とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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純真無垢な上条さん 1



 とある休日。上条当麻は一人、映画館の前で涙を流しながら立っていた。
 男子高校生が映画館の前で泣くなんて傍から見たら何事かと思う光景だが、この映画館前だけはそれも頷けるようだ。
 ふと周りを見渡せば、自分と同い年のカップルや女の子達、ちらほらとだが男の人も涙を流していた。
 みんなの涙の原因。それは今日公開の『赤い糸を信じて』という恋愛映画である。
 公開前のCMだけでも涙を流すであろうストーリー構成は、恋に敏感な女子中高生に絶大な支持を得て、公開初日は大混雑していた。
 上条は恋愛映画など興味は全く無かったが、スーパーの福引で奇跡的に前売り券を当て、その当日特にやる事もなかったので、
 映画を観に来たというのが今までの流れ。
 恋愛映画なのだから、男の上条は誰か女の子でも引き連れて一緒に観に来た方が不自然ではない。
 しかし、知り合いに恋愛映画を一緒に観に行こうなどと純な上条はとても気恥ずかしくて言い出せなかった。
 もちろん前売り券はそんな男女を応援するように二枚あったのだが、結局は一人で観に来ていた。
 さて、前置きはここらでいいだろう。
 実を言うと上条は映画の内容で感動し、涙を流していたわけではないのだ。
 いや、内容で泣いていたには泣いていたのだが、他の人達とは理由が違った。
 周りの皆様はその感動的なストーリーに感極まって、映画が終わった後でも泣いている。
 そんな感動的な雰囲気の中、上条当麻はポツリ呟いた。

「お、俺…一生独身なのか……。…はは、そうだよな、不幸だもんな。こんな俺が好きな女の子と一緒になるなんて、幻想もいいところか…」

 上条が泣いていた理由。それは『赤い糸を信じて』の映画の冒頭で説明があった、人には生まれついた時に運命の人が決まっているらしいという事。
 もちろんその人は気付きもしないし、その二人は偶然に出会っただけなのだが、それも含めて全てが運命なのだという、
 いかにも女の子が好きそうな設定にしているようだ。
 では何故上条は泣いていたか。それは―――

「お姉さま。さすが噂になるだけあって面白い映画でしたわね」
「ふにゃー」
「お姉さま?」

 お姉さまお姉さま言っているのは白井黒子。常盤台中学に通う一年生の女の子。
 そんな彼女からお姉さまと呼ばれているのは、ここ学園都市の中で第3位の位置につける御坂美琴。常盤台中学の二年生。
 そんな美琴は放心状態で頬を染めながら映画館から出てきた。
 現在絶賛恋愛中の美琴にとっては、この映画は完全に今の自分そのものだった。
 もちろんヒロインは自分で、愛しの王子様は――

「あ、アイツ…とか? って! な、なにを言ってるのよ私は! えへ、えへへ」

 美琴は顔を真っ赤にしていやんいやんしている。
 そんな美琴の乙女チックな行動に、白井は胸打たれ、美琴に腕を絡めた。

「お姉さま? やっぱり黒子とお姉さまは運命の赤い糸で結ばれていたのですわね。黒子これからも一段とお姉さまにお使えに――」
「…はい? 何を言ってるのよ黒子。わ、わわ私には、もう運命の赤い糸で結ばれた人がいるの!」
「お、お姉さま!? な、ななな何を言い出しますの! そ、そんなのはこの黒子を置いて他にいるはずはっ! …って、お姉さま? まさかとは思いますが…」
「ち、違うわよ! な、何で私の運命の人がアイツなわけ!? そ、それは色々と助けて貰ったけど…でもだからって運命の人だなんて!」
「お姉さま。別にあの殿方の話をしているわけではございませんわよ?」
「う」
「…はぁ、やはりお姉さまは身も心も上条さんに捧げたのですわね。うぅ…」
「な、ななななな何言ってくれちゃってるのよアンタは! ないないない! 私とアイツが結ばれるなんて―――」
「だよな。そんな事は絶対に有り得ないみたいだ」
「え?」

 白井と美琴はその声の主の方へと顔を向けた。
 そこにはこの場の雰囲気には似合わしくない、負のオーラで包まれた上条当麻が立っていた。

「な、なな…なんでアンタがこんな所にいるのよ! それにそんな絶望的な顔で!」
「あら。上条さん、こんにちはですの。こんな所でお会いするなんて、いよいよお姉さまと結ばれる時が来たようですわね」
「く、黒子! そ、そんな…わ、私とコイツが結ばれるなんて…あぅ。い、いや…でも、嫌じゃないと言うか、それしか考えられないと言うか…」

 上条に会ったことで更に顔を赤くした美琴は変な妄想を始めたようだ。
 そんな美琴を見て白井は肩を揺するが、美琴はえへえへしているだけでなかなか帰ってこない。
 だが、次の上条の一言で美琴は現実に引き戻される事になった。

「俺と御坂が結ばれるわけないだろ?」
「えへえへへ…へ?」
「か、上条さん! お姉さまの前ですのよ!? いくらあなたが女心を分かっていない屑野郎でもそれくらいは分かりますでしょうに!」
「だって…」
「上条さん?」
「ど、どうしたのよアンタ。顔真っ青じゃない? 何があったの? また何か変な事に巻き込まれているの?」

 美琴は完全に妄想から帰ってきて、上条の異常さに気付きオロオロしだす。
 白井も不幸な姿の上条を時折見かけるが、この落ち込みようは未だかつて見た事が無かった。
 それ程絶望的な顔をしていた上条当麻。しかし、その理由はとても男子高校生とは思えない程メルヘンで、可愛くて、
 とにかく上条当麻と言う人間は、こんなにも純真無垢だったのかと思わせる事だった。

「映画の中で話があった赤い糸…俺には無いんだ」
「………えっと? すみません、上条さん。話がいまいち見えてこないのですが…」
「赤い糸? たしか右手の小指に結ばれてるっていうあの事でしょ? で? それがどうしたって言うのよ?」
「俺の右手は手首から先にどんな能力も、神の加護も消してしまう幻想殺しがある」
「…それで?」
「ま、まさかとは思いますが…」
「だ、だから…運命の赤い糸も……無くなっちゃって、誰とも結婚なんか出来ないんじゃないかと思って…」
「…」
「…」

 美琴と白井は完全に思考停止していた。それもそのはずで今、この上条当麻は何と言ったのか?
 幻想殺しがあるから赤い糸は消滅し、運命の人とは結ばれない…みたいな事を言っていた気がする。
 しかし上条は男子高校生。彼から二つも三つも年下の美琴達にとって、その事は受け入れがたい現実だった。
 恋に恋する美琴達でも、映画の話が現実にはありえない事を十分分かっているし、何より今まで女の子とならば見境無しにフラグを
 立て続けた上条の口からそんな台詞が出てくるものだから、もう笑いを堪えきれずに壮大に吹き出してしまった。

