とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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いたずら好きな神様 1



学園都市は夜の幕に包まれ静まり返っている。
そんな学園都市のある建物、近代的な学園都市の街並みの中にひときわ異質な雰囲気を醸し出している建物があった。
それは常盤台中学学生寮。御坂美琴の住む寮だ。
ここは常盤台中学学生寮のとある一室。美琴の隣にいるルームメイトは自身がある目的で用意した睡眠薬でぐっすりと眠っている。
時々『お、お姉様、ぐふふふ』などと寝言を言っているが、美琴の耳には入っていなかった。
寮は静まり返り、起きているのはおそらく美琴だけ。
そして起きている美琴はベットに寝そべりながら、あるパンフレットと睨めっこしていた。明かりは机のライトだけで、その薄暗い光だけでパンフレットを見つめている。
しかし、どうも手は震えていて顔は赤く、何故かブツブツと呟いていた。
「…アイツと………その…………あれで………」
そうしながらあっちへゴロン、こっちへゴロンと悶えながらも必死に頭を整理していた。
何故こんなにも頭が混乱してしまうのか、心が高鳴ってしまうのか、美琴でもわからない。
ただ一つの事しか考えられない。ふと、手元のパンフレットを見る。
「……夏祭り」
パンフレットには『夏祭り、恋人と一生に一度の思い出を』という売り文句があった。
美琴はそれを見て顔を赤く染める。
そもそも昔の自分だったら、白井と行くかどうか考えるか、どうでもいいと投げ捨ててしまっていただろう。
でも、今は違う。美琴の心は飛び出るほど高鳴っていて、ある人物の事しか考えてなくて、今にも走り出してしまいそうだ。
美琴は携帯で約束を取り付けようかとも思ったが、やっぱり出来ない。
なので困っていた、もとい彼に明日会いたかった。
「……一緒に」
美琴は思う。ほんの小さな望みだけど、彼女には大きな望みで叶えたくて。
天井を見つめる。自然と彼の顔が浮かんできてしまって、顔が赤くなってしまう。
「……私のバカ」
明日、上条当麻に会いに行こう。
夜は更ける。彼と会えるまでもう少しの辛抱だ。

         ◇

「ふわあー」
上条起床。手を弄りながら、風呂の表面を撫でながら上条は起きた。
風呂は薄暗く、あまり光が入ってこない。上条はしょぼしょぼする目を擦りながら立ち上がった。
そして、こけた。
「不幸だ…」
盛大にこけながらも何とか淵を使って起き上がる。寝起きでふらふらしながら風呂のドアを開けた。
目の前に広がるのはいつも見慣れた洗面台。上条は毎朝、毎朝なぜここが洗面台なのでしょうと意味も無く疑問に思う。
そんなむなしい現実から逃げるように洗面台から出ると、ちょこっと遠いリビングで朝では怪物と化す少女が、すやすやと眠っていた。
上条はさっさと着替えてしまうか、飯を作ってつかの間の安全を得るか考え、悩みこむ。
「うーん、さて頭を食われる前に飯を作った方が賢明か。でも起きたらさっさと着替えたいなー」
しかしよくよく考えてみると気分、安全、どちらを取るべきかは明白だ。朝っぱらから死にたくない。
「じゃあ、飯を作るか…」
上条は結論をそうはじき出すと、台所へと向かう。
今日は何を作ろうかなーと頭を回転させながら、食材のあるべき冷蔵庫の中身を見た。
そして、凍りついた。
「…………」
その冷蔵庫は静かにたたづんでいた。白い冷気をフワーっと漂わせ、まるで入ってきなさいと誘ってるかのよう。
だがその白い冷気が上条を凍らせたわけではない。白い冷気など気にするまでもない。上条が凍り付いてしまった理由はただ一つ。
冷蔵庫に何も無いのだ。
いや、何も無いというのは正しくはない。正しく言うのであれば、『にゃー、ちょこっと食材が足らんかったのでいただいちゃったにゃー。まあ、今度開催される夏祭りの
秘密カードを置いておくから許してにゃー。どんなものなのかは自分で確かめるぜよ!』というメッセージカードと謎のカードが一枚冷たく置いてはあった。
しかし、そんなモンがあっても腹の足しにはならない。自分の特にあの少女の。
「とうまー、朝ごはんはー?」
破滅のカウントダウン。頭の細胞という細胞が危険信号を発する。皮膚から骨までの細胞が『助けてー』と。
逃げられはしない。逃げる気もない。気力も無い。食材も無い。
「神様…………呪います」
彼の不幸は筋金入りだった。

         ◇

上条は頭に歯形を付けながら、歩いていた。
朝っぱらから色々なことがあったが、今日は補習のため学校へ行かなければならない。なので歩かねばならなかった。
上条を人が車が通り過ぎて行く。彼の足取りは重い。
そして重い足取りで歩きながら先ほどの事を思い出す。
『とうまー!』
『うぎゃー、死にたくない! 死にたくない!!』
『もう、我慢ならないんだよ!』
『だって!』
『これから一週間ご飯抜きなんてー!!』
『うぎゃあああああ!!!!』
上条は思い出して、へこんだ。自分は原因ではない。悪くもない。自分自身だって一週間飯抜きなんて考えたくもない。
なのにあのシスターは、
『もう、こもえのとこに行って来るんだよ!!』
と自分だけノアの箱舟に乗りやがった。どうして俺だけこんなにも不幸なのか、食材がなくなるなんて馬鹿げたことが起こるのかわからない。
上条は空を見上げる。
空は青かった。澄み切っていた。その青はこの暗く真っ暗闇の心を照らしてくれるだろうか。
「……不幸だ」
涙の味はちょこっとしょっぱかった。
「聞いてるの!? アンター!!」
つかの間の平和は直ぐにも打ち砕かれる。
いつの間にか美琴が背中でビビリと電撃を今にも放ちそうな勢いで迫ってきていた。
美琴はどこか怒っているようで、焦っているような気もする。ともかく彼女の電撃を防がねばといつものように右手を前に突き出す。
「……?」
上条は違和感を感じた。どこをどんな違和感かと言うと、美琴から電撃が飛んでこない。不思議だ。
世界はいつも上条を不幸にして回っている。そんな上条が危機を回避するなど、ほとんどありえない。
だから上条はこの先に待ち受けているかもしれない不幸に、怯える。怯えてしまうのは仕方ない、仕方ないことなのだ。
しかし。
「……ちょっとアンタ…は、話を聞いてくれる?」
何も起きない。というかなんだか穏やかな雰囲気である。上条の頭はいよいよ混乱する。
(御坂から話? 何だ一体何なのだ!?)
上条がそんな混乱を極めているとは知らないであろう、美琴はぶるぶると震えながら俯いて顔を真っ赤にしてる様にも見える。
まずそんなことは無いと上条は自分に言い聞かせるが、鈍感である彼もこの状況下においては何かが違った。
まるで勇気を振り絞っているかのように、美琴は途切れ途切れでも聞こえる程度の声で話す。
「……あ、あのさ」
「なんだ?」
「……ええっと…」
「ええっと……だから?」
「ああもう! いつもの公園に来て、必ず! 分かったわね!!」
「あ、ちょっと!?」
上条の制止を無視して美琴は走り去っていってしまう。なにがなんだか分からない。
美琴は何を言おうとしていたのか、なぜ今言ってくれなかったのか。鈍感大王上条当麻は気づけない。
上条はもう既に今日色々なことを体験した。この一週間を見返してみると今日はなにか密度の濃い日だ。
それに今日はまだまだ半分も行っていない。不幸、という文字が上条の頭をよぎる。
「……ん? 不幸?」
しかし、よくよく考えてみれば飯にはありつけないものの、暴飲暴食少女は暫く存在しない、何故かさっき美琴は電撃を放ってこなかった、後どうでもいいことだが謎のカードが手元にある。
幸せとは言いがたいが、不幸すぎるほど不幸ではない。今日は一体何なのだ。
「…………」
上条から言葉は出ない。考えも及びつかない今日という一本道に待ち受けてあろう出来事は刻一刻と迫ってきている。
「……が、学校、行かねば…」

         ◇

「はーい、ここは重要ですよー」
少し、いや、かなり高い教壇から幼い子供のような声が聞こえる。服装もそれ相応でかなり似合っている。
ただ相応しくない点といえば、職業と性格と年齢であろう。
「起きているのですかー? 上条ちゃーん?」
小萌先生と呼ばれる合法ロリなる都市伝説は、今机に突っ伏している上条の頭を名簿の角と言う名の凶器をぶつけた。
「―っ!?」
「夢の中にGOしちゃってる上条ちゃんが悪いのですよ!」
上条は怒られながら、頭を撫でている。どうも今朝噛み付かれた傷のあたりにダイレクトヒットしたようだった。
ここはとある高校のとある教室。時刻は昼間でとても気だるい空気が漂っている。
黒板には何かわけの分からない文字が羅列してあって上条は画像としてしか認識できない。
教壇の上の蛍光灯はちらちら消えかかっていて目に悪い。
「上条ちゃん! ちゃんと授業を聞いてください」
「…………」
なにもかも自分が悪いのだが、ここは健全な思春期真っ盛りの高校男児。どうしようもない怒りがこみ上げてくる。
(全く、俺は悪くないのに。今日は酷い日だ! あのフードファイターはどっかいっちゃうし、御坂に……御坂に?)
今日の事を回想していて、ふと途中で思考が止まる。今朝の美琴のこと。
確かいつ来てとかの時間指定は無かった。あといつもの公園とはあの公園の事だろうか。
考えることを放棄した議題がまた上条の中で会議にかけられるが、答えはいつまで経っても出ない。
そしてボーっとしていると。
「上やん!」
「にゃー♪」
という声の次に机と椅子が吹っ飛んで来た。上条はかろうじてそれをかわす。
「うわ!? なんだよお前ら!」
理不尽ともいえよう、一緒に補習を受けていた青髪と憎きグラサンのとんでも攻撃に怒鳴る。
怒鳴ったら青髪はフルフルと震えだし、憎きグラサンはケラケラと笑い出した。
恐怖、そんな感覚が上条の体を走る。
「な、なんだ……?」
「上やん、よーく周りを見てみるにゃー」
上条はその気の抜ける声に従い、ゆっくりと周りを見渡した。
そうしたら、一人の人物で視線が止まった。
「うぅ…上条ちゃんが…授業を聞いてくれません」
小萌先生が涙目になりながらこっちを向いていた。
上条はまず初めに謝りたかったが、それよりも優先しなければならないことがある。
なのでギギギギと首の骨から音を出しながら、背中の危険分子に顔を向ける。
そこには青鬼と笑い続ける悪魔が居た。
「上やん! わてはあんさんを許さへんで!!」
「にゃー、楽しそうなんで僕も混ぜてにゃー」
これからガチンコファイトが始まる。小萌先生には申し訳ないが、これを止める手立ては上条は知らない。
美琴との約束もあるのでなるべく無傷でいたい。しかしそれは無理な話だろう。
「……行くぞ!」
上条は戦場へと向かう。

