とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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ロシアから愛をこめて



 歩いても歩いても見渡す限り雪が降り積もったロシアのとある原野にて。

 上条当麻は行き倒れかけていた。
「うう……不幸だ」
 神の右席にして最後の一人・右方のフィアンマを追ってロシアまでヒッチハイクを敢行した上条は、イギリスの結社予備軍『新たなる光』のメンバー・レッサーと共にエリザリーナ独立国同盟に渡った。
 御使堕しで莫大な量の天使の力(テレズマ)を受け入れたサーシャ=クロイツェフを、霊装に続いてフィアンマに奪われた。
 世界を救うと嘯くフィアンマに多くの人々を傷つけられた。
 再び天使に姿を変えた風斬が現れた。
 学園都市製らしい武器を持った謎の部隊の襲撃を受けた。
 上条はそれら全てにケリをつけ、インデックスの元へ向かおうとして

「こんなクソ寒い吹雪の中でみんなとはぐれるなんて……不幸だ」

 猛吹雪の中で仲間達を見失い、行き倒れかけていた。
 現在の気温はマイナス一〇度と、鼻水も凍るほどに寒い。
 寒いを通り越して、頬はちぎれるような痛みさえ感じる。
 マイナスにマイナスをかけてもプラスにならない極寒の突風が容赦なく上条に襲いかかり、ロシアの冬を乗り切るにはあまりにも頼りない防寒装備を施した体から熱を奪う。上条の体中に積もった雪はおぼつかない歩みを阻止せんとばかりに重くのしかかる。
 あと一歩、もう一歩だけと念じながら歩き続けてきたが体力の限界を感じ、上条は寒さに震える唇でごめん、インデックスと呟きながら雪の中に突っ伏した。
 ふと、吹雪の向こうに小さな、まるで子供のおもちゃみたいな小屋のようなものが見えた。
 ああ、これって吹雪の寒さが見せた幻想なんだな、俺はここで死ぬのかと上条は淡く笑い、手袋をはめた手で目元をゴシゴシとこすって

 夢じゃない。

 上条は歯を食いしばって起き上がると、膝まで埋まるほどの雪の中をかき分けながら気力を振り絞って走り、小屋の前にたどり着いた。
 それは木製の小屋だった。
 屋根から壁から何もかもが木でできた、窓のない小屋だった。屋根の上にひょこっと伸びた小さな煙突だけはレンガを使って作られ、四角い口からは強い風に吹き消される直前のろうそくの炎みたいに細く煙がたなびいている。
「やった! 人がいる!! 助かった!! お邪魔しまーす!!!」
 ここはロシア国内で、上条当麻は日本人だ。
 日本で生まれ育った上条はロシアの公用語であるロシア語を知らず、ついでに言うとロシアで日本語は通じない。
 にもかかわらず、生き返った心地でいっぱいの上条はひときわ大きな声で挨拶して木製のドアノブをガシッと掴み、背中に吹き付ける暴風と共にドアを思い切り開けた。

 ドアの向こうでは御坂美琴が膝を抱えてうずくまっていた。

「………………………………………………げっ!? 御坂? これ何の冗談?? お前ロシアくんだりまで来て何やってんだ?」
「……良いからまずはドアを閉めて。寒いじゃない」
 真っ青な顔をした美琴に注意され、慌てて上条は分厚いドアを閉めた。ドアがバタン、と閉まると耳元でビュウビュウと吹き続けていた吹雪の音が断ち切られ、小屋の中には静寂だけが残った。
 上条は雪まみれの姿でうう寒い、と呟きつつ一歩、二歩と美琴に近づいて
「お前……こんなところで一体何やってんの?」
「……アンタが狙われてっから、学園都市からここまではるばる助けに来たのよ。アンタに電話してもケータイは通じないし、メールは届かないしさ。書庫をハッキングしたらアンタがロシアにいるらしいって情報を掴んでね」
 真っ青な顔を上げて、わずかな薪がちろちろと燃えるレンガ造りの暖炉の前で美琴は体育座りのまま告げる。
 上条は美琴から少し離れた場所で体についた雪を払いつつ
「狙われてる? それならもうとっくに終わったぞ?」
「馬鹿。アンタが何と戦ってきたかは知らないけど、アンタは学園都市に狙われてんの。このまま真っ直ぐ帰ったら洒落にならない事態が待ってるわよ?」
 座ったままの美琴が立ったままの上条に告げた。