「ぶっはっはっはっははは! な、何言ってんのよアンタは! そ、それが顔を真っ青にしてた理由だっての? ぐっ…くくく…」
「なっ…」
「お、お姉さま…本人の前で笑うのは失礼ですわっ…く、くくっ…お、お腹が…」
「あ、アンタねぇ…実際に赤い糸なんてあると思うの? こ、この映画は科学に染まった学園都市だからこそヒットする一昔前のネタで…くく…」
「そそそれをわたくし達よりも年上の殿方が…ひっ、あ、ああ赤い糸が無いから結婚できないだなんて…ひ、ひくっ…」
「う、うるせぇ! いいだろそんなの! 大体おまえ達は糸があるからそんな事が言えるんだ! 運命の人がいるからそんな事が言えるんだーーーっ!」

 上条は目の前で大爆笑した二人に顔を真っ赤にして、うわぁぁぁんと走って逃げてしまった。
 そんな逃げる様も美琴達には可笑しかったらしく、上条が去った後もしばらく笑いこけていた。

 そしてそんな事があった日の夜。
 常盤台の女子寮208号室。美琴と白井はシャワーを浴びたのか、寝巻き姿でベットに寝転がりながら昼の事を思い出しながら笑いあっていた。

「そ、それにしても久しぶりにこんな大笑いしたわ。アイツは馬鹿だとは思ってたけど、まさかここまでとは…くくっ」
「これは明日辺りお腹が筋肉痛で痛いですわね…ひ、ひひっ」
「ほ、ほんとよね。アイツどんだけ私達を苦しめれば気が済むっていうのよ。ったく…」
「運命の赤い糸だなんて…あの映画を見ていた事でさえ笑ってしまうって言うのに、それに加えてないから結婚出来ないだなんて…ひっ」
「…」
「ひひっ…お、お姉さま? どうされたんですの…?」
「ね、ねぇ黒子。笑わないで聞いて欲しいんだけど…黒子は赤い糸を信じる?」
「……………え。お、お姉さま? 何をいきなりそのような事を?」
「い、いや。ほ、ほほほほんとにあったらどうなるのかなーって思っただけで、べっ別に深い意味は…」
「まぁ本当にありましたら上条さんは不憫ですわよね。何せその糸が消えて無くなってしまってるわけですし」
「…」
「赤い糸伝説が本当なら上条さんは一生独身ですわね」
「ぅ…」
「…お姉さま? まさかとは思いますが、上条さんと自分に赤い糸が結ばれてないんじゃないかとか考えてるわけではございませんわよね?」
「…」
「考えておりましたのね…」

 白井は真っ赤になって動きが止まっている美琴を見て溜息を吐く。
 そんな美琴はしばらく不動の状態だったが、ゆっくりと右手を天井の方へと伸ばし始め、小指以外の指を全て握って小さく呟いた。

「赤い糸伝説なんて…あるわけ、ないじゃない」
「お姉さま…」

 翌日――。
 学校は二連休なのか上条は朝市のスーパーの特売へ向け、とぼとぼと肩を落として歩いていた。
 昨日の出来事がとても効いたのか、今日も不幸そうな顔をしている。
 上条は昨日、美琴達に笑い飛ばされて泣きながら部屋に帰ってきた。上条はこの悲しみを誰でもいいから癒してほしいと思い、
 部屋にいる悩みを聞いてくれそうなシスターことインデックスにこの事を話たが、返ってくる反応は美琴達と同じであった。
 インデックスは「も、もしとーまが誰にも貰えなかったら私が貰ってあげるんだよ!」とか笑いながら言ってきた。

「不幸だ…」

 上条はもはやお決まりの台詞を呟くとスーパーから出てきた。
 朝市に行ったは行ったが、世間には上条よりもその朝市にかけていた学生がいたらしく、お目当ての物は手に入れられなかったらしい。
 上条はそのまま帰ってまた夕方のセールに来るという行動を取ろうとしたが、今のテンションでまた夕方で出すというのも気がのらない。
 渋々普段と変わりない買い物をして帰っていった。
 そして自販機がある公園を通った時に、後ろから声をかけられた。

「ちょっとアンタ! さっきから何度も話かけてるのに無視してんじゃないわよ!」
「…んぁ?」

 上条はその声に反応し、後ろを振り返った。
 そこにいたのは手に電撃を溜め込んでいた御坂美琴で、彼が気付かずにそのまま歩いて行ったらその手の電撃でも浴びせようと思っていたのだろう。
 上条が振り向いたことで、美琴はその電撃をしまい、上条の前に寄ってきた。

「あ、あの…き、きき昨日はごめんね? ま、まさかアンタの口からあんな台詞が出てくるとは思わなかったから…、つい……」

 昨日のこと。それはもはや上条にとっては封印したい黒歴史の一つだった。
 上条はその事を思い出し、枯れた笑いを美琴に向けた。

「あぁ。いいよ、もう。別に怒ってないし、今になって考えると笑われてもおかしくない事言ったしな」
「あ…あの、その…気にしてるの?」
「ん? だから笑ったことは怒ってないって…」
「そ、そうじゃなくて…その、けっけけ結婚出来ないかもしれないってこと…」
「あー、そっちね。んー? どうだろうな…今は別にどうでもいいかなって思えてきた」
「あ、あ、あ、あの! も、もしあああアンタが売れ残ったら、このわわわ私が貰ってあげてもいいわよ!」
「…はぁ」
「な、なによその溜息。何か不満があるって言うの?」
「お前にまでそんな事言われるなんてな…。これは相当問題なようだ……」
「え? お前にまで? 問題? え? えぇ?」

 上条はそのまま俯いて何かを考えているのか動かなくなった。
 美琴は上条の事を元気付けようと今日ここに来たのだが、余計に落ち込ませてしまったのかとオロオロしだした。
 そんな美琴に手を顎に当てて考えていた上条は、何か思いついたらしく「あ、そうか」と言って顔を上げた。

「赤い糸なんて無いんなら自分から探せばいいんじゃねえか。自分が本当に好きになった相手なら、そこから見つければいい」
「え? す、すすす好きな人!? あ、ああアンタ好きな人いんの!?」
「いや、いねぇ。でも見つけてやる。この幻想殺しが赤い糸を消したのなら、今この時この時間にその相手も俺の事を探しているはずだ」
「え…あ、あの…そ、それは…わ、わわ私かも……なんて」
「待ってろよ! 未来のフィアンセ! 男上条どこにいようと必ずお前を見つけてやるぜ!」
「ちょ、ちょっと…私の話聞いてるの!? そのフィアンセならここにいるって…!」
「そうと決まればこうしちゃいられねぇ! 一刻も早く見つけ出さなければ! きっと相手も悲しんでいるぜ!」
「聞けって言ってんだろうがぁあぁぁぁああ!!」