         ◇

戦いは終わった。そして、結果としては奇跡が起こった。
どんな奇跡かというと、上条が無傷でこの戦いを終えられたのだ。
まず上条は恐ろしい二人に向かって、逆に走った。当然だ、逃げる以外にどんな方法がある。
相手はあの超絶変態と超絶変わり者の二人だ。まともに戦って勝てるわけはない。そんなに上条は腕っ節に自信はない。
なので逃げたのだ。卑怯とは言わない。賢明な判断と言えよう。
しかし神のいたずらは凄まじかった。
教室を出た途端、彼女がいたのだ。あのデルタフォースを一撃で粉砕できるような怪物、吹寄制理が。
何故彼女がそこにいたのか上条は知らなかったのだが、その状況は前には怪物、後には二人の獣といったような状況になってしまった。
終わったと上条は思った。
が、終わらなかった。神のいたずらはそれでは終わらなかった。
先読みをしようとしたのか、例の二人が上条とは違う教室の二つあるドアの一つから出た途端、吹寄にダーイブ。
倒れた吹寄はゆっくりと起き上がると、『ふふふ、死にたいようだなお前ら』と地獄の大魔王様もビックリな声を出し、じりじりと例の二人に近づく。
例の二人は『にゃー!? これは普段上やんの役目なのにー!』『わてら終わった、終わってしまったんや!!』と悲鳴を上げながら犠牲となっていった。
上条は最後を見届けると、そーっと逃げた。
そして今美琴との約束の公園に向かっている。
「……おかしい、今日は何かがおかしい」
不幸フィーバーはあっても幸福フィーバーは体験したことのない上条。
今日は不幸こそあるものの、幸福が重なってかろうじて平和な一日を過ごせている。
幸福、なれないことが今日上条の身に起こっていた。
「御坂は一体なにを言おうとしているのだ………!」
分からない。上条には予想も出来ない。
今日という日のせいか、足取りが重いのか軽いのか分からなかった。
行けば何があるのだろう。だが何があっても行くしかない、確かめてやる。
上条は美琴の気持ちも知らずに意気込む。それは美琴にとって良いことなのか悪いもことなのか誰も知らない。
そろそろ例の公園が見えてきた。

         ◇

上条は公園に着いた。そして驚いた。
もう既に美琴がいたのだ。
上条は高速で茂みに隠れると、公園のベンチに座っている美琴を観察した。
(早っ! でも、そういえば今日は休みの日なんだよな)
気づいてはいなかったが、今日上条が美琴と会うのは不自然だったのだ。
上条の知る限り美琴は優等生。頭は良さそうなので、まさか上条と同じように補習なぞ受けてはいるまい。宿題もない学校だ、それは無いはずだ。
だったら何故今日、上条と美琴は会ってしまったのだろう。
上条には疑問しか浮かばない。鈍感であるが故、肝心なところに気づかない。
「……うーん」
分からないから上条は暫く美琴を観察してみることにした。まず情報整理の材料がほしい。
気は引けるが、こうでもしないと頭がパンクしそうだ。
「仕方なーい、仕方なーい」
暗示が如く呟く。そして美琴を見つめた。
どうやら美琴は手に缶ジュースを持っているようだ。きっと自慢の蹴りで出したものだろう。
缶を握りながら手をもぞもぞと動かしている。たまーに空を見上げたと思ったら、いきなり頭をブンブンと振る。
わからない。
観察したらしたで更に混乱を極めた上条はもうなにもかもどうでも良くなって来た。
成されるがまま。今日のこの流れに上条は乗ってしまおうと思った。たとえ不幸が待ち受けていようとも。
「……よし、もう逃げないそうしよう!」
上条は茂みから出ると、何気なーく『今来ましたよー』ってな感じで美琴に近づいた。
すると美琴は飛び跳ねるように立ち上がって、ピシッと背筋を伸ばす。
「いや、そんなに驚かなくても……」
「べべべ、別にいいじゃない! アンタには関係ないわよ!!」
「まあ、いいけどさ。でさ、何の用なの?」
と上条が聞いた途端空気が止まる。地雷を踏んだ覚えはない。
(え!? 何、何なの? この空気!!)
その空気から初めに喋りだしたのは美琴だった。
「……あのさ……今日なんの日か知ってる?」
「え? いや、知らないけど、何かあったか?」
「えっとね、今日はね………な! 夏祭りがあるのよ!!」
「そう」
「……………」
「……………」
「………バカ」
「えぇえ!?」
突然の罵声に上条は驚く。特に何があったわけでもないのに馬鹿呼ばわりはどういうことなのだろう。
上条がそうして勘違いしていたら、美琴がいきなり何かを言ってきた。
「……え?」
聞き取り辛かった、と言うよりも頭に入ってこなかった。
今、美琴は何といった?
「ああ、もう! だから一緒に夏祭りに行こうって言ってんのよ!!」
「……わたくし上条とですか?」
「そうよ」
「他に人は?」
「……い、いないわよ」
「そうですか……」
「そうよ……」
微妙な空気が二人の間を流れる。
上条の心臓はそんな空気のせいか、とても高鳴っていた。
(おおおお、落ち着け俺の心! 忘れてた夏祭りに誘われるなんて、友達としてはありだし、女の子だって二人きりだって……ああ!!落ち着けぇぇぇええええええええええ!!)
上条は女の子というものをあまり意識したことがない。まして、デートなんぞ単語考えたこともない。
しかし、いつになく積極的な美琴の猛攻に上条は翻弄される。鈍感であってもここまでされれば何も無いわけがない。
今日は何かがおかしい。
「…………」
「…………」
ついでに雰囲気もおかしい。
(く、空気がっ! 空気が!!)
落ち着かない上条としてはさっさとこの状況から抜け出したいのだが、落ち着かないが故、今の上条から行動できない。
美琴のほうから話しかけてくれればいいのだが、彼女も俯いて何も言わない。
どうしようもないこんな空気をどう脱しようかと上条は考えてみたが、それよりも先に打開策は発動してくれた。いや、してしまった。
グゥーと音が鳴った。上条の腹の音が。
「……アンタ、お腹空いてるの?」
「………………………面目ない」
「それって遠まわしに奢ってて言ってる?」
「いやいや!? そんなことは!」
グゥー。
「……………」
「……………」
「夏祭り、一緒に回ってくれる?」
「はい、喜んで」
どうしようか考える間もなく上条は美琴と夏祭りを一緒に回ることとなった。
不幸か幸福か、上条にはわからない。