 美琴は書庫にハッキングを仕掛けて、上条を『回収』するべく統括理事会が特殊部隊を差し向ける事を知った。上条が学園都市以外の『勢力』と行動を共にしていた場合、良くは分からないが上条にとってろくでもない『処置』が施される事を知った。
 上条に連絡する手段はなく、『処置』が施される前に事態を止めなくてはならない。
 美琴は上条の知らぬところで起こった危機から上条を救うために、特殊部隊の使用する機体を襲撃し、ロシアまでやってきた。こちらもまた命がけのヒッチハイクだったが、命がけの借りを返すために自分の命を張る事など美琴にとっては何でもなかった。
 途中で大きなトラブルがあって美琴の能力の出番となったが、そちらも滞りなく済ませる事ができた。
 そして今、上条は学園都市以外の『勢力』とはぐれて一人きり。
 上条にとっては不幸でも、美琴にとっては僥倖だった。
 美琴は血の気のない唇を開き
「詳しくは後で話すけど、今アンタが学園都市にのこのこ戻るのはまずいのよ。だから私と一緒に行動しなさい。私が……アンタのそばにいれば、少なくともここから先のトラブルは防げる」
「一緒に行動しろ、って言われてもな……」
 上条は頭をガリガリとかいて
「俺行くとこがあるんだよ。これからイギリスに戻って……」
「この吹雪でどうやってイギリスまで行くつもり? 最低でもあと一日はこの天候の中で、何をどうするつもりなのよ!? いくらアンタが馬鹿でもそれくらいは分かるで……」
 美琴は立ち上がり、一息に叫ぶとぐらりと体を揺らがせ、青い顔のままその場にへたり込んだ。
 上条は慌てて美琴に駆け寄り、両腕を伸ばして助け起こすと
「お、おい? 御坂? 何があった? 何でお前はこんなに顔色が悪いんだよ?」
「……さすがの美琴さんでもこれはダメ……電池切れ……って奴? 能力を使い切って、気がついたら……こんなと、こにいた、のよ。吹雪が、止めばどうとで……もなる、んだけど……消耗した、体力がなか、なか……元に……戻んな……くて」
「バカ! 良いからじっとしてろ!!」
 上条は美琴を抱えたまま暖炉の中で燃えかすになった薪を見る。残された消し炭の量は上条の握り拳二つ分ほどしかない。美琴が火をつけたのがいつ頃なのか分からないが、この薪の燃え具合では血液の循環を良くするほどの暖は取れない。
 美琴は一体、何分前からここにいた?
 いや、それ以前に美琴は何時間前からこの状態だった?
 上条は明らかに口調がおかしい美琴を腕の中に抱え、様子を確認する。
 美琴の唇にも顔にも血の気はなく、まるで長い時間氷水に浸かっていたみたいに青ざめている。指先で触れた美琴の頬は完全に冷え切っていた。美琴の服も靴も床に落ちた帽子も溶けた雪で濡れて、冷たい空気と合わせて布が触れた部分から体温がどんどん奪われていく。
 美琴はもはや自分で服を脱ぐ気力もないほど衰弱しているのが見て取れた。たった今大声で叫んだことで必要以上の負荷が美琴の心臓にかかっている。下手をすれば疲労と低体温症で美琴の心臓が止まってしまう。
 こういう時は服を脱がして濡れた体を拭き暖めてやるのが一番手っ取り早い。だが、あいにく小屋の中には毛布も残りの薪もない。
 雪山で遭難した場合の緊急手段として、遭難した者同士が互いの体温で暖め合う方法は上条の知識にもあるが、
 どうする。
「……アンタ……あったかい……」
 美琴はまぶたを閉じたまま震える指先を伸ばして上条の頬に触れる。最も危険な状態だと上条は判断した。
 美琴は意識障害を起こしている。