 上条は美琴の怒りの電撃を光の速さで消し飛ばし、走って行ってしまった。
 残された美琴は荒い息を収めると、途端に冷や汗がどっと出てくるのが分かった。
 何せ恋愛に興味が無かった(ように見えた)上条がフィアンセ探しをすると言い出したのだ。
 あまり認めたくはないが、上条はあちこちで人助けをしておりその度に相手の女性の心を奪っている。
 そんな相手に上条がアプローチを始めようものなら、相手は喜んでそのアプローチを受けるだろう。書く言う自分もそうなのだから。
 だから上条に恋する美琴は相当に焦っていた。
 もし、自分より先に上条が他の誰かに言い寄ったら?
 もし、自分より先に上条が他の誰かの事を好きになってしまったら?
 もし、自分より先に上条が…上条が―――

「こ、ここここうしちゃいられないわ!!! あ、あああああの鈍感馬鹿が今日限りで恋愛を探す少年になったのよ!!!!」

 そう言って美琴は上条の後を追って行った。
 その背中は上条を必ず射止めるという決意に満ちていた。
 誰にも負けたくない。誰にも負けるはずがない。

(だって…こんなにもアイツの事が好きなんだからっ!!!!!)

純真無垢な上条さん 2



 上条は先程の美琴のやり取りで意を決したのか、ある物を買う為に本屋へと寄っていた。
 上条が普段目当てにする漫画や参考書の並べられている棚をスルーし、女の子が好きそうな本がある場所まで行き、足を止めた。

「んー、これでいいかなぁ…」

 そう言って本を手に取り、立ち読みをしだす。

「おおお…、なるほど。こんな出会いもあるのか。朝遅刻しようで走ってたら同じく遅刻しそうな食パン咥えた転校生と? ふむふむ」
「なにさっきからぶつぶつ言ってるのよ。アンタは」
「う、うわぁぁぁぁぁあああ!!!」

 上条は本の内容に相当見入っていたのか、いきなり隣から話しかけられて大声を出す。
 話かけてきた相手は、先程まで一緒にいた御坂美琴で、上条の大声にビックリしつつも彼の呼んでいる本に目をやった。
 なにやら嫌な予感しかしない本のようだが…。

「アンタ何読んでるのよ? どれどれ…?」
「うわっ! よせ! 見るな! な、何だっていいだろ!」
「……『恋の出会いと愛の育て方』」
「…」
「あ、アンタっ…こ、ここここんなの読んで、な、何をするつもりよ…?」
「………これ、読んで…恋の勉強しようと…思ったり、思わなかったり?」
「…っ」

 美琴は顔が真っ赤になっていた。
 それはもう真っ赤に。
 美琴は昨日の上条のメルヘンチックな言動に大変大笑いしたのだが、今日も今日で上条に似合わしくない行動と取っているため、
 笑いを堪えるのに必死で顔を真っ赤にしていた。
 そして、その吹き出そうな何かになんとか耐え、美琴は上条に言い出した。

「アンタね。こんなのは読んでる人の自己満足なのよ? ここに書いてある事をすれば全部が全部うまく行くわけでもないし、
 そもそも恋愛なんて自分で掴み取るものじゃない」
「そう言われましても上条さんはこの年になるまで恋という恋をして来なかったわけで、してきたのかもしれないが忘れてしまってるわけで」
「あ…そっか、アンタ記憶が……」
「そうそう。だからこういう本でも参考にしようかなぁって。ネットとかで調べるのもいいけど、うちにパソコンないしさ」
「ふぅん。…で? 何買うのよ?」
「とりあえずこれでいいかなぁ。他に色々あるけどたまたまこの本を選んだ事に運命を感じる」
「アンタ昨日から運命って言葉にやたら拘ってるわね」
「いいじゃんかよー、別に。ところでおまえは何しに本屋に来たんだよ。漫画の立ち読みか? それならここじゃなくて、入り口近くの本棚に――」
「…アンタはこの本を買いに来て、この本の事をやろうとしてるのよね?」
「あ? 聞いてます? 御坂さん? …って、まぁそうだけど……それが?」
「わっ私もこの本買おうかしらね! 実はこの本前々から気になっててさ! うん」
「あの…本日発売なんですけど?」
「…気になっててさ!」
「そ、そうですか。じゃ、じゃあ買わなくちゃな。ほらよ」
「あ、ありがと…」

 上条は残っている同じ本を美琴に渡すとすたすたとレジの方へと歩いていった。
 そして会計を済ませ、美琴の方に振り返ると「じゃあ俺帰るから、またなー」と言って行ってしまった。
 美琴はそんな上条を見て、大慌てで会計を済まし、後を追う。
 その会計の時にレジにいる店員が、上条と同じ本を買っている美琴の慌てぶりを見て「大変そうですけど、頑張ってくださいね」と言ってきた。
 美琴はその事で顔を真っ赤にし、軽く頭を下げて本屋を出て行った。

「ちょっと待ちなさいってば!」
「ん? なんだよ? まだ何か用があるのか? 俺これから朝飯兼昼飯を作ろうとだな」
「え、えっと…その、用って程じゃないけど…って、朝飯? 昼飯?」
「あぁ。今日スーパーで朝市やってたから起きたらすぐ来たんだよ。だから飯食ってないんだ。よって腹ペコなため、家に帰らなくてはならない」
「ふ、ふぅ~ん? じゃ、じゃあさ! あの…わ、私がご飯作ってあげようか?」
「…へ? なんだよおまえ。何か用があるんじゃなかったのか?」
「そそそうだけど、アンタが飢えて死んじゃったらこっちも後味悪いし…」
「そう簡単に人が飢え死にするかよ…」
「い・い・か・ら! ほら! さっさと行くわよ! アンタの部屋に案内しなさい!」
「まぁ…飯作ってくれるっつーんなら俺はいいけどさ」
「か、感謝しなさいよね! ここで『運命的に』私に会って『運命的に』ご飯作りに行ってあげるんだから!」
「……お前が勝手について来てるだけだと思うのは…、俺だけ?」
「何か言った?」
「イエ。ナニモイッテマセンDEATH。ハイ」
(や、やややった! とうとうコイツの部屋に行く事が出来るわ! えへえへへ)

 そして二人は上条の部屋の前まで帰ってきてきた。
 上条はここまで来て部屋の中にインデックスがいると言うのも何だと思ったが、どうやら朝ご飯を作らなかった為に、飢えに耐え切れず
 小萌先生宅に行くというメモが残されていた。
 上条はそのメモを丸めて捨てると、美琴を部屋に入れた。