         ◇

バクバク、バクバク。
「……ねえ」
バクバク、バクバク。
「……聞いてるの?」
上条は一旦、2000円もするホットドッグを口から離し、喋ろうとする。
「ぐうぃってぶってば」
「一旦、口の中の物は処理しなさいよ!」
そういわれたので、口を動かして口の中のものを胃へと流し込む。
満たされた胃のせいか、上条はとても幸せだった。不幸なぞ忘れていた。さっきのことと一緒に。
「ごっくん………で、何だっけ」
「なんか幸せそうね……」
「勘違いするなよ。別に俺は食に飢えた例の怪物じゃないからな?」
「よく言っている意味が分からないんだけど………まあ、それはいいわ。……でさ」
「?」
突然会話が止まった。美琴が話を止めてしまったからだ。
上条は美琴からの言葉を待っているが、なかなか美琴は口を開こうとはしない。
上条は待ちきれなくなって催促する。
「どうした?」
「……………」
喋らない。催促しても美琴は小刻みに震えながら口を開こうとしない。
上条はどうしたもんかなーと考えながらも、呑気に食事を続行しようとした。こういう時は押さないほうがいいのだ。
しかし、ふと吹いてきた風がホットドッグの紙ゴミを転がしてしまったので慌てて立ち上がる。
すると何か勘違いしたのか美琴が真っ赤な顔を上げて、やっと口を開いた。
「ままま、待ってよ!?」
「? 別に何処にも行かねえぞ?」
「ならいいけど……ねえ、お願いがあるの…」
「ん、なんだ?」
美琴はそれからいっそうもじもじするが、鈍感上条には不審な行動と思ってしまう。
ゆーっくりと美琴は話を進める。
「私の学校が私服禁止なのは知ってるわよね?」
「ああ、確か常盤台はそうだったな」
「だから、うちの寮だと私服に着替えられないわけよ」
「…ふむ」
「そ! そこで」
「…そこで?」
「……あ、アンタの寮で…」
「俺の寮?」
「…うん」
「……でさ、何なの?」
「…………」
「…………」
「……き、着物に着替えたいんだけど」
「!?」
予想外の美琴の言葉は上条の精神状況に甚大な被害を及ぼす。
いつだったか上条の家で真っ裸になったお人もいらっしゃるが、自分から上条の寮で着替えたいとか言い出す女の子はいなかった。
上条はただただ慌てる。
(みみみ、御坂はな、何を言っているんだ!?)
慌てながら答えねばならぬ返答を混乱した頭で考える。
女の子を自分の部屋に自らの意思で入れるということは、かなりハードルが高い。
しかし、美琴からのお願いを受け入れるべきか、断るべきかは上条の頭では判断できなかった。
なので言葉が紡がれない。なんとか上条は言葉を発しようとしたが。
「…………あー」
「ダメ、なの?」
さらなる攻撃に上条は固まる。
美琴は気づいてやっているのかどうか知らないが、100人中100人の男子が落ちると言っても過言ではないような目つきで上条を見つめていた。
この攻撃はずるい。例外である上条でさえも、そんな目つきで頼まれたら拒否の文字はどこか遠くへ行ってしまうのだった。
(うぉぉおおおおおおおおお!!)
声にならない叫びを、上条は叫ぶ。上条の理性は本能に負けた。負けるしかなかった。
「ね、ねえってば!」
「…………ひ」
「? ひ?」
「……ぜ……す」
「ぜす?」
「是非お願いします!」
「え? えぇええええ!?」
何を間違えたのだろう。上条は上条でなくなっていた。
「……そ、そう? えへ、えへへ♪」
そして美琴も美琴でなくなっていた。

         ◇

「あー、まだかな御坂……」
あれから、上条と美琴は着物を取りに行くため常盤台中学学生寮に来ていた。
今は美琴が寮に取りに行って、上条が外で待たされている。
時折、常盤台の制服を着た女の子に鋭い目つきで見られるが、事情があるのでここを動けないでいた。
いやーな汗が上条の首とか頬とかを伝う。
(は、早くしろよ! 御坂っ!!)
上条の叫びに成らない叫びは美琴には届かない。もっとも近くにいても今の彼女では聞き取れなかったかもしれない。
時刻はそろそろ夕暮れ時だ。美琴は寮に入って出てこなくなってきてから結構時間が経っている。
することもない上条はただ立ち尽くすしかない。
人が上条を通り過ぎて行く。格好はいかにも夏祭りという感じだった。
ふと何かを思い出し、上条は手に持っていた薄い鞄の中から一枚の紙を取り出す。確か、舞夏に無理やり貰わされたもの。今頃思い出した。
紙はピラピラとなびく。上条が特に気になることは書いてなかった。
「夏祭りか……」
上条は記憶喪失ということもあって夏祭りというものを体験したことがない。
しかし、それでも一般常識並みには夏祭りがどういうものか何をするのかは感覚的にわかっていた。
ある人は親と行ったり、またある人は友達と行ったり、様々な人たちがたった一つの祭りに参加する。
当初上条は、誰と行くとかは考えてなかった。たとえ行くとしても、土御門や青髪ピアスと行くつもりだった。
しかし、そうはならなかった。どういった運命のいたずらか知らないが、上条は美琴と夏祭りを一緒に行くこととなっている。
けど悪くないと上条は思う。
耳を澄ますと遠くの方で、誰かが騒いでいる。学園都市でも人は人だ。こういうお祭りはどうしても騒がしくなるものである。
記憶喪失後、初めて行く夏祭りが美琴と二人っきりだとは思ってもみなかった。
どうしてだろうか、ドキドキしてしまう。
美琴に不用意に近づかれてドキドキしたことはあったが、こんな風にドキドキしたことは今までなかった。
二人っきりの夏祭り。美琴と一緒の夏祭り。きっと楽しい日になるだろうと上条は思う。
冷たい風が上条の頬を撫でる。いや、こんな日に冷たいと感じているのは上条だけかもしれない。
ふと、自分の何かの感情に違和感を抱く。
胸に手を当ててみたら、心臓の鼓動が伝わってきた。
(なんだ、この気持ち?)
上条は気づかない。いや、気づきたくないのかもしれない。特に上条だったから。
ふと上条は頭の中に願いが浮かんだ。だから、いつも頼ってない人にたまにはその願いを叶えて貰おうと思った。
上条は空を見上げる。ちょっと言うのは恥ずかしいが、まず言わないと叶えて貰えるものも叶えて貰えない気がするので、声に出す。
「…………神様」
今までお願いしたことないけど。
「願うことなら」
ちょっとだけでいいから。
「今日と言うこの日を」

――幸せに過ごさせてください。

けれど、上条は結局その言葉を口に出来なかった。
「なにやってんの、アンタ?」
「うおおう!? い、いつからそこにいたんですか御坂さん!!」
いつの間にか大きな紙袋を持って、美琴が後にいた。
美琴の頭の上にはハテナマークが浮かんでいる。
「願うことならの所からだけど……ねえ、何を願ったの?」
「いやいや、それは忘れてください!」
「…………」
「そ、そんな目で上条さんを見ないで下さいぃ!!」
上条は言いかけた言葉の恥ずかしさに悶える。実際まだ願いを言ってないのに何か恥ずかしい。
高速土下座を上条は美琴に繰り出し、なんとか忘れてもらうことにした。
美琴はなにか癪にさわるようだったが、一応と納得してくれた。口には出さないが、覚えておくという条件付で。
「うぅ」
「ほら、泣かない! さっさと行くわよ」
何故か美琴のテンションが高い。まあ、ゆすりネタを手に入れたのなら当然の反応なのかもしれない。
けど、どこか違うような気もする。
上条はなんだかむず痒い気持ちがこみ上げてきたが、そっとそれを押さえ込んだ。
「……じゃあ行くか、寮に」
「ななな、なに急に言ってんのよ!?」
「はあ? お前が俺の寮使いたいって言ったんだろ?」
「そ、そうだけど! ……こっ…心の準備が……」
美琴の最後の声はとても聞き取りづらい。上条はもちろん聞き取れてはいなかった。
「ん? なんだって?」
「ああ、もう!!」
美琴は突然、上条の首根っこを掴み強引に引っ張る。
上条は成すがままに連れて行かれるしかなかった。
「み、御坂さん!? 俺の寮の場所知ってるんですか!?」
「………ブツブツ」
「聞いてねえーーー!!」

         ◇

「こっ、ここが……!」
「いや、そうだけど何か問題が?」
上条と美琴は普通に何事もなく上条の寮にいけたのだが、なかなか上条の部屋に入れないでいる。
どういうことかというと、美琴が上条の部屋のドアの前で立ち往生しているのだ。
鍵を開けようにも、鍵を持っているのは上条だし、今部屋には誰もいないはずだ。まさか土御門やなんやらがいて開けてくれるなんてことは起きない。
上条がドアを開けようにも、美琴がいて開けられない。
どいてくださいとお願いしても『わ、分かってるわよ!……別に…緊張なんか…』と言うばかりでどいてくれない。
どれくらい経ったか時間を確認していない上条には分からないが、10分ぐらいは経ってしまった。
夏祭りに行くのに、時間が掛かってしまっては意味が無い気がする。
なので上条はポケットを弄り、何かを取り出す。
「御坂、そこに居るなら…っと手出せ」
「? 手?」
上条の要求に、美琴は素直に手の甲を見せる。
「いや、そうじゃなくて手のひら、手のひら」
「こう?」
言われたとおりに美琴は手をひっくり返し、上条に手のひらを見せた。
そして上条は美琴の手のひらに寮の鍵を渡す。
「御坂が開けてくれよ」
「…………」
「いや、御坂がそこにいるから、俺が開けられないわけで」
「…………」
「もしもーし?」
「!?」
上条は別に大した意味を込めたつもりは無い。しかし何故か美琴が飛び跳ねるようにビクンと動く。
先ほどまで放心状態だったようだが、覚醒したらしたで挙動不審だ。
美琴は震えたり、目を泳がせたり、手がぐるぐる回っている。
「なななな!?」
「だから、早く開けろよ…」
「あ、開ける!?」
意味を理解してなかったのか、驚くように美琴は聞き返してきた。
「いや、鍵を鍵穴に差し込んでドアを開けるんですよ?」
「わ、分かってるわよ! やってやろうじゃない!!」
何をどうやってやろうなのかは分からないが、やっと部屋に入れそうだ。
美琴はドアと向き合うと、何故か震えている鍵を持った手をゆっくりと鍵穴へと差し込む。
「こここ、こうかしら?」
鍵穴はガチャガチャと音を立てているが、鍵を回してないのでまだ開かない。
上条はもう我慢できなくなって、強引に美琴の手を掴んだ。
「ああもう! 早く回せよ!!」
上条が手を捻ると、掴んでいるため美琴の手も同じように回る。そしてやっと鍵が開いた。
しかし、美琴がおかしい。
「ふえ!」
「ん? どうした?」
「ち、力が……」
美琴はそう言った後、突然その場にふにゃふにゃとへ垂れ込んだ。
突然の事態に上条は驚いたが、しっかりと美琴を支えた。
美琴にどこか異常がないか、真剣に探す。
「おい! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫だけど……ちょっと部屋までつれてってくれない?」
とても大丈夫なようには見えなかったが、一応狭い部屋のリビングまで美琴を連れて行く。
その間美琴はキョロキョロと頭を動かしていたので、そんなに重症ではないようだ。
美琴を運んだ後一旦座らせる。美琴の頭に手を当ててみたが、熱いものの熱が出ていると言うまででもない。
「ほんとーに、大丈夫か?」
「う、うん」
ふと上条は美琴の持ってきた着物が入っているであろう紙袋を見つめる。
こんな状態では着替えるどころではない気がするが、まさか手伝うというわけにもいかない。
どうしたもんだと考え込む。
「うーん」
「な、何よ」
「…どうするよ、着物?」
「ひ、ひひひひ一人ででででで出きゅるわよ!!」
「何を言っているのか上条さんには分かりせんが、俺が言いたいのはお前大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ!! だから早く出でいきなさい!!」
どうやら美琴はこれだけ騒げるくらいに回復したようだ。発言自体は常を脱しているが、いつものことなので大したことはない。
へいへいと上条は相槌を打つと、美琴を背にして玄関へと向かう。
とそこで美琴に止められた。
「ちょっと!?」
「ん、なんだ?」
「あ、あのさ……女の子を自分の寮に入れるとかなんとも思わないわけ!?」
どういう結論で、どうやったら自分の事を棚に上げたらそんなことが訊けるのか分からないが、後で美琴が若干焦り気味でそう訊いてきた。
上条は少し頭を整理してみる。すると、どうやら自分は気づいてなかったがあの夕暮れ時からずっとドキドキしていた。
(どうすっかな…)
真実を言ってみようかと思ったが、恥ずかしいので上条は少し嘘をつく。
「ねえってば!!」
美琴の声を背に上条は玄関の手前まで行くと、
「思うかもしんねえ」
とだけ言って部屋を出た。
部屋を出た途端、上条にものすごい後悔が襲ってくる。随分とこっぱずかしいセリフを言ったもんだ。
「はあ、また御坂にいじられるな」
上条はドアに寄りかかり、美琴の合図があるまでそこでじっとしていた。

