『ある友情と伝統の最期(おわり)

「おっ、(ちのうえ)じゃん。ひっさしぶりー。元気?」

 ある日の昼下がり、(ちのうえ) 亜緒(あお)が街のショッピングモールを散策していると背後から声がかかった。

 現在は高校に通っていない空にとって、声をかけてくるような知り合いなどそう多くはない故に、その声の主はすぐに分かった。

椎江(しいえ)か。久しぶりだな」

 振り返って応えると、予想通りの人物がこちらに向かって手を挙げているところだった。

「おう、優等生さんがこんな時間にこんなところで何してるんだ?」

 そう言って近づいてくる、ピアスと二色のツインテールが目立つ少女―――椎江(しいえ) イドナと空は中学時代の級友だった。

 中学時代にはいわゆる優等生だった空と、見た目から分かるように割と不真面目だった椎江は、しかし何故かウマが合ってそこそこ仲がよかったのである。

 もっとも、その付き合いも中学を卒業してそれぞれ別の高校に通うようになってからパタリと途絶えてしまったのだが。

「はっ、その言葉はそっくり返すぜ。今日は平日だって言うのに学生がこんなところで何やってるんだよ」

「決まってるだろう?私はこのショッピングモールに今日の正午から限定販売のスイーツを買いに来たんだよ。
 ここのショッピングモール限定でさ。独特の甘みが癖になってすっげえ美味しいんだ。」

「お前のお勧めならさぞ美味しいんだろうな」

 それを聞いて、パッと椎江が顔を輝かせる。

「そうなんだよ、今から一緒に食べるか?もう買ってあるからさ」

「それなら、少し貰おうか」

 そう言って、二人は近くのベンチに腰掛けてスイーツを食べる。甘いスイーツの味が口全体に広がった。

「……って、私みたいな不良生徒のことは良いんだよ。あんたみたいな優等生が学校をさぼるなんてなんかあったの?」

 スイーツを食べながらで口調は軽いままだが、真剣に心配そうな目を空に向ける椎江。

 それを見て、変わらないな。と空は苦笑しながら応える。

「俺は、学校辞めたんだよ。ちょっとした事情があってな」

「……ふーん、そっか」

 一瞬だけ、驚いたような様子を見せるが、椎江はすぐに何事もなかったかのように口の端を上げる。

「だったら、なんでまだセーラー服なんて来てるんだよ。コスプレか?」

「うるせえ、色々と楽なんだよこの格好」

 茶化すように椎江が言い、応えて空は笑う。

 こちらに事情があると察してか、それ以降は学校の話題は出してこない。その気遣いは空にとって有難く、居心地が良かった。

 見た目は派手で、多少不真面目な所もあるが、空の知る椎江という少女はこういう小さな気配りのできる気の置けない友人だった。

*


「じゃあな、空。今度会ったら甘いもんでも奢ってくれよ」

「はっ、分かったよ。もう会わないように祈っとくな!」

 結局、あの後は夕方まで二人でショッピングモールをブラブラと散策した。

 主には、スイーツ巡りをする椎江に空が付き合わされた形だったが、その際にどこからそんなに資金が出てくるのか分らない程、空は椎江に大量に奢って貰ってしまった故の先ほどの発言だった。