「どうぞ。散らかってるけど」
「お、お邪魔します…」

 上条に招き入れられた美琴は、正に借りてきた猫みたいになっていた。
 顔を真っ赤にし、俯きながらちょとちょとと入ってくる。入る時に、靴をちゃんと揃えるあたりお嬢様っぽいなと思った。
 上条はスーパーの袋から買ってきた食材を出すと冷蔵庫の中に入れて、美琴にお茶を差し出した。

「ほらよ。飯はもう少ししたらお願いするわ。もう少しで正午だしな」
「あ、ありがと。じゃあ…十二時前に作り出すわね」
「おぉ。…さてと」
「…アンタねぇ。仮にも女の子が部屋にいるっていうのにいきなりその本読むわけ?」
「ん? 別に何してたっていいだろ。おまえが勝手について来たんだし」
「そ、そうだけど…」
「おまえは読まないの? この本、気になってたんだろ?」
「よ、読むわよ! 今読もうとしてたの! ったく…」
「何怒ってるんだよ…」

 上条と美琴はさっき購入した『恋の出会いと愛の育て方』を読み出した。
 上条はふんふんと真剣に読んでいるが、美琴はそんな真剣な上条をふんふんと見入っている。
 なのでたまに視線に気付いた上条が「ん?」と美琴の方を見ると、美琴は大慌てで視線を逸らし本に目を落とした。
 そしてしばらくすると上条が美琴に話かけてきた。

「御坂よ、世の中には色々な性格の人がいるんだなぁ」
「なによいきなり。性格なんて人それぞれじゃない。色々あって当たり前なの」
「いやそれでも…この、なんだ?『ツンデレ』っていうの? これは面白いよな」
「ぶぅぅぅううう!! な、なななっ…ど、どこに書いてあるのよ、そんな事!」
「35ページに書いてあるよ。ふんふん、ツンデレとは…?」
「ぅ、ぅわっ…」

 美琴は上条の言ったページを見るが、そこには確かに『性格のタイプその6・ツンデレ』と書かれてあった。
 上条はその内容に興味を持ったらしく、面白そうに声に出して読み出し始めた。

「ツンデレの人は、普段はツンツンして好きな人には素っ気無く接しているが、いざ二人きりになると途端に甘えてくる傾向があるようです。」
「…」
「好きな人についきつく当たってしまい、不器用な事でしか相手に好意を向けられないことが多く、そのせいで相手に勘違いされることも。」
「…」
「代表的な例を挙げれば、ツンデレの人が好きな人に振り向いてほしくて、何かやってあげる際に言う
『アンタのためじゃないからね!』や『か、勘違いしないで!』とかがいい例だろう。」
「…」
「こんな台詞を言ってくる人が近くにいるならば、好きだけど恥ずかしくて、素直になれずにツンツンしているだけかもしれません。」
「…」
「そういうツンデレの人には、ツンの時は普通に接し、デレて来たら相手に合わせて甘やかしてあげるのもよいでしょう。」
「…」
「もちろんここに書いてあるのが全てではないので、あなたが一番いいと思う接し方をしてあげてくださいね! …だってさ! いや、すげぇなツンデレは」
「…」
「え、えっと…御坂さん? 一体どうなさったのでせう? 本を持ちながらプルプル震えて?」
「…ち、違う」
「え?」
「違うわよ! わ、わわわ私はツンデレなんかじゃないんだから!!」
「べ、別におまえがツンデレなんて言ってないだろうが!」
「うっ、うっさい! もう私ご飯作る! 台所借りるわよ!」
「わ、分かった。分かったからその電撃はしまってくれ。うちの家電がお亡くなりになる」
「料理作るって言っても別に『アンタのためじゃないからね!』『か、勘違いしないで!』」

 そう言って美琴はツカツカと台所に行ってしまった。
 そして乱暴に冷蔵庫を開けて「私はツンデレなんかじゃ…ツンデレなんかじゃ…」とぶつぶつ言っていた。
 上条はそんな美琴を見て溜息を吐く。

「ツンデレの例そのままじゃねぇかよ。…でも、あれ? 好き? 素直になれない? あれ?」

 上条は台所で料理をしている美琴をぽけーと見ていた。
 美琴もそんな上条の視線に気付いていたが、今は料理料理と心の中で囁き続け、料理を進めていった。
 しかしあまりにも上条からの視線に気まずくなったのか、美琴は料理が出来ると「こ、ここに置いとくから!」と言い残し帰っていってしまった。
 上条は呆気に取られていたが、やがて立ち上がり台所に用意さてれいた美琴の手料理を取りに行った。

「おー。なんかすごい本格的。ありがたやありがたや」

 上条は料理が乗せられてるおぼんを持ち、テーブルに着くともぐもぐ食べ始めた。

「うまい」


 その日の夜。常盤台女子寮208号室。
 白井黒子は風紀委員の仕事を終え、部屋に帰ってきた。
 部屋の明かりが点いてないので白井はまだ美琴が帰って来てないものだと思い、白井は美琴のベットへとダイビングした。
 ―――が。

「ぐぇ」
「―――――へ?」

 なにやらカエルのような声が聞こえるのと同時に、ベットの柔らかさとは別の、白井にとってとても好きな柔らかさと匂いに包まれた。
 白井はこのままこの気持ちよさを感じていたかったが、それ以上に驚いたために美琴のベットから降りて部屋の電気を点けた。
 そして美琴のベットに目をやると、そこには毛布に包まっている美琴の姿があった。

「お、おおおおお姉さま!? いらしてたんですか!? す、すみません。そうとは知らずに飛びついてしまって…」
「う…うぅ……」
「お、お姉さま…ど、どうしましょうどうしましょう」

 白井は美琴(が包まれているであろう毛布)から急に泣き声が聞こえてきたために、どうしていいのかとオロオロしだす。
 しかし美琴はどうやら白井のダイビングによって与えられたダメージで泣いているわけではないようだ。
 ふと美琴の枕元を見ると、何やらピンク色の本が見えた。
 白井は何でしょう? とその本を取ると表紙を確認する。
 その本は勿論『恋の出会いと愛の育て方』だ。

「お姉さま…? この本……」
「う…うぅ、く…黒子ぉ」
「ど、どうなさったんですの? お姉さま?」
「35ページ」
「へ?」
「35ページ見てみて」
「はぁ…」

 そう言われて白井は35ページを開き、読み始めた。
 そこに載っているのは、昼上条と美琴が見たツンデレの性格判断で、それを読んでいけば読んでいくほど美琴の事を指しているのかように、
 長所や短所や相手へのイメージの与え方などが書かれてあった。