         ◇

何十分過ぎたかわからないが、上条が外に出てかなり経った後、ドアをコンコンと叩く音が聞こえた。
やっとかと上条はドアに向かって、向こうにいるであろう美琴に喋る。
「お。終わったか?」
『う、うん……』
「じゃあ、早く出てこいよ。もう始まってるぜ夏祭り」
『…………』
「?」
暫く沈黙が続いた。その沈黙が上条の心を騒がせる。
ドキドキ、ドキドキ。
(な、何だ、何だ!? お、落ち着け! 落ち着け!!)
ゆっくりとドアが開く。上条は一瞬、ドアから少し飛び出ている小さくなっている可愛らしい手に見とれてしまった。
しかし、直ぐにでもその視線は違うものを捕らえる。
さっきの高鳴っていた心が嘘のように、静まる。暫く上条は放心状態だった。
美琴はそれを不服と受け取ったのか、ちょこっと涙目で怒る。
「…ば、ばかああ!!」
突然、美琴は逃げようとした。無意識に右手が動き、美琴の腕を掴む。
別にいつもの危険を感じたわけでも、危険を回避しようと思ったわけではない。ただ、誤解されてるようなので一つ上条には言いたいことがあった。
美琴は振り向かずに、耳をそばだてている。
「……あのさ」
上条は後姿を見つめて。素直にこう言った。
「………き、綺麗でしたよ?」
言った瞬間、美琴が強い力で右手を振り払った。
あれ?と上条は思ったが、どうやらそういう意味ではないらしい。
美琴は後ろ向きで喋る。
「……本当?」
「……ああ」
「じ、じゃあもう一度言ってくれる?」
「なな何言ってんだよ!? ……いや、その、あれはあれで結構恥ずかしいセリフなんだが……」
嘘ではない。けれどもう一度言うのは上条にとってかなり恥ずかしい。
今まで本気の本気で女性にこんなことを言ったことはなかった。言い慣れていない。
でも、美琴が黙ってしまったので仕方なく、けれど条件付で言ってやろう。
「分かったよ、言ってやるよ。……ただし、こっち向いてくれたらな」
上条の声が聞こえたのか、ハイスピードカメラを通したような速度で、ゆっくりとゆっくりと美琴はこっちに振り向く。
そして、完全に向き終わると、そこには着物を着た美琴がいた。
大した着物ではないと上条は思う。しかし、それは着物が安っぽいのではなく、着ている人間に問題があるのかもしれない。
美琴は綺麗だった。
「き、綺麗だ」
美琴はバッと両手で顔を隠す。上条もそんなことしてみたかったが、あまりにも乙女チックなので我慢する。
「ああ!! お前がしろって、言ったんだぞ!!」
「だって恥ずかしいんだもん」
「俺の方が恥ずかしいわ!!」
けど、と美琴が言葉を繋げる。
そして美琴は両手を顔からどけると、
「…う、嬉しかったよ?」
と上条に向かって微笑んでそう答えた。
上条は右手をぐっと握り締める。そしてこう思った。
(やべ……俺、幸せかもしれねえ)
上条の高鳴りが更に激しさを増した。

いたずら好きな神様 2



夏祭り。
当然といえば当然だが、この科学の街、学園都市でも大きな夏祭りはある。
基本、学生はお祭り好きだ。この学園都市では大半が学生と呼ばれる子供で、大人は少数である。
そんな数多い学生が存在している学園都市がお祭りとなればかなりの規模になるのは想像できるだろう。企業の方もそれを狙ってこれまた多く集まってくるので大きく盛り上がる。
閉鎖的な学園都市だからこそ、学生の住む街だからこその祭りである。
多くの人ごみ。様々な食べ物の匂い。無意識に心が踊る。
けれど、上条にとってそれは大した問題ではない。特筆すべき点は、隣に人が居るということであろう。
今、上条の隣に美琴がいる。二人っきりで夏祭りに来ている。
上条はいつもの制服だ。しかし、美琴の方は先ほどの着物を身にまとっていて、とてもじゃないが釣り合わない。
二人っきり、美琴との微妙な距離。
そして上条はチラッと美琴を見たつもりが、
「何? 私の顔に何かついてんの?」
「いやいや!?」
つい上条は無意識に美琴を見つめてしまう。慌てて目を逸らす。
ねえとか美琴は言っているが、振り向くつもりはない。振り向いたらどうにかなってしまいそうである。
さっきから心は騒ぎっぱなしで、上条は必死に平常心を保とうとしていた。でも、どうにも治まってくれる気配はない。
美琴を意識してしまうたんびに、鼓動が早くなる。もうどうしようもない状態だった。
「ねえ、こっち向いてよ!」
「お、あそこに屋台が!」
「そんなんで、誤魔化せるかあ!!」
「うを!」
上条は美琴に頭を掴まれ、ぐいっと方向転換させられる。目の前には美琴の顔。
そして瞬時に顔を逸らす。上条はもう一度美琴に首を回されると思ったが、どうやら美琴も恥ずかしかったようで何も言ってこなかった。
「…………」
「…………」
上条は目を泳がせることしか出来ない。あっちを見たり、こっちを見たり。
と上条はここであることに気づく。
もう一度周りを見渡して確認してみると、やっぱりそうだ。
「…おい御坂」
「……な、何?」
「お前目立ちすぎじゃないか?」
「へ? どこが?」
美琴は気づいていないのか、よくよく回りを見てみると色々なところから美琴を見ている人がいる。
上条は変にこういうことに敏感なのですぐ気づけたのだが、まだ美琴は気づけていないようである。
その視線の意味は様々な感情が渦巻いているのかもしれない。しかし、上条がそれを知ることはない。
とりあえず、上条は美琴を掴んでそこから離れることにした。
「な、ななな何すんのよ!?」
「お祭りだからか変な奴がいるっぽいからな」
「ちょ、ちょっと!?」
「ん? だから、ちょこっとここを離れ……あれ?」
美琴の慌てぶりに、ふと上条は手元を見てみる。すると上条の手は美琴の手をしっかりと握っている。
意味が僅かに遅れて、上条の脳で認識される。
(!?)
上条はそのことに今頃気づくと、超高速スピードで美琴の手を放した。
「あっ……」
「いや!? これはですね、無意識というか何というかとりあえず、すいませんでしたー!!」
上条は今にも土下座をしそうな雰囲気で謝罪した。どうも無意識に美琴の手を握ってしまっていたらしい。
一応謝ったが、電撃は確実だろうと上条は思った。しかしその思惑とは反対に、展開は思わぬ方向へ動いた。
「……てよ」
美琴が何かを小さい声で喋った。
上条はそれを聞き返す。
「え?」
「…………」
「…………」
そして。
「……手、握ってよ…」
「………………」
思わぬ美琴の言葉に黙り込んでしまう。
しかし、上条は別に何か思うことがあって黙り込んでしまったわけではない。ただ上条の頭は空回りしているだけ。
上条は頭の整理を始める。でも、頭は思うように動いてくれない。考えが纏まらない。
だから、上条はほとんどの考えを捨て、自分が今したいように動く。
「!」
上条が美琴の手を握る。
さっきは無意識だったので美琴の手の感触とかは覚えていない。でも今はありありと美琴の手の感触が伝わってきた。
もっともっと速く、上条の心臓が速く鼓動する。
「……は、逸れちまったら大変だからな」
自分でも何をしているのか良くわからない。下手な言い訳まで持ってきて何をしようとしているのか。
けれど、美琴がそれを追求することはない。
「……うん」
そして、ただ小さくうなずいて返事をすると、美琴が上条の手をいわいる恋人繋ぎという繋ぎ方で、上条の手を握り返してきた。
上条は驚くものの、直ぐにそれを同じように握り返した。

