とある花見の招待状
送信:佐天涙子〈ruiko.level-0@codomo.ne.jp〉
件名:春ですねっ!
本文:あったかい日が続くようになりました♪
そんなわけで、突然ですけど今夜お花見に行きませんか?
門限も忘れてパパーッと楽しみましょう\(≧▽≦)丿
あ、皆さんお友達をバンバン連れて来て下さってOKですよ!
P.S.初春へ
買い出しヨロシク☆ミ
そんな招待メールが1つ年下の後輩から届いたのが昼すぎ。
名門中学の制服に身を包んだ少女は、茶色がかった髪をいじりながら、とある公園のベンチに座っていた。
公園の前を人が通るたびに、その視線を素早く動かし、そのたびにため息をついて髪をいじっている。
その様子を見れば、彼女がそのベンチで誰かを待っているのは簡単に想像できる。
しかし、その誰かが、ある特別な力を持ち、
しかもその力のためか様々な騒動に巻き込まれ、
しかもその騒動のため高校の欠席を余儀なくされ、
しかも奇跡の学年またぎの補講を強いられている
ということは、彼女を見ただけでは分からないだろう。
(遅いわね…今日も午前中は補講って言ってたから、そろそろここを―――来た!)
目当ての人物を発見し、少女は目の前の道へと突進して行った―――。
「ちょっとアンタ!待ちなさいよ!」
「ん?あぁ、ビリビリさんじゃないですか、見ての通りカミジョーさんは連日の補講&腹ぺこによりヘトヘトなんですよ。用事がないなら失礼します、よ!っと!」
語尾に力が入ったのは、案の定ビリビリと呼ばれた少女が彼にその能力を披露したからだ。
割りと本気で。
「だぁぁぁっ!御坂サン!?なんだか今日はご機嫌ななめじゃないデショウカ!?」
「アンタがいっつもいっつも人の話を聞かずに通り過ぎるからでしょうが!!」
言い放つ間にも彼女からは電撃が空気中で破裂する音が響いている。
誤って触れたりなどすれば、次に目を開いたときは、リアルゲコ太とコンニチワ間違いなしだ。
「いや…だからって歩くスタンガンっぷりを…っちょ、待て!分かった!俺が悪かった!………はぁ、それで何かご用でしょうかお嬢様。カミジョーさんのライフはもうゼロなのでございますことよ」
「ハァ、ハァ、相変わらずその右手は反則級ね…。じゃなくて、今日はアンタに用事があるのよ!」
周囲に大きく響く声を上げた彼女は、ふぅ、と一呼吸おいてリズムを整える。
「今晩なんだけど、一緒にお花見しない?友だちが誘ってくれたんだけど、他に誰か連れて来いって言うから、いつも暇そうなアンタに声をかけてやったのよ!」
一息で言い切った。
実はこのセリフ、先ほど少年を待ってる間、入念にリハーサルをしていたのである。
ビシッと上条を指差す美琴の内心は、その実、バクバク高鳴る心臓にその思考能力の8割を持っていかれている。
「花見?もうそんな時期か。いいぜ、どうせ今日はこの後何にもないしな」
「え?ホント?」
あまりにあっさりとした答えに美琴は面食らう。
(何よ…緊張して1時間も練習してた私がバカみたいじゃない…)
勢いを削がれた美琴は、会場となる公園の場所と集合時刻を伝え、上条と分かれた。
お互いにひとまず自分の寮に戻ることにしたのだ。
自身のペースを崩された割には、寮へと戻る美琴の足取りはいつもより少し軽かった。
―――とある公園にて
「…遅いわね」
「…遅いな」
そろそろ日が陰り、街灯に明かりがつく…そんな時刻。
