責任は自分で果たす人達よ。なんでそこでアンタのせいになるわけ?」
いつしか後輩である白井黒子に言われた言葉は同じ立場となった美琴に受け継がれる。
美琴は上条の近くまで歩き正面からそっと抱きついた。
「私ね、まだアンタの事が好きなんだ。あれだけムカついた事されても。自分勝手に別れ話聞かされても嫌いになるなんて出来なかった」
抱きついたまま美琴は話を続ける。
「私はまだ弱いけど、でもそれでも多少なりアンタの力になる事は出来る。アンタ一人で抱え込むような事なんでないのよ。誰かが傷ついたって誰もアンタのせいになんかしたりしない。だから…いつもの場所に戻ろう?」
四年間今の今まで全て自分のせいだと思っていた。
誰かが傷つく度自分への罪が重なっていくように感じた。
でもそれは違うと全てを否定してくれる人がいる。
「あ…」
四年間涙を流す事すら許されないと思っていた。だから今の今まで我慢していたのが今ここで決壊する。
静かに目から温かい水が零れ落ちる。
泣いているという事に気がついたのか
「このまま見ないであげるから。そのまま泣いちゃいなさい」
闇を照らす淡い月の光が二人を包み込む気がした。
「落ち着いた?」
「ああ…なんかみっともないところ見せちまったな」
「これでお互い様じゃない?」
「お前もここで泣いたんだっけ」
「う…あんまり言わないでよ。本当は忘れたい忌まわしい思い出なんだから」
と抱き合ったまま言いあう。
「それで…どうすんのよ」
「そうだな、一人でやってきたと思いこんでた俺が馬鹿だったみたいだ。戻る、いや戻りたい」
「その返事が聞けてここまで来た甲斐があったわ」
抱き合ってて顔は見えないけど笑っているのがわかる。
「まずは皆に謝らないとな…何されるか想像もつかない…」
「皆相当心配してたからね。特にあのシスターに関しては相当お怒りの様子だったし覚悟したほうがいいわよ?」
「不幸だ…」
(久しぶりに言った気がする。でも何故だろう今ではこの感覚が心地よい気がする。)
「じゃあ、戻ろっか皆のとこに」
美琴は上条から離れ右手を取って二人は歩き出す。
「そうだ、お前に今まで言った事なかったんだけどさ」
「なによ?」
「俺も美琴の事が好きだ」
いきなり言われると思わなかったからか少しきょとんとしてすぐ苦笑いになる。
「言うのが遅いわよ」
「そうだな悪い」
美琴は急に足早になり上条はそれに引っ張られるように歩く。
(ハッピーエンドか。こればっかりは神様に感謝しないとな)
四年間止まっていた時がまた動きだした。