 このまま手をこまねいていると美琴は確実にここで死ぬ。

 上条は美琴がロシアまで来た具体的な理由について知らないし分からない。それでも上条のために危険を冒してやってきた美琴が遠い異国の果てで倒れるなんて。
 あり得ない。あってたまるか。
 こんなところで美琴が命を落とさねばならぬ理由など一つもない。
 上条は腕の中の美琴に頭を下げるように一度目を伏せて、自分の両手にはまった手袋を口でくわえて外すと
「悪い、御坂。後で死ぬほど謝る。必要なら責任だって取る」
 美琴の着ていたダークバイオレットのジャケットに手をかけて脱がせ、床に投げ捨てた。
「だから、今は……お前を死なせないためにやるべき事をやらせてくれ」
 上条は美琴のピンクベージュのセーターを、マフラーを、その下に着ていたブラウスをはぎ取るように脱がせる。スエードのブーツは足から引っこ抜くように外し、ブラウンのスカート、白い短パン、チョコブラウンのレギンスを取り去る時は硬く目をつぶった。美琴の肌を隠す飾り気のない白い下着を取るか取るまいか迷ったが、美琴の尊厳を優先して脱がせるのは止めた。次に上条は自分が着ていた学ランをいったん脱ぎ捨て、首に巻いていたマフラーを放り投げ、セーターを脱ぎ、一番下に身につけていたTシャツがまだ濡れていない事に安堵して、脱いだTシャツを床に広げるとその上に美琴を寝かせた。
 上条は上半身裸になると、下着をのぞいてほぼ裸の美琴に覆い被さり、自分の背中に学ランを引っかけた。学ランも濡れているが、何もないよりはましだ。
 床と上条にサンドイッチにされた美琴は自分の体に触れる人肌のぬくもりに
「……アン……タ……何……やって……」
「悪りぃ、もうこれしか方法がねえんだ」
 美琴の意識を途切れさせまいと、上条は少ない記憶を掘り返して話題を探しながら
「女の子を脱がせて、しかもいろいろ見ちまってごめん。お前が元気になったら俺を好きにして良いから、今は生き延びることを考えろ。こんなところでくたばるんじゃねえ。お前は何が何でも学園都市に帰るんだ」
「……何……言って……」
「何も言うな。とにかく少しでも体力を温存しろ」
 引き気味にくっつけていた肌をより密着させるべく、上条は美琴を抱きしめる。これは美琴を死なせないための緊急手段だと必死に言い聞かせるが、頭の中の変な妄想が止まらない。心なしか体温が少し上がったような気がする。
 これが人間が死に瀕した時の種の保存とか本能って奴なんだな、と上条が寒さで麻痺しかけた意識の隅で考えていると
「助けに……来た人……間、が……助け……られるなん、て……かっこ、わるい、わね……」
 美琴の両腕が力なく上条の裸の背中に回される。冷え切った美琴の指先が暖を求めて上条の背中に触れた。
 美琴はあえぐようなか細い声で途切れ途切れに
「また……アンタに……助けら、れると、は……思わな、かった、わよ……。でも、私……は、アンタ、に……生きて、いて欲し……から」
「俺だってお前に生きていて欲しいんだよ!」
 命の限りに上条は叫ぶ。
「何でお前がここにいるのか、何で俺が狙われてんのかも分かんねえよ! それでもお前がこんなところで倒れて良いはずはねえんだ!! 目を覚ませ、歯を食いしばれよ!」