桜の木の下にビニールシートを敷き、その上に少年と少女が並んで座っている。
「御坂、ホントに場所はここで合ってるんだよな?」
「そうよ、さっきだってメールを確認したもの。それとも私が間違えてるって言うの!?」
「いや、そうは言ってないけどさ…」
と、上条は携帯の画面を見る。
そこには購入したときから登録されたままの待受画像が映っており、隅には日時が表示されている。
その時刻は、今日の集合時刻をとうに過ぎている。
「何か急な用事でも出来たとか?」
「うーん…それは有りえないとは言えないけど、そういうときはきちんと連絡をくれる子たちなのよね…」
来ることが分かっている3人の内、2人はジャッジメントとして活躍しているため、急な事態が起きてもうなずける。
しかし花見の提案者である佐天は普通の学生だし、3人とも約束を無断で反故にするような性格ではない。
「うー…仕方ないわね…こっちから連絡してみるか」
本当に急用が出来たのなら、それはそれで心配である。
美琴はカエルをデフォルメした携帯を取り出し、ルームメイトへと電話をかける。
プルルルル…と呼び出し音が鳴り、さほど待たずにその機械音が中断される。
「もしもしお姉さま、黒子ですの」
「黒子!?アンタ今何してるの?ジャッジメントで何かあったの?」
あまりに平然とした声に調子が狂う。
同時に、今日はよくペースを乱される日だなと思う。
「いえ、今はいつも通りのジャッジメントのお仕事中ですの」
「はい…!?何言ってんの、黒子?佐天さんからのお花見メール、アンタのとこにも届いたでしょ…?」
「あぁ…そのことですの…」
美琴は電話越しに黒子が一瞬呼吸をおいたのを感じる。
「お姉さま…非常に申し訳ないのですが………今日のお花見の約束はウソの約束なんですの」
「ちょっと黒子、どういうことよ、それ」
予想外の黒子の言葉に声のボリュームが一段階上がる。
「僣越ながらお姉さま、今日が何の日かご存じですか?」
「えっ…?―――あっ!?」
「そういうことですの。ちなみに佐天さんも初春も共犯ですの」
「え!?なんでそんなこと!?」
「たまにはお姉さまにサプライズをプレゼントしようと思いまして。結果的にお姉さまを騙すことになってしまったのは心苦しいのですが、後輩たちのちょっとしたおふざけだと思ってご勘弁下さいませ。では失礼しますの」
「ちょっ、ちょっと黒子!」
さらっと会話を切り上げる黒子に美琴は大声を上げたが、返ってくるのはツー、ツー、という機械音だけだった。
「お、おい、御坂?」
急に大きな声を出した美琴に声を掛ける。
どうやら通話が一方的に終わったようだが…。
「白井は何だって?」
「あの…ごめんね…お花見は、嘘だったんだって…」
「嘘!?なんでまた!?―――って、ん…?あぁ!…ま、まさか年下の女の子にダマされるとは…」
上条は携帯の待受表示を見て状況を飲み込み、その場に崩れる。
もちろんいつものセリフと共にである。
「ふ、不幸だ…」
後輩からウソ情報という宣告を受けてから10分ほど経った。
上条と美琴は何をするでもなくぼんやりとまだシートに腰を下ろしていた。
ダマされていたのはショックだったが、それでもせっかく来たのに、すぐ帰るのは勿体ない気がした。
お花見の企画はご破算だが、そこに桜の花が咲いていることは変わりがないのだ。
(ど、どうしよう…二人きり…こ、これってお花見デートに見えるのかしら…?)