「お姉さま…まさかこれを見て泣いてらしたのですか?」
「…うん」
「な、なんでですの?」
「だって…読めば読むほど私そのもので…」
「……それで?」
「その…、あ、アイツと全然合わない性格なんだって…」
「…アイツ、とは?」
「あ、アイツはアイツよ…」
「………上条、当麻さん…ですの?」
「…うん」
「でも何故合わないなどと? ここを読む限りだとそのような事は…」
「だって、アイツの性格はきっと『異性スルー型』だわ」
「そ、そんな性格があるんですの!?」
「うぅん。無い。わたしが決めた」
「…それで、その異性スルー型の上条さんがツンデレのお姉さまと何で合わないんですの?」
「だってツンデレは相手にされて初めてデレるのよ? 最初から相手されないなんて、ツンツンしてるだけの嫌な奴じゃない…」
「…」
「う、うぅ…」

 白井は、白井はどうしたものか。
 昨日は上条当麻のメルヘンで共に笑った美琴が、今日はまた何とも言えない事で悩んでいた。
 だから、白井はそんな美琴の前から――

「お姉さま。わ、わたくしちょっとお風呂へ…」

 逃げた。

 翌日、月曜日。
 美琴はここ二日間で笑ったり泣いたり照れたり悩んだりを繰り返し、相当鬱になっていた。
 しかし学校に遅刻するわけにもいかないし、美琴はいつも通りに身支度を整え、いつも通りの通学路で学校へ向かった。
 美琴の鬱の原因。それは紛れも無い上条当麻とその相性の事だ。
 しかしそんな中、公園の自販機前でばったり上条と会ってしまって、美琴はどうしようかと思ったが、

「おー、ツンデレ中学生!」
「消えろーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
「ぎゃあああああああああああああああっ!!!!」

 とりあえず電撃を放った。
 上条はギリギリで高速のそれを掻き消すが、物凄い気迫を感じさせる電撃だったのか、その場で尻餅をついた。

「お、おまえな! いい加減出会い頭に電撃撃つのやめろっつーの!」
「うっさい! アンタが変な事言うのが悪いんでしょうが!!」

 上条は美琴とそんなやりとりをしていると、立ち上がってお尻をパンパンと叩き、砂を払った。
 そして上条は美琴の顔の前に顔を近づけるとじっと見出した。
 美琴はいきなり上条の顔が迫った事で相当焦ったのか、顔を真っ赤にして動けなくなってしまった。

「うーん…」
「な、なによ? なにか文句あんの?」
「おまえさ、彼氏いるの?」
「かっ! …れしなんていないわよ!」
「ふーん…好きな人は?」
「え? えっと…その、あの…」
「ん? その感じだといるみたいだな」
「い、いるには…いる、けど」
「おまえまさかそいつにもビリビリしてんじゃねぇだろうな?」
「やってるわよ!」
「だよな。さすがにやめとけよ? おまえのビリビリは生死に関わる……って、ん? やっている? 今やってるいると言ったのか?」
「だ、だって変な事ばっかり言ってくるから…」
「おまえな。ツンデレにも程があるだろうが。そんな事してたらいつか嫌われるぞ?」
「え!? い、嫌! 嫌われるのは絶対いやっ!」
「だろ? んー…よし、わかった。俺がその恋を応援してやろう! 俺は昨日から恋に敏感っても元から敏感だったけど、
 恋を繋ぐ架け橋になってやりたいのさ!」
「はい? あ、あの…私は」
「あー、はいはい。いいからいいから。じゃあ今日夕方4時に…そうだなー、セブンスミストの近くにあるファミレスな。
 そこで色々子猫ちゃんの悩みを聞いてやるからさ」
「ちょっと! なんでそんな事になってんのよ!? そんな事しなくたってねぇ、私はちゃんと――」
「超行動的なおまえが嫌われるのが絶対嫌な奴に告白しないわけないだろ? だからしたくても出来ない理由があるんじゃないのか?」
「そっ、それは…」
「だからそれを聞いてやろうっつってんの」
「あ、あぅ…」
「じゃあ遅れるなよなー」

 そう言い残すと上条はスタスタと行ってしまった。
 そして残された美琴は思う。
 やはり上条当麻という人間は恋に敏感になっても、根本的なところで、つまり鈍感な性格には変わりないのだと。
 そして残された美琴は思う。
 結局のところ、上条に惚れている自分は、相手が鈍感でも敏感でも結局は振り回されることになるのだ、と。

(ど、どうしよう…! 確実に勘違いされてるわっ!!)

純真無垢な上条さん 3



 美琴は上条と別れると、気付いたら常盤台中学の自分の教室にいた。
 いつどうやって登校したのか分からないくらいに朝の出来事に動揺しており、今日の放課後の上条との恋愛相談について、
 どのように話すかだけを考えていた。
 もちろんそんな状態なので、授業の方は全く入っていかず、先生や他の生徒に心配される事もあった。
 そして、午前中の授業が終わり昼休みになったのと同時に美琴の教室に白井がテレポートしてきた。

「おっ姉っさま~~~~~~ん♪」

 白井は美琴の後ろから抱きつくように飛び掛る。
 しかし、当の美琴は全く無反応でぼーっとしているだけだった。
 白井はいつもなら電撃をかまされるか、軽く流される程度かと思っていたので、おかしいと思って美琴の顔を覗きこんだ。
 そんな美琴はどこか放心状態で、目の前で手を振っても反応しない。

「うーん。どうなさったのです? お姉さま?」
「あ。白井さん。白井さんなら御坂様が何故この様な事になられたのかご存知でしょうか?」
「え? いえ…申し訳ありませんですの。わたくしも何がなにやら…」
「そうなのですか。白井さんでも存じないとなれば…ま、まさか! 御坂様に殿方が!?」
「っ―――」

 白井に話しかけてきた美琴のクラスメイトから「殿方」という単語が出てきた瞬間に、美琴は顔を真っ赤にさせてガタッと席を立った。
 そして周りをキョロキョロしだす。昼休みだったためか教室にはあまり生徒は残っていなかったが、残っていた生徒はみんな美琴に目をやった。
 美琴はその状況に気付いたのか、俯いてあうあうしだす。
 他の女生徒達は普段とかけ離れた美琴の可愛らしい一面に興奮し、キャーっと騒ぎ始めた。

「見ました? あの御坂様が…」
「殿方のお話をしたら過剰に反応されて…」
「あんな御坂様見た事ないですわ。とても可愛いです!」

 常盤台はお嬢様学校のため、色恋沙汰の話には免疫があまり無く、そういう噂がたとうものなら一気に注目の的になってしまう。
 しかもそれが常盤台が誇る電撃姫御坂美琴となれば、これ以上無くボルテージは上がっていくことだろう。
 お嬢様のたしなみかどうかはわからないが、美琴本人に直接詰め寄る事は無かったが、皆その場で美琴に熱い視線を向けていた。
 美琴はもうどうしていいか分からなくなり「ちょっとご飯食べてくる!」と言い残し、教室を後にした。