         ◇

その後上条と美琴は恋人繋ぎのまま、暫くブラブラしていたが、ある屋台が目に留まる。
夏祭りの定番の一つ。金魚すくいだ。
「ねえ、あれやってみない?」
美琴は繋がってない手の方で指をさす。
上条はその仕草に少しドキッとしながら、いいなそれと言って金魚すくいをやることにした。
その屋台に近づいてみると、当然の事ながら金魚が一杯いた。
赤い金魚から黒い金魚まで、大きさ、形、色、様々な金魚が大きな水槽を泳いでいる。
きっと彼らは自分達が今にも掬われそうなのを知りはしないだろう。のんびり呑気に泳いでいた。
「一回100円ですよ」
水槽を挟んで向こう側にいる男の人がそう言う。
上条はポケットから財布を出し、200円を取り出すとその人に渡した。
「あ、別に私の分まで払わなくてもいいのに」
「良いんですよー、上条さんは」
上条は少し名残惜しそうに、美琴から繋いでいた手を放すと、ポイと呼ばれる金魚を掬う道具を取って金魚をすくい始めた。
意外と金魚はすいすいと水の中を泳いでいる。捕まえられそうにないなと思っていたら案の定、ポイは水だけをすくう。
上条はちょっと悔しくなって、無理やりすくおうとするが、そんなことをしていたら綺麗にポイの紙の部分が綺麗になくなっていた。
はあとため息をつく。隣の美琴はどうなっているだろうと見てみると。
「あれ?」
「…………」
美琴は全く水に浸かっていない綺麗なままのポイを握りしめていた。
何か不満でもあったのかと上条は思ったが、どうやらそうではないらしい。
よく見てみると、美琴は必死に金魚をすくおうとしていた。けれど、美琴から見えない何かが出てるのか、美琴の動きに合わせて金魚が逃げていく。
その見えない何かとは、いつか言っていた電磁波の事だろう。
上条はさりげなく、美琴の後に回る。
そして、美琴の頭を右手で撫でた。
「ふぇ!?」
美琴は撫でられたことに気づき、グリンと顔を上条に回す。
「こ、こんな所で、な、何してんのよ!」
「ほら、こっち向いてないであっち見ろ」
「……何よ、ってあれ?」
美琴は自身の能力によって電磁波が出てしまっている。ならば、この右手を使えばそれも打ち消せるのではないかと上条は考えた。
どうやらその考えは成功したようである。
さっきまで逃げていた金魚が嘘のように、美琴の近くを泳ぎまわる。
「あっ…」
「これでちゃんとできるだろ?」
「……う、うん」
美琴はそう言うと金魚をすくおうとポイを動かすが、ポイは空気をすくったり、何もいない所を無意味にすくったりしていた。
もしかしたら美琴は上条よりも、下手なのかもしれない。
「おい、それはちょっと下手すぎないか?」
「……仕方ないじゃない…」
「…………」
上条は少し考え、意を決すると、美琴の背中からポイを持っている美琴の手ごと右手で掴む。
「ひゃっ」
なにやら髪の毛の匂いやら、背中の感触とかが色々と大変な影響を及ぼすが上条はそれを無視する。
美琴の方はおとなしくはないものの、上条を強引に振り払おうとはしなかった。
「な、何やってんのよ……」
「ほら、こうやってすくうんだよ」
上条が手を動かすと、美琴の手も一緒に動く。そして、ポイはさっきやった時とは違ってうまく金魚を捕らえ、器の中に入った。
器の中に入った金魚は、小さい水槽でグルグルと泳ぐ。
「アンタ、うまいのね」
「いや? さっきはこれほどでもなかったんだがな」
正直、上条はドキドキし過ぎてこんなにもうまくいくとは思ってもみなかった。先ほど失敗していたのが嘘のようだ。
「どうしてかな?」
「ふーん。じゃあ私はもういいから、もう一度アンタだけでやってみてよ」
と美琴はポイを上条の右手に渡す。しかし、どうも上条の前からどく気はないらしい。
上条はやりにくなーと思いつつ、言われたと通りに金魚をすくおうとするが、
「ねえ」
「あ!?」
ポチャンとポイは上条の手を離れ、水の底へと沈んでいってしまいもう金魚をすくうことは出来なくなった。
上条と美琴は黙り込む。
「へたくそ」
「酷い!」
美琴は笑いながら、『どうしてくれんのよ私の分ー』とか言いつつ、ほっぺとか鼻とかを突いてくる。
上条が逃げられない状況であることを察知してくれたのか、店の男の人が助け舟を出してくれた。
「金魚、どうします? 持って帰りますか?」
美琴は上条いじりを止め、器の中にある金魚を見て考え込む。けれど、きっと常盤台中学の寮では生き物を飼うことはできなだろう。
だからなのか、美琴は残念そうに頭を垂れると、その申し出を断った。
「……ちょっと無理です」
「うん、俺の方も無理だから返してやってください」
わかりましたと店の人は金魚を大きな水槽の中に戻した。その金魚は泳いでいってしまい、すぐに他の金魚と見分けがつかなくなった。
上条はそれ見た後、元気に泳いでいった金魚とは反対に落ち込んでいる美琴の手を握り立ち上がらせる。
「っと」
「ん………」
「ほら、元気出せ。次行くぞ、次」
「そうね。……うん! 次行きましょう」
さほど問題なく美琴は立ち直ってくれたので上条はホッとする。自分だけ浮かれてても楽しくないから。
上条と美琴は手を繋ぎながら歩き出した。
「おい、あれはどう、ってん?」
上条は歩きながら美琴に話しかけたのだが、前に進もうとしてグイっと右手が引っ張られ止まる。
どうして上条が止まってしまったかというと、何故か突然、美琴が止まってしまったからだ。
上条はどうしたのだろうと美琴を見てみる。
すると美琴の顔は横を向いていて、何かを凝視していた。その視線の先を追ってみたらあるものに行き着いた。
それを見て上条は納得すると、黙り込んでいる美琴の方に体を向けた。
「ほしいのか、それ」
「な、ななな何言ってんのよ!?」
美琴は慌てながらも否定する。けれど、視線は相変わらずで本心はバレバレだ。
上条はお金を取り出しながら、店員にいくらするかを訊く。
「ええっと、このカエルのお面はいくらですか」
「300円ですよ」
「か、カエルじゃなくてゲコ太!」
美琴の言葉をスルーしつつ上条はお金を渡し、お面を受け取った。
ゲコ太とか言うお面の顔は、いつか見たときとは違っていて、なんとも情けない顔だった。お面らしいといえばお面らしいが。
上条はそんなお面を美琴に差し出す。
「これが欲しかったんだろ?」
「…別に私がお金払ったのに」
「いいんだって。お昼の借りもあるし、お金ならさっき家に行ったときに持ってきたから、な」
「ん゛ー」
美琴は上条の差し出したお面を見ながら唸る。どうも上条から貰うのが癪らしい。
上条としてはせっかく買ったお面を美琴に受け取ってもらわなくては意味が無い。自分が持ってても無用なものだ。
「ほら、プレゼントだ。とっとけ」
「……わかった」
美琴は渋々お面を受け取ると頭にかけた。しかし、渋々のわりには美琴は上機嫌になる。どうやらしっかりと喜んでもらえた様だ。
若干スキップ気味の美琴を見てそう思う。
「うん、うん。喜んで貰えたようで良かったですよ」
「な!? った、確かに嬉しかったけど! ……アンタが……思ってる意味とは………ち、違うわよ…」
「? 何が違うんだ?」
「…なんでもない」
なんでもないと言われれば、つい気になってしまうのが普通だろう。上条は何が違うのかどうしても気になってしまう。
なので、何故か俯いてモジモジしている美琴にもう一度、聞き返した。
「なんでもないじゃなくて、何が違うんだよ?」
「…………」
「なあ?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
美琴は俯いたまま何も喋らない。言わなきゃいいことを言ってしまったかもしれない。
しかし、もう後の祭り。どうやら上条は聞かなくていいことを聞いてしまったみたいだ。
少し後悔する。上条は謝ろうと口を開くと、
「ごめん」「あのさ」
「「あっ……」」
二人の言葉が重なってしまった。上条は何を言おうとしてたのか聞こうと思ったが、どうも言葉が詰まる。この変な空気のせいかもしれない。
暫く二人とも黙り込んでいたが、先に美琴が口を開いた。
「なんで謝んのよ……」
「……いや、変なこと聞いてしまったかなーと思って」
「別に変じゃないわよ…………でも、本当のことは言えないけど…」
「そ、そうか」
上条は素直に良かったと思った。悪いことを聞いてしまったわけでないらしい。
そして、上条はつい浮かれてしまい、手を握る力を強くしてしまう。
美琴が一瞬、ビクッと動いた。
「っ!?」
「あっ…だ、大丈夫か!?」
「……だ!、大丈夫」
と美琴は言うと、上条に負けないように強く握り返してくる。
上条はドキドキしながら、さっき美琴が訊こうとしていたことを訊く。
「…さ、さっきお前なんて言おうとしてたんだ?」
「え、あ。さっきのこと?」
「ああ、そう」
「……えっとね、アンタ欲しいもんとかある?」
「は?」
「いや、だから私ばっかり貰ってばっかで気が引けるから」
美琴が言いたかったことは、上条に何かお返しがしたいということらしい。確かに夏祭りから上条は”もの”を美琴にあげてばっかりだ。
けれど、ものではない何かなら上条は美琴からたくさん貰っている気がする。それにものなんて上条はあまり欲しいとは思わない。
だから、上条は困ってしまう。
「んー、別にないんだけどなー」
「それじゃあ私が困んのよ」
「んー」
上条は必死に考える。もの、もの、とここであるものが上条の頭の中に浮かんだ。
つい、あっと声にだしてしまう。
「何よ?」
「御坂さん…」
「何?」
「綿飴でも食べません?」