 血を吐くように叫ぶ上条の声は、命の炎が消えかけた美琴の耳に届いた。
 今にして思えばなかなか無謀なロシア行だが、ともかく上条に伝えなければならない最低限の情報は伝えられた。
 後は誰でも良い、科学側で信頼に足る人間に上条の身柄を預けるだけ。そこさえクリアできれば上条は『処置』されずに済む。
 それを確認する前に、自分はここで死ぬ。
 予感ではなく、美琴には確信があった。
 死ぬことは怖くない。こうしてそばに上条がいる。
 一度は捨てた命だから、上条の腕の中で息を引き取るのも悪くない。
 この少年に必ず伝えなければならないことは、あと一つ。
 美琴は切れ切れの言葉で
「ねぇ……アンタに、聞いて欲し……事が……あんの……」
「な、何だ? ゲコ太の話か?」
 上条が慌てて顔を上げ、美琴の口元に耳を寄せる。
 美琴は何とか笑顔を作ると、上条の耳に向かって
「私……アンタが……好き……」
 上条は美琴の言葉が信じられず、美琴を凝視して
「……お前、こんな時でも冗談が飛ばせるなんて大した……」
「じょう、だんなん……じゃ……ない。アンタが……好き。やっと……言えた」
 上条を見上げる美琴は、上条の腕の中で目を閉じたまま儚げに笑う。
 上条は頭をブンブンと横に振ると苦く笑って
「お前な、そんな遺言みたいに笑って言うんじゃねえよ。言うんだったらもっと元気な時に聞かせろって」
「……それ……むり、か……忘れ、ないで……私が、アンタを……好きだっ……こと……」
 上条は美琴の体に回した両腕で美琴を揺さぶりながら
「ばっかやろう! そこで目を閉じんな! 世界を睨み付けろ!! テメェはそんなキャラじゃねえだろが! 起きろ御坂!! 寝るな!! 起きやがれ!!」
「さいごに……きすして……くれる?」
 美琴は上条に力なく微笑む。
 上条は美琴の前でいつの間にか涙を流して、両腕で美琴をかき抱くと
「ちくしょう、キスぐらいいくらだってしてやる! だからあきらめんな!! 勝手に死ぬんじゃねえぞ。お前にはまだ言いたいことが残ってんだ。お前の話だって途中じゃねえか!! 俺を置いて行くんじゃねえよ! テメェはこんな……こんなところで終わるようなタマじゃねえだろ!!!」
「う、れしい……」
 美琴はニコリと微笑んで、

 上条の背中から、美琴の腕が滑り落ちた。

「……み、さか?」
 美琴は目を閉じたまま、上条の呼びかけに答えない。
 上条は徐々に冷たくなっていく美琴の体を抱きしめて
「おい……御坂? 御坂!? 嘘だろ……目を開けろ! 俺はまだお前の告白に返事してねえんだぞ!? 答えを聞かずに言い逃げって何だよ? ばかやろう、テメェは何しにここまで来たんだ! 俺を助けに来たんじゃなかったのかよ? 目を開けろ、声が聞こえるなら返事をしろ! 御坂! 御坂……御坂――――――ッ!!」
 上条がどれだけ叫んでも、美琴はぴくりとも動かない。

 上条は自分の右手を見つめる。
 そこにあるのは。
 異能の力なら神話に出てくる神様の奇跡でも原爆級の火炎の塊でも打ち消せる右手だった。不良の一人も倒せず、テストの点も上がらず、女の子にモテたりすることのない、右手だった。
 それでもこの右手はフィアンマを殴り飛ばした。
 理不尽な都合で一〇万三〇〇〇冊を押しつけられた少女を狙う奴らを片っ端から殴り飛ばしてきた、右手だった。
 上条は右の拳を強く握りしめて
「……、何で、何で御坂がここで死ななきゃならない? なあ神様、コイツがいったい何をしたってんだ。どんな理由でコイツがアンタのところに連れて行かれなきゃならねえんだよ? 俺の右手は、俺を好きだと言ってくれた、たった一人の女の子さえ救えねえのか? そんな幻想は……今すぐ俺がこの手でぶち壊す!!」
 上条は美琴を床に寝かせると、胸の谷間に右手を押し当てる。
 心臓マッサージ。
 上条はこんなことなら保健体育の授業くらい真面目に受けておけば良かったと過去の自分を悔やみつつ乏しい知識を頭の中から引きずり出し、限界まで右手を押し込む。
 一回、二回、三回。
 美琴が意識を失ってから一分弱の時間が経過している。一秒時間が経つごとに蘇生の確率は下がる。
 上条は必死に美琴に呼びかけながら
「御坂、目を覚ませ、御坂!! こんなところで俺を置いて行くな! 帰ってこい!!」
 四回、五回、六回と右手の上に左手を当てて、心臓に届くまでぐっと押し、戻す。
「起きろ! 起きたらお前の願いは何だって俺が叶えてやるから!!」
 七回、八回、九回と押しては戻して、
 上条は声を枯らして叫ぶ。
「まだだ……終わらせてたまるか……こんなつまんねえ結末で終わらせてたまるか!! 俺達は一緒に帰るんだ!!」