 所変わって上条当麻の教室。
 上条は午前中の授業になんとか耐え切り、なんとか昼にありつく事が出来ていた。
 上条の教室には弁当持参な生徒もいるらしく、昼休みになってもそこそこの人数が残っていた。
 しかし上条は弁当なんか持ってきていないため、購買に食べ物を買いに行かなくてはならない。
 そしていざ行こうと席を立ったところでデルタフォースこと土御門元春と青ピが話しかけてきた。

「カミやーん。昼飯一緒に食おうぜい」
「おお。でも俺飯ないから買いに行かねえと」
「今日は何狙いに行くんやー?」
「うーん…」

 上条は悩んでいるが、とりあえず見て決めるという事で購買に向かおうとした。
 そんな上条にまたも人影が迫る。
 委員長の吹寄制理と、自称魔法少女の姫神秋沙だ。

「上条当麻。わたし達も一緒に行こう」
「吹寄? おまえらが購買に行くなんて珍しいな。今日は弁当じゃないのか?」
「今日に限って。忘れた。」
「ふーん。まぁいいか。じゃあ早く行こうぜ? 混み合うとお目当ての物が買えなくなるぞ」
「ふ。その為に貴様と一緒に行くのよ。わたし達の盾になってもらうわ!」
「マジか…」
「あー、そうだカミやん。おまえ今日の放課後暇だろ? 久しぶりにこの5人でお茶でもしないかにゃ?」
「放課後? あー…すまん。今日俺無理だわ」
「ん? なんでや? 今日は珍しくデルタフォース補習なしな日やないか」
「ちょっと恋愛相談してやる約束しててさ。だから今日は――」
「今。なんて?」
「え? だ、だから恋愛…」
「貴様。まさかとは思うが、その相談相手は女ではあるまいな?」
「え? えっと…女の子ですけど………常盤台の」
「と、常盤台!? あのお嬢様学校の生徒にまで手ぇ出したんかい! カミやん! 補習無いのをいい事に自分だけいちゃつこうと思ったんかい!」
「お、落ち着け青ピ! そ、そそそれに皆も…」
「言い訳無用だぜい! 黙って殴られろにゃーーーーっ!!!」
「だああああああっ!!!! な、なんでだあああああっ!!」

 一方の常盤台中学校。
 上条のボコられている原因(と言っても上条が言い出したことだが)の御坂美琴は、食堂へは向かわず、校庭のベンチに俯きながら腰掛けていた。

「はぁ…どうしよう、ホントに」
「ここにいましたのね。お姉さま」
「え?」

 美琴が顔を上げると、そこにはさっきまで教室にいた気がする白井黒子がサンドイッチを二つ持ってたっていた。
 白井は「学食のですが、どうぞですの」と言って美琴に渡すと、美琴は「ありがとう」と受け取りふとももの上に置いた。
 そしてまた俯いたので、白井は美琴の隣に座り自分のサンドイッチを頬張り始めた。

「上条さんの事、まだ悩んでますの?」
「…そうだけど、昨日の事とはまた違う悩みっていうか」
「違う悩み?」
「……うん」

「…なるほど。恋に敏感になっても、上条さんは上条さんだったってわけですわね」
「どうしよう…このままじゃアイツ勘違いして私に好きな人がいるって思われちゃうわ…」
「お姉さま? 勘違いされる事に何をそんな焦っておりますの?」
「え?」
「お姉さまが上条さんに好意を持っておられるのは知っておりますわ。上条さんの事です、お姉さまの気持ちにも気付いてないのも知っております」
「…」
「ですが、結局はお姉さまがはっきりなさらないのがいけないんじゃありませんの。
 昨日の本の事もそうですが、お姉さまは自分で勝手に結論付けて勝手に悩んでるだけですわ。上条さんがいかに鈍感と言えど、
 面と向かって告白されたら勘違いなどしないですし、ちゃんと真剣に答えてくれるのではないでしょうか?」
「で、でも…」
「まぁツンデレなお姉さまが素直になれないのも分からないでもないですが、上条さんが恋に飢えたとなれば急いだ方が良いですわね」
「なっ…なんで? アイツまたどこかに行くんじゃ…!」
「そういう事ではなくて…上条さんに好意を抱いているのはお姉さまだけではないということですわ。今までは『異性スルー型』とやらで
 女性のアプローチを流してただけかもしれませんが、これからはそうも行かなくなりますわね。今まで恋をした事がないとなれば、
 好きになったら周りなど見えないくらいになってしまうかもしれませんわ。お姉さまのように」
「そ…そんなの、嫌よ」
「まぁわたくしとしては? お姉さまが傷心のところを優しく接することで開かれるお姉さま×黒子ルートに―――」
「嫌。アイツが誰かに取られちゃうなんて…そんなの、嫌!」
「お、お姉さま? さ、ささサンドイッチから煙が…」
「決めるのはアイツよ! でも勘違いされたまま、この気持ちに気付いてくれないまま身を引くなんて、絶対嫌だんだから!!」

 美琴はそう言うと焦げたサンドイッチを一気に食らい、校庭へ目掛け走っていった。
 その途中でくるっと振り返り、美琴は笑顔で言い放つ。

「黒子! ありがとうね! 私絶対に素直になるから!」

 その美琴の真っ直ぐな声に白井はドキっとしたが、その後小さく笑ってポケットから何かを取り出すと美琴へ向けてテレポートさせた。
 その何かは美琴の目の前で姿を現し、美琴の手に落ちた。

「これ…」
「お守りですわ。そのお守りが、きっと上条さんとお姉さまを結んでくれるはずですの」
「……ありがとっ!」
「いいんですの。黒子はお姉さまの喜ぶ姿が見たいだけですわ」
「うまくいったら何でもしてあげるね!」
「お、お姉さま!? そ、それは本当ですの!? はぁ…はぁ…。で、でしたらわたくしと毎日熱いヴェーゼを―――」
「それは嫌」
「お、お姉さまあああああああああああああああっ!!!!」

 そして放課後、美琴はファミレスへは向かわず、上条の高校に直接向かった。
 さすがに校門を跨ぐことは出来ないが、その敷地ギリギリの所で仁王立ちしながら上条当麻を待つ。
 高校の生徒は、有名な常盤台のお嬢様が何故校門前で? みたいな感じで見ていたが、美琴はそんな視線など全く気にした様子も無く、
 ただただ上条が出てくるのを待っていた。
 待ち合わせは四時だ。
 ここから徒歩だとするとそろそろ出てくる時間なはず。
 そして、そんなことを考えていると校舎に見覚えのあるツンツン頭が現れた。
 美琴は一瞬にして顔の温度が上がったのが分かった。心臓が高鳴り始めたのが分かった。
 しかし当の上条は、そんな美琴が校門前にいる事など知らずに校庭内を走り回っていた。