         ◇

「ねえ、本当にこんなんでよかったの?」
「上条さんは楽しいので一向にかまいません」
美琴は上条が綿飴と言って結構渋ったが、結局二人分の綿飴を買った。
上条も美琴も同じ綿飴を持って歩く。
上条は棒をくるくる回しながら、綿飴を食べてみると思ったより甘い。
うまく食べないと口の周りはベトベトしそうだが、これはそこそこにうまいと思った。
美琴の方を見てみるとまだ渋っていたので、上条は話しかける。
「ほら、お前も食えよ。意外とおいしぞこれ?」
そう言って、綿飴を口に含んで美琴の前で実践演習をする。
美琴は食べている上条を見て安心したのか、綿飴を見つめるのを止めこっちを向いて来た。
「……そう?」
「ああ」
「…じゃあ、食べる」
美琴はやっと納得して、綿飴を食べ始める。小さい口で食べようとしている姿はなんとも可愛らしい。
上条は何故か空気を飲み込む。ゴクンと言う音が喉から聞こえた。
それから暫く二人は黙って綿飴を食べていたが、美琴が急に立ち止まった。
「ねえ」
「ん、何だ?」
「……た、食べ比べ、しない?」
「たた、食べ比べ!」
上条がその美琴の発言に驚く。しかし美琴は上条が驚いている間に、有無を言わさず持っていた綿飴を自分の目の前に突き出してくる。
上条はかなり迷ったが、綿飴が数センチ遠のいた瞬間、迷わず口を開け綿飴にかぶり付いた。
さっきと違って味がしない。というより味なんて考えてられない。しっかりしようと意気込んでも、目が泳いだり心臓の音がうるさい。
そんな風に戸惑っている上条に美琴は話しかける。
「ど、どう?」
「お、おいしい、と思う」
「じ、じゃあ」
「…………」
「私にもそっちの食べさせて?」
上条は美琴からの要求に、手を震わせながらも綿飴を差し出す。そして深く深呼吸をして、心を落ち着かせようと空しい努力をする。
美琴は上条から差し出された綿飴を、一瞬ためらいながらも、口に含む。
上条は戻された綿飴を食べようと口を開くが、開いたまま綿飴は口の中には入らなかった。
美琴がちょこっと握っている手の力を強める。
「ごめん。味、分かんなかった」
「いや、実は俺も分からなかった」
「…そ、そうだったんだ」
「あ、ああ」
二人ともそれから綿飴を食べようとする気配はない。
しかし、食べないと色々と申し訳ないし、なによりも勿体無い。
ここで上条がある提案を思いつく。
「なあ」
「何?」
「もう、一気にバクっと行かないか?」
「そ、そうね。ちゃんと食べないとね…」
時間はゆっくりと流れる。
上条はドキドキしながら、合図を送った。
「じゃあ行くぞ……せーの!」
「「バク」」
沈黙。
残りの綿飴を大きく頬張った後、二人は何も喋らなくなったし、動かなくなった。苦しい。
どう苦しいかと言うと、息が出来ない。どうしてか分からないが息が出来ない。
上条は我慢の限界まで行くと、やっと口を開け息を吸った。
「ぜーはー、ぜーはー。おい御坂……あれ?」
少し余裕が生まれた上条は美琴の方を見た。
すると、どうも美琴の様子がおかしい。目を前にして微動だにしない。
上条は美琴の目の前で手を振ってみたが、何も反応はない。けれど、上条と違って息はしているようだ。
意識がどこか行ってしまった美琴を見ながら、上条は考える。
「……どうしたもんかな」
ふと何かを思い出し、上条はポケットからあるカードを取り出した。
そして、器用に左手だけでカードを弄って見ると、二つに開き、何かが書かれていた。
それを読んでみると
『いい夏祭りでの休憩場所。ここ』
と地図入りの文章があった。
上条は他に休憩場所など知らないし、ここでこんな状態の美琴と居る訳にも行かないので、そこに向かうことにした。
上条は美琴が咥えている綿飴の棒を口から抜く。どうやら意識は無いのに綿飴はしっかり食べたようだ。
未だ意識は無くても美琴は立てているが、いつ立つ力が無くなるかわからない。上条は美琴をおんぶしようとする。
しかし、着物なので出来なかった。少し上条は考えると、
「し、仕方ねえよな?」
と言い訳をつきながら、上条は恥ずかしくとも美琴をお姫様抱っこした。
そして休憩場所に向かって、少し小走りに駆け抜けていった。

         ◇

上条は周りの視線を無視しながら、やっと休憩場所らしき所に着いた。
机と長椅子がいくつか置いてある。辺りに光はあまりなく、足元も少し危なっかしい。
美琴を長椅子に寝かせようと思ったが、そのまま寝かしてしまったら頭が痛そうだ。なのでドキドキしながら上条もその椅子に座り、美琴の頭を膝の辺りに乗っける。
一息落ち着くと、上条は顔から真下の美琴を見る。
美琴の方はどうやら意識を失った後、寝てしまっていたようだ。なんとも器用な真似をするやつである。
美琴の顔は、幸せそうにすやすや眠っている。なんだかんだ言って疲れてたのかもしれない。まだ、そんなに時間は経っていないのに。
つい、上条は美琴の頭を撫でてしまう。すると『んっ』という声を出して美琴が起きてきた。
「御坂、起きたか?」
「何でアンタの顔が目の前にあるの?」
「何でって、今俺がここにいるからだろう?」
「そっか…まだ夢なんだ」
美琴はまだ夢の中にいた。そして寝ぼけている。
上条は今自分がしていることを悟られるのは避けたかったが、言わないわけにもいかないので遠まわしに説明する。
「あのー…これは夢ではないと思うですが…」
「夢じゃないの?」
「夢ではありませんね」
「…………」
上条が説明しても、まだ美琴は夢の中。
仕方なく上条は直接的に今の現状を説明する。
「えーっと。上条さんが詳しく説明いたしますと、その……仕方なかったんです」
「……どう仕方なかったの?」
「今、上条さんは俗に言う膝枕とやらをしてますね」
「…………」
「あ、あのー?」
「!?」
夢の中からやっと覚醒して、美琴は状況を今更気づく。起き上がろうと、体を起こすがそれを直ぐに上条が止める。
美琴は『ふにゃっ!』と小さく声を出すが、上条の力に逆らうことなく頭が膝の上にのる。
「ちょ、ちょ、ちょっと!?」
「ほら、意識飛ぶほど疲れてんだからゆっくりしてろ」
「だ、だけど!」
「まったく、どしたら意識飛ぶほど疲れられるんだ?」
「それは」
「上条さんとしては、こんなんなるまでいた美琴さんを放って置けませんよ」
半分真実、半分嘘の言葉を上条は喋る。いつの間にか、つい手が出てしまっていたことは美琴には言わない。
上条は再び美琴の頭を撫でる。美琴はそれを気持ち良さそうに目を瞑って受けてくれた。その姿はまるで猫みたいだった。
そして猫みたいな美琴は暫く気持ち良さそうに撫でられていたが、トロンとした目を少しだけ見せると上条に話しかけてきた。
「誰の、せいだと思ってんのよ……」
「へ?」
「……こんなんまでなっちゃたのは、アンタのせいなの!」
「お、俺のせい!?」
上条はだらだらと冷や汗を垂らす。
自分が何時、何をしたのかは知らないが、どうも気づかないうちに美琴に迷惑を掛けていたらしい。
「す、すいませんでした……」
美琴はプイっと顔を上条から逸らす。
「せ、責任とってよね……」
「ほんと、すいません」
「……ばか」
上条はやってしまったと、うな垂れる。何をやってしまったかは分からないけれど。
と上条がそうやっていたら、事態は思わぬ方向へと動いた。
暗闇のほうを向いていた美琴が、何かを見たのか急に騒ぎ出したのだ。
「え? へ!? ちょちょちょちょ」
「どうした、御坂?」
「あああれれれれ!!」
上条は美琴が震えながら指す方向を見る。辺りは暗闇なのでよく凝視しないと見えるものも見えない。
だから上条はその辺りを凝視した。そして、気づいた。
「あ、あれは!?」
驚く上条の先には、沢山の人、といっても二人一組の人々がいた。つまり沢山のカップルがいたのだ。
何故そんなにたくさんカップルがいるか上条は考える。
(……まさか、まさか!)
ここに来た理由は何か。この場所はどうやって知ったか。それらを総合すると一つの答えがはじき出される。
奴だ、土御門だ。
大体、奴の考えることは察しがつく。きっと上条をここにおびき寄せ、このカップル集団を見せ絶望のどん底に陥れる気だったようだ。
まんまと嵌ってしまった上条は悔しがった。
(あんの野郎ー!! ……って、あれ??)
しかし、どうも状況は少し土御門の思惑通りにはいってはいないことに気づく。
今、自分はどういった状況にあるのか。どうなっていうのかを思い出す。
現在、なんやかんやあって上条は美琴と二人っきりで夏祭りに来た挙句、上条が美琴に膝枕をしているというトンデモ状況。傍からに見ればこっちもれっきとしたカップルである。
そうだ、そいえばそうだったのだ。
上条の体が何故か急に熱くなる。心臓の鼓動も早くなる。
ヤバイと上条は思った。
どう何がやばいのかは上条は理解できない。けれど、本能が何かを感じ取っている。この状況は何かが起こってしまう。
「み、御坂、ちょっとだけこの状態止めないか?」
「へ? あ……うん」
美琴は上条の言うとおりに上条の膝から体を起こしてくれた。
しかし、それでも心臓は治まってはくれない。上条は必死に右手でその幻想をぶち殺そうとしたが、うまくいかない。
そう上条が幻想と戦っていたら、美琴が小さい声で話しかけてきた。
「……あのさ」
「え? な、何だ?」
「その……こっち向いてくれない?」
「?」
上条は状況が分からないまま、言われたとおりに体を隣の美琴に向けた。すると、美琴は俯いていた顔を上げる。
二人の目と目が合う。
「…………」
「…………」
美琴は何かを決心すると、ゆっくりと目を閉じた。
鈍感上条でも、この状況、この雰囲気で気づかないわけは無い。心臓がもうはちきれそうな位、鼓動する。
上条は一瞬、体が先に動いてしまいそうだったが、辛うじてそれを止める。
なぜなら上条はまだ聞いていなからだ。だからまだ、この先には進めない。自分の気持ちも分からない。
けれど、この定まっていない自分の心は、美琴の本心を聞けばそれも定まるかもしれない。
怖いと単純に上条は思った。
上条にはいつも不幸なことが襲い掛かる。もし、自分がこんなことを訊いてしまったら、どうなってしまうのだろうか。
上条は躊躇う。
でも、