 どくん、と。

 何度目か分からない心臓マッサージの果てに、上条の右手の下で美琴の心臓が跳ねる。
「や……やった、のか……?」
 上条の呟きに答えるかのように、美琴は薄く目を開けて
「なん……でも、かなえてくれる……って、ほんと?」
「ああ、何だって俺が叶えるから……、だから起きろ、御坂」
「じゃあ……キス、してくれる?」
 美琴がゆっくりとまぶたを閉じる。
 上条は慌てて美琴を抱き上げると精一杯の笑顔を作って
「ばかやろ……死ぬなよ? ここでまた死ぬんじゃねえぞ?」
 上条は慎重に、自分の冷えた唇を美琴の血の気のない唇に近づけて

「カァ―――――――――――――――ット!!!」

 学園都市内にある、とあるスタジオにて。
 おつかれさまでーす、という声が複数聞こえた。
 ガラガラと重たい道具を台車で引きずるような音やカメラの電源が落ちるブツン、という機械音も混じっている。
 上条と美琴がいるスタジオの照明が吹雪をイメージした暗く白い色から切り替えられ、極限まで屋内を照らすクオーツ、イオなどの高光源が二人をチリチリと照らす。
 体の芯まで凍る吹雪も一面の雪景色も全てCGとVFXでできていた。美琴の服はあらかじめ水で濡らされていた。
 上条達が半裸で抱き合ってるセットの向かいでは、高い背丈に短い金髪をツンツンに尖らせ、地肌にアロハシャツ+学生ズボン、薄い青のサングラスをかけ、首には金の鎖のオマケ付きの少年がディレクターチェアに座ったまま手に持った台本を振り回している。
 金髪少年の名は土御門元春。
 上条の隣人にしてクラスメート、その実態は多角スパイという何だか不思議な経歴の持ち主だが、今日の彼は『監督』と呼ばれている。
 上条と美琴は土御門に呼び出され、とある映像の撮影に出演していた。
 その土御門、もとい土御門監督は上機嫌で
「いやー、カミやんもお嬢様も迫真の演技が光ってたぜい。この土御門監督の目に狂いはなかったにゃー」
 美琴の上から起き上がった上半身裸のままの上条と、スタッフから上着を受け取って素早く羽織った美琴に握手を求める。
 上条は友好的に差し出された土御門の手をとてつもなく嫌そうな顔で振り払うと
「……なあ土御門、一つ聞くけど。何で俺と御坂がこんな事やってんの? これって一体何のため?」
「やだなあカミやん、オレはちゃんと説明したぜい? 『とある魔術の禁書目録』二〇巻が売れに売れて、二一巻用の宣伝予算がドカンと下りたんで、来たる一端覧祭で上映するために予告編を作るって」
「あの、二一巻?」
「ちなみに二一巻は今夏発売予定だにゃー」
 ……あれ? と上条は首を傾げる。
「一端覧祭は一一月だけど、……今夏?」
 一方、美琴は上条の背中を盾にして、上着の前をあわせて肌を隠している。下着は撮影用に用意されたもので美琴の好みとは違うが、それでも多くの人間に下着姿をさらしているというのは正直かなり恥ずかしい。
 土御門はふふん、と鼻を鳴らして得意げに
「学園都市の中と外とじゃ科学技術のレベルが二、三〇年は違ってるんだぜい。つまり、ここで作った予告編が外に配信されるのにもズレが出るって事ぜよ。ってな訳で放映時期が遅れても驚く事はないんだにゃー」
「いや、放映時期……?」
 さらに疑問の種が膨らんできたが、土御門がとても神妙な顔で背後の美琴と握手を交わしているので上条は質問するタイミングを失ってしまった。