「お・ま・え・らーーーっ! いい加減にしろよ! 俺が何したって言うんだよぉおおおおお!!」
「黙れやカミやん! 何もやってないが、絶対この後何かしでかすに決まってるんや!」
「そうだぜい! おまえだけいい思いさせてたまるかにゃーーーっ!」
「な…何を言って……」
「上条当麻ーーーっ! 貴様! またも純情な乙女の心を弄ぶつもりかぁああああっ!」
「許すまじ。とりあえずこの魔法のステッキで。」
「だあああああああ! もおおおおお! おまえらこういう時だけ無駄に足が速いな! 全然撒けねぇ…って、ん?」

 そこで上条は校門前に美琴がいる事に気付く。
 上条は逃げ回りすぎて遅刻したのかと思ったが、時間にはまだ余裕があった。
 とりあえず上条は校門の方へと向かい、美琴の手を引っ張るとスピードを緩めること無く走り続けた。

「ちょ、ちょっと…! なにがあったの!? 追われてるみたいだけど」
「知るか! とにかく捕まったらボコボコにされるのは確かだ! 今はここを離れないと!」
「じゃ、じゃあさ! 川原! 川原に行こう!」
「はぁ? 話を聞くのはファミレスだったろ? なんで川原なんかに?」
「私決めたの! 今日告白する! だからアンタに聞いてほしい!」
「はいぃぃ!? なんで上条さんがそのような事を?」
「私の恋愛応援してくれるって言ったでしょ! だから最後まで見届けてほしいの! 嫌なんか、言わせないから!」
「わーったよ。つか手離すぞ? 走りにくいだろ?」
「だ、ダメ! 離さないで! 川原に着くまで、ずっと繋いでて!」
「…はいよ」
「えへ。えへへ」
「おまえ何か楽しそうだな? こっちは死にかけてるっていうのに…」
「うん! とっても楽しい! あはは、それにこんなに足が軽いの久しぶりかも! 今ならアンタに追いつけそうだわ!」
「は? 追いつく? もう追いついてるじゃねえかよ。何言ってんだ?」
「こっちの話! いいから前見て走れ! 不幸なアンタが余所見しながら走ってるとすっ転ぶわよ!」
「そ、そうだな。このスピードで転ぶのはよろしくないな」
「そうよ。えへへ」
「はは」

 公園の自販機前。
 初春飾利と佐天涙子は各自ジュースを買って立ち話をしていた。
 誰かと待ち合わせでもしているのか、話しながらキョロキョロしながら周りを見ている。

「初春ぅ~? ところで白井さんはぁ~?」
「うーん、そろそろ来るはずですけどねー? 何なんでしょうね? わたし達に頼みごとって」
「ま、まさか御坂さんが振り向いてくれないからってわたし達に…!?」
「ぬっふぇ!? そ、そんなの嫌ですよー!」
「そのような事は決してないので安心して下さいまし」

 そう言って白井は初春達の前に現れた。
 初春達はさっきの会話を聞かれていた事に相当焦ったが、白井の真剣な表情で我にかえる。
 ふと白井の手を見ると、佐天専用金属バットが握りしめられていた。

「し、白井さん…そのバット、私の?」
「そうですの。どうぞ、佐天さん」
「はぁ…?」
「初春?」
「は、はひ!」
「あなたは武器になりそうな物が無かったので体を張ってでも止めてくださいませ」
「と、止める? …って、なにをですか?」
「アレですわ」 

 初春と佐天は白井の指差す方を見ると、美琴と見知らぬ男の人が手を繋いで走ってくるのが見えた。
 どうやら追われているようだが、美琴の顔はとても楽しそうで、男の人もなにやら追われているという感じはしなかった。
 そして色恋沙汰に敏感な佐天と初春は感じ取った。
 止めるとは。
 美琴のこれから起こる事を守ってあげる事なのだと。
 そしてそんな白井達を上条と美琴はスピードを緩める事なく走り抜けた。

「お姉さま! ファイトですわ!」
「み、御坂さん! 頑張ってくださいね!」
「そこのツンツンの人! 御坂さん泣かせたらこのバットが火を吹きますよ!」
「ありがとう! みんな!」
「お、俺…何かすげぇ睨まれてたんですけど」

 そして二人が通り過ぎて間もなく、四人の男女が追いかけてきた。
 白井はすぐに「わたくしが殿方二人を請け負いますわ。あとの女性は任せましたわよ」と言い、身構えた。
 そう言われて初春達も身構える。
 白井vs土御門・青ピ!
 佐天vs姫神!
 初春vs吹寄!

「そこをどくにゃーーーーーーっ!」
「こ、この子も常盤台や! しかも何やら不穏な匂いが…」
「ここから先へは行かせませんわ!」
「いいや! ここは通させてもらうぞ! このまま上条当麻を行かせるわけにはいかないわ!」
「だ、ダメなものはダメです…!」
「どいて。ビリビリする事になる。」
「人の恋路を邪魔する奴ぁ…えっと、何たら何たら何とやらよ!」
「む。出来る…。」
「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」」」」」」」

 ※ちなみに言っておきますと、この先は平和的な話し合いて解決されました。決して騒ぎになるような事にはなっておりません。

 上条と美琴は、以前妹達の実験の時に相対した鉄橋が見える川原まで来ていた。
 学校からここまで一気に走り抜けてきたので、二人は着く途端に膝から崩れ、息を荒げていた。
 上条はここで今から、美琴が誰かに告白すると言っていたのを思いだし、その人に美琴の悪いイメージを与えないために手を離そうとしたが、
 握る力を緩めたことに気付いた美琴が、強く握りしめてきた。
 上条は変な誤解されるぞと言ったが、美琴はこれに返事をすることなく、息を整えている。
 それから時間は流れた。
 太陽は段々と赤みを増し、土手を歩く人影も少なくなってきた。
 美琴はその沈んでいく太陽を見送ると、辺りが暗くなったのと同時に手を離して言い出した。

「そろそろいいかな」
「え? だって…誰もいないけど」
「ちょっとここに立ってて。右手を開いて前に出して」
「?」

 美琴は上条から5メートル程離れるとポケットの中に手を入れた。
 上条はワケも分からずに、ただ美琴に言われた通り動かずに右手を開き前に差し出した。

「一回しか言わないから」
「へ?―――」

 美琴はポケットから取り出した何かを、デコピンをする様な右手の小指で挟んだ。
 それは白井から自分と上条が結ばれるようにと渡されたお守り、真っ赤な色をしたコインだった。
 そしてコインを挟んだまま右手を上条の方へと向けると、腕に電撃を溜めはじめる。