 本当なら、このまま朝まで旧交を温めてもよかったのだが、夜には互いに用事があるという事でその前に分かれることになった。

『夜に用事があるなんて、巷で噂の殺人鬼かよ』

『ははっ、そんな訳ないだろ』

 そんな会話をしたことを思い出して、今日何度か目の苦笑をしながら空は一旦家に帰る。

 一人で暮らすその家は、年頃の少女が住んでいるとは思えないほどに物がない。

 必要最低限の家具と衣服、食料品しかないそこに、必要最低限の食事をするために戻ったのだが、椎江とともに食べたスイーツですでに腹は膨れていた。

「……少しは入るかと思ったけど、この分だと朝食もいらないんじゃないか?あいつ、俺以上に食べてたのによく太らないよな」

 一人暮らしが長くなると、どうやら独り言が多くなるらしい。

 そんなことに気が付いてか気づかないでか、一人で呟きながら冷凍庫を開ける。

 そこには、老若男女大小様々な―――小指が所狭しと詰められていた。

「んー、ここも大分手狭になってきたな。そろそろ新しい保管方法を考えるか」

 前は部屋に放置しといたら腐って大変だったからなー。と冷凍庫の扉を閉めながら、声色一つ変えずに独り言を続ける。

 この指は、無名の殺人嬢(ジェーン・ザ・リッパー)である彼女に殺された被害者たちのものだ。

 最初の殺人の時にめった刺しにしたら小指だけ取れたので、それを拾って持って帰って、以降なんとなく集めているだけのものだった。

 特に深い意味はない。それでも、なんとなく続けている彼女の習慣だった。

「指の保存場所もないし、今日は止めとこうかなー……久しぶりに椎江と遊んで楽しくて満足してるしな」

 一度そうすると決めるとそこからの行動は早い。お腹もすでに一杯なので、そのままお風呂に入って敷きっぱなしのお布団に潜った。

「それじゃ、おやすみなさい」

 誰に言うでもなく言うと、空はそのままゆっくりと眠りに落ちていった―――

*


 その日の深夜、ショッピングモール。

 誰もいないはずのそこで、空亜緒はゆっくり散歩していた。

 なんてことはない、早く寝すぎたせいで夜中に目が覚めて、ついでにお腹が空いてちょっと衝動が強くなったので、こうして夜中の散歩と洒落こんでいるのだ。

『おっ、このお店は今日椎江と来たところだな。スイーツなのにあんまり甘くないって文句言ってたけど充分甘かっただろ』

 などと楽しかったことを思い出しながらブラブラと歩いていると、人の気配を感じた。

 目の前に現れた女性に向かって、空は声をかける。

「おや、こんばんはお姉さん。こんな夜中になにやってるの?」

「いや、ちょっと偽物探しを。『献身的な新聞社(アズ・ユー・ライク・イット)』と独自の調査によると、今日はこのあたりに出るはずだから」

 見た目だけなら、空よりも年上で綺麗な女性だった。だが、何を言っているのかは空にはよく分からない。

 そもそも、治安が最悪で夜に出歩かないように言われているこの街で出歩いている時点で普通の人間ではないのだろうが。

「ふーん。なんの偽物なの?」

 だから空は適当に話を合わせる。こうして夜に出会った相手と会話するのが空は好きだった。

 たとえ意味が分からなくて非建設的であっても、人と会話するという行為自体が好きなので問題はない。

無名の殺人嬢(ジェーン・ザ・リッパー)とかいう、本物の殺人鬼(ジャック・ザ・リッパー)の偽物のことだよ」

「探してどうするの?」

「ははっ、本物が偽物をどうするかなんて決まってるでしょ?―――当然、殺すんだよ」

 静かに殺気のこもった言葉を聞いて、空は驚く。

「えっ、お姉さんが本物のジャック・ザ・リッパーなの?あれ、何年も前の殺人鬼じゃなかった?」

「その通り、だから私は“一八八八代目”ジャック・ザ・リッパーさ―――ミズジェーン。あんたの本家だよ」

 その言葉を聞きながら、ジェーンはナイフをジャックに向けて投擲する。

 だが、ジャックはそれをあっさりと掴んだ上、間合いを詰めてきていたジェーンの攻撃を掴んだナイフで受け止めた。

「うーん……本家とか言われても困るな。別に俺が自分で名乗ったわけでもないのに」

 ナイフとナイフで鍔迫り合いをしながら、ジェーンが返答する。その言葉には、なんの気負いも焦りもない。