 とりあえずさ、と上条は咳払いを一つすると予告編の映像について
「……っつーか、これロシアの話だよな? ロシア編の予告なら、最大の山場を迎える俺とフィアンマの一騎打ちとか、真のヒーローとして覚醒を遂げた一方通行とか、スキルアウトのリーダーから拳と機転で主人公ポジションに駆け上がった浜面の熱い思いとか、そう言うのをクローズアップした方が良いんじゃねえのか? よりによって俺と御坂でエロい場面だなんて配役も台本も間違ってると思うぞ。ロシアじゃそんな艶っぽい話は欠片もなかったんだし、そういう詐欺紛いの映像は視聴者が混乱するから流しちゃいけないと上条さんは思うんですが」
 上条はやれやれ、と大きくため息をついて
「大体濡れ場を撮るんだったら有り余る予算にモノを言わせて海外組に声かけてさ、どうせなら胸のある奴を選ぼうぜ。前回出番のなかったオルソラとかオリアナとか、人気も胸も爆発してる神裂とか、せめてフランスと熾烈な戦いを繰り広げているキャーリサとかでサービスシーンを作った方が御坂のセミヌードよりよっぽど…………あれ?」
 上条の背後でバチバチと火花の散る音が聞こえる。
「起伏に乏しくて悪かったわね……」
 不機嫌な声に合わせて上条が恐る恐る振り向くとそこには
「どうせ私は成長途上よ。そりゃ海外のドーンと大きく育った皆様方とは比べものにならないわよ。……科学側のヒロインは君しかいないから来てくれって頼まれて、いざ現場に来てみればアンタといかがわしいシーンをやらされるって聞かされてさ、それでも原作小説の売り上げに貢献できるならって……わ、わたっ、私だってメチャクチャ悩んでそれでも他に替われる人がいなくて仕方がなくて文字通り一肌脱いだって言うのに! 言っとくけど、これ完成したら学園都市どころか世界中に流されんのよ? それなのにアンタは堂々と人を脱がせて肌まで見て密着してあまつさえ胸まで触ってんだから、予告編の台本じゃないけど今すぐ責任取りなさいよ!!」
 怒りと羞恥で顔を限界まで真っ赤にした美琴が立っていた。
 上条はわたわたと両手を振って後ずさりしながら
「い、いや御坂、あのな? これはほら、お前の胸が貧弱とかそう言う話じゃなくて、大体この予告編の脚本を書いたのは土御門なんだから責任云々は土御門に持って行けってそう言う問題じゃないんですね? 土御門、ほらお前からも御坂に謝罪を……って、いない!? ちょ、ちょっと待て御坂! 落ち着いて、落ち着いて話し合おう、なっ? こんなところでビリビリしたら撮影用の機材が壊れちゃうし俺だってここに来るまで台本の内容は知らなかったし俺も健全なコーコーセーだからお前の下着姿にときめいたとか責任取らされるなら下着もついでに取っちまえば良かったとかそんな言い訳は聞いてくれないのか? 何で? 何で俺だけ? 何で御坂がおっかない顔してんの?? 何で御坂の体を包む火花の音が大きくなってんの!? もうやだこんなの不幸だぎゃあァあああああああああっ!」

 この予告編はフィクションです。
 実際に書店に並ぶ『とある魔術の禁書目録』シリーズ内の事件・団体・人物等とは一切関係ありません。


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