――幸せに過ごさせてください。

上条は神様を信じてみたかった。
もしかしたら、もしかしたら、自分も少しくらいは幸せになってもいいのかもしれない。
上条はゆっくりと深呼吸して心を落ち着かせる。息が整うよう、心の整理がつくように。
「…御坂」
美琴は瞑っていた目を開く。顔はとても赤かった。
上条は勇気を振り絞って聞く。
「……俺の事はどう思ってんだ?」
卑怯だなと上条は思う。
自分はこんな聞き方しかできない。相手の気持ちを知らなければ、相手に自分の本当の気持ちも伝えられない。
「…わ、私は」
けれど、美琴は言ってくれる。こんな自分でも本当の気持ちをさらけ出してくれる。
素直に、美琴には勝てないと思う。
「アンタの、当麻のことがっ!」
そして美琴はこっちに向かって、目を真っ直ぐ見て、何かを言おうとした。



――しかし、美琴の言葉は大きな音に打ち消されてしまった。
『きゃあ!』
『うわ!!』
大きな爆発音と共に、茂みから悲鳴が聞こえる。
上条が音のした方向をみると、空に向かって黒い煙が立ち上っていた。
上条は思わず、唇を噛む。
まるで待っていたかのようなタイミングの爆発。上条の願いは神様に届かない。
(神様のバカ野郎!!)
そして、『くそ!』と上条は悪態をつきながら、立ち上がる。黒い煙の方へ向かって。
しかし、走り出そうとした瞬間、美琴に腕をつかまれてしまった。
上条は美琴に振り向く。
「どこ、行くの?」
美琴はそう言うと、眉を下げながら上条を見つめてきた。上条は少しあの日の事を思い出してしまうが、グッと我慢する。
上条は逸らしてしまいそうな視線を押さえ、美琴を真っ直ぐと見る。
「あそこに……俺は爆発のあった所に行く」
「何で!? 何でアンタが行かなくちゃいけないの!?」
何で、と聞かれても上条は答えられない。けれど、行かなくてはいけないと思う。美琴は納得してくれなくとも。
上条は腕を掴んでいた美琴の手を、強く優しく取り外す。
「俺は行く」
「…………」
上条は美琴を背にして走り出そうとする。
すると、美琴が大きな声で『待って!』と言ってきた。
上条はそれを聞いて美琴の方を見たら、美琴はしっかりと地面に立っていた。
「アンタが行くって言うなら、私だって行く」
「ちょ、ちょっと待て! 行くったって、危ねえぞ!!」
「アンタもその危ないところに行くんでしょう?」
「そ、それはだな……」
美琴の剣幕な表情に上条は怯む。上条は美琴を危険なところに連れて行きたくはなかった。
「絶対ついていくから」
それでも美琴は曲がらない。
だから上条は美琴を説得するのを諦めた。美琴の芯は強い。きっとどうやっても美琴を説得することは上条では不可能だろう。
上条は美琴の手を上から掴む。
「じゃあ、行くぞ?」
「もちろん!」
美琴の顔を確認して、全速力で走る。いつも追いかけっこしているからか、美琴はちゃんとついてきた。
上条は走る。

         ◇

「ここか?」
「…焦げ臭い」
上条と美琴は爆発のあったであろう場所に着いた。爆発があった場所は、ただ木を小さく燃やしているだけで、大した被害は見当たらない。それに犯人らしき人物も見当たらなかった。
「ねえ、ただの事故じゃない?」
「…………」
そう、普通に考えれば、美琴のように事故だと思うだろう。けれど、逆に普通でない考えだと話は違ってくる。
上条は普通でない出来事に沢山会って来た。だから普通でない考えができる。
「被害が少なすぎる」
「え?」
被害の少ない現場。爆発によってからか、それなりに開けた場所。
もし、この場所に犯人がまだ近くにいるとしたら、どうだろう。
上条はいつもの鋭い勘で事態を分析する。
「これはまるで、罠だ。もしかしたら、確認してきた誰かを一気に…」
『よーく、気づけたな。お前、レベルいくつだ?』
そう上条が喋っていたら、突然茂みから声がした。
上条はその声を聞いて、声のする方向へと視線を移すと、右手を強く握りしめる。
そして、茂みに隠れていたのか、一人の男が視界に現れた。手には缶のようなものを持っている。
その男の見た目はさほど目立たないが、纏っている雰囲気が尋常のものではなかった。能力者特有の、犯罪者特有の、異質な雰囲気を醸し出していた。
外は暗い。男の顔はほとんど見ない。ぎりぎり姿が見えている状態だ。
ピリピリと痺れる空気に、上条は美琴を左腕でけん制する。
しかし、美琴はそれを無視するように前へと出た。
「アンタはもしかして、量子変速(シンクロトロン) の能力者?」
「は? なんだそれ?」
美琴の言葉に男は知らないといった反応を示す。どうやら美琴が知っている能力とは関係ないようだ。
上条はどんな能力かまず知らないと危険だと思った。
怯まず、男に訊く。
「おい、なんでそんな缶を持っているんだ?」
「おおう、これの事か」
すると男は機嫌よく、その缶のことについて語りだした。
「これはだな、水素が信じられないほど凝縮されてんだ。それに、これはその圧力に耐えられるようただの缶ではない」
「…水素?」
「おい、おい。小学校で習わなかったか? 水素は無色・無臭の気体の癖して、ちょっとでも酸素と一緒だと、とっても危険な物質になるんだぜ?」
男がその缶を軽く手元で投げながら、そう言う。
水素。上条はあまり頭が良くない方だが、爆発しやすいぐらいの知識は持っている。それにこの男の危険性も理解できる。
とりあえず、能力に詳しい美琴にボソボソした声で相談する。
「(おい、御坂。この状況を打開する策はあるか?)」
「(うーん、少し難しいわね。あの野郎は水素の缶とかを持ってるけど、結局はその水素をどう操る能力者か分からないし)」
八方塞、と言うわけでもないが、状況はとても芳しくない。
上条はまず、男を探ろうと思った。男の意思が分かれば状況を打開する策が思い浮かぶかも知れない。
一歩前へと進む。進んだことにより、男は上条をけん制する。
「おい、あんまし近づくとぶっ殺すぞ」
「一つ訊きたい事がある」
「……内容によっては教えてやるよ」
「お前は何でこんなことをしたんだ?」
その上条の質問に男は大きく、不気味に笑う。
「何故? フハハハはははは!! ぐははははははっ!!」
別におかしな質問をした覚えはない。では、なぜ男は笑うのか。
「笑ってないで答えろよ!」
「…………いいぜ」
「…………」
「ああ、教えてやるよ!」
上条は、男の顔が見えないのに口が裂けるようにニヤっと笑ったのが見えた。
そして、男はまるで演説を始めるように手を大きく広げると、男は大声でこう叫んだ。

「俺に彼女が出来ないからだ!!」

「「……………………………………………………………へ?」」
つい男のぶっ飛んだ発言に、二人とも困惑して声をそろえてしまう。
男は続ける。
「そうだ、いつもいつもこの世の中は俺を苦しめるようにしている! クリスマス? バレンタイン? もう、そんなそんな辛い日は過ごしたくない!!」
「えーと……」
「だから! 今日、この日、この夏祭りというアベックが集まるイベントを潰しに来た!!」
男はもう自分に世界に入って行ってしまい、こっちには戻ってこない。
上条は美琴と顔を合わせながら、この変人をどうするか相談する。
「(ねえ、コイツどうする?)」
「(どうするたって。ああ、こんな奴に邪魔されたのか……不幸だ。)」
どうもこの男は嫉妬やらストレスやらで頭がおかしくなってしまった人間のようだ。
基本、実力主義の能力開発には多大なストレスがかかるといわれている。それにプラス、個人的なストレスがかかれば、おかしくなってしまう人も出てきても変ではない。
きっとこの男はその一人だ。かわいそうな男だなと上条は思った。
どっちにせよこの男はかなり危険であるのは変わりはないから、上条はどう処理しようかと考える。
しかし、答えが出ぬ間に、男が上条たちに気づいてしまう。
どっか行ってしまっていた男は上条と美琴を怒鳴る。
「おい! 聞いてんのか!?」
二人とも刺激しないように返答。
「いや、いや!? もちろんですとも!」
「そ、そうよ! 聞いてたわよ?」
が、まずいことにそれが逆に男を逆撫でしてしまった。
「うぎゃあああああ!!」
「「!?」」
「ああ!! ジャッチメンとかアンチスキルとか、を人質に取るつもりだったが、もういい!! お前ら一般人、もといアベック!! お前らを人質にしてやるううう!!」
男の最後の理性がぶっ壊れる。そして男はさらに異常になる。もはや病気であった。
男は右手を振り回し、左手でライターを取り出と、ライターに火を付けた。
「くらえ!」
男は火の付いたライターをこっちに向かって投げる。
「ヤバっ!」
すると、ライターの火が引き金となり目の前で爆発が起きた。
辛うじてこっちには爆風が届かない距離だったが、届かなくても爆風によって、石や木の破片は飛び散る。
(くっそ!!)
上条は一瞬、美琴に当たる軌道で飛び散った石を見る。飛び散る石は速すぎる為、美琴は反応できない。
だから、反応できる上条が美琴の前に出た。
背中の衝撃を感じると、
「と…」
という美琴の声を最後に、上条の意識は落ちた。