季節がら、この公園には上条たちと同様に花見に興じるため、それなりの人が集まっていた。
そして中には二人で肩を寄せ合ってうっとりと桜を眺めているカップルもいるのである。
(う…羨ましいけど…何て話しかければ良いかも分からない…。どうしたのよコイツ、ずっと黙りっ放し…)
考えを巡らせながらも、美琴は上条の横顔に見惚れていたりする。
と、それまでぼんやりと遠くを見ていた上条が口を開いた。
「やっぱり桜って綺麗なんだな」
含みのあるニュアンスに、美琴はビクッとする。
その言い方は、まるで図鑑では知っていた花を、初めて見たかのごとく―――
「今のアンタは…、桜を見るのが初めてなのね…」
「まぁ…一応これが桜だっていうのは分かってたみたいだけどな」
彼が記憶を失い、新たな上条当麻を始めたときには、既に桜は散っていた。
自分の隣りで、彼はどんな想いでこの桜を見ているのだろうか。
「…」
「でもこうやって、御坂と一緒に初めて桜を見られたのは嬉しいな」
「…え…?」
「記憶を失って、そのことはやっぱり時々ショックなこともあるけど、初めての感動を改めて味わえるってラッキーだよな」
「―――ッ!」
この少年はどこまで強いのかと思う。
自分が自分である証を失ってなお、自分の回りの何かに感謝をしている。
そのことが無性に悔しくなった。
「私は…、私は、桜ってあんまり好きじゃない…」
駄々をこねる赤ん坊のように不満を告げる。
「だって、1年間ずっと耐えて頑張って花を咲かせて、それなのに雨や風ですぐ散っちゃう…。なんだか不公平というか…かわいそう…」
努力に努力を重ねて、学園都市第3位の地位まで上り詰めた彼女には、桜の花の儚さがひどく空しく思えた。
となりの少年がこぼしたように、その花は綺麗だと思う。
しかし、その命はあまりにも短く弱々しい。
自分の中の何かに触れるところがあったのだろうか、少女はその顔を伏せ、黙り込んでしまった。
「―――そうか?」
何秒かの沈黙があり、上条が口を開いた。
「桜はさ、始まりの季節を教えてくれるんだよ」
美琴は遠い目をしたまま言葉を繋ぐ彼の顔を見上げた。
「確かに桜の花はすぐ散っちゃうし、それは寂しいなって思うんだ。けどな、そのおかげで、沢山の人が『あぁ、今年も春が来たんだ、これから新しい季節が始まるんだ』って思えるだろ。いつまでも寒い冬じゃないんだよ。桜は咲いて散って、始まりの瞬間を伝えてくれるんだ」
「―――」
その言葉は、決して耳新しい文句ではない。
しかし、上条の発する言葉の一つ一つは胸の奥深くに届き、美琴は絡みついた糸がゆっくりとほどけていくような感覚を得た。
―――きっと彼は、心の底から、この言葉を告げている。
(桜は、始まりの季節…か)
隣りにいる少年の横顔を見つめる。
彼の目にはどんな世界が写っているのだろうか。
その世界をもっと知りたい。
初めて、素直にそう思うことが出来た。
すると…彼女の口が自然と言葉を紡いだ。
「ねぇ…私もね、一つだけ嘘ついてもいい…?」
「なんだよ、先にそんなこと言ったら、嘘の意味がないじゃねぇかよ」
上条の言葉には応じず、静かに高鳴る胸の鼓動を押さえるために一つ深呼吸をする。
覚悟は決めた。
「あのね…、実は…、私ね…、ずっとアンタのことが―――」
顔を赤らめ、緊張からうっすらと涙を浮かべながらも…少女は一世一代の『嘘』を、透き通った目で、まっすぐ伝えた。
―――場所は移り、あるジャッジメント支部。
三人の少女がパソコンの画面を覗き込んでいる。
一人は本来この場所にいるはずがないのだが、今回の計画の大切な同志であるため、黒子が連れて来たのだ。
なかなか性能の高そうな大きめのパソコンには、あるモニター画像が映されている。
どうやら、どこかの公園の映像のようだ。
「良いんですかー、白井さん?」
少女の内の一人、初春がいたずらめいた顔で隣りにいる黒子の顔を覗いた。
黒子はその視線を躱すようにして、
「別に構いませんの。お姉さまのあんな幸せそうな顔を見たら、邪魔する気なんて起きませんの」
と返す。言い放つ顔がやや赤みを帯びているのは気のせいだろうか。
実は今回の件、美琴へのサプライズを計画したのは、他ならぬ黒子であった。
「あれ、白井さん、もしかして妬いてるんですかー?」
そうですよねー。愛するお姉さまが取られちゃったんですもんねー。
と、もう一人の少女、佐天が回り込んで黒子の顔を覗き込む。
「何をおっしゃるんですの。私はいつまでも一歩を踏み出せないお姉さまのために、パートナーとしてほんの少しだけお手伝いをして差し上げただけですの」
さらに顔をそらし、それに…、と言葉を続ける。
「今日は―――『幻想が現実になる日(エイプリルフール)』ですの」
そらした視線の先にあるカメラは、桜の木の下、とある二人の恋人の始まりを映していた。
とある花見の招待状―Fin―