「ちょ、ちょっと待て! れ、超電磁砲ですか!? おまえまさか、ここまで俺を連れてきたのは俺を亡き者にしようと…!」
「んなワケあるか! いいから黙って聞く!」
「だ、黙って殺されろと…?」
「違うって言ってんでしょ!」
「な、何が違うって…つか、おまえ今日告白するんじゃなかったのかよ!?」
「だからこれからアンタにすんでしょうが!」
「……へ? お、俺?」
「そうよ! 今からアンタに見せてあげる! 私の本気。本当の気持ちを!」
「ほ、本気って…!?」
「アンタは前言ったよね。この幻想殺しが赤い糸を消したのなら、今この時この時間にその相手も俺の事を探しているはずだって」
「言った気がするけど…そ、それが?」
「アンタの赤い糸がどこの誰と結ばれているかは分からないわ。でもね」
「お、おい…」
「私の運命の赤い糸はっ!」
「待っ―――」

「大好きなアンタと結ばれているのよっ! 受け取れやコラーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 美琴はそう言うと、ありったけの電撃を溜め込んだ全力全開の超電磁砲を上条の右手目掛けて放った。
 もちろん音速の数倍もある速度だったため、上条は反応出来なかったが、美琴の狙いは正確で寸分狂う事なく、上条の小指の付け根に直撃する。
 幻想殺しで超電磁砲の威力を無効化しているが、いかんせん威力が半端なかったため一瞬で消滅とはいかなかった。
 そして上条が、超電磁砲の衝撃を受けていた時から瞑っていた目を開けると、そこには―――

「―――――い、糸だ…。赤い、糸――」

 上条の右手の小指と、美琴の右手の小指を赤い糸が繋いでいた。
 それは美琴の放った超電磁砲の軌道なのだが、赤かった。
 今まで何回か超電磁砲を見てきた上条でも、赤い電撃は見た事が無い。
 それは白井のお守りが、赤いコインが生み出したの奇跡なのか、それとも美琴の本心がそうさせたのかわからないが、
 夕日が沈みきった真っ暗な川原で、なんとも言いがたいその幻想的な光景はとても綺麗で、上条はその赤い糸にすっかり見入っていた。

「お、俺にも…あったんだ。運命の赤い糸が―――」

 赤い超電磁砲は30秒も持たなかったが、その時間が終わると、周りは静まりかえり聞こえてくるのは美琴の息使いだけになった。
 上条は自分の右手に目を落とすと、そこには何か役目を終え燃え尽きたように真っ黒なコインがあった。
 そしてそのコインをしっかりと握ると、美琴の方を向いて溜息を吐きながら言った。

「はぁ…おまえな」
「なによ」
「これはあれですか? 今時の中学生はこんな命がけで相手に告白するんですか?」
「そんなわけないでしょ! それにこんな事アンタじゃないと出来ないじゃない!」
「こんな方法じゃないとこんな事言えないとか、どんだけツンデレだよ…」
「つ、ツンデレで悪かったわね! いいでしょ何だって! 恥ずかしいんだから!」
「やっと認めたようだな」
「…あ、あの……ぁぅ」
「じゃあ俺も返事しないとな」
「……うん。聞きたい」
「多分おまえが今聞きたい答えではないかもしれないけど」
「え?」
「俺今までおまえの事、悪友とか…そんな感じで見てたんだ」
「…知ってる。女の子として見てくれてないのは」
「だから今、おまえと付き合うことは出来ない。付き合って俺がやっぱり合わないから別れよう。なんて、おまえも嫌だろ?」
「…うん」
「だからこれから女の子としておまえを見ることにする。悪友でもあるけど、それ以上におまえの女の子としての一面も見てみたい」
「で、でも…私なんか他の女の子に比べたら、生意気で我侭で胸無くて子供で、ビリビリでツンデレで…こんな私なんか」
「うーん…いやでもさ、多分俺はもうおまえしか、御坂しか見えないと思うよ」
「なんで? なんでそんな事言い切れるの?」
「だってさ」
「?」

「こんな『運命的な』告白されたら、意識しないはずねぇじゃんか」

純真無垢な上条さん 3



【後日談】

 二週間後。
 日曜日午前十時。
 公園の自販機前で恋人を待つ人影があった。
 その人は時計を頻繁に確認し、待ち合わせの時間が来るのをドキドキしながら待っている。
 そして待ち合わせ時間の三十分前を指すところで待ち人、来る。

「え、えらい早いわね」
「だって…楽しみだったから」
 
 傍から見たら完全に逆のパターンだっただろう。
 自販機の前で待っていたのは上条当麻で、遅れて(と言っても三十分も前だが)御坂美琴が来た。
 美琴は上条の言葉で相当ご機嫌になったのか、腕を絡めて甘えだした。
 上条はそんな美琴に顔を真っ赤にし、オロオロしだす。

「お、おい。こんな人目のあるところで」
「なーに? 嫌じゃないんでしょ? 素直に嬉しいって言えばぁ? デレデレの当麻くん?」
「な、なにを言い出しますか美琴さんは! いつわたくしめがデレデレしたと!?」
「よく言うわ。私の劇的な告白から一週間もしないうちに完全に骨抜きにされたくせに」
「だああああ!! い、言うな! 誰が聞いてるか分からないだろうが!!」
「だったら認めることね。俺は美琴に完全に惚れたって! くくっ」
「…」
「ふふん♪」
「美琴」
「え? わっ――」
「俺は美琴に完全に惚れた」
「ふ、ふぇ? ……っん」

 上条は腕を解くと美琴の両肩に手を乗せて唇を合わせた。
 美琴はいきなりだったのか、心の準備が出来ておらずキスされたと分かった時には、顔中が真っ赤になっていた。
 そして我にかえって上条を睨みつける。

「……あ、アンタね! いきなり何すんのよ! 誰が見てるか分からないんじゃなかったの!?」
「いやいや美琴さん。そんな緩んだ顔で睨み効かせても全然効果ないですから」
「ゆ、ゆるん……うぁ、ふにゅ…」
「おまえもまだまだツンが抜けてないんじゃない? まぁその方が面白くていいけどな」
「……も、もう許さないっ! そこになおれえええいっ!!」
「やだ。じゃあ俺先に行くからなー。遅れた方が昼飯奢り!」
「あ! ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 何そのルール!? いつ決めた! そんなのズルいわよ!」
「嫌なら俺に追いつく事だな! 俺は一度捕まったくらいじゃすぐにまた逃げますよっと!」
「待てーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 上条と美琴の追いかけっこは何度目かにしてようやく美琴の勝利で終わった。
 そしてその日以降、上条が美琴から逃げ切った事はない。打ち消されたとしても運命の赤い糸がしっかりと二人を結んでいるのだから。
 なのでこの日の昼を上条が奢ったのは言うまでもないだろう。


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