「っていうか、ジャック・ザ・リッパーって襲名式なの?1888人も相続するほど続いてるのか」

「そうだよ。先代を殺すことで襲名することができるのさ」

 対して答えるジャックも、突然の奇襲に慌てる気配は微塵もない。口の端には楽しそうに笑顔さえ浮かべている。

「うげ、じゃあ俺は1889代目になるのか?なんか半端な数字だな」

 鍔迫り合いでは埒が明かないとみると、いったんジェーンが離れ―――ようと後退するが、ジャックが距離を詰める。

「確かに、“一八八八代目”は綺麗なキリバンで私に相応しいよね。まだまだ誰かに代わってあげる気はないけど」

 ジャックの持つナイフが切り上げるようにジェーンに襲い掛かる。それを、さらに一歩下がってジェーンが躱す。

「うーん、俺に襲名する気はないんだけど拒否権はないのか?」

 そのまま、至近距離でナイフを、今度は3本投擲する。だが、一本は掴まれ、一本は避けられ、一本はもともと持っていたナイフに弾かれる。

「そうだね、伝統的にはそういう場合“欠番”となって、その欠番のホルダーを殺したものが一代飛んだジャックを襲名する形かな」

 両手に持ったナイフでジャックは左右から切りかかる。同じように両手で持ったナイフでジェーンがそれを受け止める。

 再びの鍔迫り合い。どうやら、力はジャックの方が強いらしく、ジェーンが徐々に押されていた。

「じゃあ、俺はジャック・ザ・リッパーなんていう時代錯誤の名前を名乗る必要はない訳か」

 そう言ってジェーンが安心したように笑った次の瞬間、ジャックの持っていたナイフが消える。

 突然力の向かい先の無くなった反動で、ジャックはバランスを崩す。

 そこに、ジェーンの持った刃が迫り―――

「じゃんけんぽん」

 バランスを崩しながらも、この展開自体は想定していたのか、ジャックの行動には淀みがなかった。

 右手でチョキの形を作ると、ジャックの直前まで迫っていたジェーンの右手からナイフが零れ落ちていた。

「はっ?なんだよそれ」

 ジェーンは、自分の意思に反した行動に少なからず動揺しながら距離をとる。

 ジャックもバランス自体は崩したままだったため、相手が距離をとった隙に体制を立て直す。

「……」

 互いに沈黙。互いに警戒。互いに思考。

 混乱したのは一瞬、ジェーンは相手の能力の当たりを付ける。自分の意思に反した行動、その際に相手の取った不自然な行動と掛け声。

 すなわち―――じゃんけんを元にした、相手の手を操る能力だろうと推測を立てる。

 じゃんけんというと素朴だが、わずかなアクションによって相手の手に好きな形を強制させるのは、なるほど脅威だろう。

 対してジャックは、相手の能力が刃を生み出すものだと戦いになる前から予測していた。

 『献身的な新聞社(アズ・ユー・ライク・イット)』によって得た情報と、戦いが始まってからの相手の行動―――どこからともなくナイフを生み出しての投擲。

 これらから、ほぼ間違いないと確信を得る。

 そして前情報の差から、互いが結論を得るために要する時間と、そこからの動き出しは当然ジャックの方が早かった。

 まだ僅かに思考がまとまり切っていない相手に距離を詰めると、自前の格闘術による拳をたたき込もうとする。

「じゃんけんぽん」

「―――ッ、くそっ!」

 ナイフを出して迎撃―――しようとジェーンだが、ジャックによってふたたび手をパーの形にされる。

 まとまり切っていなかった思考と、ナイフを取り落とした動揺。その二つによって迎撃が遅れたジェーンは鳩尾に諸に拳を喰らい―――

「うわっ、痛っ。そんなこともできるの」

 金属質の何かを思い切り殴ったジャックが、逆に声を上げていた。

 何もナイフを生み出せるのは手からだけではない。

 殴られる直前、服の下に刃の厚いナイフを生み出し、その腹を鉄板のようにして相手の攻撃を防いだのだった。

「はっ、油断するそっちが悪いだろ!」

 言って、三度離れた距離から何度目かの投擲をする。今度は今までよりさらに多い6個のナイフが飛んでくる。

 それら全てを、ジャックは掴んで、弾いて、避けながら、接近してくるジェーンを見る。

