「今日からお前は、人じゃない。人を殺すためのもの。こいつと同じだ」
そう言って手渡されたのは、845gの殺人の道具。
安全装置のない、どんな過酷な環境でも人を殺せる、そのためだけのもの。
生産国、中国。使用弾丸、7.62×25mm。
シングルアクション、ショートリコイル。
その拳銃の名は――
★ ★ ★
道具とは、目的のために全てを削ぎ落したものであるべきだ。
少女は、そう思う。
「テメェ――どこから――」
機能美とは、その結果として生まれるものであり、美を目的とした瞬間にそれは道具ではなく、芸術品へとなり下がる。
「ガキが、すっこんで――」
フライパンは人を殴るためではなく、おいしいオムレツを焼くために使われるべきだ。
靴磨きはアル中が飲むのではなく、革靴を輝かせるために使われるべきだ。
そして、武器は――人を殺すために使われるべきだ。
「どこから取り出しやがった――!?」
人間には爪も牙もない。
だからこそ、武器を作った。
石を割り。骨を削り。木を手折って、槍を、剣を、弓を作り出した。
火薬を見出し、電気を操って、銃を、ミサイルを、戦車を生み出した。
「やめろ! わかった! 金なら出す――」
それも全ては、敵を殺すため。
「何のつもりだ! オレらを敵に回して――」
抑止力? そんなものは建前に過ぎない。
使われない武器には、何の意味もない。
作り出された以上、道具は目的のために使われるべきだ。
「――知ってるぜ。狂犬。ハジキの取引に顔だしちゃ、ご破算にしてるガキがいるってなあ」
ああ。その点で、このナイフは、きちんと意味を果たした。
ここまで、5人。
正しく、その機能の通り、正確に肉を裂き、骨を砕き、命を断った。
少女は自らの兄弟の満ち足りた声を聴く。
彼女にだけ聞こえる、武器の声。
殺手として育てられた中で芽吹いた狂気の産物であった。
「――脅しに使うだけなら、銃なんて、扱うな」
そして、黒の少女は、闇に溶けた。
★ ★ ★
ナイフを投擲し、照明を破壊する。
廃ビルを照らす古びた蛍光灯が砕け、視界が一気に暗転した。
踏み込んできたのは、小柄な少女が一人。
売人を後ろに下げると、溝ノ口刀治郎は白鞘を構えた。
都内で組の取引が邪魔されたのは、これで3度目。
最初は敵対組織の差し金と思われたが、疑っていた組織も等しく被害を受けていることから、地元組織に属しない第三勢力の仕業だと目星をつけ、組で最も腕の立つ刀治郎が取引に立ち会うこととなったのである。
(得物は――ナイフ一本か。これまでは、銃も使っていたって話だが……弾切れか?)
刀治郎は、暴力団の用心棒であると同時に魔人――自らの思い込み『中二力』によって世界のルールを書き換え、特殊な能力を発揮する、超能力者である。
その能力は『夜の目笠の目座頭市』。
居合の構えを取ることで発動し、敵の隠し持つ武器を看破するものである。
ひどく地味な能力だが、刀治郎にはそれで十分だった。
相手の武器がわかっていれば、荒事において機先を制される可能性は低くなる。
また、彼の「日常業務」においても、相手が武器を持っているかを判別できるこの能力は極めて重宝するものだった。
見張りは5人。
いずれも、刀治郎と比べれば未熟ながら、それなりの腕っぷしの若衆だ。
それを、ナイフ一本で排除したのである。
襲撃者の見た目はただの小娘だが、侮ることはできない。
急な暗転で視界は悪い。
おまけに襲撃者は黒づくめの恰好だ。
だが、それでも、相手が持つナイフの場所を『夜の目笠の目座頭市』で把握できる以上、刀治郎が不意を打たれることはない。
背後に回り込むようにナイフが動く。
夜闇に乗じたバックスタブ。訓練された動きだ。
(だが――『見えている』!)
ナイフが一足一刀の間合いに踏み込んだ瞬間。
刀治郎は刀を抜き払い、円を描くように背後を切りはらった。
白刃が満月めいた弧を描く。
手ごたえあり。だが――浅い。
瞬間、足に走る激痛。
何が起きた? 刀を鞘に収め、居合の構えを取り直す。
――『夜の目笠の目座頭市』発動。
(なん――だと?)
刀治郎の魔人能力は、直前まで感知していなかった大量の武器の反応を知覚していた。
即ち、足元に散らばる無数のマキビシである。
(投げた形跡も音もなかった! そも、ヤツはナイフ以外の武器を持っていなかったはず! いつの間に――)
斬撃。刺突。闇から繰り出されるナイフを、刀治郎は刀を収めたまま鞘でいなす。
マキビシは摺り足のみで移動することでやりすごすが、そのせいでわずかずつ、反応が遅れていく。
白兵武器を使った技術は刀治郎が上だっただろう。
道場でならば圧倒できたに違いない。
だが、突如出現した武器への混乱。
そして、不安定に制限された足場。
それらが、刀治郎の居合から鋭さを奪っていた。
しかし。
そうした、不利な状況でなお、相手を両断するからこその居合の術。
万全な立ち合いでなく、居して会話している途中の不意打ちにあっても事に当たるが故の、『居合』である。
摺り足で作った十全な足場。
繰り出されたナイフを受け流し作り出した隙。
針の穴に糸を通す精度で繰り出される、必殺の一閃。
襲撃者と刀治郎の間、刀刃踊るこの軌跡に、今や防ぐものなし。避ける道理なし。
刀治郎を組織の用心棒たらしめているのは、魔人能力ではない。
現代にてなお剣豪と呼ぶべき、この技量――。
その、必殺の一撃を。
虚空から現出した、地面につき立った刀が、受け止めた。
(武器の、創出能力か――)
いつの間にか、黒の襲撃者の手には、無骨な拳銃。
トカレフTT-33をベースにした、中国製拳銃。
その名を、『黒星』と言った。
「――不要先出示殺手鐗」
刀治郎が最期に耳にしたのは、そんな、下手糞な中国語だった。
★ ★ ★
そして少女は、取引されるはずだった銃を、全て自らの『灰色の武器庫』へと収納した。
これで少なくとも、ならずものたちの脅しの手段として飼い殺されることはない。
(大丈夫だよ、兄弟。わたしが、ちゃんと、本当の目的で、使ってあげるから)
使われない武器には、何の意味もない。
作り出された以上、道具は目的のために使われるべきだ。
それこそが、彼女という殺人器の動機。
正義などない。
快楽などない。
倫理などない。
これはただ、そう作られたものが、その意義を張り通そうとするだけの物語である。
最終更新:2019年11月28日 00:23