いたずら好きな神様 3



「んっ…」
上条は目を覚ます。
初め、視界はぼやけていたが、時間が経つにつれだんだんとはっきりしてくる。目の前に美琴の顔が見えた。
「あ、起きた?」
「あれ? ここは?」
上条はぼやけた頭を抱えながら、起き上がる。周りを見渡しみると、そこは馴染みの病院の受付のところだった。
受付には誰もいなくて、全体的に薄暗い。遠いところにある非常口の光が強く見えるほどだ。
と周りを確認していたら、どこからともなくカエル顔の医者が現れる。
「起きたかい?」
「せ、先生?」
医者は美琴の方を一瞥すると、上条に話しかける。
「起きたのならまず、その彼女にお礼をいうことだね」
「へ?」
そう医者に言われ、上条は隣に居る美琴の方を見た。美琴はこっちを向いてはくれなかったが、そういえば自分の顔のが少し濡れていた。
もしかしたら泣いていたのかもしれない。もしかしたら、自分のために。
医者は話を続ける。
「知らないと思うけど、彼女は重たい君を救急車まで背負って、ここまで運んできてくれたんだよ? まったくうちの救急隊員はなにをやってたのかね」
「そう、なんですか……」
上条は美琴を見つめるが、美琴は黙ったまま何も喋らない。
「まあ、君はぜんぜん大事には至らなかったよ。軽い打撲だね」
上条は思い出す。確か、自分は背中に大きな衝撃を受け気絶した。
頭を摩ってみたら痛い。どうやら気絶した直接的原因は頭の打撲らしい。
しかし、背中も頭も軽い打撲で済んだのに、上条は大きな罪悪感に襲われる。
上条は美琴の方に体を向けると、頭を下げた。
「御坂、すまなかった」
「なんで謝んのよ……」
「まず、第一に楽しみにしてた夏休みを俺のせいで台無しにしてしまったこと」
「アンタのせいじゃないじゃない」
「いや、俺のせいだ」
「…………」
「第二に、俺が………御坂を泣かせてしまったことだ」
「…………」
「本当にすまない」
自分のせいで、こんなことになってしまった。きっと、もっとしっかりしていればこんなことにならずに済んだかもしれない。
と下げていた頭が突然掴まれる。そして、無理やり顔を上げさせられる。
美琴は渋い顔でこちらを見ていた。
「アンタがこんな顔してちゃ、今日の楽しかった部分も辛くなんの!」
「あ、いや…」
「ほら、シャキッとしなさい!」
美琴はそう言って、おでことおでこをガツンとぶつける。すごく痛かった。
「―っ!」
呆れたように医者がそれを見ていた。
「まったく。僕はお礼を言えといったのに、何故君は謝るのかね?」
「……はあ」
「ほら、これ持って帰りなさい。僕は黒焦げになった人の治療で忙しいからね、じゃあこれで私は失礼するよ」
そして、医者は上条に一枚の紙を渡し、病院の奥へと行ってしまった。
当然、残ったのは上条と美琴の二人きり。さっきのこともあって上条は話しづらい。
色々と失敗してしまった。上条は美琴になんて話しかければいいのかわからない。
けれど、頑張って声を出してみる。
「あ、あの男はどうなったんだ?」
「ああ、それなら……」
「それなら?」
「知らないほうがいいかも」
「じゃあ、いいです」
上条はあの男のことを想像しかけて、想像するのを止める。なぜなら美琴の顔が恐ろしいことになっていたからだ。
もう、色々忘れようと上条は思った。
そして手元の紙を見た。紙には何故かどこかの場所が書いてあった。
「って何だこれ?」
美琴も上条の前にめり込んで、それを覗く。
「どこかの場所を示してない?」
「そうだと思うんだが……」
「とりあえず行ってみない?」
「まあ、いいけど」
上条と美琴はとりあえずその場所に行くこを決める。
上条はそこに何があるのかは知らなかった。

         ◇

「ふう、ここか」
「ここね……」
とりあえずということで、二人はその場所に来てみたが、二人の予想に反してそこには何も無かった。
ただ、そこは夜空だけはよく見える場所であった。あの医者は何を考えているのだろうか。
上条は何も無かったことに落胆して、その場にへ垂れ込む。
「あ゛ー、疲れたー!!」
「地面に座っちゃって、何やってのよアンタ」
そして地べたに座った途端に、ほらと美琴は手を差し伸べてきてくれた。
上条はその手を見て、意地悪したくなる。
なんとかその手を借りて立ち上がろうとしてるように見せかけ、手を美琴ごと引っ張った。
「きゃあ!」
美琴は上条の隣にペタンと座る。
「な、何すんのよ!!」
「いや、最後くらい楽しく行きたいと思ってな」
「……それは、」
「別に変な顔はしねえぞ。ほら!」
上条はそう言ってニカっと美琴に笑ってみせる。
しかし。
「嘘」
「へ?」
「そんな顔見ても嬉しくない」
美琴は直ぐに上条の嘘に気づいてしまう。
嘘は得意なはずなのに。
確かに美琴の言う通り、上条は本当は笑っていなかった。心まで笑えなかった。
だって、神様を信じたって上条は結局不幸だったから。
今回は結構なダメージを受けた。いくら上条がポジティブに努めようとも、今日だけは少し無理だ。
上条は「はあ」とため息をつく。ため息をつけば幸せが逃げるというが、そんなんで幸せが逃げるのなら上条はこんなに苦労はしない。
今日は散々な日だ。
思わずポツリと呟く。
「奇跡でも起こんないかな?」

――そして、その願いに答えるように、夜空に花が咲いた。

バーン、バーンと花火が空に散る。
突然の出来事に上条は口を開けてポカーンとそれを見ていた。美琴もきっと同じように驚いたのだろう、何もしてこない。
暫くしてやっとその状態から回復する。
「ここってもしかして穴場?」
「これ夏祭りの花火だと思うけど……だーれもいないわね」
美琴に言われ、周りを見渡しても本当に誰もいない。
空を見上げると、花火が綺麗に空に咲いていた。
上条は零すように、
「なあ、これって奇跡?」
言葉が出た。
美琴も驚いたような口調で返す。
「奇跡って大袈裟だけど………まあ、そうかもしれないわね」
上条が思うに、どうやら神様はとても曲がった性格をしているらしい。
今日という日を上条に期待させた挙句、どん底に突き落された。しかし、最後にはおもしろいものを上条に見せた。
これでは一概に不幸とは言えないではないか。
美琴の横顔を見ると、花火の光、赤やら黄色やらの光が映し出していた。
上条は花火の音にかき消されないよう話しかける。
「なあ」
「何?」
「また、来ないか?」
「来年の話すると鬼に笑われるわよ?」
「嫌、なのか?」
「そ、そんなわけないじゃない!!」
美琴が怒ったようにそう言う。
「じゃあどうなんだよ?」
「ら、来年の予定は明けといてよね…」
「鬼に笑われるな」
「うっさい!」
そこで上条は本当に笑えた。そして美琴もそれにつられて笑う。
そして、美琴が上条の手を握ってきた。上条は手を裏返してそれを握り返す。
花火がどんどん打ち上げられる。上条と美琴は黙ってそれを見ていた。
そして上条は、
「幸せかもな」
と言った。
上条はなんだか神様に笑われているような気がした。

―――――――――――――――――――――――――――――





バーン、バーンと花火が打ちあがる。
「ねえ、綺麗じゃない?」
隣の美琴は上条に向かってそう喋る。
上条は美琴の顔を見ながら、渋い顔して答える。
「そうは思わないな」
「どしてよ?」
美琴が頭にハテナマークを浮かべているの見て、上条はニヤニヤする。
「だってお前の方が綺麗だからな」
「な!? なんてこと言うのよ!!」
そう、二人は一年を経て去年の約束を果たしにきている。しかし、二人の間は去年とは違う。
上条が花火を見ていると、美琴が突然こんなことを言ってきた。
「ねえ……」
「ん? なんだ」
「き………キスして?」
「随分と恥ずかしいことをいうのですね、美琴さんは」
「ああ、もういいわよ!!」
そして上条に怒って美琴はへそを曲げてしまう。
けれど、上条は曲がったへそを無理やり正すように、美琴の肩を掴み上条の真正面に向ける。
美琴は顔を真っ赤にしながら、慌てる。
「あ、アンタは恥ずかしくないのかしら!?」
「いや? もちろん恥ずかしいぞ」
「……そ、そう?」
「まあでも」
上条はポリポリ頭を掻くの止めると、
「こうしてみたいだろ?」

花火を影に上条と美琴との距離はゼロになった。


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