 右手を前に突き出し、左手を後ろに隠した窮屈な格好。だが、その狙いはあからさまだ。

 すなわち、右手でじゃんけんを受けて、左手で持ったナイフでジャックに切りかかるつもりだろう。

 だが、そんな小細工でどうにか出来るほど、ジャックの能力は甘くない。

「残念。それじゃ私の必勝は崩れないよ」

 同じような手段をとってきた相手は、今までに何人かいる。故に、その程度の行動には対策があった。

「じゃんけんぽん、ぽん」

 相手が間合いに入った直後、両手でチョキの形を作る。これで相手の両手もパーの形になるだろう。

 予想通り、間合いに入った直後にこちらに伸びてきた左手には刃物を持っており、それが大きく開かれた。

 あとは、ナイフを落とした無手の相手に蹴りを入れて牽制して距離を―――と考えたジャックの予想外の事が起こる。

 左手の刃物は、手が開いたにもかかわらず落ちることはなかった。

 それどころか、その刃物は二つに分かれナイフ以上に凶悪な姿へと変貌していた。

「んっ、なっ―――」

 ジェーンが左手に持っていた刃物は、偶然にも彼女が『切り裂き刃(ジャック・ザ・リッパー)』と呼ぶ―――凶悪な形をした大鋏だった。

「絶対にじゃんけんに勝つ能力だったのか?残念だったな、これで引き分けだぜ」

 それは、ジェーンの能力がただのナイフを生み出すものだという思い込み故に出来た隙だった。

*


 もっとも、隙一つでどうにか出来るほど“一八八八代目”ジャック・ザ・リッパーは甘くない。

 深く鋏が刺さりこそしたが、ジェーンの狙った心臓からは僅かにそれ、致命傷には至らなかった。

 とはいえ、重症には違いなくジャック・ザ・リッパーは―――全力で逃走を開始した。

「待て、この!」

 しかし、本気で逃走をするジャック・ザ・リッパーは重症だというのに速い。

 このままでは逃がす―――そう思った時、逃走するジャックの進路上に何者かがいた。

「邪魔だっ!!」

 怪我をしていてもそこは一流の殺人鬼。無防備に立っている相手に致命の攻撃を仕掛ける。

「うおっ!?」

 突っ立っていた何者かは体捌きからしてどう見ても素人であり、その攻撃を避けることもできずに死ぬ――――はずだった。

「―――ガッ!?な、なんだこいつら」

 それが、“一八八八代目”ジャック・ザ・リッパーの末期の言葉になった。

 ジャックの右手での手刀、それは確実に邪魔者の命を取るに足る威力だった。だが、それは謎の生物の群れによって防がれた。

 その生物は、そのまま右手からジャックに集ると、断末魔の叫びをあげる間もないほどの瞬きの合間に覆いつくしてしまった。

「……なんでお前が、ここにいるんだ?」

 その一部始終を見ていた空は、ジャックの命を奪った生物を操っていると思われる目の前の少女―――椎江イドナに声をかけた。

*


「あはっ、それはこっちのセリフだよ空……殺人鬼じゃないって言ってたのにさ」

 近くにいた生物の一匹を捕まえて食べながら、椎江は返す。

「あぁ、ごめんな。あれは嘘だ」

「そっか、嘘だったのかー。ショックだな、友達に嘘つかれるなんて」

 互いに砕けた口調は変わらない。

「まっ、でもある意味チャンスかな……あんたのこと、今日会ってからずっと、美味しそうだと思ってたんだ」

 だが、昼にあったときのような気楽な雰囲気はそこにはない。

「おいおい、甘党がいつの間に食人趣味になんてなったんだ?」

 ―――あるのは互いに警戒と臨戦の姿勢だ。

「私は変わってないよ。甘いものが大好きな私のままだ」

「そっか、根底はなんだかんだ変わってないんだな」

 空が警戒を緩めないまま、表情を少し緩める。どうやら、友人は友人のままであるようだ。

「くっくっく、そういうあんたは変わっちゃったね。そんな凶器を持って深夜に街を徘徊しちゃって、優等生だった友人の空はどこに行ったのやら」

「おいおい、凶器の数で言ったら人のこと言えないだろ」

 椎江がスカートからつるした数多の凶器を見ながら返す。この数の武装をした相手に接近戦は不利だろう。

「私は良いんだよ、元々不良生徒なんだから」

「それもそっか」

「そこで同意するなよ、傷つくからさ」

「うん、ごめんな」

 会話はそこまでだった。空が謝るのと同時に、ナイフを連続で投擲する。

 だが、一本も椎江を捕えはしない。そのナイフのすべてが椎江の周りの生物に向かって飛んで行った。

 武装している椎江も脅威だがそれ以上に、あのジャックを瞬殺した周りの生物の方が脅威である。

 生物がどのように生み出されるのかは分からない、それでも目に見える範囲に存在している数くらいならば、まずは駆逐できる。

 そう判断したが故に、椎江がスプーンのような形状の何かを持ってこちらに突っこんでくるのが見えたが、気にせずにナイフを投擲し続ける。

 ―――最後の一匹めがけて投擲するのと、スプーンが自分に迫るのは同時だった。

 投擲しきったあとにでも避け切れる。そう思っていたが、目の前で椎江が突然に加速する。

「―――ッ!」

 想定よりも速い椎江の動きに、それでもなんとか反応して避ける。それでも左腕は多少えぐられた。

「いったいな……これが友人にすることか―――なっ!?」

 痛むが、これくらいの傷なら問題はない。と軽口をたたきながら傷口を見て、驚愕する。

 傷口から流れる血が、丸い被膜のようなものに覆われて、先ほど駆逐したはずの生物に変化し始めていた。

「驚いた?これが私の能力―――『ペイン飴』だよ」

 言って、スプーンで抉った空の肉を口に運ぶ。もっとも、見た限りではその肉も、光るなにかに変化しているように見えたが。

「ふふっ、やっぱり空は特別甘い気がするな。さっき食べたのよりは美味しく感じる。気のせいかもしれないけど」

「……傷から、あの生物を生み出すのか」

「そうだよ。ちなみに、さっきまでいた空が全部倒しちゃったのは、そこの空と一緒に行ったお店の店員さんから作った飴ね」

 空はあずかり知らぬことだが、こんなに美味しいスイーツを作れる店員からならきっと甘い飴ができるに違いない。と椎江は想像した。

 そのため、こうしてショッピングモールにやってきて居残りで明日の料理の仕込みをしていた店員を襲ったのだ。

「さって、それじゃもうちょっと甘い飴を食べさせてもらうよ。友人から作った飴は、やっぱり格別みたいだから」

 そう言って、椎江はゆっくりと空に近づく。

 傷口から生まれる生物は、空を襲うことこそなかったがそれでも左腕から生まれ続けていて空の動きを阻害している。

 そのため、そのゆっくりとした椎江の動きからさえ逃げることは出来そうになかった。

「……いや、残念だけどもう決着はついたよ」

 そんな椎江に、空はゆっくりと語る。

「ん、どういうこと?諦めた?」

 椎江は首をかしげながら、それでも近づく足を止めることはない。

「……最後に言っとくな。実は俺、甘い物あんまり好きじゃないんだよ」

 お前の付き合いで食べてただけなんだ。と苦笑する。

「そうだったのか。ま、恨み言ならこれから飴を作ってる間にたくさん聞いてあげるよ」

 そう言って、目の前で椎江は止まる。その手にはバールのようなものが握られていた。

「逆だよ……ありがとな、俺の数少ない友人になってくれて」

 その言葉とともに、バールのようなものを振り上げた椎江の体内から―――何本もの刃が伸びて貫いた。

*


 簡単な話だ。空の能力である無刃増(ノーバディエッジ)は体の好きなところから好きな大きさの刃物を出すことができる能力である。

 そして、その好きなところに――――抉られた肩の肉も含まれるという、それだけの話だった。

「……お前が、俺を食べようとなんてしなければ、こんなにあっさりとは決着がつかなかったかもな」

 ちなみに、謎の生物は椎江の絶命とともにすべて消えた。彼女の能力は、どうやら死亡とともに解除されるものだったようだ。

「それじゃ、お前のことを殺した証を貰ってくな」

 そう言って大挟『切り裂き刃(ジャック・ザ・リッパー)』を取り出すと、小指を切り落とした。

「……ん?なんだこれ」

 ジョキンッ。と指を切り落とすと、その衝撃で上着のポケットから瓶が落ちてくる。

 その瓶の中には、一つの綺麗な飴玉が入っていた。

「……」

 空は、それをそっと手に取ると、蓋を開けてその飴を口に含んだ。

「あっま」

 その飴は、格別に甘いのに、どこか苦い味がした。
最終更新:2020年07月03日 20:51